マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第279話 新居にお引越し(前編)

 探索者ギルドの外でアイリスと別れた俺達は、久々に公共バスに乗って鬼の隠れ家へと向かうことにした。

 バイクに乗らないことには特に理由はない。

 

 座席が空いているというのに横着してバスの上に乗っかったミュールを尻目に、俺はアンバーと一緒に窓際の席に落ち着いた。

 真ん中の昇降口が閉まり、バスはポリー川沿いの大通りを南へと走り出した。

 

 バス停をいくつか経由し、10分ほどが経っただろうか。

 赤信号でバスが止まったタイミングで、アンバーはおもむろに窓の外をちょいちょいと指差した。

 

「ハルトよ、アレがハムカー御殿(ごてん)か?」

 

 住宅街の入口、大通りに面した広い敷地にハムカーっぽい形をした白岩石(はくがんせき)造りの白い豪邸がドカンと建っていた。

 大通りからもハムカーの可愛いハムケツ部分はばっちりと見えている。

 

「うん。流石はメイソン、イメージそっくりだ」

「まあ、お主がよいというならそれでよいか……」

 

 この奇抜なデザインには賛否両論あるだろう。

 旦那の趣味に付き合わせて申し訳ないが、彼女もいずれ慣れてくれると思いたい。

 青信号でバスが動き出すと、ハムケツはあっという間に後方に過ぎ去っていった。

 

 

 カーター交通の事務所の目と鼻の先にあるバス停でバスから降りると、上からミュールがシュバっと飛び降りてきた。

 

「今日は乗り過ごしたりはしなかったようじゃのう」

「ふふん、お魚さんがあちしを待っているのにゃ」

 

 俺達は横断歩道を渡って路地に入り、少し歩いて鬼の隠れ家の玄関扉を潜った。

 どうやら夜の仕込みはもう終わっていたらしく、店主のサワムラ氏はカウンター近くの椅子に腰掛けて新聞を読んでいた。

 

「親父さん、お久しぶりです」

「ただいまなのじゃ」

 

 親父さんは新聞から顔を上げると、優し気な笑みを浮かべた。

 

「おかえりさん。旅に出て4ヶ月くらいか、予定より早く帰ったんだな」

 

 半年ほどを計画していた旅程の短縮は、ネフライト王国のジェット輸送機で往路を大幅にショートカットできたのが大きかった。

 

「ええまあ、色々とありまして」

「モモも喜ぶだろう。今度、暇な時にでも旅の話を聞かせてやってくれ」

「うむ、そうさせて貰うつもりじゃ。それでのう……」

 

 アンバーは言葉を(にご)した。

 その理由に思い当たったのか、親父さんは苦笑いを浮かべた。

 

「知っているさ、お前達の住む家ができたんだろう」

「はい。明日には引越しをしようと思います」

 

 10年以上もの間行方知らずになっていた俺達の為に、親父さんはずっと宿の部屋を残してくれていた。

 いつ帰ってきてもいいように、埃一つない綺麗な状態のままで。

 

 いくら幼少期のモモちゃんがモンスターだったとしても、それが長年続けた宿をやめる理由になるはずがない。

 俺の心の中は、親父さんに対する申し訳なさと感謝の気持ちで一杯になっていた。

 

「そう悲しい顔をする必要はない。俺はこれまで数え切れほどの探索者を見送ってきた。お前さん達も、そのうちの一人になっただけさ」

 

 俺は目元に込み上げてきた思いを服の袖で拭うと、深く深く頭を下げた。

 

「長い間、くそお世話になりました……!」

 

 ドン!

