The NEXT for Force Detonator   作:みそしる

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10月9日はデンドロ10周年!
本日更新2回目です


CX The Next for Fourth Detonator

 

 

 それは数年前のこと。

 白衣の男がこのゲームを始める前の話だ。

 

 

「ダメだなこれは。形状の特異さに対して精度が高すぎる。今から作るならコストとリターンが釣り合うのは三十年後といったところか」

 

 手に持った機械を無造作に放り捨てる。

 半ばまでバラバラにされた道具は狙い過たず"没(不利益)"と刻まれた箱に収まった。

 広い部屋には他にも"採用""採用(高コスト)""没(非現実的)"などと記された大きな箱が置いてあり、どれも分解された機械が適当に投げ込まれている。

 部屋の一角にはシートの上に分解前の機械が丁寧に積まれており、また別の一角には弁当やカップ麺のゴミが無造作に放置されている。

 一日のほとんどをここで過ごす、彼に与えられた仕事場だ。

 

 一人の軍服の男が扉から入ってくる。

 部屋を見渡してゴミの山を見て嫌そうな顔をする。彼の顔馴染み、立場的には上官の一人だ。

 

「邪魔するぞ」

 

「おや、どうも。また新たな解析の依頼ですかな?」

 

「そのふざけた口調はやめろと言っているだろう」

 

 言葉の刺々しさとは裏腹に、どこか二人の距離感は近い。

 長年の付き合いの結果、というよりは彼の性格に合う上官を更に上が用意した結果だ。

 彼のために上官を用意する。そんなことが許されるほど、彼はこの組織に求められている。

 或いは、この()にも。

 

 軍服の男は手に持っていた機械を投げた。白衣の男がどうにか受け取る。

 ヘルメット型のヘッドセット。旧世代から見れは玩具にしか見えないそれは、今や世界の誰もが知っている道具。

 

「<Infinite Dendrogram>―――最新鋭のVRゲーム用機だ。お前も噂ぐらいは知ってるか?」

 

「ああ、現行世代の最新鋭機・最新ゲームを数世代は突き放した異次元の代物……でしょう?

 不完全な感覚・整合性の微妙な視界・処理速度による不具合・不完全ダイブ型だった旧世代機に比べ、完全な感覚・完全な整合性あるグラフィック・不具合のない処理速度・完全なダイブ型として完成され、内部のNPCも膨大な数の高性能AIがいるとかいう。

 現代人作のシロモノじゃないでしょうな。まーた宇宙人案件ですかな?」

 

「どうだろうな。過去の案件とも毛色が違うのが事実だ」

 

(投げ渡してもいい、落ちても問題ない強度と重量。これだけでも脅威の技術力が伺える……と言いたいところだが)

 

 目を細める。それに気づいているのかいないのか、軍服の男は尋ねる。

 

「肝心なのはサーバだが、そちらは今は手出しができん。

 この機械から探れるだけの情報を探って欲しい。

 これを使ったのが何者かはわからんが、使われている技術はどれも数世代後、扱いによっては我が国の発展を大きく進める。それは他国にとってもそうだ。

 我が国が後塵を拝するわけにはいかん」

 

「かまいませんよ。()()待っててください」

 

「……!? 五分でか!? いや、貴様の有能さはよく知っている。だがいくらなんでも」

 

「残念ですがそれだけあれば十分ですよ。見ればだいたいわかります」

 

 機械の外観を一瞥して内部構造を概ね理解する。

 あらゆる器物を精密に分解し、見切ることでその性能と()()()()を詳細に把握する。

 使われている技術を部屋から出ることもなく解析し、再現するためのコストを割り出し、国益に叶う結論を正確に出す。

 解析というジャンルにおいて異常極まる適性。

 理論の限界を極めた頭脳と理論を超越した感性の融合。

 あまねく模造妨害(コピーガード)の天敵として、彼はこの研究室にしまいこまれている。

 万が一にも、他国に渡さないために。

 

「この機械に、貴方方が期待するものはなにもありませんよ」

 

 

 

「一言で言えば、この機械は凡庸な送受信機です」

 

 宣言通り五分で微塵に分解し、白衣の男は軍服の男の前に座っていた。

 バラした部品で手遊びしながらつまらなそうな顔で話し出す。

 

「このヘッドセット一つで完全に意識をゲームサーバの中に落とし込む。

 言い換えるなら脳から発される全信号の中で都合のいいものだけ抜き取る、或いは体に送られるのを止める。

 脳に精密極まる五感情報を挿入する。

 サーバに人一人が毎秒発する膨大な量の情報を送り、またサーバから人一人が認識する全ての情報を受け取り続ける。

 或いは超高度な生成AIの類により処理ラグを誤魔化す。

 ―――そんな機能は全く入っていません。

 優れた技術が全く使われてないとは思いませんが、うちの国でも製造できる、ごくごく普通のヘルメット型コンピュータですよ」

 

「……いや、待て待て!ではどうやってプレイヤーはあのゲームをプレイしていると言うんだ!?」

 

「そこです」

 

 軍人は狼狽する。白衣の男も、見た目ほどには落ち着いていなかった。

 ヘッドセットが媒介にすぎず、ゲームとしてはサーバが本体なのも事実だ。

 しかし、このゲームに使われている技術はそれどころではない。

 例えば現実の肉体への影響を完全にカットするフルダイブ用の機械は、脊髄プラグ直結型でようやくある程度まともに稼働する、というレベルだ。

 非直結型のフルダイブ機は例外なく失敗している。

 情報の送受信速度にだってまともな限界がある。

 それらを超えているというなら、ヘッドセット側にも数世代後の機構がなければおかしい。

 

 そこに答えがあるとすれば。

 

「この機械はフェイク、ないし目印だと考えるのが無難でしょうな」

 

「―――建物の外、或いは地球の裏側からなんらかの干渉法で使用者の脳に影響を与えていると?我々が察知できないような手法で」

 

「ええ。まぁ、こんな量産されている凡庸な機械一つ一つになんらかの超常能力が込められている、という案でも大差はありませんが」

 

「我々に手立てがないという点で、か」

 

 白衣の男は既に一切の興味を無くした顔をしていた。

 異能を持つ存在というのはこの地球に数多く存在する。

 妖怪、悪魔、超人、聖人。どれも実在することを彼らは知っている。

 そういった存在に対処する機関もある。が、それは彼の領分ではない。

 器物を分解し構造を分析するのが彼の仕事だ。

 少なくとも軍が直接サーバーを奪取でもしなければ自分に仕事はないだろうと、そう思っていた。

 目の前の軍服の男が嫌そうに口を開くまでは。

 

「では……ゲーム内部からなら、どうだ?」

 

「……本気で言ってます?」

 

 いよいよ呆れ顔を隠すこともなく、白衣の男は皮肉な笑みを作り肩をすくめる。

 

「ゲーム内部からサーバをハッキングする。手法として過去事例がないとは言いませんよ。

 例えばプログラムに負荷をかける、或いは内部でプログラムを書き込める場所を探す。

 ―――効果があると思いますか?ユーラシア大陸級のバカでかいフィールドと膨大な数のAIを扱う完全なVRゲームですよ。

 自分達のサーバの処理能力限界があると思っている者の考える世界じゃあない。

 あとは精々、デバッグエリアへの侵入ですが……私なら、そんなことをしようとするアカウントがあればエリア侵入時点で即時BANしますね。

 まあ、やりたいなら止めませんよ。世界最大国家の力を生かして軍人全員ダイブさせて人海戦術でもしてください。私なら即時この国からのログインを停止させますがね」

 

「わかったわかった。貴様の意見は十分にな。それはそれとして、上層部からの命令だ」

 

 軍服の男は本当に嫌そうに、白衣の男にまた一つのヘッドセットを渡した。

 

「とりあえず数ヶ月、このゲームを体験して解析を試み、結果でレポートを書け。

 『これこれこうしましたけど結局無理でした』、でいい」

 

「無駄なこと考えますなぁ」

 

「言うな。……お前は期待に応え過ぎなんだ。

 さらなる期待と嫌がらせ混じりの依頼だ、これは。

 悪いがしばらく無駄を楽しんでくれ」

 

「はいはい」

 

 苦労人だな、と他人事のように思った。

 彼が上の思うような結果を出さなかった後、上層部に弁明するのはこの男の仕事だ。

 弁明しやすいように早めに『できませんよ』と伝えてやっているが、それが聞き入れられないことも少なくない。

 

 まあ、彼にとってはどうでもいい話だが。

 

(無限の可能性か。馬鹿らしい)

 

 そのゲームのキャッチコピーを思い出し、白衣の男はつまらなそうに評価を下した。

 

(宇宙が無限に広がろうと我々人類の手に入る範囲が限られるように、可能性が無限であることなどなんの意味もない。

 有限な二点間の距離は無限に分割できるが、無限の長さはない。

 有限を限りなく分割した可能性に何の価値がある?)

 

 異能か、超科学か。

 どちらにせよこのゲームは人類に一切の進歩をもたらさないのだろう。

 架空の無限に期待させ、ただ時間を浪費させる。

 つまらない玩具だと、白衣の男は断じていた。

 少なくとも、この時点では。

 

 

 

 

 

「聞くだけ聞くが、チュートリアルを済ませる前にエンブリオを移植してもらうことは可能か?」

 

「どうしたの?」

「待ち切れないかな?」

「大丈夫!すぐに移植できるよ!」

「チュートリアルが終わったら、ね」

 

「チュートリアルは長めに丁寧にやろうと思ってるんだが、エンブリオにも強い興味がある。できないか?」

 

「んー、いいよって言ってあげたいところだけど」

「ダメだね。だって君、この空間を悪用する気でしょ?」

 

「……まぁ、だろうな」

 

 彼を相手にしたのは双子の姿をしたAIだった。

 このゲームのチュートリアルは特殊な空間で何人かのAIと会話しながら行う。

 故に多少の自由度があり、AIに設定されたキャラクター次第で融通が聞くとわかっていた。

 ならば或いは、ここでハッキングに向いたエンブリオに目覚めれば。

 という彼の思考はわかりやすく見透かされていた。

 

「驚くことはないが、俺について知っているのか?」

 

「要注意人物としてね!」

「どんな人でも喜んで受け入れるのがこのゲーム!」

「だから君に必要以上に干渉することはない!」

「でも露骨にルールを破ろうとするなら役割の範囲で止めるのが私達!」

 

「そうか。まああまり長居する気もない。安心しろ」

 

「長居してくれた方が嬉しいよ」

「<エンブリオ>を育ててくれればもっと嬉しい」

 

