マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第226話 始まりの魔道具職人

 俺達がアクアマリンに帰ってきてから2ヵ月が過ぎた。

 これまでちょくちょくアイリスと手紙のやり取りをしながら次の旅の準備を進めていたわけだが、いよいよ出発の日がやってきた。

 

 ということで俺達はアクアマリン東飛行場にある空港の受付で手続きをして、予約していたアクアマリン発アズライト行の小型プロペラ旅客機に乗り込んだ。

 

 俺は出入口の近くに立っているハーフリングの客室乗務員さんにぺこりと会釈(えしゃく)をして、それからチケットで指定された自分達の席に向かった。

 

 ネフライト王国行きの便だけあって、通路を挟んで2席ずつ合計30席ある座席は俺達を除きすべてエルフで埋まっていた。

 

「エルフばっかりにゃ」

「そりゃあ、そうもなるだろう」

 

 アモロ共和国から魔道列車で行くと軽く1ヶ月は掛かる旅程がアクアマリン経由だと2、3日で済むということもあり、ネフライト王国行きの航空便はお高めの運賃にも関わらずかなりの人気がある。

 

「到着まで丸1日は掛かるからのう、のんびり待つとしよう」

 

 自分の席に着いたアンバーはポーチから本を取り出して読書を始めた。

 彼女のマジックバッグの中にはまたもや買い揃えた万冊の本が詰め込まれている。

 アンバー図書館の野望、再びである……。

 

「俺も本、読むかなぁ」

 

 通路を挟んで右側の席でお隣のエルフママさんの膝の上にいる幼女エルフにドライイツカデーツをお裾分けしているミュールを見ながら、俺はポーチをガサゴソして取り出した分厚い本を開いた。

 

 本のタイトルは「ハムマンで学ぶネフライト王国史」。

 かわいいイラストを見て表紙買いしたものの、ずっと積んだままだったんだよな。

 今日はそういう本を崩すいい機会だ。

 

 俺は壁の上部に設置されたスピーカーからサクレアのゆったりとした歌声が流れている出発前の飛行機の中で、活字の世界に没入していった。

 

 

 ネフライト王国の始まりは今よりおよそ1万年前までさかのぼる。

 それは文字を持たない中央大陸の人々が農耕と狩猟で暮らし、ダンジョンスタンピードや魔獣の脅威に怯えながらも(たくま)しく生活していた時代の話だ。

 

 大霊山(後のデスマウンテン)の(ふもと)に広がっていた豊かな大森林にひっそりと作られたエルフの集落に、とある若い薬師のエルフが住んでいた。

 彼女の名前はクラッスラといった。

 

 家業を継ぎ薬師となったクラッスラには夢があった。

 大霊山に住むドワーフが考えた水車のような素晴らしい道具を発明して、人々の暮らしをより良くしたいという夢があった。

 

 しかしながらエルフの集落では皆が息をするように魔道の力を操り大抵のことを済ませてしまうので、特にこれと言ってアイデアもなくただ必要に応じて育てた薬草を薬に変えるだけの暮らしを続けていた。

 

 そんな彼女にある日、転機が訪れた。

 嵐の夜に落ちた雷で全焼した長老の家の床下から、古い遺構を発見したのだ。

 そしてそこには、象形文字の刻まれた石板が綺麗な状態で収められていた。

 

 気味悪がる長老を無視してその石板を工房に持ち帰ったクラッスラは、仕事の(かたわ)ら石板に刻まれた謎の文様を調べ始めた。

 

 これが(ちまた)で流行り始めた文字というものだということはすぐに分かった。

 ドワーフ達が長さや重さを計る際に使っているものと似ている。

 

 しかし……この円を描くような文様は何だろうか?

