マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第111話 ラストシスターズ

 帰宅の途中に不慮の事故に遭遇して寄り道をすることになった俺はようやく鬼の隠れ家亭まで帰ってくることができた。

 宿の前の道路でバイクを仕舞った俺はギィと両開きの扉を押し開けて酒場に入る。

 

 常連客がいつものように酒を片手に駄弁(だべ)っている酒場の壁に掛けられた時計を見ると、時刻は既に午後9時を過ぎていた。

 

 ああ、予定を1時間半もオーバーしてしまった……。

 アンバーはもう寝ているだろうな。

 残念ながらお楽しみは後日に持ち越しだ。

 

 俺が時計を見ながらガックリと肩を落としていると、カウンターで一人酒をしていたフライスが俺に声を掛けてきた。

 

「ハルト、ようやく帰ってきたのか。『連絡もせずに居なくなって、いつまで経っても帰ってこない』とアンバーが愚痴っていたぞ」

「ずっとエクレアの相手をしていたんだよ……。その分だと、モモちゃんは頼んでいた伝言を忘れてしまったみたいだね」

「6歳児に頼むな。サワムラに頼め」

「次からはそうするよ。じゃあな、おやすみ」

「おやすみ」

 

 俺はエクレアのことでフライスに少し相談したいことがあったが、疲れていたのでまた後日にすることにした。

 

 階段を(のぼ)って2階に行った俺はギルドカードを使って自室の鍵を開けてそっと扉を開いた。

 薄暗い宿の部屋は魔道ランプの暖かい明かりに照らされている。

 

「(ただいまー)」

 

 アンバーはもう寝ているかもしれないので、俺は小声で帰りの挨拶をした。

 そっと扉を閉めて忍び足でベッドを覗くと、パジャマを着たアンバーがダブルベッドにうつ伏せになりながらこちらをじっと見つめていた。

 

「遅い。今までどこに行っておったのじゃ」

「アンバーの代わりにエクレアの買い物に付き合っていたんだ。その後カラオケ屋に連れて行かれてさ、回らない寿司屋で夕飯をご馳走になってきた」

「それでもここまで遅くなることはなかろう」

「それは――」

 

 ベッドから起き上がったアンバーは突っ立っている俺に近付いてきてすんすんと股間の匂いを()いだ。

 

「お主、血の匂いがするのう。まさか……」

 

 アンバーの小さなお手手がギューッと握られた。

 はいはい、いつもの三つ折りね。

 今回ばかりは(やま)しいところが一つもない俺は彼女に淡々(たんたん)と事情を説明した。

 

「帰りにハーフリングの子供が親の車で事故を起こしたところに遭遇してな、そいつを治療して家まで送ってやったんだ。嘘偽(うそいつわ)りのない、本当のことさ」

 

 俺が曇りのないガラス玉のような瞳でアンバーを見つめると、次第に彼女の疑いの目が晴れていった。

 

「そうか……。お主も大変だったのじゃな」

「うん。これからお風呂に入ってくるから、アンバーは先に寝てていいよ」

「寝る前にお主と話したいことがあるのでのう。わしはまだ起きておくわい」

「分かった。ちょっとだけ待ってて、すぐに済ませるから」

「うむ」

 

 今の俺はパーカーに海パン姿で首にバイクのゴーグルを下げている状態だ。

 ゴーグルとマジックポーチの付いたベルトを外して机の上に置いた俺は、脱衣所でパーカーと海パンを脱いでカゴに突っ込んだ。

 

 そのまま風呂場に入って魔道スキルで作ったお湯を駆使して手早く身を清める。

 カラスの行水(ぎょうすい)のような早さでシャワーを浴び終えた俺はパジャマ(ハムマン柄)に着替えて部屋へと戻った。

 

 ダブルベッドに横になってでかい枕に頭を乗せた俺は、ごろりと横を向いて寝そべっているアンバーに尋ねた。

 

「アンバー、話したい事って?」

「エクレアの相手は大変だったじゃろう。特にあのカラオケ大会はのう……」

「まあ、二度と経験したくはないと思うくらいには……。アンバーはよく平気だね」

「アレは小用(しょうよう)に行くと言ってこっそり外で耳栓を付けるのがええぞ」

「髪で耳を隠せるアンバーじゃないとできない方法でしょ、それ」

「……ぐーぐー」

 

 回答に困ったアンバーは寝たふりを始めた。

 

