The NEXT for Force Detonator   作:みそしる

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"W-B-X ~W-Boiled Extreme~"は二人用の歌なんですよね


W Goes Next Stage

 

 

 

「失敗、したのか……」

 

 黒く染まり、正気を失ったライザーを見て、白衣の男は項垂れた。

 期待していたライザーが届かなかった。

 今回は爆弾は仕込んでいない。

 この距離で決闘上位ランカーが暴れたなら、非戦闘型の自分は死ぬだろう。

 終わりだ。ただ迷惑だけを撒き散らしたままここで終わる。

 かつての"世界造"のように。汚点としてしか語られないマスターの一人になる。

 絶望する白衣の男に目を向けることもなく、ウェーブはライザーを見据え構えた。

 

「……()()()

 

 白衣の男が奇妙なものを見る目でウェーブを見上げる。

 

「……まだ?もう終わりだろう」

 

 【ヘルモーズ】(強化鎧)は黒く染まった。

 ライザーは正気を失っており、数秒後には暴れ始めるだろう。

 それは白衣の男もウェーブも共通して持っている認識である。

 白衣の男はそこに絶望を見て、ウェーブは違うものを見た。

 

「いいや、ライザーはまだ戦っている。―――まだ終わってない!」

 

 マスクの隙間から覗いている瞳。血走った目。揺らぎ続ける焦点。

 暴走者と全く同じ特徴を見せる目に、ごく僅かに光が残っていると。

 

 立ち続ける者にしか見えないものがある。

 位置関係として物理的に。或いは―――精神的にも。

 

「なら、俺も全霊で抗わねえとな!」

 

 バイクのハンドル部分を取り外し、自分の腰に添える。

 するとウェーブの意思に呼応して、ベルトが出現し腰に巻かれた。

 

「やるぞ【ヤーラ】!」

 

()()

 

 ウェーブは自身のエンブリオに呼びかけた。

 返事が返ってくる。当然だ。

 彼のエンブリオ、【輪姫応片 ヤーラ】のTYPEは()()()()w()i()t()h()()()()()()()()なのだから。

 

 ウェーブのエンブリオはメモリとバイクからなり、バイクのスロットにメモリを装填することで力を発揮する。

 ではハンドル部分を外し、そこにメモリを装填するとどうなるか?

 

 ウェーブはライザーを見やる。

 強い男だ。ずっと誰かを助けるために戦ってきた男だ。英雄に憧れ、英雄を体現せんと戦う同胞だ。

 カッコ悪い姿は見せられない。

 そんな覚悟を決めて、見得を切る。

 

「《変身(HENSHIN)ッ》!」

 

『【変形(Metamorphose)】』

 

 バイクが変わる。

 分離と変形を同時に行い、ウェーブを覆い尽くしていく。

 

 始まりは脚だ。人はどんな困難な道でも歩いて進む生き物だから。

 脚力を強める機構を組み込んだ頑強なる装甲。

 次に拳から腕までが覆われる。

 人を護り、悪を砕くための力強き腕に。

 胴が覆われ、最後に頭部が包まれた。

 メカニカル(機械的)メタリック(金属質)な全身装甲は、しかし冷たさを感じさせない。

 ウェーブの熱き心を伝えるように、どこか熱を帯びていた。

 

仮面ライダー(マスクド・ライダー)W(WAVE)……なんてな。冗談だ。

 俺は"武装探偵"ウェーブ。二人で一人の探偵として、この戦いに臨ませてもらう!」

 

 過去を塗りつぶされ暴走するマスクド・ライザーが飛翔する。

 心の中、一人で戦うライザーに、一人じゃないと伝えるために。

 "武装探偵(マスクド・ディテクティブ)"ウェーブは"仮面騎兵(マスクド・ライダー)"ライザーを迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライザー!」

 

 声が聞こえる気がする。誰の声だろうか?

 

(ウェーブの声だ)

 

 ウェーブとは誰だろうか。思い出せるようで思い出せない。

 膨大な負の記憶が蓋をしているようで。

 ただうっすらと、ハーフボイルドな探偵の姿が見える。

 

「戻ってこい!あんたはそんな記憶に負けて終わる男じゃないだろ!」

 

(会ってから一日も経っていないだろうに。信頼してくれるものだ)

 

 そうだろうか?数年が経った気もしてくる。

 時間感覚があやふやだ。記憶の前後がごちゃまぜで並んでいるような。

 再起する負の記憶に飲まれ、かけられた声もすぐに記憶の深層に埋まっていく。

 

(俺は……何かをしていたような)

 

 何かを求められていたような気がする。

 何かに立ち向かおうとしていた気がする。

 誰かに応援されていた気がする。

 

『気のせいだろう。俺は誰からの期待も裏切ってきた』

 

 そうだ、全てを裏切ってしまった。

 親の期待に応えられなかった。友の期待に答えられなかった。

 このゲームを始めてからも、随分多くの期待を裏切ってしまった。

 クランオーナーのフォルテスラ。装備を作ってくれたゾラさん達。

 クランの仲間も、決闘ランカーの仲間も。

 

『仲間と言えるほどだったか?』

 

 そう言われてみるとそうかもしれない。

 それでも悲しかった。申し訳なかった。悔しかった。絶望した。

 グローリアに負け、全てを失った時も。

 決闘ランキングの上位からずるずると落ちた時も。

 

―――『もう俺は戦えない』

 

 すまない、フォルテスラ団長。俺が止めていればよかった。

 全財産をはたいてもクレーミルの住民を全員逃せばよかった。

 月世の会との交渉だって、国に任せていないで自分で頼めばよかったのだ。

 まして、フィガロの参戦を断るなど。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 驕っていたのだ。

 たいした実績もないのに。

 神話級に勝ったこともないのに。

 きっと勝てると、なんとかなると思ってしまった。

 勝てなかった場合のことを、もっと真剣に考えていたら。

 

