大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α   作:形のない者

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 283プロの、とある日常。ドリームチーム《マリンカーテン》を組むことになった五人の少女は、一時的な新ユニットとして活動を始める。

 これは、それぞれの生死を懸けた戦いの前日譚に当たる物語。



エピソード0 Marine Curtain

 

   マリンカーテン

 

 某月某日。283プロダクション。

 そこの事務所には、ひとりのプロデューサーと、五人のアイドルが集まっていた。

 

『ドリームチーム?』

 

「そうだ! 今度の特別ライブの企画に合わせて、小宮果穂・社野凛世・田中摩美々・芹沢あさひ・大崎甜花のドリームユニットを結成することが決定した! もちろん一時的なドリームユニットだから、元のユニットから抜けるのか? とか、そういう心配はしなくても大丈夫だ」

 

「……で、プロデューサー。私たち五人で、いったい何をやれと~?」

 

「摩美々。それは当日まで秘密になっている。……といっても、最近人気の企画だから、バレても問題ないとは企画側から言われているが……みんな、なんだか分かるか?」

 

「あ、はいっす! もしかして、あの番組っすか!? 互いに接点のないアイドル同士が組んだら、どんな化学反応が起きるのか検証する……面白そうなアイドル番組! ────まぁ、うちは同じ事務所なんで、接点自体はもうすでにあるっすけどね! 例えば《チーム・まりあ》として!」

 

「お、あさひ。正解だ! そういうわけで企画上、プロデューサーの俺が手出しできる箇所はそう多くない。……だけど、何か相談したいことがあればバンバン言ってくれ!」

 

「あ……じゃあ、はい! プロデューサーさんっ! あたしたちのユニット名って、もう決まっているんですか……?」

 

「お、果穂。いい質問だな。しかし、実を言うと……ユニット名は、まだ決まっていないんだ。というか、俺の一存で決めることができない。つまり、この五人で相談してユニット名を決めることが、今回の企画の「最初の課題」でもあるんだ!」

 

「そ、そうだったんですか……!」

 

「それ以外にも、ライブに向けたポジション決めや、新曲の振り付けも覚えないといけないし……感謝祭の時みたいにライブの時の演出も、みんなで相談して決める必要がある。それだけでもやることは多いぞ。────というわけで、俺は見守るだけなんだ。要領は、感謝祭の時を思い出してくれ」

 

「わ、わかった……! それじゃあ、まずは……ユニットの名前から……決めたい、な……?」

 

「はい……凛世も承知いたしました……プロデューサーさま……」

 

          *

 

 レッスン室。

 

「────と、言われたものの~……ユニット名、思いつく人いる~?」

 

「うーん……チーム・まりあに果穂ちゃんと甜花ちゃんが加わったんで────

《チーム・まりあかてん》とか、どうっすか!?」

 

「あさひ~。その、まりあかてん、に……意味はあるの~?」

 

「特にないっす! 人の名前にもなってないっすね! あははっ!」

 

「うーん……う~ん……ユニット名……なかなかむずかしいです……っ!」

 

「……凛世も……あまりお力になれず……申し訳ございません……」

 

「…………」

 

「……。……甜花~? なにひとりで考え込んでるの~?」

 

「ひぃん! た、田中さん……あ、あの、えと……その…………て、甜花……その…………あぅぅ……」

 

「……ちょっと~。また勝手に自滅しないでよ~」

 

「甜花ちゃん。何か閃いたんすか?」

 

「あ……芹沢さん……うん……あの、ね……? て、甜花……いい、ユニット名……思いついた、かも……」

 

「えっ! ホントですかぁ!? あたしにも聞かせてください! 甜花さん!」

 

「凛世にも……是非……」

 

「あ、あのね……? えっと……みんなの名前の、漢字の頭文字を取るの……! あ。で、でも……! 芹沢さんは、ひらがなだから、ひらがなの頭を取ってね……?」

 

「了解っす! で、えーっと? わたしは《あ》っすね!」

「摩美々は《ま》~」

「あたしは果穂の《か》です!」

「凛世の……《りん》……」

「そして、甜花の……《てん》……! それで、これを並び替えると────綺麗なカーテンになる……!」

 

『……綺麗なカーテン?』

 

「う、うん……順番は、田中さん。社野さん。果穂ちゃん。芹沢さん。そして……甜花!」

 

「…………《ま》~」

「《りん》……」

「《か》っ!」

「《あ》!」

「……《てん》……!」

 

『────っ!!?』

 

 

 

『マリンカーテン!!』

 

 

 

「にへへ……甜花、天才……」

 

「へぇ~……甜花。ずっと黙っていると思ってたら、プロデューサーの話を聞いてから、ずっと、こんなこと考えてたんだ~」

 

「う、うん……! ずっと考えてたら……いいの、閃いた……!」

 

「マリンカーテン……海のカーテン……はい……海辺のテラスハウスの窓から眺める絶景の海……とても、良い名だと思います……」

 

「はいっ! すっごく綺麗なお部屋と海が想像できました! 甜花さん、すごいですっ!!」

 

「にへ……にへへ……」

 

「それじゃあ……スペルは《Marine Curtain》で決まりっすかね?」

 

「それでいいんじゃないのー? 誰も文句なさそうだし~。……じゃ、次はぁ……やっぱり……ユニットのリーダーを決めておかないとね~?」

 

