大崎甜花が旅するポケットモンスターの世界+α 作:形のない者
夕暮れの5時頃。デパートの試着室で着せ替え人形のように様々な服を着た甜花は、やがてハナコが納得のいく服を見つける事ができて、旅の用意を万端にした。
「あ、あの……ハナコさん。今日は、色々と……ありがとうございました」
「あら……どういたしまして。私も久しぶりに女の子とショッピングができて楽しかったわー! やっぱり子供が男の子だけだと、こんな機会、滅多にないからー」
ハナコの手には沢山の買い物袋が提げられている。それはおよそ人間が持てる量ではなく、どうもこの世界の住人は身体能力が著しく高いらしい。
デパートを後にしてポケモンセンターに戻ってきた二人は、そこで別れを悟る。
「それじゃあ、甜花ちゃん。ポケモンとの旅、楽しんでね!」
「あ、はい……!」
「私は今からバリちゃんに迎えに来てもらうけど、甜花ちゃんは今夜ポケセンに泊まって、明日の朝にトキワの森に入るといいわ。それじゃ、良い旅を!」
ハナコは、ポケモンセンターの端に置いてある電話ボックスに向かう。そこから家に電話して、バリちゃんを呼ぶつもりなのだろう。暗い画面が光るとバリヤードの顔が映し出されて、ハナコと何やら笑顔で会話している。そして通話が終わって五分もすると、遠方のマサラタウンから一番道路を疾走してきたのか、ハナコのバリヤードがトキワシティのポケモンセンターに駆けつけてきた。
「バーリバリー!」
「あらバリちゃん。今日は速いわねー! それじゃ、この荷物。全部よろしくね!」
「バリィー!」
甜花とハナコが徒歩1時間かかった距離を、バリヤードは五分足らずで駆けつけてきた。その光景を目の当たりにした甜花は、ポケモンの真の力というものを見た気がした。
「甜花ちゃーん! 貴女のこと、応援しているからねー! 何かあったり、寂しくなったら、いつでも私やオーキド博士に電話してきなさーい! 約束よー!」
「あ……うん……!」
笑顔で手を振るハナコは、大荷物を背負うバリヤードと共にポケモンセンターを後にする。
それを見送った甜花は振り返り、いざポケモンセンターの看板を見上げてみた。
(て、甜花……これからは、いろんなポケモンセンターで……ご飯を食べたり、寝泊りをしたり、するんだよね……?)
トレーナーとしての生活に一抹の不安がある甜花は、勇気を出すため「よしっ」と小さくガッツポーズを取った。自動ドアがウィーンと音を立てて開かれる。街中の喧騒から静かな店内へと足を踏み入れた甜花は、そこでトレーナーに懐く様々なポケモンを目にした。
(ゴローン……ゴマゾウ……パルシェン……バルキー……)
「いらっしゃいませ!」
ふと気付けば受付に着いていた甜花は、ギョッとしたあとワタワタと慌てて、小さな声をかけた。
「ぁ……あの、じ……ジョーイ、さん……!」
「はい。なんでしょうか?」
「えと……て、甜花……ポケモンセンター、はじめて、だから……い、色々と、知りたい、かも……あ、知りたい、です……食べるところとか、寝るところとか……!」
「……あぁ! トレーナーなりたてで、初めてポケモンセンターを利用する方ですね? 分かりました。少々お待ちください!」
丁寧な接客でにっこりと微笑むジョーイさんは、誰かを探すように店内を見渡す。
「────コミヤカホさん? コミヤカホさんはいらっしゃいますかー?」
(……え?)
甜花は聞き覚えのある名前が出てきたことに驚き、本当にあの子が現れるのかキョロキョロと辺りを見回す。するとロビー中央のソファから赤髪の女の子が立ち上がり、元気いっぱいに返事をする場面を目撃した。
「はいはい、はーい! ジョーイさん、なんでしょうか!? あたしに何か御用ですか?」
その傍らに毛並みの良いガーディを従える活発な少女は、その場でぴょんと飛び跳ねて手を挙げた。その姿を見た甜花は首が仰け反るほどの衝撃を受けた。
(か……果穂ちゃんだ……!!)
