マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第158話 月光教の秘奥

 ヘルモン山脈の頂上に建つグレゴリーホテルにやってきた俺達が遭遇したのは表舞台から長らく姿を消していた探索者ギルドの初代ギルドマスター、アザゼルその人だった。

 

「私は下界の世事に(うと)くてね。詳しく話を聞かせてくれるかな?」

「それは構いませんけど、まずは食事にしませんか?」

 

 ラウンジの隣にある食堂のテーブルの前に移動したミュールが、グゴゴゴゴと腹を鳴らしながらこちらをじっと見つめていたのだ。

 胸元にナプキンを付け、その両手にはナイフとフォークを構えて臨戦態勢である。

 

「いや、先にミスリルのことだけでも――」

「アザゼル、お客様にご迷惑をお掛けするのは止めなさい。みっともないですよ」

 

 コック服に着替えたラファエルがテーブルのそばに立ち、浮遊するサービスワゴンに載せた料理を配膳しながら注意した。

 

「……分かった。ミスリルについては君達の食事の後、じっくり聞かせて貰おうか」

 

 アザゼル、居候って言っていたもんな……。

 恨めしそうにラファエルを見るアザゼルの姿に、俺は二人の上下関係を感じざるを得なかった。

 

 

 俺達はラファエルに提供されたオシャンティーなディナーのフルコースを頂きながらアザゼルと話をしていた。

 

「—―そうか、君達がユニエルの言っていた『こん棒愛好会』か。新しい乗り物を開発してまでこのような僻地にやってくるとは、君達は随分(ずいぶん)と冒険心があるようだ」

 

 どうやらアザゼルは先に食事を取っていたようで、彼の前に料理は並べられていなかった。

 その代わりに、ヴィンテージ物の酒瓶とワイングラスが置かれている。

 

「わしは冒険小説を書いておるでのう。これもいわば取材の一環じゃ」

 

 俺は今「ヘルモンシュリンプの姿焼き~そよ風を添えて~」を食べているのだが、これがまたお上品な味がしてとっても美味しい。

 料理漫画に出てくるシェフの料理みたいに、心に染み入る不思議な感覚がする。

 

「職業といい、ギースを彷彿(ほうふつ)とさせる小娘だ」

「絶海を越えて東大陸に行ったあやつほどではないわい」

 

 ラファエルは文字通りこの世界の最高峰に立つ料理人と言っても過言ではないな。

 何しろ、バカ舌のミュールががっつかずに黙々と味わうくらいだもの。

 

「それで、君達はこれからどこに行くつもりだ?」

「ランク上げも兼ねてハイランドに里帰りといったところじゃ。その前にムーンサイドに寄ってユニエルの依頼を(こな)さなければならぬがのう」

 

 ……でも、そよ風はどこにも感じないぞ。

 何でこういう料理は変なものを添えたがるのだろう。

 

「ムーンサイドだと? あの娘、一体何を考えている……」

 

 アザゼルに分からないなら俺達にも分からないよ。

 

「話は変わりますが、アザゼルさんはどうしてここに? 先ほどは居候とおっしゃっていましたが……」

 

 (いぶか)しんだ様子のアザゼルに、皿を空にした俺は尋ねた。

 次の料理が届くまでの暇つぶしだ。

 

「私の過去か。さほど面白い話ではないが、それでも聞きたいか?」

 

 アザゼルは栓を抜いて開封した酒瓶からワイングラスに赤ワインを注いだ。

 

「聞きたいのう。わしらは明日にはムーンサイドを訪ねるのじゃ。聖都に(まつ)わる話であればいくらでも知りたいと思っておる」

 

 俺達は行く先々で出会った人から色々と裏話を聞いてきたからな。

 プリメラさんからはアクアマリンの過去、アリウムやクロからはティアラキングダムの暗部、イクコさんからは海賊王ギースの秘密を教わった。

 

 できるならばアザゼルからも月光教のことや探索者ギルドの結成秘話などを聞き出したいと思っている。

 

「ならば稀人(まれびと)よ、心して聞くがいい。歴史の闇に隠された凄惨(せいさん)な真実を教えてやろう」

 

 ワイングラスを傾けて(のど)(うるお)したアザゼルは、そう脅しを掛けつつも軽快な口調で語り出した。

 

 

 私は月光歴1000年、1月の満月の日に聖都ブルームーンで生を受けた。

 母親は教会で働く下働きの娘だったが、父親は枢機卿の一人だった。

 我々天使に血の繋がりなど価値はないが、受け継いだ魔力は私に力を与えた。

 

 聖都に住む天使の子供が集められた養成施設で育った私は神学校に入学すると見る間に頭角を現した。

 頭脳明晰(ずのうめいせき)眉目秀麗(じもくしゅうれい)随喜渇仰(ずいきかつごう)……誰もが才気に(あふ)れる私を追いかけた。

 

 医学を修め首席で神学校を卒業した私は成人すると、満月を(かたど)った聖印を手に布教の旅へと出た。

 

 100年掛けて世界を巡り、医療スキルの腕を実践の場で磨き続ける。

 それが月光教の秘奥を授かる儀式を受ける為に必要な試練だった。

 

 多くの者がそうであったように、私もまた敬虔(けいけん)な月光教徒だった。

 私は優れた魔導の力を頼りにあらゆる場所へ(おもむ)いて医者としての腕を振るった。

 

 一切の見返りを求めず、ただ布教に努める日々。

 

 優れた医者がいると聞けば、必ず出向いて教えを()うた。

 秘奥を授かる為に修行をしていると告げると、彼らは一様にして首を横に振った。

 

「悪いことは言わない。再生スキルを求めるのは止めなさい」 

 

