マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第134話 エピローグ

 その日の晩も、アタシは自室のアクアリウムにある貝殻のベッドで末の娘のアルテミスを抱いて眠りに就こうとしていた。

 

『ねえママ、またパパの話を聞かせて?』

『またぁ~? いい加減、飽きないの?』

 

 もう10歳になったというのに、アルテミスは未だに親離れができていなかった。

 他の娘は初等学校を卒業してすぐにアモロ共和国の深都コーラルに留学したのだけど、アルテミスだけは一人このアクアマリンに残って生活をしている。

 

『飽きないもん。だってアタシにはパパしかいないし……』

『あーもう、仕方ないわね。じゃあ今日は、ハルトがダンジョンで料理に失敗した話でもしようかしら』

『やったぁ』

 

 この子は他の子とは違ってギフトホルダーとして生まれた。

 魔力に特化したそのステータスは通常であれば魔導士(ウィザード)の卵として喜びとともに受け入れられただろう。

 

 しかし10万を越える魔力を持っていたハルトの娘にとっては、ギフトによるステータスの補正で増えた魔力など誤差の範囲内だ。

 

 成長したアルテミスは他の姉妹よりも劣った身体能力に大きなコンプレックスを抱えるようになってしまった。

 

 他のことに意識を向けることができればよかったのだろうけど、内向的な性格のアルテミスは学校でも友人を作ることができなかった。

 

 そうして何も得ないまま初等学校を卒業したアルテミスは進学も留学もせず、アクアリウムの自室に引きこもって怠惰(たいだ)に本を読む日々を過ごしていた。

 

 アタシは将来を悲観するこの子を(はげ)ます為に、ステータスの障害を乗り越えて優秀な探索者となった賢者(ウォーロック)ハルト・ミズノの物語を話した。

 

 自身の短所に悩むのではなく、長所を活かすことを考えて欲しい。

 その想いは伝わったのか、アルテミスは少し明るくなったように思える。

 

 最近はテトラから魔道スキルの手ほどきを受けるようにもなった。

 余り成果は出ていないようだけど、まだ子供なのだから長い目で見るべきだろう。

 

『パパは今、西大陸のハイランドに住んでいるんだよね?』

『そうね、アンバーの故郷で暮らしていると聞いているわ』

 

 またひとつ積み重ねた小さな嘘に、心がちくりと痛んだ。

 

『会いたいなぁ……』

 

 アルテミスが父親の愛情を求めるようになってしまったのは想定外だった。

 マーメイドは種族柄、父親に対しての情など欠片も持たない。

 だから大丈夫だと思ったのだけど……そうは上手く行かないものだ。

 

『今のアルテミスでは西大陸の厳しい環境で生きていくのは難しいわ。成人してもリコリスの許可が出るまではアクアマリンに残ること、いいわね』

『分かってるもん……』

『ならいいわ。さあ、もう寝ましょう?』

 

 アタシはベッドのそばにあったマグロのぬいぐるみをアルテミスに抱かせた。

 このぬいぐるみも随分(ずいぶん)と古くなった。

 そろそろ買い替え時かもしれない。

 

『おやすみなさい、ママ……』

『おやすみ、アルテミス』

 

 アタシが枕元のランプを消すとアクアリウムは暗い闇に包まれた。

 睡魔に身を任せて、アタシは深い眠りに落ちていった。

 

 

 ダンジョンマスターの朝は早い。

 目覚まし時計の鳴る音とともに目を覚ましたアタシは、目を(こす)るアルテミスを連れてアクアリウムの外に出た。

 

 待機していた守り人と水路を泳いで向かったのは探索者ギルドの地下食堂だ。

 アクアマリンのギルド職員はみんなマーメイドだから、施設の多くは水中にある。

 

 いつものように日替わりメニューで朝食を済ませたら、アルテミスをテトラに預けて探索者ギルドの管制室に出勤した。

 

 地下にあるこの管制室では、24時間体制でサブマスターのマーメイド達がダンジョン内の監視を行っている。

 

 管制室の中央にある巨大なモニターに映るダンジョンのマップには緑色をした無数の光点が光っていた。

 この光点の一つ一つがダンジョンに潜っている探索者達の位置を表している。

 

 アタシは泳いでダンジョンマスターの席に着くと、執務机にある文鎮が乗せられた書類を手に取った。

 

『今日は随分(ずいぶん)と多いわね』

 

 手に取った書類をぺらぺらとめくって愚痴を(こぼ)すと、通りかかった夜勤明けのマーメイドが困った顔をしてその理由を話した。

 

他所(よそ)からきた探索者が悪さをしたんですよ。その人達は今、2階の懲罰房に入っています』

『最近はこんなのばっかり。魔道列車が通るのも良し悪しね』

 

 今から数年前にアクアマリン=海都カナン間の路線が開通した。

 技術的なブレイクスルーによって魔道列車の運用コストが下がったので、思い切って財源を投入して作らせたのだ。

 

 わずか1日でアクアマリンと海都カナンを往復できるようになったことで、この湖の街はこれまで以上に活気を増していた。

 ただ、そうなると変なことをする(やから)も増えてくるわけだ。

 

 アタシは椅子に深く腰掛けると、目を閉じて額の刻印に魔力を込めた。

 後は座標と時間を指定するだけで、ダンジョンコアから引き出された過去の光景が脳裏に鮮明に映し出される。

 

『……』

 

 ダンジョン内犯罪の捜査は、どれをとっても胸糞悪い仕事だ。

 それでも、ママは愚痴一つ(こぼ)さず(こな)していた。

 アタシだって、もう10年以上もダンジョンマスターとして務めている。

 