「ほう、やはりそれが目的なのか。どうでもいいが」

 

 嘘だ。彼がこのゲームで唯一興味があるのがそれだった。

 尤も、まともな形での興味ではない。

 『こんなつまらないゲームの最大の魅力として語られる唯一無二(ブラックボックス)を完膚なきまでに分解し、誰でも好きな形に加工できる既製品(レディーメイド)にしてやりたい』。

 

 そんな彼の悪意に気づいているのかいないのか、双子はずっと笑顔を崩さなかった。

 

 ただ一つ、困り顔をしたことがある。

 

「名前はいらない、って言われてもね」

「どっかの主人公みたいに『  (空白)』二文字にでもしておく?あんまり推奨しないけど」

 

「いや、それも要らん。完全な空欄にしてくれ。

 名前被りに制限がないのも知っている。

 どうせ名前なんてたいして大事じゃないんだろう、貴様らにとっても、このゲームの仕様(システム)においてもな」

 

「システム的に問題は確かにないけど」

「呼ばれる名前がないのは相当不便だよ?」

 

「必要ならその時その時に名乗ればいい。どうせゲームの名前など全てが偽名に等しい」

 

 その意味のないこだわりを、最終的に双子は通した。

 チュートリアル前にエンブリオを移植するのとは異なり、明らかにどうでもいい話だったからだ。

 

 男にとってさえ、本当に意味のないこだわりだった。

 ただ、このゲームに本当の名を残すことも、このゲームだけの名を自分につけることも嫌がった。

 そのようにして彼は数ヶ月を過ごし、やがて完全に姿を消した。

 

 ただ一つ、彼が生み出した異形なる種子だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――【無量蒔種樹 インフィニット・デンドログラム】」

 

 白衣の男の宣言と同時に、地より影なる大樹が生まれた。

 同時に男の手に種を一つ落とす。掌大の卵のような、宝石のような。

 この場の全員に見覚えがある。だがよく思い出せない。

 

(……まさか)

 

「一応、説明しておこうか。このエンブリオの効果はたった一つ。

 察しがいい者なら既に気づいているだろう。

 ―――『第0形態<エンブリオ>の産出』だ」

 

『―――!?』

 

 場の空気が驚愕に染まる。

 

 この世界に来るマスターに例外なく移植される力の源。

 【無量蒔種樹 インフィニット・デンドログラム】は時間経過によるリソースの蓄積でそれを生み出すことができる。

 元々エンブリオは例外なく、マスターの死後分解され複数の第0形態を生み出す。

 その性質の延長線上とすれば、確かに理論上成立する能力ではある。

 しかし実際には、この世界の何より意味がない力だ。

 使()()()()()()

 

 エンブリオはティアンには適合しない。

 マスターにも二つ以上同時に適合させることはできない。

 モンスター用のエンブリオはある。しかしそれとて、管理AIが加工したからできることだ。

 だとすれば、第0形態のエンブリオを生産することに意味はあるだろうか。

 無い。故に生まれなかった。

 誰にとっても意味のない力だ。無名の男以外では。

 

 

「かつて()()()がこのエンブリオに目覚めた。

 エンブリオの根幹を分析するためには孵化する前、色のつく前のエンブリオを生み出す必要があったからだ。

 しかし本来、これは既存の技術で容易に分析できるものではない」

 

 エンブリオを曲げた指で軽く叩く。既存の物質を叩くのとは全く違う音がした。

 事実、まともなジョブスキルではエンブリオを《鑑定》することができない。

 エンブリオの形態やスキルによる力の高まりも、ほとんどのモンスターは感知できない。

 機構(システム)が違う。規格(ジャンル)が違う。

 鑑定系のエンブリオ保持者ですら、その正体が()()()()()()()()だと知るものはほぼいない。

 

「だが、その男は普通ではなかった。

 刻み、砕き、分解することで、()()()()すら読み取り、遂に僅かながら改造を可能にするほどに」

 

 構造に触ることができるなら、その男に分析できないことはない。

 分解と分析の天才は既に成熟し、理解力は超常の域に達していた。

 

 抜刀の天才がいつか魔力も使わずその身一つで異常現象を起こすように。

 投槍の天才が技術一つで現象の結果を歪めるように。

 弓術の天才が感情一つで道理を超えた成長を成し遂げるように。

 或いはかつて、無限に満たぬ天才が無限による御技(<終焉>の力)を独学で模倣してみせたように。

 

 その男は改造してみせた。その結果が彼の見せた力の数々。

 "<エンブリオ>に適合し発生する<エンブリオ>"。

 最初から上級に近しい力を発揮しながらも進化を失い、必殺スキルも超級進化も行えない時限式にして使い捨ての宝石。

 

「これもその一つだ。【劣性強化 エンブリオ・バッファ】」

 

 白衣の男はノミを取り出して握る宝石を砕いた。

 破片は光る粒子となり、暴走している四人のエンブリオに纏わりつく。

 黒い輝きにより彼らの力の圧が更に高まり戦士達を気圧(けお)す。

 

「発芽前の第0形態エンブリオを元に出来た劣化改造品。

 分化進化の可能性を全て失うが、既存のエンブリオの演算・性能強化部品(バッファパーツ)となることができる」

 

「それを使ってエンブリオに干渉したのか!」

 

「正確にはこれの更なる改造品だが、そうだ。

 考えなかったのか? デトネイターは器物だった。

 エンブリオの進化機能を歪めバグを起こせる器物の素材など、エンブリオ以外あるまいに」

 

「そんなこと考えねえよ!」

 

 やれやれと見下す白衣の男に向けた怒りが滾る。

 どこ吹く風で受け流す男に向けライズ・ライムが踏み込む。

 

「わざわざ出てきた以上、散る覚悟はできてるよなッ!」

 

「君達にそれができるかの検証だ。やってみたまえ」

 

 振り回される槍が竜巻を引き起こす。

 風を生み出す槍と高まった腕力による複合攻撃だ。

 ただ防いでも余波が襲う。範囲を意識した回避不能の一撃。

 

「いざ尋常に―――!」

 

「《神域構築(シュライン・クリエイト)》―――《悲哀の海(ティアー)》」

 

 そこに"魔剣使い"が割り込んだ。

 薄水色の魔剣が光ったと思った次の瞬間には、二人の姿は海中にあった。

 生み出した風の竜巻が逆回転する水の竜巻により止まる。

 

(長距離転移!? いや違う、これは―――)

 

「涙の海に沈んでいけ」

 

 【祀神(ザ・エンシュライン)】という超級職がある。

 呪詛操作スキル特化の【(ザ・ワン)

 呪いそのものを作る・付与する・掛けるのではなく、既存の呪いと怨念を操作し無害化・有益化する技術に長けた者のみが就ける職業。

 魔や悪を神として祀り御利益を生み出すようにする"(マツリ)"の概念を元に作成されたジョブに、"魔剣使い"はエンブリオの力で就職していた。

 

 その奥義が《神域構築(シュライン・クリエイト)》。

 保有する魔具・呪具を基点として、その概念を保有する領域(テリトリー)を展開する。

 使用する魔具に秘められた力と注いだ魔力が大きいほど強大な神域となるこのスキルを、今の彼は膨大な自然魔力を用いて運用できる。

 

「う、おおおッ―――!?」

 

 ライズ・ライムが波に飲まれ、そのまま海の外に押し流される。

 本来《悲哀の海(ティアー)》は妨害用のスキルだ。

 結界により生まれた膨大な質量を持つ海水によるクッション性、多少の海水操作による若干の行動阻害。

 生み出された液体は飲み込んだ分と同量の体液を失わせるため不用意に口を開けてもいられない。

 

 が。

 今の彼が生み出した領域は、余技のはずの液体操作のみでライズ・ライムを押し出せるほど強まっている。

 

「チッ、一筋縄じゃいかねえなぁ!」

 

 どこから取り出したのか呼吸用のマスクをつけて海水に守られている白衣の男を狙うには、盾役の四人から砕く必要がありそうだ。

 問題はその盾役こそが高い防御性能を持っていること。

 砕くためには火力がいる。生半可な必殺スキルを超えるほどの火力が。

 

「ならとりあえず一人、落としましょうか」

 

 ニャロラインが軽い調子でひゅうと射た。

 力が強いほど派手に爆破する。彼女の力は防御型の天敵だ。

 海水結界をまとめて吹き飛ばそうとする。そこに今度は白髪の和装剣士が割り込んだ。

 "不抜"オニオン。(アームズ)が無事に付近にある限り、彼の体も装備も傷つかない。

 が。

 

「わざわざ当たりに来てくれてありがとうございますねェーー!」

 

 矢が防ごうとした鞘に当たり、無敵のはずの装備が爆散する。

 更に体と剣を伝うように爆発が連鎖し続け、跡形もなく消し飛んでいく。

 ニャロラインのエンブリオ、【陽夏射弓 イー】の必殺スキルの名は《激光落陽(イー)》。

 本来器物に対してのみ働くリソース爆破を不定形のスキルに適用させ、更にその爆発は()()する。

 攻性防御だろうと空間操作だろうとそのスキルを伝い使い手を殺す力によって、彼女はかつて天空に居座り広域の光と力を奪うことで無敵を誇った闇の太陽(UBM)輝かせた(爆破した)

 

 例え『デトネイター』により力を高めていたとしても、だからこそ。

 "弓晴手(NewClear)"の矢を受けてはならない。それはあらゆる防御スキルの天敵だ。

 

「はい、一人」

 

 そう告げるニャロラインの眉がぴくりと動いた。

 致命的に爆散したはずの"不抜"の肉体が()()()()()()()()

 

(スキル使用の主体は(アームズ)、肉体はあくまで防御スキルを爆破する余波を受けただけだから爆発はしなかった?

 いえ、だとしても致命傷。剣が爆破四散した以上……うん?)