甜花にとって、彼女はどこからどう見ても《小宮果穂》以外の何者でもない少女に見える。これでもし別人なら他人の空似が過ぎるというもの。しかしコミヤカホは甜花のことを知らないようで、きょとんとした顔で見つめてくる。そして甜花に会釈したあと、呼び出したジョーイさんの下に駆けつけた。
「ジョーイさん! 何かお手伝いできることがあったら、あたしになんでも言ってください!」
「ありがとう、頼りになるわ。せっかくだからお願いしちゃいます! ────それでね? この方、ポケモンセンターが初めてだから、施設の中を案内してあげてほしいの。食堂と宿泊施設の使い方だけでも教えてくれるとありがたいわ」
「はい! 分かりましたぁ! ……えーっと……」
ジョーイさんから頼まれごとを引き受けたカホは、甜花と相対するなり若干の人見知りを見せてもじもじとする。
同様に甜花もジョーイさんに視線を送るが、当のジョーイさんはにこにこと微笑むのみで傍観に徹していた。
「えっと……あたしは、タマムシシティのコミヤカホって言います! よろしくお願いしますっ!」
「あ……えと……甜花は……大崎甜花、です……よろしく……?」
まるで初対面のような自己紹介に、甜花はやはり別人であることを悟る。カホの礼儀正しさ、活発な笑顔、仕草、振る舞い、声色、そのどれもが小宮果穂とそっくりなのに、別人。この奇妙な出会いに、大崎甜花は少しばかり動揺していた。
「それじゃあ甜花さん! あたしとマメマルに付いてきてください! あたしとマメマルが、ちゃんと案内してみせます!」
「ガウン!」
そう言ってカホとマメマルは歩き出し、甜花も肩を並べてついて行く。
「あ、ありがとう……それと、そのガーディ……マメマルって、言うんだね……?」
「はい! マメマルは、あたしにとって大切なパートナーなんです!」
「ガウ!」
マメマルを話題に出されたことが嬉しかったのか、カホは瞳を輝かせてマメマルを自慢する。一方のマメマルも逞しい吠え声を上げて背筋をピンと伸ばした。その威厳ある姿を表すなら、やはり“かわいい“の一言。
「そうだ! 甜花さんは、どんなポケモンを持っているんですか!?」
「えっと……ロトムと、ラルトス……」
「え!? ロトムって、ものすごい珍しいポケモンじゃないですか! すごいです甜花さんは! あたし、尊敬しちゃいますっ!」
「……にへへ……ありがとう……!」
相変わらず他人を褒めることが上手なカホ。それは甜花の知る『小宮果穂』像と瓜二つであるため、やはり違和感はあるものの、だんだんと打ち解けてくる。
それから甜花は、ポケモンセンターという公共施設について、カホから色々と教わった。
まずポケモンセンターとは、ポケモン協会の取り決めによって、トレーナーは無償でポケモンの回復を受けることが可能であること。さらに食事と宿泊も無償で受けることが可能であること。そのため、たとえ無一文でもトレーナーである限り“行き倒れ”になる心配はないと、カホは瞳を輝かせながら「これってすごいことですよね!」と、純真無垢に教えてくれた。
(……いいのかな? そんな社会で……?)
そんなことを漠然と思った甜花だが、ポケモン世界の経済や社会情勢について考えても仕方のないこと。今はお腹も空いたことだしと食堂に向かう。
「あ、甜花さんは何を食べますかぁ!? あたしはカレーライスにしますっ!」
「あ……じゃあ、甜花も……」
大学の食堂じみた大広間に到着。券売機のような機械の前に立ったカホは、トレーナーカードを取り出して電子装置に乗せ、認証完了の効果音が鳴ると、電子画面に表示されたカレーライスのメニューをタップした。
「食堂で料理を注文するのは、今みたいな感じです! はい、次は甜花さん、どうぞ!」
「────え?」
大崎甜花はトレーナーカードを持っていない。まさかポケモンセンターの利用にはトレーナーカードが必要なのか。甜花は滝のような汗を流しながら、自らのポンコツぶりを嘆く。
「……? 甜花さん、どうしたんですか?」
「あ、えと……その……甜花……」
どうすればよいのか分からない甜花がもじもじとしている間に、その背後に多くの客の列をなす。その列の波に押されて甜花は前に進まざるを得ず、機械の前に立ってしまった。電子画面に《トレーナーカードを出してください》との表記がなされる。
(ど、どうしよう……! 甜花、トレーナーカードがないと、もしかしてポケモンセンターでご飯が食べられなくて、寝泊りもできない……? 甜花、人生で最大の、ピンチ……!)
