マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第212話 ジャスティンの星、堕つ

 翌日の早朝—―テンカイ城の中庭にある芝のテニスコートで、二匹の獣がネット越しに向かい合っていた。

 

「ジャスティンの星と呼ばれたあちしの実力、とくと見せてやるにゃ……!」

 

 なお、彼女がそう呼ばれていたのは10歳の頃だ。

 

泥棒猫(チュール)の娘……。芝の女王(グラスクイーン)と呼ばれたこの私に喧嘩を売ったことを後悔させてあげましょう」

 

 休日の朝っぱらから何をやっているんだか。

 タチバナとカミエシがしていた朝練に乱入したミュールがいきなり勝負を仕掛けたのである。

 

「母上とやり合うなんて、彼女は本当に大丈夫なのでしょうか?」

 

 結界とフェンス越しに今始まろうとしている勝負を観戦し始めた俺とアンバーに、汗に()れたテニスウェアを着たイケメンの猫耳王子様が尋ねてきた。

 

「いざとなっても、死んでさえいなければ俺がすぐに治せるよ」

 

 俺はミュールが勝てるイメージが一厘(いちりん)も沸いていなかった。

 なんていうか、あいつは噛ませ猫適性が高すぎるんだよな。

 

「それならいいのですが……」

「それ、始まるみたいじゃぞ」

 

 ラケットをくるくる回したミュールが先行を手に入れると、小結界に守られた高い椅子に座る審判が開始の合図をした。

 

「にゃ!」

 

 ミュールがバシン、と強いサーブを繰り出した。

 悠々(ゆうゆう)と追いついたタチバナが返球し、数度のラリーが交わされる。

 

「まずはお手並み拝見……」

 

 タチバナのラケットが青く光ると、放たれたスマッシュ球がゴォッと燃え上がる。

 コートを跳ねたナパーム球に追いついたミュールがラケットを合わせると、ドゴォンと爆炎が広がった。

 

「ミュールー!」

「いや、これは……」

 

 ボフっと煙を吹き飛ばして返球された球がコートの奥に着弾する。

 

15(フィフティーン)0(ラブ)!」

「その球はさっき見せて貰ったにゃ!」

 

 たった一球で忍者装束が焦げ焦げになっているが、まだやる気は十分のようだ。

 審判から新しいテニスボールを投げ渡されたミュールは、追加点を狙うかのように高く飛び上がってスマッシュサーブを放った。

 

「忍法旋風(つむじかぜ)!」

 

 ラケットが青く光り、ゴォッと渦巻く風を(まと)った球が打ち下ろされる。

 

「この程度と思って貰っては困ります」

 

 吹き渡る暴風の間をスルスルと駆け抜けたタチバナがふわっと浮かび上がるようなドロップショットを返した。

 

「こんなの余裕で届くにゃ!」

 

 ネットの前に放物線を描いて落ちていくボールにダッと駆け寄って、ラケットで触れたミュールがまたドゴォンと爆炎に包まれた。

 今度はさっきよりも強烈だ、フェンスにガシャンと大の字で吹き飛ばされたぞ!

 

「ミュールー!」

15(フィフティーン)15(フィフティーン)!」

 

 ぼふんとミュールが白煙に包まれたかと思うと彼女の姿が丸太に変わった。

 そして空高くから本物のミュールが膝を抱えてくるくる回転しながら落ちてきた。

 

「あちしに変わり身の術を使わせるとはやるじゃにゃいか!」

 

 審判が新しいラケットとテニスボールをミュールに投げ渡した。

 

「しぶとい小娘ですね……」

 

 再び始まった二人の試合。

 爆炎と暴風の吹き荒れるテニスコートを俺達は呆れ気味に眺めていた。

 

「これさぁ、もうテニスじゃなくない?」

 

 相手プレイヤーへのダイレクトアタックでKO勝ちを狙うのが現役時代の彼女の戦い方だということは知っていたが、実際に目にすると大人気(おとなげ)なさすぎる。

 よくこんなのが公式で許されているな。

 