 依存していたのだ。

 あの居場所を、<バビロニア戦闘団>を空気を壊したくなかった。

 勝つと決めた団長達に水を差したくなかった。

 その結果、団長は愛する妻を失ってしまった。

 本当に団長達のことを思うなら止めるべきだったのに。

 俺のくだらない自己保身のために。団長は。クランは。

 

 

―――『君もダメだったか』

 

 すまない、トム。君の期待にも応えられなかった。

 結局、トムの期待に応えられたのはフィガロだけ。

 いや、厳密にはフィガロも応えられていなかったのか。

 

 <超級>になりたかったのは、強くなりたいからでも特別になりたいからでもあったけれど。

 一番はそれを求めるトムに応えてやりたかったからだった気もする。

 それでも、ダメだった。

 トムの努力と苦労を役立ててやることができなかった。

 

 

 俺は何も成し遂げられなかった。

 守ったものを失い、僅かに受けた期待を失い、何も残っていない。

 倦怠感の中、闇の中に沈みそうになって。

 

 

「起きろ!ライザー!」

 

 

 聞こえる声が、己の意識を繋ぎ止める。

 

「アンタは悪くない……とは言わねえ。俺がそう言っても自分を責めるタイプだろ」

 

 なぜだろうか。この男の声を聞くと何かを思い出しそうになる。

 自分が持っていた/いないはずの"熱"を胸の奥に感じる。

 

「それでも、アンタは本気だっただけだ!

 負けることを考えることで本当に負けてしまうこともある!

 あんたは仲間と一緒に本気で勝とうとしていた!それだけだろ!」

 

 そうだっただろうか。

 ぐちゃぐちゃになった記憶からはその真相がわからない。

 

『そんなに綺麗な記憶があったか?』

 

(勝とうとしていた。そんな気もする)

 

「アンタはずっと本気で努力していた!

 強くなろうとしていた!だからこんなとこにも来たんだろ!

 それがたとえ叶っていないとしても、まだ諦めたわけじゃないんだろ!」

 

 そうだっただろうか。

 ここがどこかわからない。わからなくなってしまった。

 でも、目の前の男が言うならそうなのかもしれない。信頼に足る男だ。

 

『信じる理由があったか?』

 

(―――魂にある)

 

 

 意識の輪郭がはっきりしてくる。

 靄の向こうから、ずっと声が呼びかけていた。

 

「失ったものを数えるのはいい!だが拾ったものもちゃんと数えろ!

 ずっとそうしてきたんだろ!?」

 

 声の熱に照らされるように、埋もれていた記憶が掘り起こされる。

 

―――『いつか壊れるからこそ、大切なものもある』

 

 誰の言葉だっただろうか。

 その言葉は妙に今の自分に響いた。

 大切なものが壊れてもいいのだろうか。

 

『いいわけがない!』

 

(そうだ、いいわけがない。それでも。

 失われたことを理由に、得たことを忘れる必要はない)

 

 何かを得たことはあったはずだ。失われた悲嘆が胸にあるのだから。

 だとすれば得た喜びもあったのだろうか。

 いや、あったはずだ。

 

―――『君がマスクド・ライザーか。俺はフォルテスラだ。よろしく頼む』

 

 誰かとの出会いの記憶が。

 

―――『変な依頼出しやがるな坊主。だがいいぜ、やってやる』

―――『ありがとうございます、不思議な仮面の人!』

 

 誰かに助けられ、誰かを助けた記憶が。

 

―――『お前、いいセンスしてるな!よく似合ってるぞ、その()()()()()()()!』

 

 友となる誰かに理解してもらった記憶が。

 

 まだ全ては思い出せない。だが自分にもあったのだ。良い記憶が!

 

 

(そうだ、俺はヒーローに憧れていた)

 

 ヒーローに憧れる記憶があった。

 だからこのエンブリオになったんだ。

 

 朧げに、かつてヒーローの姿を見た記憶が蘇る。

 原点の記憶が、薄らいだ今でも力をくれる。

 

『だが、その力は憧れのヒーローにはほど遠かった!

 得たものも失った!自分を認めてくれた人も消えていった!そうだろう!!』

 

 そうだ。俺は弱い。それでも。

 声が聞こえるんだ。懸命に呼びかけてくれる、誰かの声が。

 

「俺も、きっとアックスとチェルシーも!

 アンタを信じてるんだ!

 託せる男で、賭けられる仲間で、頼れる戦士(ヒーロー)だってな!」

 

(どうやらまだ、何もかもを失ったわけではないらしい)

 

『すぐに失う!』

 

 目を閉じる。

 眠りにつくのではない。それは瞑想に近い。

 この曖昧な夢の中で自我を掴み、自他を分けるための精神統一。

 

 そして。

 

(そんなに自分を責めるな、()()()()()()()

 

『―――!』

 

 

 

 

 

 ライザーが目を開ける。

 【気絶】した時に送られる場所に似た、白い空間が広がっていた。

 

 目の前には()()がいた。

 

『なぜ、わかった?』

 

 黒に染まりながらもヒーロースーツ然とした全身鎧。横にはバイクが停まっている。

 【嵐鎧騎装 ヘルモーズ】。

 この世界でずっと彼と共に戦っていた、最大の友。

 

「わかるさ。俺とお前の仲だろう」

 

 ガードナーでなければメイデンでもない。

 故に喋ることも自律行動することもなく、だがエンブリオである以上、意思と呼べない程度に意思があった。

 自分の呼びかけに応えてくれたと思ったこともある。

 だからだろうか。根拠も理由も何もないのに、不思議と誰だかわかった。

 

『俺達は弱い。いや、()が弱いんだ。

 お前の意思は誰にも負けてないのに、俺が弱いせいでお前を苦しめている』

 

 『お前は弱くない』『使い方次第だ』『超級進化すれば』。

 なんて意味のない慰めをライザーは言わなかった。

 自分だって、そんなことを言われても嬉しくはない。

 

「いいや、それは"俺達"の弱さだ。だからお前が一人で背負うことはない」

 

『そんなことはない!お前は強いんだ!