 

 "不抜"は拳を振りかぶった。そして振り下ろす。

 ニャロラインの無意識の追加射撃より僅かに早く、それは(くう)を叩く。

 

 (そら)が消し飛んだ。

 

「が―――!」

 

 腕を振るだけの動作に一帯の大気が剥ぎ取られる。

 一時(ひととき)光さえ消えたような気がした。押し動かされた空気が光を遮るほどの密度になったために。

 正面に立つ者も、背後で戦っていた者も、例外なく致命の衝撃を受ける。

 

 ライズ・ライムは無数の盾を出した。全てが容易く割られ吹き飛ばされる。

 ライザーは最速で逃げようとした。その風は音より遥かに早く彼の体を打ち据えた。

 ニャロラインが生み出した爆風さえ消し飛ばされる。

 

 彼等だけではない。"投槍"、"御守刀"、"魔剣使い"と白衣の男さえ巻き込まれる。

 

 "不抜"オニオンが持つ切り札。鞘型の特典武具。鞘内に収まった剣の強度を上げ続け、抜き放つ初撃の攻撃力を高め続ける。

 鞘の中の刀を直接攻撃されたとしても損壊を防ぎ、更には一撃に限り超絶の攻撃を生み出すこともできる、その力。

 そこに『デトネイター』の効果が重なった。

 その効果は対象の拡張。

 武装を完全に壊されてもマスターの肉体に憑依することで存在を維持し、マスターの体を刀身として位置付ける。

 

 無論、痛めつけられた肉体は程なくして死ぬ。

 唯一無敵性を持たない刀身と我が身を同一と定義した以上、もはや肉体が傷つくことは避けられない。

 【ブローチ】による無効化も適用されない。それが多大な無敵性を維持する条件だからだ。

 

 だとしても。

 

(死ね。俺を傷付けた奴らは、全員ここで死ね)

 

 無敵性の獲得、武器をその陥穽として抱える力に、如何なる精神が関わっているか。

 それがデトネイターの影響、白衣の男の干渉によりどう変わったのか。

 自分自身すら巻き込む攻撃により退場する男が語ることはない。

 

 ただひとつ。

 

(なんだよてめえら、その顔は)

 

 致命的な攻撃をしてきた"不抜"を憐れむような少女の顔と。

 死に際の乾坤一擲を讃えるような女の顔を見て、よくわからない感情が湧き上がるのを感じながら、"不抜"は死んだ。

 

 暴走者達をも巻き込んで、その場の全員の【ブローチ】を破壊し尽くして。

 

 

 

(あ、まずい。これ死にますね)

 

 ニャロラインは死が迫るのを感じていた。

 一撃は【ブローチ】で耐えられた。

 だが生み出された真空はまた暴風を引き込み、吹き荒れる嵐がやってくる。

 強化鎧に身を包んだライザーを筆頭に、前衛系の者達は耐え切れるかもしれないが。

 前衛系のステータスを持たず強化もなく、撃たれ弱いニャロラインでは耐え切る術がない。

 

(限界を超えて……いや、流石に耐久性を上げるのはきっついですね)

 

 彼女は弓の天才だ。

 弓の扱い以外の適性はそれほどない。

 或いは近接型の天才であれば暴風の中で柳のように衝撃を受け流す体術の一つも使えるかもしれないが、そこまでの幅広い万能性はない。

 

(せめてどうにか"魔剣使い"を仕留めるための一手を……いやどう撃っても彼方に吹き飛ばされますねェ。まいったな、折角のいい場面なんですが)

 

 最後までこの戦いを見ていたかったと思いながら、ニャロラインは暴風に巻き上げられる。

 彼女の主観で三秒後、同じく宙を舞う岩に叩きつけられて死ぬ。その未来がよく見えていた。

 

「後は任せます―――」

 

「いいや。その諦めはまだ早いぜ」

『《フラッシュドライブ・HWE(ハイウインドエレメンタル)》!』

 

 岩にぶつかる瞬間、その岩が砕けた。

 そして彼女の周りの暴風が消え、落下する彼女の体を風のクッションが受け止めた。

 地に降りた彼女のそばに一人の男が立っている。

 ライザーとどこか似て、しかしまた違う鎧に身を包んだ戦士。

 

「"投槍"達はまだまだ健在なんでな。あんたにここで諦められたら困るぜ、ニャロライン」

 

 "武装探偵“ウェーブがそこにいた。

 

「てっきり……援軍はもういないと思ってましたが」

 

「あんたらが粘ってくれたおかげだよ。<マーヴェリック(戦闘機クラン)>の奴らに運んでもらった」

 

 "東西不明"が落ち、"投槍"の意識を"弓晴手"達が引き付けていたこの状況。

 "投槍"の意識が向けば一瞬で落とされる以上、戦域に参戦出来ないとしても。

 飛行機らしく近郊までの輸送に手を貸してくれたのだと、ウェーブは語る。

 

「あの彼らが。なるほど、なるほど。

 ケッヒッヒ、なら私も負けていられませんねェ……限界以上にやりましょうかァーーー!!」

 

 その視線の先には爆風を耐え抜き彼女らに殺意を見せる"投槍"の姿があった。

 両者の距離は彼らの基準においてはごく()()

 弾速の差がほぼ無意味になる距離。

 

「死ね」

 

 漆黒の殺意で槍が放たれる。

 魔剣化した【トナティウ】の性能はこの状況に合わせ端的だ。

 その投槍器(トナティウ)はあらゆるものを槍状に加工し射出する。

 木も。土も。そして―――大気さえ。

 

「風の槍―――!?」

 

「ケヒヒ、そう来ますか。ですが」

 

 ニャロラインが矢を放つ。

 射出され続ける槍が届くことなく爆散する。

 たとえそれが空気であったとしても、槍と言えるほど固められているのなら爆破できる。

 矢は砲雨の間に補充しておいた。また十分以上戦っても尽きない程度には作れている。

 

 だが、押される。

 成長し続けるニャロラインでさえ、"投槍"の射出速度に僅かに劣っている。

 魔剣化による装備補正、身体能力(ステータス)補正の強化。

 それが"投槍"の力を押し上げている。加え、その純色の殺意。

 肉体に負担がかからない範囲を半歩超え、体が軋むほどに力を発揮している。

 

 抑えられたのは数秒。直後に風の槍が直撃する。

 

「風には風ってな!」

『《フラッシュドライブ・HWE(ハイウインドエレメンタル)》!』

 

 再びの致命に、再びウェーブの銃から光が放たれる。

 その輝きは数秒の間周囲を照らし、範囲内の風を鎮静化させる。

 風の槍であるならば、風の力で(ほど)くこともできる。

 

(これは数秒しか持たねえ!同種のメモリが少ねぇからCTで数秒は使えなくなる。

 その間をニャロラインが埋めてくれれば耐えることもできるが―――)

 

(―――同じことを繰り返してくれるほど今の"投槍"は甘くないでしょうね)

 

 窮地を一時退けて未だ窮地。

 彼女らをたった一人で追いつめる"投槍"に立ち向かい、しかしニャロラインは冷めた目で告げる。

 

「輝いていませんねェ」

 

「輝きがどうした、くだらない」

 

 "投槍"は憎悪の目で返す。

 世界の全てを呪う瞳の中で、"弓晴手"への憎悪が膨らむ。

 

「輝きなど所詮君が評価しているだけの虚無だ。

 そんなもの関係なく負ける奴は負ける。欠片も輝いてなくても僕等は勝てる。

 どんな輝きだろうが、天才(僕等)の前にはまだ陰っていないだけの蝋燭火に過ぎない」

 

「わかってませんねェ。勝敗がそんなに大事ですか?

 人が成長するために必要なのは常に自分との相対評価です。

 他人に囚われてないで自分を見ればいいんです。それが結果として人を輝かせるんですよ」

 

「勝てない凡愚が「輝いているからいいや」と思えるかい?

 思える奴はそれでいいだろうさ。だが思えない奴はどうする。どうにもできない。君の精神論は勝てる奴の語る理想でしかない!」

 

(……俺からすりゃあどちらも間違いってわけじゃないが)

 

 ウェーブ視点、ニャロラインは現実(限界)に立ち向かう人の心と行動に輝きを見る。

 が、結果にはそれほどこだわりがない。

 極端な話、力を貸した者が輝いた果てに無様に死んでも、笑って許容するだろう。

 立ち向かうことが人のあるべき姿だと思っている。成長する人間をなにより尊ぶべきだと思っている。

 だから立ち向かえない人間に寄り添うことがあったとしても、それはその後立ち向かわせるためであって、復帰できないなら見捨てていく。

 そんな残酷さ、酷薄さがある。

 

 "投槍"のフラーレンは凡人に期待していない。

 天才である自分の行動に義務感と責任感を持つ。

 凡人が負けても気にせず自分が帳尻を合わせにいく。

 天才の心が曲がっていれば呆れるが、凡人がどれだけ醜悪さを見せても笑って受け流す。

 天才と凡人を明確に区分けする一種の残酷さ、酷薄さ。

 それをウェーブはこの時まで、天才としての超凡な精神からだと思っていた。

 天才としての自尊心を持つことで、凡俗のことを意に介していないのだと。

 

(だがこの憎悪にあるのは、どっちかっつーと……"同情心"か?)

 

 折れた人間への強い情が、折れる人間を気に留めないニャロラインへの殺意を高めているようで。

 

 どこまでが『デトネイター』の影響なのか。どこからが素の彼の心なのか。

 そして交錯する二人の天才の戦いにどう割り込むかを考えながら、ウェーブは銃を握りしめた。

 

「もっと輝いてください!フラーレン!」

 

「死ねニャロライン。君のことはずっと前から―――鬱陶しいと思っていた!」

 

 

 

 

 

 ウェーブは<マーヴェリック>の航空機に乗ってここまで来た。

 旅客機ではなく戦闘機クランであるために、載せられるのは数人が限度だった。

 交渉し、位置を相互に確認し、乗り込むのまで含めればいくら高速でも時間はかかる。

 一度の輸送。数人の移動。交渉の結果通ったのはそこまでだったが。

 

 ここに来たのはウェーブ一人ではない。

 

 

 "魔剣使い"は《神域(シュライン)》を破壊された後、再度展開し直すことで追加の暴風を防いでいた。

 再展開は本来の彼なら負担が大きいが、今の彼には『デトネイター』の加護がある。

 レジェンダリアの地に限り、力尽きることはない。

 

(先の一撃には肝を冷やしたが、所詮は蓄積型の最大火力。二度放てる芸ではない)

 

 戦いのことだけを考える。

 それは"魔剣使い"にとって慣れた、逃避に似た行動だった。

 現状に対する最適な行動を考えその通りに動く。反射に近い思考と行動。

 誰より魔剣を制御し活かす動きは、それ故に誰より魔剣に使()()()()()()

 

 その不自由を選んだ理由さえ見失った彼の結界に、一人踏み込む姿がある。

 

「あたしの前で海開きなんて、洒落た真似してくれるね」

 

 この場で最も海が似合う姿の女。

 海賊服。金髪童顔。そしてその手に―――()()()

 

()()()()()()、起動ッ!」

 

 

 

――――

 

