マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第167話 二つの魂、二つの心

 ヘルズゲート五層、地獄の谷のF.O.E(フィールドオンエネミー)、キャッスルゴーレムをアンバーの新必殺技で瞬殺した俺達はついにダンジョンコアに続くゲートの前まで到達した。

 

「俺達も中に入っていいんですか?」

「ええ、すぐに終わりますから……」

 

 いいらしいので、俺達もダンジョンコアの中を見学させて貰うことになった。

 足元にある直径5mもない小さなゲートに飛び込むと、結構広い部屋に出た。

 

 円錐状の白い部屋は全面に複雑怪奇な刻印がびっしりと刻まれており、青い光を放っていた。

 部屋の中心には一本の柱が伸びその頂点には真珠状の丸い球体がくっ付いている。

 

 青く発光する刻印が刻まれドクンドクンと脈動をするその柱は、まるで寄生虫に寄生されたカタツムリの目玉のようだ。

 そして……あの頂点にある球体は、恐らく生成途中の宝珠だろう。

 

「ここでお待ちください……」

 

 ユニエルは俺達に白い翼の生えた背を見せて、ダンジョンコアの核に歩き出した。

 

 一歩、二歩、三歩……ゆっくりと歩みを進めるユニエルの右手が青く光り、虚空から現れた細い何かを握り込んだ。

 

 よく見るとそれは、満月のシンボルの刻まれた小さなナイフのようだった。

 

「な……」

 

 ユニエルは振りかぶったナイフをダンジョンコアの核に突き刺した。

 ドクリと核が脈動すると、部屋中に刻まれた刻印の放つ青い光が失せて黒く染まっていった。

 

 俺はただ、ダンジョンの命の灯火が尽きていく様を見ているほかなかった。

 白い部屋に刻まれたすべての刻印が黒く非活性化すると、ぐらりと部屋が揺れて体勢が崩れた。

 

「なぜじゃ! なぜユニエルがそれを持っておる!?」

 

 ダンジョンの核に突き立ったそれはまさしく、月光教徒がダンジョンを討伐する際に使う、特別な毒が封じられた魔道具のナイフだった。

 

「ゲートが消えちゃったにゃ……」

 

 ミュールに服を引っ張られて振り返ると、背後の床にあったゲートが消滅していた。

 俺達の帰る道はもう、どこにもない。

 

 いや、ダンジョンコアの外にいたら異界の収縮に巻き込まれて命を落としていた。

 ここならまだ……(かす)かにだが、望みは残っている。

 

「ユニエルさん、どうしてこんなことをしたんですか?」

 

 ユニエルが自ら望んでこの聖都のダンジョンマスターに就いたわけではないのは理解している。

 だからといって、俺達が彼女の無理心中に付き合う(いわ)れはない。

 

「ダンジョンの崩壊までまだ時間があります。最期ですから、ハルト様にはお話ししておきましょうか……」

 

 こちらに振り返ったユニエルは床に崩れ落ちるように座り込んだ。

 

「私は、僕は、この聖都の螺旋の牢獄で生まれました……」

 

 俺はユニエルの年齢を知った時に察するべきだったのかもしれない。

 彼女こそが、アザゼルの犯した罪の証だ。

 

 

 遥か地の底で生まれし禁忌の子は地下にある専用の育成施設に集められ、仮面で顔を隠した天使から聖典のみを教材に洗脳教育を受けました。

 

 選ばれた君達は成人とともに洗礼を受け、無垢なる天使として神に祈りを捧げる存在となるのだと……そう教えられました。

 

 施設にいる禁忌の子はみな何かしらの障害を抱えていました。

 身体の一部が欠損している者、あるいは手足の多い者、心が不安定な者、獣の心を持つ者……。

 

 日常生活にすら不自由する者の世話は自分で動ける者の仕事でした。

 施設は狭く、年齢の高い者が成人を待たずに卒業することはままありました。

 私もまた、12歳で施設を卒業することになりました。

 

 私は仮面の天使に連れられ、血の匂いの染み付いた手術室にやってきました。

 手術台に拘束された私は太い針で脳を貫かれた後、手足を削ぎ落とされました。

 

 痛みに苦しむ心の叫び声とは裏腹に、身体は一切の反応を起こさなくなりました。

 私は螺旋の牢獄に収容され、無垢なる天使の一人に成り果てました。

 