「それなら摩美々ちゃんじゃないっすか? この中で一番の年長者っす」

 

「あ、私はパスで~。リーダーとか面倒そうだし~……あ、そうだぁ……なら、リーダーは果穂で決まりね~」

 

「えっ!? 摩美々さん、あたしですかぁ!?」

 

「果穂はしっかりしているからね~。任せても大丈夫でしょ~」

 

「わ……分かりました。小宮果穂、マリンカーテンのリーダーとして、頑張ります! みなさんも……それでいいでしょうか……?」

 

「凛世は……異論ございません……」

 

「わたしも別に。果穂ちゃん、頑張ってね!」

 

「司令官……甜花に、指示を……!」

 

「みなさん……ありがとうございますっ!!」

 

「……それじゃあ、そろそろ振付師の人が来るはずだから~。みんな、ジャージに着替えておくように~」

 

『は~い!』

 

          /了

 

 

 

 

     摩・凛・果・あ・甜

 

 某月某日。ドリームチーム《マリンカーテン》発足から一週間後。レッスン室。

 

「……なかなか全体のリズムが合わないねー」

 

「はいっす……この曲、とても緩急が付いたリズムだから……突然早くなったり、遅くなったり……難しいっすよ~!」

 

「……ご、ごめんね。甜花、足、引っ張っちゃって……早いところも、遅いところも……全部、甜花、つまずいちゃって……」

 

「いえ! 甜花さんが謝ることはありませんっ! もっと練習を重ねましょう!」

 

「ダンスは一日にしてならず……再来月のライブまで、着実に前進していきましょう……」

 

 激しい緩急のついた曲と振り付け。それは穏やかな木漏れ日と雄叫びの波しぶきが向かい合って戦うような独特な曲調。

 

 ダンスにキレがある摩美々とあさひと果穂。

 大人しいダンスを得意とする凛世と甜花。

 

 このアンバランスな曲調とメンバーの得手不得手を調和するためには、どうすればいいのか。そこで摩美々が呟いた。

 

「……バランサー……」

 

「え? 今なんて言ったんすか、摩美々ちゃん?」

 

「…………いや、ちょっと……」

 

「よーしっ! それじゃあ曲をかけますね!」

 

「う、うん……! 甜花、休憩、バッチリ……!」

 

「では……摩美々さん……あさひさん……そちらの方は、準備、よろしいでしょうか……?」

 

「あ、私は大丈夫っすよー!」

 

「摩美々もー」

 

   ◇

 

 それから数日後。曲の流れも振り付けもバッチリ覚えた。

 しかし、どうしてもユニットの足並みが揃わない。

 

 これがひとつの課題として立ち上がり、ドリームチーム・マリンカーテンは四苦八苦していた。

 

「……あ、あの、甜花さん────」

 

 踊りの最中、果穂が声をかける。

 その時────

 

「……あっ!」

「!? 甜花さん!」

 

 リズム合わせで踊っていた際に転んでしまった甜花。それは誰がどう見ても、摩美々とあさひの足並みを見て、無理に揃えようとしたせいだった。

 

「あ、あうぅ……足首、痛い……」

 

「え、うそ……」

 

「大変っす! すぐに救急箱を取ってくるっす!」

 

「捻挫……ではないようですが、これは冷やした方が……」

 

「あ、あたし、プロデューサーさんを呼んできます……っ!」

 

   ◇

 

「……は~い。少し足首を痛めただけですね~。二日ほどダンスレッスンは厳禁ですが、特に大事はありませんので、大丈夫ですよ~」

 

「……はづきさん。ありがとうございます」

 

「いえいえー」

 

 レッスン室を後にするはづきさん。

 その時、果穂が頭を下げた。

 

「あの……ごめんなさい。甜花さん。あたしが声をかけたから……」

 

「あ、ううん……果穂ちゃんは、何も悪くないよ……? 甜花が、無理に合わせようとしたからで……」

 

「…………」

 

 プロデューサーは静かに見守る。

 その時、あさひが口を開いた。

 

「でも、これじゃあ二日はレッスン中止っすね。その間は、ほかのことについて考える時間にするっすか?」

 

「えーっと……はい。あたしたちも、それぞれのユニットの活動がありますし……残り少ない時間で、何ができるかって、考えると……」

 

「……では、何について……話し合いましょうか……」

 

 一番の課題の解決は後回しにし、ダンスレッスンができない間は、ボーカルレッスンをするか、ビジュアルレッスンをするか。それとも演出について予算と見合わせて考えるか。

 

 様々な要素が提示されていく中、ひとり摩美々は熟考していた。

 

「……摩美々、さん……?」

 

 足首を痛めないよう休憩していた甜花は、摩美々が難しい顔をしていることに気づく。

 そんな甜花に気付いた摩美々は、ふと────

 

「……ねぇ、果穂~」

 

「……? はいっ! なんでしょうか?」

 

 ────この課題の問題解決策について提示した。

 

「今回甜花がケガをしたのは、やっぱりまだそれぞれの役割が固まっていないからだと思うのー。だから、そろそろ五人のポジションを固めるべきじゃない~?」

 

「……それは……たしかに。あの、甜花さん。どうして急にテンポを速めたんですか?」

 