 この一日でも見ただろ、俺より強いエンブリオなんてごまんといた!

 俺が弱いんだよ!お前が勝てないのは全部俺のせいだ!』

 

「それを言うなら俺より優秀なマスターだっていくらでもいただろう。

 "投槍"だったか。やつはその極みだな。エンブリオの強さなんて関係なく馬鹿みたいに強い。信じられないやつだ」

 

『……ッ』

 

 ライザーはこともあろうに笑みさえ浮かばせながら事実を語る。

 ずっとそうだった。彼らより優れたマスターとエンブリオは山ほどいた。

 そしてライザーがそれを立ち止まる理由にしたことは一度もない。

 

『それでも、もっといい力があったはずなんだ!

 俺がこんなふうになることを選ばなければ、お前だってきっと』

 

「俺は好きだぞ、【ヘルモーズ(おまえ)】のこと」

 

『なっ』

 

「そうだな、まずデザインがいい。無骨でありながら優しさが感じられる。

 俺はデザインのセンスがないからな。

 お前みたいなかっこいいバイクとスーツが生まれたのは、きっとお前がうまく作ってくれたからだ」

 

『そ、そんなこと……どうでもいいだろ!』

 

「そんなことないさ。デザインってのは大事だ。

 人を助ける戦士なんだからな。人を怯えさせるようじゃ困るだろう」

 

 まだ消えていないはずの大量の負の記憶を抱えながら。

 にこやかに友を相手にするように話しかけるライザーとその言葉に、ヘルモーズは何も言えなくなってしまう。

 

「風を起こす推進能力もいい。風が力になるのは原点回帰だよな。

 ウェーブの好きそうなライダーも風を使うんだったか。

 嵐を呼ぶ男、なんて呼ばれたこともあった。ケイデンス(【嵐王】)には負けるが、俺達の起こす風だって悪くはない」

 

『弱い風に何の価値がある!』

 

「強すぎてなにかを傷つけてしまうこともある。範囲が広ければいいというものでもないさ」

 

 かつて、ライザーは【蟲将軍】と戦ったことがあった。

 ダメージを与えても街に配置した配下たちに転写し、自爆させ街を傷つけようとする相手を、ライザーは空に運び転写効果の範囲外に追い出すことで対応した。

 あの時ライザーの初速が早すぎていたら。起こす風が強すぎていたら。

 おそらく余計なダメージが入り、余計な被害が生まれていた。

 

 その時のことも朧げなままに、ライザーは真実を語っていく。

 

「力は強いほどいい。それも真理だ。俺だって強くなりたい。

 だが弱くても守れたものも、弱かったからこそ守れたものもあった。

 絶対の真理なんてない。正解だけを選べる奴なんていない。

 完璧なものなどいない(Nobody's Perfect)、だったか。

 大事なのはきっと、その場その場で確かに全力を尽くせたかだと、俺は思う」

 

 ずっとふたりは本気で戦ってきた。

 これからもずっと本気で戦い続けたいのだと、ライザーは訴える。

 

「また、共に戦おう、【ヘルモーズ】」

 

 差し出したライザーの右手を、ヘルモーズは一瞬掴もうとして。

 震える手で振り払った。

 

「【ヘルモーズ】」

 

『だめだ。俺は、(ヘルモーズ)を抑えられない。

 感じるんだ。怒りを。嘆きを。嫉妬を。後悔を。

 その全てが俺を!突き動かすんだよォ!!』

 

 ヘルモーズの全身は黒く染まり、輪郭を明滅させている。

 思考が安定していないのが外見にまで表れていた。

 感情に呑まれた暴走。『デトネイター』の悪影響だ。

 意志が生まれたてのエンブリオでは、この感情は制御できない。

 

 ライザーはこれを調伏しなければならない。

 

 どうしようか、少し考えて。

 

「勝った方が正義だ。それでいいな?」

 

 構えた。

 

『な、にを……!』

 

 今のライザーは生身だ。彼の力である【ヘルモーズ】は敵に回っている。

 全身鎧はなく、バイクもなく、上級エンブリオに勝てるわけがない。

 だからこそ。

 

「俺とお前は対等だ。俺が意思でお前が力だ。

 もし、お前の言うように俺が真に強いなら。

 そして、俺が力の差を超えられる魂を持っているなら。

 俺が勝ち、お前も衝動に打ち勝てるはずだ。

 お前は、この俺のエンブリオなのだから!」

 

『ライザー……!』

 

 正負の感情が混ざった瞳でヘルモーズはライザーを睨みつける。

 合理的でも論理的でもない発言にヘルモーズの心が揺れた。

 正道を往き、見るものの心を揺らすことができる。

 彼のマスターがそんな男だと、誰よりも彼が知っている。

 

「いくぞ、ヘルモーズ。覚悟しろ」

 

 ライザーは知っている。勝った方が正義になることはない。

 負けた奴が納得せずに暴れることもごまんとある。

 だが、今のヘルモーズなら。

 

『う……く……こい!ライザー!』

 

