大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α   作:形のない者

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第2話 幽霊のイタズラ!? ポケモンの世界!!

 甜花は陽の光と穏やかな風を肌で感じ取る。そのリアルな感触は夢では到底ありえず、現実だからこその暖かさに満ち溢れていた。眼前には敷砂の歩道と赤い郵便受け取りポスト。白い柵が家を囲い、庭には緑の芝生と黄色い芝刈り機が見える。遠方を見渡すと緑の丘陵と平原の合間に、ぽつぽつと点在する家屋が確認できる。

 

「……ここ、どこなんだろう……?」

 

 どこをどう見ても、まごうことなき田舎の地。建物の造形から推察するに、ここが日本であるのは確かだろう。そこで甜花は赤い郵便受け取りポストが気になった。やおら砂道の上を歩き始めた甜花はポストの蓋を開いてみる。

 

「ひゃ……!」

 

 次の瞬間、ぎっぎちに詰め込まれていた新聞紙やチラシが大放出。辺りに散乱してしまい次々と風にさらわれていく。慌てて拾い集めようとする甜花だが、見たところ百枚以上の紙を回収するのは難しい。

 

「あう……ど、どうしよう……」

 

 どうしようもない。故に甜花は諦めた。

 そこで、ふとポストの側面に貼られた表札に目が行く。表札を見れば、この家に住んでいる人の名前が分かるかもしれない。……分かったところでどうしようもない気はするが、それでも甜花は期待に満ちた顔つきで覗き込む。

 

 白い表札には、くっきりと『オオサキ テンカ』と書いてあった。

 

「────…………?????」

 

 甜花は鳩が豆鉄砲を食ったような、猫が宇宙の真理を理解したような、そんな顔で呆然と佇む。これはいったいどういうことなのか。考えてみるも一向に分からない。

 

「……なんで……甜花の……名前……?」

 

 それ以外に記された姓名はない。どうやら一人暮らしであることが分かる。だが、それだけ。ほかに手掛かりらしい情報はなく、甜花は郵便受けの前でモジモジとする。

 

「えと、えと……て、甜花……ほんとに、どうすればいいのか、わかんないよぉ……」

 

 最後の希望として懐から取り出したスマホには、相も変わらず“圏外”の二文字。

 もう、どうしようもない。甜花は絶望する。

 

 一応RPG的には、村人もとい田舎の人たちに話し掛けることで情報が集まりそうなものだが……今の甜花の混乱を極めた精神状態で、そこまで考えろというのはやはり酷というもの。

 

 いよいよ困り果てた甜花は、一生懸命これからどうするかを考える。

 

 ────……ブオオオオオン……────

 

 そのとき、庭の方から黄色い芝刈り機の稼動音が鳴り響いた。

 

「……え?」

 

 突如ひとりでに動き出した芝刈り機。

 それを驚きの目で見つめる甜花は困惑の上に困惑を重ねていく。

 

「え、え……? な、なんで……芝刈り機、勝手に……点いた、の……?」

 

 次の瞬間、誰も触っていない芝刈り機が突然、暴れ狂うように走行を始めた。

 

「えっ、えぇええええええ────!?」

 

 暴走する芝刈り機が向かう先は、なぜか甜花の足元。

 まさか甜花のスリッパを刈ろうというのか、芝刈り機は猛然と迫ってくる。

 

「ひ、ひゃあああああ────!!!!」

 

 情けない悲鳴を上げて涙をちょちょ切らせながら走る甜花、その動きは愚鈍の一言。対する猛スピードの芝刈り機は楽々と甜花に追い付いてしまい、その周りをぐるぐると回る。

 

「ひぃいいいいっ────!!

