マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第234話 フローライトの娘

 魔道学院はこの惑星における北限に近い緯度に位置している。

 地軸の傾きによりこの地の夏は日の落ちない白夜が続き、冬はブルームーンの恩恵を最大限に受ける極夜に支配されていた。

 

 初夏の入りで空の明るい夜の7時頃、待ち合わせをしていた魔道学院の入口で城下町の観光から帰ってきたアンバー達と合流した俺は、鉱物学科の塔の最上階にあるレクナムの私室へと向かっていた。

 

 せっかくなので今日はうちで夕食を取って行かないかと誘われたのだ。

 

 アクアマリンでは典型的なエナジーバー生活をしていたレクナムが新妻女子学生に餌付けされているというシチュエーションは大変興味深かったので、俺は喜んで承諾した。

 

 魔道学院内の食堂で大して美味しくない食事(アイリス談)をするくらいなら、北欧エルフ貴族の手料理を食べるというのも悪くはないだろう。

 

「—―マッチポイントまで追い詰められたにゃ。でもそこで、あちしの新技『火遁業火球の術』が光ってKO勝ちにゃ! いやー、ハルトにも見せてやりたかったにゃ」

「何でお前は観光に行ってテニスの試合をしているんだよ……」

 

 ミュールは街中で偶然出会った魔道学院テニスサークルの強豪メンバーとテニス勝負をして(今度はちゃんとしたテニスウェアに着替えていた)いい感じに接戦しつつ勝利したらしい。

 

「その間、アンバーちゃんは何をしていたの?」

「わしは本屋でちょいと自分用の本を買い足したくらいじゃのう。アクアマリンの書店では見ぬような珍しい本がたんまりあって、ついつい目移りしてしまったわい」

 

 魔道学院の地下深くには世界中で発行された本が集まるネフライト大図書館があるのだが、城下町にはそこに収蔵されている絶版になった本や著作権切れになった本を複製販売する古書店が存在するのだ。

 

 1万年の歴史を持つ魔道学院の大図書館だけあってここでしか手に入らない珍しい本は非常に多く、ここに死ぬまで通う為だけに魔道学院への入学を目指すビブリオマニアさえいるくらいだ。

 

「アンバーはずーっとそこで立ち読みしてたにゃ。あちしが迎えに行かなかったら朝までそこにいたんじゃないかにゃ?」

「わしは間違いなくそうしていたじゃろう。それくらいには楽しいところじゃった。明日には出発せねばならんのがつくづく残念じゃわい」

 

 レクナムの頼みがなければ、俺も覗くくらいはできたのだが……。

 まぁ、俺はお昼にハムマンカフェで十分に楽しんだんだから別にいいか。

 

「あそこは本好きにとっては魔窟だからねー」

「そう言えばアンバー、『こん棒の勇者』の続きは見つかった?」

 

 「こん棒の勇者」はアンバーがこん棒愛好家になったきっかけの絵本だ。

 彼女はずっとこの絵本の続きを探していたが、今まで見つかったことはなかった。

 

「一応は見つかったのじゃが、禁書扱いになっておって複製はできぬそうじゃ」

「やっぱりアレ繋がり?」

「そうじゃな。特別に読ませて貰ったから、わしはそれで満足しておる」

「そっか、よかったね」

 

 そんな話をしながら入り組んだ廊下を歩いていると、ようやく俺達は魔道学院の(すみ)っこの方にある鉱物学科の塔まで到着した。

 

 エントランスホールにある階段を(のぼ)って5階へ行くと、階段の踊り場から続く3つの扉が俺達を迎えた。

 どれも似たような見た目で、扉の近くに魔道具の呼び鈴が付いている。

 

 魔道学院の教授職は席の限られた役職なので、この鉱物学科では部屋の数と同じ3人までしか同時に就くことはできない。

 

 なお、最大派閥の魔道工学科はその10倍の30人まで座れるポストがある。

 大抵はエルフのような長命種が占めているので、当然その競争率は研究員の人数に比例して高いものになっていた。

 

「右の扉がレクナムさんの部屋だね。こんばんはーっと」

 

 アイリスがチリンチリンと呼び鈴を鳴らすとドタドタと足音が聞こえて、ガチャリと開いた扉からレクナムが顔を出した。

 

「皆さん、お待ちしていましたよ。どうぞお上がりください」

「お邪魔しまーす」

 

 部屋の中は広いリビングルームになっていて、落ち着いた雰囲気のある北欧風のデザインをしたネフライト様式の家具が置かれていた。

 レクナムの自室の割には私物が少なく、綺麗に整理整頓されている。

 

「レクナム、いい部屋に住んでいるじゃないか」

「未だに慣れはしませんけどね。かと言って研究室に(こも)ると口うるさい妻に怒られてしまって……」

「聞こえていますよ、教授!」

 

 リビングのテーブルに料理を並べていた、ピンクブロンドの長い髪をポニーテールにしているエルフの女の子がぴしりと注意した。

 

「お主、自分の嫁に教授と呼ばせておるのか……?」

 

 アンバーがちょっとリアクションに困った反応をすると、レクナムは慌てて弁解を始めた。

 