「あぅ……それは……」

 

 指をもじもじとさせる甜花は、申し訳なさそうにうなだれる。

 

「甜花……甜花だけ、みんなより、遅れてたから……」

 

「……だってさ。でもリーダー。別に遅れていても、ねー?」

 

 摩美々は意味ありげに果穂を見る。その真意のほどは、まだアイコンタクトに慣れない果穂には分からなかったが────果穂自身、甜花の言い分には思うところがあった。

 

「はい! 甜花さんは、別にゆっくりでもいいんですっ!」

 

「……え? で、でも……ひとりだけ、ゆっくりじゃあ……」

 

「いえ! それを言ったら────」

 

「凛世も、同じことでございます……」

 

 果穂と凛世は互いの顔を見合わせて、こくりと頷く。

 

「つまり、バランスです! 放クラでは、一人ひとりの個性を大切にしています!」

 

「それゆえ……甜花さんも、自分だけの個性。その中でも長所を大切にしていただければ……」

 

「…………そっか……でも……」

 

「でもっすよ? 実際、このままだとアンバランスっすよ。これをどうにかしないと……」

 

「……あうぅ……」

 

 落ち込む甜花。考えるあさひたち。

 その中で摩美々だけは、含んだ笑みを持たせていた。

 

「……ふふー。ねぇ、プロデューサー」

 

「……なんだ?」

 

「これも、プロデューサーはお見通しだったんですね~?」

 

「…………。…………」

 

 黙って五人の少女を見守るプロデューサーは、何か助言を与えることをしない。

 それを分かりきった上で、摩美々は自ら苦労人を買って出た。

 

「ねぇみんな~。摩美々にいい考えがあるんだけど……」

 

「いい考えっすか? 聞かせて欲しいっす!」

 

「それはねー。……摩美々がセンターになるねー」

 

 ────センター。それはユニットの中央に立ち、全体のバランスを保つライブリーダー。

 しかし、それは果穂のポジション。

 

「え……それじゃあ、あたしは……」

 

「果穂はリーダーのままだよ~。みんなを仕切る役割はそのままー。でも、ユニットのリーダーと、ライブの時のリーダー。つまりセンターは別でしょー?」

 

「あ……たしかにそうですっ!」

 

「ストレイライトでも、あたしがセンターっすけど、リーダーは冬優子ちゃんっすから、別に珍しいことでもないっすね!」

 

「……しかし、摩美々さん……それでは、摩美々さんの負担が……」

 

「そうだねー。誰かさんを恨みたくなりますよー。こうなること、全部想定内なんですからー」

 

「…………」

 

 頭を掻くプロデューサーは、摩美々の含み笑いから目をそらす。

 

「……? ど、どういうこと……? 甜花、よくわかんない……」

 

「うーんとねー。つまりー。摩美々がバランス役になるってことー。その上で全員のポジションを配置し直すと……」

 

「右から、あたし、凛世さん、摩美々さん、あさひさん、甜花さん……の順番ですね!」

 

「果穂ーナイスー。そういうことー」

 

 リーダーの小宮果穂。

 ボーカル担当の社野凛世。

 センターの田中摩美々。

 ダンス担当の芹沢あさひ。

 ビジュアル担当の大崎甜花。

 

「このポジションなら、無理に全員がひとつのリズムに合わせる必要はなくなってー……早いところは摩美々と果穂とあさひがー。遅いところは凛世と甜花が前に出て、緩急が付く時に前後を交代していけば、結構いい線いくんじゃないのー?」

 

「──……わぁっ! それってつまり、かっこいいところはあたしたちが、おっとりしたところは凛世さんと甜花さんたちが担当するってことですね! 役割分担、ですっ!!」

 

「はい……きっと、それならば……今までバラバラだったところが……綺麗にまとまりましょう……」

 

「はいっす。私もそれ、いい考えだと思うっす! さすが摩美々ちゃんっす!」

 

「摩美々さん……すごい……ありがと……!」

 

「……別にー。お礼を言われるほどじゃないしー。それより甜花、早くケガ、治してよねー」

 

 それからドリームチーム・マリンカーテンは、しばしのダンスレッスン中止のため、ライブの時の演出など、様々な会話に熱を持たせていく。

 

「……よしっ」

 

 その様子を見届けたプロデューサーは、静かにレッスン室を去る。実際、彼の頭の中に描いていた五人の位置取りは、まさに摩美々の考え通りのものだった。

 

   ◇

 

 かくして、あっという間に月日は過ぎ去り。特別ライブ当日。ドリームチーム・マリンカーテンによる大盛況のライブが開催された。

 

 彼女たちのダンスは、それぞれがキレのある/穏やかな……対照的なダンスだった。

 しかし、どちらかがどちらかの長所を潰す事なく、ファンの不安に反して、勢いのついたリズムの時は果穂・摩美々・あさひがポーズを決め、落ち着いたメロディの時は凛世・甜花が主役となるなど、センターが完璧なバランスを取ることで、完璧なライブが行われた。

 

 特別ライブは大成功のうちに終わった。その後もドリームチーム・マリンカーテンの継続がファンから待望された五人の少女は、二つのユニットを掛け持ちしつつ、しっかりと仕事をこなしていき、さらなるファンからの好評を博すことになったという。

 

