マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第169話 エピローグ

 ハルトくんに会った時に感じた初めての印象は変な人、というものだった。

 話などそっちのけでママの胸ばかりを見ている新人探索者。

 

 わたしは会計をしながら心の中で「あーあ、またママの餌食になるんだろうな」と考えていた。

 

 優秀なBランク探索者のアンバーちゃんが目を掛けるだけあって、休日に工房を訪れるようになった彼は見るたびに魔導士(ウィザード)としての力量を増していった。

 

 そんな簡単にできるわけがない、と思っていた高難易度スキルのプロテクションをたった1度見ただけで習得したのには内心驚きしかなかった。

 天才を自負するわたしでも使い(こな)すのに半年は掛かったというのに、有り得ない。

 

 ハルトくんは生まれて初めてできた友達だった。

 わたしは彼と沢山の話をした。

 便利な魔道具の話、術式の構想、あるいは将来の夢。

 

 ハルトくんはわたしの荒唐無稽(こうとうむけい)な夢物語を他の人みたいに馬鹿にするようなこともなく、いつも嬉しそうに聞いてくれた。

 逆にわたしが彼の提案で驚かされるようなことも多かったくらいだ。

 

 それから、アンバーちゃんとハルトくんが恋人になったことを知った。

 あの頃のわたしはまだ若く、ふーん、よかったねと軽く流していた。

 それは本心からの言葉だったと思う。

 

 でも彼が長い旅に出ている間に、わたしの心の中にモヤモヤとした感情が溜まっていくのを感じていた。

 何をしても調子が出ないような、そんな感じ。

 

 わたしはアクアマリンに帰ってきたハルトくんの変わらない姿を見て、それが恋心だったということにようやく気付いた。

 

 どうしてもっと早く気付かなかったのだろう。

 彼の心はもう、アンバーちゃんのものだというのに。

 

「アイリス、ハルトくんが好きならさっさと押し倒してしまいなさい」

「そんなことしたらアンバーちゃんに三つ折りにされちゃうよー」

「あの子がそんなに狭量(きょうりょう)なわけないでしょう? あなたもわたくしの娘なんだから大丈夫よ。ほら、勇気を出して」

「でも、でも……」

 

 百戦錬磨のママは簡単に言うが、わたしにはそんな勇気は欠片もなかった。

 だって、わたしは彼の目がママの胸元に向いているのをよく見ていたのだもの。

 

 ハルトくんは大きなおっぱいが大好きだ。

 きっと、わたしの小さな胸では満足してくれないだろう。

 あの雨の日に彼と生死をともにしたアンバーちゃんが特別なのだ。

 

 試しに慣れないおしゃれをしてみたり、ちょっとくっついたりしてみたりもした。

 それでもやっぱり、ハルトくんはわたしを女として見てくれなかった。

 ベッドの下の隠しスペースにイケない魔道具が増えていくばかり。

 

 そうやってうじうじと悩んでいる間に彼がエクレアちゃんとの間に子供を儲けたことを知って、わたしは踏み出すことを諦めた。

 

 ハルトくんとは友達のままでいい。

 これ以上先を求めなければ、ずっとこの関係を続けられるんだから。

 

 だからあの日も、わたしは旅立つ彼を見送った。

 

「わたしも一緒に連れていって」

 

 そう言えなかったことを、今でもずっと後悔している。

 

 

 その知らせを受けたのはハルトくんが旅立って5日が過ぎた日のことだった。

 聖都ブルームーンのダンジョンで起こったスタンピード。

 中央大陸で500年ぶりに起きた惨事は大きなニュースとしてこの街に伝わった。

 

 ムーンサイドに偶然居合わせたサクレアの巡業団が総力を挙げて鎮圧したことで、Aランク迷宮のスタンピードとしては異例なほどに被害が軽微だったという。

 

 きっとハルトくん達も大活躍だったに違いない。

 そう思ったのに開いた新聞には「こん棒愛好会」の文字は一つもなかった。

 

「ムーンサイドでダンジョン踏破の補助」

 

 別れ際に彼から聞いたその言葉がわたしの脳裏をよぎった。

 そしてそれから10日後に、その不安は現実のものとなった。

 

 工房に訪れた天使がわたしに渡した赤い手紙。

 ギルド本部の紋章が押された、探索者の死亡通知書。

 ママの自室にある金庫に何枚も仕舞われていた、その手紙がわたしに届いた。

 