 迷い、惑い、その末にヘルモーズは戦いを受けることを選んだ。

 そうこなくてはと、ライザーは跳躍する。

 彼の代名詞、《ライザー・キック》と名付けられた飛び蹴りの型。

 

『そんな、真似事で!』

 

 【ヘルモーズ】は強固だ。上級職による飛び蹴り一つでは揺るぎもしないだろう。

 受けようとする。その隙を突くと決めた。

 

(力を貸してくれ―――)

 

 過去に手を伸ばす。

 この世界は実世界ではない。ライザーとヘルモーズが組み上げた夢だ。

 だとすれば、きっと届く。彼の記憶の底に眠る力に。

 

「―――ゾラさん!【ヴァルカン・エア】!」

 

 ライザーの全身を暴風が包み、英雄らしい姿の鎧(ヒーロースーツ)が覆った。

 かつて守りたいものを守って失われた力。

 その姿が蘇ることこそが、"何が失われていないのか"を現している。

 

『そんな、あり得ない!まだ記憶も朧げなはず!なぜその名を呼べる!その姿を思い出せる!?』

 

「刻まれてるんだよ、()に!」

 

 実物が失われたとしても、記憶が失われたとしても、残るものがある。

 そこに一つ、この奇跡の理由を加えるならば。

 

「今、この場にはお前がいるんだ!これくらいの奇跡、安いものだろう!」

 

『…………あ』

 

 ヘルモーズの記憶と外見は闇に汚染されている。

 だが、それでもやはり、その造形はどこまでもヒーロースーツなのだ。

 

 かつてライザーが見た英雄にどこか似た姿が。

 かつてライザーが作ってもらったスーツによく似た姿が。

 ずっとライザーとともにあったスーツの意匠をよく残した姿が。

 見れば見るほどライザーの記憶を刺激し、本来の彼らしいありようを蘇らせる。

 

 それはまるで、ヘルモーズと共にあるライザーが一番強いことを証明しているようで。

 

 ヘルモーズの眼孔から涙が流れる。

 それは溜まった水滴でもなければ雨でもない。

 夢の世界であるために、ヘルモーズは涙を流すことができた。

 

「《ライザ―――フルブーストキック》ッ!!」

 

『ありがとう、ライザー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まった……か」

 

 満身創痍のウェーブが呟いた。

 その背を見て、白衣の男は人知れず感心した。

 ライザーの最高速度は決闘ランカーの中でも片手の指に入る。

 強度の高い装甲が必殺スキルやそれに準ずる火力には砕かれるため、同等以下の速度の相手にも火力差で負けることは多々あったが、それはつまり火力で一気呵成に押し切る以外の勝利が困難ということ。

 ライザー自身の攻撃力も、特に必殺キックは近接型としてかなり高い。

 

(それを相手に、私もライザー自身も守りながら戦い続けるとは)

 

 白衣の男は非戦闘型。その彼にさえ短くない時間。

 ならば戦闘型、AGIにより思考を加速させているウェーブにとって、更に長い時間だったはずだ。

 その時間を戦い続ける。執念さえ感じられる戦いぶりだった。

 

 身を挺しての遅滞戦闘。

 圧倒的な速度も技巧も防御力もなく、火力さえライザーを過剰に傷つけぬよう縛って戦い抜く、その根性。

 痛覚を消しているわけではない。胴体をぶち抜かれたこともあった。

 それでも回復し続け動きを抑え続けたのは精神力の賜物としか言いようがない。

 

(……ふむ)

 

「動きが止まった、か。"仮面騎兵"の意識が回復したと見ていいのか?」

 

「俺に聞くなよ開発者。まだあくまで止まっただけだからな。

 この暴走がエンブリオの衝動によるものとすれば、"エンブリオとマスターの意識がより深くに沈んでいる"って見た方がそれらしくはある」

 

「ほう。"エンブリオとの対話の開始"とすれば、或いは段階(フェイズ)を一つ進んだか。

 まだだと言われた時には狂ったかと思ったが、或いはここから復帰する可能性もなくはないか」

 

「どうにも他人事だな。らしくねえ」

 

 ウェーブは訝しむ。

 あれだけ執念をもって『デトネイター』を完成させようとしていた者の姿とは思えない。

 歓喜。疑惑。狂騒。期待。絶望。どの感情も、今の男から読み取れなくなっていた。

 

「『デトネイター』は私の管理の下にあった。機能を十分に発揮しなかろうとな。

 そして私の考える限り―――暴走前ならまだともかく―――暴走後に呼びかけだけで引き戻すことも、呼びかけだけで引き戻ることも、あり得ない」

 

「だからライザーは戻ってこないって?」

 

「逆だ。それなりに戻ってきそうな様子を見せている。その理由がわからない。

 もはや『デトネイター』は私の手から離れている。

 故に興味が失せた。そんなところかな」

 

「徹頭徹尾ナメたこと言ってんなお前……」

 

 それらしい理由をペラペラと話す白衣の男に、ウェーブはどこか違和感を覚えた。

 それを顔に出さず、さりげなく懐に伸びた手で何かをしようとする。

 白衣の男の口角がわずかに上がる。

 その直前に、破砕音がした。下階からだ。

 思わずチッと舌打ちが重なる。

 

「……お前か?」

 

「仲間はいない。君の仲間でないなら二択だな」

 

「二択?」

 

「無関係な争いを引き連れてきた傍迷惑な者か、我々に関係する争いを引き連れてきた誰かか」

 

 音はどんどんこの部屋に近づいていた。

 ウェーブは周囲を見渡す。ぶっ壊れた扉と散乱する家具。

 まだ覚醒していないライザーとチェルシー。

 そしてやる気のない白衣の男。

 

(敵として、この場でやりあうべきか? 巻き込まずにやれる保証はない。

 だが撤退するとしてもどこまで連れて行く。俺一人で三人運ぶのは流石にキツい。寝てるどっちかが起きるまで粘る方がマシに思えるがすぐに起きる保証もない。

 そもそもライザーは動かしていいのか?それをきっかけに暴れ出したら洒落にならねえ。ならまだしも敵にぶつけた方がいいかって暴れ出す保証もねえだろ!クソッ、考える要素が多い!)