「い、いえ……コツラには学院内では公私を分けたいと言われているんです。決してそのような意味ではありませんからね!」

 

 まぁ、いくら女子学生って言ってもコツラは100代だから400歳近くの歳の差があるとはいえそこまでアブノーマルな関係ではないと思う。

 俺達の方にやってきたコツラはそれを証明するかのようにペコリと頭を下げた。

 

「ハルトさんにはフローライト家の当主から、是非ともお礼の言葉を伝えて欲しいと頼まれています。ですから……アイリス教授の開発した魔道アーマーの件も含めて、この場を借りてお礼を申し上げさせて頂きます。本当に、ありがとうございました」

 

 魔力量に優れた魔導士(ウィザード)を輩出していたフローライト家は四大貴族家の中でも一、二を争う名家だった。

 

 だがしかし、1000年ほど前に彼らの力の源泉となっていたAランクエレメンタルの湧くダンジョンが寿命を迎えたことで、フローライト家は没落の一途を辿(たど)ることになる。

 

 彼らは自家で抱えていた別の迷宮都市に本拠地を移したが、これまで容易にできていたレベリング効率は格段に落ち、家の収入もそれに比例して下がっていった。

 

 金の切れ目が縁の切れ目、護り手(ガーディアン)で働くフローライト家の人間も同僚から段々と距離を取られていく。

 時代錯誤な魔力至上主義者が好かれる理由なんてそれ以外になかったのだ。

 

 流石にこれには危機感を覚えたのか、若い世代は少しずつ社交性を学び始めた。

 しかし……拠り所だった魔力量でさえ、FCS(射撃統制システム)の発明や魔道技術の発展によって段々と魔石を使った魔杖(まじょう)に取って代われてしまった。

 

 こうしてフローライト家はもはや上がる目がない貴族家と見られていたわけだが、ミスリルを生成できる錬金術スキルの発明によって一躍脚光を浴びることになった。

 

 アイリスの作った全自動ミスリル製造機があるから収入面ではそこまで変化はないと思うが、魔力の多い錬金術スキル使いでしか作れないミスリル製のアイテムを製造できる技術者を輩出していけば、いずれはまた名家に返り咲くことができるだろう。

 

 なお、魔力至上主義者らしく帰還者(リターナー)の俺を自家に取り込もうと画策していたそうだが、権力を手に入れたアイリス教授が目を光らせていたので諦めたらしい。

 

「レクナムがアクアマリンまでやってこなかったら俺がミスリルの研究に協力することもなかったわけだし、そこまですることでもないと思うんだけど……」

「私個人としても、教じゅ……夫との縁談は非常にありがたいお話だったので、ハルトさんにはとっても感謝しているんです!」

「レクナム、お前いい嫁を貰ったな」

「ははは、私には出来た妻ですよ……本当に……」

 

 新妻お手製の家庭的な晩御飯(メインはミートボールのクリーム煮)を頂きながら話を聞いたのだが、コツラは本家からの見合い話から逃げる為に猛勉強をして魔道学院に入学したそうだ。

 

 100年ほどここで学生としてのんびりと生活していたが、いつまでも卒業しようとしない娘に痺れを切らした両親に本家まで呼び戻されて嫁入りさせられそうになったところで、レクナムが人工ミスリルの論文を引っ提げて魔道学院まで帰ってきた。

 

 そして魔道学院からフローライト家に人材の派遣を要請された時、結婚適齢期かつ唯一魔道学院の学生だったコツラに白羽の矢が立った。

 

 レクナムとフローライト家の話し合いによって決まった政略結婚だったが、マイナーな分野とはいえ魔道学院の教授の妻になれるならこれ以上のものはない。

 

 こうしてレクナムと結婚したコツラは、昼は学生として鉱物学や錬金術スキルを学び、夜は妻として献身的に夫を支えることになったのだ。

 

「ところで、コツラちゃんはいつになったら卒業するの?」

 

 アイリスがデザートのベリータルトをスプーンでつつきながら尋ねた。

 彼女は学生時代からレクナムの研究室に出入りしていた関係もあって、コツラとは割と親しかった。

 

「あと50年くらいは欲しいかな、と……」

 

 コツラはアイリスから目を逸らして明後日の方向を見上げた。

 この娘、100年も学生でいて更に50年追加で学生気分を味わうつもりか……。

 

「コツラちゃんだってやればできるんだから、5年くらいでなんとかしようよ」

「……20年くらいにはなりませんか?」

「そんなんじゃ、いつまで経っても子供を作れないじゃない。コツラちゃんは私の子供と同級生になるつもり?」

「うぐっ……わ、分かりました。精一杯努力します……」

「レクナムさんも、コツラちゃんのことをちゃんと見ていてね」

「そうですね……。先達として、少しばかりお手伝いをさせて貰いましょうか」

 

 年下のお偉い教授に説教されて小さく縮こまるコツラの肩の上に、隣のレクナムがポンと手を置いた。

 その手の上に、少し小さな手が重なるように触れ合う。

 

 この二人の夫婦が公私を分けずに済む日がやってくるのは、そう遠くないのかもしれない。

 何にせよ、心の友にはこれからも幸せな夫婦生活を送って欲しいものだ。

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