もはやハナコさんを呼ぶしかあるまい。オーキド博士でもいい。まさかこんなすぐに頼ることになるとは……そう甜花が落ち込んでいると、ふいに機械が認証完了の効果音を立てた。
《顔認証、オオサキテンカさん、100%合致》《お好きなメニューをお選びください》
「……え?」
《声紋認証、オオサキテンカさん、100%合致》《お好きなメニューをお選びください》
「……………………」
大崎甜花はなに食わぬ顔で、カレーライスのメニューをタップした。
《お買い上げありがとうございます》《明細はオオサキテンカさんのトレーナーカードでご確認ください》《また、ポケモンセンターでの飲食や宿泊は基本無料ですが、フレンドリィショップ等での購買時、支払い金額はオオサキテンカさんのトレーナーカード口座から引き下ろされます》
(……………………甜花、人生で最大のラッキー! でも……オオサキテンカさん、ごめんなさい……でもこれは、甜花が生きるために必要だから……!)
なんとか窮地を脱した甜花は、カホと笑顔で食堂のおばちゃんに食券を渡しに行く。
かくして大学の食堂じみた大広間で談笑しつつ、甜花とカホはカレーライスを食べる。ポケモンたちはフーズを食べて、楽しい夕食を終えた。
*
その後、受付に戻った大崎甜花は、名義上は《オオサキテンカ》として宿泊することになった。
「…………あ、あの、ジョーイさん……質問が、あります……」
「はい。なんでしょう?」
「えと、その……トレーナーカードって、どうやったら作れるんですか……?」
「……? どうやったら……? それは……10歳になった子がポケモン協会に申請を出すことで、その一年後に免許証とトレーナーカードが送付されてきます。大崎甜花さんはご存知のはずでは?」
「あ、あぁ……そうだった、そうだった……にへへ……」
「……?」
一応、まだお金は使っていないが、別人の口座を使ったことに罪悪感がある甜花は、トレーナーカードの入手法を探る。しかしどうやってもトレーナーカードの入手には一年かかるらしい。つまりそれまではオオサキテンカのトレーナーカードに頼る必要がある。
(仕方ない……それもこれも甜花が生きるため……! お買い物は、甜花の現金で済ませば問題ないし……それなら、きっと、バレても許してくれる……! たぶん……!)
大崎甜花は繊細なメンタルをしているが、同時に妙に図太い所もある。おそらく彼女はこれから何の気なしにオオサキテンカの名義を使い回していくだろう。
甜花は眠いのかあくびをして、もう寝ようと宿泊部屋に向かう。
そのときポケモンセンターの出入り口がウィーンと音を立てて開かれた。
「いらっしゃいませー」
中に入ってきた
(────え?)
どこからどう見ても怪しい存在の入店に、大崎甜花は驚愕した。
「よぉジョーイの姐ちゃん。今晩ここに泊めてくれねぇか」
額にゴーグルを掛けたピカチュウが、ズボンのポケットに両手を突っ込み、のしのしと二足歩行で歩いてきて、なんと人間の言葉で喋っている。ダンディな物言いもそうだが、昭和の刑事が着込むような色褪せた茶色いコートがハードボイルドな貫禄を出している。
「宿泊ですね? 承りました。それではこちらの機械にトレーナーカードをかざしてください」
「あーすまん。実はカード失くしちまったんだ」
「それでは紛失したものは凍結して、再発行いたしますか?」
「……いや、いい。たまには野宿もいいだろう」
受付から踵を返したゴーグルピカチュウは、スタスタと甜花の前を横切って外に出ていった。
「……じ、ジョーイ、さん……! 今の、今の……!」
「? どうしました? 甜花さん」
「今の、ピカチュウ……! しゃべった……!」
「はい? ピカチュウ? すみません。何の話でしょうか?」
(ジョーイさんはゲノム兵だった!?)
