The NEXT for Force Detonator   作:みそしる

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2025年10月9日はデンドロ10周年!
間に合ったな。もう…大丈夫。心配することはない

半年ほど異世界クイズ王とか読んで執筆サボってました
ようやく完結まで書き上がったので投稿します、あと数話おつきあいください


Bow on rain

 

 レジェンダリアには一つの不文律がある。

 

 『分不相応な魔剣を持てば、それは必ず奪われる』。

 

 それは強力な魔剣の希少性とそれによる奪い合いの必然、だけを指すのではなく。

 この地においては、一人の剣士に由来している。

 

「―――」

 

 細身の東方剣による斬撃と発される煙をライズ・ライムは跳び退がって躱す。

 お返しに槍を振る。それは敵に届かない距離であったが、迫る煙を槍から生み出す振動波で吹き散らすことができた。

 敵の右手に握られている剣の名は【夢惑(ゆめまどい)】。刀身から生まれる煙に包まれた者に悪夢を見せる、天地妖刀四十二染の一振りである。

 

「ッ、ははッ!」

 

 右の妖刀を攻略しても油断する時間はない。

 ライズ・ライムは首を振り、追撃として遠方で振るわれた左手の剣の軌道から逃れようとする。

 刀身が届かぬ距離。使い手の現実認識をも捻じ曲げる妖刀(【夢惑】)により間合いを誤認したかとも思えるが、その太刀筋に惑いはない。

 刀身から水流の薄刃が伸び、逃れ損ねたライズ・ライムの頬が薄く斬れた。

 硝子のように美しく、実用ならざる観賞用に見える薄水色の剣もまた魔剣である。

 

「いくつ魔剣持ってんだっての!」

 

 【モズファルの涙の魔剣】という。

 カルディナ南部海岸地域に伝えられる悲恋伝説により生まれた魔剣。

 使用者の体液と同組成の液体が刀身から溢れ出すが、出した分の倍量の体液を失う、やはり諸刃の、そして戦闘向きではない魔剣である。

 その液体の噴出口を極限まで絞り、噴出の勢いを極端に強め、目に見えぬほど細いウォータージェットとして高位金属をも貫く斬撃・刺突を行っている。

 本来そのような機能はこの魔剣にはない。誰が振るってもそうはならない。

 この男だけが魔剣に干渉し代償を無視し、また本来有り得ぬ奥義を()()()()ことができる。

 

 魔剣の支配者。逸脱の魔剣士。

 "魔剣使い"カーヴ・セッウ。

 レジェンダリア屈指の剣士にして、世界最高の魔剣士である。

 

 紛れもない強敵を前にして、ライズ・ライムは笑った。

 笑うしかない。

 このレベルの敵さえも、この戦場では()()()()の一人でしかないのだから。

 

 

「そっち行ったぞ!」

 

 "強弓"シスルの声がした。

 この戦場で数に押し潰されていないのはひとえに彼女の弓のおかげだ。

 戦場を遠巻きに駆け回り、拡散と増殖の矢を適宜配置することで足止めとヘイトの調整を行っている。

 それは同時に、彼女の力でも落としきれない強敵の多さを示している。

 

 ライズ・ライムは歌を切り替え、瞬時に複数の盾を背に展開した。

 直後、八本の刀が盾に激突する。どれも()()()()()の速度で放たれていた。

 

 盾で耐える間に"魔剣使い"を引き離し、振り向く。

 数十の剣を宙に従えた少女が立っている。

 そのどれもが魔剣だ。そして宿る霊魂(スピリット)により操られている。

 

「人気者は辛いねぇ!」

 

 飛来する剣を三本の槍と六個の盾で凌ぎ続ける。

 

 炎を纏う剣。雷を放つ剣。物質をすり抜ける剣。異様に重い剣。

 爆発する剣。ただ鋭い剣。頑丈極まりない剣。砕けることで本領を発揮する剣。

 どれも使い手を傷つける性質があるが、少女は意に介さない。

 実体持たぬ霊魂に振るわせているために、あらゆる肉体的被害を受けようがない。

 

 それでいて、霊魂の持つ技能(ジョブスキル)技巧(テクニック)を発揮させることができる。

 例えば【剣王】。例えば【斬神】。例えば【払神】。例えば―――【抜刀神】。

 

 再び、超々音速の剣がギリギリで展開された盾に突き刺さった。

 来るタイミングを僅かにでも読み違えれば首が飛ぶ。

 止まることのない冷や汗を流しライズ・ライムが苦笑する。

 

「魔剣と神のバーゲンセールか!? はちゃめちゃがすぎんだろ!」

 

 宿る魂は死霊(アンデッド)ではない。

 生霊だ。生者の霊魂の、()()()に分類される。

 故に実現する。八連ならぬ八()による同時八度の《神速抜刀》さえ。

 ライズが凌げているのは彼女の尋常ならざる直感力と槍術の才、そして剣群の(マスター)が元の使い手より遥かに劣る剣士であり戦士だからだが。

 それであっても、"強弓"と同時に相手をされてなお、攻めに転じる余裕がない。

 

 生霊の魔剣軍勢(レギオン・アームズ)。天に舞う剣の主。

 "御守刀(シールド・ソード)"御守(みもり)

 "魔剣使い"でさえ魔剣を奪うことができぬ、世界最多の魔剣士である。

 

 相手をしているうちに"魔剣使い"も追いついてきた。

 二対一、ではない。暴走者同士は手を組むことがない。

 一対一対一が始まる。

 

 戦いと戦いの隙間に一息入れて、ライズ・ライムは苦笑した。

 

(この二人を倒せばそれでアタシのノルマが終わり、ってんならまだやりようもあるが)

 

 索敵装備で絶え間なく戦場全体を見渡しながら、片手の指ではおさまらない敵の数を知覚する。

 笑った。

 まだ戦っている仲間の姿が、絶望に立ち向かう勇気をくれる。

 

 

 

「ニャロ!」

 

「ケケケ、人使いが荒いですねぇ!北北西!」

 

「煩え全員忙しいんだよサンキューな!」

 

 一息で罵倒と反論と感謝をすませ、シスルは走る。

 もはや彼女達の思考と戦術で対処できる質と量の敵ではない。

 "弓晴手"の視野と直感に任せその場その場で一番状況が悪いところに矢を送る。

 そんな無茶な戦法に賭け続けなければすぐにでも敗北しうる状況だった。

 "弓晴手"もまた、"投槍'相手に地獄の遅滞戦を実行している。

 "投槍"と同時に他のマスターを相手にすることはできない。

 用意した強矢を使い切らぬよう、砂や石すら矢弾としながら必死に食い下がっている。

 

 一瞬だけ戦場全体に目線を向け、かろうじての戦況把握を済ませシスルは弓を構えた。

 この戦いが始まってから、チャージを切らせたタイミングはない。

 撃つか溜めるか。その上でもう必殺スキルを何度となく使っている。

 

「回復薬の量も無限じゃねえってのに、なぁ!」

 

 放つ。天上に上がった矢が分裂して降り注ぐ。

 威力を強化した五月雨。追尾に力を割く余裕はない。

 面制圧の矢雨をそこに居た者達がそれぞれに防いでいる。

 

 本来死霊と呪いを焼く聖光が矢を蒸発させていた。それだけの熱量があるのではなく、特攻対象を選び直す権限を宿した槍の力だった。

 山の如く肥大化した鎧があった。矢を受け多くの装甲を失い、しかしその数十倍の残存装甲が再び積層を開始した。

 自身以外の装備品と持ち主を無敵にする、ただそれだけの剣があった。鞘に収まった剣は天から降る極大の衝撃を、存在するだけで無効化していた。

 

 誰もが特筆すべき力を持っていた。

 一対一であれば、或いはほとんどの相手に勝利できたかもしれない。

 しかしこの局面において、一人を落とすために二手以上割く余力がない。

 

「次!」

 

「南西のあと必殺でライズの援護を!」

 

「―――了解!」

 

 次必殺を使えば彼女の保有する魔力回復薬は開始前の半分を切る。

 それでも躊躇っている暇はなかった。たとえ勝利の道が見えていなくても。

 

 

 どうしてこうなったのか。

 戦いの最中、"強弓"シスルは走馬灯のように想起する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お願いします!師匠(せんせぇ)を助けてください!』

 

 "投槍"を追う中で、彼女ら三人は同じく三人組の女の子達に出会っていた。

 手に紋章はない。ティアン(現地人)の少女達。

 長い袖とそれ以上に長い腕を備えたその姿に、"強弓"シスルは見覚えがあった。

 

("手長族"、とすると)

 

「"投槍"の知り合いか?」

 

「はい!」

 

 レジェンダリアに数ある氏族、"手長族"は手長猿の特徴を持つ亜人だ。

 やや長い腕は器用さと腕力に優れ、特に『投槍』を種族武器とする一族。

 "投槍"がかつて出会い、投槍を使うようになるきっかけとなった種族だと聞いたことがあった。

 

 脱線しがちな彼女達の話を要約して曰く。

 

 かつて手長族と出会った"投槍"は投槍について学び、その有り余る才能によって瞬く間に極めた。

 学習には一月とかからなかったが、その後も一族と親交を深め。

 立場は半ば逆転し、今や彼女を含めた種族の若手の師匠として指導していたという。

 その指導期間のエピソードをやたら長々と語られたが割愛する。

 

 問題は数日前のこと。

 誕生日を迎える"投槍"のために、プレゼントとして良かれと思って『デトネイター』を探し集めた彼女達は、サプライズで彼のエンブリオに使い。

 ―――結果、"投槍"は暴走を始めた。

 

「わ、私が悪いんですぅ……私が噂を鵜呑みにして皆に勧めたから……」

「そうやって自分ばっかり責めないの!みんなで『これだ!』って決めたんでしょ!」

「ああ。我々三人の罪だ。我々で止められない以上、人に頼るほかない。

 ……さほど多くはないが、これが我々の全財産だ。

 "強弓"シスルに"弓晴手"ニャロライン・ニャレッジ。もうお一方は不勉強ながら存じないが、お二人については先生からも聞いている。強力な戦士であると。

 暴走を続ける先生の阻止。頼めないだろうか」

 

「……ひとつだけ聞きてぇんだけど、いいか?」

 

「なんなりと聞いてくれ」「ええ」「はいぃ……」

 

「"投槍"の暴走の瞬間に立ち会ったと言ったよな。その時、"投槍"はお前らを襲わなかったのか?」

 

「……ああ。突然叫んだかと思えば、頭を抱えながら飛び出していった。

 後を追ったが追いつけず、直接顔を合わせたのはその時が最後だ」

 

「ほんとのこと言うと、会うだけならチャンスは何度かあったわ。

 暴れている最中に近くまで行ったこともあったの。

 ―――でも、足が震えてそれ以上近づけなかった」

 

「それでもゼーンちゃん達は行こうとしてたんですよぉ!

