マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第159話 堕天使とアザゼル

 アザゼルの口から語られたのは聖都の滅びとともに失われた月光教の秘奥だった。

 

「うぇー、共食いかにゃ」

 

 ミュールは「サンダーバードのコンフィ~春野菜の彩りを添えて~」をナイフでつつきながらベロを出した。

 ううむ、食事時に聞くような話ではなかったか。

 

「それが月光教の腐敗の一面か。なんとも(むご)いことをするものじゃ」

 

 二人は枢機卿の行いばかりを注視しているが、話の本質は儀式そのものにある。

 彼の弟子だったとある医者の残した回顧録にはどれだけ教えを求めても黙して語らずと書かれていたが……確かにこれは軽々しく教えるわけにはいかない。

 

 迂闊(うかつ)に広めていれば権力者は必ず月光教の影響下にない再生スキル使いを求め、その結果として女医の即身仏の山が築かれただろう。

 

「これ、本当に話しても大丈夫なことなんですか?」

「リジェネレーションの再発見が行われた今だからこそ話せることだ。そうだろう? EARTHRING(アースリング)、ハルト・ミズノよ」

 

 アザゼルの血に染まった赤い瞳が俺を射抜いた。

 アースリング……地球人ってことか?

 やはり彼は何かを知っているようだ。

 

「人間は外法に頼らず、英知の集積によって神秘を手中に収めるべきだ。古き因習の(ごう)を背負い生きるのは、私一人だけでいい」

 

 青白い月明かりの差し込む大窓から西の果てを眺めてそう(つぶや)いたアザゼルは、昔話の続きを語り出した。

 それは彼が月光教を破門され、西大陸に追放されてからのことだった。

 

 

 私がその気になればその場にいる全員を皆殺しにすることなど容易(たやす)かっただろう。

 だが、信仰と半身(はんしん)を失い心身ともに衰弱(すいじゃく)していた私に抵抗する気力は残されていなかった。

 

 教会に仕える神兵に運ばれた私は拘束されたままペガサスの背に乗せられ、ブルームーン海峡を越えた先にある西大陸の海岸に降ろされた。

 

 拘束を解かれ、生まれたままの姿になった私を見て鼻を鳴らした神兵達は何も言わずに飛び去った。

 

 こうして私は凶悪な魔獣のはびこる西大陸を放浪することとなった。

 古来より化外(けがい)の地とされていた西大陸は生命の(あふ)れる素晴らしき大地だった。

 もっとも、それは私のように力を持つ者にしか感受(かんじゅ)できないことだろうが。

 

 西大陸では言葉の違う様々な人種が強大な魔獣の闊歩(かっぽ)する森の中に隠れ住み、独自の文化を築いていた。

 私は彼らの住居を訪ね歩き、苦しむ者には癒しを、弱き者には力を与えた。

 

 月光教から破門されてもなお、私のやることは変わらなかった。

 一つだけ違うことは、月光教の教えを授けなくなったことだけだった。

 

 放浪の末に、私はとあるAランク迷宮の近くに居を構えた。

 この地のダンジョンは深層への行き来が容易で、とりわけ優れた性質を持つ資源を採取できたというのがその理由だった。

 

 私は教会の代わりとして探索者ギルドを設立し、ダンジョンに潜り日々の糧を得る人々を助ける為の共同体とした。

 この厳しい環境で生きていくには知識と、何よりも力が必要だった。

 

 私は救いを求めてやってきた彼らに教えられるだけのことを教えた。

 再生スキルについてだけ、口を閉ざした理由は言わずとも分かるだろう。

 

 100年も経つ頃には小さな集落は大きな都市へと発展していた。

 人々はこの地をアザゼルの住む街と呼称し、いずれ迷宮都市アザゼルと呼ぶようになった。

 

 その頃の私は都市の運営を弟子に任せ、大学の長として研究の日々を送っていた。

 西大陸の文明が発展するにつれ少しずつ中央大陸との交易は活発化していたが、一つだけ困ったことがあったのだ。

 

 それは通貨の不足だ。

 

 現在普及しているメル通貨……ポゴスタック帝国が開発し、大陸中に普及させたこの通貨は一枚一枚に高度な術式を内包することで偽造を防止していることは君達も知っているだろう。

 

 メル通貨が手に入らない僻地の人間は魔石や資源による物々交換を行うことが常だが、不便は不便だ。

 

 しかし古代ドワーフの技術の粋が詰め込まれたこのメル通貨を製造しようとすれば莫大な魔力コストが掛かる。

 

 国家を束ねる者がその国威を示す為に赤字を垂れ流しながら発行しているのが現状だった。

 

 根幹の製造技術はデスマウンテンの底に眠り、誰も触れることは叶わない。

 通貨不足の抜本的な改革は経済に通じた人間にとって永遠の命題だった。

 

 そこで私はダンジョンコアが情報を記憶する性質を利用し、仮想通貨を管理する端末として活用できないかと考えていた。

 だが安定した運用の為にはダンジョンの延命を図る必要がある。

 

 次元干渉スキルに触れた異端として魔道学院から追放されたエルフの学者ヴァレスの協力を得て、私は700年もの長い月日を掛けて試行錯誤を行った。

 その過程で多くの発明は成された。

 

 人の魔力に触れることで身分の証明を行う月光教の聖印からヒントを得た、所有者のステータスを数値化するプレート――ギルドカード。

 

