大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α 作:形のない者
「あ、あわわ……ひぃん……っ!? ど、どうしよう、ロトム……! 甜花……! ゲームの世界に……入っちゃった……!!」
「……ロ、ロトォ……?」
取り乱す甜花。それを見て聞いて困惑するロトム。
「ど、どうしよう……どうすれば、ゲームの世界から出られるの……?
どうすれば……元の世界に……戻れるの……?」
ゲームの世界。そう考えれば辻褄は合う。ポケモンがいることの謎。突然知らない場所に置き去りにされた謎。その謎が全て一挙に解決する。それはあまりにも信じられない説の一つだが、それでも“大崎甜花はゲームの世界に入ってしまった”と考えれば、一応の納得が出来てしまう。
一方のロトムは、ゲームの世界や元の世界と聞いて、いったい何を言っているのか分からない様子。しかし甜花が嘘をつくような顔には見えない。混乱してわけがわからないことを言っている線もあるが、ロトムは甜花の言うことを真実として受け取って考えてみることにした。それはロトムの純粋な心から成せる信頼である。
『う~ん…… きみの いっていることは よく わからないけど……
とりあえず そんなのは かんたんな ことだ!
こういうのは たいてい…… ゲームを クリアすれば いい!』
「────…………ふぇ?」
『ゲームの クリア というのは だいたいは ハッピーエンド!
だから ほんとうに このせかいが ゲームなら…… クリア してしまえば いい!』
どこからその自信が来るのか、ロトムは断言するように甜花を励ます。
そして甜花は単純なのか、狼狽した顔から、どことなく納得の顔色に変わった。
「…………たしかに……定番……かも?」
『じゃあ ゲームが はじまったら…… まず なにが はじまった?』
「えと……オーキド博士から、図鑑と、初心者用のポケモンを……もらう?」
『なら はなしは はやいね あんない するよ さっそく いってみよう!
じつは ぼく…… よく あそこの きかいを こわして あそんでいるんだ!』
空中を旋回するロトムは、元気よく外に飛び出そうとする。
「え……? あ……ま、待って!」
「ロト?」
甜花に呼び止められたロトムは首をかしげる。
「そ、その……案内するのは、ありがとう……
でも……機械を壊したら……ダメ、だからね……?」
「────、……ロトトッ!!」
その注意に目をぱちくりとさせたロトムは、おかしそうに笑う。
それから部屋中を飛び回ったロトムは、玄関の扉をすり抜けて外に出ていった。
「あ……! ま、待って……!」
甜花はふらつきながらも立ち上がり、先行くロトムを追いかける。
かくして1人と1匹は《テンカの家》を後にした。
*
殺風景な田舎町にポツンと立つ大きな施設。
そこがオーキド研究所であり、甜花とロトムは階段を登って玄関の自動ドアに辿り着く。
「……ふぅ。歩き疲れた……」
ゲームのマップでは十数歩で到達する距離だが、現実だとそうはいかない。
オオサキテンカの家からオーキド研究所に来るまで、徒歩で十数分は掛かった。
(えと……ついロトムを追いかけて、ここまで来ちゃったけど……
甜花……オーキド博士に、何を話せばいいんだろう……?)
もしかしてポケモントレーナーになりたいと言えば、初心者用のポケモンをくれるのだろうか?
