マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第186話 アンバー図書館の司書

 俺達がアバロンの里にやってきてから20日が過ぎた。

 

 瘴気病患者の治療は順調で、意識のある患者――療養院の外に出ていた竜人族(マムクート)の戦士を含めて――の治療についてはすべて終わった。

 

 現在は1日に2人だけ、午後に昏睡患者の外科手術を行うことにしている。

 繊細な技術を必要とする脳の瘴気汚染浄化作業は、神の腕を持つ最上級天使のユニエルであってもかなりの精神力を消耗するので仕方がない。

 

 それと酸素カプセル型の月光治療装置が完成したことで、軽度汚染についてはそのカプセルの中で半日寝ているだけで治せるようになった。

 

 ラグラスに用意して貰ったマジックポーションの原液(約10万MP回復 苦いを通り越してもはや劇物)を毎日がぶ飲みした甲斐があるというものだ。

 

 残念ながら月光治療装置は中度汚染に対しては目立った効果が見られないようだ。

 今はギプス型の治療器具でどうにか手術をせずに治せないか試行錯誤しているが、成果が出る前に瘴気病患者全員の治療が終わってしまいそうである。

 

「ライザが拾った不思議な石に魔力を込めてみると、ボンと白い煙が広がりました。ライザの影は煙の中でむくむくと大きくなっていき、現れたのは巨大な……」

 

 ギースの屋敷にある食堂の壁に設置された黒板の前に立ち、集まった竜人族(マムクート)の子供達を相手にティアラ語の授業を行っているユニエルの姿を後ろの保護者席から眺めながら、俺はそんなことを考えていた。

 

 竜人族(マムクート)の成長は他の人種に比べてとても遅いので、ここにいるのは50歳(見た目幼稚園児)から500歳(見た目中学生)までの子供達だ。

 彼らは真剣な様子で配布された白紙のノートに黒板の文字を書き写している。

 

 最初見た時はどうして絵本の「魔道具職人(クラフター)ライザの冒険」が教材に使われているのかと不思議に思ったものだが、わずか数日でアバロンの里に住む子供達の間にライザブームが巻き起こったのを見る限り、何か子供の琴線(きんせん)に触れるものがあるのだろう。

 

 ちなみにギース海賊団の三人は、談話室に積み上げられている旧知のジョニーが遺した呪いの絵本の山に戦々恐々としていた。

 あんなミン・ノルの性癖詰め込みのいかれた絵本、初見は引くよねやっぱり。

 

「この文字が読める人、手を挙げてください……」

「はい!」「はい」「はーい!」

「では、ヤマさん……」

「まどうぐです!」

「正解です。皆様の生活で使われている魔道具は漢字でこう書きますので、きちんと覚えてくださいね……」

 

 ユニエルは午前中にティアラ語・算数・歴史の三科目の授業を行っている。

 午後は療養院で診察や瘴気病患者の治療をしているし、時間を見つけては西大陸のギルド本部と通信して東大陸での探索者ギルドの活動について協議している。

 

 彼女はティアラ語の学習を希望する大人達に夕食後の夜間講習まで行っていて、見ているこちらが心配になるくらい忙しい日々を送っていた。

 

 これでも下級天使時代よりは楽だというのだから、探索者ギルドがワーカーホリックを量産するブラック養成機関なのは間違いないと言えよう。

 

「(ハルト、ちょいときてくれぬか)」

 

 食堂の外からやってきたアンバーにぽんぽんと肩を叩かれて耳元でそう(ささや)かれた俺は、そっと席を立った。

 足音を立てないように食堂から出て、廊下を歩きながら用件を尋ねる。

 

「アンバー、どうしたの?」

 

 今日は休日だからダンジョン探索はお休みにして、ギースが裏庭に建てている新しい図書館の建築を手伝うって話だったはず。

 そこで何かトラブルでもあったのだろうか。

 

「図書館の窓ガラスをお主に作って貰おうと思うてな。アレじゃ、ゆーぶいかっととかいう特別なやつじゃ」

 

 アンバーが言っているのは紫外線(UV)カット加工の特殊ガラスのことだろう。

 俺はレクナムのところで勉強したからこっちの最先端技術にも結構詳しいんだ。

 なお、それは土属性スキルに関係のあるものに限られる。

 

「ああ、アレね。確かに本が日焼けをしたら不味いか」

 

 俺達は屋敷の裏庭に続く勝手口の扉を開けて、屋外の渡り廊下に出た。

 瓦屋根の渡り廊下の向こうには、翡翠色の外壁をした瓦屋根の離れが建っている。

 離れの入口の上に設置された大きな看板には「アンバー図書館」と書かれていた。

 