 

 取れる選択肢は少ない。ひとまず手早く部屋の隅に置いて自身共々隠蔽をかける。

 この選択肢にもリスクはあるが、言ってもキリがない。

 やがて音が部屋に到達した。

 

「ヒャッハァ!」

 

 いかにも悪役然とした三人の男達が入ってくる。

 チンピラまがいの男達の中央に位置する男の装備と振る舞いを見て、ウェーブは顔を顰めた。

 一見すれば他の男達と同じ外見だが、装備の質も振る舞いに現れる身体能力(ステータス)も数段高い。

 おそらくは準超級相当。ウェーブ一人ではキツい相手だ。

 

 息を潜めていると、男達が話始めた。

 

「ああん、いねえぞぉ?」

 

「逃げられたか〜っ! お前がちんたらしてるからだぞ!」

 

「いやいやいるいる、痕跡この部屋から続いてねえから!

 集団転移でもしてない限りどっかにまだ隠れてるってのォ!」

 

(―――!)

 

 判断は一瞬だった。

 ウェーブは隠密を捨て天井に飛び上がり、上下反転の体勢でベルトにメモリをセットした。

 

『《フラッシュドライブ・"HWD(ハイウインドドラゴン)"》!』

 

「声!?」「上から―――」「伏せろッ!」

 

「"トルネードスパイク"!」

 

 足に暴風を纏う。

 振るった脚から巨大な風の五爪が伸び、壁と家具ごと追跡役の首を切り刻んだ。

 咄嗟に伏せた二人のうち一人の背を薄く裂き、一人は無傷。

 

(二人外した、いやこのまま引きつけて逃げれば―――)

 

「ヒュウ! それなりにやるやつがいるじゃねえかぁ」

 

「チッ―――」

 

 攻撃が終わった直後のウェーブを背後から狙い、無傷の男が鉤爪を構え跳んで来る。

 判断が早い。躊躇いがない。戦闘慣れしている。

 だがウェーブも戦闘経験で負けてはいない。

 ベルトにある二個目のスロットにメモリを入れる。

 

「舐めるなッ!」

 

『《キープドライブ・"MAS(ミスリルアームズスライム)》』

 

 肉体が変形する。スライムの特性によりウェーブは肉体の()()を入れ替えた。

 背後を狙った奇襲は必然、正面から受けて立たれる。

 銃にメモリを差し込み、狙いをつけた。

 スロットごとにある僅かなCT(クールタイム)を、ウェーブはこの併用で事実上潰せる。

 

『《フラッシュドライブ・"HTD(ハイサンダードラゴン)》』

 

「"ライトニングブラスト"!」

 

 剛雷が銃口から噴出する。

 直撃する。そして。

 

「クックック、惜しかったなぁ?」

 

 稲妻を超えて出てきた男の光刃群に切り裂かれた。

 

「がッ―――」

 

「甘いんだよなぁ!俺っちは皇国でも指折りの準<超級>だった男、ドミンゴス・ロドリゲス様だぜぇ!?」

 

(【ブローチ】で受けられたか!)

 

 雷属性は速度に優れるが単純な対物破壊力は火属性等に比べ劣る。

 爪で受けられれば殺しきれなかっただろう。

 それを望んでいた。距離を取るための時間を作るために。

 だがドミンゴスは【ブローチ】で受け、無効化して最速で殺しにくることを選んだ。

 

 一度壊れればしばらく再使用できないアイテムを躊躇いなく犠牲にする。

 ウェーブの万能性は長期戦でこそ活きる。事故死のリスクも高い。

 それを僅かな手番で感じ最適解を取ったとすれば、極めて優秀な判断力だ。

 生半可な戦闘者ではない。

 

(余波での【感電】も機能してない。いい耐性装備持ってんなぁ!)

 

「運が悪かったなぁ。最近雷属性に痛い目みたんで新調したんだぜぇ?」

 

「が、ぐが」

 

 ウェーブは減らず口を叩こうとして、動かない肉体に気付く。

 【麻痺毒】。それだけではない。複数の病毒系状態異常に罹患している。

 金属性スライムに変換し、物理攻撃だけでなく殆どのまともな毒が効果を発揮しない今のウェーブの肉体が、だ。

 

「俺っちの【ヴェンディゴ(鉤爪)】は相手が耐性を持ってない病毒系状態異常にかける。

 面白い能力持ってるようだが、俺っち相手にゃ部が悪かったなぁ!」

 

(天敵―――)

 

 ウェーブの強みは万能性と生存性能。

 多様なスキルを持つための初見殺しの多さと、モンスター由来の上級の域に止まらぬ再生能力と耐性の高さだ。

 根性で格上相手でも戦闘をひたすら引き延ばし、一発いいのを当てる。

 戦闘が成立しうる相手になら逆転のチャンスがある。そのようになっている。

 

 【搔王】ドミンゴスは違う。

 先手を取ればほぼ全ての相手を一手で詰ませられる強力なエンブリオ。

 先の戦争直前の敗北を経て鍛え直した判断力と装備品。

 『逆転のチャンスがある』ではなく『当たれば勝つ』の領域にある、紛れもない強者。

 

「追跡役はおっ死んじまったが、おめぇが慌てて出てきたあたり、仲間もここにいるんだろぉ?

