マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第101話 エピローグ

 兄のギザードがリザーブマスターになってから1ヵ月が過ぎたある休日のこと。

 ワタシは友人を連れて迷宮塔の1階にある自分の部屋の前までやってきていた。

 

「兄さんには全部処分していいと伝えたのに、どうしてワタシが自分で片付けないといけないんですかねぇ」

 

 兄が次期ダンジョンマスターに決まったことで、新たな住民を迎え入れる為にこの辺りにある子供部屋を整理する必要ができた。

 

 なぜなら兄の認知している子供は既に500人を越えている。

 その多くは母親や家族とともに暮らしているが、探索者の母親を失いギルドの孤児養成施設に入れられた者もそれなりにいた。

 

 彼らが血縁によってサブマスターとなれる資質を持っている以上、ギルド職員としての英才教育を受ける権利がある。

 

 孤児のままではその教育も受けられないので、兄が施設から引き取って庇護下に置かないといけないのだ。

 きっと大変なことになるだろうけど、家を出たワタシにはもう関係のないことだ。

 

「お兄さんもさ、オーブリーちゃんが忘れていった大切なものが残っているかもしれないと思ったんでしょ」

「ここにはワタシの黒歴史しか残っていませんよ……」

 

 ワタシはギルドカードを使って扉の鍵を開けると、ガチャリと扉を引き開ける。

 部屋の明かりを点けて一歩踏み込むと、床に積もった(ほこり)が舞い上がった。

 

「ケホッ、ケホッ、凄い(ほこり)……」

「この部屋に帰ってくるのも9年ぶりですからねぇ。ちょっと待っててください」

 

 外に友人を待たせて部屋に入ったワタシは(ほこり)の積もった床に足跡を残しながら部屋の奥へと進むと、桃色のカーテンをシャッと引いて大きな窓を開けた。

 窓の外には入道雲の浮かんだ青い空と波の立つ海景色が広がっている。

 

 ワタシが部屋の中央に立って自身のピンク色の両翼に魔力を込めて思いっきり振ると、強い風が巻き起こって部屋の中を駆け巡った。

 三周ほどぐるぐると回してから、集まった(ほこり)ごと風の塊を窓の外に放り出した。

 

「やはりお部屋の掃除はこの手に限ります!」

「オーブリーちゃん、いつもこうやっているの?」

「普段はもうちょっと抑え目ですよ。原稿がお空に飛んで行っちゃいますからねぇ」

「そ、そう……」

 

 ワタシの言動にちょっぴり引いている彼女の名前はミカン。

 アモロ新聞社でゴシップ記事ばかり書いている記者仲間のワーウルフだ。

 ちなみにミカン農家の娘で、好きな食べものはミカン。

 

「それにしても……若気の至りといいますか、友達に見せるには恥ずかしい部屋で恐縮です」

 

 狭い子供部屋の壁のあちこちにはイケメン(バードマン基準)な天使のファッションモデルがポーズを取っているポスターが貼られていた。

 エンジェルオタクここに極まれり、という感じだ。

 

「オーブリーちゃんはハムマン愛好家だと思っていたけど、昔は違ったんだね」

「そうですねぇ。どれもこれも、恋に恋した乙女時代の苦い思い出ですよ」

 

 ワタシは勉強机の上の小さな本棚から一冊の古い絵本を抜き出した。

 天使とハーピィが翼を重ねている絵が描かれたその絵本の表紙には「不死鳥(ふしちょう)(とう)」と書かれていた。

 

 

 迷宮塔イーラを創り上げた、天使とハーピィの恋物語。

 

 小さい頃のワタシはこの絵本を母に読んで貰うのが大好きだった。

 ワタシも大きくなったら母の跡を継いでダンジョンマスターになってベリアルのような美しい羽毛をしたイケメン(バードマン基準)の天使と(つが)うのだと信じていた。

 

 ワタシは他の兄妹(きょうだい)と違って探索者としての才能はなかったけれど、それでも化身スキルの修行だけは必死にこなしていた。

 天使と(つが)う為ならば、自らの身を焼く痛みも苦しみも何も怖くはなかった。

 