 でも、私が止めたんですぅ。せんせぇが本気なら、皆顔を合わせる前に死んじゃうから……」

 

 ティアンの少女達は哀しそうに顔を見合わせた。

 第六のマスターであれば、およそほとんどのティアンは相手にならない。

 長大な射程と異常な攻撃速度を持つ"投槍"であれば尚更だ。

 弟子として長く接しているからこそ、この少女達はその脅威をよく知っている。

 

 彼女達の足を止めた感情を、"強弓"シスルは恐怖と見た。

 "弓晴手"ニャロラインはもう一段階深く見通す。

 

「無理もねえよ。あたしだって一人じゃまず近づかな―――」

 

「殺させたくなかったんでしょう? 彼に、自分達を」

 

「な、んで、それを」

 

「わかりますよ。衝動に任せなかった貴方達の勇気も、一つの輝きですから」

 

(輝き……?)(ほ、褒められているのだろうか)

 

 ニャロラインは称えた。少女達にはあまり通じなかったが。

 如何な種類の輝き(努力)であれ、ニャロラインはそれを賛美する。

 

(この女、これだけなら褒められるヤツなんだけどなぁ)

 

 シスルは呆れた顔をしていた。

 眼力鋭く、根は善性。もっと評価されてもいい女なのだ。

 人を爆破しようとするし、人は爆破されたら死ぬという、致命的すぎる性状だけなければ、だが。

 

(やっぱたいした女だぜ……ニャロライン!)

 

 今のところ良い面だけを見ているライズ・ライムはずっと高く評価していた。

 その評価が失墜する日はおそらくそう遠くない。

 

「ま、アタシ達に任せときな。もともと止めるところまではアタシ達の仕事だ。

 その後どうなるかはわかんねえけど、悪いようにはしねえよ。信じろ」

 

「は、はいぃ!」

 

 極めて雑なライズ・ライムの台詞に、少女達は感銘を受けた顔をしていた。

 おそらく"投槍"に近しいところを感じたのだろう。

 

(あの男も才能任せで雑なところめっちゃ雑だったからな……)

 

 察したシスルはずっと呆れ顔をしている。

 

 

 

「なら、皆様にあの人の居場所をお教えします。

 【怨獄】をご存じですね?」

 

「人並みにはな。……おいおい、まさか中に入ってるとは言わねえよな?」

 

「いえ、その付近です。ただ……」

 

 言いづらそうにしていた顔が、強く印象に残っている。

 

「どうも付近に強そうな人がいっぱいいまして……全員暴走してるっぽい状態で、一触即発な雰囲気が続いてます。なにかあれば、すぐに暴発しかねないぐらい」

 

 

 

 

 

 一帯を見るために寄った高台に、一人のマスターの姿があった。

 

「おや、先約でしょうか?」

 

「アホ言え、こんな土地に占有権もないだろ」

 

 ファンタジーに似つかわしくなくなるほど執拗な偽装を施されたギリースーツ。手には長大な望遠鏡を構えている。

 三人が近づくと振り向かずに喋り出した。男とも女とも取れぬくぐもった声。

 

「俺は<組合>(レジェンダリア互助組織)に派遣された監視員だ。集まっている暴走者の同行を見張っている」

 

「そうかい、こっちは<的撃ち(弓使い連合)>からの依頼だ。

 状況はどんなもんだ?誰がいる?」

 

「ハッ、誰がいる、ときたか」

 

 呆れ。嘲り。疲労。困窮。複雑に混ざった感情が伝わってきて、シスルは眉を顰める。

 

「"投槍""魔剣使い""御守刀""聖槍""漸増巨人""不抜"、貴様らの連合に参加してそうな連中なら"東西不明"に"一番矢"、有名人(ネームド)も有象無象もまだまだいる。

 七大国家の首都襲ってもいいセン行けそうだな」

 

「…………ニャロライン、お前一人で突っ込んでいって半分ぐらい落とせねえ?」

 

「シスルちゃん達が一人ずつ分断してくれるならいけるかもしれませんね。できます?」

 

「おい監視員、そいつらの距離どんぐらい離れてる?」

 

「50〜100mってところだ。ちなみにモンスターをけしかけてみたら半径500mほどの連中が反応して寄っていった。最終的に32人が集まったぞ」

 

「ライズ・ライム、お前どんぐらいいける?」

 

「アタシか!? むしろアタシが聞きたいんだけど。"投槍"以外戦ったことねえぞ」

 

「悪かった、あー、まあ上の方ならいけても二、三人が限度だろうな」

 

 シスル視点、ライズ・ライムはかなり強い。

 が、"弓晴手"や"投槍"のような理不尽を押し付けるタイプの強さではない。

 どちらかと言えば正統派のバランス型、"斧凍"の凍結性能を削って基礎性能を高めた部類。

 防御に回らせればシスルの同格複数人相手でも立ち回れる。反面殺傷力はやや劣る。

 それがシスルの見立てだ。

 今のところ見ている手札に限れば、の話ではあるが。

 

 つまり三等分しても一人につき十人近くをどうにかするのは不可能に近い。

 

「んー、じゃどうする。流石に応援呼んで待つか?」

 

「アテがないなら個人的にはお勧めしないな」

 

「あん?」

 

 それを言ったのが監視員だったからシスルは驚いた。

 むしろ挑もうとした方が皮肉を言われそうな相手だと思っていたからだ。

 それが逆のことを言ったとすれば。

 

「奴ら、微量だがエンブリオ(アームズ)が怨念吸ってステータスが上がっている。

 いつまで待つ気か知らんが、無意に時間を置けばそれだけ勝率が下がると思え」

 

(―――!)

 

 戦慄した。

 "投槍"が強くなり続けていた理由。

 【怨獄】に集まっている理由。

 "アームズの先"とは何か。

 全てが説明がつく。最悪な形で。

 

「まーずいな」

 

「<マーヴェリック(戦闘機乗り)>か<ウルトラカノン(超超距離砲撃)>にでも声かけます?

 爆撃と砲撃で頭数減らすことぐらいならできそうですけど」

 

「"投槍"と"東西不明"がいる時点で話になるかよ。どっちか片方だって難儀な極悪超遠距離型が二人だぞ。

 <マーヴェリック>じゃ"絶対空(ワンダラー)"以外まるで対応できねえし過剰火力、この距離で<ウルトラカノン>に貫通弾撃たせたら通っても最悪地盤が割れるぞ。周辺被害がシャレにならねえ」

 

「二次被害で壊れるのは輝いてませんしねぇ」

 

「一次被害なら輝いていてセーフみたいな言い方はやめろ」

 

 はぁ、と肩を落とす。

 ()()ニャロラインが自分の努力ではなく強者の参入に頼る意見を出す。まあまあの末期だ。

 頼る相手もあんまり思い浮かばないのがなお困る。

 

(せめて時間制限がないなら強い奴を中心に気長に集めたもんだけど、早々に呼べる足があって居場所が確定してて依頼をすぐ通せる役柄だろ?

 他、他なぁ。不特定多数に呼びかけて雑魚増やして足引っ張られても意味ねえし)

 

「<組合>の方で誰か呼んでねえの?

 【超力士】あたりを隠して近距離でぶつければかなりいいセンいけるだろ」

 

「俺はただの監視員だぞ。……一応確認はしてるが、どうも上位戦力は外してる(ログアウト中)か対処療法に回ってるかホームを守っているか暴走し倒されたかであまり数がいないらしい。

 この数を鎮圧するとなるとよほどの量質が必要だったからな。

 貴様らが来た(戦力が増えた)分を差し引いたとしてもすぐには集まるまい。

 そのうち手が空いた者が来るかもしれんがいつになるか誰が来るかは不明だ」

 

「おいおい、ここも放置できないんじゃねえのか?」

 

「それは俺の私見だ。

 ……おそらく、最後に回して総力での殲滅を試みる予定なんだろう。

 強化能力者(バッファー)が十分な数いれば不可能ではないはずだ。数を揃えるためにも他の場の手を空けようとしている。

 或いは、この状況すら少数でなんとかできる最上位層(トップオブトップ)帰還(ログイン)を待っている、とかだな」

 

「ふうん。それに任せるって手もないでもないか……いや」

 

 見下ろす。

 射手として鍛え上げた視力には、風景に座り込む者たちの顔がよく見えた。

 どいつもこいつも、ロクな顔をしていない。

 

「おい監視員。お前、なんでいずれ解決するとわかっていて早めの挑戦を促した?」

 

 それを見ながら問いかける。

 監視者もまた視線を望遠鏡から外さないまま答えた。

 

「……奴らがいつまでもここで動かないとは限らない。

 リスクを鑑みれば個人的に早めに倒すことを推奨したい」

 

「他にもあんだろ」

 

「なぜそう思う」

 

「勘」

 

 シスルはニャロラインに比べれば人の心を見抜く直感に劣る。

 それでも、それはシスルが人の心を慮れないことを意味しない。

 

 監視者が口を開け、そして閉じようとするのを繰り返す。

 何かを言うか言わないか迷う姿を見ないまま感じ取り、シスルは待つ。

 五秒でしびれを切らす。弓手に似合わぬ短気さが顔を見せる。

 

