大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α   作:形のない者

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第7話 VSゴンベ! リベンジマッチ!!

 ポケモンセンターの裏手にあるバトルフィールドにて。多くのトレーナーが挑む中、圧倒的な完勝と連勝を繰り返す野生のポケモンが立っていた。

 

「ごぉおおおおおおおおおん!!」

 

 ────惰弱! 惰弱すぎる!!

 そんな声が聴こえてきそうなゴンベは、真なる強者を求めて佇んでいた。

 

「あーあ。ありゃあご立腹だなぁ~」

 

 ────パシャパシャ。

 と、カメラのシャッターを切るメガネをかけた美少女。

 

 そのそばにハナコと甜花が走ってくる。

 

「あ! あそこよ! あそこにゴンベがいるわ! 甜花ちゃん!」

「はぁ、はぁ……ハナコさん、待ってぇ~……」

 

 トキワシティまで走ってきた甜花の体は、まだ回復していない。もっと休息が必要だ。

 しかしハナコは、彼女のペースを待ってはくれない。

 

 そこでメガネをかけた美少女が、新たな挑戦者に声をかけた。

 

「おやぁ? もしかしてあなたたちも、あのゴンベに挑戦するおつもりで~?」

(──……?)

 

 甜花は、妙に聞き覚えのある声に疑問を抱き、声の主の方へ振り向く。

 

「えぇ、そうよ! 私じゃなくて、こちらの甜花ちゃんが、だけどね! あ、私はハナコよ」

「これはどうもご丁寧に。ミツミネは、ミツミネユイカと申す者で~す!」

「────!?!?」

 

 甜花は声なき声で動揺する。

 しかしこの世界は、彼女のペースを待ってはくれない。

 

「あ、そうだ。もしよければ、あのゴンベに挑戦する前に、ちょっと耳寄りな情報を聞いていきませんか?」

「あら。何か知っているの?」

「それはもう! ミツミネはポケモンカメラマンなので! あの謎の生態を持つゴンベについては、それはもう特ダネスクープ物なので、バシャバシャ撮りまくりましたともー!」

「それじゃあ、あのゴンベが進化の石を食べた瞬間とか、写真に収めているのかしら?」

「それはもうバッチリと! こちらをご覧ください~!」

 

 ミツミネは何枚もの写真を広げてハナコと甜花に見せてくれる。

 

 それは、あのゴンベが炎の石を丸呑みにする瞬間。

 その直後、全身が発熱して体毛が赤くなった瞬間。

 

 それは、あのゴンベが水の石を丸呑みにする瞬間。

 その直後、全身が輝いて体毛が青白くなった瞬間。

 

 それは、あのゴンベが水の石を丸呑みにした瞬間。

 その直後、全身が光合成して体毛が緑色に発光した瞬間。

 

 それは、あのゴンベが雷の石を丸呑みにする瞬間。

 その直後、全身がバチバチと放電して体毛が黄色くなった瞬間。

 

(こ、これは……!)

 

「不思議ですよねー? どうやらあのゴンベは進化の石を消化できるみたいで。進化の石を食べると、一時的にですけど、その石に込められているタイプエネルギーを体内に宿して、通常のゴンベでは使えない技を使えるようになるみたいなんです。さらにあのゴンベ、恐ろしいことに天性のバトルセンスを持っているみたいで、進化の石を食べる特徴とは別に、一度見た相手の技を完璧に真似できるみたいなんですよー! もう恐ろしいったらなんの!」

 

(……あのゴンベは、一度見た技を、完璧に真似できる……)

 

 本来ゴンベはスカイアッパーを覚えない。ということは、あのゴンベはどこかでスカイアッパーを使うポケモンとバトルし、それを自分の技にしたということ。そして進化の石を食べて発揮できる特殊な技が、ロトムを一撃で倒した、あのブレイズキック。

 

「……確かに、それは恐ろしいわね。進化の石を食べて、そのエネルギーを利用して戦う。それだけでも大変なことなのに、相手の技をラーニングすることまで可能だなんて……」

「奥さん。実はそれだけじゃないんですよ。加えてあのゴンベは、絶対に誰にも捕まらないんです」

 

「……捕まらない?」

 

 初めて甜花が疑問を口にする。

 その合いの手に喜んだミツミネは解説を始めた。

 