 はたして今後のマリンカーテンは、どんな活躍を見せてくれるのか。

 それを語る場所は、ここではない。それはもっと別の世界のどこかで。

 

 ────きっと語られるであろう冒険譚。

 

   /了

 

 

 

 

 

     それぞれの始まり

 

 ────台風の夜。

 深夜2時頃。彼女の部屋から忽然と消え去った大崎甜花。

 

 甘奈は行方不明となった姉を探すため、暴風と土砂降りの雨の中、朝日が昇るまで街を走った。

 

「どこにいるの? いったい、どこに行っちゃったの……? 甜花ちゃん……っ!」

 

 やがて走る体力も尽き、精神も限界に達した甘奈は、ずぶ濡れの体で事務所の扉を叩いた。

 

          *

 

 朝8時。天気は曇り、時々しゅう雨。

 いの一番に事務所の扉を開き、各アイドルのスケジュールを確認してから仕事を始める男。その名をプロデューサー。

 

 彼の出勤より少し遅れて、社野凛世が到着する。雅な所作で扉を開き、静かに居間に入ってきた凛世は、目が合ったプロデューサーに丁寧なお辞儀をする。曇天の中を歩いてきたせいか、濡鴉の髪の毛先には小粒の水滴が滴っていた。

 

「おはよう、凛世。いつも早いな」

「はい……プロデューサーさまに……早くお会いしたく……」

 

 挨拶を済ませた凛世は、プロデューサーのオフィスをちらりと見やる。

 

(……いつも置かれている珈琲が……まだ……)

 

 ならばと凛世は台所に向かい、淹れたての珈琲を持ってくる。

 

「プロデューサーさま……こちらを……」

「──おっ! ありがとう凛世! そうか、そういえばまだ珈琲淹れてなかったな」

「はい……」

 

 嬉しそうに珈琲を口にするプロデューサーを見て、凛世は小首を傾げるなり朗らかに頷く。

 

「プロデューサーさん! おっはようございまーす!」

「おはようございますっす~!」

 

 その時、とても元気な二つの声とともにリビングの扉が叩き開けられた。

 

「おはよう果穂、あさひ。今日も二人は元気だな」

「おはようございます。果穂さん、あさひさん」

「あ! 凛世さんも、おはようございますっ!」

「凛世ちゃん凛世ちゃん! ちょっと見てほしいものがあるんすよ~!」

 

 弾けるような笑顔で朝の挨拶を叫ぶ小中学生が二人。その髪は少し濡れていたが、特別彼女たちは気にしていない。今日も今日とて小宮果穂と芹沢あさひは、全力で一日を過ごすつもりのようだった。

 

「……? 果穂さん、あさひさん。そちらの……手に持っている物は……?」

「あっ! 凛世さん、これはですねぇ……」

「そうっす! それっす凛世ちゃん!」

 

 果穂の手に握られたオレンジ色の携帯端末。

 一昔前の色褪せたポケベルを想起させる“それ”について凛世は問う。

 

「……お、果穂、あさひ。また懐かしいものを持っているな。────それ、デジヴァイスだろ?」

 

 先に答えを言い当てたのはプロデューサー。

 驚いた果穂とあさひは、せっかくの説明の機会を失ったことに腹を立てる。

 

「あー! プロデューサーさんっ! 先に言わないでくださいー!」

「そうっすよプロデューサーさん! 空気を読んでくださいっすー!」

「はは。ごめんごめん! あまりに懐かしい代物だったから、つい、な?」

「……デジ……ヴァイス……?」

 

 それからプロデューサーは、少女たちの会話の邪魔をしないよう、パソコン画面に向き直る。かたや果穂とあさひは、デジヴァイスとはなんたるかを凛世に説明していた。

 

「────というわけで、これはお兄ちゃんのおさがりなんですっ! お兄ちゃんが部屋の大掃除をしていた時に見つけたそうで、「もう遊ばないから果穂にやるよ」って、もらった物なんです!」

 

「……なるほど……それがデジタルモンスター……略してデジモンと呼ばれる……携帯端末の育成ゲームと……」

 

「そうっす! 私も少しだけ遊んだけど、ものすごく面白いっすよ!」

 

 その時、耳をそばだてていたプロデューサーが、会話に混ざりたそうに問いかけた。

 

「……それで、果穂とあさひは今、どのデジモンを育てているんだ?」

 

「──! はい! 今はアグモンを育てています! ボタモンからコロモン、コロモンからアグモンに進化しました!」

 

「私はヌメモンに進化して、すぐ死んじゃったっす! でも可愛かったっすよ! また別のデジモンを育ててみたいっす!」

 

「……進化……?」

 

 『進化』という単語に首をひねる凛世。

 それについて果穂とあさひは説明する。

 

 やがてリビングの会話はデジモンの話題で埋め尽くされ、ひとつのデジヴァイスを共有する三人の少女の楽しそうな笑い声がリビングに響き渡る。

 

「……と、早朝の準備はこんなもんでいいかな」

 

 空になったコーヒーを継ぎ足すため席を立ち、プロデューサーはノートパソコンを閉じる。

 

 ────バタン!