「言え」

 

「―――あの中には俺の知り合いもいる。それだけだ。私情で余計なことを言った。すまな」

 

「決まりだな」

 

 最後まで言葉を聞くことなく、シスルは身を翻した。

 歩きながら弓に矢を番えチャージを始める。その姿に二人も続いた。

 

「いい輝きですね。勝算はおありで?」

 

「ない。けど、やることは決まった。ライズ・ライム!」

 

「へいへい。アタシの歌をご所望かい?」

 

「ああ。あんとき(対"投槍"の時)の歌、()()()()だな?」

 

「お、気づいたか。いつ言おうかと思ってたよ。

 精神系状態異常回復ついでに、()()()()()()()()()()()()()()()()もある。さっき多少効いたのもそういうことだろ」

 

「正気の回復と敵性能の低減に役立つかもしれねえ。試す価値はありそうだ。喉が潰れるまで歌ってもらうぞ」

 

「おっけー。

 風操って聴かせる範囲絞れば来る敵も減るかもな」

 

 強大な敵を前にして、威風堂々戦場に出る背中に、監視員は眩い輝きを見た。

 つい、望遠鏡から目を外し、言うまいと思っていた言葉が出る。

 

「おい! ……俺も手を貸すか!?」

 

 ライズ・ライムが振り返る。存外の申し出だ。

 

「あん? そりゃ人手が増えるならありがたいが」

 

「いーや、お前はまだやることあんだろ。

 精々見て、後から来る奴らに伝えとけよ。うだうだやってる間に、あたしたちがなんとかしたってな!」

 

 シスルはライズを制して手助けを拒否し、そのまま歩き去る。

 勝算があるからではなく、十中八九途中で死ぬ確信があるからこそ、その申し出は受けられない。

 自分達が死んだ後、奴らを見張り、後に繋ぐ役がいる。

 

 その覚悟を感じたのか、ライズ・ライムも何も言わずに立ち去った。

 ニャロラインに至っては一度も止まらず先に行っている。シスルの答えをわかっていたように。

 

 今度こそ三人を見送り、監視員は再び望遠鏡を覗き込んだ。

 この後の戦い、一瞬も見落とさないように。

 

 機材を握る手に力が籠る。

 

「……負けるなよ」

 

 その声は自然の中に溶け、やがてまた静けさが戻る。

 それは決壊を今か今かと待ち望む、嵐の前の静けさだった。

 

 

 

 

 

 三人に誤算が一つあったとすれば、それは暴走者の性質にあった。

 丁寧に指向性を調整し、気体操作により音を遮断され、そもそも本来攻撃性の欠片もない、一人ずつを狙った清めの歌。

 それが狙い通り初めの一人に届き怨念を削った瞬間、その場にいる数十人が一斉に活動を始めた。

 

 『怨念が減少したこと』を感じ、それを敵対する理由にする。

 そのような性質が暴走者には存在した。肉体と意識の主導権が魔剣と化したエンブリオにあったために。

 

 

 まず、"投槍"と"弓晴手"が戦闘を開始した。

 次いで"強弓"が'"東西不明"と"一番矢"を落とす。チャージ分と必殺の連打、《追尾》と《速度》の二重強化を宿した瞬間四撃。回避を二重に許さぬ連打は高位金属の鏃によって【ブローチ】を砕き低耐久の後衛型を早々に落とす。

 その後も戦闘についてこられぬ多くの弱者を落とすも、快進撃はそこで止まる。

 

 音をかき乱し浄化を防げる高位戦闘者が距離を詰め終えた。

 近接力に劣るシスルから距離を取り、ライズ・ライムは敵を引きつけるため戦いの歌に切り替え戦場に踏み込む。

 混戦が始まる。逃げることさえ許されない、事件が始まって以来最大の戦闘が。

 

 

 そして、今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝算は何一つない。

 しかし始めた以上、絶対に諦めず勝つ気で戦うのが"強弓"シスルだ。

 それがどれだけ幼稚な意地であろうと、決して折れぬ精神がある。

 

 戦って、戦って、戦って、戦って、その果てに。

 空転する思考が、遂に一つの結論に辿り着いた。

 

()()だな、こりゃ)

 

 自分に呆れ果てる。

 この後に及んでも、彼女の前には選択肢があった。

 諦めて死を待つか。諦めずに―――()()()()()()()を試すか。

 

「―――やるしかねえか!」

 

 走り出す。ライズ・ライムに声が届くギリギリの位置。

 近接型の強者を相手にしている彼女に近づくのはリスクだ。加えて最適でない行動は戦況を大きく悪化させる。

 それでもやる必要があった。勝つためであれば。

 

「ライズ・ライム!」

 

「なんだよ!」

 

 攻撃を捌きながら歌の合間に返事をする。

 戦闘に支障が出かねないとわかっていても会話に付き合う方を選んだ。

 この女は意味がないことはしないと、この短期間でよくわかっている。

 

 だがその次の言葉にはぎょっとする。

 

「『デトネイター』、()()()()()()()()()()()!」

 

「な、ん―――く、どけッ!」

 

 疑問を返そうとして、その隙を突かれそうになり慌てて押し返す。

 余裕がない。無駄なことをしている暇はない。決断しなければならない。

 

「―――チッ、負けんじゃねえぞッ!」

 

 僅かな隙間を縫って、ライズ・ライムは小瓶を投げた。

 紛れもない『デトネイター』。チェルシー達に渡したものと同じそれだ。

 

 暴走のリスクは多大にある。戦局が悪化する可能性の方が高い。心を傷つけることになるだろう。

 ライズ・ライムがずっと使わなかった理由は使い方がわからなかっただけではない。

 なんとなく"嫌な感じ"がしたからだ。使えばロクなことにならないという直感。

 自分の直感はなるべく信じるようにしている。神域に片足をかけられる天才の勘はまず外れない。故に使わなかった。

 

 今も使わない方がいいと思っている。それでも。

 

戦友(ダチ)がやるってんなら信じてやるよ!)

 

 

 

 シスルに確信はなかった。だがおそらく持っているだろうなと思っていた。

 出会ってからなんとなく、自分に似ていると感じていたから。

 

(あたしなら、一個は絶対残しておく。

 惜しいからじゃない。使()()()()()()()()()()()()()

 

 使い道がよくわからない。なんとなく嫌な予感がする。

 なるほど、手放すにはそれらしい理由かもしれない。

 だが嫌な予感がしようと、よくわからなかろうと、試す必要がある時が来る。

 何もかもを天秤にかけても勝ちたい時が訪れる。

 シスルにとっての今がそれだ。

 ライズ・ライムにとっての今はそうではないのだろうが、かまわない。

 

(そういう意地がありそうな顔をしてた。なら期待するには十分だ!)

 

 そうして"強弓"シスルはまず一つ賭けに勝った。

 だが本番の、およそ勝算がない賭けはここから始まる。

 

 隠密スキルが付与されたローブを被る。

 そして手早く弓を縛りつけ、目隠しをして後ろ手に自分を縛る。

 暴走対策だ。その代わり身の危険を防ぐ手立てを失う。長く続けば確実に降りかかる危険を防げなくなる諸刃の剣。

 麻痺毒薬も呑む。これで10秒もすれば口以外が動けなくなるだろう。

 暴走を防ぎ正気を取り戻したら声で合図をすればいい。ニャロラインかライズ・ライムが回復薬をくれるはずだ。

 

 

(さあ、あたしに絶対たる力を寄越せ、『デトネイター』!)

 

 歯を食いしばる。

 縛った弓の上で小瓶を踏み砕く。

 【インドラダヌシュ】が黒く染まった。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "強弓"シスルは天才の部類に属する少女だ。

 何をさせても大体のことはそつなくこなしてきた。

 勉強。運動。盤上遊戯。そしてこの世界で始めた弓術まで。

 そんな彼女に最初に立ちはだかった壁が"弓晴手"ニャロライン・ニャレッジだった。

 

「なんなんだよあいつ!」

 

 <闘弓大会>において、シスルは幾度となくニャロラインに負けた。

 シスルが弱かったからではない。

 弓術の技巧は初期から優れており、戦術においてもティアンに学ぶことで成長を重ねた。

 或いは数十年鍛えれば、いずれは神域に至るかもしれない。

 異能(スキル)も優秀だ。特に速度強化と威力強化の二重により、シスルは多くの敵を仕留めてきた。

 弓矢の性能をエンブリオに任せることでジョブビルドの自由度も高い。

 好みにより前衛に近い機動力を得た彼女は射手相手の撃ち合いでも強い。

 向き合ってのよーいドンでも弱くないが、特に遠距離開始の自由形ルールで強い。

 その彼女があらゆるルールでまるで歯が立たなかった。

 

 射撃精度。速射性能。狩人としての戦術構築でも。

 最大射程と最大弾速、平均威力でこそ勝っていたが、それだけだ。

 直接戦闘でも、戦果を競う競技会でさえ。

 まるで勝てなかった。培ってきたプライドが粉々に砕かれ、シスルは絶望して。

 

 

 

「―――いや、別に絶望しないだろ、そんなことで」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでシスルに使わせたん、だ!?」

 

 ライズ・ライムは戦いながらニャロラインに問いかけていた。

 シスルが抜けた分戦局は確実に悪くなっている。

 だがライズ・ライムは【絶唱】だ。HPを大きく削ることで強化を増やし、一時的に敗北を先延ばしにすることぐらいはできていた。

 ただしその代償は数分後の敗北を確定させる。

 シスルの結果如何ではそれ以上に悪くなる。最後の切り札を切ったとしても誰一人落とせない可能性も高い。

 それを承知でライズは乗った。戦友の頼みだからだ。

 ニャロラインはどうなのか。付き合いの浅いライズには予想できなかった。

 

「そうですね。一つはアナタの歌です。

 汚染重度のフラーレンを揺るがしたアナタの歌があれば、彼女なら可能性がないでもない」

 