そんな考えが甜花の脳裏をよぎる。
「ロト? ロトロト!」
ロトムは訪問用のインターホンを押さないのかと甜花に物申す。
しかし甜花は「ポケモン図鑑をもらっちゃったらどうしよう……」などとブツブツ独り言を呟くばかりで、まったくロトムを意に介していなかった。
「ロト!」
そこでロトムは、勢いが大事だということを伝えたかったのか。
勝手に研究所のインターホンを押して──ピーンポーン──とチャイムを鳴らした。
「あ、あぁ……! ろ、ロトム……!」
「ロトロト!」
いたずら好きなロトム。
すぐにインターホンの画面に白髪の老人が映り、応接を行う。
『────はい。もしもし。どなたかな?』
老いを見せる白髪だが、その体は至って健康そうな老人。
その顔を目にした甜花は、すぐに相手がオーキド博士であると確信する。ゲームやアニメで見るオーキド博士と瓜二つだったからだ。
「あ、えと、あの……その……!」
急いで言葉をまとめようとする甜花は、とりあえず自己紹介をする。
「あ、お……て、甜花は……大崎甜花と、言いましゅ! あ……い、言います……」
────数瞬の静寂。
眉間にシワを寄せるオーキド博士は「ゴホン!」と咳き込む。
「ほう。オオサキテンカとな? はて、どこかで聞いたような……
────まぁ、中に入りなさい。ご客人を立たせておくのは忍びないからの!」
「あ、ありがとう、ございます……」
ハイテクな玄関のドアが横手に開かれる。
一礼した甜花は研究所内に足を踏み入れて、ロトムもその肩に付いていく。
*
それから甜花は研究所の助手に応接室へと案内されて、高級そうなソファに座らされた。
美味しそうなお茶、もてなしのお菓子がテーブルに出されて、甜花は萎縮する。
やがてポケモン世界の権威・オーキド博士が部屋に現れてソファに座り、甜花と対面する形となった。
「さて、お待たせして申し訳ない。それで用件は……
……はて? なにやら顔色が悪そうじゃが……大丈夫かな?」
「あ、はい……たぶん、大丈夫、です……」
オーキド博士は、お茶を飲んで一息つく。
しかし甜花は、お茶を一回だけ口にして、それきり体を強ばらせていた。
その様子を観察するオーキド博士は、どうも人見知りなだけでなく、心理的に危うい状態にあると見抜き、落ち着いた口調で話を始める。
「ふむ。まずはじゃな……────君は、オオサキテンカでは……ないな?」
「……!」
「そして、その名前を名乗った偽物の君に対しては、こう言ってしかるべきだろう。
まず彼女は随分と前に行方不明となっており、その生死は分からずじまいになっておる」
「…………!」
冷や汗を流す甜花。
その時、甜花の背後からロトムが姿を現した。
「ロトロト! ロト!」
「むむっ!? き、貴様は! 毎月わしの研究所で悪さをしていくロトムではないか!
この! また機械を壊しに来たのか! この箒で返り討ちにしてくれるわ!!」
「えっ!? あ、あの……!」
ロトムの姿を目にするなり血相を変えたオーキド博士は、壁に立て掛けられていた箒を手に取り、逃げ回るロトムを狙い叩こうと鬼ごっこを繰り広げる。
ひたすら困惑する甜花は、それを止める力を持たない。ただオーキド博士とロトムの間には、なにやら浅はかならぬ因縁があることだけを察する。
「ロト……」
しかし、いい加減オーキド博士に追い回されることに飽きてきたロトムは、応接室の大型テレビに向かって電波を送った。
『すこし おちついて はかせ
きょうは いたずらを しにきたんじゃ ないんだよ』
「────むぅ?」
その文章を読んで、オーキド博士は首をひねる。
それからロトムは、口下手な甜花に代わり、彼女の経緯を画面に綴ってみせた。
*
ロトムを介して大崎甜花の事情を知ったオーキド博士は、重々しい面持ちで腕を組む。
「ふむぅ……なるほど。ここがゲームの世界で、大崎甜花くんは現実の世界から来たと……
────ワハハ! わしには到底、信じられん話じゃなあ!」
「そ、そんなぁ…………で、でも……信じられないのは、当然、かも……」
「うむ。じゃがな? わしには甜花くんが嘘をついているようには見えんのじゃよ。
その予感を裏付けるためにも────出てきなさい、ラルトス」
ふいにオーキド博士は懐からハイパーボールを取り出し、ラルトスを繰り出した。
「ラルゥ!」
「うわぁ! ラルトスだ……! か、かわいい……!」
「そうじゃろう、そうじゃろう! さて、ラルトスには、頭のツノで人の気持ちを感じ取る能力がある。そして、このラルトスは特別でな。人の嘘を見抜く力を併せ持っているんじゃ。そこでじゃ。ラルトス。目の前の女の子は、何かわしに対して偽りの言葉を述べたかな……?」
「ラルラル」