「そうなんです。あ、勘違いしないで欲しいのは、別にあのゴンベは誰かの手持ちってわけじゃないんですよ。一度、隙を突いてボールを投げたら、ちゃんと一度は入りましたし。……でもそのあと、あのゴンベ────何をしたと思います?」

 

『……?』

 

 甜花とハナコは首をかしげる。

 

「ボールから出てきた瞬間、自分を捕まえかけたボールを、木っ端微塵に踏み潰したんですよ! まるで“自分は絶対に人間のポケモンにはならない!”……そう言いたげに! よほどプライドが高いポケモンなんでしょうねー。……つまり何が言いたいかというと、あのゴンベを捕まえるのは不可能ということです。仮に捕まえてもボールの外に出した瞬間、そのボールを踏み潰すでしょうし。そもそも倒すのさえ難しいレベルですから、自分の限界を確かめたいトレーナー向きのポケモンと言えますねー」

 

「へぇ~。あなた、本当に詳しいのね~!」

「これでも伊達にポケモンカメラマンはやっていませんから!」

 

 えっへんと胸を張るミツミネ。

 しかし彼女の顔は、褒められた喜びとは程遠いものだった。

 

「……けどね。なんだか、嫌だなーって、思うんですよ」

『……?』

 

 甜花とハナコは、突然のミツミネの曇り顔に首をかしげて心配する。

 

「あ、ごめんなさい。なんというか、分かるんですよ。……あのゴンベ、本当はこういうバトルが一番嫌いなんです。彼は弱い者いじめを好まず、自分より強いポケモンを求めて各地を彷徨っている。彼は自分より弱いポケモンには無関心で歯牙にもかけないんですよ。でもそれが分からないトレーナーの命令で向かってくるポケモンがいる以上、こうして降りかかる火の粉は払わなきゃいけない。……だから、あのゴンベは怒っているんです」

 

「────ゴォオオオオオオオオンッッッッ!!!!!!!!!!!」

 

 現在、百人のトレーナーのポケモンを屠ったゴンベは、夕焼け空に怒りの咆哮をぶち上げる。

 

「自分は強い奴と戦いたいんだー! その邪魔をするなー! ……どうしてもミツミネには、そんなふうに聴こえちゃって……ま、どうせ気のせいなんですけどね! 他人の気持ちも分からないのに、ポケモンの気持ちなんて分かりませんし!」

 

「……そうだったの……。……でも、たぶんユイカちゃんが感じた思いは、きっと気のせいなんかじゃないと思うわ」

「────え?」

「だから……甜花ちゃん。準備はいい?」

 

 現在、バトルフィールドの外縁部は瀕死のポケモンで溢れかえっている。

 トレーナーたちはこぞってポケモンセンターに駆け込み、あとは野次馬だけが残っていた。

 

「────────」

 

 その中でひとり、胸を高鳴らせる少女がいる。

 

「……ごん?」

 

 一人の少女の熱い視線を感じて、ゴンベは振り返る。

 甜花とゴンベの目と目が合う。

 それは互いが強者であることを悟った視線の交わし合い。

 

「……行くよ、むーちゃん。すーちゃん」

「ロトォ!」

「ラルゥ!」

 

 階段を下りてバトルフィールドの白線内側に立った甜花とラルトス。

 

「────行け、むーちゃん!」

「ロトォ!!」

 

 大崎甜花は、不思議と高揚していた。

 それは何故だろうと考えて──きっとミツミネさんのせいだ──と悟る。

 

(あのゴンベは、真の強者を求めている────)

 

 そう聴いた瞬間、なぜか燃えてしまったんだ。

 それは何故だろうと考えて──あぁ……そうか──と独り悟る。

 

 大崎甜花はワクワクしていた。

 強い敵、難しいゲーム。それは考えてみれば一緒だった。

 

 驚くべき技の数々、未知の能力を使うエネミー。

 それを前にして熱く、楽しく、夢中にならないゲーマーなんて存在しない。

 

「…………ごん」

 ────来い。

 

 ゴンベは思っていた。

 初めは、あまりにも弱い女とそのポケモンだと思った。

 

 しかし自分に立ち向かおうとするその姿勢を目にして考えを改めた。

 眼前の少女。その目は、自分と同じ目をしていたことに気付いたからだ。

 

 この世界に対する不安、恐怖。そんなものは眼前の強敵に吹き飛ばされる。

 ────戦いたい。楽しみたい。

 

 大崎甜花は思っていた。

 オーキド博士の言う通り、せっかくこの世界に来たのだから、思いっきり楽しんで帰ろう。

 

 ────ポケモンバトル。

 それは大人も子供も瞳を輝かせて見守る、熱き血潮が滾る激闘なのだから!