「フラーレンやお前よりメンタルが強いって? そこまでには見えなかったが……よほど地獄を超えてきてんのか」

 

「逆ですよ」

 

 ニャロラインはおかしそうに笑う。

 勘違いしている子供に噛んで含めるように言葉を紡ぐ。

 

「強者を生むのが鉄火場ばかりでなく、道場で安全に学んでいた子供が、むしろ物心ついた頃から戦場にいた子供より癖なく強く育つことがあるように。

 人の心も地獄を潜り抜けることで強くなるとは限りません。

 深い絶望を味わうことで鋼のように鍛えられる心があれば、

 深い幸福の中で育ち咲き誇る華のような心もあります。

 それが本来、人類が総体として待つ強み、真なる無限の可能性(樹形図)なんですよ」

 

 一時すれ違った仮面の男を想い、ニャロラインは語る。

 真っ直ぐな心を度重なる敗北の中でむしろ強めた戦士。

 僅かな交錯の中で感じ取った彼とシスルの心は対極に近い。

 

「シスルは自分を溺愛する両親に深く愛されて育ちました。だから自己肯定感が強い。

 彼女はたいていのことを簡単にこなす才能を持っています。だから成功経験が多い。

 生来待つ善性が我の強さを世間と衝突させず、彼女は(じぶん)が強いまま育ちました。

 敗北しかけでも勝利を信じて、敗北してもめげず、己を毀損することなく現実に立ち向かっていける。

 誰も穢すことができない純白の心。

 自分さえ見失わなければ、彼女が過去に負けることはない」

 

 心を震わせ自らを見つめ直させるライズ・ライムの歌があれば。

 シスルなら勝てると、ニャロラインの理性と直感は判断していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完膚なきまでの敗北があった。

 積み重ねの全てを失うような悲劇があった。

 人生を懸けた賭けを失敗した。

 なにもかもから裏切られる幕引きを見た。

 

 本来なかったはずの過去を押し付けられ、ごく少しずつ、シスルの精神が削られていく。

 

 "強弓"シスルの勝機は三つある。

 一つは過ちのない過去。大きな後悔も、自分を疑う悩みも、手痛い失敗も味わっていない彼女は掘り起こされて困る地獄を一切保有していない。

 その過去が変えられていく。

 一つ一つでは感情の方を疑うシスルに対し、大量の絶望が少しずつ思考を捻じ曲げていく。

 

「いやでも……そこまでかぁ?」

 

 二つ目は圧倒的な我の強さ。

 才能や感性では及ばずとも、我の強さだけならどんな天才にも負けない強度がある。

 それが他者の感情に付随する違和感を嗅ぎ分け、『自分がしないもの』として規定する。

 その強さも歪められていく。

 膨大な記憶と感情が『本来の自分の感情』を褪せさせ見失わせる。

 

「なんか……なんか違う気がするんだけど」

 

 過去と今が塗り潰されていく。

 

 マスクド・ライザー。数多の敗北を超え折れぬ精神的超人。

 その男すら、事前に説明を受けた上でも一人では抵抗しきれなかった。

 

 人を形造るのは過去と化した現在の積み重ねだ。

 それを破壊されて立ち続けられる者など、いない。

 

「あたしは…………」

 

 

 

 

 

 シスルがデトネイターと戦う一方で、ライズ・ライムは焦っていた。

 勝利のロジックは理解した。その上で、致命的な問題がある。

 

「おいニャロライン!お前のアイデア、一個欠点があるんじゃないか!?」

 

「なんです?」

 

「こんな戦いの中で、()()()()()()()()()()()()()()!どうする!?」

 

「―――あ」

 

 やべぇ。

 間の抜けた声が戦場に響いた。

 ライズ・ライムの顔が真っ青に染まる。

 

「マジで考えてなかったのか!?」

 

「いやあっれおっかしいですねェ、私の勘が間違えるわけないんですがいやほらこんだけ戦い続けて酷使され続けて疲れちゃってるからなー」

 

「言ってる場合かッ!」

 

 マズい。

 

 シスルの顔色が加速度的に悪くなっているのがライズ・ライムの視界の端に見えた。

 たった一人で立ち向かえるものなどなく、故に抗う者と導く者のたった二人で立ち向かうのがデトネイター攻略のための最小単位であったはずだ。

 その片翼としての自分が機能していない。

 計画を破綻させるには致命的すぎる瑕疵だ。

 なにより、このままではシスルの精神が危険だ。

 

「くそっ、どうにかして時間を作って―――」

 

「っ、落ち着け狼狽えるなッ、ここで集中を切らしたら―――」

 

 ライズ・ライムの焦りから出た手打ちの槍を、【払神】の技が宿った剣が滑らかに受け流した。

 最悪の方向に受け流された槍が彼女自身の次手を阻害し、連鎖して大きな隙を生む。

 

(ま……ずッ!)

 

 狙い定められた【抜刀神】の剣が鯉口を切る。

 その後ろで【剣王】の奥義が構えられる。

 ライズ・ライムに不可避の死が迫る。

 

 

 

 

 

 シスルの記憶が塗り潰されていく。

 偽りの感情。偽りの記憶。偽りが本物を毀損する連続。

 

「違う……あたしは虹を……!」

 

 それでもまた、シスルは戦っていた。

 人生の軸となる過去。始まりの記憶(ビギンズナイト)

 どんなに記憶を歪められても燦然と輝く思い出がある。

 

 

 幼少の頃。両親と共に山に登ったことがあった。

 それほど急峻ではない、それでも幼い子供には難儀する山岳。

 灰色の雲が低空と山中を覆い、生来の負けん気で突き進んだ彼女の瞳も涙にうるんでいた。

 

(くっそー、来るんじゃなかった!

 パパたちは絶対楽しいって言ったのに全然楽しくない!

 天気悪くて景色微妙だし!上まで登った後下りもあるんだけど!?)

 

 内心不満たらたらで黙々と山を登る。

 口から出さないあたり年齢に見合わぬ両親への気遣いと優しさが表れていたが、顔に出ていた不満を見取った両親は申し訳なさそうにしている。

 本当はもっといい天気で気長に歩く登山予定だったのだ。

 それが曇天となり、見るものがないからと全力で山頂に突き進む娘に引っ張られるように進んでいる。

 

「そ、そろそろ一旦休憩しないか?パパちょっと疲れてきたなーなんて」

 

「……まだいけるでしょ。早く行くよ」

 

(愛しの娘に見る目があってつらい!)

 

 手を替え品を替え、速度を落とさせようとする両親の努力がまるで通じない。

 我の強さと負けん気の強さが幼少から遺憾無く発揮されていた。

 やがて雨まで降ってくる。

 雨宿りできる場所は見事に通り越し終わっており、彼らは山頂付近の小屋を目指した方がいい位置にいた。

 

「うっ、うぅ……がぁ……!」

 

(娘が獣のような唸り声を……!?)

 

 怒りだ。怒りしかない。

 情けなさや悲しさや悔しさを圧倒的な怒りで粉砕しながら進み続ける。

 

 やがてその足が止まった。

 長い時間かけて、ついに少女たちは山頂付近に到達していた。

 

 山小屋に入ろうとする両親に、止まった少女が追い越されかける。

 

「……どうしたの? 早く入りましょう」

 

(もういやだ)

 

 到達した少女が感じたのは達成感ではなく虚無感だった。

 疲労。苦痛。寒気と濡れた衣服の鬱陶しさ。

 苦労して戦い続けた少女が得たものはそんなものだけだ。

 山登りという勝負に負けまいと戦い続け、終わった後に得られる高揚感は皆無。

 

 全て己の決断により生じた事象だ。それでも。

 現在より遥か若い、幼い少女にはそれが酷く堪えた。

 

 

 虚ろな目で振り返る。

 帰ろう、と足が麓への道に向かう。

 雨の中、疲労を癒してもいない体で帰路に向かう。

 なにもかも誤った思考が、その時はひどく正しく思えた。

 踏み出そうとした足が空を切る。

 

「あれ―――」

 

 少女の体を母親が後ろから持ち上げていた。

 

「なにを」

 

「ほら行くわよさぁさぁ入った入った」

 

 小柄な少女を強引に持ち上げ山小屋まで運ぶ。

 意外とパワーがあるんだよなぁと他人事のように思ったことをよく覚えている。

 

 

「もう、ぶーたれるのはそのぐらいにしときなさい」

 

「んー……」

 

 小屋の中、母の手が濡れた服を着替えさせる。

 しあげにわしゃわしゃとタオルで濡れた髪をかき混ぜられた。

 少女は座り込んだまま、抵抗する気力もなくうつむいている。

 

「**は疲れちゃったんだよな?」

 

「疲れてなんか……いるけど……」

 

「――は頑張ってくれたのに楽しく出来なくてごめんなぁ。

 父さんの力不足だ。もっとちゃんと準備するんだったよ」

 

「いいよ……別に。パパが悪いわけじゃ……ないから」

 

 言葉とは裏腹に、少女の顔は暗く苦しそうだった。

 親に不満がないわけではない。その心を押し殺して優しい言葉を紡ぐ。

 それは生来の優しさと親から貰い育まれた愛情が生んだ言葉だったが、今の彼女の疲労しきった心では、己の心をすり潰しながら形作られる言葉でもあった。

 そんな言葉を聞かせられれば、父親も口を閉じるしかない。

 

 父親が自分を卑下して今回の一件を収めようとする言葉を、娘の愛の言葉が止める。

 文章にすれば綺麗な出来事なのに、そこには重苦しい空気しかなかった。

 

 父親が自分を責める限り、娘はそれを否定しなければいけなくなる。

 娘が登山自体を否定する言葉を吐けば父親は自分を責めるだろう。

 だから不満があるのに何も言えない。

 互いの首を互いの優しさで絞めあうような、救いようのない時が流れる。

 

 

 パン、と柏手の音が静寂を破った。

 

 

「じゃ、行きましょっか」

 