 な、なーちゃん……っ! 千雪さん……! プロデューサーさぁん……!」

 

 助けを呼ぶが、今は独り。

 不意に芝刈り機が離れたので、その隙を突いて玄関にダッシュ。家の中に駆け込み扉をバタン! と力強く閉め、施錠も忘れず、扉を背後に慄える息を整える。

 

 未だ庭先を縦横無尽に走り回る芝刈り機。その駆動音が収まるまで、甜花は身を守るように縮こまって座り込み、ただただひたすら願うように待ち続けた。

 

 …………。

 やがて静寂が取り戻される。芝刈り機の音は止まり、甜花は恐る恐る涙目な面を上げた。

 

「……もう、だいじょうぶ……? ……ふぅ……」

 

 甜花は、ほっと一息ついて胸をなで下ろす。

 しかし、なぜ無人の芝刈り機が突然、甜花を狙うように走り出したのか? 疑問が尽きない甜花だが、その理由を考えて解き明かす余裕はない。疲れきったように椅子に腰掛けた甜花は、もはや怯えきってしまっており、再び外に出て芝刈り機を確認する勇気はなく、しばらくこの家から出られなくなる。

 

「ど、どうしよう……甜花、怖い……でも、このままじゃ……」

 

 何も進まない。甜花はギュッと目をつむり、もう一度勇気を出すぞと力を溜めた。

 

 ────チンッ────

 

 そのとき、突如として台所の方から電子レンジの音が鳴った。

 

「……え?」

 

 ひとりでに鳴った電子レンジ。

 それを怯えの目で見つめる甜花は恐怖の上に恐怖を重ねていく。

 

 ────チンッ────

 

 再びの響音。

 ビクリと両肩を飛び上がらせた甜花は両目を大きく開けて全身を硬直させる。電子レンジを調べに行く勇気などない。今すぐ此処から逃げ出したい気持ちで一杯になる。

 

「……そ、そうだ……こういう時は、深呼吸……!」

 

 すー、はー、すー、はー。

 慎重に息を整えた甜花は、いざ目付きをキリッと言わせて台所に向かい出す。

 台所に置かれた電子レンジ。見たところ普通の家電製品のそれは、あの芝刈り機とは違い、甜花を前にしても微動だにしない。

 

「……普通の、電子レンジ……? なら、なんでさっきは、勝手に鳴ったんだろう……」

 

 次の瞬間、今度は部屋の端の方で、何かの機械がぐわんぐわんと回転を始めた。

 少し驚いて小さな悲鳴を上げた甜花だが、すぐに音の正体に気付いて冷静さを取り戻す。

 

「……今度は、洗濯機の回る音……?」

 

 甜花は意を決して、ゆっくりと洗濯機に近付いていく。

 すると洗濯機は、ぐわんぐわんと嘶くような回転を急に停止させた。

 

「……止まった……?」

 

 そう呟いた、次の瞬間。

 甜花の隣に置かれていた冷蔵庫がひとりでに開き、突発的な冷風を吹き出した。

 

「ひゃっ! つ、冷たい……っ!」

 

 慌てて数歩後退した甜花は、稼動する冷蔵庫の前から撤退する。

 その時、甜花が思ったことは────罠に掛かってしまった。という直感だった。

 

 ひとりでに動き出す芝刈り機と電子レンジに続き、洗濯機と冷蔵庫。どうやら家電製品が動き出す怪奇現象の正体は、かなりのイタズラ好きで小賢しい奴らしい。そう甜花は直感した。

 

「……っ! ────で、出てきて……っ!

 こんなことしても、甜花は……怖いだけ、だから……!」

 

 悲痛な叫びが室内にこだまする。だがそれは弱音の一言ではなかった。

 つと甜花は壁に立て掛けてあった竹箒を手に取り、槍か剣のように構える。

 それはへっぴり腰の臨戦態勢ではあったが、幽霊に立ち向かう意志は本物と言えた。

 

 そのとき、突如としてリビングの方から扇風機が回り始める。同時にケタケタと笑うような鳴き声も室内に反響した。ビクリと反応した甜花は総毛立ち、尋常ではない鳥肌を実感して、背筋と衣服の間に冷たい汗が一滴つーっと流れる。されど戦意は喪失せず、かの瞳は決して挫けてはいなかった。

 

 台所からリビングに移動した甜花は、息を潜めて扇風機の周囲を確認する。

 

(……あれ? テレビが切れてる……さっきは点いてたのに……)

 

 先程まで映画が流れていたテレビの画面が真っ暗になっている。

 そこで甜花は考える。次に『相手』が何を仕掛けてくるのかを。

 

(…………────っ!)