「おお、いい感じだね」

「むふふ、わしもお気に入りでのう。なんだったらここに住みたいくらいじゃ」

「それはどうかと思うけど……」

 

 図書館の入口の前であぐらをかいて湯呑みを片手に休憩していたギースが、俺達の足音に気付いて顔を上げた。

 

「悪いな、休んでいるのに呼び出しちまってよ」

「午前中は暇なので別にいいですけど。窓ガラスを作るんですよね?」

「ああ、これなんだがな」

 

 ギースは先ほどから床に広げて見ていた建物の設計図を手に取って俺に見せた。

 うわ、すっごい精密だ。

 海賊船の船長だけあって、ものづくりはお手の物らしい。

 

「えーと、どこに置きましょうか」

 

 書かれているのがスタック語でも、数字は一緒だから俺でも問題なく解読できる。

 俺がスキルで生み出したガラスの流体を手のひらの上に浮かべながら尋ねると、ギースは屋内を指差した。

 

「あっちで頼む」

「了解です」

 

 特殊ガラスと言っても知識さえあれば誰でも作れるようなものだ。

 俺は石敷きの床の上にちょちょいと板ガラスを積み上げた。

 

「相変わらず早いな。ラグラスとは大違いだ」

「そりゃあ、俺はこれで食ってますからね」

 

 俺にもハムマン職人としてのプライドがある。

 粉々に砕け散ったガラスのハートを寄せ集めて、溶かして成形したプライドがな。

 

 俺が板ガラスを作り終えると、2人は早速とばかりに窓ガラスの設置に移った。

 大荷物が行き交って危ないので、俺は玄関先でお茶を頂きながら施工作業が終わるのを待つことにした。

 

 裏庭にある広い運動場では、ツナギ姿のミュールが飛行機の整備に精を出しているのが見える。

 

「ミュールも頑張っているなぁ」

 

 10年間も装具に入れっぱなしだったので当然、忍者ハヤテ号も経年劣化していた。

 空を飛んでいる時に故障しないように、フルメンテナンスが必要だ。

 

 こういうことは子供達が授業を受けている午前中の短い時間しかできないからか、彼女は随分(ずいぶん)と張り切っているようである。

 

「ハルト、終わったぞ」

 

 俺が冷めたお茶の入った湯呑みを片手にぼけーっとミュールの仕事ぶりを眺めている間に、窓ガラスの設置が終わっていたようだ。

 

「もう? 早いね」

 

 どうやら仕事を終えたギースは先に屋敷に帰ってしまったらしく、海賊服を着た大柄なオーガの姿は影も形も見えなかった。

 

「次は本棚に本を並べるのを手伝ってくれぬか? わしでは高いところに手が届かなくてのう、困っておるのじゃ」

「もちろん、いいともさ」

「いつもありがとう、ハルト」

 

 チュッとほっぺにキスされた。

 恋人から愛情のこもったスキンシップを受けるのはいつになっても嬉しいものだ。

 

 湯呑みを置いて立ち上がった俺は、アンバーに続いて図書館の中に入った。

 次元の狭間(はざま)を脱出する時にアンバーが切り出した世界樹の根を贅沢に使った翡翠色の建物の中には、大きな本棚が整然と並べられていた。

 

 どうやら中央が読書スペースになっているらしく、壁の上の方に()め込まれた明かり取りの窓から差し込んだ光が木製の長テーブルを明るく照らしている。

 

 そしてそのテーブルの上には、これでもかと言うほどの本の山が築かれていた。

 10年の時間経過で熟成されて、いい感じに図書館の香りを漂わせている。

 

「これは骨が折れそうだ」

「大丈夫じゃ、助っ人を頼んであるからのう」

「助っ人?」

 

 一体、誰だろうか?

 俺が首を傾げていると、入口の方からバタバタと慌てて走るような足音が聞こえてきた。

 

「ハァ、ハァ……お待たせしてすいません……」

 

 膝に手を当てて息を切らしているのは、空色の竜翼を背負った少女(イシュ562歳)だった。

 

 俺はちゃんと彼女のことを覚えている。

 何しろ胸が大きめだからな。

 

「このアンバー図書館の司書を務めるイシュじゃ。彼女は本が大好きでのう、辞書を使ったとはいえ独学でティアラ語を読めるようになった賢い子じゃ」

 

 たった20日で日本語ライクなティアラ語を覚えたってこと?

 そいつは将来有望な本の虫だ。

 

「まだ辞書の内容を覚えたくらいで、専門用語はからっきしですよぉ……」

「普通はまるっと暗記などせぬわ。時間は有限じゃから、ぱっぱとやるぞ」

「はいっ、よろしくお願いします!」

 

 イシュがぺこりとお辞儀をすると大きめのお胸がたゆんと揺れて、俺のやる気も(みなぎ)ったのだった。

 

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