 夢を見ていた。

 誰にも愛されない夢。

 多くを愛しているのに、愛する者全てに愛されず、見放されて悲嘆と絶望に泣く夢だった。

 

「いい加減そろそろ起きろ、チェルシー」

 

 声が聞こえる。

 その声に含まれる友愛が、愛に飢えた心を揺るがした。

 

(なんだろう、誰だろう)

 

「いつまで寝てんだよ。お前、そんなタマじゃねえだろ」

 

(なんかこの呆れ声聞いてると腹立ってくるね)

 

 武器(アームズ)が破壊され、怨念と記憶の挿入が半ば止まっていること。

 二度目の呼びかけでウェーブがコツを掴んだこと。

 そしてそもそも、チェルシーもまた反骨心が強く自由に生きる女だったために。

 しばらく続いたウェーブの地道な呼びかけに応え、ほどなくして彼女は目を覚ました。

 その手に、黒く染まったままの斧を握り締めて。

 

――――

 

 

 

(誰かが言ってた。エンブリオは破壊されても消えているわけじゃないらしい)

 

 エンブリオは寄生生命体だ。

 壊されても復元するのは、マスターの肉体に基礎となる情報を残しているから。

 デトネイターの場合は個体による。

 寄生しているエンブリオが破壊されれば怨念を失い、場合によっては消滅さえする。

 それが力を保ったまま復元した理由を、チェルシーはなんとなく察していた。

 

(あたしが求めたからだ。だから【ポセイドン】も力を手放さなかった)

 

 これほど早く復元したのもデトネイターの影響だけではない。

 チェルシーの心に呼応した。デトネイターも、【ポセイドン】も。

 そしてこの瞬間―――チェルシーは待機状態にあったデトネイターを起動した。

 間髪入れず必殺スキルを発動する。

 

「呑み込めッ、《金牛大海嘯(ポセイドン)》ッ!」

 

 王国決闘第八位、"流浪金海"の代名詞。

 常温にして流体の大金海が"魔剣使い"の海域に直撃する。

 伝説級UBMの動きも止まる大質量。攻撃型の必殺スキルと撃ち合える耐久性。

 つまり今の"魔剣使い"の領域に比べて弱小なる質量攻撃。

 本来であれば、そうだった。

 

(この……《神域》を……呑み込むだと!?)

 

 【ポセイドン】に宿った効果はいくつかある。

 一つは自然魔力消費による効果時間の永続化。

 本来短時間で消滅する一定の金製海を生み出す必殺スキルが、ひたすらに金海を生み出し続ける必殺スキルとなっている。

 それは或いは、時間経過により超級の広域殲滅型にも並ぶ範囲を覆い尽くせるほどに。

 

 そして何より、液体操作能力の規模・精度・速度の大幅な向上。

 "魔剣使い"は魔力増加と能力強化により《悲哀の海》の効果を強めたが。

 チェルシーの強化はもっと直接的であるために、強化量で大きく上回る。

 

 拮抗することもなく、金海が"魔剣使い"を呑み込んだ。

 

「【壕重割刃】―――"擾乱"ッ!」

 

 その海が割れる。

 大質量の金塊を"魔剣使い"の歩みが退けていた。

 その歩みは加速し、いつしか抵抗がまるでないように走る。

 【壕重割刃】。その魔剣の力は質量強奪。

 質量攻撃の形骸化を可能とするが、強奪の末重みを増しすぎてしまい、誰一人扱えなくなった魔剣を、彼だけが振るうことができる。

 

 "魔剣使い"の保有する魔剣は知られているだけでも二十三振り存在する。

 一つの魔剣を攻略してもすぐに新たな魔剣が迫る。

 世界最高の魔剣士。"魔剣使い"カーヴ・セッウ。

 

「魔剣使いに―――()()で勝てると思うな」

 

 おぞましく光る紫の瞳を見据え、チェルシーは挑発するように笑った。

 

「べっつに思ってないよ。こっちは斧使いだからね!」

 

戯言(たわごと)をッ!」

 

 切り掛かるカーヴの前で、チェルシーの姿が消えた。

 金海を(カーテン)のように操り視界を遮る。

 躊躇わず切り捨て進んだカーヴの剣も感覚器も、チェルシーの影すら捉えられない。

 

(この金海は五感潰し……いや、魔力感知すら通らない!)

 

 視界には海しか見えない。

 音が金属の海水に反響し歪む。

 撹拌される海の中では嗅覚も役に立たず、極め付けに大量のリソースの塊の中では多くの感知スキルが機能しない。

 《危険察知》も困難だろう。この海全てが本来危険だ。

 《殺気感知》ならば、或いはどうか。

 

(無理だ、こんな大量の怨念の中では!)

 

 【ポセイドン】は今や魔剣、故にその海の中も怨念と殺意に溢れている。

 この空間内で探知をするならそれ用のスキルが要る。

 "魔剣使い"をして次手の対応に悩んだその瞬間。

 背後から斧が振り下ろされる。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

「まだまだ!」

 

 防御型に切り替えられた装備の上からチェルシーの連撃が打つ。

 防御しようとかざされる魔剣を、鈍重なはずの大斧がすり抜け斬りつける。

 波だ。金の海が生み出す波が彼女の背を押し斧の動きを補助している。

 彼女と斧、どちらかに当たれば無力化できるカーヴの剣がまるで捉えられない。

 虚空を打ち空気を揺らすか、地面を打ち土埃を巻き上げるかだ。

 

(―――巧みで、速い!)

 

 チェルシーの欠点の一つは近接攻撃の弱さにあった。

 中距離攻撃型のエンブリオ。補正を含めても超級職には遠く及ばない身体能力(ステータス)

 罠も仕込みも使えない決闘で、格上に技だけで勝つにはそれこそ神域の技巧が要る。

 それを今、『デトネイター』が克服する。

 

「こ、の、ま、ま……削り切る!」

 

 戦場を飛び交う槍と鎧ほどでなくても、音より疾く動く体と斧。

 波打つようにリズムに乗った攻勢。

 かと思えばリズムを切り替える急激なストップ・アンド・ゴー。

 翻弄される。確かな基礎の上に成り立つ、どこまでも自由な斧術。

 

(そして―――この重み!)

 

 一撃一撃が確かに重い。

 斧という武器の重量もあるが、それだけではない。

 王国に移籍してからずっと鍛えてきた技術に加え、レジェンダリア最強の斧使い、"不凍"アックスの技を間近で見た経験が、更に技巧を高めている。

 斧の技だけで見ても達人の域に足をかけるほどに。

 

「これでっ!」

 

(―――だが)

 

 振り下ろされる斧が跳ね返る。

 なんの変哲もないはずの土埃が彼女の斧を弾き返した。

 土埃に混ざる金属粒子が何に由来するかなど、初見でわかるはずもない。

 

「【罪禍(つみわざわい)】―――"暗雲"」

 

 刃に受けた損傷を呪いとして返し、更に刀身を増大させる怨讐の魔剣。

 膨れ上がった分を粉としてばら撒き砂埃に混ぜ機雷のように運用し、攻撃が当たれば反応して膨張し盾となる。

 知らずに振えば大きな隙を晒すことになる。今のチェルシーのように。

 

「【血祷の贄鎖】、【ザ・サン】」

 

 二振りの魔剣が向けられる。

 血縛の鎖剣(【血祷の贄鎖】)。チェルシーが耐えようとしても動きを止め次で殺す魔剣。

 射光の魔剣(【ザ・サン】)。チェルシーが後退しても命を奪える光速の中距離用魔剣。

 トドメを刺そうと動く時に最大の隙が訪れる。それを"魔剣使い"はよく知っていた。

 

 鎖が伸びる。光が走る。

 そして"魔剣使い"の背後の海が割れ、黒き鎧が飛んできた。

 

「《ライザーキック》ッ!」

 

「っ、貴様ッ!」

 

「遅いッ!」

 

 トドメを刺そうと動く時に最大の隙が生まれる。

 戦場のセオリーであるそれを、チェルシーもよく知っている。

 そしてチェルシーはクランオーナー。更に集団戦を行うかつてのグランバロア決闘二位。

 自分の隙を晒し敵を釣ることなど、息をするようにやってきた。

 

 直撃する。ライザーの跳び回し蹴りが"魔剣使い"の胴をぶち抜いた。

 

 

「さんきゅ」

 

「肝が冷えたぞ」

 

 チェルシーの金海は内外の感知を妨害する。

 だがあらゆる通信を妨害するわけではない。フレンドであれば【テレパシーカフス】で連絡できる。

 自分が正面に回ってライザーの存在を秘匿し、ここぞという時に海を割り呼び出す。

 そして今、痛打を与えた。

 致命打ではない。

 

「【罪禍】……"覆天"」

 

 カーヴは埋まった体を持ち上げ立ち上がる。

 その手には大きく砕けた鎖剣があり、胴鎧は粉々に砕け、胴体には大穴が空き鮮血が溢れている。

 その穴が埋まっていく。膨張する肉体が傷口を塞いだ。

 再生というより修繕とでも言うべき手法。まともな回復の仕方ではない。

 

「あれで死なないのか。尋常じゃないな」

 

「魔剣使いが……魔剣で死ぬものか」

 

 HPは回復していない。やはり不完全な修復だ。

 おそらくは魔剣の性質を己の肉体に適用したその場しのぎ。

 器物ならまだしも、生物では同じ蛋白質で穴を埋めても生体機能は取り戻せない。

 

「こっからはコンビで行くよ」

 

「了解した。指示は任せる。ジェムはどうする?」

 

「勿論使うよ。全力勝負だ」

 

 アイテムボックスからばら撒かれた魔封石が金海の中に沈んだ。

 海の中に仕込んだ小さな石を人知れず動かし罠を張る、海戦でのチェルシーのスタイル。

 少し前の戦い、先の戦争で使った数は取り戻せていないが、要所に使えば十分に役立つ。

 本来水辺や閉所でしか使えないやり方を、今のチェルシーならどこでもできる。

 かつてのグランバロア決闘ランキング二位、"流浪禁海"チェルシー。

 長らく伸び悩んできた彼女は今、あらゆる点でかつてを明確に超えている。

 隣のライザーと同じように。

 

 肩を並べる二人を見て沸き上がる感情から目を逸らし、"魔剣使い"は新たな魔剣を手に取った。

 

 

 

 

 

 

「さーてさて、役者も揃ってきてるねぇ」

 