大崎甜花は得意のゲームセンスで事態の把握に努める。よくよく周りを見れば、今の一部始終を見ていたはずのトレーナーたちは、何事もなかったのように振舞っている。だがポケモンたちは、明らかに変なピカチュウがいたことに気付いているが、すぐに興味をなくしてトレーナーとの遊びを催促する。
(────もしかして……みんな、あのピカチュウがピカチュウだってことに、気付いてないの……? それともこの世界では、これが普通……? で、でも、むーちゃんとすーちゃんは喋らないし……)
「あ、あの、ジョーイさん! 人間の言葉を使うポケモンって、いるのかな……?」
「はい? いえ……そんな話は聞いたことありませんね……」
(やっぱり! この世界でもポケモンが喋るのは珍しいんだ! でも甜花……知ってる。ロケット団のニャースは、いっぱい喋ること……!)
となれば、あのピカチュウはなんなのか。気付けば甜花の足は走っており、ポケモンセンターを飛び出してピカチュウの後ろ姿を追いかけていた。
「ピカチュウ!」
辺りを見回すと、人混みに紛れて駐輪場に歩くゴーグルピカチュウの背中を発見。それを慌てて追いかける甜花は尾行を開始。
「────あーくそ。やっぱ都会ともなるときちんとしてやがるな……トレーナーカードがないと何もできねぇ! 発行手続きをしても謎のエラーが出て作れませんって言われるし……たぶんカード発行の機械は、このオレが人間じゃなくてポケモンだってことに気付いているんだな……ちくしょう! ……つーかその前に、元のカード持ってねぇんだから再発行なんてできねぇか。でもアイツのカードの暗証番号さえ覚えていればなぁ……!」
なにやらゴーグルピカチュウは独り言をブツブツと呟いている。彼の横を通り過ぎる通行人は、その内容を意に介すどころか、喋って歩くポケモンの存在に気付いていない。どうやら本当に人間の男性と思われているようで、ゴーグルピカチュウは尊大な二足歩行の歩き方で歩道の真ん中を闊歩する。
やがてポケモンセンターの近くにある駐輪場に到着。
そこでゴーグルピカチュウは、イカしたバイクに飛び乗り、座席の上で仰向けになった。
「くそう……今日はふかふかのベッドで寝たかったなー」
そんなことを呟いて、ゴーグルピカチュウは眠りに就く。その一部始終を見ていた甜花は、恐る恐る駐輪場の中に入り、何かのポケモンのゲームで見たような気がするバイクの隣で立ち止まる。
「……ね、ねぇ……ピカチュウ、だよね……?」
甜花は呼び掛けてみるも、ゴーグルピカチュウは豪快な寝息を立てて起きる気配がない。そこで体を揺すって起こすしかないと判断した甜花は……しかし素手で触る勇気が湧かず、そういえばピカチュウは《でんきねずみ》であることも思い出し、臆する甜花は足元に置いていた木の枝で赤いほっぺをつついてみた。
「……ん……」
「お……起きて! ピカチュウ!」
「────んお!?」
ゴーグルに押しつぶされていた耳をピンと立てて飛び上がったゴーグルピカチュウは、寝起きで慌てふためきながら、眼前の人間を目にするなり────
「……ぴ、ぴかぁ?」
────下手にも程があるシラを切り始めた。
「…………て、甜花……ピカチュウが喋っていたの、ずっと聞いていたよ……?」
そのことを聞いたピカチュウは、額にゴーグルがあること。体に服を着ていること。それを小さな手のひらで確認すると、ほっと胸をなで下ろす。
「な、なんだ……ちゃんと服を着ているじゃねぇか……これならバレる心配はない。おう嬢ちゃん! オレは正真正銘の人間様だぜ! どこがピカチュウだって? その目は節穴か!」
「…………?」
甜花は思う。まさかこのピカチュウ、その程度の変装で自分が人間に見られるはずだと、本気で信じているのかと。
「寝言は寝て言え! オレがピカチュウだっていう証拠があるなら、それを持ってこい!」
「……あ、じゃあ……」
甜花は手を伸ばす。その特徴的な額あてに。
