待ち人来たりて【完結】 作:焦げうさぎ
11月2日、色づいた芝を踏みながら18人のウマ娘がゲート付近に集まる。京都レース場、3000メートル。彼女たちはこの未経験の距離に挑まなくてはならない。
皐月賞は「最も速いウマ娘が勝つ」、ダービーは「最も運のいいウマ娘が勝つ」、菊花賞は「最も強いウマ娘が勝つ」と言われている。今日の勝負でクラシックで最も強いウマ娘が決まるのだ。
『サニーブライアン不在の菊の舞台で勝利を手にするのはどのウマ娘か、菊花賞が始まります』
二冠バのサニーブライアンはダービーの直後に足を骨折し、菊花賞への出走を断念した。観客は新たな三冠バの誕生が無くなったことを残念に思いながらも、最後の冠を誰が手にするのか楽しみにしている。
『一番人気、8枠16番キヌノセイギ。神戸新聞杯では8着に沈みましたが、京都大賞典で勝利しこの舞台に立ちました』
キヌノセイギ、ダービーではサニーブライアンにわずかに及ばずの2着だった。神戸新聞杯では振るわなかったものの、京都大賞典での走りから人気を集め、1番人気となっている。
『二番人気、7枠14番メジロブライト。名門メジロ家のメジロブライト、持ち前のスタミナと末脚でこの3000メートルの舞台で勝利を手にすることが出来るでしょうか?』
メジロブライト、これまでのレースではスタートでの出遅れやスパートをかけるタイミングが遅いこともあり、成績は振るっていないものの、その実力は確かなものである。
『三番人気、2枠4番マチカネフクキタル。神戸新聞杯、京都新聞杯を勝ち抜いてこの菊の舞台に立っています』
そして、マチカネフクキタル。二つのトライアルレースを勝ち抜き、本命の菊花賞へ挑む。トライアルレースよりも長い3000メートルを走り切れるかが不安材料となり、一、二番人気はキヌノセイギ、メジロブライトに譲っている。
「菊花賞、3000メートル。これまでよりもかなり長いレースになる。このレースに向けてスタミナをつけるトレーニングを何度もしてきたんだ。途中で息切れすることはないと思う。それに、長距離をどう走ればいいかの模擬レースも繰り返してきた。私たちでやれることは全部やったんだ。フクキタル、これからするべきことはこのレースを精一杯走るだけだよ」
ゲートの中、フクキタルはレース直前の控室でのトレーナーの言葉を思い出す。フクキタルにもこの距離のレースは初めてのものであり、不安である。だが、トレーナーと共にトレーニングはしっかりしたのだ。後はこのレースを走り切るだけ。
(見ててね、お姉ちゃん。このレース、絶対に勝ってみせるから!)
このレースに参加するにあたって、フクキタルは緑色と黄色の四つ葉のクローバーの髪飾りをつけてきた。姉と自分、二人でこのレースを走るという意味を込めて。
その髪飾りにフクキタルはそっと触れる。このレースを走る勇気が湧いてくるような気がした。
「みんながんばれよーーー!」
「×××××応援してるからねー!!!」
スタート地点は観客席から離れているのに一つ一つの声が集まり、まるで地響きのような振動となって聞こえてくる。
「フクキタルー! がんばれー!」
その声の中にフクキタルのトレーナーの声も混ざっていた。この大歓声の中、その声がフクキタルに届くことはない。だとしても、トレーナーは叫ばずにはいられなかった。
「大丈夫です、トレーナーさん。私、頑張りますから!」
その声が聞こえていなくとも、トレーナーの気持ちはフクキタルに伝わっている。
『18人全員のゲートインが完了しました』
『スタート!』
そして、レースが始まった。
『あっと、メジロブライトは少し出遅れた。例によって後ろからのスタートです』
メジロブライトはここでも出遅れてしまった。しかし、その遅れはこれまでのよりもレースへの支障が小さいものである。メジロブライトもこの勝負に向けてスタートの遅れを無くすトレーニングをしてきた。その成果は確実に出ている。
『さあ、注目の先頭争いはトウキュウアラシ、テイエムバレット。なんと! マチカネフクキタルが三番手にいます。これまでのレースでは後方にいたマチカネフクキタルが今日は前に来ています!」
好スタートを決めたフクキタルはその勢いのまま先頭集団につけている。フクキタルとしてはここまで前に出ることになると考えていなかったが、このレースはまだまだ長い。これからスタミナの消耗を抑えつつ、周りに流されずに自分のペースを作っていけばいい。
スタート直後の上り坂、ここでうまくペースを作れなければ貴重なスタミナを使ってしまうことになる。
『コーナーを抜け、直線へ。キヌノセイギにメジロブライトは後方に控えています』
直線に入り、フクキタルはペース調整のために内に寄る。その外側を通ってヤマトイーユー、キタノウェイが前に行くったことでフクキタルは先頭から五番目になる。レースは遅いペースで進んでおり、フクキタルを追い抜いた二人はそれに合わせず、少しペースを上げるようだ。
『さあ、これからグリーンベルトを通ってどのウマ娘も内へ内へと入っていきます』
直線の内側、芝の荒れていない場所を走るために全員が内へ寄り、そのまま一つの線のように固まりながら第一コーナーへと向かっていく。
『スローペースでレースが進んでいきます。色づいた芝の上を走る18人、二冠のサニーブライアン不在のこの舞台で栄光を手にするのは誰かっ!』
『ここで整理をしていきましょう。例によってレースはスローペースで進んでいます。キヌノセイギ、メジロブライトは後ろから。マチカネフクキタルは前に行って大歓声。さあ先頭はテイエムバレット。しかし、18人はほとんど差が開かずに進んでいきます』
第一コーナーを抜けて第二コーナーへ。テイエムバレットが後ろに差をつけて先頭に立っているもののそれに追いつこうとする者はいない。この3000メートルという未知の距離、ゴールまでまだまだ遠いここでわざわざスタミナを使う必要はない。
(まだまだスタミナに余裕はあります。それにレースのペースに合わせて自分のペースを作れています。でも、このレースはここからが本番。まだまだ油断はできないですね...)