 ライズ・ライムは戦場を俯瞰し笑みを作る。

 "投槍"はニャロラインとウェーブが抑えている。いつ均衡が崩れるかは読めない。

 "魔剣使い"にライザーとチェルシーが挑んでいる。手札が多くそれ以上にしぶとい彼を相手に攻略し切れるか、五分五分だろう。

 "強弓"はたった一人で白衣の男を押し留めている。誰より得体の知れない男だ。

 そして今、ライズ・ライムは"御守刀"に向かい合っている。

 

「アタシもそろそろ切るべき札を切る頃か。お嬢ちゃんはどう思う?」

 

「…………」

 

 少女は無言のまま、顔には苛立ちだけを募らせていた。

 

 

 

 "御守刀"は幸福に生きてきた少女だ。

 それは彼女のエンブリオが死霊ではなく生霊を操るものであり、更に戦闘以外の機能を一切求められていないことからも理解できる。

 

 生きている者は彼女を愛しており、守護のために力を貸してくれる。

 改めて愛を語らせる必要もなければ生活を手伝わせる必要もない。

 ごく自然な結論としてそう考えている彼女には、親からの深い愛と、聡明な頭脳が生まれつき備わっていた。

 

 とはいえ、どちらかが欠けていればまた違った考えになっていただろう。

 彼女の親は両親共に、非常に忙しい仕事に就いていた。

 必然的に交流の時間は多くなく、休日に職場に引き戻されることもしばしば。

 だが、彼らは決して娘への対応をおざなりにはしなかった。

 いつだって自分達の考える答えを押し付けることなく、真剣に娘と話し合った。彼女が不満そうなら代替案を必死に探した。絶対に裏切らない娘との約束があれば、あらゆる手段でそれを叶えた。

 忙しくとも忙しさに甘えない、立派な親と分類できる。

 

 無論、それは少女の聡明さがあってこそだ。

 もし際限なく求められればどう頑張っても破綻していただろう。

 それでも、彼らが娘のために最善を尽くし続けたことは疑う余地もなく。

 正しく愛の程度を理解できる彼女の聡明さもまた、その大きな愛あってこそのものだった。

 その過去がある限り、彼女は幸福を抱いて生きていける。

 

 では、今の彼女の顔は。

 

「ったく、どいつもこいつも似合ってなさげな辛気臭い(つら)しやがって」

 

「煩いですね……」

 

「……お」

 

 言葉を発する。

 それは会話のようでいてそうでない。いらだちが口からつい漏れてしまったような。

 

「その耳障りな歌……」

 

「おっと、そりゃ悪いな。これだけがアタシの取り柄でね。

 好きな歌でもあるかい?これが耳障りな歌ってんなら、アンタがいい気分になる歌でも歌ってやるよ。なにがいい?」

 

「貴女が楽しそうに歌っていることが、私をひどく苛立たせる」

 

「……そいつは手厳しいね」

 

 とりつく島もない。

 

 楽しんでいる人間全てを憎んでいるような。

 幸福に生きている人間を見ると苛立ちが抑えられないような。

 幸福に生きていたはずの少女は、今や世界を憎む感情に支配されていた。

 

「楽しくなさそうな人を見たら、少しは気分も楽になるかい?」

 

「死んでください。視界に入る人間は、全て」

 

「不幸アピールでもしようかと思ったけど、そういうのは望みじゃないか」

 

「お願い―――【アポテオーシス】!殺して!全部!」

 

 その叫びは憎悪より、ライズ・ライムには悲しみに聞こえた。

 

 彼女の負の心に呼応して、デトネイターが脈動する。

 

 

 彼女のエンブリオの本来の名は【護剣帝 アポテオーシス】。

 "アポテオーシス"は神格化を意味する概念、また芸術におけるジャンルの名。

 他者の魂を写し取れる《分御霊》と剣に魂を宿し操作させる《神は今も此処に在り(アポテオーシス)》を保有している。

 振るう技巧は反射的なものとなり、宿る魂に思考や経験の蓄積、技術の向上等は起こらない。

 魂が持つスキルを使うほどに魂が薄くなり、最後には消滅する。

 

 二つのデメリットを含めてなお強く、しかしデトネイターを使ってもそれほど強くならない能力だった。

 武器を強化することもなく、既に写し取っている魂の質を上げることは性質上できない。

 同時使用可能な武器を増やしても、そこまで大量の武器を保有していない。

 デトネイターの恩恵が少ないからこそ、ライズ・ライムが一人で相手取ることができていたとも言える。

 この瞬間までは。

 

 魂を強化する一般的な方法が一つある。

 

 【アポテオーシス】は暴走の果てに、愛すべき魂を()()()べた。

 

「バカな真似を……!」

 

「世界に残る何もかも、全部燃やして灰になれ!」

 

「それは!お前が愛するものじゃねえのかよ!」

 

「そんなもの、もうなにもッ!」

 

 怨念に浸された魂は変質し、新たな力と暴走状態を得る。

 魔剣に付けてなお変質していなかったのは、少女の力が、彼女の意思が、その心を確かに守っていたからだ。

 

 無意識のセーブさえ踏み越えさせる。それが白衣の男の語る進化だと言うなら。

 

「認めるつもりは元からねえが、いよいよ許す気がなくなった!」

 

 槍が飛ぶ。"投槍"より学んだ七条の飛槍。

 その全てが切り裂かれた。神速の抜刀。八連の最後の一発を盾で受ける。

 その盾が割れた。

 

「ッ、力も速度も増してるか!」

 

 高速の剣をぶつけた衝撃ではなく、斬撃に込められた力で盾が破られる。

 悪霊化の影響。掠めた剣が後ろ髪を切り裂いた。

 女は抜かれた剣が鞘に収められるより早く前に出ている。

 

 だが、そのまま進むことはできない。

 立ちはだかるのは火を点す、四枚羽の意匠の大剣。

 

「【ケルビム】」

 

 少女が告げる。

 旧約聖書に在る天使の名。

 それは回る剣の炎。或いは稲妻の象徴。

 その名を冠するに相応しいという造り手の自負が感じられる、一際強大な魔剣には、当然超級職の魂が宿っている。

 

(あの魔剣に鞘はない、なら―――!)

 

 先手を取ってライズが動いた。

 今再び竜巻を巻き起こす。近接力のない少女に対してなら"魔剣使い"より致命的になる。

 炎をも巻き込んで、範囲型の攻撃を叩きつける。

 

 いかに大きな剣でも守りきれない大嵐。

 その魔剣はただ、己に刻まれた力を使った。

 雪崩の如き超超音速連続斬撃(ソード・アヴァランチ)

 業火を纏った剣で大気をかき回せば、何が起こるか。

 風の竜巻を炎の乱気流が打ち砕く。

 

「十分ッ!」

 

 竜巻を砕いて尚振るわれ続ける剣を槍が柔らかく受け流した。

 そのまま先に抜ける。業火を纏い大気を揺るがす剣に弱点があるとすれば、それは大仰な範囲攻撃であるために剣を己の主に向けられないことにある。

 技を見極める猶予を作らせた時点で、彼女の中距離攻撃は成功していた。

 

 その戦術に欠陥があったとすれば。

 【ケルビム】とは稲妻の象徴でもあるということ。

 

 怨念に染まる魂が躊躇いなくライズ・ライムの背に向け剣を振るった。

 届かない。既に刃の射程からは外れている。

 だが、その剣に炎は纏われていなかった。

 業火を振り切るほど速く振るわれた刃が紫電に光る。

 

 ライズ・ライムが背後から来た耳を劈く音を聞いた時には、極雷が背を貫いていた。

 

 雷撃で炭化した胴体と、麻痺した神経を感じながら、ライズ・ライムは唖然とした。

 

(……うそだろ。あれだけの炎で、それ以上の雷撃だと?)

 

 【ケルビム】にとって、本来炎は()()()だ。

 使い手を巻き込むほどの業火を振り切るほど強く速く振り、刀身の光(紫電)が見えたその時、初めて真なる雷霆が顕現する。

 プレイヤーメイドの中でも一際強力な属性魔剣にして初見殺し。

 

 ライズ・ライムが倒れていく。

 

(―――一手、遅れたか)

 

 【ケルビム】を相手に死を覚悟していれば。

 "御守刀"のデトネイターが更なる力を発揮する前に攻め込んでいれば。

 或いは勝敗の天秤は逆の方に傾いていたかもしれないというのに。

 

 無銘の剣が迫る。

 それより速く、今戦場で最も速い矢の群れが飛んだ。

 

 主の危機に、反射で剣群が矢を切り落とす。

 

 麻痺の只中、僅かに動いたライズの瞳に、白衣の男と戦いながら背中越しに弓を放ったシスルの姿が見えた。

 その一瞬のせいで押され、なおも抗い続けるその背中は、『これで貸し借りなしな』と言っているように見えて。

 

 その一射で稼げた時間は一秒にも満たない。

 剣が敵を選び直す前に、膨大な数の火球が飛んだ。

 一発一発が上級奥義に相当する火力。それを放ち続けることに特化した、弾幕使いのマスターがいた。

 

「一応、名乗っておいてやろう。

 "輝環砲台(グレネードバルカン)"。世話になった分は働いてやろうと思ってきたが、割り込めそうなのはここぐらいでな」

 

「この程度ッ!」

 

「そう、ワシの力はこの程度だ。さて、貴様の力はどの程度かね?」

 

 ライズ・ライムの会ったことのない誰か。

 この戦場の誰かの縁によって訪れたのだろう誰かが、"御守刀"の意識を引きつける。

 中距離型による引き撃ち。射程の有利を押し付ける立ち回り。

 熟練の時間稼ぎであっても、今の"御守刀"に対してはごく僅かな時間だったが。

 痺れが、緩む。

 

「ネヴァー、ギブ、アァッップ!」

 

 未だ痺れが残る膝を殴りつけ、気合いと根性で立ち上がる。

 回復薬を数本まとめて(あお)る。この致命傷では焼け石に水だが。

 

「数分も伸びるんなら十分だよなぁ!」

 

 炭化した胴を崩しながら立ち上がるライズ・ライムを見て、"輝環砲台(グレネードバルカン)"を下した少女がぎょっとするのが見えた。

 その顔が面白くて、こんな戦いに似合わぬ笑いが漏れる。

 

「貴女、不死身ですか……!?」

 

「人は死ぬさ。歌は死なない。だからアタシも、歌い終わるまでは死んでらんないんでね」

 

「何を言って……いえ、何を言おうと所詮は一度倒した敵!」

 

 強化を消費して胴を覆う鎧を再構成する。

 とはいえあの雷撃だ。遮断するのは難しい。

 あくまで炭化した胴体を覆い、なるべく崩さず動かすための鎧。

 