 

「今度こそ────勝とう、むーちゃん!」

「ロトォオオオオオ────!!」

 

 交わされる視線がゴングの合図。

 今、此処に至高のバトルが幕を開けた────

 

          *

 

 ────ポケモンバトル。

 それは現実ではない、フィクションのゲームだからこそ許される遊戯。大崎甜花の国で動物同士を格闘させることが法律で禁止されているように、現代の人間の倫理観に基づいて互いの体を傷つけ合わせる競技は、まさに見るに堪えない不毛な争いでしかない。

 

 しかし眼前に立つゴンベの視線は、そう語っていない。

 ポケモンとは、純粋な闘争を求める生き物である。彼らのバトルには純粋な闘いへの感情しかなく、例えば諍い・争い・喧嘩・戦争など、そのような剣呑な感情は、ポケモンたちにとっては忌み嫌うべき感情である。

 

 つまり、ポケモンバトルとは!

 決して互いをいじめる行為ではなく、決して互いを貶める行為ではない。

 反対にそう思うことは、ポケモンたちにとって最も無礼に当たる感情である!

 

 互いを高め合うために、闘争こそ生き甲斐とする不思議な生命体。

 それが、ポケットモンスター!

 

 だからこそ甜花は、まぶたを開く。その先には、闘志を燃やした両の眼が捉える、ロトムの背中とゴンベの全身を映していた。

 

「────むーちゃん! 電磁波!!」

「ロトォ!」

 

 ロトムの体から静電気が放出する。指示を出したのも技を繰り出したのも、どれも甜花とロトムが先。しかしゴンベはそれより早く懐から雷の石を取り出して一口で丸呑みにした。

 

「────まずい!」

 

 バトルフィールドの外でミツミネが叫ぶ。

 それと同時にロトムの電磁波がゴンベを襲った。肉体を駆け巡る痛烈な電撃。それはダメージにはならないが、全身の筋肉を痙攣させる帯電した電気は、素早さが持ち味のゴンベの動きを阻害する。

 

 ────はずだった。

 

「てんちゃん! ゴンベは今、雷の石を食べたから、一瞬だけ“電気タイプ”になったはず! だから、今の電磁波は────!」

「大丈夫。判ってる────」

 

 焦るミツミネとは対照的に、甜花は落ち着き払っており、素早く次の指示を繰り出す。

 

「むーちゃん、怪しい光!」

「ロトトォ!」

 

 ロトムの青い眼が紫色に光輝き、怪しき波動がゴンベを襲う。

 

「ゴン────!」

 

 しかしゴンベは、次に懐から“月の石”を取り出して、それを丸呑みにした。

 すると怪しい光に魅入られたはずのゴンベは、軽く頭を振るだけで混乱状態から脱出する。

 

「まさか! 月の石で怪しい光を無効化した!? そんな効果があるとか聞いてないしー!?」

 

 驚愕するミツミネ。

 一方、甜花は思考を走らせていた。

 

(あのゴンベ……ちゃんとタイプ相性を理解している……ゴーストタイプと戦うのは、あの時むーちゃんが初めてみたいだったけど……今は攻撃の直前に石を食べて、ちゃんと対策を取っている)

 

 野生のポケモンとは思えない知能の高さに戦慄を覚える。

 しかし、だからといって焦る必要は皆無。

 

「むーちゃん、今度は────」

 

 刹那、ゴンベが駆けた。相手に譲った手番は二回まで。

 次の一撃で決めるつもりなのか、懐から“水の石”を取り出して丸呑みにする。

 

 スピードはゴンベの方が上。

 甜花が指示を下し、ロトムが動く前に、既にゴンベは射程距離に入っている。

 

「放電────!」

 

 甜花が指示を下す。しかしロトムは動かない。

 そのことに疑問を抱かないゴンベの両手に、大きな水流が螺旋を描いて発生する。

 

「ゴォオオ、ン────!」

 

 それは強力な水の波動として撃ち出された。

 モロに命中したロトムはずぶ濡れになる。電気タイプのロトムに効果は薄いようだが、それでも衝撃は大きいはず。

 

 ────だというのに、なぜかロトムは微動だにせず、ただ空中に浮かんでいた。

 

「ごん……!」

 

 ────水の波動の追加効果によって、おそらく混乱したのだろう。

 そう判断したゴンベは、追撃するため“炎の石“を取り出す。

 

(────今だ!)