「話したい事ってそれだけ?」

 

 うーん、カラスの行水(ぎょうすい)で済ませる必要はなかったかもしれない。

 まだ目は()えているし、今からでも湯舟を張って入浴してこようかな。

 俺がそっと身体を起こすと、寝たふりをしていたアンバーが口を開いた。

 

「エクレアのことじゃ。お主も飲みに行ったのじゃろう、どこまで聞いた?」

 

 エクレアとよく二人で飲みに行っているアンバーは彼女が深く酔った時に見せる弱い姿を知っているのだろう。

 

 だから遅く帰った俺が酔っ払ったエクレアに手を出したんじゃないかと疑った。

 多分、そんな感じかな。

 

「過去にパーティーを組んでいた4人の姉妹がいたことくらいで、他には何も知らない。……アンバー、プリメラさんは後どれだけ生きられるんだ?」

 

 ジャスティン城でアンバーがイチゴロクニから告げられた言葉。

 コーラル城でテティスがアンバーに話していた意味深な台詞(せりふ)

 点と点はエクレアの言葉によって繋がり、一つの答えになった。

 

表沙汰(おもてざた)にはなっておらぬが、(とこ)()せたプリメラは日に日に衰弱の(きざ)しを見せておる。もう、半年も持たぬ」

「プリメラさんが亡くなったらアクアマリンはダンジョンマスターが不在になるんじゃないか。本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないのう。ゲートのサイズだけを見るならば後100年は猶予(ゆうよ)が残されておるはずじゃが……ダンジョンにも個体差はある」

 

 ダンジョンは入口のダンジョンゲートのサイズでおおよその年齢を推測することができるらしい。

 どんな世界であろうと統計学は偉大だ。

 

「多少の余裕があるのは分かった。アンバー、沙厄(しゃあく)水脈について知っていることを教えてくれ。特に、これまで挑んだ探索者についての情報があったら知りたい」

「ならば、少し昔話をするとしよう」

 

 アンバーは身体を起こすと、でかい枕をベッドのヘッドボードに押し付けた。

 俺も同じようにでかい枕をヘッドボードに押し付けると、そこに背中を預けた。

 簡易的なベッドソファの完成だ。

 

「ダンジョンマスターの系譜(けいふ)を繋ぐ為のマーメイドによる沙厄(しゃあく)水脈への挑戦。それはプリメラがアクアマリンのダンジョンを踏破して100年が経ったある日から始まったのじゃ――」

 

 アクアマリン迷宮の五層から地上のアクアマリン湖まで水を()み上げている10mもの直径がある巨大な金属製の太いパイプ。

 

 ドワーフのフライスが指揮を取り50年もの時を掛けて完成させたその巨大な取水パイプを通って、プリメラの最初の娘達は五層の沙厄(しゃあく)水脈へと挑んだ。

 

 地図もなしに単独で挑んだプリメラの時とは違い、複雑に入り組んだ水中洞窟のマッピングも済んでおり、サブマスター権限で索敵も容易だ。

 

 中央大陸と西大陸の間にあるブルームーン海峡(かいきょう)で腕を磨いたAランク探索者パーティー「ファーストシスターズ」の5人ならば、余裕を持ってダンジョンを踏破することができるだろう。

 

 そう意気込んで沙厄(しゃあく)水脈に挑んだマーメイド達は、道半ばで息絶えた。

 死因は沙厄(しゃあく)水脈の殺し屋、ディープスケルトンシャーク。

 サブマスターの目にすら映らない、透明な暗殺者だった。

 

 それから20年、沙厄(しゃあく)水脈に新たな挑戦者が現れた。

 「ファーストシスターズ」のリーダーの娘がその遺志を継いで立ち上がったのだ。

 

 Aランク探索者パーティー「セカンドシスターズ」はその全員が探知スキルを鍛えることで、ディープスケルトンシャーク対策を行っていた。

 彼女達は暗い闇の中で水の流れを読み、忍び寄る透明な暗殺者を撃退した。

 

 マーメイド達は沙厄(しゃあく)水脈の奥深くまで潜り、ゴールを目前にして息絶えた。

 死因は沙厄(しゃあく)水脈のF.O.E(フィールドオンエネミー)、ギガロドン。

 100mもの体長を誇る、泳ぐ水中戦艦だった。

 