 震える手で開いたその手紙には「所定の手続きに(のっと)りハルト・ミズノの遺産を受取人のアイリスに相続した」とだけ書かれていた。

 

 どうして、どうしてハルトくんはわたしを受取人として指名したのか。

 何も知らなければ、今も希望を胸に待ち続けていられたのに。

 

 わたしは受けていた仕事をすべて放り出し、自分の部屋に閉じ(こも)った。

 薄い布団を頭に被り、目を(つむ)ってミスリルの首飾りをぎゅっと握る。

 もう、何も考えたくなかった。

 

 

 あれから何日が経っただろう。

 空き缶と包み紙が散乱したゴミだらけの部屋で、空腹を抱えたわたしは空になったエナジーバーの箱を探っていた。

 

 家の中にあったものは全部食べてしまったから店まで買いに行かないといけない。

 外に出るならシャワーを浴びないと……いや、面倒臭い。

 不潔だろうが何だろうが、誰もわたしのことなんて気にしないだろう。

 

 ガチャリと扉を開いて足音を立てないように階段を降りると、わたしはそーっと工房の中を覗き込んだ。

 ママはいつものように魔道具の整備をしているが、客は誰もいないようだ。

 

「やっと出てきたわね、お寝坊さん」

 

 うわー、気付かれちゃった。

 

「ママ……」

「アイリス、あなた酷い顔よ。そんな状態で外に出るつもり?」

「でも、だって……」

「何度呼び掛けても出てこないんだもの。ハルトくんが死んだのがそんなにショックだった?」

「わたしはママじゃないもん。簡単に受け入れることなんてできないよー……」

「もう、仕方ない子ねぇ。アイリス、これを見なさい」

 

 ママは棚から取り出した三枚の紙を私に差し出した。

 ええと、銀行の振込明細書……?

 入金先は……ハルトくんと、アンバーちゃん、ミュールちゃんだ。

 

「なにこれ?」

賞金稼ぎ(バウンティハンター)の世界でよく使われているものね。銀行口座が生きているかどうかで生死を確認するのよ。三人とも、間違いなく残っているわ」

「どういうこと? だってギルドから……」

「スタンピードの不祥事を隠蔽(いんぺい)したいってことでしょう。エクレアちゃんから聞き出した話だと、ギルド本部からやってきた上級天使が口止めをしたそうよ」

「じゃあみんなは、ハルトくんは本当に生きているの!?」

「恐らくは……この分だと、ダンジョンコアから次元の狭間(はざま)に放り出されたってところかしら? 大変ねぇ」

 

 次元の狭間(はざま)……次元干渉スキルに手を出した者の行き着く先だ。

 そこはダンジョンの幼体が(うごめ)く無重力空間、まず生きては帰れない。

 書斎にある古文書にはそう書かれていた。

 

「大変ねぇって……それで済むような話じゃないよ!」

「あの子達なら何とかするでしょう。一応、出口もあるわけだし……」

「……世界樹のこと?」

「幹をくり抜いたりして、きっとネフライトのエルフに殺されちゃうわねぇ」

「そんな……!」

「アイリス、あなたはどうしたいの?」

 

 ママはわたしの目を真っ直ぐに見つめた。

 わたしは空腹で回転の(にぶ)った頭で思考を巡らせる。

 次元干渉スキル……世界樹……ネフライト……魔道学院……。

 

 そうだ、魔道学院だ。

 わたしには戻ってきた三人を迎え入れる準備が必要だ。

 三人を牢から……いや、一人だけ牢から出す権力も欲しい。

 

 そして傷心のハルトくんをわたしが癒してあげる……。

 

「もう、駄目だってハルトくん……わたしはママじゃないよー……」

「妄想の世界に逃げるのはよしなさい。みっともないわよ」

 

 ママの声で現実に引き戻されたので、わたしはグッとこぶしを握って宣言した。

 

「わたし魔道学院に行く。行かなきゃいけない!」

「それでこそよ、アイリス。留学先でのことは全部レクナムさんに頼んであるから、安心して旅立ちなさい」

 

 そうと決まればすぐに行動だ。

 わたしは2階に引き返すと、キッチンの冷蔵庫を漁り栄養補給を始めたのだった。

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