マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜 作:我島甲太郎
救急室での勤務も2日目になると、少しずつ肩の力の抜き方が分かってきた。
相変わらず大怪我をした探索者は担ぎ込まれてくるが、マリエルとツーオペなら肉体的にも精神的にも余裕ができる。
マリエルは命に別条がなさそうな患者の治療を極力、看護師――もちろん下級医師資格試験を通っている――に手伝わせて、医療スキルの経験値を積ませていた。
口調は悪いが指示の出し方は的確で、横で見ているだけでも勉強になる。
彼女は長年に渡ってこの前線都市で働き、数多の中級天使を輩出してきた優れた教育者だ。
いくらか小言を貰ったが、それも襲撃の勢いが増した3日目からはなくなった。
初めて見るようなエグい傷を受けてやってくる患者を流れ作業で治療して、合間にエナジーバーを
気付いた時には、救急室の中に見知らぬ中級天使が増えていた。
ローディア探索者ギルド銀行の頭取に、イクリプスからの応援が2名。
聞けば、Sランク魔獣の進行ルートがローディア寄りに変わったとのこと。
移動の余波を受けて逃げてきた魔獣だけでこれだけ四苦八苦しているというのに、本当に大丈夫なのだろうか。
5日目の夕方、ジャイアントの探索者の開腹手術中に小さな地揺れが起こった。
気にせず治療を進めたが、それから1時間後にSランク魔獣討伐の報が入る。
精鋭のAランク探索者でレイドを組んで、ローディアから4キロ東の地点で万里の長城を乗り越えたSランク魔獣を迎え撃ったそうだ。
きっと、アンバー達も大活躍だったに違いない。
これでスタンピードも収束かと安心したものの、まだまだ魔獣の襲撃は続いた。
畜生め、俺は限界を越えるぞぉー!
7日目にして、ようやくスタンピードの終息宣言が成された。
ラウズ樹海の目前にある城門が堅く閉ざされて、戦闘領域に残った魔獣も全て討伐された。
白衣を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた俺は、探索者服に着替えて仮眠室の外に出た。
応援にやってきた中級天使みたいに仮眠室で死んだように眠ったりはしない。
今はただ、無性にアンバーの顔が見たかった。
「もう帰るのか、ハルト・ミズノ」
背後から聞こえたハスキーな声に振り返ると、マリエルが丸椅子に腰掛けて俺を見つめていた。
その口元には、細い白煙を上げるパイプが
天使は害のあるタバコなんて吸わないから、きっと健康にいいおハーブか何かだ。
「はい。妻が待っていますので」
「なんだ、その……今まで見てきた連中と比べても貴様の腕は悪くなかった。評価に加点しておいてやる」
「どれだけポイントを貰っても、今の俺には意味がないですけどね」
「何か勘違いをしているな? 貴様のギルドカードにこの私の印が残るんだ。これからはどこの病院に行こうが、相応の扱いを受けられるだろう」
「もしかして、ユニエルに対抗してます?」
俺は既に最上級天使ユニエルの印を持っている。
そうでもなければ、この街の医療の最高責任者がぽっと出のヒューマン1人に後を任せて仮眠を取ったりはしなかっただろう。
印は探索者ギルド内部でしか通用しない職員向けの評価項目みたいなものだ。
上級天使の印を持つ下級天使は、希望の職場に優先的に配属されたりするらしい。
「……あの女と私は同期なのさ」
マリエルは天井を見上げると、ふぅーと白い煙を吐いた。
「どうも反りが合わなくてな。どちらが先に出世するかなんて張り合って、よく喧嘩をしたものだ」
性格的に、マリエルの方からユニエルに突っかかったんじゃないかと思う。
「あの女」ってフレーズからして、ユニエルの男人格の存在も知らないようだ。
「あの女が聖都を滅ぼして罪人になったと聞いた時、私はどうしようもない怒りを覚えた。あの女が次元の