「あ、待って。ごめん。ゴーグルは引っ張らないで……服もダメ! 全力で引っ張るな! 伸びるだろうが!? まてまてまて! わかったわかりました白状します! だからオレのオキニのゴーグルと服を引っ張るなぁあああああああああああああ────!」
その必死の懇願と絶叫を聞いた甜花は一旦、手を止める。
対するゴーグルピカチュウはぜえぜえと息を吐いて呼吸を整えていた。
「……ば、馬鹿な……! なぜオレの変装が見破られたんだ? オレの変装が見破られた事なんて今まで一度もなかったのに……! おい嬢ちゃん。アンタいったい何者だ!?」
「甜花は……ただの人間です……だって甜花、ゲノム兵じゃないから……」
「よく分からんが、とりまこの世界に生きる全ての生き物が馬鹿にされた気がするのはなぜだろうか」
馬鹿にはしていない。ゲームのキャラクターは、みんなゲノム兵なのだから。甜花はそう思った。
「……えと……な、なんで、ピカチュウ、喋れてるの……?」
「あぁ? そんな野暮なことを聞くな。それはそれはもう泣ける話があってだなぁ……」
ゴーグルピカチュウは腕を組んであぐらをかく。そして自らの武勇伝を語り聞かせようと甜花の顔を見上げるなり────その目は大きく見開かれて、彼の全身は硬直した。
「────テンカ?」
「……ふぇ?」
ゴーグルピカチュウは甜花の顔を見るなり、その名を口にして急にたじろぐ。
「……いや、そんなはずは……でも、顔も声も瓜二つ……オーラが全く違うから気付かなかったが……おい、嬢ちゃん。あんた、名前は?」
「……大崎、甜花……」
「────!?」
「えと……もしかしてピカチュウ、こっちの世界の甜花を、知ってるの……?」
甜花は純粋な疑問をぶつける。だがゴーグルピカチュウは、その名前を口にすることは禁忌だとでも言うように絶句していた。
「……待て。色々と待ってくれ。こっちの世界の甜花ってなんだ? 世界に三人は同じ顔をした人間がいるという話を聞いたことはあるが、名前まで同じで、声まで同じとか……ありえないだろ」
「あ、あの、それは……だって甜花────ゲームの世界に、来ちゃったから……」
────…………かくして運命の歯車は動き出す。
現実世界からゲームの世界に入り込んでしまった大崎甜花と、オオサキテンカを知るゴーグルピカチュウの存在。
太陽は地平線に沈み、夜の帳が降りる。
雲が晴れて満月があらわになり、月光を浴びる一人と一匹の冒険者は、互いの顔を見つめ合っていた。
*
「────なるほど。つまりお前は、気付いたらゲームの世界に入っていた。……そう言いたいわけだな?」
こくりと甜花は頷く。現在ふたりは公園のベンチに座って真面目に会話している。
「……とりあえず、その話、ほかの奴にしたか?」
「う、うん……オーキド博士にだけ……」
「あのジジイか。まぁ妥当だろう。よし。いいか甜花? このことはオレとジジイ以外に話すな。頭がおかしい奴と思われるからな」
「わ、わかった……でも、ピカチュウは信じてくれるの……?」
甜花は問う。本来ゲームには登場しない存在だからという理由で、もしかしたら何かゲームの世界から脱出するヒントに繋がればと思って事情を話してみたが、それを全部信じてくれることに驚いていることを話す。
「……そうだな。普通は信じない。というかオレは信じていない。オーキドも信じていないだろう。だがオオサキテンカというトレーナーを知る者からすれば、これは信じるしかない」
「……どうして……?」
「顔も声も中身も瓜二つだからだよ。アイツがトレーナーになる前そのものなんだ、お前は。……仮にだぞ? お前が普通の大崎甜花とするなら────アイツは……ダークテンカだな」
「……え?」
何やら不穏な名前が出たことに甜花は怯え始める。
そして、その怯えは当然だと言うように、ゴーグルピカチュウは話を続けた。
「オレは……ダークテンカに捨てられた。理由は分からない。だが予想はできる。弱かったからだ。ポケモンバトルが」