 鳴らした母親の口から能天気なほど明るい言葉が出る。

 一つ伸びをした彼女はそのまま小屋の外に出た。

 

 雨は霧雨ほどに弱まっていたが、それでも消えたわけではない。

 呆気に取られていた二人も慌てて母を追いかけて小屋を出る。

 

「ちょっ、ママ!今はまだ小屋にいた方がいいよ!」

 

「そうだよママ!なんか……()()()()()謝るからさ!」

 

 何で怒らせてしまったのか、そもそも怒っているのかもわからないまま出る言葉は意味不明な響きを霧の中に投げかけた。

 少女の母親は振り向くこともなく、ぬかるんだ山道を楽しげな歩みで踏破する。

 踏み固められた平地を歩くように泥坂を歩む。なぜか靴は泥に汚れることがない。

 彼女の母はそのような異常性を垣間見せることがあった。技巧なのか、幸運なのか。或いはもっと別の、神懸かりとでも言うべきものか。

 

 山頂に向け歩みを進める母の口から、背後の娘に向けた言葉が零れる。

 

「**、頑張りは常に報われるとは限らないわ。精一杯やっても結果に繋がらないことはある。良かれと思ってやったことが悪い方向にいってしまうことも」

 

「そ、そんなのわかって」

 

()()()()()()()()

 

 それは神託に似た、確信に満ちた断言。

 

「貴女の頑張りは常に報われる。精一杯やれば結果に繋がる。良かれと思ってやったことは最後には必ず良い結末を導く」

 

 根拠も説得力もまるでないはずの言葉。

 それがなぜか()()()()()

 理性よりも感情に、感情よりも本能に、人間の根源たるところを直接掴まれ揺さぶられる感覚。

 

(でも……)

 

「見なさい」

 

 曇天と雨。

 失敗の象徴。

 どれだけ美辞麗句を並べられても変えられず、理性をもって絶望を伝える運命の象徴が。

 

「え、嘘……」

 

 ()()()

 

 

「うわ……うわぁ! すごい!きれい!」

「いやぁ……すごいな。絶景だ」

 

 その光景を見て、娘と夫の満面の笑顔を見て、その女性は微笑んだ。

 美しい光景だ。雲の割れ間から日差しが差し込み、山脈の木々を輝かしく彩る。

 そして山頂より見下ろす景色には、大きな虹が。

 

「すごい……すごいよママ!」

 

「いいえ、すごいのは貴女。貴女が頑張ったから、私達はこの景色を見れたの」

 

 今シスルが思い返しても、あの時の出来事はよくわからない。

 

 母は天気を知っていたのだろうか。変化に勘づいていて、悲嘆に暮れる娘を励ますためにそのようなことを言ったのだろうか。

 

 可能性に賭けたのだろうか。変わるまで粘るか、必ず変わると信じて娘にも信じさせるためにあのような振る舞いをしたのだろうか。

 

 或いは、()()()()()()()()

 運命が、幸運が、意志が。或いは天候をも―――。

 

 

「自分を信じなさい、**。

 進み続ける限り、貴女は必ずまたこの光景に辿り着くわ」

 

 ただ一つ確かなことは。

 

 その日の虹を。

 母の言葉を。

 生涯信じ続けることだけが。

 

 

 

 

 そして記憶が奪われる。

 差そうとした光が消え雲が黒く厚みを増し空が急激に翳っていく。

 

(あれ、私は虹、を―――)

 

 虹を見れなかった記憶に。期待を裏切られた記憶に。絶望を抱いたまま人生を歩む記憶に変わり――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シスルが苦悶しライズ・ライム達が死闘を繰り広げている遥か遠く。

 街二つを挟んだ先、100km以上もの遠方に、()()はあった。

 

「データ到着!想像以上の精度です!直接ぶち込みますか!?」

 

「上空爆破だ。弾頭は事前指定通り()()()()()()()()()。一手で戦局を変えてやろう」

 

「アイアイ!」

 

 山を切り崩し森を切り拓き岩を積み上げて作られた人工の要塞。

 その中央に直径数m、全長数十mを超える長大な筒が五丁、聳え立っている。

 その周囲には宿舎や整備舎があるが、周辺数キロに渡り集落も街もない。

 その巨砲のための立地であり巨砲を撃つことだけが存在意義なのだと、誰であっても一目で理解できる極端要塞。

 

 かつて地球にて、パリ砲と呼ばれる世界最大の巨砲があった。

 その最大射程は1()3()0()k()m()。高度40kmを経由し大気の薄い成層圏を通すことで第一次大戦中にそれほどの超射程を実現させ、120km先のパリを直接攻撃した、当時世界最長射程を誇る兵器であった。

 

 現在の地球において、この類の兵器はほとんど残っていない。

 自ら飛翔するミサイルの性能向上。航空機の台頭。

 砲身を酷使し精度と射程に限界のある巨大砲塔式は技術発展の波に飲まれていったと言える。

 

 だがそれ故に、技術的な再現難易度がやや易しい。

 加え高位金属が現実以上の強度と熱耐性を持ち、スキルでの耐性付与や砲弾強化ができるこの世界では。

 砲撃強化スキルにより大砲の各種性能を単純強化できるこの世界では。

 ミサイルや爆弾の研究と製造が地球ほどの水準に達していないこの世界では。

 敵の射程内に入るリスクが高く、射程外から一方的に攻撃する価値が非常に高いこの世界では―――。

 

「あの忌々しい"東西不明"が落ちたなら俺達に届く牙はねえ。

 俺たち世界最強砲撃軍隊(クラン)、<ウルトラカノン>の最強っぷりを見せてやるぞ‼︎」

 

「さっすが総督情けねぇことをかっこよく言う!」「一生着いていきますヨォーー!」「も、もう撃っていいんスよね!待ちきれないっス!」

 

「よっしゃボケども気合い入れてけ!

 【闘壊砲(クラッシャー)】、Licht・Einbruch・Geschenkの三基に装填!」

 

「装填確認!」

 

「てぇ――――――‼︎」

 

 

 

 

 ライズ・ライムが見せた致命の隙。

 トドメを刺そうとしていた剣群の矛先が急に上を向いた。

 ライズ・ライムが釣られて上を向く。

 

「星―――?」

 

 銀色の流星が三条、(そら)より降った。

 

 否、空中にて分たれて数百に。一帯をまとめて砕いていく。

 

「っ、なんだなんだ!?」

 

 盾と槍で衝撃を受け流し駆け回りながらシスルの方に後退する。

 幸いシスルの居場所には届いていなかったが二発目があればわからない。いざとなれば彼女が守る必要がある。

 "御守刀"の方を見る。憑依剣群が衝撃から彼女を守っているのを見て複雑な感情を覚えた。

 だがそんなことを気にしている場合ではない。

 敵が味方か、介入者の次撃を戦姫の勘が知覚する。

 

(二手目が来る!)

 

 再びの三条の流星。

 

 そして上を向く視界の下端から、何かが。

 

(今のは―――)

 

「―――槍か!」

 

 この戦場内にて最長最速の遠距離狙撃手。

 "投槍"の槍がこともなげに砲弾を撃墜する。

 

 だが、打ち抜かれた砲弾はただ墜ちるのでは無く、爆発した。

 

 爆風と共に、雨が降る。

 

「……雨?」

 

 局所的なゲリラ豪雨。

 視界が水霞に包まれ、更に雷が轟いた。

 雷光と爆発光が天に光り地をも揺らす。

 天の変化をその目に写し、"弓晴手"が口角を上げた。

 

「なるほど、()()が最後のピースですか」

 

 都市間の超射程を誇る砲弾の投射。

 榴弾徹甲弾だけでなく、たった三つで百を砕く拡散弾。天候さえ変える魔砲(魔法)弾を保有し。

 もはや拠点からの移動すらままならぬほど長大にして強大な巨砲を操る、超広域攻撃型の砲戦クランがある。

 

 <ウルトラカノン>。

 皇国の【エンペルスタンド】に次ぎ世界第二位の砲撃射程を誇る、レジェンダリアの破壊屋である。

 

 

 状況の変化にライズ・ライムが戸惑う中、脳に直接くぐもった声が響く。

 

『聞こえるか。"監視員"だ』

 

 状況を外部から捉えているだろう監視員の声に、ライズ・ライムはほっとする。

 

「アンタか。こりゃどうなってる?」

 

『お前たちが"東西不明"を葬ったことは上に報告した。

 "投槍"が生きている以上<マーヴェリック>は出せないという判断だったが、<ウルトラカノン>による支援砲撃を送るそうだ』

 

「支援砲撃!?アタシらも巻き込まれてるんだが!?」

 

『砲撃クランに無茶を言うな。あんな距離で移動しながら戦ってる状況でうまく識別できるわけないだろう。

 お前達が離れた今は攻撃範囲から外している。

 それでも必要というのは私の判断だ。随分押されていたからな』

 

「いや、確かに助かったけどよ」

 

『このレベルの相手では足止めが精々だ。砲弾も有限ではある。

 そう長く続くものじゃない。これだけで死ぬ敵でもない。

 仕切り直し、策があるなら今のうちに準備するといい。

 ―――あるんだろう?何かが』

 

「―――!ああ!」

 

 足元で苦悶を続けるシスルを見る。

 豪雨に雷轟。およそ歌など響かぬ環境だったとしても。

 この距離ならば、ライズ・ライムの歌は届く。

 

 

 

 

 

 雲は晴れない。このまま続けば三人諸共に倒れてしまう豪雨が降る。母親が哀しそうな顔をし、父親が帰ろうと呼びかける。

 

「…………」

 

 そんな光景を、既に()()()見続けていた。

 

「**!もう帰ろう!」

 

「…………いや」

 

(何か、何かが)

 

 悲しみ。怒り。絶望。失望。苦痛。敵意。

 シスルの胸には溢れるほどの悪感情が渦巻いており、その全てがシスルの歪んだ記憶に適合していた。

 あとはシスルが諦め帰り、この記憶をそのような記憶として保存すれば終わる。

 そのはずなのに。

 