 

 そのとき、突如として甜花の全身に閃きという名の電流が迸った!

 

(……甜花、分かったかも……! 芝刈り機も、電子レンジも、冷蔵庫も、扇風機も────どれもこれは()()()()()()()()()()()()……! だんだん、分かってきた……もしかすると、これって……っ!!)

 

 甜花は意を決し、扇風機に向かって歩き出す。すると扇風機は徐々に回転を弱まらせていく。しかし、その時の甜花は、既に扇風機は眼中になく、自然とテレビの方向へ竹箒を構えていた。

 

「──……次にあなたは、こう考える……

 今度はいきなりテレビを点けて、びっくりさせてやろうと……!」

 

 とたん饒舌になった甜花は、なぜかキメ顔でそう言った。

 そして鋭く光る慧眼は、対象の真実を暴き立てる。

 

「そして甜花は当ててみせる……

 こんな悪さをする、あなたの名前は────『ロトム』というポケモンだと……!!」

 

 次の瞬間、テレビはガタリと音を立てて────ハッ! とした。

 そしてギュッと目をつむった甜花は竹箒を振り上げて、力いっぱい思いっきりテレビ画面に叩きつける。バキィ! という竹の割れる軽快な音が部屋中に響き渡り、竹箒は藁の部分が床に転がって、ただの鋭い竹槍に変形した。そうして偶然にも手頃な武器を手に入れた甜花は、勇ましくもテレビを見つめて説得を開始する。

 

「い、今のは……冷蔵庫の、お返し……そして、これで……遊びは、終わり……!

 だ、だから……出てきて? ロトム……まずは、お話して……友達に、なろう……?」

 

 甜花は怯えながらも友好的な交渉を持ちかける。この竹槍は攻撃するためのものではなく、あくまで身を守るための装備であると主張して。

 

「こ、怖くないよ……? あ、武器は持ってるけど……これは、そう! 甜花の防御アイテムで……攻撃力はゼロだから……安心して大丈夫……! だ、だから……」

 

 説得を尽くす甜花は引きつった微笑みを投げ掛ける。

 そして…………長い静寂が訪れた。

 もはや根気の勝負であると判断した甜花は、ぐっと我慢して相手の出方を窺う。

 

 やがて。

 甜花の祈りが届いたのか。

 

「────…………ロト……?」

 

 大崎甜花に攻撃の意思がないことを悟った、怪奇現象の正体は────これ以上、いたいけな少女を怖がせないように、ゆっくりとテレビの中から出てきて、その姿を現した。

 

          *

 

「…………ロト……?」

 テレビの中から姿を現したソレは、いわゆるプラズマで構成された体を持っていた。その正体は甜花が言い当てた通り、電気とゴーストのタイプからなるポケモン・ロトムだった。

 

「ロト? ロトロト!」

 

 ロトムは未だに竹槍を盾にしている甜花に対して、もう怖くないよと呼びかけるように鳴き声を発する。その声に応えようと甜花は徐々にまぶたを開かせていく。

 

(……!)

 

 甜花は驚いた。橙色のフェイスコアに薄緑色の電気を纏ったモンスター。それはまさしくポケモンのロトムである。本物のポケモンを目にした甜花は衝撃のあまり、しばらく絶句する。

 

(ろ、ロトムだ……本当に甜花の前に、本物のロトムがいる……)

 

 その不思議な生き物は、大崎甜花が住んでいる現実世界において本来は存在しない生物。ポケモン。しかしそのポケモンがたしかに甜花の目の前に事実として存在している。これは夢か。現実なのか。瞳が動揺で膨れ上がる甜花は、長時間の緊張が解けたせいかその場にヘタリと座り込み、その目を潤ませた。