第二コーナーを抜けて向こう正面へ、ここから第三コーナーにかけて二度目の坂が始まる。高低差4.3メートルの上り坂、ここでスタミナが切れればどんどん後退していくことになる。
「苦しい...」
「まだ頑張らないと...」
フクキタルはここまで十分スタミナが残っており、上り坂はきつくともペースを落とすことはない。だが、フクキタルの周りからはスタミナが切れてきたのか、苦し気な声が聞こえてくる。
「ここからが正念場だよ、フクキタル!」
「ここからが勝負どころですね、トレーナーさん!」
第三コーナー、坂の上まで登り切り、次は下りだ。既に2400メートルほど走り、ここからはこれまでに走ったことのない距離。どれだけスタミナを残せているか、どれだけ冷静な判断をすることが出来るかでこの勝負は決まる。
『さあ、京都の正念場の第三コーナー、第三コーナーの下りにかかりました。ここでキヌノライコウ、メジロブライト、ブライトとライコウが動いた。4番マチカネフクキタルは内の方でじーっとしている。まだ仕掛けないのでしょうか!』
「もう無理~!」
先頭を走っていたテイエムバレット、トウキュウアラシはこの未知の距離でスタミナが切れてしまったようで、どんどんスピードが落ちてくる。意地で何とか走っているものの、後続との距離はどんどん縮まっていく。
それによりフクキタルの前には壁ができてしまい、前に抜け出すことが出来ない。だが、最後の直線は404メートル。まだまだここからが勝負だ。
(メジロブライトさん、今日は仕掛けるのが速かったですね)
ちらりと後ろを見たフクキタルの目に映るのは外から追い上げてくるメジロブライトの姿。敗北のたびに仕掛けるのが遅いと言われてきたこれまでの走りとは対照的な、早めに仕掛ける積極的な走りだった。
『キヌノセイギはまだ後ろ! キヌノセイギはこれで届くのかどうか!』
第四コーナーを抜け最後の直線へ。ここまで2600メートル、これまで走った距離よりも長い距離を走ってなお、最後の404メートルが待っている。
「最後の直線、ここで仕掛けます!」
直線に差し掛かったところで一塊だった集団が横に広がった。それにより、フクキタルの前にあった壁は無くなり、ゴールまでの道筋が露になった。
あとはこの直線をゴールまで走り抜けるだけだ。
『さあ、外からはメジロブライト、メジロブライト先頭か!』
直線に入ったメジロブライトは外に出つつもその末脚で飛ばし、内のバ群を封じて先頭に立った。かのように見えた。
「私だってまだまだいけるんだからね!」
だが、ヤマトイーユーに外から併せるまではよかったが、まだスタミナの残っていたヤマトイーユーから逆に抵抗されてしまう。
「こんなところでは...!」
ここにきてメジロブライトの作戦が裏目に出た。末脚を武器とするメジロブライト。だが、これまでのレースで仕掛けが遅いと何度も言われ、このレースでは末脚を捨てて早めに仕掛けた。それによりスタミナの消耗は激しく、内を突き放すことが出来ない。
(応援してね、お姉ちゃん。ここからゴールまで全力で駆け抜けるから!)
メジロブライトがヤマトイーユーの抵抗にあっている中、内にいたフクキタルは前を見る。そこにあるのはゴールまでのまっすぐな道のり。
長い道のりだった。本当に長く、苦しい道のり。これまで走ったことのない距離を乗り越え、フクキタルはここにいる。
「いきますよ~~!!!」
地面をしっかりと蹴り、残ったスタミナをすべて使ってフクキタルは前へ進む。そのフクキタルのスピードは見るものに周りが遅くなってしまったかのような印象を与えるものだった。
『トウキュウアラシ粘っているが、苦しいか』
『ヤマトイーユー来ている、ヤマトイーユー来ている! ヤマトイーユー、マチカネフクキタルか!』
意地で走っているもののスタミナの切れたトウキュウアラシ、そしてメジロブライトとの競り合いに勝ったヤマトイーユーを抜かし、フクキタルが先頭に立つ。
「フクキタルーッ! いけーーーーーーッ!!!」
観客席の盛り上がりが最高潮になる。その声援がフクキタルの力となった。
残り100メートル、誰よりも鋭い末脚で前に出たフクキタルに追いつける者はもういない。
『4番マチカネフクキタル! またまたフクキタルだッ!』
そして、一団がゴールを駆け抜けた。
『福が来た! 神戸、そして京都に次いで菊の舞台でもフクが来たーッ!!!」
提示板の一番上に表示される4番、フクキタルの勝利だ。
「やりました~~!!!」
ゴールを駆け抜けたその先でフクキタルは両手を掲げる。最も強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞、初のG1勝利をこのレースで取ったのだ。
「フクキタル、おめでとう!」
「いいぞー! フクキタルー!」
そうして、観客席から届く祝いの言葉に耳を傾けていた時、ほんの少しだけ風が吹いた。
「あ...」
その風はまるで撫でるかのようにフクキタルの傍を通りすぎていった。
あと一話、短い話があって終わりです