 早く出てきた方がいいぜぇ。10数える間に出てこねえなら部屋中無差別に攻撃する。じゅーう」

 

「―――何の用だ?」

 

 白衣の男が前に出る。

 動き出し、声を出したことで隠密の効果は切れた。

 睨むウェーブに白衣の男は肩をすくめる。

 隠れ逃げることも不可能ではないかもしれないが、そこまでする義理がないと言わんばかりに。

 

「『デトネイター』っての、作ってるのおめぇかぁ?」

 

「いかにも。君も欲しいのか?まだ成功例はないが欲しいならやろう。

 そろそろ成功例が発生しそうにもなっている。確実に成功させられるようになってからでも構わないが」

 

「いーや。くれるってんなら貰ってやるけどよぉ。俺の目的はそれじゃなくてよぉ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。ここで死んどけやぁ!」

 

 ドミンゴスは強者だ。

 そして、()()()()()()()()()()()()()

 先の戦争では負けたが、あれは判断と運が悪かっただけだと信じている。

 判断を鍛え、装備を選び直し、それでも勝てない敵には挑む気がない。

 

 "物理最強"という極大のステータスの怪物がいたからだろうか?

 "矛盾数式"が決闘王者として身も蓋もない蹂躙を続けていたからだろうか?

 "最弱最悪"が執拗な半自動リスキルで敵対者を引退に追い込んだからだろうか?

 国家の傾向か個人の気質かは定かではないが、諦めの精神が根付いている。

 故に、『自分が遥かに強くなる』ことより『自分以外がこれ以上強くならない』ことを優先し、拡散の根を止めに来た。

 弱者を強者にしないために。踏み潰せる雑魚(格下)を雑魚のままにするために。

 

 非戦闘型の白衣の男に死の爪が迫る。

 這い蹲るウェーブの目の前で風が吹いた。

 白衣の男の目には見ることさえできない超音速の攻撃が全身を切り刻む。状態異常になる余地さえない瞬殺。

 

「ヒャアッ―――ああ?」

 

 それが虚空を薙いだことに、振り終えてからドミンゴスは気づいた。

 

「ギリギリ間に合ったか」

 

 背後から声がして、ドミンゴスは振り返る。

 人を(いだ)く鎧があった。白衣と対比する美しい()()

 禍々しさや恐ろしさに繋がるはずの黒を纏い、雄々しさと勇猛さに変える、英雄(ヒーロー)の鎧装。

 ドミンゴスは思わず息を呑んでしまい、逃避するように先ほどの交錯を考察する。

 

(いなかったはずだぁ、今の今までぇ!

 いや待て、隠蔽で隠れていた?ならそうか、さっきの白衣も幻影!最初から幻だったってんなら辻褄が合うぅ!

 この外見、ちょっと違うが王国決闘ランカーのライザーだろぉ。あいつは確か特典武具で幻影系を持っていたはずだぁ。

 タネがわかりゃ単純だが俺っちもブローチ使い切ってる。ここはぁ)

 

「はっ、たかだか決闘六位ぃ!俺の出るまでもねえなぁ!モヒャルト!お前がいけぇ!」

 

「ヒャッハー!」

 

 もう一人の男が火炎放射器をライザーに向ける。

 白衣の男を降ろし、ライザーが火炎放射器の男を向いた。

 間抜けな外見だが、上級エンブリオの火力は当然に強力だ。

 これに対処する隙を突いてライザーを襲ってやると、ドミンゴスは動きを注視する。

 

 白衣の男が背後から見ていた。

 火炎放射器の男が正面から見ていた。

 ウェーブとドミンゴスが横から見ていた。

 

 そして、()()()()()()()()

 

 空気の破裂する音がした。

 同時、全員の視界からライザーが消える。

 

「な――─」

 

「なるほど」

 

 火炎放射器の男の背後からライザーの声がした。

 

 振り向こうとした刹那、爆音と共に動きが止まる。

 視界の下部、胸の中央から生えている腕が見えた。

 

「《ライザー・パンチ》」

 

 一瞬で胸を拳でぶち抜いて倒す。

 これまでのライザーではとてもできない、神速にして豪快な拳撃だった。

 

 ウェーブは戦慄する。

 【ブローチ】を着けている敵を倒した以上、おそらくは二撃。

 ブローチを破壊しきるほどの超威力を出した上で、間髪入れずに致命打を入れている。

 まして戦闘型超級職の目でも捉えきれない超速度。超超音速に片足をかけていると見て間違いない。

 

(強さの次元が段違いに上がってる!これが真の……『アームズの先』!)

 

 

 瞬殺される弟分の姿を見て、ドミンゴスに憐れみも怒りもなかった。

 何かを考えるより早く体が動いた。突撃する。

 敵に対した時の瞬間的な判断速度の向上。"勝てたはずの敵に負けた"と感じたドミンゴスが獲得した努力の結晶。

 振るうは一撃でも掠れば無傷でいられないエンブリオと、それを十二撃に増やす超級職奥義。

 

「―――遅いな」

 

 その爪を、ライザーはよく見て何度も躱す。

 元来ライザーは自身の数倍速い相手の攻撃を見切ってきた戦士だ。

 無駄な加速をすることもなく、サイドステップとバックステップを繰り返し、相手と同等程度の速さで滑らかに回避していく。

 

(―――こいつッ!)