 血の(にじ)むような努力の末に次期ダンジョンマスターに内定したワタシは浮かれ気分で成人の日を迎え、そして絶望した。

 

「オーブリー、彼がこれからあなたの(つがい)になるアザミよ。仲良くしなさい」

「ボクはアザミ、アクアマリンからきた魔道具職人(クラフター)だよ。よろしくね」

 

 なぜなら母が私の結婚相手として連れてきた男が、女物の水着を着た変態ダークエルフだったからだ。

 

「お、お母さん……ワタシ言ったよね? ワタシの(つがい)は天使がいいって……(つや)やかな白髪で血のように赤い瞳の、白く美しい羽毛をしたイケメン(バードマン基準)の天使だって……」

「何度かギルド本部に問い合わせてみたけれど、すべて断られたわ。あなたの懲罰歴が多すぎたのが原因みたい」

「そんな……!」

 

 幼少期のワタシはイーラに住む美形の上級天使に会う為だけに、懲罰室送りになるような悪質ないたずらを繰り返していた。

 

 最終的に懲罰室を出禁になったのでいたずらをするのはやめたのだが、まさか過去の自分に蹴られることになるとは夢にも思わなかった。

 

「オーブリー、ダンジョンマスターはこの迷宮塔イーラを支える大切な役目よ。夢を見るのはやめて、現実を受け止めなさい」

「……はい」

 

 こうしてワタシはこの変態ダークエルフと(つが)うことになった。

 

 フェニキスの血族が集まった成人式の合間、サブマスターを任命する儀式(と言っても母が起動した魔法陣の上に乗るだけなのだが)の準備を進めている間に少し話を聞いたのだが、彼はエルフにしては珍しく男娼をしていることが分かった。

 

 要するに、母に金で買われた男である。

 しかもワタシと結婚した後もマーメイド相手に商売を続ける気らしい。

 ……最悪の気分だ。

 

「どうしてこうなった……」

 

 ワタシが落ち込んでいると、隣にいた兄のギザードにからかわれた。

 

「どうせ仮面夫婦なんだからさ、好きに愛人でも作ったらいいんじゃないかな」

「サブマスターになったワタシのどこに出会いがあるというのですか!?」

「ごめん、忘れてたよ。懲罰室を出禁になったオーブリーちゃんには難しかったみたいだね」

「ぐぎぎ……」

「そんなことよりもさぁ、見てよこれ!」

 

 兄は懐から一枚のチケットを取り出して歯ぎしりするワタシに見せびらかした。

 

「じゃん、サクレアのコンサートチケット! 手に入れるのには苦労したよ。この1年の探索者活動でお金が貯まったからさ、来月になったら魔道列車に乗ってティアラキングダムの王都ラブオデッサまで見に行くんだ!」

 

 ワタシがこれからこの世の地獄を味わおうとしているのに、兄だけが夢を叶えて自由に振舞おうとしていることにとても腹が立った。

 どうしてくれようか……。

 

「準備ができましたよオーブリー! 早くこちらにきなさい!」

 

 壇上で光り輝く魔法陣の前に立つ母を見て、ワタシは良いことを思いついた。

 ワタシはにんまりと笑みを浮かべると、両翼に魔力を込めて強い風を生み出した。

 そしてその風の塊は兄を包み込んで、壇上の魔法陣へ飛び込んだ。

 

「えっ?」

 

 魔法陣の光が消えて兄の額に瞳を模した小さな刻印が浮かび上がる。

 これでもう、兄は二度とサクレアのコンサートに行けなくなった。

 ワタシをからかった罰だ、ざまぁ見ろ。

 

「兄さんのばーか!」

 

 ワタシはバサリと飛び上がると、勢いよく成人式の会場から飛び出した。

 通路を抜けたワタシは迷宮塔の吹き抜けを使って屋上から広い青空に躍り出た。

 そしてブルーウェブを越えて東へ真っ直ぐに海上を飛んでいく。

 

「ダンジョンマスターなんかもう知ーらない!」

 

 家出したワタシはオーブリー・イーラからただのオーブリーになった。

 肌身離さず持っていたギルドカードは目についたダンジョンの中で折って捨てた。

 