 

 その時、ノートパソコンを閉じる音とは別の大きな音が響いた。

 音の出処は、事務所の玄関の方から。

 

「……なんだ?」

『……?』

 

 マグカップを机に置き、プロデューサーは玄関に急ぐ。

 廊下に出ると、その先には────ずぶ濡れの大崎甘奈が立っていた。

 

「あ、甘奈!?」

 

 ドタドタと廊下を走り、まずは甘奈の体を確認する。

 ケガなどはどこにもなく、単に雨に濡れてしまっただけのようだった。

 

「あ、甘奈……どうしたんだ? そんなに濡れて……」

 

 しかしプロデューサーは怪訝に思う。彼女の衣服の濡れ具合が尋常ではない。

 まるで数時間、傘も差さずに雨の中を走っていたような、そんな気配を感じる。

 

「……あ、あのね、プロデューサーさん……」

「…………」

 

 今にも泣き出しそうな甘奈は、必死に“あること”を伝えようと自分の胸を押さえつける。その勇気を見据えて、プロデューサーは黙って彼女の言葉を待った。

 

「……っ。プロデューサーさん……大変なの……甜花ちゃんが……甜花ちゃんが……っ!」

「……!? 甜花が、甜花がどうしたんだ!?」

 

 凄まじい剣幕で“甜花”のことを訴え始めた甘奈を見て、プロデューサーは焦りだす。

 

「甘奈、一回落ち着くんだ。随分と息も上がっているじゃないか。まずは深呼吸だ。俺も一緒にやるから」

 

「う、うん……」

 

 息を吸い、息を吐く。

 その繰り返しで、甘奈の体の体温と鼓動が少しの落ち着きを取り戻す。

 

「甘奈さん……」

 

 洗面所からタオルを持ってきた凛世は、それを甘奈に差し出す。

 

「あ、ありがと……凛世ちゃん……」

 

 一方、リビングのドアから顔を出し、廊下の様子を窺っていた果穂とあさひ。二人も──甜花に何かがあったらしい──と聞いては、居ても立っても居られず廊下に飛び出し、甘奈の前まで来て訳を問う。

 

「あ、あの……甘奈さん。いったい、甜花さんに何があったんですか……?」

「甜花ちゃんと喧嘩でもしたんすか? ……って、そんな様子にも見えないっすけどね」

「あ、果穂ちゃん……あさひちゃん……」

 

 一度、息を呑む甘奈。

 彼女はプロデューサーを含む仲間たちに、ある沈痛な事実を告げる。

 

「────甜花ちゃんが、行方不明になっちゃったの……」

 

   ◇

 

 大崎甜花が行方不明。

 そう聞いたプロデューサーたちは、すぐに車を走らせて大崎宅に向かう。

 

 その間プロデューサーたちは、甘奈から、甜花が消え去るまでの出来事を聞かされていた。

 

「──でね。雷が落ちて、甜花ちゃん大丈夫かなって思って部屋に駆け込んだら、甜花ちゃん……忽然と居なくなっていたの……」

「こつぜんと?」

「それって、神隠しとかっすか?」

「……ならば、甜花さんは突然消えた、という認識でいいのでしょうか……?」

 

 首をひねる果穂とあさひと凛世。

 運転するプロデューサーは、突然人が消えたという話に懐疑的で、別の可能性を考える。

 

「……甘奈。それは甜花が深夜に外出したとか、そういうことじゃないんだな?」

「う、うん! 甜花ちゃん、そんな危ないことしないもん! ……それに、まだ“ぬくもり”があったから……ほんとに、突然消えたとしか……」

 

「……ぬくもり?」

 

「うん、プロデューサーさん。あのね、甜花ちゃんの部屋、テレビもゲームもつけっぱなしだったの。それで、いつも甜花ちゃんが使っているクッションに触れてみたら……今の今までそこで眠っていたとしか思えないほど……“温かかった”の……」

 

『……………………』

 

 暫しの沈黙。

 その静けさを破ったのは、プロデューサーの冷静な一言だった。

 

「甜花の部屋の窓は? 玄関も含めて、人が出入りした痕跡……つまり鍵は開いていたか?」

 

「う、ううん……泥棒とか、強盗とかの可能性も考えて、そこも、ちゃんとチェックしたけど……何も変わりなかったよ。──ホントのホントに! ……ほんとに……密室から突然……人が消えちゃったみたいに……」

 

「……とりあえず、甜花が消えたことは分かった。現場にいた甘奈から見た状況は、本当に“甜花が密室から忽然と消えた”としか、そう思えなかったってことなんだな?」

 

「う、うん……! ……信じて、くれないかもだけど……」

 

『…………』

 

 再びの沈黙。

 それを小宮果穂が打ち破る。

 

「あたしは信じます!」

「────神隠し。であるならば、甜花さんは……いったい何処へと……」

「とにかく、甜花ちゃんのお家に行ってみないことには、まだ何も分からないっすね」

「……っ」

 

「……そうだな。あさひの言う通りだ。──よし、少し飛ばすぞ」

 

   ◇

 

 大崎家。甜花の自室。

 人が消えたとされるその部屋は、確かに甘奈の証言通り。先程までその場に居た人間が忽然と消失したとしか思えない状況証拠が揃っていた。

 

「……うん? あれ、なんだろ、これ……」

 

 その時、あさひの観察眼が明滅するテレビを射抜く。

 画面に映るのは砂嵐。だが、よく見てみれば砂嵐の奥に映像が映っている。

 