 

「ロト!?」

 

 どうやら甜花は今まで抑え込んでいた恐怖の感情から解放されたことで情緒がとめどなく流れ出したようだ。泣いてしまうのをこらえようと甜花は目元を袖で拭い続ける。それを見て焦るロトムは、おろおろと空中を右往左往していた。

 

「ロ……ロトォ~…………────ロトッ!」

 

 ふと何かを閃いたロトムはテレビ画面に向かって円形の電波を発する。すると画面は明滅し、ぴぴぴと音を立てて、黒い画面にゲームテキストのようなひらがなの文章が表示されていく。

 

『ごめんなさい…… このいえには もうだれも すんでいない はずで……

 だから しんにゅうしゃ だと おもって…… おいださなくちゃって おもって……』

 

「──……えと……それって、どういう……こと……?」

 

 甜花の疑問に応えるため、ロトムは画面に電波を送る。

 

『このいえの やぬしである オオサキテンカは もういない

 そのひから このいえは ぼくのいえになった ……ずっと そうだった』

 

 ロトムはどこか寂しそうに鳴き声を上げる。

 

『でも オオサキテンカは かえってきた!

 いなくなった ひとが かえってきて……ぼくは とても びっくりした!』

 

 ロトムは少し嬉しそうに小躍りして、甜花の顔をじっと見つめた。

 

『でも きみは オオサキテンカとは べつじん

 それは すぐに わかった ……だから……』

 

「……甜花を驚かせて……この家から甜花を……追い出そうとした……?」

「ロト!」

 

 ロトムはこくりと頷く。

 しかし、まだわからないことがある。

 

「で、でも……オオサキ、テンカって……なんで甜花と、同じ名前なの……?」

「ロトォ?」

 

 それはロトムにも分からない。

 ただひとつだけ確かなことは、この家の家主は大崎甜花と同姓同名の別人であるということだ。

 

『ところで…… きみは どうして

 いきなり にかいに あらわれたの?』

 

「そんなの……甜花にも、分からないよ……」

 

『それじゃあ これから

 きみは どうするの?』

 

「────…………」

 

 甜花は、この家で起きる怪奇現象の正体を突き止めて、これを解決した。

 しかし根本的な問題が、まだ解決していないことを悟る。

 

(ここは、現実の世界じゃない……だって、ポケモンがいるから……)

 

 ならば、ここはどこなのか? 普通に考えるなら、夢……それ以外に有り得ないだろう。

 しかし甜花には、ほかに強く感じていることがあった。

 

(きっと、夢……なんだろうけど…………この夢、ちょっとだけ、リアルすぎる……? だって、冷蔵庫、冷たかったし……外の風も、気持ちよかったし……太陽、暖かかったし……そう────()()()()()()()()…………)

 

 深く考え込む甜花。

 そこでロトムは、甜花のポケットからはみ出している紙に目をつけた。

 

「ロト? ロトロト?」

「え? これは、なにかって? ……えっと、ジョイステの説明書……だけど……?」

 

 ロトムに見せるため、甜花は懐から説明書を取り出して、文章を読み上げてみる。

 

「えと……【多機能互換機ジョイステーションは、それ一台で、あらゆるハードのゲームをプレイできる夢のようなゲーム機です。ただし、プレイヤーの安全は保証いたしません。】……?」

 

 甜花は小首をかしげながら、説明書の続きを読む。

 

「【なぜなら】────…………【ゲームの世界に入ってしまうからです】…………」

「──……ロト?」

 

 …………、……だんだん、甜花の顔が青ざめていく。

 ────。──だんだん、甜花の顔が汗だくになっていく。

 

「……! ……? ……?? ……!?」

 

 数秒の沈黙。やがて全ての事態を把握してきたところで。

 

 ────大崎甜花は、絶叫した。

 

「えっ…………ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!?」

 




『所持品・大切なもの』
 寝巻き。
 デビ太郎のぬいぐるみ。
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