 

「いや、別に永遠の別れになるわけでもなかろう」

「そうにゃ、あちしは最低でも週一で通うつもりにゃ」

 

 無駄に感傷的になっていた俺と違って、アンバー達はすこぶる冷静だった。

 そこはほら、もっとこうさぁ……。

 

「明日に備えて、荷物の整理もしなければならん。ほれ、酒場が開く前にひとっ風呂入りに行くぞ」

「あっ、待ってアンバー、持ち上げないでっ」

 

 アンバーは強引に俺を肩に担ぎあげると、とことこ階段へと歩き始めた。

 そこに頭の後ろで腕を組んだミュールが付いてくる。

 

 親父さんはそんな俺達の姿を見てちょっとだけ呆れたような顔をしたが、すぐに新聞の文字を追う作業に戻ってしまったのだった。

 

 

 翌朝、鬼の隠れ家亭の酒場でモモちゃん手作りのラストオブ朝食を頂いた俺達は、バイクに乗ってアクアマリン市の東にあるメイソン工務店へと向かった。

 

 アクアマリンの東部には古くからある職人街が広がっている。

 開発初期にフライスが呼び寄せた親戚のドワーフ達がこの辺りに居を構えたのがその始まりとされているが、時代が進んだ今は少し寂れた感じの雰囲気になっていた。

 

 近所にショッピングモールができた田舎の商店街みたいな。

 まぁ、住んでいる職人の腕はいいので観光客や富裕層、それに質のいい武器を求める探索者にはとても重宝されている。

 

 さて、俺達がやってきたのはそんな職人街の一角にある小さな工場だ。

 敷地のあちこちには白い石材が山積みにされており、石工職人の手で加工される時を待っていた。

 

 バイクから降りた俺達は工場の隣の小さな事務所に足を運んだ。

 事務所の中では数人のドワーフが少し低い机に向かって事務作業をしていた。

 

「あら、ハルトさん。お帰りになられたのですね」

 

 受付で刺繡(ししゅう)をしていた丸い顔の髭なしドワーフ、メイソンの妻のヴィオラが嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「思っていたよりも早く完成したみたいですが、何かあったのですか?」

「ええ、年明けにちょっと大きな仕事が入りまして。あの人は張り切って、抱えていた仕事を繰り上げてしまったのです。もちろん少しも手は抜いていませんから、安心してくださいね」

「そこは、信用していますよ」

 

 超一流の石工職人であるメイソンは自身が扱う石材の材質にすらこだわるので、今日も朝早くから一層の白岩(しらいわ)採石場で採掘を行っているのだろう。

 

「そうそう、家の引き渡しでしたね。鍵を取ってきますから、少々お待ちください」

 

 離席したヴィオラは事務所の奥に消えていった。

 待っている間に俺は、ポーチから取り出した土産菓子を邪魔になりそうにない場所に積み上げておくことにする。

 

「すんごいのう、これが全部メイソンのものか」

「あのハムマンの絵、本物の写真みたいにゃ」

 

 アンバーとミュールは事務所の壁に飾られている額縁入りの賞状の数々—―2220年ドワーフワールドコンテスト 石工職人の部 優勝—―や、可愛いハムマンの描かれた写実的な絵画を興味深そうに見ていた。

 

 しばらくして戻ってきたヴィオラは、俺が応接テーブルの上に積み上げた大量の土産菓子を見て目を丸くした。

 

「こんなにたくさん、よろしいのですか?」

「ちょっと買い過ぎちゃったので。食べ切れなかったら近所の人と分けてください」

「ありがとうございます、ハルトさん。……こちらが認証鍵になります、引き渡しの書類にサインを頂けますか?」

 

 暗号術式の書き込まれたプレート状の認証鍵を受け取った俺は、受付に置かれた書類にサインをした。

 代金は旅の前に用意してあるので、これで口座から確実に引き落とされるだろう。

 

「確かにお渡ししました。住宅のことで何かお困りになったことがありましたら、いつでもご連絡くださいね」

「ええ、そうさせて貰います。それでは……」

 

 ポーチに認証鍵を仕舞った俺はぺこりと頭を下げると、アンバー達を連れてメイソン工務店の事務所を後にしたのだった。

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