 

 次の瞬間、甜花の目つきが研ぎ澄まされた。

 

「むーちゃん、おどろかす!」

「ゴン!?」

 

 刹那、背後に強烈な殺気を感じたゴンベは、ダメージは受けないものの思わず怯んでしまう。その直後、ゴンベは理解した。今、自分が水の波動を当てた相手、そして追撃しようとしていた相手は────陽炎のように、その身を揺らめかせていたことに。

 

 それは“身代わり”という、自身の体力の4分の1を消費して分身を作り出す変化技。

 

「ごっ……!?」

 

 ────しまった。

 目を見張るゴンベは、炎の石を呑み込みながら振り返る。

 

 ゴーストタイプにノーマル技は利かない。故にゴンベは、今しがた呑み込んだ石のエネルギーを体内に溜めて、拳に炎を燃え上がらせる。その拳で、ロトムを一撃のもとに殴り倒す────はずだった。

 

 背後に浮かぶ本体のロトムに向かって、ゴンベは大振りの拳を見舞う。

 しかしその拳は炎に燃え盛っておらず、虚しくロトムの体を透き通り、大きく空振りした。

 

「ゴン────!!?」

 

 ────なぜだ。自分は確かに炎の石を呑み込んで、炎のパンチを見舞ったはず……!

 

 そこでゴンベは気が付いた。

 自らの手の平に『モンスターボール』が握られていた事実に。

 

「────ナイス、トリック……」

 

 呟く甜花は、小さくガッツポーズを取る。

 ロトムの傍には、先ほどゴンベが呑み込んだはずの炎の石が浮かんでいる。

 

 その事実を目の当たりにしたゴンベは、何が起こっているのか分からず、一歩、二歩と後退した。

 

          …

 

 話は単純。

 甜花とロトムはゴンベと戦う前に“ある約束”を交わしていた。

 

「いい? むーちゃん。甜花が放電って言ったら、絶対に身代わりを発動するんだよ?」

「ロト!」

「でも、二回目からの放電は、ちゃんと放電を出してね?」

「ロトロト!」

「で、甜花がおどろかすって言ったら、トリックを使ってね? ……覚えられる……?」

「ロトォ!」

 

────任せろ! と言うように、ロトムは胸を張る。

 

 次の瞬間、甜花のポケモン図鑑が音を立てて起動した。

 

「……あれ? 図鑑に文字が……

『なんだか いたずらをするみたいで おもしろい』……?

 にへへ……そうだね?」

 

          …

 

 この甜花の作戦は、つまるところ技名の詐称。命令した技がそのまま出るとは限らないという、真剣勝負の盲点を突いた戦術だった。

 

 ────ことゲームの駆け引きにおいて、甜花の右に出る競争者(エネミー)は存在しない。

 対戦相手が“ポケモンの挙動を見て技の種類を特定するような才能あるトレーナー”でなければ尚の事。野生ポケモンであれば、ある程度の対処力しか持ち得ない知能だと判断された瞬間、そこに付け込まれる定めにある。

 

「むーちゃん!」

「ロト!」

「────二回目の、放電!!」

 

 刹那、ロトムの周囲に多量の静電気が摩擦を起こし、爆発的な放電を引き起こす。

 その圧力はロトムの足元にある地面を砕き割り、可視化できるほどの稲光が空間を支配する。

 

「ご……ゴン────!?」

 

 ────ゴンベには唯一、弱点が存在した。

 それは進化の石を食べるために、一瞬でも隙が生まれてしまうことである。ゲーム風に喩えれば、1ターンの半分を消費してしまう補助動作。

 

 その隙を先の戦闘で見抜いていた甜花は、いくらロトムよりスピードが速いゴンベでも、進化の石を丸飲みにするより早く使える技があれば、十分に先手を取れると考えていた。故に甜花は、ロトムが覚えている技の中で、最も出が早い技が身代わりであったことから、以上の作戦を考案した。

 

「────っ!」

 

 バトルフィールドを埋め尽くす大放電。目が痛くなるほどの激烈な閃光、耳が痛くなるほどの雷鳴。それらが消え去り、鳴り止む頃には────

 

 ────砂塵が風に浚われて、フィールド全体が見渡せるようになっていた。

 

 かたや空中に浮かんだまま動かないロトム。立て続けに技を使って疲弊しているのか。

 かたや佇立したまま動かないゴンベ。その体は満身創痍。

 

 しかし甜花は、大ダメージを食らっているはずのゴンベが倒れていないことに冷や汗を流す。

 

(……どうして、むーちゃんは動かないの……?