「────……っ!? ぷ、プロデューサーさん! ちょっと、これ見てくださいっす!!」

 

「あさひ……?」

 

 何かを察したあさひは、全員の視線をテレビに集めさせようとする。

 

「ど、どうしたんだ、あさひ。急に叫んで……」

 

「どうしたも何もないっすよ! みんな! 甜花ちゃんは、ここに居るっす! ちゃんと居るっすよ!」

 

「……え? あさひちゃん、それってどういう……」

 

 ──どういう意味なのか。甘奈が問おうとする前に。

 あさひはコントローラーを握り、長時間放置された為にコントローラーの電源が落とされて暗くなっていたテレビ画面に明かりを取り戻した。

 

『……!!?』

 

 毎秒、人間の動体視力では読めるはずもない幾多数多のメッセージウィンドウが高速で流れては消えていく。俯瞰視点でドット絵のマップを歩く茶髪の少女。その傍らには常にロトムの姿がある。いわゆるポケットモンスターというゲーム画面のそれは、しかし……通常のゲーム画面とは、かなり大きくかけ離れていた。

 

「まさか……これは、甜花なのか……?」

「そうっすよ! 甜花ちゃん、ゲームの世界に入っちゃったんす!」

「で、でも、それって……」

「いったい、どのようにして……」

 

 ────どさっ。

 

 カーペットの床に人が倒れる音。

 驚いて振り返った一同は、ショックのあまり気絶した甘奈の姿を目にする。

 

「あ、甘奈!?」

「甘奈さん! しっかりしてください!」

 

 気を失った甘奈の下に駆けつけるプロデューサーと果穂。

 そのそばであさひは、コントローラーを操作していた。

 

「……あさひさん?」

「凛世ちゃん。どうもこのゲーム、こっちから動かせるみたいっす。ほら、適当なボタンを押したら画面が二分割になった。とりあえず“はじめから”を選択して……」

 

 その時、プロデューサーから制止の声が飛ぶ。

 

「待て、あさひ! 余計なことはしない方が……!」

「でも……!」

 

 悲痛の面持ちで振り返るあさひは、プロデューサーとにらみ合う。

 

「……分かった。だが、そのコントローラーは俺に貸してくれ」

「……っ! はいっす! プロデューサーさん!」

 

 甘奈の介抱を凛世と交代したプロデューサーは、ポケットモンスターのゲームをよく知るあさひの助言を頼りにゲームを始める。

 

 『はじめから』←

 

 そのボタンを押した途端、『甜花がプレイ中』と思われる画面片側の速度が等速になった。

 

「うわっ!? 急に画面の流れる速さが変わったぞ!?」

 

「……もしかして、こっちから干渉すると、現実世界とゲームの世界の時間の流れが等しくなるのかな……」

 

「……? あさひ、それってどういうことだ?」

 

「単純な話っすよ。現実世界で一秒が過ぎると、向こうの世界では数分以上の時間が過ぎている。たぶん、そんな感じなんだと思うっす。だから画面が高速で動いてた。でも、今プロデューサーさんが新規でセーブデータを作ったから、処理が重くなって速度が遅くなった……あるいは、こっちから介入したから、時間の流れの辻褄を合わせるために等速になった……ちゃんとした理由は分からないっすけど、そんなところじゃないかと思っただけっす。ただの勘というか……こういうのが“定番”だと思っただけなんすけどね!」

 

 いったい何が定番なのか聞きたい気持ちを今はこらえて、プロデューサーはゲームを進める。

 

 主人公の名前を『プロデュー』に決定。

 本来はオーキド博士が登場してポケモンの世界観を語ってくれる画面が、バグのせいか丸い『?』マークが登場し、代わりに定番のメッセージウィンドウが流れる。それをプロデューサーは、ボタン連打で飛ばしていく。

 

「舞台はカントー地方か……なら最初のポケモンは草タイプのフシギダネを選んでくださいっす。ゴールデンブリッジのライバル戦が鬼門っすけど、飛行タイプに抜群が取れるポケモンを一匹捕まえていれば、それだけでタマムシシティまでは突破できるっす。それまでに消費する時間は、一時間程度っすかね……」

 

「あぁ、俺もそう思う。……こんな時になんだが、赤バージョンをやっていた頃が懐かしいな……」

 

「これ、リメイク版のファイアレッド・リーフグリーンっすけどね。……ところで、ゲームを始めて一体どうするつもりなんすか? プロデューサーさん」

 

「……それ、あさひが言うのか? あさひは何を考えてゲームに介入しようと思ったんだ……」

 

「それは……勢いっす!」

 

 要するに、指を咥えて見ていられなかった。おそらくあさひはそれが理由でコントローラーを手に取ったのだと、プロデューサーは推測する。

 

 それからプロデューサーとあさひは、小一時間かけて5番道路に到着。ハナダシティに到着した頃には、同じマップに甜花がいたが、彼女と会うことはしなかった。

 

「……くそっ!」

 

「プロデューサーさん。次はどうしたんすか?」

 

「……えーっと、上下キーと左右キーが、またランダムに置き換わった。……上を押すと、左に行く。じゃあ、左を押すと────」

 

「……なんか、こうも連続すると意図的なものを感じるっすね……。ただのバグとは思えない……まさか、誰かの妨害……?」

 