 私は禁忌の子です。

 五体満足に見えた私もまた、精神に障害を抱えていました。

 私には生まれつき、もう一つの人格があったのです。

 

 私は心の内で彼をエルと呼んでいました。

 僕は心の内で彼女をユニと呼んでいた。

 

 身体の主導権をユニに渡していた僕はいつも暇を持て余していて、常に多くの思考を巡らせていた。

 

 なぜ僕らは選ばれたのか、教典は誰が書いたのか、子供が怪我をした時に仮面の天使が見せる青い光の正体は何か。

 

 選ばれた僕らなら仮面の天使と同じ力を扱えるはずだと考えた。

 だから僕はユニが眠っている夜の間に身体を使い、試行錯誤を行った。

 そしてその力を手に入れた時、僕は内に秘するべきものだということを直感した。

 

 それが正解だったことを僕は螺旋の牢獄に収容された時に理解した。

 僕は心の内でユニと語らい身体の主導権を手に入れてすべての苦痛を引き受けた。

 密かに脳の傷を癒した僕は魔道の扉を開き、きたるべき洗礼の時を待ち続けた。

 

 そしてあの日、聖都を滅ぼしたアザゼル様は螺旋の牢獄に現れ、心の壊れた無垢なる天使達に慈悲(じひ)の死を与えた。

 

 空気に濃い血の匂いが混じる中、ついに僕の番がやってきた。

 アザゼル様が僕の牢の前に立ち、その右手を向けた瞬間—―。

 風の刃で鉄格子を切り落とした僕は、翼をはためかせて彼の胸中に飛び込んだ。

 

 驚きに目を見開いたアザゼル様は手足のない僕を受け止めると、涙を流しながらそっと優しく抱き締めてくれた。

 螺旋の牢獄を生きて出られたのは、洗礼前の僕ら一人だけだった。

 

 アザゼル様から治療を受けた私は、ギルドマスターとして最後の仕事を行う彼の弟子となり世界中の探索者ギルドを巡りました。

 その旅は多くの発見と喜びに満ちていて、私の受けた心の傷を癒していきました。

 

 アザゼル様が引退してからしばらくの時が経ち、中級天使として認められた私はアクアマリン支部の病院の院長として勤めることになりました。

 

 

 ユニエルが自らの出自を語り続けている間にも、ダンジョンコア内部の揺れは強さを増していた。

 もう、時間はほとんど残されていないだろう。

 

「ギルドマスター・サマエルはアザゼル様から教えを受け最上級天使となった私のことが憎かったのでしょう。イクリプスに戻った私に聖都の次のダンジョンマスターとなることを指示しました……」

 

 サマエルは月光教の秘奥を知るアザゼルから教えを受けたからこそ、再生スキルを再発見することができたのだと思ったのかもしれない。

 

 俺のしょうもない論文を信じて魔道顕微鏡の開発に全財産を投じたのは他ならぬユニエルだけだというのに。

 

「ここで育ったお主にはそれ以上に苦しいものはなかったじゃろうに、(こく)なことをする」

「この地のダンジョンマスターを務めた者はいずれ命を落とす運命(さだめ)にあります。どうせ終わるならハルト様と一緒がいいと、そう思ったのです……」

 

 あ、愛が重すぎる……。

 俺はいつの間にこんなに好感度を稼いでいたのだろうか。

 

「ユニエル、いやエル。なぜ君は彼女を止めなかったんだ。君なら……」

「ムーンサイドへの派遣が決まった21日前からずっと、肉体の主導権はユニにある。心の奥深くまで押し込められていた僕は、破滅する瞬間をただ指をくわえて見ているほかなかった……」

 

 うーむ、力関係はユニの方が上位だったのか。

 それじゃあ責めることはできないな。

 

(ゆる)しはいりません。せめて、来世で――」

 

 目を閉じたユニエルが両の手を組み祈りを捧げると、不意に揺れが収まり俺達の身体がふわりと空中に浮かび上がった。

 

「にゃにゃ!? 浮かんでいくにゃ!?」

「不味い……!」

 

 シュルシュルとほつれるようにして円錐状の白い部屋は(ほど)け、視界が闇に染まっていく。

 

 俺達はダンジョンの崩壊とともに、次元の狭間(はざま)に放り出された。

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