「ふぅーーっ、スゥ―――」

 

 炭混じりの息を吐き切り、戦場の空気を吸い尽くすように肺と腹に取り込む。

 

(吸えて普段の三割ってところか。十分だ)

 

 装備と呼吸の質を切り替える。

 酸欠を装備で防止すれば酸素のための呼吸を無視した歌い方ができる。

 長く持つものではないが、どうせ致命傷を受けた今、残りの命は長くない。

 

 一度は負けた相手にどう戦うかより先に、どう歌うかを考える。

 歌うことが力となる能力を持っていることもある。だがもしそうでないとしても、きっとそうした。

 歌より戦いを優先したことは一度もなく、歌こそが彼女の(いくさ)なのだから。

 

「アタシの歌で、アンタに勝つぜ」

 

「【無銘なる抜刀神群(ジ・アンシース・オブ・ノーネーム)】【ケルビム】ッ!」

 

 神速の剣群が、火焔を置き去りにした迅雷が、たった一人の人間に襲い掛かる。

 微笑んで、ライズ・ライムは槍を掲げた。

 歌う。末期の歌を。

 

戦場に調奏でられ("■■■ ■■ ■■■ ■■")―――」

 

 その一瞬、戦場の誰もの意識が彼女に集った。

 

 殺到した剣群が打ち震える。

 ライズ・ライムの鎧が一つ一つ、剝がれるように光に変わり、生まれた(エネルギー)の圧がそれだけで迫る剣を退(しりぞ)かせる。

 全ての装備が消えた頃には、彼女を中心に膨大なエネルギーが渦巻いていた。

 

「姫も子も、絶えず("■■■■■ ■■)続いた命(■ ■ ■■")を唱う―――」

 

 その歌は【絶唱(デス・シンガー)】の奥義。

 

 古代語にて定められた歌詞(詠唱)がある、歌手系統にして戦奏者系統最終奥義。

 

「高鳴る声に("■■■ ■■)拍子を刻ん( ■■■ ■■")だ―――」

 

 だが、その効果は一つではない。

 

 古来より、それは歌う者が決めるものだ。

 

 その歌が、()()()()()()()()()()()を。

 

「―――少女の歌には血が流れ("■■■■■ ■ ■ ■■")ている」

 

 解き放たれる。

 

 

 

 

 ずっと、どんな歌にするかは決めていた。

 勝つためではない。

 心を動かすために歌っている。

 

 本来歌に不思議な力はない。

 傷を癒すことも、物を動かすこともない。

 人の精神を支配するものでもなければ、隕石を砕く力にもならない。

 

 だが、歌には力があると信じている。

 歌で世界を救えると思っている。

 人の心を支え、勇気を与え、希望を信じさせ、一つにできるものが、歌なのだと。

 

 だから、これは呪歌ではない。

 己を助ける歌でもない。

 聴かせたい誰かを救うための歌にしようと、ずっと決めていた。

 

 

 

 

 

「この歌は……!」

 

 その場に留まっていた黄金の光が白銀に染まる。

 聖なる輝き。闇を照らして光と変える、浄化の歌。

 弱小の怨霊なら触れるだけで存在を消滅させるほどの強度。

 そんな光がライズ・ライムを包んでいる。

 

「長い歌も好きだけど、短いから悪いってもんでもないよな。

 この歌は短いし言語もよくわからないけど、いい歌だと思ってる」

 

「っ、剣が……!?」

 

 唯一装備されたままの槍が少女に向けられる。

 槍の示す先に向け、広がる光に触れた剣が次々墜ちていく。

 

 怨霊の弱点。浄化された魂は原形に戻るわけではなく、歪みごと消滅していく。

 まして魔剣。怨念を力にする剣達がこの領域で力を振るえるわけがない。

 絶対的な相性勝負を成立させられる。

 

 その代償に、己の命を急速に削りながら。

 

「こんな……こんなことが……」

 

「怨念なんかに捧げなきゃ、【神】群の技は振るえただろうよ。

 ……本来のアンタなら、そんな不信は持たなかったんだろうな。

 きっと最後まで、己を守る剣達の魂を信じていた」

 

 孫を見る老婆のように穏やかに。

 生徒に歩み寄る先生のようにゆっくりと。

 武の達人のように滑らかに、話しながら少女へと歩いていく。

 戦場であることを忘れる穏やかさに、少女もまた呑まれつつあった。

 或いはそれも、浄化の光の影響なのか。

 

(なぜ私は……いや、そもそもなぜ、戦おうとしてたのか)

 

 デトネイターもまた、その機能を止めていた。

 怨念が消える。精神干渉と記憶操作が阻害される。

 怨念と精神浄化の歌に、悪しきものを妨げる効果を持たせる。

 可能だ。これだけの()があれば。

 

 だが、全ての汚染が消えて無くなるわけではない。

 記憶は歪んだまま、悪しき感情も残っている。

 その名残りが少女の口を衝いて転がり出た。

 

「一つ、聞かせてください。

 もし……救われるべき人間が救われず、救われるべきでない人間が救われているとして。

 私はそれを、憎んではいけないんでしょうか」

 

「いいんじゃないか?」

 

 それは恐ろしいほど慈愛に満ちた、ぞっとしない肯定だった。

 憎悪の一欠片もなく憎悪を肯定する。

 にもかかわらず酷薄さではなく思いやりに満ちた声色が、少女の心を強く揺さぶる。

 

「でも、アンタは多分、憎むより先にやるべきことがあると思ってるんだろ」

 

「そう……なんでしょうか?」

 

「ああ。アンタは多分、人を傷つけるより愛する人を守ろうとするタイプだよ。

 でも憎悪とか殺意とかそんなもので埋め尽くされちまって、考えるべきことを考える余裕がなくて、考えられてる奴まで恨めしくなっちまった。

 それはアンタがそう思いたかったからこそで、アンタの心はちゃんと真っ直ぐだと、アタシは思うね」

 

「憎悪とか殺意とかで埋め尽くされてるのに、真っ直ぐなんですか?」

 

「ああ。真っ直ぐな奴だから押し付けられた感情も真に受けちまう。

 今後はもっと余計なことも考えられるようになるといい。

 そうすりゃ今度はもっと迷えるやつになる」

 

「迷ってもいいことないでしょう」

 

「迷わずに()()()()()()よりはいいさ。

 迷った上でどうするかを決断する。その決断が早いのはいいが、それは迷わないのがいいってわけじゃない。

 迷うってことは選択肢が浮かんでるってことだ。

 一度止まって考えておくことで初めて、得られるものと失うものを天秤にかけられる。

 あとは好きにすりゃいいさ。どんな選択肢を選んでも糧にできる。アンタならな」

 

「……なんでそうなふうに、人を信じられるんですか?」

 

 一方的な信頼を向けられ困ったように眉を寄せた少女の問いに、ライズ・ライムは胸を張って答えた。

 

「周りの人に恵まれたからさ。アンタもそうだろ?」

 

 

――――

 

『〇〇ちゃんはすごいな!きっと将来なんにでもなれるぞ!』

『〇〇は良い子ねぇ。なんでも言いなさい。なんだって叶えてあげる』

 

――――

 

 

「……そうだったかもしれせん」

 

 思い出したいつかの記憶と、どこか似ている女の笑顔を見て、少女は曖昧に微笑んだ。

 『貴女もその一人です』とは、流石に思っても言えなかった。

 その気恥ずかしさが、むしろ自分を子供のように思わせる。

 ―――いつか言おう。そう思った。

 

 

 

 光が拡散していく。

 この大地に広く広がるように。

 そうして光に消えた一人の女を最後まで見送って、少女は踵を返した。

 

 歩みがだんだんと早まり、やがて駆け出していた。

 抑えられない昂りがあった。申し訳ない罪悪感があった。為すべきと感じる使命感があった。

 その全てから目を逸らさず、少女は辿り着く。

 戦場の中心、白衣の男に斬りかかる。

 

 その攻撃を障壁で片手間に止めて、男は驚いたように眉を上げた。

 

「おや。デトネイターも機能停止して、魔剣もほとんど機能しなくなって。

 もうリタイアかと思っていたが。敵に回るのか」

 

「私の敵になったのは貴方でしょう。

 貴方は殺します。私の怒りが、罪悪感が、使命感が、全ての感情がそう言っている」

 

 まだ記憶が完全に正常に戻ったわけではない。

 だが、この男は生かしてはおけないと確信していた。

 自分を操り、暴走に導き、今なお生きているこの男を殺さなければならない。

 自分を救って消えていった、ライズ・ライムの代わりとしても。

 

「それに、私がもう戦えないと? 勘違いも甚だしい」

 

 魔剣としてほとんど機能しなくなった剣群をしまいこむ。

 そして新たな剣群が鞄から現れた。

 第一陣よりは少なく、されど十分に多く、その質は第一陣と変わらない。

 

「ほう」

 

「これは予備です。私の魔剣はほとんど量産品ですので」

 

 無銘の、強力ではあるが量産品の魔剣を使うのが"御守刀"のスタイルだ。

 そして魔剣士として、常に範囲浄化への対応として同数近い予備を仕舞い込んでいる。

 それが少女の持つ、特別な剣の力を引き出し切る"魔剣使い"とは違う強み。

 

 魂を付与した剣は浮き、少女を囲うように剣を構えた。

 本来の彼女の戦闘スタイル。その力は全く衰えていない。

 

 横目に"強弓"を見る。

 戦場に乱入してきた少女を見て少し驚いて、されどブレずに弓を構え続けている。

 あまり親しいわけではない。互いに存在を知っている程度の仲。

 この人にも大きな借りを作ってしまったな、と思って。

 

「ご迷惑をおかけしました」

 

「あ?ああ、かまわねーよ。人間生きてりゃ迷惑をかけあうもんだ。

 あたしも人様に迷惑をかけちまったことはあるし、そこのバカには信じられないくらい迷惑をかけられてる。あの女に比べりゃ可愛いもんだよ」

 

「比べられても」

 

「ははっ、そりゃそうだ」

 

 丁寧に頭を下げる少女の姿を見て、楽しそうに"強弓"シスルは笑った。

 その笑いはすぐに好戦的なそれへと変わる。

 

「ま、礼も謝罪も今はいらねえ。

 お誂えむきにここは戦場で弓と剣が揃ってるんだ。

 やることは一つだろ」

 

「……わかりました。では、剣にて」

 

 二人の少女が肩を並べる。

 白衣の男に立ち向かう剣と弓。

 近接武器の代表と遠距離武器の代表。

 

「私が来た以上、貴女には指一本触れさせませんよ」

 