「……よし! これで満足に移動できる! こうも連続すれば慣れてくるもんだな!」

 

 5番道路を南に直進する。草むらに入り、ロスタイムを嫌う二人は、野生ポケモンが出てこないことを祈る。────だが、不意にキャラの移動が止まり、ランダムエンカウントに遭遇してしまった。

 

『……なっ!?』

 

 そこでプロデューサーとあさひは、目を見開いて驚愕する。

 

『あ! やせいの

 ミュウツーが とびだしてきた!』

 

 

 

   ◇

 

 

 

 プロデューというキャラクターは、ハナダシティのポケモンセンター前で立ち止まる。その近くにある木の下で、大崎甜花と思われる茶髪の少女が立ち尽くしていたからだ。

 

 話しかけると戦闘が始まり、もはやバグまみれの画面ではメッセージウィンドウすら満足に出てこない。甜花がゴンベを繰り出した事だけは分かるが、画面の砂嵐は酷くなる一方だった。

 

「……どうするんすか、プロデューサーさん。メールを渡すためには、通信交換をするしか……」

 

「分かってる。でも……甜花の行動を観察している限り、どうもゲームの中の世界は現実の世界とそう変わらない動きができるらしい。なら、フシギダネがレトロメールを持ち物として持っていることも、甜花なら気付くはずだ」

 

「……つまり、いつ弾け飛ぶか分からないセーブデータで、甜花ちゃんがレトロメールに気付いてくれるかどうか……どちらが早いかってことっすか……」

 

 戦闘開始から一分。突然ジョイステーションから甲高い警告音が出て、プロデューサーがプレイしていた片側画面の映像が途切れてしまう。

 テレビ画面に映る映像は元の一画面に戻り、甜花の動向が高速で反映されていく。

 

「……完全に吹き飛んだっすね。プロデューサーさんのセーブデータ。それにしても……届いたっすかね? 私たちの手紙……」

 

「……あぁ、きっと届いたさ。俺と、俺たちの想いは……」

 

 もはや操作を受け付けなくなったコントローラーを床に置き、プロデューサーは立ち上がる。

 

「……だが、あさひ。最後の行の『たいかい かって こい!』ってのは、どういう意味なんだ?」

 

「あぁ、あれはっすね。もしゲームの世界から脱出する方法があるとしたら、それはもうゲームなんで、クリア以外にないと思ったんすよ!」

 

「……なるほど。たいかいってのは、大会ってことで……ポケモンリーグを優勝して殿堂入りしろ! っていう激励だったわけか」

 

「そのとおりっす、プロデューサーさん! きっと甜花ちゃんなら、そんなのお茶の子さいさいっすよ!」

 

 ゲーム画面に映る甜花は、今現在クチバシティに向かおうとしている。

 そこでプロデューサーは、甘奈の容態を気にかけた。

 

「凛世、果穂……甘奈の様子はどうだ?」

「それが……」

「未だ目を覚まさず……相当にショックだったようで……」

 

 芳しくない返答を聞いたプロデューサーは、とりあえず今後の方針を口にする。

 

「とりあえず甘奈を寝室に運ぼう。夜通し甜花を探して走り回ったようだし、肉体的にも精神的にも疲労が限界を超えているはずだ。起きないのも無理はない……」

 

「じゃあ、私たちはどうするっすか?」

 

「果穂と凛世、あさひは事務所に戻ってくれ。いつも通りに……は無理かもしれないが、予定通り組んだレッスンを受けて来い」

 

「……ならば、プロデューサーさまは……」

 

「俺は甜花を見守る必要がある。何かアクシデントが起きて、ゲームの電源が切れたらどうなるかとか……考えるだに恐ろしいからな。甘奈の看病もあるし……」

 

「え……それじゃあ、プロデューサーさんっ! このことって、誰かに報告とか、したりしないんですか……?」

 

「……そうだな。果穂の言う通り、通常の失踪事件なら社長に報告して警察と相談する所だが……状況が状況だ。ゲームの世界に入った、だなんて……百歩譲って社長やはづきさんが信じてくれたとしても、俺たちではどうしようもない事態に陥ってしまっている。とりあえず騒ぎにならないよう、予定していた甜花のレッスンを中止にして、ここ一週間の仕事をなんとか理由をつけてキャンセルするしか……」

 

「……それ、どのくらいで周りにバレると思うっすか?」

 

 大崎甜花が行方不明である事実。それを隠し通せる期間は、そう長くない。

 核心を突いたあさひの質問に対し、プロデューサーはその質問を予想していたのか明確に答える。

 

「今は朝の九時過ぎだから……以てあと12時間。運が良くて翌朝といったところだろう」

 

「それは……どのような理由で……?」

 

「大崎のご両親は出張が多くてあまり家に帰らない。だが頻繁に親とは連絡を取り合っているはずだから、朝から夕方のメールは『仕事中なんだな』で済むだろう。しかし夜のメールに答えないとなると流石のご両親も心配する。まず俺に電話が掛かってくるだろうから、その時は……なんとか心配させないよう誤魔化すしかない。例えば、今日は台風だから甜花も甘奈も仲良く携帯を水たまりに落としてしまった……とかで乗り切れる、と信じたい……」

 