 そして大木や種子を表すような絵の刻まれた石板……。

 疑問を抱えたまま、象形文字を木の皮に書き写す日々が続いた。

 

 転機はまたしても偶然とともに訪れた。

 集落に住む幼馴染から土産として渡された透明な石ころの詰まった小袋を、クラッスラはなんとなしに机の上に積み上げられていた石板の上に放ったのだ。

 

 すると、いきなり丸い文様の刻まれた石板が青く光り輝いたではないか。

 それはほんの一瞬の出来事だったが、小袋の中の石ころ――魔石の内包する魔力に石板の文様が反応したことだけは理解できた。

 

 クラッスラは寝食も忘れ、何かに()りつかれたかのように象形文字を調べた。

 心配した幼馴染が工房を訪ねてきた時、(くま)の浮いた目を爛々(らんらん)と輝かせるクラッスラの瞳には、木の皮に描かれた術式から浮かんだ光だけが映っていた。

 

 こうしてこの世界で初の魔道具職人となったクラッスラは、自らの大発見を集落の皆に自慢して回った。

 それくらい普通にできるし……と反応は薄かったが、クラッスラはめげなかった。

 

 ならばもっと素晴らしい、他の誰にも真似できない発明をしよう。

 魔石調達係に任命された幼馴染の男—―クラッスラに片想いをしていたネフライトの献身的な活動によって彼女は様々な魔道具を開発していった。

 

 このエルフの集落には時折、他所の集落から獣人の行商人がやってきていた。

 金銭ではなく物々交換であったが、クラッスラの作る薬は良く効くと評判だった。

 クラッスラは久々に集落を訪れたその行商人に、自作の魔道具を売り込んだ。

 

 驚いたのは行商人の方だ。

 魔力をほとんど持たない獣人でも、石ころ――当時は魔石に価値はなかった――を使うだけでエルフのような魔道の力を得ることができるのだ。

 

 行商人はこれは素晴らしい、もっと作ってくれと手持ちの装飾品や食糧をクラッスラの前に積み上げた。

 これを見たエルフ達は手のひらを返し、こぞってクラッスラに師事を求めた。

 

 エルフの集落は魔道具の力によって大いに(うるお)い、外の集落に住む人々は魔道具を作る職人のことを開祖のクラッスラにちなんで魔道具職人(クラフター)と呼ぶようになった。

 

 

 それから100年ほどの時が流れると、クラッスラは見えない壁にぶち当たった。

 人海戦術によって石板に描かれた象形文字と術式の解析は進んでいたが、どうしてもその術式を再現することができなかったのだ。

 

 石板に刻まれたその翡翠色のインクの素材は薬師の勘では有機物に見える。

 しかし実際には無機物と同じような働きの相反する性質があった。

 

 かくなる上は、この石板に描かれた大木を探すしかない。

 解読した限りではこの大木の名前には世界という意味を持つ文字が使われていて、絵の近くには寒い大地と記されている……。

 

 工房に置手紙を残したクラッスラが荷物を(まと)めて夜分に一人で旅に出ようとすると、集落の外で待っていた一人のエルフの男に呼び止められた。

 弓の達人として知られる魔石狩りのエルフ—―幼馴染のネフライトだ。

 

 そうして二人は、まるで駆け落ちをするかのように冒険の旅に出た。

 厳しい自然と魔獣との戦いを乗り越え、愛が芽生え始めた頃……二人は北の果てにそびえる翡翠色の大木を発見した。

 

 世界樹と名付けたその大木をひとしきり調べたクラッスラは、世界樹の葉や枝を持てるだけ採取してそれから集落への帰路についた。

 

 (ほこり)を被った懐かしい工房で世界樹の枝葉を素材に用いて術式を刻んでみると、魔道具はクラッスラの求める水準をすべて満たした。

 しかし……この素材を継続的に採取できる環境を整えなければ意味がない。

 

 クラッスラは北の果てでも安定して生活ができるように、世界樹の下にある広場に刻まれていた術式を解析して編み出した雪除けの結界と、薬師の経験を活かした温室栽培のノウハウを100年の時を掛けて積み上げた。

 

 愛するネフライトと、その間に生まれた子供。

 そしてクラッスラを(した)魔道具職人(クラフター)達を連れて、彼女は北の果てへと旅立った。

 

 

 世界樹の(ふもと)には大きな城が築かれ、希少な素材を求める旅人を暖かく迎えた。

 強欲にも世界樹を自らのものにしようなどという不埒(ふらち)な考えは、クラッスラの起動した世界樹の結界によって無為(むい)なものとなった。

 

 英知を極め、人々に文明の光を(もたら)したクラッスラの王国。

 愛する夫の名から取ったネフライト王国は、こうして世界に歴史を刻んだ。

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