 巨大な魔物であるギガロドンには生半可なスキルでは致命傷を与えられない。

 沙厄(しゃあく)水脈に挑んだマーメイド達は次々とその大口で丸のみにされ、鋭い鮫肌で擦り下ろされ、水の藻屑(もくず)と消えていった。

 

 運よくギガロドンの目を()い潜りダンジョンコアに到達した者もいた。

 しかしパーティーメンバーを失ったそのマーメイドはダンジョンコアから出ることができずに一人助けを待ち、そして餓死したそうだ。

 

 それから100年、自らの子孫を飲み込んでいく沙厄(しゃあく)水脈に業を煮やしたプリメラはついに迷宮都市を上げた攻略作戦を計画した。

 

 アクアマレベリングによるパワーレベリングに加えて特別な訓練を積んだ100人もの優秀なマーメイド兵を揃えて、沙厄(しゃあく)水脈へと一斉投入したのである。

 

 徹底的なクリアリングを行い安全なルートを確保して、ダンジョンコアへ続くゲートの前にある大広間で待ち構えていたギガロドンを大きな犠牲を払いながらも倒したマーメイド達は、ついにダンジョンコアに到達した。

 

 戦闘に不自由しない程度に宝珠を回収したマーメイド達はリザーブマスターとなったリーダーを護衛しながら帰路につき、生還することなく息絶えた。

 

 死因はディープスケルトンシャークの群れに襲われたこと。

 ギガロドンとの戦闘の間に、確保していたはずの安全なルートはディープスケルトンシャークの群れによって食い荒らされていたのだ。

 

 この攻略作戦の準備の為に支払ったパワーレベリング代とエルフによる種付け料はアクアマリン市の財政を大きく圧迫していた。

 二度目の攻略作戦は、行われなかった。

 

 それからも数十年に一度のスパンでマーメイド達は沙厄(しゃあく)水脈に挑んだが、深い水の底で(はかな)くも消えていくこととなった。

 

 そして月光歴2524年、プリメラの最後の娘達が結成したAランク探索者パーティー「ラストシスターズ」は沙厄(しゃあく)水脈の深部でエクレア一人を残して壊滅する。

 最早(もはや)、アクアマリンのダンジョンマスターの継承は絶望的だ。

 

「わしもずっと何とかできないか考えておったが、無理なものは無理じゃ。このアクアマリン市は消えゆく定めにある。少しずつ移民を進めて、きたるべきスタンピードに備えることになるじゃろう」

 

 ダブルベッドのヘッドボードに立てたでかい枕に背中を預けながら、アンバーはそう結論付けた。

 

「なるほど、よく分かった。こりゃあ真面目に攻略するのは厳しそうだな……」

「真面目にじゃと?」

「例えば四層からゲートの近くまでトンネルを掘るとかどうよ?」

 

 マッピング済みで地形は分かっているんだからそれくらいできるだろう。

 あんだけダンジョンを魔改造してるんだから、真面目に踏破を目指す理由がない。

 

「恐らく建材に使う宝珠が足りんじゃろうな。取水パイプとジャイアント・ステップの建造にだいぶ使っておるはずじゃから、探索者ギルドの宝物庫にはメンテナンス用の宝珠が少しくらいしか残っておらんじゃろう」

 

 残念なことに抜け道は塞がれているようだ。

 なら正攻法を目指すしかないか……。

 

「よし、この件は俺の方で預かることにする。準備を進めている間、アンバーはエクレアが無茶をしないように相手をしていてくれないか」

「他に考えがあるのじゃな?」

「ああ、俺達にしかできない()えたやり方を考えている。……今はまだ絵に描いた餅だから、秘密にしておくけどね」

 

 俺は背中を預けていたでかい枕を元の場所に戻して、ベッドに横になった。

 

「明日も早いしそろそろ寝ようか」

 

 アンバーもごそごそと枕を元の場所に戻して薄い布団を被った。

 

「そうじゃのう。おやすみ、ハルト」

「おやすみ、アンバー」

 

 俺が手を伸ばしてベッドサイドの机に置かれた魔道ランプを消すと部屋の中は真っ暗な闇に染まった。

 その闇をカーテンの隙間から入った一筋の青白い月明かりだけが照らしている。

 

 今日は色々あって疲れたな、また明日から頑張ろう。

 そんなことを考えながら目を閉じると、すぐに眠気は襲ってきた。

 少しずつ俺の意識が深い闇の中に沈んでいく……。

 

 こうしてエクレアの来襲から始まった長い1日は終わりを告げたのだった。

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