「いいな、それ。だったらあたしはその分あの男をぶちのめしてやる」

 

 弓に番られた矢が、鞘に納められた剣が解き放たれる。

 一対の連撃が白衣の男の余裕を崩す。

 そのまま殺してやるよと言わんばかりの攻勢で、二対一の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場全体に撒き散らされた浄化の光が最も影響を及ぼしたのは、アルター王国から来た二人が戦う戦場だった。

 チェルシーもライザーもデトネイターを使っている。

 正常稼働である分悪影響が少なかったが、怨念浄化の影響は基礎能力を明確に落とした。

 その上で、対峙する"魔剣使い"の被害は甚大だった。

 

「ぐ、ぅぅ……!」

 

 まずデトネイターが機能を弱めている。

 戦場全体に広げた分即時停止とはいかないが、異常稼働故に影響は大きい。

 《神殿構築》の再展開をするだけの魔力も得られない。

 加え、男は魔剣使い。

 こちらも完全浄化には程遠いが、振るう魔剣の出力が大きく弱まる。

 チェルシー達が低下した自分達の性能確認に一手使わなければ、そのまま敗北してもおかしくないほどの状態だった。

 

「まだだ……舐めるなッ!」

 

 唯一、メンタルへの影響だけは最小に抑えている。

 戦況と戦闘を切り離す逃避的戦闘法の面目躍如といったところか。

 だがそんなもの、この状況では意味がない。

 

「いいや、そろそろ止め時だろう!」

 

「だね、ここが決め時だ!」

 

 チェルシーの金海が視界を奪う。

 同時に彼女は波に乗って走り出す。撒いた機雷とジェムが"魔剣使い"の動きを妨げる。

 

 ライザーは高く跳んだ。そのまま背後に回る。

 特典武具の分身体を作成する。最大火力の二重(ダブル)ライザーキック。それを叩き込む準備を整えた。

 あとはいつでもいける。金海から出てきた瞬間を狙ってもいい。海の中にいる敵に叩き込んでもいい。

 万が一反撃があったとしても、先に行かせた分身で受けて自分で仕留めればいい。

 チェルシーの合図が決着の瞬間だ。

 

 "魔剣使い"も迫る危険を悟る。

 だが回避の術はない。"流浪金海"チェルシー。"仮面騎兵"マスクド・ライザー。

 デトネイターを使った彼らはもはや、"魔剣使い"をして高みに存在する。

 

(あの黒鎧の男は純粋に強く、相応に疾い。正面戦闘でより強いのはヤツだ。

 だが真に厄介なのはあの女と、この()。こいつが魔剣の初見殺しに対応する余裕を生み出し続けている)

 

 振るえば勝つ。当たれば勝つ。そのような魔剣の技を数多く持つのが"魔剣使い"だ。

 それが十全に振るえない。最大の武器である質量を奪ってなおこの金海は厄介極まる。

 ましてこの環境。魔剣を十全に使えない今、"魔剣使い"に勝機はない。

 

()()()

 

 首に下がる目録より剣を抜いた。

 赤黒い刃。刀身から微かに煙をたなびかせるその剣は"魔剣使い"が持つ中で最強の一振り。

 

「俺は"魔剣使い"だ。……如何なる状況であれ、魔剣で負けるものか」

 

 窮地にて、男は不敵に獰猛な笑みを浮かべた。

 その瞬間だけは、自身を苛む記憶も忘れたように。

 

 

 

 

 

 "魔剣使い"カーヴ・セッウは元々純粋な魔法剣士だった。

 そのエンブリオ、【魔剣目録 ノヴム・オルガヌム】もそうだ。

 剣を介して魔法効果を持つスキルを組み上げ、発動する。

 単純なエンブリオであり、万能性が高いために出力にやや難がある、そんな武器だった。

 それでも気に入っていた。魔法剣にはロマンがある。

 適正なレベル帯の敵を相手取る限りでは、出力不足も目立たなかった。

 

 転機は数年前。

 まだエンブリオが下級の時代、ある日のこと。

 無謀にも旅に出て、七大国外の小国をさすらっていた時に、二人の人間と出会った。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 立っている男を、一瞬死体と見間違えた。

 血に塗れ泥に汚れた惨状。

 ボロ布に身を包んだ男が、大事そうに大きな包みを抱えている。

 それが布で包んだ剣を握り気絶した少女だとわかったのも、後のことだ。

 

 致命傷を負い、HPが尽きる寸前の男を、彼は回復魔法剣で癒した。

 致命傷を治すことはできなかったが、回復魔法で喋る体力を取り戻した男と二言三言交わし、やがて男は力尽き事切れた。

 

「この剣と、娘を頼む」

 

 カーヴは思う。

 見知らぬ他人に大事なものを託したのは、死に際で朦朧としていたからだろう。

 だとしても、託された以上は放っておけない。

 

 自分に得が全くないとしても死に際の男をMPが尽きるまで回復させようとし、頼まれればやれるだけのことをやろうと素直に思う。

 その心根を二言三言で見透かされたからだと、最後まで彼は気づかなかった。

 

 目的なく流離っていた彼にとって、そこからが激動だった。

 起きた少女に素性を告げ、遺言を伝える。

 

「君の親に剣と君を任せられた」

 

 初めはカーヴを警戒していた少女だったが、親を失い寂しかったのだろう。

 或いは警戒心が無さすぎる彼を警戒するのが馬鹿馬鹿しくなったのかもしれないが。

 徐々に彼に気を許し、身の上を話すようになった。

 

「私の一家はある高貴な家に仕えていました。

 父はその家の筆頭剣士。功績に応じて魔剣を預けられるその家において、歴代で最も魔剣を保有する剣士でした。

 ある日、魔剣を求めた強盗が押し入りました。

 父がいれば負けるはずありません。他の門弟も一流の腕前でした。

 ですがどのようにしてか、賊どもは門弟のいない僅かな隙を突き、多くの魔剣が盗まれました。

 預けられた魔剣を失った父は名誉を失い、奪われた剣を探す旅を命じられました」

 

「それで、君も?」

 

「私は自分から押しかけました。

 父は戦場では立派な戦士でしたが、身の回りの物事に関してはまるでダメだったものですから。

 自分なりによくやったつもりでしたが、結局父は旅の中で体調を崩してしまいました」

 

「それで、か」

 

 彼女が抱えていた一振りは、なんとか取り返せた魔剣の中で最も強力なものであるという。

 他は随時家に送っていたが、そればかりは他人の手に任せられなかった。

 敵を誘き寄せる役目もあった。

 そして体調不良の中でも戦い、父親は命を落とした。

 

「父は死にました。御役目も父が死ねばそれまでです。

 当主が役目に殉じたとあらば家の扱いも少しはよくなるでしょう。

 ですが、私は残りの魔剣を集めたい。父の名誉を完全に取り戻したいのです。だから―――」

 

「そうか。なら手伝おう」

 

「よろしいのですか?」

 

「かまわない。君の父にも託されたことだ」

 

 魔剣を狙う敵を二人で凌ぎ、盗まれた魔剣の持ち主を二人で倒す。

 なりたてのマスターと魔剣について詳しい少女。

 魔剣を持った戦士相手に余裕はなく、いつもギリギリの戦いだった。

 

「その煙に近づいてはいけません!

 あれは妖刀【夢惑】!煙に触れれば意識を失います!」

「なるほど、なら風で散らすぞ」

 

「あの魔剣の名は【血祷の贄鎖】。

 持ち主の血を吸い、敵の血を吸い、力に変える呪縛の剣です」

「厄介だな。……敵の血も吸うのなら、毒を吸わせてみるのはどうだ」

 

 楽しかった。

 それが戦いの日々であっても、充実していた。

 戦いの合間の日常も、同世代の友人との旅は楽しかった。

 

「こんなにいっぱい氷菓子を食べるのは初めてです。あれ、うっ、頭が」

「かぶりつけば歯茎が冷える。食べ過ぎれば頭が痛くなる。

 アイスとは魔剣に似ているのかもしれないな」

「カーヴさんって時々真顔で適当にボケますよね」

 

 そして。

 

 旅の中で少女は()()()

 

「死んでも蘇るマスターを庇うとは、愚かな女だなぁ!」

 

「黙れ。今お前に割いている時間はない……!」

 

「なんだ、俺を殺すより死にかけの女に構うのが好みか?

 いいぞ、見逃してやる。俺も親と死に別れた時にはあんま話せなくてなぁ。

 同じ思いをするやつは少ない方がいい。そうだろ?

 三時間後ぐらいに戻ってくるからそれまでには魔剣と別れる覚悟しとけよ」

 

「殺した男の言葉じゃ……いやお前、まさか、既に壊れて」

 

「気にすんなよ。今の俺は気分がいいんだ」

 

 魔剣の代償として精神を破綻させた男をカーヴは憐れんだ。

 すぐにそれも友を失う悲哀に塗り替えられる。

 血に染まる少女はとても美しく、何より痛々しい。

 

「すみません。貴方の約束を……破らせてしまった」

「かまわない。君が君の望むように動き死んだのなら、それはあの人の望みでもある」

「……手、震えてますよ」

 

 強がりを見透かされて、彼は情けない顔をした。

 カーヴは如何なる戦場でも理性的に振る舞うことができた。

 それは彼の戦士としての資質であり、窮地でも悲劇の中でも戦い続けられる英雄としての資質であったが。

 誰より親しい友が死のうとしているこの状況で、手の震えを抑えられるほどではない。

 

「いつか、貴方が言った通りだったのでしょう。

 魔剣なんてない方がいい。歪んだ力は悲劇を生む。

 父の魔剣を奪ったあの男も、奪うように手引きした誰かも、きっともとからロクな人間ではないでしょうが……。

 それでもきっと、魔剣がない方がマシだった。

 父も、こんな扱えない剣を後生大事に抱えなければ……まだ生きて……」

「……後悔しているのか」

「いえ……私はいつだって私がするべきことをしました……。

 でも……そうですね……こんななんの役にも立たない剣を抱えて死ぬのは……どうにも……虚しくて……わかっていたはずなのに……」

「そうか。わかった」

 

 凛としていた彼女が見たことないぐらい弱々しい顔をしている。

 させてしまった自分が許せない。

 腹の底が燃え上がるように熱い。

 吐き気がして、怒りが湧いて、泣きたくなって。

 

 敵と自分と運命への憤りを全て後回しにする、やるべきことへの使命感があった。

 