 ダンジョンから現れた異世界人により(もたら)された知識から編み出した、複数のダンジョンコアを次元の狭間(はざま)を介して繋ぎ情報の消失を防ぐ術式――ディメンションクラウドストレージ。

 

 ルメー砂漠に住まう贖罪(しょくざい)の民より学んだ知識を応用した、人の魂をダンジョンコアに繋ぐ同化の法—―ダンジョンマスターシステム。

 

 術式の仕様上どうしても魂の損耗は防げなかったが、私は必要なコストと見做(みな)して完成させた。

 何より、私の街が抱えるダンジョンが寿命を迎えるまで時間がなかったのだ。

 

 ダンジョンマスターシステムの完成と同時にAランク迷宮アザゼルのダンジョンマスターとなった私は、己の身を担保にして銀行業務を始めた。

 

 西大陸で私以上に信用たる者は誰もいなかった。

 だから人々は私を信じて、余った資産を銀行に預けた。

 

 管理された迷宮都市の中であればカード一枚であらゆる決済を行えるその利便性は瞬く間に人々を(とりこ)にした。

 

 私は信頼できる弟子の天使——腐敗した月光教を見限り西大陸に逃れてきた者達――に探索者ギルドと銀行の運営を任せ、成り行きを見守った。

 

 私はこのダンジョンマスターシステムに一つの仕掛けを施していた。

 それこそがサブマスターシステムによる宝珠の生成だ。

 

 私は堕落した権力者が宝珠を求めて(ひん)ずる民草をダンジョンに連れ込み、その命を奪うことに心を痛めていた。

 街の治安維持と言えば聞こえはいいが、やっているのはただの虐殺に過ぎない。

 

 彼らが宝珠を望むならいくらでもくれてやればいい。

 その代わり、その命は私が預かろう。

 

 私は必ず探索者ギルドのそばに孤児の養成施設を作らせた。

 それだけではなく、全ての人が無償で教育を受けられる環境も整備した。

 そして……この教育によって、私は月光教から若い信仰を奪っていった。

 

 月光教は探索者ギルドの躍進を防ごうとしたが、人々はそれを無視した。

 便利な技術は止めようもなく広まり、世界中の富が我が手中に流れ込んだ。

 

 軍資金を手に入れた私は同志を(つの)り、密かに月光教への反抗を計画した。

 管理ダンジョンを利用した次元間通信によって世界各地の探索者ギルドとやり取りをし、綿密(めんみつ)な準備を行った。

 

 月光教を腐らせこの世界に戦乱の火種を撒いた悪辣(あくらつ)な指導者達への復讐を終えるまで、後一歩だった。

 しかし裏切りによって、私はすべてを失った。

 

 世界各地で同時多発的に行われた聖人による探索者ギルドの襲撃。

 私はギルドマスタールームのモニターに次々と流れる、暗転した探索者ギルド職員の名前を見てその事実を悟った。

 

 厳戒態勢を取るよう全国の探索者ギルドに指示を出し、私は部屋を飛び出した。

 この街にも必ず暗殺者は紛れ込んでいる。

 部下に手を出される前に、私が囮となって始末する必要がある。

 

 探索者ギルドの外に出た私が無防備な姿を見せると、すぐにやつらは牙を()いた。

 談笑する探索者、買い物帰りの主婦、道を歩く子供、木陰で休む老人……誰もが私に殺意を向けた。

 

 私は彼らを瞬時に無力化したが、そこで違和感を覚えた。

 これは、本命であるはずの私に対して差し向けられる戦力とは程遠い。

 

「余りにも弱すぎる……まさか!」

 

 空高く舞い強固な障壁によって身を守った私がダンジョンに意識を飛ばすと、ダンジョンコアの内部に人影が見えた。

 

 現在広まっている汎用的なダンジョンマスターシステムの術式とは異なり、このダンジョンに刻まれたオリジナルの術式は私の全てをダンジョンと同化させた。

 私が望めば、その内に声を届けるなど容易だった。

 

「なぜ、なぜだ……なぜだ、ルシフェル!」

 

 ダンジョンコアの全面に刻まれた刻印の発する青い光に照らされたその顔は、まごうことなき我が一番弟子のものだった。

 

「見つかってしまいましたか……聖人も存外、使えないものですね」

 

 その右手には、満月を(かたど)ったシンボルの刻まれたナイフが握られていた。

 聖人がダンジョンを討伐する際に使う、特別な毒の封じられた魔道具だ。

 

「ルシフェル、なぜ裏切った!」

「師よ、それは貴方(あなた)が一番よくご存じのことではありませんか?」

「何だと……?」

貴方(あなた)は私をもっとも信頼できる弟子と、そうおっしゃいました。しかし貴方(あなた)は再生スキルの秘密だけは(がん)として口を閉ざした。その時受けた私の失望はどれほど深いものだったか……」

「そのような詰まらぬことでダンジョンを滅ぼし、無辜(むこ)の民の命を奪おうというのか! それでも貴様は医学の()か!」

「……師よ、やはり貴方(あなた)と私は相容(あいい)れない」

 

 目を伏せたルシフェルは手に持ったナイフをダンジョンコアの核に深々と突き刺した。

 

「おさらばです――」

 

 魂が(うず)き視線が揺れ、ダンジョンとの繋がりが切れた私は現実に引き戻された。

 地の底より大きな音が鳴り響き、眼下のダンジョンゲートから魔物が(あふ)れだす。

 

 ダンジョンスタンピードが、始まった。

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