ラルトスは首を横に振る。それは「彼女は嘘つきではない」という確固たる宣言だった。
「なるほど。わしもラルトスも、お主が嘘を言っているようには思えん。そう意見が一致した。
ならば……こればかりは、信じるしかないのかもしれんのう……」
その時、ロトムがひとつの可能性を口にした。
『かのじょの あたまが くるっていて
そんなことを ほんとうに しんじている きょうじん だったら どうする?』
「いや、それはありえんよ。その場合ラルトスが指摘するはずじゃ。ラルトスは人の感情に敏感で、少しでも違和感があれば、それを伝えてくれる。それがないということは、今のところ真実と受け止めるほかない。────……正直、それでも半信半疑じゃがな……」
「…………」
今まで自分が暮らしていた世界が、実はゲームの世界だった。そう言われて不愉快な気持ちにならない人はいないだろう。それに気付いた甜花は、大体のことを説明したのはロトムでも、少しは言葉を選ぶべきだったかと反省する。
「……まぁ。そう俯くでない。甜花くん。これでもわしは人とポケモンを見る目には自信がある。あのイタズラ大好きなにっくきロトムですら、こうして君のために説明を尽くしていることだしな」
『まぁ ぼくは あのいえから
このこを いっこくも はやく おいだしたい だけなんだけどね?』
「あうぅ……そ、そうだったんだ……」
甜花は深くうなだれて落ち込んでしまう。
「こら、ロトム! まったく……貴様は言葉を選ばんな。しかし甜花くんよ。こいつは自分の気に入った相手にしか意地悪をせん変わり者なんじゃ。だから、あまり気にするな。本気で言っているわけじゃあない」
「で、でも……あのおうちは、やっぱり……甜花の家じゃ、ないし……
2階は、甜花の部屋に似てるけど……1階は、全然ちがうし……」
この世界に於いて大崎甜花には、自分が帰るべき居場所。安心できる居場所が存在しない。そのことを思うと、再び甜花の瞳が潤み、涙が溢れてくる。
「むぅ……ロトム! 言っていい冗談と悪い冗談の区別も付かんのか!」
「ろ、ろと……」
激昂するオーキド博士。
本気で泣かせたいわけではなかったロトムは困ったようにたじろぐ。
「……甜花くん。君には帰るべき場所もなければ、行くべき場所も存在しない。目が覚めたら突然知らない世界に放り出されていた人間の気持ちは、当人しか分からないことだ。────しかし少なくとも、その恐怖と絶望は、ある程度、推し量ることはできる」
鼻をすする甜花は、まっすぐと見つめてくるオーキド博士と視線を合わせる。
「しかし怖がって絶望するばかりでは何も進まん。ロトムが許せば、君はあの家で過ごすこともできるだろう。だが本当にそれでいいのじゃろうか? 甜花くんは一刻も早く元の世界に帰りたいはずじゃ」
「…………、」
甜花は何かを言おうとするも言葉に詰まる。
その詰まった喉元からどのような言葉が出ようとしたのか察したオーキド博士は、しかし心を鬼にして彼女からの言葉を待つ。
「……………………。
────……甜花……甜花は……家に、帰りたい……」
「うむ。そうじゃな。だからこそ────それが、これからの課題となる」
「────?」
「クリアするのじゃ。元の世界に帰るために」
突然ソファから立ち上がったオーキド博士は、ただ「付いてきなさい」とだけ言って応接室を後にする。その後ろをついて歩くラルトス。慌てて立ち上がった甜花は、ロトムと共に白衣の背中を追いかける。
「君は、この世界をゲームの世界と言った。それが本当なら、わしたちは仮想市民や人工意識のような存在と言えるが……まぁ、そんなエスエフな話は、わしの専門外だから置いといて。────仮に、この世界がゲームの世界だとするならば。必ずどこかに『ゲームとしてのゴール』が用意されているはずじゃ」
「────……!」
それは先刻、ロトムが口にした発想と同じもの。
「さて、そこでひとつ問いかける。────甜花くん。君の言う『ポケットモンスター』のゲームとは、何から始まり、何で終わるのかな?」
問われた甜花は目元を拭い、ハッキリとした口調で応えた。
「えと……オーキド博士からポケモン図鑑を貰って、ポケモンリーグで優勝する……」
「ほう! なんと! まさか、わしがゲームの起点を担っておるとは……研究者冥利に尽きるのう……! 伊達にポケモン界の権威! と呼ばれてはいないな!」
「ラルラル!」
「あ、でも……ポケモン図鑑の完成は、コンプリートを目指すための、やり込み要素みたいなものだから……」
「うむ。まぁ、それはそうじゃろうなぁ……でなければ甜花くんは、一生この世界から脱出できん! なぜならポケモンの数は多く、その種類は今もなお増え続けておる!