「う~ん。たぶん、それ無理だと思うっす。声を聞かせて欲しいと言われた場合、苦しい言い訳してもいいっすけど……そのあと携帯が壊れていないことを知ったご両親からどう思われるかってのを全然考慮してないっす」

 

「だよなぁ……それなら最初から『甜花はゲームの世界に入ってしまって、いま連絡が取れません。きっとすぐ元の世界に戻ってくると思うので、一緒に甜花の帰還を応援してください!』って……正直に伝えるしかないよなぁ……」

 

 腕を組んで天井を仰ぎ、プロデューサーはウンウンと唸る。

 

「…………。……っ。──……では、果穂さん、あさひさん。凛世たちは……」

「……っ。でも、凛世さん……それは……!」

「私は戻らないっすよ。甜花ちゃんを見守ってるっす」

 

「──! あさひ……」

 

「それにプロデューサーさん。甜花ちゃんを見守りながら甘奈ちゃんを看病できるんすか? ぶっちゃけ事務所に戻るべきなのはプロデューサーさんの方っすよ。ほかのアイドルのこともあるし、ここは私と果穂ちゃん、そして凛世ちゃんに任せてくださいっす!」

 

『……!』

 

 驚きのあまり目を見張る果穂と凛世。

 彼女たちは断固として自分の主張を崩さないあさひを前にして、その正しさを思い出す。

 

「……はいっ! あたしもそう思います、プロデューサーさん! 甘奈さんは、あたしたちが頑張って看病しますから……!」

「プロデューサーさま……どうか、お許しを……」

 

「……。あさひ、果穂、凛世……」

 

 最終決断を迫られるプロデューサー。はたして、この異常事態の場に年端もいかない少女たちを残し、あとを任せていいものか。

 

「…………────分かった。その代わり、何かあったらすぐに連絡するんだぞ。一時間おき……いや、三十分おきに連絡を入れろ。それも詳細にだ。分かったか?」

 

『……っ! はいっ!』

 

「とりあえず甘奈を寝室に運ぼう。それから俺は事務所に戻る」

 

 甘奈を抱き上げるため、プロデューサーは歩き出す。

 

 ────その時だった。

 突然テレビ画面に激しい砂嵐が走り、強烈な雑音が鳴り響く。

 

 

 

『 ソウハ サセン 』

 

 

 

『……っ!?』

 

 機械的な音声。どこか男性的な声色と口調が砂嵐の奥から呼びかける。

 

 

 

『 コチラガワ ヲ シッタモノ ヲ イカシテ ハ カエセナイ 』

 

 

 

「な、なんだ、この声は……! ミュウツーとは違う……お前は何者だ!?」

 

 背後に居る少女たちを庇うように、プロデューサーは両手を広げ、声の主と対峙する。

 

 

 

『 ワタシ ハ────       神だ 』

 

 

 

 突然、砂嵐の向こうから一本の鋭利な白い脚が伸びてくる。それは現実世界と電脳世界の垣根を容易く貫き────プロデューサーの腹部を突き刺した。

 

『────ッ!!?』

 

 引き抜かれる槍。彼の腹部から鮮血はなく、意識を失ったプロデューサーは糸の切れた人形のように崩折れる。

 

「──プロデューサーさま……ッ!?」

 

 (たお)れたプロデューサーに駆け寄る凛世。

 

「だ、ダメです、凛世さん……!」

 

「──っ!? な、なんすか、これ……画面が……渦を巻いて……!」

 

 画面に近付くのは危険と判断した果穂が、泣き崩れる凛世の腕を必死に掴んで離さない。その傍らであさひは、画面に渦巻く『ひとつの銀河』に魅入られていた。

 

「……なんか、まずい気がする……みんな! 今すぐここから離れるっす!」

 

 

 

『 そうはさせんと────言ったであろうがァアアア!! 』

 

 

 

 次の瞬間、銀河を構成する映像から極光が解き放たれる。

 その光を浴びたプロデューサー、凛世、果穂、あさひの肉体はブロック状に分解を始め、意識を保ったままテレビ画面に引きずり込まれていく。

 

「な、なんですか、コレはぁ!?」

 

「……っ! プロデューサーさま……!」

 

「まずい……! 生かして帰さないって、つまり私たちをゲームの中に……っ!」

 

 刹那、微粒子レベルに分解した彼らの肉体は、透き通るようにテレビの中へ吸い込まれていく。唯一その事象から逃れて無事だったのは、意識を失っている甘奈だけだった。

 

 

 

 ────ウィィィィィ……ィン……。

 

 

 

 周囲に陽炎を起こすほど発熱する多機能互換機ジョイステーション。その中身が冷えてくると、高速回転するファンは鳴りを潜め、通常の稼動音を立て続ける。

 

「────────」

 

 熱を出して額に汗を流す大崎甘奈は、過度の疲労のため眠り続ける。

 

 かくして大崎甜花をはじめとするプロデューサー、社野凛世、小宮果穂、芹沢あさひの五人は、さながら真の神隠しの如く、現実世界からその消息を絶った。

 

 その後、消えたプロデューサーの行方を追うべく、名探偵・田中摩美々とその助手・浅倉透が大崎邸に辿り着き、神と名乗る存在によってゲームの世界に引きずり込まれてしまうのは、また別のお話。

 

   /了

 

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