 ギルド本部に問い合わせてギルドカードの使用履歴を追えば、お金に困ったワタシがダンジョンに潜って命を落としたように見えるはずだ。

 これでもう、誰もワタシを見つけることはできない。

 

 

 それから1年、ワタシはプンレク島に居を構えのんびりとした日々を送っていた。

 離島での暮らしは不自由することも多かったが、かわいいハムマン達に囲まれた生活はワタシのささくれた心を癒していった。

 

 朱に染まれば赤くなると言うように、この島で暮らしているうちにワタシもすっかりハムマン愛好家に変わっていた。

 ビジュアル系天使なんて時代遅れ、やっぱり時代はハムマンですよ。

 

「ハムマンちゃん、今日のお昼ご飯ですよ~」

 

 ワタシがいつものように森の近くで餌やりのバイトをしていると、背後からバサリと大きな羽音がした。

 どうやら空から誰かがやってきたようだ。

 

「探したぞ、オーブリー」

 

 聞き覚えのあるその声にびくりと肩を震わせたワタシが恐る恐る振り返ると、そこには一人の(あお)い羽毛をしたバードマンの男が立っていた。

 

「サイマスおじさん……」

 

 彼はワタシの叔父のサイマスだった。

 逃亡生活の終わりを悟ったワタシは、ギュッと目を閉じて(こうべ)を垂れた。

 しかし待っていたのは痛みではなく、優しい抱擁(ほうよう)だった。

 

「ダンジョンで死を偽装するなど、馬鹿な娘め。俺達がどれだけ心配したことか」

「ごめんなさい、おじさん……」

 

 ワタシの瞳から涙がポロポロと(こぼ)れ落ちた。

 ギルドカードの確認が必要のない仕事をするということは、(すね)に傷のある者がいる裏社会に近付くということだ。

 

 ワタシは何度も何度も危ない目に()って、その度に逃げ出し、ようやくこのプンレク島まで辿り着いたのだ。

 

「おじさん、あれからどうなったの?」

 

 泣き止んでサイマスから離れたワタシが木陰に座り込んで尋ねると、彼はその(つや)の落ちた羽毛の生えた両翼を組んで答えた。

 

「あの許嫁(いいなずけ)の件な、あれは親族衆でも問題になった。成人したばかりの娘に見合いもなく連れてきた男を押し付けるなど常識外れも(はなは)だしい。セシリーは糾弾(きゅうだん)され、すぐに次期ダンジョンマスターの指名は取り消しになった」

 

 やっぱり母が連れてきたあの変態ダークエルフは問題になったらしい。

 

「だから本当はもう逃げ隠れをする必要はないんだが、ギザードの方がな」

 

 サイマスは片翼で鳥頭を()いて困り顔を浮かべた。

 

「兄さん、やっぱり怒ってた?」

「いや、グレた。探索者を辞めたあいつは歓楽街でホストをやりながら毎日のように違う女の寝床に転がり込んでいる。その上、お前を必死に探しているときたもんだ」

「うわぁ……」

 

 それは兄が今まで隠していた本性を現しただけだろう。

 兄がこれといって必要のないフェニキスの化身スキルを身に付けたのも、取り巻きの女にイイところを見せたかっただけなのだから。

 

 どうせワタシを探しているのもポーズに決まっている。

 ああやって弱みを見せて付け入るのが兄のお得意の戦法だ。

 

「オーブリーはこれからどうするつもりだ? そんなに痩せて、物価の高いこの島で暮らすのも楽じゃないだろう。何なら俺が仕事を紹介してやってもいいが……」

「いいの?」

「ああ、オーブリーなら問題ないだろう。確かこの辺りの支社で社員を募集していたはずだ。ほとぼりが冷めるまではしばらくそこで生活するといい」

 

 ワタシはサイマスの紹介でアモロ新聞社のユースト支社に入社し、新聞記者として勤めることになった。

 

 厳しい上司にペコペコしながら働くのは大変だったが、自分の頑張りが記事という形になって世界中に広がるというのはとてもやりがいのある仕事だった。

 

 仕事に追われる忙しい日々を過ごしているうちに、年月は過ぎ去っていった。

 

 