「……!」
「オレは、どうしてダークテンカがオレを捨てたのか聞きたかった。だがピカピカ言うだけじゃ教えてくれなかった。振り向いてくれなかった。だから人間の言葉を学んだんだ。次アイツに会ったら、なんでオレを逃がしたんだと聞いて……そんで、どう答えようが、その顔面をぶん殴るために」
「…………────」
甜花は何も言えなかった。身に覚えのないこととは言え、別の世界の
「……すまん。別にお前が気にすることじゃねぇよ。同じ顔、同じ名前、でも完全な別人がしたことなんだから。……だから、そんな同情するような顔をすんな」
「うん……」
話が一段落ついたゴーグルピカチュウは、何かを思案するようにあごをさする。やがてピンと閃いたように耳を立てると、ニヤニヤと微笑んで甜花の顔を見上げた。
「なぁ甜花。ひとつ交渉しようぜ」
「……交渉?」
「あぁ。オレをポケセンに泊めてくれ。お前のポケモンってことでな。そうすりゃオレは食物にも寝床にも困らねぇ。でも勘違いすんなよ。オレは甜花の手持ちポケモンになったわけじゃねぇ。あくまで旅の仲間だ」
「……仲間?」
「応ともよ。オレが甜花の世話になる代わり、甜花の世話をオレがしてやる。つまるところ元の世界に帰してやる。本当に“元の世界”とやらがあるのか、オレには半信半疑だが……信じてくれ。オレは受けた恩は返す男だ。お前の目的に協力してやる」
「…………────てれれってれー」
「!?」
「甜花に……仲間が増えました……にへへ……」
甜花は不敵な笑みをこぼす。突然のおふざけに呆気にとられたゴーグルピカチュウは目を見開いたあと、甜花の背中をバシバシ叩いて豪快に笑った。
「ダハハハハ! お前、意外と話がわかる奴じゃねぇか! 気に入ったぜ! アイツと何もかもがそっくりなのが気に食わねぇが、でも似てるってのは、昔の善いテンカにそっくりって意味だ! よし、それじゃあこれから、よろしく頼むぜ、相棒!」
「あ、相棒……! うん、よろしく……えと……」
「あぁ、名前か? そういや自己紹介してなかったな。オレは
「……レオ……?」
それは甜花にとって、何かのポケモンゲームで聞いたことがある名前である。だが思い出せない。それは少しマイナーなゲームのせいか。
「あぁ誤解すんなよ。これはオレが自分で付けた名前なんだ。ダークテンカに捨てられて復讐を誓った時に、自分で自分に名前を付けたんだよ。人間の言葉で、自分の存在を伝えられるように……あと、独りで生きていけるっていう決意を表すために……なっ!」
「…………」
「あーあーそんな暗い顔すんな! わかったオレが悪かった! 別の話をしようぜ! お前、この世界がゲームなら、クリアすれば出られるって話してたよな? そのためにジム戦に挑戦するって。ってことは明日ニビシティに行く予定なんだろ? それならオレのバイクで連れてってやるよ! オーレ地方のバイクはイカスぜぇ! そんじょそこらの乗り物より馬力が桁違いだし、スポーツカーにだって負けねぇんだ!」
俯く甜花に元気な話題を送るレオは、次々と今までの旅の武勇伝や自慢のバイクを語る。その後、甜花とレオはポケモンセンターの宿泊部屋に戻った。
宿泊施設の一室は、二段ベッドが二つある長方形の狭い部屋。二段ベッドに挟まれた通路の奥にはカーテン付きの四角い窓があり、その手前には木製の机と椅子が置いてある。トキワシティのポケモンセンターの中では田舎に近いせいか古いインテリアだが、都会に行けばより洗練された室内になるのだろう。
ポケモンのアニメで見たような間取りとインテリアに感動する甜花は就寝する。
かくして大崎甜花は、この世界に降り立ってから、ようやく一日目を終えるのであった。
/了
《手持ち》
すーちゃん/ラルトス。
むーちゃん/ロトム。
《旅の仲間》
レオ/ピカチュウ。
《所持品》
寝巻き。
所持金2000円。
《大切なもの》
デビ太郎のぬいぐるみ。
スマホ型ポケモン図鑑。
ゴンベが捨てた炎の石。