 

 焦れたドミンゴスの大振りに合わせ、ライザーが蹴りを差し込む。

 大樹をへし折るミドルキック。『かかった』とドミンゴスが笑う。

 【身代わり竜鱗】。一撃のみダメージを1/10にする消費アイテム。

 衝撃を抑え込み反撃を入れる。単純だが有効なやり方だった。

 相手が今のライザーでさえなければ。

 

「だろうな」

 

「う、おぉっ!?」

 

 ドミンゴスは予想以上の強撃を瞬間的に防御装備に変更し受け止め切った。

 その瞬間、足が再加速(リ・ブースト)する。

 反撃の爪が届くより早く蹴り飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられる寸前でギリギリ体勢を整える。

 ライザーが冷めた目でドミンゴスを見つめる。その瞳の色がドミンゴスをひどく苛立たせた。

 

「決闘でその手のアイテムが使えないから騙せると思ったか?

 舐めるなよ。瞬間防御スキルなど見飽きている」

 

 経験を積み続けてきた。

 努力を重ね続けてきた。

 技量を磨き続けてきた。

 内部にて五年以上の間自分を鍛え続けてきたライザーにとって、この程度の工夫は駆け引きにも入らない。

 

 それでも、本来のライザーならもう少し苦戦していただろう。

 幻影の特典武具も使わずに圧倒しているのはライザーの技だけによるものではない。

 

(くそッ、こいつ、噂より強い!

 あんな加速ができるってのも聞いてねえぞぉ!)

 

 『デトネイター』により【ヘルモーズ】が得た特性は三つ。

 一つには装備品としての全性能の向上。

 魔剣として怨念を集めるほど強くなるそれは、現段階でも同級間での進化(第六.五形態)に等しい強化を与えている。

 

 二つ目は自然魔力と怨念の吸収利用。

 《怨魔吸喰》と名付けられているこの力により、レジェンダリアにてライザーにスタミナ切れはなく、エンブリオのスキルに効果時間限界はない。

 心が疲労で折れない限り、ライザーは大出力を発揮し続けることができる。

 

 そして三つ目は《限界突破》。

 真なる『アームズの先』に宿る、アームズとしての現在性能、スキル性能の限界を突破する力。

 ライザーの場合、それは特に噴進機能(ブースター)の強化として現れている。

 

 かつて恩人が作ってくれた強化鎧を引き継いだかのように。

 似た意匠、似た形状の推進機関が全身の各所に形成されている。

 今のライザーは全身是噴進器。

 この進化が、ライザーに圧倒的な速度と応用力を与えていた。

 

「終わりにしよう、ドミンゴス。

 選べ。退くか……ここで俺に倒されるか!」

 

「舐めんじゃねぇ!このドミンゴス様が退くかよォ!」

 

「そうか、なら―――」

 

 ライザーが駆ける。その瞬間に、ドミンゴスは最後の切り札を切った。

 手首のスナップだけで小さく振られた鉤爪から衝撃波が放たれる。

 《ウイングド・リッパー》。これまで使わずに意識から外させておいた中距離攻撃を、相手の意識が攻撃に向いたこのタイミングで切る。

 当然超級職の奥義が乗る。十二連撃の追加。ライザーの視界が埋まる。

 

「死、ねぇ―――!!」

 

 ドミンゴスの渾身は確かにライザーに直撃し。

 衝撃波の直撃と共に、ライザーの姿が陽炎のように揺らいで消えた。

 

「幻影の特典武具、馬鹿な、どのタイミングで―――!」

 

「悪いが」

 

 その声は背面上方から聞こえてきた。

 咄嗟に前方に転がり、同時に後ろを見ようとする。

 そのどちらよりも速く、ライザーの二連脚が背骨をへし折った。

 もはや《ライザー・キック》にさえ、【ヘルモーズ】は予備動作を必要としない。

 

「それは()()だ」

 

「―――あり、えねぇ」

 

 

 

 【掻王】がうめき声を残し、光の塵として消える。

 

 かつて、皇国の準<超級>として指折りの強さを誇った男だった。

 強力なエンブリオと超級職を持ち、それだけで十分な強者だった。

 そんな相手に完勝できるほどに、今のライザーは強くなっている。

 

()()()()()

 

 白衣の男は笑う。

 ライザーはあの瞬間、推進器を全開にして飛び上がった。

 意図的に緩めていた速度は一瞬で最高速に到達し、()()()()に慣れていたドミンゴスの眼はライザーを見失う。

 ドミンゴスと衝撃波を飛び越えたライザーは天井付近で急旋回。

 背後からドミンゴスを二撃で仕留めた。

 

 男には、そこまでの組み立てを観測する能力はない。

 ただ結果だけを見て、その強さを称えた。

 彼が生みだした力、『デトネイター』による強化を、"仮面騎兵"マスクド・ライザーは十全に使いこなしている。

 最高の気分だった。思い残すことがなくなるほどに。

 

 

 

 

 

 

「勝った、か」

 

 消えたドミンゴスのいた場所を見つめ、ライザーはどこか茫洋とした目をする。

 それも束の間、ウェーブに歩み寄った。

 

「が、がっがが、がいがー」

 

「少し待て。確か……これか」

 

 ライザーはウェーブの懐を漁り、タグのついたポケットからメモリを抜き出した。

 ベルトのスロットに装填し、起動させる。

 本人のメモリとスロットを使えば、他人が装填させ起動することもできる。

 "繋がる力"でもある【ヤーラ】の特徴の一つだ。

 

『《フラッシュドライブ・HSE(ハイセイントエレメンタル)》』

 

「――ッ、助かったァ!ありがとよライザー」

 

「こちらの台詞だろう。何重にもな」

 

