マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜 作:我島甲太郎
「PUIPUIハムカー」シリーズの脚本を手掛けるソルティ氏と「ミノリュー」のデザイナーであるシュガー氏の対立関係は仁義なき映画戦争と題してセンセーショナルに報道され、アクアマリン市民の話題をさらった。
何しろ「PUIPUI!ハムカーシネマ」の公開日に合わせるように「グンシシネマ」が世界中のグンシモール内でサービスを開始するというのだ。
ハムカーファンもミノリューファンも、どちらがより面白い作品なのかと期待に胸が膨らんでいた。
試写会から半月後の2月1日、5日に一度の休日にいざ映画の公開が始まると、どちらの映画館にも長蛇の列が作られた。
俺は仕事があったし余裕ができてからでいいかなと思ってスルーしたけど、野次馬根性で観に行ったミュールから話を聞いた分には、ミノリューの映画は試写会の時と違ってまともな音源に差し替えられていたようで一安心だった。
舞台系の劇場作品に詳しい有名批評家が書いた週刊誌のレビュー記事では、どちらも甲乙つけがたい挑戦作で大人でも楽しめるおススメの作品と紹介されていた。
ただしハムカーはアクアマジャイアントランドでしか観られないことを理由に減点、ミノリューはテナントを潰してまで世界中のグンシモール内に映画館を作る必要があったのか疑問であると酷評されている。
確かに、俺もそのことには少し違和感を感じていた。
時代の先駆けとはいえミノリュー一本で戦っていくには余りにも箱がデカすぎた。
まさか、何か別の映画を準備しているのだろうか。
その疑問が解消されたのはそれから1ヵ月後、3月の初めのことだった。
突然、グンシシネマで実写映画「ラブオデッサの休日」の放映が始まったのだ。
月光歴2000年代初頭の王都ラブオデッサを舞台に、お忍びで城の外に外出したノル王家の王女が禁断の恋を繰り広げるラブロマンス映画は瞬く間に世界中の人々を虜にした。
映画と言えば子供向けのもの、というイメージが広まったタイミングで大人向けの本格恋愛映画をぶつけるとは……流石は世界一の売り上げを誇る総合商社、商売が上手い。
「ラブオデッサの休日」の監督はティアラキングダム
映画製作そのものもノル王家が後援しており、テンカイ城での撮影に加えて主題歌を歌姫サクレアが担当するというこれ以上ないのではないかというくらいに豪華な仕様で、これには流石のソルティ氏も両手を上げて降参するしかなかった。
余りにも「ラブオデッサの休日」が人気過ぎて、ミノリューの映画を上映する枠がなくなってしまったくらいだ。
とはいえ「ミノリューTHEMOVIE」そのものはショッピングモール内のフリースペースで細々と無料放映されるようになったので、家計が厳しい家族連れにはとても有難がられているようだ。
こうしてソルティ氏とシュガー氏による仁義なき映画戦争は、超強力な第三勢力の出現でうやむやになってしまった。
それでも「PUIPUI!ハムカーシネマ」の客足が
ミノリューの映画と違って、アクアマジャイアントランドでしか観られないという希少性がここで活きるわけだ。
ハムカー社は夏休みシーズンに向けて新作映画の撮影に励んでいるし、「PUIPUIハムカー」の新しい絵本も鋭意製作中。
何はともあれ、ソルティ氏のモチベーションが復活したようで何よりである。
短い雨季が始まった4月の昼下がり、俺は自宅のリビングでふかふかのソファに腰掛け、臨月が近付きお腹の目立ってきたアンバーと肩を寄せ合いながら読書をしていた。
棚に置かれた音楽プレイヤーから流れてくるサクレアの歌声—―「ラブオデッサの休日」のサウンドトラック――がしとしとと降る雨音と重なって心地よい気分だ。
「ねえパパ。少し聞きたいことがあるんだけど、いい?」
向かいのソファで寝そべり、土属性スキルの鍛錬の為にハムマンフィギュアを作っていたアルテミスが尋ねてきた。
アクアマリン市民は雨季が始まると不要不急の外出を控える習慣があるので、彼女の通う高等学校—―アクアマリン学園もしばらくの間お休みだ。
「何か気になることでもあるのか?」
俺は読んでいた漫画――先週メリーベルから送られてきたハム学の同人誌—―を閉じて、アルテミスの表情を
ちょっと前から、彼女は家に住むようになった。
ハムカー
今のアルテミスは自分の部屋(マーメイド専用の水槽ベッドがある)で寝起きしているので、お泊りついでに夜の性活を邪魔されることもなくなった。
彼女は家事も積極的に手伝ってくれるし、パパはとっても助かっている。
「パパって、もうダンジョンには行かないの?」
「うーん……よほどのことがない限り、もう行くことはないかな。アンバーは別だと思うけど」
「そうなの?」
「わしは産休が明けたらちょくちょくマーブルゴーレム狩りに行くつもりじゃ。その時はお主も一緒に連れて行ってやろうぞ」
「やったー!」
必須級魔道スキルのプロテクションを覚えて狩り場に移動する間の自衛もできるようになったことだし、パワーレベリングを始めてもいい頃合いだろう。
成人後はどこかの上級探索者パーティーに即戦力として入るエリートコースだ。
「ところでアルテミス、どうして急にそんなことを聞いたんだ?」
「だってパパは魔力特化の
仕事と育児をほっぽり出して10年くらい四層に通えば、魔力量100万くらいは目指せると思う。
そうなればミスリルの生産量も増えて、稼ぎが倍以上に増えるに違いない。
だけど……。
「うっかりミスで事故死するリスクを取ってまで、必死に頑張る意味はないからな。それに……兄弟で魔力量が違うのは、ちょっと不公平な感じがするだろう?」
「確かにそうかも……」
姉妹格差に身に覚えがあるアルテミスは納得したような感じで頷き、ハムマンフィギュアを作る作業に戻った。
メリーベルに送るハム学の同人誌の感想文を書き終わり、暇になった俺が膨らんだアンバーのお腹を左手で
胎児の頃からこんなに元気だと、先が思いやられるな。
ただでさえ魔力量の高い男は悪い人間に狙われるリスクが高いのに、この子は高い確率で20万近くの魔力を持って生まれる運命にある。
自分で身を守れるようになるまで、大事に大事に育て上げなければならない。
「ハルトよ、この子の名前はもう決めておるか?」
「ああ、決めたよ。この子の名前はコハクにするつもりだ」
本当は生まれてから教えようと思っていたんだけどね。
出産予定日を目前にして、最後の大仕事が入ってしまった。
「コハク、か。よい名前じゃ。きっとお主に似て優秀な探索者になるじゃろう」
白魚のように細く小さな両手を俺の左手に重ねたアンバーの声色には、しっかりとした母性が宿っていた。