待ち人来たりて【完結】   作:焦げうさぎ

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お盆休み明けからレース前まで


目指すべきは

「トレーナーさーん! お久しぶりでーす!」

 

 砂浜に大きな声が響き渡る。その声に反応したトレーナーは後ろを振り向いた。

 

「フクキタル、元気そうだね」

 

 手を大きく振りながら自分の方へと走って向かってくるフクキタルの姿を見て、トレーナーは誰に言うでもなく呟いた。

 

「こんにちは! トレーナーさん!」

 

 トレーナーの前で砂埃をあげながらフクキタルは立ち止まり、元気よく挨拶をした。

 

「こんにちは、フクキタル。お盆休みはどうだった?」

 

 晴れ晴れとしたその顔にトレーナーはお盆休み前とは違った印象を抱いた。

 

「とてもいいお休みでした。いろいろあって、今まで悩んできたことが解決したんです。だから、今の私は運気急上昇中、どんなトレーニングだってこなしてみせますよ!」

 

 グッと両手を握り締め、フクキタルは高らかに宣言した。

 

「いい心意気だね。...そういえば、髪飾りを変えた?今までは緑色のクローバーだったのが黄色のクローバーになってるけど」

 

 そんなフクキタルを見たトレーナーは彼女の髪飾りが変わっていることに気づいた。

 

「はい。もともと緑色の髪飾りはお姉ちゃんの髪飾り、黄色の髪飾りは私の髪飾りだったんです。小さい頃にお姉ちゃんと交換してそのままだったんですけど、お盆休みに家に帰ったときに渡してもらって...これからはお姉ちゃんと一緒に走れるようにって交換したんです」

 

 フクキタルは髪飾りを触りながら照れるように微笑んだ。

 

(うん、お盆休み前と違って無理に笑ってる感じはない。このお盆休みで精神的にすごく成長したみたいだ。これなら、この夏合宿でこれまで以上にフクキタルは成長できる!)

 

 その微笑みにトレーナーがお盆休み前までフクキタルに抱いていた不安は吹き飛び、安心感を抱く。

 

「よし!今日から特別メニューでトレーニングだ!目指すは菊花賞。これまで走ったレースで一番距離があったのは東京優駿の2400メートル、菊花賞の3000メートルは未知の距離になる。レースを走り抜いて勝つためにもこの夏合宿はスタミナと末脚をしっかり鍛えていこう。お姉さんと一緒に、お姉さんにしっかりフクキタルの勝つ姿を見せられるようにね」

 

 フクキタルが実家に帰っている間に、彼女の長所を伸ばすにはどうすればいいのか、どうすれば彼女を勝利に導くことが出来るか、何度も考え直して組み立てたトレーニングメニューをトレーナーはフクキタルに手渡した。

 

「はい! 残り1カ月よろしくお願いします!」

 

 トレーナーから受け取ったそれを胸元で抱きしめ、フクキタルは何度も頷いた。

 

 

 

 それからフクキタルの猛特訓が始まった。菊花賞を走り切るだけのスタミナをつけるために海で長距離水泳、踏み込む力をしっかりつけるためのタイヤ引き、そして、走り込み。1日にこれを何度も繰り返す。ただし、フクキタルが怪我をしないようにトレーナーがその日その日でどこまでトレーニングをするかを見極める。

 そして週に一度、模擬レースでどれだけ実力をつけることが出来たのかを見る。

 

「今日もよろしくね、フクキタル」

 

 その模擬レースにはサイレンススズカが併走相手として付き合っていた。

 

「こちらこそよろしくお願いします!スズカさん!」

 

 フクキタルのトレーナーが彼女の併走相手にだれが良いか考えたところに候補として挙がったのがスズカだった。スズカはフクキタルと親しい仲であり、越えなければならない存在でもある。他にも何人か併走相手として候補はいたものの、スズカ以上に併走相手としてふさわしい者はいなかった。

 そうしてトレーナーはフクキタルと共にスズカに併走に付き合ってほしいと頼みに行き、それが快く了承されて今に至る。

 

「今日こそスズカさんに追いついてみせますよ!」

 

「楽しみにしてるわ。だけど、先頭の景色を簡単に譲る気はないわよ?」

 

 帰省前に比べて精神的にかなり成長したフクキタルは、この夏合宿の特訓で着実に力をつけ、夏合宿前に比べて格段に強くなっている。

 だが、

 

「今日もあと少しのところで追いつけませんでした...」

 

 それはサイレンススズカも同じである。この日の模擬レースもフクキタルは彼女にあと一歩のところで追いつくことが出来なかった。まるで、プリンシパルステークスの再現であるかのように。

 

「フクキタル」

 

 勝つことが出来なかったと落ち込むフクキタルへスズカが声をかけた。

 

「そんなに落ち込まないで。ゴールの直前、あなたがすぐ後ろにいるってわかって私とても焦ったの。夏合宿で力をつけているのは私だけじゃないんでって。フクキタルのおかげで私もっと頑張れそう」

 

 そう言ってスズカは手をフクキタルへと差し出した。

 

「...私もスズカさんとレースをして、まだまだ頑張らないといけないと気づけました。次は絶対に追いついてみせますから!」

 

 フクキタルはその手をしっかりと握り返し、宣言した。

 

 

 

 

「神戸新聞杯に出走しよう」

 

 8月の最終週、トレーナーはフクキタルに告げた。

 

「菊花賞のトライアルとしては京都新聞杯の方が優位性がある。それにこのレースは中距離レース、長距離の菊花賞とは走り方も違ってくる。だけど、この夏合宿でどれだけのスピードを出すことが出来るようになったのかを試すのにこのレース以上にふさわしいレースはないこのレースで勝ってから京都新聞杯に行こう」

 

 それに、とトレーナーは付け加える。

 

「サイレンススズカも神戸新聞杯に出走すると聞いたんだ。プリンシパルステークスでも夏合宿の模擬レースでも彼女には僅差で負けている。彼女を乗り越えてこそ君はもっと成長できる。そう私は思っている」

 

「ただ、本当に出走するかどうかはフクキタルに決めてほしい。神戸新聞杯に出走しないのも私は悪くないと思っている」

 

 どうする?とトレーナーはフクキタルに問いかける。

 

「...スズカさんは強いです。これまで一度も勝ててません。トレーナーさんの特別メニューで夏合宿前よりとても成長しても、スズカさんはそれ以上に成長してて。追いつけないと何度も思いました。...でも、トレーナーさんの言う通りです。ここでスズカさんとの勝負から逃げたら絶対に後悔することになると思うんです。だから、神戸新聞杯に出走します! 今度こそスズカさんに追いついてみせます!」

 

 その問いかけにフクキタル出走するとはっきり答えた。

 あと一歩、追いつけなかったあの近いようで遠い距離、今度こそ追いついてみせるのだとフクキタルは宣言した。

 

「うん、今のフクキタルならそう言うと思った」

 

 お盆休みの前と違い、活気にあふれるフクキタルにトレーナーは頷いた。

 

「神戸新聞杯まであと少し、本番でどう動くかの作戦も立てつつ、しっかりとトレーニングをしていこう!」

 

「はい、頑張ります!」

 

 神戸新聞杯という目標が定まった二人にもう迷うことは何もなかった。ただ、勝利を目指して進んでいく二人を夕日が照らしていた。

 

 




続きます
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