「**!」

 

(まだ、何かがある。あたしのこの、胸の中に)

 

 悪感情に埋め尽くされる心の中、その奥に微かな(おもい)がある。

 何かもわからず、時間経過で薄れていく光。その光を頼りに立ち続ける。

 やがて消える光だとしても。その光だけが、他の何よりも近くに感じる。

 

 そして、歌が。

 

「歌……?」

 

 音源を探る。それは地のどこにもなく、雲の向こうから聞こえてきた。

 厚い雲が遮るこの地に響く、輝ける虹を思わせる音楽(ムジーク)

 

「ああ、聞こえる……この歌が、あたしの心を起こしてくれる」

 

 歌に呼応し、心臓が強く脈打つのを感じる。

 弱まった光が輝きを取り戻す。魔を祓い己を取り戻させる旋律。

 縮こまっていた手足が伸びる。背が二回り伸張する。それは陽を浴びた植物のように。

 

 やがてその身は現在(いま)に至る。紅白の装束が身を包む。

 

 母親が不思議そうに自分を見る。

 

「**、なの……?」

 

 その戸惑いが妙に面白く、シスルは笑った。

 

「"強弓"シスル。それが今のあたしの名前だ。そうだろ―――【インドラダヌシュ】!」

 

 曇天を貫き、虹色の輝きが稲妻の如く降り注ぐ。

 頭上に手を翳す。微かだった胸の光は今や地上の太陽の如く溢れ出し、天より落ちる虹と繋がり一つの弓を生み出した。

 曇り空を思わせる灰地の弓に、走る夜天の如き漆黒の(ライン)

 ひと回り大きくなった弓を引き絞れば、灰地が瞬く間に虹光に染まる。

 七色を超え、黒をも含む八色の極虹。

 

「暗雲雨天にこの悪夢、まとめてぶち抜けッ!」

 

 それは閃光弾(フラッシュバン)にも似た轟音と瞬光。

 

 果たして虹矢は言葉に違わず、天地を照らすほどの輝きで突き進み、太陽めがけ飛んでいった。

 同時に世界が歪み崩れていく。いつからか、或いは最初からか。この場所は既に記憶ではなく夢の世界。シスルの意識が薄れ、現実の肉体が覚醒し始める。

 

「いってらっしゃい」

 

「うん。―――いってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷雨が止む。中央に立つのは槍持つ男。

 それは自然災害と遜色ない被害を齎す魔砲弾を、たった一人の槍が封殺し終えた証明だった。

 

 遥か遠方にて、総督と呼ばれた軍服の男が唸る。

 

「雷轟轟く雷雨の中、音を遥かに超えて飛来する弾頭を……全弾効果発揮前に先んじて落とせるやつがいていいのか?バケモンだな」

 

「距離遠くてよかったですね総督」「戦況あんま変えられませんでしたね総督」「多分もう弾の無駄ですけどまだやります?総督」

 

「視界が開けちまったからなあ。他の足止めにもならねえ。天才ってやつはどいつもこいつも……」

 

 "投槍"の方角の空を仰ぐ。雷雨の後の灰雲がまだ残っていた。

 天才とは雲のようなものだ。空高くに座し、手の届かないところで生き、災厄も恵みも投げてくる。

 只人に抵抗することはできず、ただ流れていくのを待つばかり。

 そんな怪物どもにも負けぬ力を得るために、単一の存在に依存しない戦闘クランたる<ウルトラカノン>は結成されたはずだった。

 

(使うか?【()()】。指名手配されるリスクもあるが……)

 

 レジェンダリアのクランの主なら、誰もが最悪の切り札を持つ。

 彼にとってそれは【禁弾】という。最低でもキロ単位に甚大な被害を残す、クランの生産系総出で作ったはいいが使う前に満場一致で封印された破壊の象徴群。

 それは酸素を自己生産し水の中でも燃え続ける燎界の火。或いは狂化した風の精霊を封じ込めた弾頭が着弾地域を古生代の酸素濃度に書き換え続ける回帰の嵐。或いは弾丸自身を破壊し(コストに)衝撃を超拡大する地盤砕き(プレートクラッシャー)

 扱いを誤ればこの砲撃陣地を容易く無に帰す諸刃の力は本来ならSUBMやイレギュラー、最低でも神話級を相手にした場合のみ使うことを()()()()()()()()超絶兵装であったが。

 もはや"投槍"を始めとする一団はそこに並び得る脅威と判断できた。嘘だ。単に()()()()()()ことに腹を立てているだけである。

 

「……総督?」

 

「ああ、悪い。そうだな……」

 

 不穏な空気を漂わせる総督に仲間が違和感を覚え、総督はどう言いくるめるかを話しながら考えようとする。

 その時だった。

 

「……うん?」

 

 空が。

 

 彼方の空が、極虹に染まる。

 

 

 

 

 

「あたしの目が覚めたからにはこの馬鹿騒ぎもおひらきの時間だ。全員もれなく起こしてやるよ」

 

 天を染める虹光の輝き。それは虹弓が湛える極大の光。

 この戦場の怨念と魔力、その全てを喰らい尽くさんばかりに魔弓が唸る。

 

 力を集め際限なく蓄積し、また元々持ち主の魔力を吸い上げ力と変えていた【インドラダヌシュ】の性質は、魔力と怨念を際限なく集められる『デトネイター』と極めて相性が良い。

 まして膨大な怨念地帯が隣にあるこの戦場。本来の彼女なら分単位で蓄積する力が秒単位で加算され続ける。

 それだけであればただ蓄積されただけの攻撃だ。

 この戦場に残る誰もが耐え、迎撃し、或いは回避しうる。

 だが。

 

「《威力強化》×《追尾》―――――― ×()()()()》」

 

 『デトネイター』の効果はもう一つ。

 <エンブリオ>を強化し、その保有効果を拡張する。二重が限界の強化を三重にすることなど造作もない。

 

 地上の虹から天空に向け、津波の如く光が走る。

 頭上の暗雲を夢幻の如く消し飛ばした一矢はその身に宿る追尾の力に軌道を捻じ曲げられ、束ねられた千の虹が山の如き"漸増巨人"に降り注ぐ。

 

 誰かが槍を投じた。誰かが聖別の光を放った。誰かが魔剣の力を発した。誰かが身を盾にして割り込もうとした。

 

 誰一人、止められなかった。

 

 巨大にして愚鈍ならざる巨人は機敏に反応したようにも見えた。不完全ながらも『デトネイター』の力を引き出し魔力と怨念により増強し続けたその装甲。山岳に例えられるまでに拡張した過去最大の城鎧。宿る攻撃力と防御力は超級の域に到達しており、格上との戦闘経験は無意識に体を動かす。

 光に向けて両の拳を叩きつける、上乗せするのはジョブスキルによる強化。もはや攻防力の総計は超級の上位に届いている。

 まずその腕が消えた。

 次に頭部が消失し、胸部を喪失し、腹部が消えると同時に潜んでいたマスターが死亡し、エンブリオたる鎧が消える直前に全ての光が残さず残りを平らげた。

 

 ライズ・ライムが虹を見上げるように目を細める。

 

「これがシスルが手に入れた新たなる力―――」

 

 再び、シスルが弓を引き絞り、放つ。

 一筋の光が戦場を走る寸前、狙われた聖槍使いは全力の聖壁を張り、射線から外れようと動く。

 《殺気感知》に《危険察知》。どちらも有効な距離であり、どれほど早い攻撃だろうと一瞬の対応時間を与えてしまう。

 

「《速度強化》×《威力強化》×《追尾》」

 

 閃光が彼方に走る。

 聖槍使いの遥か右方に射出された矢は狙い通りに壁を避け、急カーブを描いて聖槍使いに直撃した。

 

 回避を許さぬ追尾。前衛の防御力を障子のように破る威力。追加の行動を一切認めぬ速度。

 二重の強化が三重になる。たったそれだけと呼べるはずがない。

 仮に未来が見えても対応不能な一撃必殺。それがこの戦場でも上位だったはずの強者を蹂躙していく。

 

 その矢の先が"投槍"に向く。

 彼女の壁である"弓晴手"と互角以上の怪物。雲上を走るいと高き槍。

 だが、今の彼女の弓であれば。

 

「《速度強化》×《威力強化》×《追尾》―――《五月雨弓矢》‼︎」

 

 これまでで一番の力を込めて、弓が強く強く引き絞られた。

 放つ。天より降る神速なる百の虹矢。

 

 

 寸前、目の前に槍が。

 

 

(――――――)

 

 達人でも"あった"と思えぬ空隙に捩じ込まれるは神の槍。

 死の境地に引き延ばされる思考が像を結ぶよりなお早く、神速の投槍はシスルに迫る。

 頭部を砕かれれば握った矢を放てるわけもなく。今放とうとしても長槍が視界を遮っている。

 

 威力で劣っても。速度で劣っても。飛び道具としての性能で天地の差があったとしても。

 この戦場にて"投槍"のフラーレンは技巧一つで最強を示す。

 

「―――させるか!」

 

 キン、と澄んだ音が響く。

 割り込んだ槍が槍を逸らす。握るはこの戦場にて二番目に秀でた才覚持つ槍使い、ライズ・ライム。

 

 次が来る。その次も来る。その次も来る。槍に終わりはなく、息つく間は与えられない。

 だが【絶唱】は【歌手】系統。膨大な肺活量が息継ぎ無しの全力歌唱さえ可能としている。

 

 舞踊に似た体捌き。終わりなき槍舞が飛槍を流し時間を稼ぎ続ける。

 強大な衝撃に手足が軋む。流しきれなかった槍が頬を掠め血飛沫が舞う。それでも。

 

 ほんのひとときシスルと目を合わせ、告げた。

 

「かませ!」

 

 "弓晴手"ニャロラインもまた弓を引く。

 九割以上を"投槍"の妨害に。一割未満で他の戦士達を妨害し、隙を見せた者を容赦なく爆殺していく。

 シスルに目を向けることもなく呟いた。

 