「テニスに限らず、興行目的のプロスポーツはどれも中世の剣闘試合から派生したものじゃからな。どんな手を使おうが負ける方が悪いのじゃ」

「学生スポーツはレベル1制限がありますから、ずっとマシなのですけどね」

 

 俺はカミエシがプロ入りを断念した理由がよく理解できた。

 こんなこと、未来の王様にやらせるわけにはいかないわ。

 

「うおおー! あちしはまだやれるにゃー!」

 

 結局、2ゲーム目に入る前にミュールがKO負けしたことで試合は終了した。

 

「3割といったところですか。口ほどにもない……」

 

 ところどころがハゲた芝のコートに倒れ伏してプスプスと煙を上げているミュールに、不敗の芝の女王(グラスクイーン)は勝利宣言をして背を向けた。

 

 あーあ、お高い忍者装束がボロボロじゃん。

 早くアクアマリンに帰って、マーヤさんに修繕(しゅうぜん)して貰わないといけない。

 いや、これはもう作り直した方が早いって言われそうだ。

 

 白目を()いてピクピクしているミュールを治療しながら、俺はそう小さくぼやいたのだった。

 

 

 城の食堂でタンパク質多めの健康的な朝食を頂いてからテンカイ城を離れた俺達は、迎えにやってきたファルコの運転する黒塗りの高級車に乗って王都ラブオデッサの街中を移動していた。

 

「よくもまあ、あの王妃様に喧嘩を売ろうなんて考えたもんだな。命知らずにもほどがあるぜ」

「王妃様と母ちゃんは同じ学校の同級生で、同じ人を取り合っていたって昔から聞いていたのにゃ。だからあちしはずっと王妃様がどんな人か知りたかったのにゃ」

 

 助手席に座っている(アルストツカ洋裁店製の)可愛めな私服姿のミュールは、マツヤテンカイ店のドライブスルーでテイクアウトしたテンカイ店限定うまトマハンバーグの入った袋を抱えている。

 

「ミュールよ、それがお主の父親か?」

「そうにゃ。母ちゃんがデキ婚してプロ入りを断念しちゃったから、想い人とライバルを同時に失った王妃様はテニスの鬼になっちゃったのにゃ……」

 

 あのチュールにそんな過去があったとは……。

 子持ちにしては若いと思ってはいたが、成人前にデキ婚していたとは驚きだ。

 

「ミュールは逆だったかもしれねェ……とか考えたことはあるの?」

「小さい頃は思ったこともあったけど、そうしたらハルト達とは出会えていないからにゃー。きっと今の方が幸せに違いないにゃ」

「嬉しいことを言ってくれるのう」

 

 俺の隣にシートベルトを付けて座っているアンバーは嬉しそうにパタパタと足を動かした。

 

「オレもその方がいいと思うぜ。ミュールみたいなやつが王子様じゃ、エコーも婚約破棄とか言い出しかねないからな」

「酷いにゃ! あちしは王子様もカンペキにこなして見せるにゃ!」

 

 ミュールが両腕を上げて憤慨(ふんがい)すると、ファルコはカラカラと笑った。

 

「ただの冗談じゃねぇか。……チッ、もう着いちまったか」

 

 曇り窓の向こう側には巨大な格納庫が併設された飛行場が広がっていた。

 格納庫の近くには小さな空港ターミナルも建っており、その上には魔道無線通信に使う管制塔が高く伸びている。

 

 ここは王都ラブオデッサの西の郊外にあるフライス航空の飛行場だ。

 やってきた目的はもちろん、空を飛んでアクアマリンに帰る為である。

 

「お客さん、ラブオデッサ飛行場に着いたぜ」

「送ってくれてありがとう、ファルコ」

「今日の料金は……まぁいいか」

 

 俺達は空港ターミナル入口前のバス停で車から降りて、ウィーンと開いた窓越しにファルコと別れの挨拶を始めた。

 

「エコーの結婚式には必ず出席するからのう。その時はよろしく頼むぞ」

「ファルコ、元気でにゃー」

「おう、次は次元の狭間(はざま)に突っ込んだりするんじゃねーぞ」

「流石にあんなことはもうしないよ」

「どうだかな」

 

