マイマイダンジョン〜転生して魔力極振りチート魔導士になった俺は現代知識で世界を救う〜   作:我島甲太郎

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第285話 ジョニー・ハンド

 5日間に渡って降り続いた雨が上がると、アクアマリンにも春がやってきた。

 レッドラインの外側では雨季に栽培されたイツカデーツの収穫が始まり、臨時に雇われたバイトが農家の人と一緒に忙しなく働いている。

 

 そんな彼らの姿を遠目に見ながら、俺とアイリスはタクシーに乗ってアクアマリン湖から北の荒野にそびえ立つデスマウンテンに向かっていた。

 

「すいませんね、何度もお願いしちゃって」

「……これが俺の仕事だ。気を遣う必要はない」

 

 街の近郊は魔獣の駆除が進んでいるからそうでもないのだが、チューブ荒野—―中でもデスマウンテンの近くは一般人が立ち入るには危険な場所だ。

 

 だからアイリスが日帰りでデススターの視察に行く際は、荒野の移動に慣れた優秀なタクシー運転手のカーター氏に送迎をお願いしていた。

 その流れで、今回は俺も送って貰えることになったわけだ。

 

「ハルトくん、緊張してない?」

 

 ボーっと窓の外を見ている俺を心配して声を掛けてきたアイリスの額には、金属製のサークレットが嵌っていた。

 

 当然だけど、俺やカーター氏もこの毒電波から身を守る天使のサークレットを身に着けている。

 

「していないかと言えば、嘘になる。何しろ、失敗の許されない一発勝負だ」

 

 俺はアンバーとの結婚式で少量の世界樹の雫を服用してミスリルのこん棒を作ったのだが、その時は短時間のうちにおよそ1tのミスリルを生成した。

 

 あれでも立っているのがやっとになるほどの負担があったというのに、今度の依頼人はそれを遥かに超える量を要求していやがるのだ。

 最後の最後まで俺の気力が持つか、不安で仕方がない。

 

「大丈夫、わたしがついているから」

 

 武者震いに震える俺の手を、アイリスは両手でぎゅっと握り込んで胸元に導いた。

 布越しに伝わる温かくも柔らかな感触に、俺の緊張がほぐれていく……。

 

「ありがとう、アイリス。少し元気が出てきたよ」

「えへへ、どういたしまして」

 

 イチャコラしていると、遠くに小さく見えていたデスマウンテンが少しずつ近付いてきた。

 

 褐色の岩肌に深くめり込む銀色のこんぺい糖――宇宙怪獣デススター。

 そこから1kmほどだろうか、距離を取るように建てられているピラミッド状の巨大建造物が見えてきた。

 

「あれがジョニー・ハンドか」

 

 太陽の光を反射して黒光りする三角錐のピラミッド、その外壁に刻まれた幾何学模様の刻印には翡翠色のエネルギーラインが駆け巡っていた。

 

「そうだよ。本物は凄いでしょー」

 

 レベル300を越え、神に届きうるほどの器用さを持っていた帰還者(リターナー)のジョニー。

 「ジョニー・ハンド」と名付けられたこのピラミッドは、彼に比肩する器用さを使用者に与える究極の魔道装置だ。

 

 ……と言ってもスキルの射程や効果範囲、効果時間が伸びるだけで神絵師になれたりするわけではないし、錬金術スキルの行使にブーストが掛かるわけでもない。

 

 じゃあ何の為に国家予算並みの金銭をつぎ込んでこんなものを作ったのか。

 それはいずれ、分かることだろう。

 

「あれさ、今後の使い道とか決まっているのか?」

 

 アイリスは俺からそっと目を()らした。

 どうやら、まだ何も決まっていないらしい……。

 

 

 タクシーは土煙を立てながらブレーキを踏み、ピラミッドの目の前で停車した。

 

「じゃあ、行ってきます」

「……健闘を祈る」

 

 車から降りると、タクシーはUターンしてアクアマリンに帰っていった。

 俺は去っていくタクシーに軽く手を振って、それからピラミッドの方に向き直る。

 

 建物の入口では天使のアザゼル、そして研究者風の装いをしたエルフが10人近くも待機していた。

 エルフ達はカメラや撮影機材を手に、ギラギラとした熱視線を俺に向けている。

 

「さて、皆さんお待ちかねみたいだ」

 

 挨拶もそこそこに、俺達はピラミッドの外階段を(のぼ)って屋上までやってきた。

 低い転落防止柵に囲われた屋上の中心には、3mほどの大きさの黒光りする四角い箱が存在していた。

 

「今、ロックを解除します」

 

 エルフ研究員の一人が箱にプレート状の鍵を触れさせると、シュインと音がして箱が開き、黒光りする美しい玉座が姿を現した。

 

