マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第228話 お客様の中にお医者様はいませんか?

 アクアマリン東飛行場を出発した俺達の乗る旅客機は、アクアマリン湖の北にある禁足地、デスマウンテンをぐるりと迂回(うかい)して中央大陸の北北東に位置している迷宮都市アズライトを目指して昼夜を問わずに飛行中だ。

 

 真空パックされたテレビディナーみたいなレトルトの機内食(温め直してある)で夕食を取った乗客は、飛行機最後部のトイレ隣にある狭い簡易シャワールームで順番に身を清めて、それから背もたれを倒した椅子で就寝した。

 

 機内にはブランケットくらい用意されているが、この世界では便利なマジックバッグがあるので、乗客は自分達で持ち込んだマイ枕や耳栓、アイマスクなどを使って安眠できるようにしていた。

 

 俺も隣の席のアンバーと共有したでかい枕に頭を預けて眠っていたのだが、深夜になってミュールに揺すり起こされることとなった。

 

「ハルト、起きるにゃ!」

「う、うーん……何だよ急に……」

「大変にゃ! ビオラが急に熱を出しちゃったのにゃ!」

 

 寝起きでボケっとしていた意識が覚醒する。

 周囲を見回すと、照明の落とされた薄暗い機内の客室の後部に人が集まっているようだった。

 

「今向かう!」

 

 俺は座席から立ち上がると、細い通路を歩いて客席後部のフリースペース(いざという時に貨物を積めるようにしてある)に設置されていたソファに寝かされている幼いエルフの少女の前に立った。

 

 ビオラは酷い汗をかいて白い肌を紅潮させ、荒く呼吸をしていた。

 お腹が痛むのか、腹部を小さな手で抑えている。

 

「お母さん、この症状はいつから? 何か治癒系の魔杖(まじょう)を使いましたか?」

 

 確か、就寝前はまだ元気だったはずだ。

 俺は医療スキルで魔力波を通して状態を確認しながら、エルフママ――心配そうにハンカチで娘の額の汗を拭っている――に尋ねた。

 

「30分ほど前に娘に起こされて、お腹が痛いと……。あの、ハイヒーリングの魔杖(まじょう)を使ったのが良くなかったのでしょうか?」

「怪我ならともかく、病気には逆効果になる場合が多いんです」

「そ、そんな……!」

「これは急性虫垂炎ですね。破裂した虫垂から()れ出た内容物が腹腔内で炎症を引き起こしています」

 

 合併症リスクや少女の体力を(かんが)みると、飛行機が現地に到着する前に治療をした方がいいだろう。

 

 俺は懐から取り出したギルドカードにポーチから取り出した免許証を添えて、困惑するエルフママに提示した。

 

「これから緊急手術を行います。安心してください。俺は中級医師免許を持っていますから、何も心配する必要はありません」

 

 お客様の中にお医者様はいませんか、ってか。

 こうして俺は医療マンガのお医者さんの真似事をすることになったのだった。

 

 

 中級医師資格試験は探索者ギルドで働く下級天使が幹部クラスの中級天使に昇格する際に必ず通過しなければならない関門だ。

 

 試験は月に一度、各地の探索者ギルド病院で行われる。

 試験時間はきっちり1時間。1000問の問題が出題され、1000点満点で合格。

 つまり、3.6秒に1問解かなければ問答無用で不合格ということだ。

 

 時代錯誤なことに用意されたインクと羽ペンしか使ってはいけない決まりの為、スペルミスと書き直しができないのは大前提として、六法全書くらいぶ厚い医学書を丸暗記しなければならない時点で無理ゲー臭が極まっている。

 

 俺はユニエルに勧められて毎月受けてはいたのだが、石の触手に羽ペンを複数持たせた速記術を駆使しても800点前後をうろちょろすることしかできなかった。

 

 天使以外だと探索者ギルドのない田舎の町医者が腕試し感覚で受けるのがせいぜい(TOEICみたいな扱い)なので、あまり乗り気でなかったというのも成果が上がらなかった理由の一つだろう。

 

 そんな中級医師資格試験だが、長旅から帰ってアルテミスの相手以外特にやることもなく暇を持て余していた俺がなんとなしにイチからおさらいして試験を受けてみたところ、なんと一発で合格してしまった。

 

 筆記試験の後は老ゴブリンのガン患者を相手にした手術が二次試験として控えていたが、石の触手がスタプラ並みの精密性を手に入れていた俺にとっては楽勝だった。

 