 サブマスターとして探索者の死に様を眺め続けるよりはマシだと心の中で自分に言い聞かせながら、アタシは一部始終を書類に書き留めた。

 

 

 ダンジョンマスターは迷宮都市における行政の長としての役割も持っている。

 小一時間掛けて裁可(さいか)が必要な書類をすべて片付けたら後は自由時間だ。

 

 昔だったらアンバーと一緒に外へ遊びに行ったり、ダンジョンでサメ狩りでもしていたのだけど、ダンジョンマスターになった今は暇でしょうがない。

 世話が必要だった子供は一人を残して旅立ったわけだし。

 

 新しく子供を儲けることも考えたが、わざわざ高い金を払って雑魚エルフの種を買う気にはなれなかった。

 

『こんな時、ハルトがいてくれたらよかったのに……』

 

 ないものねだりをしても仕方がない。

 今日もアルテミスに話すネタを探すとしよう。

 

 アタシは再び目を閉じると額の刻印に魔力を込めた。

 ダンジョンコアにアクセスして過去の記録を参照する。

 

 適当に当たりを付けて座標を指定し時間をずらすと、脳裏にマーブルゴーレム狩りを行っているアンバー達の姿が映った。

 

 またアイツ、運転しながらハムマンフィギュア作ってるし……。

 アンバーはいつ見ても元気そうだ。

 今日のミュールはご機嫌ナナメ? 何か変なものでも食べたのだろうか。

 

 そうやってただ昔を懐かしんでいるだけで、退屈な時間は過ぎ去っていった。

 

 

 夕方になり今日のお勤めが終わったので、アタシはアクアリウムに戻った。

 どうやらアルテミスは先に帰ってきていたらしく、海を再現したアクアリウムの一角にある小さな家の窓には明かりが灯っている。

 

 アタシが扉を開こうとドアノブを(ひね)ると、ガチャガチャと音がした。

 おや、家の鍵が閉まっている。

 

『アルテミス、どうかしたの?』

 

 アタシが声を掛けても、扉の向こうからは返事がない。

 あの子は嫌なことがあるとすぐにこうやって家に閉じこもるのだ。

 

 お腹が空いたら勝手に出てくるから放置してもいいのだけど、今日は何となく相手をしてあげたい気分だった。

 アタシはスキルを使って生み出した水を操ると、開錠して扉を開いた。

 

『入るわよ』

 

 返事も聞かずに家に入ると山ほどのぬいぐるみと沢山の本が転がったワンルームの奥にあるベッドの上で、アルテミスは等身大ミノリューのぬいぐるみに抱き着きながらアタシをじっと(にら)み付けていた。

 

『ママの嘘つき……』

『嘘? どういうことかしら』

『私聞いたもん。パパはもう死んじゃったんだって……』

『誰に聞いたのよ、そんなデタラメ――』

『モモお姉ちゃんに聞いたんだもん! パパは10年前に死んだんだって!』

 

 鬼の隠れ家亭の看板娘、モモのことはアタシもよく知っている。

 彼女は新進気鋭のCランク探索者パーティー「こん棒同好会」のリーダーだ。

 

『ママ、どうして私に嘘をついたの!? 私のことがそんなに嫌い!?』

 

 アルテミスはポロポロと大粒の涙を(こぼ)しながら叫んだ。

 アタシは泳いでアルテミスに近付くと、悲しむ我が子をぎゅっと抱きしめた。

 

『嫌いじゃないわ、ママはアルテミスのことを愛している。でもね、大人の事情というのがあるの。分かって頂戴(ちょうだい)

『分かんないよ……分かんない……』

 

 納得できないのは分かる。

 アタシだって本当はアルテミスに真実を伝えたい。

 ギルド本部の強制召集を受けて潜ったダンジョンで行方不明になったのだと……。

 

 でもアタシはギルド本部から派遣されてきた上級天使から口止めをされていた。

 どんな理由があろうと、ギルド本部を敵に回すことだけはできない。

 だから何と聞かれても曖昧(あいまい)な答えを返すしかないのだ。

 

『パパはね、遠いところに行ったの。誰も知らない、とても遠いところ……』

『遠いところって、どこ……?』

『さあね。でも、アタシはみんなが生きていると信じているわ。だからアルテミス、あなたも泣いてばかりいないで前を向きなさい。でないと帰ってきたパパに嫌われちゃうわよ』

 

 アタシが腕に抱いたアルテミスに精一杯の想いを伝えると、アルテミスは少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 

『今度は嘘じゃないよね……?』

『もちろん、嘘じゃないわ』

『信じてるから……ママ……』

 

 泣き疲れたアルテミスはすうすうと寝息を立てて眠りに落ちた。

 アタシはアルテミスをそっとベッドに横たえると、灯りを消して家の外に出た。

 

 海水で満たされたアクアリウムをゆっくりと泳いで貝殻のベッドに腰掛けたアタシは、胸元に()げられているこん棒の形をした青白く輝くミスリルの首飾りを()でた。

 

 まだ三人が死んだと確定したわけではない。

 いまだかつて、スタンピードを起こして消滅したダンジョンから生還した者が一人もいないだけだ。

 

 ギルド本部は早々に三人の死亡認定を出したけれど、それも何かの間違いに決まっている。

 

 これまで何度も不可能を可能にしてきたあの三人なら絶対に大丈夫。

 きっと忘れた頃にひょっこり顔を出すに違いない。

 

 アタシはそう信じてこの10年間待ち続けた。

 これから先も待ち続けるだろう。

 

 Bランク探索者パーティー「こん棒愛好会」の帰還を。

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