 あのゴンベは、どうなったの……?)

 

 それから数瞬の時が過ぎ、ふと────

 

「────リサイクル……」

 

 ミツミネが、驚愕の面持ちで呟いた。

 

「──!?」

 

 その言葉を聴いた甜花はすぐに悟る。

 よく見れば、ロトムの体が濡れている。

 

(うそ……そんな……!)

 

 先ほど受けた水の波動は、身代わりのロトムが受けた為、本体のロトムが濡れていることは有り得ない。ならばロトムが放電している間、ゴンベが水の石を丸呑みにして、もう一度、水の波動を放ったとしか考えられない。

 

 しかし、はたして放電の最中に、そんなことをする余裕がゴンベにあっただろうか?

 そう問われれば────“有った”としか言い様がない。

 

 ────リサイクル。

 それは戦闘中に使って無くなってしまった道具を再生させて、もう一度使うことができる技。

 

 おそらくロトムが放電のため電気エネルギーを蓄えている間に、その技を使用していたのだ。そして放電と相討ちになるように、水の波動を放った。そのためにロトムは、途中で運悪く水の波動に意識をかく乱されて、混乱してしまった。

 

 ずぶ濡れのロトムには、体の所々に焼け焦げた痕がある。

 その傷は、自分の出した放電を少しだけ喰らってしまった痕にほかならない。

 

 一方のゴンベも、全身から蒸気を放つほど、その体は電撃に焼かれている。水の石をリサイクルしたことにより、一時的に水タイプになっていたこともあり、そのダメージは見るからに大きかった。

 

 ────まさかの相討ちか。

 誰もが、そう思ったとき。

 

「ろ……ロ、ト……」

 

 浮遊していたロトムが、ゆらゆらと地面に横たわった。

 

 それを見届けたゴンベは、ゆっくりと首をもたげて青空を仰ぎ、懐から取り出した“太陽の石”を丸呑みにした。すると傷口がみるみるうちに回復していき、やがてゴンベは満タンの元気を取り戻す。

 

「……むーちゃん……っ」

 

 俯く甜花はモンスターボールをかざし、戦闘不能に陥ったロトムを回収する。

 

「ありがとね……よく、頑張ったよ……」

 

 優しい声色で励ました甜花は、ふいに面を上げた。

 

 ────甜花とゴンベの視線が交わる。

 

『…………』

 

 地面に転がる空のモンスターボールと炎の石。暫し見つめ合う甜花とゴンベ。

 

 このバトルは────もし、ロトムが混乱して自分を攻撃していなければ、まだ勝負は分からなかった。あるいは、もし放電によりゴンベが麻痺していれば、素早さの低下により水の波動を打つまでの時間が掛かって、その間にゴンベの体力を削りきれていたかもしれない。

 ────だが、結果に“もしも”はない。

 有り得ざる結末の空想は、次回に繋げる骨子にはなっても、現状を覆す切り札にはならない。つまり、これは意味のない思考であり……決着は既に、互いに解りきっていたことだった。

 

『…………────』

 

 やがて、先に視線を外したのはゴンベだった。

 バトルに勝利したゴンベは、地面に転がる炎の石を拾わず、その場から立ち去っていく。

 

 その後ろ姿を見送る甜花は、何もできず、ただひたすら佇立するしかなかった。

 

「……甜花ちゃん。ナイスファイト……」

 

「その、てんちゃん……なんというか、ありがとね?

 あのゴンベ、てんちゃんと戦って、とても満足していたように見えたから……」

 

 甜花はフィールドに捨てられた炎の石を拾い上げる。その体は小刻みに震えていた。

 ハナコは、その肩にそっと手を置く。

 

 かくして敗北の悔しさを噛み締めた甜花は、ハナコに背中を押されてポケモンセンターに戻っていった。

 




『手持ち』
 ラルトス。
 ロトム。

『所持品・大切なもの』
 寝巻き。
 デビ太郎のぬいぐるみ。
 スマホ型ポケモン図鑑。
 所持金2000円。
 ゴンベが捨てた炎の石。
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