ここで俺がユニエルとおせっせしたって言ったらどうなるんだろう。
絶対ロクなことにならないよな。
「そ、そうですか……それじゃあ俺はこの辺で……」
「待て、話は――」
三十六計逃げるに
俺はくるりとマリエルに背を向けると、救急室から一目散に逃げ出したのだった。
城壁内の通路を通って都市部に戻った俺は、バイクに乗ってローディア
アンバー達がどこのホテルに泊まっているのかは分からないが、少なくともアイリスの居場所だけは掴めるだろう。
そう考えてやってきてみたが、なんだちゃんといるじゃないか。
探索者ギルドの隣に建つ堅牢な建物の庭先にあるテーブルセットで、アンバー達はのんびりとお茶会をしていた。
「おかえり、ハルトくん。聞いたよー、お仕事大変だったみたいだね」
「もうちょっとしたら呼びに行こうと思っていたところだったのにゃ。手間が省けてラッキーにゃ」
「おお、ハルト……何じゃその腕は」
俺は両腕を広げて、無言で待機していた。
くいっくいっとジェスチャーすると、意図に気付いたアンバーは椅子から降りてとことこ駆け寄ってきた。
ぴょんと飛び上がって首に腕を回すように抱き着いてきたアンバーを、俺は両腕でぎゅっと抱き締める。
彼女のうなじに顔をうずめて、すぅーっと匂いを吸い込んだ。
「アンバー……無事でよかった」
ほっぺたにキスの嵐を浴びせると、アンバーは恥ずかしそうに身をよじらせた。
「お主に話したいことが沢山あるのじゃ。聞いてくれるかのう?」
「うん。一つ一つ、じっくり聞かせて欲しいな」
アンバーを下に降ろした俺は、手を繋いでアイリス達のところに向かった。
アイリスにちょっとだけスク水おっぱいでぱふぱふして貰って、それから椅子に腰掛ける。
「わしらはA地区の前線基地まで行ったのじゃが、そこで昔の知り合いと偶然出会ってのう――」
アンバーが狩人時代に世話になったAランク探索者のジャイアント、グランツ。
彼は大昔にSランク魔獣との戦いで利き腕を無くして半引退状態だったが、再生医療で復活して第一線に復帰したのだという。
グランツとそのパーティーメンバーから色々とスタンピードについてのレクチャーを受けたアンバー達は、俺が初日の深夜に見たみたいに魔獣狩りに勤しんだ。
5日目には
体高200mを越えるバカでかい地竜と長時間の戦闘を繰り広げ、多数の負傷者を出しながらどうにか撃破した。
あの小さな揺れはブレス攻撃で万里の長城に大穴が開けられた時に起きたようだ。
写真を何枚か見せて貰ったが、よくもまあ死者を出さずに倒せたものだと感心するくらいには恐ろしい見た目をしていた。
これが縄張り争いに負けて逃げ出すって、ラウズ樹海にいる他のネームドモンスターはどれだけ強いんだ。
死を具現化したかのような姿をした異形竜マグダラといい、まだまだこの世界には人類を脅かす天敵が存在しているようである。
「それで、ハルトくんの方はどうだったの?」
「どうって言っても、運び込まれた患者を治療していただけだし。まぁ、3日目からは地獄だったな……」
「むーん、何か面白い話とか無いのかにゃ?」
「そういえば、さっき少しマリエルと話したんだが――」
俺はマリエルとユニエルが同期だったという話をした。
そして彼女がユニエルに対して激重感情を持っているということも……。
「院長室には天使の写真がベタベタ貼られているって噂をちらっと耳にしたけど、もしかしてそれのことかな?」
「マ、マジか……」
「聞いただけでやべー女にゃ」
「ふむ、これは今すぐにでもこの街を出た方が良さそうじゃな。ハルトの審問記録を読まれでもしたらコトじゃぞ」
それから1時間後、俺達の乗ったハムカーは前線都市ローディアを旅立った。
既に日は傾きかけているが、背に腹は代えられない。
青白い月に照らされた夜道を走って目指すは東、ひたすらに東の方角である。