「どうぞ、お座りください」

「分かりました」

 

 俺は玉座に向かって歩きながら虚空から取り出したハーフリングオーブを右手に握り込み、ハーフリング化した。

 器用さを上げる必要はないが、少しでも体力の底上げをしておきたい。

 

 背が縮んだことで少し大きくなった玉座に足をぶらんとさせるように腰掛けると、背もたれの背後から現れた拘束具が俺の手足を玉座に()い留めた。

 

「まずは試運転からか」

 

 手すりから魔力を通して念動スキルを行使すると、溢れんばかりの全能感が俺を満たした。

 意思を乗せた魔力が玉座から飛び立ち、前方のデススターへと伸びていく。

 

 1km……2㎞……3㎞……4㎞……そして「リング」の中に侵入し……。

 機械の触手をうねらせる一つ目の怪物と、視線が合った。

 

「っ……!」

 

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 俺は一体、何を考えていたんだ。

 こんなことをする為に、俺はここにやってきたわけではない。

 

「ハルトくん、大丈夫?」

 

 アイリスはハンカチを取り出し、俺の額に噴き出した汗を拭った。

 

「ああ、問題ない……。射程距離も十分、これなら行けるだろう」

「よろしい。それでは、我々に課されたミッションを始めようか」

 

 玉座の右隣に立つアザゼルが目配せをすると、エルフ研究員の一人が虚空から小箱を取り出した。

 開いて差し出された小箱の中には、美しい装飾の施されたポーション瓶が1本。

 

「ご存じかと思いますが、世界樹の雫の在庫には限りがございます。決して、無駄になさらないようお願い申し上げます」

 

 俺は小箱から取り上げたポーション瓶を大事に大事に両手で持った。

 玉座の拘束具はあくまでDCS装置の使用を中断させない為のものなので、上半身は多少の自由が利くのだ。

 

「アザゼルさん、準備をお願いします」

 

 アザゼルが右手を前方に差し向けると、遠く離れた空中に100mほどの大きさの薄っすらとした半透明の結界が展開された。

 その中は空気が全て抜かれ、錬金術スキルの行使に適した真空空間になっている。

 

「これでいいだろうか」

「ええ。それでは、始めます」

 

 俺はきゅぽんとポーション瓶の蓋を開け、ケミカルな翡翠色に輝く中の液体が空気に触れて揮発する前に一息に飲み込んだ。

 

 魔力味としか言い表せない液体が魂に染み入り、全身の細胞が活性化していく。

 噴き出した魔力によって髪の毛が逆立ちサイヤ人状態になった俺は、気合を入れてスキルの名を叫んだ。

 

「ニュークリアフュージョン!」

 

 真空中に生み出した莫大な量の液化水素を瞬時に昇華、昇華、昇華!

 

 目を閉じていても分かるほどの魔力光が(あふ)れる中、俺は完成したミスリルを真空の外に運び出してプールする。

 その間にも新たな液化水素を生み出し、昇華の連鎖を繰り返していく――。

 

 

 度重なるスキルの行使で積み重なった疲労に、頭がふわふわとしてきた。

 もうそろそろ、終わりでいいんじゃないか。

 そう思って近くに置かれた時計をチラっと見てみる。

 

 ……まだ30分も経っていない。

 これを、あと2時間半も続けるのか。

 心が折れそうになった俺は、たまらず最終手段に手を出すことにした。

 

「アイリス、頼む……!」

「はいっ!」

 

 ぱふぱふ……。

 

「ニュークリアフュージョン!」

 

 合間にアイリスニウムをチャージしながら更に昇華を続けること1時間。

 いよいよもってしんどくなってきた俺は、報酬の前借りをすることにした。

 

「アザゼル、頼む……!」

「仕方がないな……」

 

 ぱふぱふ……。

 

「ニュークリアフュージョン!」

 

 あぁ~、生き返るぅ~。

 未来永劫残る貴重な資料として写真や動画を撮影されていることも気にせず、俺はぱふぱふの味変を繰り返しながらミスリルの生成を続けていた。

 

 そんな時、ふと頭上に日影が差した。

 何だろうと思って見上げると、ピラミッドよりでかい一つ目の怪物の瞳が俺をじっと見下ろしていた。

 

「『(マザー)』……!」

 

 クラゲの触手のようにゆらゆらと揺れている無数の機械の触手のうちの一本が、しゅるしゅると俺の方に伸びてくる。

 

 アイリスとアザゼルは俺を守ろうと身構えたが、脳内に響いた友好を示す柔らかな思念波を受けて警戒を解いた。

 

『””%)#’$”$”』

 

 にゅるにゅる……。

 

「ニュークリアフュージョン!」

 

 『(マザー)』の触腕によるぱふぱふは、少し生温かった。

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