「仕上げは任せます」

 

 

 シスルは思う。

 人間性能において、対人戦闘力において、"投槍"は今尚自分の上に立つ。

 かつて虹を見せたのも自分の力ではなく、自然の、或いは(ママ)の力だった。

 

(それでもいい)

 

 因縁深い好敵手と、偶然出逢った友の力を借り、格上の強者に勝てるのならば。

 その絆を含めた全てが自分の人間性能だ。

 

 泥の中で優雅に咲き誇る睡蓮のように。

 邪気渦巻くこの戦場の怨念を満開の花束に変えて、虹の弓は極限の光を解き放った。

 

「――――――"極虹"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは決着に足る一撃だった。

 かつての敗北を超えさせる、大いなる離別の一撃だった。

 『デトネイター』の生み出した暴虐を、悪を、止めるに相応しい力だった。

 

 

 だが。

 

 

「……なんだ?」

 

 壁があった。

 あらゆる攻撃を拒絶する白亜の壁。

 数多の強大な竜を殺し尽くした氷期の伝承から生まれた異能。

 その正体を知る男はこう呼ぶ。

 

「【絶滅白壁 アイス・エイジ】。―――間に合ったか」

 

 最高の一撃を防ぎ切り。氷の壁は崩れ去るように消えた。

 壁の向こうには()()()()()()が悠然とあたりを見回している。

 

「残っているのは四人か。悪くない」

 

 あの極虹を防いで当然のように振る舞う飛び抜けた防御性能。

 ニャロラインは驚きを笑顔の下に隠して考察する。

 

(一度だけ、或いは短時間だけ機能する無敵防御スキルかしら。いや、何か―――)

 

「てめえ誰だ!なんでそいつらを庇う!?」

 

「落ち着けってシスル。―――アタシたちはそいつらの敵じゃあない!

 むしろ暴走してるそいつらを止めようとしてるんだ!アンタも同じ口か!?だったら―――」

 

「ああ、気にしなくていい。むしろ続けてもらわなければ困る」

 

 その男は彼女達の驚きを意に介さない様子でそう言った。

 

「いや、感謝はしておくか。ありがとう、シスル。ライズ・ライム,

 君達のおかげで最後の材料が手に入った」

 

「ああ!? 何言って」

 

 そこでようやく彼女達も気付く。

 こんな男が急に目の前に出てきたにも関わらず。

 ―――暴走者達が誰一人、動こうとしていない。

 

「妙ですねぇーっ!彼らは庇われたからと言って動きを止める殊勝な連中ではありません!」

 

「わかってる!」

 

 三者三様の嫌な予感に身を委ねるように攻撃を仕掛けた。

 

 シスルが矢を放つ。会話の間に人一人を殺すには十分な力が溜まっていた。後衛では見切れぬ神速。

 同時にニャロラインも矢を放った。相手のリソースが多いほど強く爆破する巨壁殺し。

 ライズ・ライムも槍を投げる。"投槍"から学んだそれは完成度で遥かに劣るが、並のマスターでは止められない威力がある。

 息を合わせる必要もなく、戦士達は白衣の男を狙い三つの死を重ねた。

 

 それを阻むものがあるとすれば。

 

 

「―――【レイラシャオン】、【ザ・サン】」

 

 【レイラシャオン】という銘を持つ魔剣がある。

 使用者及び切りつけた相手に流れる時をかき乱す。すなわちAGIがランダムに変化し続ける制御不可能な魔剣を、僅かな一瞬のみ制御し、自分の知覚速度を極端に上げることを可能にした魔剣士がいた。

 振るうは【ザ・サン】。太陽光を蓄積し光剣を放つ。代償として身を焼く光さえその者は光剣に乗せることができる。神速の矢も光速には及ばず溶け落ちる。

 

「―――頭が痛い」

 

 その男は特別なことは何もしなかった。ただ普通に槍を投げ、神域の普通(いつも通り)がニャロラインの矢と相殺させた。

 

「【無銘なる抜刀神群(ジ・アンシース・オブ・ノーネーム)】」

 

 特別な銘を持たぬ、しかし無名の極限に在る量産魔剣が槍を防いだ。

 その魔剣群に宿る【抜刀神】の魂さえ、量産された既製品(デッドコピー)でしかない。

 

 白衣の男は指一本動かさなかった。代わりに告げる。

 

「【天宣響命 サイレン】」

 

 ライズ・ライムは気付く。その発言はスキルの起動語句ではない。文字通りの"宣言"。

 

「何を……何を()()!?」

 

 

 

()()

 

 

 

 一瞬、時が止まった。

 それはあまりにも非現実的に響く。

 

「で、できるわけねえだろそんなこと!

 <マスター>の精神だぞ!?プレイヤー保護がある!」

 

「デトネイターは既にその規制を半歩乗り越えて心を歪めていた。そうだろう?」

 

「だとしてもだ!」

 

 デトネイターは負の記憶による精神破壊と記憶改竄を実現していた。

 だとしても、それは無制御により実現した暴走状態。

 改竄内容まで左右できるわけではなく、デトネイターの摂理を利用して任意の方向に意思を操ることは不可能と言える。

 

 デトネイターだけならば。

 

「もう一つ。その規制を半歩乗り越え、()()()()()()()()()()()()な?」

 

「…………!?」

 

 "武装探偵"ウェーブは脳信号を感知し干渉するモンスターの力を使い、ライザーの精神に呼びかけ、目覚めさせた。

 ライズ・ライムは己の歌を介してシスルの自我を呼び覚ました。

 それは人として素晴らしく、奇跡的で、美しい事項であったが。

 白衣の男は容赦なくその奇跡を解体し、露悪的なまでに分析し切る。

 

「片方が強い精神力を発揮し、片方が外部から記憶と意識を刺激することで感情を喚起し自我を取り戻させ、『デトネイター』を正常に起動させる。

 興味深い試みだったよ。盲点だった。

 "Nobody's Perfect"……だったか?

 "人の心は一人より、誰かと共に在った方が強くなり、強く自己を認識する"。

 そして認識させた自我がエンブリオによる暴走を克服する。

 美事な所業だが……人の心を短時間で変えた、という事実は変わらない」

 

「長口舌をッ!」

 

 攻撃が飛び、今度は剣を鞘に収めた男が盾になった。ニャロラインが"投槍"に封殺されている今、誰も無敵の体を崩せない。

 男は至近で散る光を気に留めず話を続ける。

 

「ありえない話のようでいて、考えてみればおかしくはない。

 精神が薄弱になっている状態だからエンブリオの暴走感情に対抗できない―――というのは、外部からの干渉についても等しく作用するんだからな。

 一般的な洗脳のメカニズムと同じだ。

 心を薄弱に追い込まれれば、異能の宿らない言葉でさえ精神支配を可能にする。

 正常な状態であれば正誤を判別し自己を保つことができても、デトネイターを影響で精神を病み自分を見失っている状態であれば、如何様にでも操れる」

 

 露悪的な表現を辞めない。

 或いは露悪だとも思っていないのか。科学的な飾り気のない表現を露悪と捉えてしまう方が悪い―――とさえ思っていそうな様子で。

 

「【天宣響命 サイレン】は複合洗脳能力だ。

 人間の記憶を読み取り、思考と記憶を任意の方向に歪める暗示をかける。

 まともな精神状態の人間を対象にしても気分を変える程度にしか機能しない力だが。

 デトネイターで暴走中の人間ならば自由自在―――とまではまだいかないな。今刷り込めているのは私の守護を含めた二、三条件だ。いずれはもっと自在に操れるようになりたいものだな」

 

「下衆が、安い欲望おったてやがって!」

 

 シスルの怒りは先ほどから限界を突破し続けていた。

 煮え滾ったマグマの如き憤怒。人生のワーストを更新し続けている。

 

「こいつらはお前みたいなやつに遊ばれるために生きてるんじゃねえぞ!

 強くなろうと必死でもがいてる奴、善意で動いた誰かに思われてる奴!

 それをてめえが従えるためだけに!」

 

「おいおい、勘違いするなよ。だからだろう」

 

「ああん!?」

 

「強くなりたいんだろう。

 だから強くする。()()()()()()()()()()んだ」

 

 

 強くなるとはどのようなことだろうか?

 心身のバランス。能力の伸長。新技の開発。精神の成長。

 長所を伸ばすこと。短所を埋めること。安定感を増すこと。リスクを高めてでも最大値を高めること。

 様々な評価基準がある。だとすれば、或いは。

 

「私が操った方が強くなるのなら、その方がいいだろう?」

 

 

「君達の戦いは参考になった。先の戦いもな。

 "投槍"は良いデータを残してくれたよ。

 『暴走を克服せずともデトネイターは効果を十分に発揮する』。

 そして『その効果は使用者の要望・精神状態に応じた内容に組み替えられる』んだ。この意味がわかるか?」

 

 一瞬、シスルは何が言いたいのかわからなかった。

 一瞬の後、『まさか』と気づく。

 口に出す前に、白衣の男が口火を切った。

 

「ならば正常稼働より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 正常な意識を保っている全員が唖然とした。

 馬鹿げている。"強くなりたい"と思ったとして、強くなれるから精神を支配されることを許容する者がいるだろうか。

 いるわけがない。五歳児でも理解できる道理だ。

 

「任意のタイミングで、特定の力を発現するように人格を歪め、力を引き出す。

 いずれ聴覚と視覚を完全に操りこちらで向ける先を選べるようにまでなれば、最強の力を現実的に運用できるだろう。

 エンブリオの意思もより強き意思があれば優越できる。そこに正しさは必要ない」

 

 精神を操る。人格を歪める。一切を支配下に置く。

 およそ人の尊厳というものをまるで歯牙に掛けない悪行を、悪とも思わず行える異形の精神。

 

「試そうじゃないか。君達の成し遂げた正常稼働と、私の考える異常稼働。

 どちらが強いのか、どちらがより『アームズの先』に相応しいのかを!」

 

 

 場に残る暴走者は四人。

 

 "投槍"のフラーレン。

 "魔剣使い"カーヴ・セッウ。

 "御守刀"御守。

 "不抜"オニオン。

 

 暴走し、およそ人としての意思を失っていたはずの戦士達が。

 今、瞳に澱んだ光を宿す。

 

「デトネイター起動」

「デトネイター起動」

「デトネイター起動」

「デトネイター起動」

 

「【虚魔投器 トナティウ】」「【虚魔目録 ノヴム・オルガヌム】」「【虚魔剣帝 アポテオーシス】」「【虚魔王剣 フルンティング】」

 

 暗く、昏く、黒く、闇く。

 力が、意思が、思考が、<エンブリオ>が。

 暗黒の力に歪まされ変化する。世界そのものが歪むような威圧感。

 

(こ、の……圧は……!)