 彼らは月光教の腐敗を知っていたのだろう。

 しかし、当時の私はその言葉が負け惜しみであると信じて疑わなかった。

 所詮(しょせん)は在野に下りた負け犬の遠吠えだと、心の底で軽蔑(けいべつ)していた。

 

 100年が経ち、ついにその時がやってきた。

 聖都に戻った私は聖印を手に大聖堂の中央を歩き、壇上の教皇に(かしず)いた。

 

「聖アザゼルよ、よくぞ厳しい布教の旅より帰った。さあ、神のみもとで洗礼を受けるがいい」

 

 私は教皇の後に続き、厳重に封じられた大扉の向こう側へと進んだ。

 長い螺旋階段を下りるとそこには青白く光り輝く巨大な月光石が安置されていた。

 月光石の前に()えられた祭壇の他にあるのは、壁に作られた狭い牢だけだ。

 

 1年の間、この牢の中で月光石の光を浴びながら瞑想を行うことで秘奥を得る。

 私にはそれだけしか知らされていなかった。

 

 「服を脱ぎ、祭壇に横になりなさい」

 

 言われるがまま一糸(まと)わぬ姿となった私は、祭壇にうつ伏せに横たわった。

 

「これより儀式を始める。聖アザゼルよ、自らの精をもって神の子を(はら)み、10月10日の間、祈りを捧げ続けなさい」

 

 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 自らの、精……。

 

「どうした、聖アザゼルよ。貴様の覚悟はその程度のものだったのか」

 

 男の心を持つ私にとって、男性を受け入れることも子を産むことも到底受け入れられることではなかった。

 

 しかしここで引けば100年の努力が無駄になり、これまで見下していた彼らと同じ立場に落ちてしまう。

 私は強く歯を食いしばり、教皇の言葉に従った。

 

「それでよい」

 

 それから、狭い牢に封じられた私の祈りの日々が始まった。

 食事は1日に1度だけ、起きている時間は常に心の内で教典を暗唱した。

 

 儀式を始めてから30日が過ぎ、違和感を覚えた。

 与えられる食事の量がわずかに減っている。

 

 尋ねようにも、食事を持ってくる奴隷の看守は喉を潰されていた。

 これは間違いなく作為的なものだった。

 

 日を追うごとに食事の量は減っていき、私は()せ細っていった。

 下腹の膨れが飢餓(きが)によるものか、胎児によるものか分からなくなった頃、私は唐突に理解した。

 

「これは試練だ……」

 

 私は信仰の()であると同時に、学問の()でもあった。

 旅先では常に知識を蒐集(しゅうしゅう)し、魔道の修練は(おこた)らず、再生スキルすらも自らの手で編み出そうと、幾度となく試みていた。

 

 スキルがただ祈るだけで手に入るようなものではないことを、極限の状態になってようやく思い出したのだ。

 

 私の目の前にあるのは神秘を授ける神の依代(よりしろ)などではない。

 魔力の回復を(うなが)す魔法の石だ。

 

 私は噛んだ親指の先から(あふ)れる血を飲み下し、失った血液をスキルで補充した。

 そして深く目を閉ざすと自身の中に埋没し、()(おとろ)えた肉体の修復を始めた。

 

 気付けば、私は僅かな食事をも必要としない瞑想をするだけの存在と変じていた。

 

 心音と血の巡る音しか聞こえない静まり返った牢の中、私は胎内で育つ小さな命をただただ観察した。

 

 最も近い場所で、人の成長の過程を理解する。

 これこそが再生スキルを習得する手段だと考え、己が身の内で実践した。

 極まった医療スキルの限界を乗り越える感覚は、私に奇妙な快楽を(もたら)していた。

 

 不意に始まった陣痛によって、私は長い修行の終わりを悟った。

 私は自らの手で赤子を取り上げ、血に()れた我が子を抱え牢から出た。 

 

 いつの間に集まったのか、そこには月光教の枢機卿達が人の道を作っていた。

 祭壇の横で待つ教皇の手招きに応じて、私は我が子を祭壇にそっと横たえた。

 

「さあ、聖アザゼルよ。神の子を神のみもとに還すのです」

 

 教皇の差し出したナイフを受け取った私は震える手でその刃を振り上げ、硬直した。

 

「私にはできません……医学の()として、それだけは……」

「聖アザゼルよ、情が()いたか。だが、この赤子は必ず神に還さねばならぬ」

 

 世界中のあらゆる場所に(おもむ)き布教を行ってきた私は、近縁の者が交わることで生じる血の病を何度も目の当たりにしてきた。

 

 禁忌によって産まれた我が子を生かすことを望んではいけなかった。

 しかし、それでも私にはできなかった。

 

「どうか、どうか……」

 

 私は床にナイフを取り落とし、(ひざま)いて(こうべ)を垂れた。

 教皇は私の落としたナイフを拾い上げると、失望の混じった目で私を見下ろした。

 

「聖アザゼルよ、今この時を持って貴様を破門とする。二度とこの大地を踏めると思うな」

 

 腹を痛めて産んだ我が子の命を救えるならそれでもよいと思っていた。

 しかし、その望みが叶えられることはなかった。

 

 身動き一つ取れぬよう厳重に拘束された私の目には、母を求める我が子に振り下ろされたナイフ、そして祭壇に(たか)り赤子の肉を喜んで()む枢機卿達の姿だけが映った。

 

 聖なる儀式に混ざり込んだ醜悪な(けが)れが、私の信仰のすべてを否定した。

 

「再生スキルを求めるのは止めなさい」

 

 野に下った医者から告げられたその言葉だけが、私の内に木霊(こだま)していた。

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