 そしてあの日、ハムマン祭りの取材を終えていつものようにこっそりと海都カナンの本社ビルに帰ったワタシを兄が出迎えた。

 

 オフィスの応接室でソファに座ってニコニコとした笑みを浮かべる兄に、ワタシは気まずい空気を感じながらも話を切り出した。

 

「兄さん、お久しぶりです。今日は一段と機嫌がいいみたいですねぇ」

「オーブリーも元気そうでよかったよ。本当に、心配したんだからね」

「どうしてワタシがここにいると分かったんです?」

「僕の元パーティーメンバーが教えてくれたんだよ。知ってるでしょ、アンバー。彼女だよ」

「げげっ、あの人ですかぁ……」

 

 道理でやたらとワタシのことを探ってきたはずだ。

 上手いことごまかせていたと思っていたが、とんだ見当違いだったようだ。

 

「君に言いたいことは沢山あるけど……まあいいか。一つだけ聞くよ、オーブリーはこの先ダンジョンマスターになるつもりはあるかい?」

「ありません!」

 

 ワタシが強く否定すると、兄は満足げに頷いた。

 

「そっか、そうだよね。オーブリーの気持ちは十分(じゅうぶん)に理解したよ」

 

 兄はソファから立ち上がると、ワタシをじっと見下ろしてこう告げた。

 

「代わりに僕が次のダンジョンマスターになる。もちろん協力してくれるよね?」

 

 当然、ワタシに拒否権はなかった。

 

 こうしてワタシはイーラにサクレアの熱愛報道を載せた号外をばら撒いた友人のミカンとともに、兄の政治ポスターを作成してイーラ中にばら撒くことになったのだ。

 

 兄は宣言通り、たった2日で母を蹴落としてイーラの次期ダンジョンマスターの座を手に入れた。

 

 決め手はマーメイドの長であるテティス様の後ろ盾を得たこと。

 あの変態ダークエルフの伝手でその後ろ盾を手に入れたというのは意外だった。

 

 一時期は兄と同じ探索者パーティーを組んで活動していたらしいし、何がどう影響するか分からないものだ。

 だからといって、ワタシは彼を受け入れるつもりなど毛頭ないのだけれど。

 

 9年ぶりに再会した母は美しかった赤い羽毛の(つや)が落ち、老け(おとろ)えていた。

 ワタシのせいで多くの心労を掛けたのだからそれも当然のことだった。

 家出したことについて何か小言でも言われるかと思ったが、何もなかった。

 

 ダンジョンマスターは自らの魂を削りダンジョンに捧げている。

 寿命の限界を迎えると段々と衰弱し、最期は眠るように死んでいく。

 

 母はその残り短い余生を、孫の世話をして過ごすという。

 それは好きにしたらいいと思うけれど、手料理を作って孫にトラウマを植え付けるのだけはやめて欲しいものだ。

 

 

 ワタシは絵本を両翼で掲げると、化身して自らの両翼を炎の翼に変えた。

 その熱で燃え上がった絵本は灰となり風に乗って開け放たれた窓から飛んでいく。

 これで最後の一冊だ。

 

 絵本がすべて灰になったことを確認したワタシは、化身を解いて窓を閉めると部屋の中を見回した。

 

 壁のポスターはすべて()がし、桃色のカーテンと床に転がっていた私物は大きな袋に入れてマジックバッグの中に片付けた。

 残ったのはピカピカに磨き上げられたホムラケヤキ製の家具だけだ。

 

「思ったよりも早く終わりました。ミカン、手伝ってくれてありがとうございます」

「うんうん、帰りにミノダムバーガーで(おご)ってくれる約束だったよね。お腹空いちゃったから早く行こうよ」

 

 空腹の限界を迎えたミカンはワタシの片翼を握って部屋の外に引きずっていく。

 

「わっ、引っ張らないでください!」

「えへへ、何食べよっかなー。今回は(おご)りだから豪勢に行きたいなぁ」

「ワタシはお財布に余裕がないんですから、加減してくださいよ」

「分かってるってー」

「これは分かっていない顔だ……」

 

 どうやらノスタルジーに浸っている場合ではなさそうだ。

 ワタシは風を操って何とか立ち上がると、ミカンと手を繋いで歩き出すのだった。

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