 メモリに込められていたのは状態異常回復スキル。

 ようやく毒から解放され、ウェーブは天を仰ぎ大きく背伸びをした。

 回復もできないままじわじわHPが削られるのはやはり精神に悪い。

 そんなウェーブを、ライザーは感謝の籠った視線で見つめる。

 

「んで、それが『アームズの先』か」

 

「の。ようだ。超級進化ほど劇的というわけではないが」

 

「十分だろ」

 

 謙虚な口ぶりのライザーに対し、ウェーブは肩をすくめた。

 超級進化は、一説には百倍の性能向上を齎すという。

 実際には複数の性能を同時に向上させることが多く、新スキルを生やしそちらにリソースの多くを使用することも多いため単純に百倍強くならないことも多いが、それでも桁外れの力が生まれるのは間違いない。

 

 それに比べれば、ライザーの変化はそこまでではない。

 現段階では鎧の装備性能は倍あるかどうか。

 ブースターの強化は大きいが、元々短時間であればライザーの速度は音の数倍に達する。今はその更に数倍というところ。

 継戦能力の強化は大きいが、短期の戦闘力を大きく変えるものではない。

 

 それでも、全性能が数倍化されれば準超級(伝説級)超級(神話級)の域に到達する。

 元々準超級に至るまで自らを鍛え上げてきたライザーであれば、或いは。

 

 ライザーは拳を握りしめる。

 その感情に身を任せるより先に、伝えるべき感謝があった。

 改めてウェーブに向き合う。

 

「ありがとう。夢の中でお前の声が聞こえた気がした。

 そのおかげで戦うことができた。だから、ありがとう」

 

「そうか。呼びかけ、聞こえてたならよかったよ」

 

 ウェーブはポケットの中のメモリに触れる。

 秘中の秘、メモリ名、"C(コーラス)I(インセクト)"。

 レジェンダリアにて危険種として駆除対象とされる、『記憶を読み』『意思を伝える』モンスターの力を秘めた、その仕組みからマスターにも使用可能な力。

 ティアン相手には洗脳さえ可能であり、強力すぎるために存在を知られれば即座にあらゆるコミュニティを追放されかねないこの力を、ウェーブは可能な限り使わずに隠している。

 そして必要に応じて使うことができる。友を助けるためならば。

 

 そんな綱渡りをおくびにもださず、ウェーブはにやりと笑った。

 

「だが勘違いすんなよ。俺がやったことなんてただの助言だ。

 ()()()()()()()()。奇跡でも人の力でもない。お前の心が強かったから、必然として『デトネイター』を使いこなせた。

 これはお前の力だ、ライザー」

 

「……そうか。ありがとう、ウェーブ」

 

「そんな何度も感謝しなくていいっての。マスターは助け合いだろ?」

 

「そうか、そうだな。なら―――俺も一つ、レジェンダリア(お前の国)のために働いてこよう」

 

 驚いた顔のウェーブから視線を外し、外を見る。

 今のライザーならば都市間をも数分とかからず移動できる。

 その戦意に満ちた横顔を見て、ウェーブは苦笑した。

 

「OK、こっちは任せな。

 リベンジ、しっかり決めてこいよ」

 

「―――ああ!」

 

 窓を越え、ライザーが大空に飛び出していく。

 ウェーブは帽子を被り直して、その姿が消えるまで眩しそうに見つめていた。

 飛行機雲がレジェンダリアの空の果てに続いていく。

 

「―――今日もいい風が吹きそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく窓の外を見て、それからウェーブは部屋の方に視線を戻した。

 この場所はまた襲われるかもしれない。

 まだ気を失っているチェルシーと、白衣の男を連れて移動した方がいいだろう。

 男には『デトネイター』の暴走者を止める道具を作る義務もある。

 

 しかし、部屋の中に男の姿はなかった。

 

「……ああ?」

 

 ウェーブも馬鹿ではない。

 音や気配で部屋を出る者がいないことは確認している。

 後ろを向いた瞬間に消えたことになる。そんなことが可能だろうか。

 マスターであれば誰でも可能ではある。

 

「ログアウト、か?」

 

 ウェーブは一つの推論をたてる。

 現実的な想定だ。特におかしなところもない。

 だがウェーブの直感が、理屈に先んじて違和感を嗅ぎつけていた。

 

(何か妙だ。『デトネイター』の正常稼働を眼にして、声をかけるでもなく最初にやることがログアウトか?)

 

 その直前から妙ではあった。心を読むことを誘うような。

 二つの違和感。しかし繋がらない。材料が少なすぎる。

 ウェーブの思考が回る。それ以前の様子も根こそぎ洗い出す。

 

「そうだ、あいつ……結局名前も能力詳細も明かしてない」

 

 『デトネイター』についてはあれだけ饒舌な男が、自分についてはロクに話していない。

 研究者にありがちな視野の狭さかと思っていた。そうでないとしたら。

 それが……例えば。

 "噓を吐くことを避けた"からだったとしたら?

 

「ライザーは行っちまったか。シスル達も……戦闘中だよなぁ!くそッ」

 

 数多の事件を経験したウェーブの直感が囁いていた。

 この事件(イベント)は次で終わる。

 最終決戦(クライマックス)への参加券を、もうウェーブは手放している。

 

 祈るほかない。ライザー達が全てを超え、この事件を最高の形で終わらせてくれることを。

 

 

 




 よし!これで最低限やりたかったところまでは辿り着けた……長くかかっちゃいましたが。
 ライザーさん、かなり主人公に向いている男だと思っています。

 クライマックスバトルはまだ書き上がってないので、またちびちび書いていこうと思います。
 アームズ拡張装備としての『デトネイター』、我ながら良い案だと思ってるんですよね。これも今後うまいこと使っていきたいなぁ。
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