マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第219話 エンジェルの卵を立てる

 翌日、俺とアンバーはバイクに乗ってアクアマリンのオフィス街へ向かっていた。

 白岩石(はくがんせき)造りのビルの間を通る道路をのんびり走ってやってきたのは、ルーペのロゴが印象的な八階建ての高層ビルだ。

 

 ここにはジャイアント・ホールディングスの子会社が入居しているそうで、アンバーのお目当てであるアクアマ出版のオフィスもここに入っている。

 

 そう、アクアマ出版だ。

 案の定、ポンポコ出版のタヌヨシは俺が目を離した隙に会社を潰していた。

 

 エクレアから聞き出した経緯はこうだ。

 「PUIPUIハムカー」によって会社を更に大きくしたタヌヨシは、俺があれほど止めていたアモロ共和国への本社移転を計画した。

 

 彼は取引先の営業から「実は最近、カナンにいい土地を手に入れたんだ。大恩のあるタヌヨシさんになら特別に紹介しても……」と誘われてホイホイ乗っかってしまったのだ。

 

 それは土地の所有者を(かた)って資金を振り込ませた後にトンズラするという典型的な不動産詐欺で、タヌヨシが気付いた時には既に取引先は会社を畳んで消えてしまっていた。

 

 間抜けにも詐欺に引っ掛かって保有資産の多くを無駄にしたことをゴシップ紙にすっぱ抜かれたタヌヨシは、社員や取引先からの信用を失って苦境に立たされた。

 このせいでアモロ共和国のハムカーブームはもはや風前の灯火だ。

 

 それを見かねたアクアマジャイアントランドの社長ガラテアは、ジャイアント・ホールディングスによるポンポコ出版の買収を提案した。

 

 ハムカーの権利保有者であるエクレアもそれに乗っかったので、ダンジョンマスターに逆らえない小心者のタヌヨシは捨て値で会社を譲渡することとなった。

 

 こうしてジャイアント・ホールディングスの出版事業部、ジャイアント出版の子会社化したポンポコ出版はアクアマ出版に社名を変更し、経営者を解任されたタヌヨシは出版事業部の一編集長に収まったのである。

 

 ちなみに不動産詐欺で消えた取引先の人間は、探索者ギルドのブラックリストに載ってから程なくして全員が賞金稼ぎ(バウンティハンター)に狩られたらしい。

 もちろん、振り込んだお金がタヌヨシのもとに戻ってくることはなかった。

 

 俺的にはタヌヨシの過去の行いが帰ってきたのだと思っている。

 あいつ、小遣い欲しさにアンバーに対して詐欺を働いていたからな。

 これだけ大きな失敗をして、負債が残らなかっただけありがたいというものだろう。

 

 

 俺達は一階の受付にいるエルフさんにギルドカードを提示して、編集長のタヌヨシを呼び出した。

 

 するとチーンと音を鳴らして開いたエレベーターの中で、小太り狸獣人(ワーラクーン)が土下座をしていた。

 

「本当に申し訳ございません!」

 

 アンバーがエレベーターの開閉ボタンを押しっぱなしにしている間に、タヌヨシの近くに片膝を付いた俺は床に頭を擦りつけている彼の肩にポンと手を置いた。

 

「タヌヨシ、お前のお小遣いは今いくらだ?」

「……100メルです」

 

 彼が小さな出版社の社長をしていた頃の半分以下だった。

 ここから昼食代を引いて飲み代を捻出(ねんしゅつ)するのは至難の業だ。

 

「今日は特別に(おご)ってやるからさ、仕事が終わったらスナックしずよに飲みに行こうぜ」

「ハルトさん……!」

 

 タヌヨシはポロポロと涙を(こぼ)しながら顔を上げた。

 歳を重ねて白髪の増えた彼は心なしか、昔よりも()せているような気がした。

 

「もう乗ってええか?」

「いいよ」

 

 アンバーがエレベーターに乗り込んだことを確認した俺は、アクアマ出版のオフィスがある五階のボタンをぽちっと押した。

 扉が閉まり、(わず)かな機械音を上げてエレベーターは上昇を始める。

 

「タヌヨシよ、今回は二冊分も原稿を書いてきたからのう。しっかりと頼んだぞ」

「はい、アンバー先生……」

 

 立ち上がったタヌヨシはポケットから取り出したハンカチで涙と鼻水を(ぬぐ)った。

 

 それからチーンと音を鳴らして五階に止まったエレベーターから降りた二人を見送った俺は、ハムカー社のオフィスに行く為に八階のボタンを押した。

 

 すぐに八階に着いたのでエレベーターから降りると、廊下の真ん中で待っていた蜘蛛の下半身を持つ黒髪ロングなアラクネのキャリアウーマンがぺこりと頭を下げた。

 

「ハルトさん、お久しぶりです」

「クードルさんもお変わりないようで何よりです」

 

 ポンポコ出版の買収に際して、ハムカーの商標管理を行うグッズ販売事業部は分離独立を果たした。

 独立といっても、同じジャイアント・ホールディングスの一社に過ぎないが。

 

 現在は絵本「PUIPUIハムカー」のメインデザイナーをしていたクードルがハムカー社の社長を兼任している。

 

 12年前はお茶()みをしていた新入社員だった娘が随分(ずいぶん)と偉くなったものだ。

 ある意味、彼女を採用したことがタヌヨシの一番の功績なのかもしれない。

 

「それで、今はどんな感じですか?」

 

 俺はハムカーのキャラクターイラストがあちこちの壁に描かれた廊下を歩きながら、クードルにハムカーの近況を聞いてみた。

 

「親会社が契約関係を持ってくれるようになったので仕事は楽になりましたが、本業の方がちょっとマンネリ気味で困っているんです。特にソルティ先生のモチベーションが……」