 ファルコは片翼を左右に振ると、車をぐるっとUターンさせてティアラキングダム西部と王都を繋ぐ幹線道路からラブオデッサに帰っていった。

 

 今日はカミエシの公式試合(硬式テニス高等学校の部、ラブオデッサ地区予選)の応援に行くエコー相手に家族サービスをするらしい。

 反抗期の娘を持つ働き者のパパは色々と大変だ。

 

「では、ゆくとするかのう」

「そうだにゃー」

「つっても、何をするんだ?」

 

 探索者ギルドが新しく制定した国際航空法の詳しい内容を知っているのは、フライス航空の操縦士であるギンジ・ライル兄弟から話を聞いたミュールだけだ。

 

「ここはあちしに任せるにゃ!」

 

 ミュールは俺にうまトマハンバーグの入った袋を渡すと、入口の自動ドアを潜って建物の中に入っていった。

 俺達も続けて空港ターミナルの中に入ると、中の様子が目に映る。

 

 建物の中は空港というよりもバスターミナルの待合室みたいになっており、朝から旅客機に乗ってどこかに向かおうとしている利用客がソファや椅子で休んでいた。

 

 ぽつぽつとしか客の姿は見えない辺り、まだまだここの利用者は少ないようだ。

 まぁ、普通は魔道列車でゆっくり行く方が安全で安上がりだからな。

 よほどの急ぎか路線の通っていない場所に行く機会でも無ければ使わないだろう。

 

「空港の利用許可申請をしたいんだけど、頼めるかにゃ?」

 

 受付カウンターに向かったミュールは、フライス航空の制服を着たハーフリングの女性に声を掛けた。

 

「お客様、ギルドカードと登録証はお持ちですか?」

「もちろんにゃ」

 

 ミュールはポーチから取り出したギルドカードと飛行機の登録証を受付に並べた。

 

「少々お待ちください」

 

 受付の人は目の前の端末を弄って、書類に何やら書き込み始めた。

 

 

 俺達がソファに座ってターミナル内に流れるサクレアの曲を聴きながらのんびり待っていると、手続きを終えたミュールが紙切れをペラペラと振りながら戻ってきた。

 

「許可取れたにゃ。飛行場を使えるのは10分だけだからさっさと行くにゃー」

「それ、大事そうだから絶対に無くすなよ」

「分かってるにゃ」

 

 ミュールが紙切れをポーチに仕舞ったことを確認した俺達は、建物を出て飛行場の滑走路へと向かった。

 

「いでよ、忍者ハヤテ号!」

 

 俺はミュールが腕輪型装具から取り出した和風なカラーリングのプロペラ飛行機に1年ぶりに乗り込んだ。

 

 後部座席に座って、膝の上に乗せたアンバーごとシートベルトを身に着ける。

 うまトマハンバーグが入った袋はアンバーの小さなお手手でホールドだ。

 

 ミュールは珍しい物好きな竜人族(マムクート)の子供達を乗せて度々(たびたび)双子山の近くを飛んでいたので、ブランクを心配する必要はないだろう。

 

 操縦席に座ってふんふんと鼻歌を歌いながらフライトの準備を終えたミュールは、操縦桿の近くに新しく設置された航空無線機から引っ張ったグルグルコード付きの受話器を口元に寄せた。

 

「こちら忍者ハヤテ号、これよりラブオデッサ飛行場を出発するにゃ」

『確認しました。ミュール様、よいフライトを』

 

 管制塔から届いた魔道音声が航空無線機のスピーカーから発せられた。

 

「にしし、出発進行にゃ!」

 

 受話器を元の場所に戻したミュールが操縦席右のレバーを引くと、魔道エンジンから動力の供給を受けた三枚羽根のプロペラが勢いよく回転を始めた。

 

 俺達の乗るプロペラ飛行機は長い滑走路をぐんぐん速度を上げながら走り出し、そして空高く舞い上がったのだった。

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