 アバロンの里でずっと見ていたユニエルの神業とも言える念動スキルの腕前を思い返してこの為の一次試験だったのか……と深く納得した。

 

 なお、上級天使に昇格できる上級医師資格試験は中級の10倍の問題を半分の時間—―つまり10000問を5時間で完全に解かなければならない全盛期の科挙ばりのイカれた難易度だったので、受ける前から諦めた。

 

 こうして中級医師免許を手に入れた俺は、アクアマリン在住の下っ端天使から一目も二目も置かれる凄腕の医者となったのである。

 

 

 既に上級探索者として社会的地位を確立しているから大した付加価値ではないのだが、こういった時に無条件で信用を得られるのはやりやすくていい。

 

 俺は機内後部にあるフリースペースに、大きな魔石の()め込まれた救急箱サイズの四角い箱を置くと、かちりとスイッチを入れた。

 

 すると自動的に開いた箱から透明なスライム樹脂テントがぷくーっと展開され、横幅3m、縦幅3mほどのサイズの簡易的な無菌室が完成した。

 

 ブラック・ジャックが使っているアレをイメージしたら大体合ってる。

 アレと違うのは、入口を通ると装備が除菌される結界が張られていることだろう。

 この簡易医療キットは野外での緊急時の使用を前提として作られているのだ。

 

 薄膜のような結界を通ってお姫様抱っこして運んだエルフ幼女をシートの上に寝かせた俺は、髪を隠す帽子にマスクと手袋を身に付けて患者の前に膝立ちになった。

 

 額に指先を触れて麻酔を掛けつつ意識を落とし、それから服のお腹の部分をまくり上げておへその辺りを露出させる。

 

 その周囲にスライムシートをマスキングテープで貼り付けて血や汚れが服に飛び散らないようにした俺は、透明なスライム樹脂テントの向こう側で心配そうにこちらを眺めるエルフママと乗務員さん、乗客達に目を向けた。

 

「これより……オペを始める!」

 

 複数本の細い石の触手をゆらゆらと浮かべた俺は、そのうちの1本の先をメスのように鋭く(とが)らせてお腹を一直線に切り裂いた。

 

 腹圧でモツが飛び出ないよう念動スキルで押さえつけつつ、石の触手で開いた腹腔内を覗き込む。

 

 むわりと立ち昇る悪臭に眉をひそめながら、まずは人肌に温めた生理食塩水を生み出して汚れたお腹の中を洗浄する。

 

 汚水を石の箱にぽいと捨てたら、内容物を巻き込んで不自然に治癒した虫垂をスパっと切り取り再生スキルで新品に取り換えた。

 

 虫垂は昔から無用の長物とされていたが、近年の研究ではリンパ組織が集積する場所として免疫に関わる重要な役割を果たすことが明らかになっている。(注:諸説ある)

 

 腹膜炎を起こしている炎症部分にゆっくり魔力を注ぎ込んで炎症が収まったことを確認した俺は、魔力波を通して再度チェックしてから腹部を閉じて治癒させた。

 開腹手術で失った血もしっかり医療スキルで補充しているし、問題はないだろう。

 

 血の汚れを洗浄し、マスキングしていたスライムシートを剥がし石の箱に捨てる。

 最後に額に指を触れて麻酔を解き沈めていた意識を戻したら今回の手術は終了だ。

 

 身に着けていた手術セットを脱ぎ捨てた俺は、微熱を帯びつつもすうすうと穏やかな寝息を立てるエルフの幼女をお姫様抱っこしてスライム樹脂テントの外に出た。

 

「これでひとまずは問題ないでしょう。念の為、現地に到着したら病院で精密検査を受けさせてください」

 

 俺がエルフの幼女をソファに寝かせながらそう告げると、エルフママはぺこりと頭を下げた。

 

「貴方があの高名なハルト先生だったなんて全然知りませんでした。娘の命を救って頂いて、本当に感謝しています」

 

 エルフママは小切手を差し出したが、俺は手を前に出して制止した。

 

「俺はただの探索者ですから。その感謝の気持ちだけで十分です」

 

 流石にこんな簡単な手術で100万メルも頂いてしまったのが知られたら、せっかく積み上げてきた評判が落ちちゃうからな。

 決してブラック・ジャックの真似事をしたかったからではないのだ。

 

 俺はちょっと惜しいなと言う気持ちを抱えつつ簡易医療キットを片付けると、自分の座席に戻って休むことにしたのだった。

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