「あらら……。持ってきたお土産が少しでも足しになるといいんですけどね」

「お土産ですか?」

「ええ、お土産です」

 

 俺はハムカー専用撮影スタジオなどの表札が掛けられた扉が並んだ廊下を抜けてハムカー社のオフィスルームまでやってきたが……そこはまるでどこぞのIT企業みたいな状態になっていた。

 

 事務用の机は最低限で、空調の効いた広い空間のあちこちには大きなハムカーやハムマンのグッズが無造作に転がっている。

 

 壁際に設置された長いショーケースには、絵本の撮影に使った多種多様なハムカーフェルト人形が「PUIPUIハムカー」の歴史を辿るように陳列されていた。

 オフィスの一角にはペットのハムマンが何匹もくつろいでいる遊び場まである。

 

 20人くらいいる社員のほとんどは私服で、ハムカークッションとかハムカーソファに座りながら、会議室で使うようなホワイトボードに描かれたハムマンのゆるキャラを指差して何やら力説しているコボルトのおっさんの話をだるそうに聞いていた。

 

「皆さん聞いてください! ハルトさんが帰ってきましたよ!」

 

 クードルがパンパンと手を叩いて注目を集めると、だらけていた彼らはシャキッと立ち上がって俺を囲んだ。

 

「おお、ハルトの兄ちゃんじゃないか!」

「元気にしていたみたいだな!」

「あのギースに会ったって本当か!?」

 

 グッズの製造やショップの運営など業務全般を親会社が引き継いだ現在のハムカー社の役割は、新たな絵本の制作やハムカーグッズのデザインだ。

 

 だからここにいるのは絵本の制作に携わる人とグッズのデザイナー。

 そして彼らの多くはハムマンの専門家として雇われたハムマン愛好家だ。

 つまり……ハムカー社は完全にハムマン愛好倶楽部の集会場と化していた。

 

「まあまあ、落ち着け。順を追って話そう」

「ケッ、今更何をしにきたんだ」

 

 俺が(せま)る彼らを前に突き出した両手で抑えていると、ハムカーソファに転がっていたハーフリングの男が()ねたような口調で文句を言った。

 彼こそ、絵本「PUIPUIハムカー」の構成作家をしているソルティ氏である。

 

「おっと、ソルティ先生はご不満があるようですね?」

「俺に全部丸投げしてよ、権利だけは一丁前に要求しやがる。やってられるかよ」

 

 作家先生としては、自分の生み出した作品が他人のものとして扱われる事にご不満なのだろう。

 クードルはそんなソルティ氏を(さと)すように語り掛ける。

 

「またそんなことを言って、ただスランプ中なだけでしょう」

「……フンッ!」

 

 あーあ、完全に()ねちゃった。

 まぁ、気にせず放置しておけばいずれ自分で立ち直るだろう。

 俺はホワイトボードの前に移動して、やってきた本来の目的を果たすことにした。

 

「俺はもう部外者だから、あんまり好き勝手するわけにもいかないんだけど……今日は二つの提案を持ってきた。一つはこれ」

 

 ポーチから取り出した写真の束から適当に何枚か抜き出し、落書きを消したホワイトボードに磁石を使ってペタペタと貼り付けた。

 するとハムマン愛好家達からおおっ、と歓声が上がる。

 

「東大陸でギースが飼っているハムマンの写真。ウィリアムが次の会報に載せる前に先回りしてグッズ化したいと思っている。ギースセレクションとして売り出せばそれなりに話題になるだろう」

 

 世界一有名なハムマンブリーダー、ウィリアム・ネフライトはハムマン愛好俱楽部ネフライト支部の会長をしているのだ。 

 

「兄ちゃん、ゴールデンハムマンの方は作らないのか?」

 

 ハムカーテーブルの上に広げられた数々の写真、それもキンちゃんのお腹で眠るラグラスの写真を(うらや)ましそうに見るコボルトのおっさんがそう尋ねてきた。

 

「そっちはプンレク島の飯の種だし、手を出したら不味いでしょ」

「あー、確かにな……」

 

 プンレク島はハムマン愛好俱楽部の総本山だからな。

 ユーザーあっての商売だし、同業とは仲良くするのが一番だ。

 

「次の提案なんだけど、こっちはソルティ先生に頼みたい」

 

 俺はポーチから取り出した超大型のカメラをハムカーテーブルに置いた。

 これは11年前にアイリスに作って貰ったフィルム映画用の撮影機だ。

 昨日、魔道具工房バタフライの倉庫の奥から引っ張り出してきた。

 

「これまでモルカーは絵本として売り出してきたわけだけど、その発展形として映像化に挑戦してみたいと思っている。連続したフィルム写真を白幕に写し出し、録音した音を合わせる形だ。劇場をイメージしたら分かるだろうか」

 

 簡単に複製が可能な写真のフィルムやマジックディスクがあるのだから、いずれは誰かが考えるだろう。

 考えるだろうで放置していたら、11年経ってもそのままだった。

 

 作ってくれたアイリスは存在を忘れていたのか全く広めてくれなかったし。

 仕方がないので、俺がコロンブスの卵を立てることにしたのである。

 この世界風に言えば、エンジェルの卵といったところか。

 

「これはこの世界では初めての挑戦になる。成功しても失敗しても、必ず歴史に名を残すだろう。どうだ、やってみないか?」

 

 俺がソルティ氏をじっと見つめると、彼はソファに横になったまま身体を回転させて俺の方に向き直った。

 

「お前、ずっと隠していたな?」

「まさか帰ってくるのに11年も掛かるとは思っていなかったんだよ」

「いいだろう、俺がやる。これで名誉も何もかも、全部俺のものだ……!」

 

 伝説の映画監督、ソルティが誕生した瞬間であった。

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