 

 シスルの覚醒に勝るとも劣らぬ、それでいて破滅的な空気。その四乗。

 

(正常起動に匹敵する異常起動……こりゃハッタリじゃねえぞ)

 

 デトネイターを正常起動させた"強弓"シスルは勝利困難だった準<超級>を瞬殺し、"投槍"でも放たれれば敗北し得る力を手に入れていた。

 戦場の天秤を傾けたほどの力。

 それが逆側に四つ乗ったとすれば天秤は戻り、どころか大きく傾き直る。

 

「四対三、偏りはあるが作りやすさも強さの一種か」

 

 じり、と四者が歩を進める。

 

 

「―――」

 

 シスル達の足が僅かに退きそうになった。それを気合いで留め、しかし敵に向けられる矢が、槍が、迷いを見せる。

 全員を落とせる可能性は皆無に等しい。皆無でなく、小数点以下の彼方に存在していたとして、果たしてどう動けばできるのか見当もつかない。

 全霊を賭せば、或いは誰か一人、ないし数人なら落とせるかもしれない。そして残り全員が、何より白衣の男が生き残る。最悪だ。誰をどう落とせば最悪を少しはマシにできるか。

 

 悠長に考えている時間はない。直感で決められるニャロラインをシスルは横目で見る。

 ぎょっとした。

 

「戦うのはかまいませんが―――」

 

 この状況、このタイミング、この期に及んで……()んでいる。

 

「アナタの相手はワタシたちだけではありませんよ」

 

 

 瞬間、視えたのはこの戦場でも一人か二人。

 黒銀の流星が天より降る。

 

 一直線に、白衣の男に向け迫る、人の星。

 

「《ライザーキック》!」

 

 機敏な動きで一人が軌道に割り込んだ。

 手に持つは魔剣。

 

「【罪禍(つみわざわい)】」

 

 天地妖刀四十二染の一振り……ではなく、それをアイデア元として作られた【妖精郷怨器五十五僭】の第二十三番。

 魔剣と化したエンブリオにより怨念の量を増大させたその剣は、マスクド・ライザーの蹴りを受け止め、その代償に大きく壊れる。

 武器を砕かれたことについて、"魔剣使い"は気にも留めない。

 【罪禍】は刃に受けた損傷を呪いとして送り返し、更に損傷量以上に増大する怨讐の魔剣。

 増加した質量がライザーを弾き飛ばし、呪詛がその命を蝕もうと鎧に届く。

 

 だが。

 

「呪怨系状態異常など、今の俺には意味がない」

 

 黒銀の鎧が呪詛を弾いた。

 『デトネイター』により魔剣と化したヘルモーズは当然に他の呪詛への耐性を持つ。

 更に怨念の吸収、自然魔力の使用による膨大な魔力量。

 生半可な呪いはおろか、強力な呪詛であっても容易には耐性を貫けない。

 それを全身鎧として纏っているライザーは、事実上呪怨系状態異常に完全なる耐性を持つに等しい。

 

 反撃を無傷で乗り越えた上で、ライザーは警戒を深めていた。

 

(今の蹴り(ライザー・キック)を防がれるか。なるほど、やはりこの力でも容易な敵ではない)

 

 直線的な攻撃とはいえ、今のライザーの単身最大火力とも呼べる蹴り。

 それをこともなげに防いで見せた。

 ライザーの強さをワンランク引き上げているのと似て非なる、『デトネイター』によるブースト。

 

 それを為した男は冷や汗ひとつかかず"魔剣使い"に守られている。

 

「なぜ貴様がここにいる!『デトネイター』の製造者!」

 

「誰何より先に奇襲か。レジェンダリアに染まってきたな」

 

「ほざくなよ。貴様は躊躇ってもらえるような立場じゃない」

 

「どうかな。君が会った相手が私ではなく、分身体のひとつに過ぎないとしても同じことを言うか?」

 

「……本体再現型のレギオン、トムに似た仕組みか?

 どうあれ同じことだ。貴様から生まれ貴様が肯定する悪辣さであるのなら、俺が立ち向かう理由にはなる!」

 

 ライザーが再度構える。

 場の誰もに引き寄せられるような感覚が芽生えた。

 堂に入った見栄に相応の中身が入った立ち姿は、ただそれだけで意識を引き寄せる域に到達している。

 

(流れが変わった、か)

 

 "強弓"シスルは流れの変化を感じ取る。

 たった一人の増援が、それ以上の力となることがある。

 ニャロライン。シスル。ライズ・ライム。強者三人がいてもなお危うかった雰囲気が、どこか大きく違っている。

 一度は"投槍"一人に逃げるしかなかった男が、それほどの存在感を纏っている。

 

「おい、ライザーつったな!

 半日で随分変わったもんだが、手伝ってくれるってことでいいんだよな!?」

 

 シスルの言葉に、ライザーは仮面の下で驚いた顔をして、ほどなくして不敵に笑った。

 

「ああ―――背を任せてくれるか!?」

 

「あたぼうよ! あたしらで全員ブチ殺すぞ!」

 

 

 気炎を上げる二人を見て、ニャロラインは菩薩の笑み(アルカイックスマイル)の裏で極めて興奮していた。

 彼女や"投槍"が才の極限ならば、二人は精神の極限に至りつつある。

 折れず砕けず進み続ける、人の輝きの象徴は心だ。

 それを二人も間近で見られる。

 

(今日はなんて素晴らしい日なんでしょう)

 

 極めて珍しく、内心の恍惚が滲み出た邪気をうっすらと纏いながら、ニャロラインは矢を構えた。

 精神状態で力を強める女は今、過去最高のコンディションに突入しつつある。

 

「頑張ってくださいね、フラーレンさん達。

 くれぐれも、ワタシが全員爆破して終わりなんてことにならないように」

 

 その挑発に白衣の男が眉をひそめた。

 『デトネイター』に一切関係しないニャロラインは白衣の男にとって数合わせの敵に過ぎない。

 

()()()()()()?)

 

 男の動かした指を合図に"御守刀"の剣が振るわれようとする。

 完全同時の神速なる抜刀八撃。

 射程内では如何な"弓晴手"でも分が悪い。

 番え放った矢がうちの一本を爆散させ、意に介さず残りの七本が迫る。

 

「アタシをお忘れかい?」

 

 現れた盾が再び剣群を防いだ。

 剣技が神速の神技だとしても、使い手が二流ならライズ・ライムには通用しない。

 まして何度も見せられた動きなら。

 

(攻撃の拍子(リズム)は掴んでる。もうこれは問題ないな。

 問題があるとすれば)

 

 視線の先で、うっすら"御守刀"の目に意志が宿るのが見えた。

 邪魔をした敵に対する苛つきと憎悪。

 明らかに意識が目覚めつつある。

 

(この転調、まだまだ気を抜けねえな)

 

 

 奇襲が防がれたことに白衣の男は嘆息し、しかしあっさりと切り替えた。

 

「まあいいか。四体四、わかりやすい話だ」

 

「貴様は戦わない気か?」

 

 ライザーが警戒する。

 "強弓"。"弓晴手"。"永翔響鳴"。"仮面騎兵"。

 "投槍"。"魔剣使い"。"御守刀"。"不抜"。

 白衣の男は数に含まれていない。

 

 研究者であれば戦闘が不得手という可能性もある。

 だがこんな形で戦場に顔を出している悪を、非戦闘者として扱う気はライザーにはない。

 抵抗しないとしても隙あらば倒す。

 デトネイターの影響の残滓と悪行への怒りが苛烈な感情と対応を引き出している。

 

 それを見て、白衣の男は懐に手を入れた。

 ライザー達が警戒する中、長い白衣の内側で何かが地面に落ちる音がした。

 水滴が泉に落ちるように、()()は地面に吸い込まれる。

 

 正面に構えるライザーだけは、裾を出て地面に届くまでの一瞬にその姿を捉えていた。

 

(今のは……宝石か?)

 

 卵のような、種子のような、独特な光沢を帯びた宝石。

 見覚えがある。だが思い出せない。

 内心で記憶を走査するライザーをよそに、白衣の男はエンブリオを起動させる準備を済ませた。

 

「どちらでもいいが、君が期待するなら手を出すとしようか」

 

 

 白衣の男は、その<エンブリオ>がこの世界でもっとも例外的だと考えている。

 モチーフひとつとってもそうだ。

 

「さあ、起動しろ―――」

 

 エンブリオのモチーフは多様だ。

 古い神話や伝説を始めとして、現代に生まれた都市伝説や怪物の名を借りることもあり、創作である童話や偉人の著作を冠することもある。

 だとすれば、理論上は現代の作品が名を冠することも可能だろう。

 だが、理論上は可能だとしても、()()()が使われる可能性はゼロに等しいほど小さい。

 

 それは現代の著作物。

 それは歴史に名を残すことが既に確定している作品。

 それは唯一、このゲームで名を引用しても問題が発生しない現行遊戯作品。

 

 あらゆるエンブリオの名に特別性が存在しないとしても、その名を冠するエンブリオが特別でないはずがないと言い切れる異常存在。

 

 

「―――【無量蒔種樹 インフィニット・デンドログラム】」

 




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