それとは別に……ポケモンリーグで優勝することが、この世界からの脱出になるのかどうかも、実際にやってみなければ分からないことでもある。もしかすると全てが徒労に終わるかもしれん。どの道を選んで達成したとしても、必ず元の世界に戻れるという保証はどこにもありはしない」
「……うん……」
「しかし、絶望に打ちひしがれている者には、やはり────生きるための目的が必要じゃ!」
廊下を渡り、研究所の奥までやってくる。そこは様々な精密機械が動いており、オーキド博士は整理されていない棚から一枚の赤い板を持ってくる。
「……あれ? オーキド博士……そ、それ……!」
「うむ。つい先日、徹夜して完成させた最新型のポケモン図鑑じゃ。スマホの役割も果たす。あいにく中身は空っぽじゃが、これはあらゆるポケモンと未確認のモンスターの記録・比較などを可能としておる。きっと甜花くんの旅に役立つはずじゃ」
ポケモン図鑑を甜花に渡したオーキド博士は、さらに懐から二つのボールを取り出す。
「ラルトス。戻れ。そして────これでお別れじゃ。出てきなさい」
「……ラルゥ?」
一度ハイパーボールに戻されて、また外に出されたラルトスは、自分が“逃がされた”ことを知る。
「甜花くん。これでラルトスは野生に戻った。
そこで、このモンスターボールを使い、捕まえてみなさい」
「え……?」
ポケモン図鑑に加えてモンスターボールも渡された甜花は、驚きを隠せない。
「……ど、どうして……甜花に……?」
「どうしてもなにも。単にこれは、わしがポケモン図鑑とモンスターボールを託せるトレーナーを探しており、つい今しがた、そのトレーナーを見つけた。ただそれだけの話じゃよ」
「……! ……で、でも……」
甜花は思う。はたして自分に、そんな大役がこなせるのだろうか?
ポケモン図鑑の完成は夢のまた夢だとして、当面の目標はポケモンリーグの優勝。
ゲームでは、殿堂入りを果たすことがクリア条件だった。そして、もしこの世界から脱出できる方法がゲームのクリアであるならば、その目標は間違いではない。しかしオーキド博士の言う通り、それで元の世界に戻れるという確証はどこにもない。
そして言うは易し。ポケモンリーグの優勝はゲームならば簡単かも知れない。徹夜すれば一日でクリアできる難易度だ。しかしここは現実。広大無辺で不思議な世界。リアルなポケモンバトルなんて全く想像が付かない。甜花には荷が重い目標と言える。
「不安か? それもそうじゃろう。ならば、この世界についてよく知るためにも。
……ここはひとつ、わしとポケモンバトルをしてみるというのは、どうじゃろう?」
「────……え?」
「元の世界に戻るのも一朝一夕で解決する問題ではない。ならば、やはり決意を固め、覚悟を決め、現状を受け入れて前に進むほか、選択肢は存在しない。……わしは、そう思っておる」
「…………」
「もし君もそう思うなら、ラルトスと一緒に中庭に来なさい。そこでわしはロトムと待っておる」
「ロト!?」
「わしだって貴様なんかと手を組みたくはないわい! だが、ここは甜花くんのためじゃ! 言う事を聞け!」
「ロトト……」
ロトムは──マジかよ……──という顔で、オーキド博士と共に中庭に向かう。
「……ラルゥ……?」
一方のラルトスは傍らに立つ甜花を見上げていた。
そのツノ青黒く光っており、その人間が感じている悲しさと怖さを表している。
「────…………!」
しかし、やがてラルトスのツノが淡い赤に近い、ラベンダーのような色に変わると────
「ラルゥ!」
────1人と1匹は、ほのかな希望を胸に秘めて、前に進み始めた。
『所持品・大切なもの』
寝巻き。
デビ太郎のぬいぐるみ。
スマホ型ポケモン図鑑。