「俺が勝って、証明してやる。

 この剣は無用でも邪魔でもなく、君の父親の名誉を回復するために最も役に立つのだと。

 俺が一番魔剣を上手く扱えて、全ての魔剣は俺の手の中で役立つために生まれてきたんだと。

 君と、君の父親の旅は何一つ無駄なんかじゃなくて、この俺が魔剣の悲劇を根こそぎ消滅させるための礎になるんだと。

 だから、笑って死んでくれ。君は幸福の中で死んでいいんだ」

 

「……ふふっ。嬉しい」

 

 そうして、彼女は死んだ。

 ここで死ぬことへの嘆きも、いつか夢見た彼との未来も、何一つ漏らすことなく。

 最期まで傍にいた彼が、最期まで自分を幸せにしようとしてくれる喜びの中で、死んでいった。

 

 その後の戦いの結果は語るまでもなく。

 奪われた全ての魔剣は回収され家に返され、そのすぐ後に何者かの手により根こそぎ失われ。

 カーヴは魔剣を集め極める旅を続け、やがて"魔剣使い"と称されるまでになった。

 

 

 

 

 

 "魔剣使い"が手に持つ剣はその時に受け継いだ一振り。

 【ラジールの焰塵の魔剣】という。

 

 かつてカルディナにて【炎王】と【嵐王】の遺骨から生み出された最強の剣。

 熱を蓄積し続け、斬撃と共に風・火魔法に乗せ放出させる。シンプルな剣であったが。

 墓暴きの際に彼らの血族を皆殺しにしたことで【王】達の死霊と怨念が剣を変質させ、制御を一切放棄した―――全てを滅ぼすために熱量を増幅・大規模化させることにその制御力の全てを注いだ―――魔剣として生誕させた。

 試しの一振りで近隣の街ごと使用者を灰燼に帰し、史上最多の巻き添えを産んだ魔剣。

 

 この魔剣に限っては、"魔剣使い"をして常用できない。

 外付けした制御能力によりごく僅かな時間熱量を抑えながら解放させる"暁光"と名付けた技が限界だった。

 それですらこの戦場で使っていれば、彼を覆う金海を通して己の身を焼いていたことだろう。

 だが。

 

「魔剣の力が弱った今、貴様らにむしろ丁度いい」

 

 通常時と比べれば出力は大幅に低下。

 抑える難易度もまた大きく低下している。

 その上で、放出される熱量は未だに甚大。

 人も封魔石(ジェム)も等しく氷の如く消し飛ばせる。

 "曇陽"。そう名付けた。

 

 海から出る。そのように動く。

 機雷のように漂うジェムによる足止めを一振りで消し飛ばして進む。

 直進を続けた果てに海の外に出る。

 影が差した。

 

「《ライザ――――」

 

 黒き鎧の奇襲。

 "魔剣使い"の属する速度帯では絶対に反応できない超速の蹴り。

 防御することもできず直撃する。

 

「―――キッッック》ッ!!」

 

 遮るものもなく、全力の蹴りが直撃した。

 二撃目を当てる間もなく吹き飛んでいく。その蹴りにあまりにも手応えがない。

 

(幻影、じゃない、これは―――)

 

「―――【壕重割刃】」

 

 他者の重みを奪えるならば、自己の重みも失える。

 風に舞う木の葉のように、軽すぎるものは捉えることも難しく、壊すことは輪をかけて困難だ。

 接触の瞬間吹き飛ばすことに力の多くを奪われてしまい、破壊力が十分に伝わらない。

 意図的に自己の体重を失い、敵の衝撃を受け流す。"游雲"と名付けた技。

 

 それでもライザーの蹴りは超速で重撃。

 受け流したとはいえダメージは大きい。が、距離は離せた。

 能力と五感を遮る金海から出た今ならば、使える魔剣は山ほどある。

 

 カーヴは【魔剣目録】から新たな魔剣を引き抜く。

 青白い刀身に氷の結晶のような模様が浮かぶ、冷気を放つ反り返った剣。

 

「【凍魄絶弦】」

 

 北の地にて鍛えられた剣で地を切り裂く。

 途端、刀身の延長線上の大地と草花が凍りついた。

 

(凍結の魔剣?だが、届いていないぞ)

 

 分身は既に使ってしまった。安易な突撃は危険だ。

 ライザーは再度の攻撃タイミングを窺いながら訝しむ。

 空を飛ぶ自分には勿論、チェルシーにすら届いていない短射程。

 一見して意味がない。或いはなんらかのトラップスキルの仕込みかとも考える。

 その思考は或る意味で正しい。これは()()だ。

 

「"細雪"」

 

 凍てついて生まれた氷を再度振るわれた剣が砕く。

 破砕音とは思えないほど美しい、(ハープ)を弾いたような響きが奏でられる。

 澄んだ高音は美しく、ライザー達の体の動きを止める。

 美しい音楽だからではない。明確にスキルによる妨害。

 

(【魅了】系の音楽攻撃……じゃない!)

(これは、【凍結】か!? "酒池肉林"と似た音媒介の状態異常!)

 

 ライザーは驚愕する。黒鎧の表面が凍りついている。

 芯まで凍ったわけではない。だが確実に動きを止められるほどの凍結。

 

(単純な妨害なのに二手必要な、知っていれば誰でも対応できる技だ。

 扱うのに苦労する魔剣だが、こういう時には役に立つ)

 

 切り付けて氷を作り、それを砕いて鳴らした音が届いたものを凍結させる。

 敵と距離がなければ使う隙が無い。遠すぎれば音が届かない。

 種がバレれば対策はいくらでも存在し、そして凍結も長くは持たない。

 凍っている状態で当てても効果がないため、解放の瞬間を待つ相手を止め続けるのも難しい。

 反射で使える剣ではない。この剣を使うと決め、最大限に効果を発揮する状況を準備して初めて活きる魔剣だ。

 

 反射的な対応を主とするカーヴのために、よく考えて動くよう造られた魔剣。

 北の地にて暮らしていた、死の運命を抱えていた皮肉屋の女。

 吹雪の中で彼女が命懸けで作った剣を振るって、涙を流し苦笑した記憶は今はないけれど。

 無意識に頼ることもある。その魂に刻まれた信頼があるならば。

 

「【ラジールの焰塵の魔剣】、気張れよ、最大火力だ――」

 

 無尽に溢れ出る熱が剣の表面に押し固められる。

 その更に上から風が覆った。一帯の空気を根こそぎ吸い上げ纏わせているような、尋常ならざる圧縮力。

 歴代でも指折りの超級職二人の制御力、破壊に振り切った魔法構築力。

 解き放たれる。

 

「―――"日輪"」

 

 

 

 ライザーは死を覚悟した。

 魔剣としての性能を劣化させているはずの焔剣による、日輪の名に恥じぬ極炎の範囲攻撃。

 単純な熱量であれば【超闘士】(王国最強)が強化しきった極光剣の方が高いだろう。

 だが効果範囲が違う。本来ならば制御できず軌道上の街一つを消し飛ばしかねない火炎嵐。

 或いは極竜のブレスそのものを思わせるほどの範囲と熱量。

 

(回避し切れるか、いや―――)

 

「受け止めるよ、《金牛大海嘯(ポセイドン)》ッ!」

 

 これまで戦場に生み出され続けてきた金海がぶちまけられる。

 滝の如き絶え間ない、津波そのものの大質量。

 100℃で蒸発する水でさえ、1㎥を瞬時に蒸発させるエネルギー量は226万J。

 金の沸点は2836℃。1㎥を蒸発させるなら506兆J。

 この津波は10万㎥はくだらないことを踏まえれば、単純計算でも5000京Jもの熱量が必要になる。

 広島型原爆が55兆ジュール。かのツァーリ・ボンバが21京ジュール。

 核に換算しても240発近い量を要求する人智を超えた質量防御。

 だが。

 

(押し込まれる―――!?)

 

「"魔剣使い"を……魔剣を舐めるなッ!」

 

 熱量が金を蒸発させ、その膨張する空気を取り込み拡大する嵐が液体のままの金をも吹き飛ばす。

 熱のみの攻撃であったのなら、或いは極竜のブレスをも一時的に防いだであろう金の海を、嵐の王の力が攻略していく。

 

「だとしても……水の20倍の比重の金を、この規模だぞ!?」

 

「舐めるなと言ったッ!」

 

 放たれ続ける灼熱と暴風。

 制御しているはずの余波で身を焼き、凍結の魔剣を己に使い続け死を避ける。

 余裕はない。二本の魔剣の全力稼働と同時制御。HPもじりじりと削れていく。

 

「踏ん張れ、【ポセイドン】!」

 

 チェルシーもまた余裕はない。

 斧を盾のように構えながら金海を生み出し続ける。

 体を覆う海は生み出した端から熱され茹だりそうになる。とっくに【凍結】は解けて(溶けて)いた。

 蒸発と嵐による衝撃が体を揺らす。腰を落として受け止め続ける。

 押し込まれる。気合いで踏ん張る。永劫にも思える時間。

 

 ―――そして、遂に金海が消え去った。

 チェルシーの体が地に倒れ伏す。

 

「さ、流石にもう無理……」

 

 その斧はもはや斧とは呼べない惨状だった。

 肉厚で巨大な斧頭(ヘッド)は見事に溶け落ち、かろうじて柄が残っている。

 どう言い繕っても棒か精々槍にしか見えない、デトネイターで強化されていなければ即座に消滅している損傷。

 チェルシーの体力も大きく削れ、全身に火傷を負っている。

 制限時間を撤廃したはずの必殺スキルが停止するほどの有様だ。

 

「でも……受けきったよ、ライザー!」

 

「ああ!」

 

 黒鎧が飛翔する。

 金海が姿を消すと同時、炎嵐もまた止まっていた。

 金海に守られてなお身を焦がした超熱量。

 敵の最大火力を正面から受けきった。今この瞬間が最大の好機だ。

 

 "魔剣使い"もまた膝をついていた。

 倒れそうになる体を地に刺した【凍魄絶弦】で必死に支える。

 

「ぐぅ、クソ、動け……」

 

 【ラジールの焔塵の魔剣】は本来こんなに長く使うものではない。

 一瞬で全てを消し飛ばす、そのための魔剣なのだ。

 それをあそこまで使()()()()()。剣の負担も彼の負担も、エンブリオの負担さえ軽くない。

 どれだけ力を込めようとしても、立ち上がることさえままならない。

 

「滾れ、【ヘルモーズ】!」

 

 ライザーの雄叫びに応えるように噴進器(ブースター)が勢いを増す。

 一瞬で最高速まで加速して、黒い流星が地を走り切る。

 

「―――《ライザーキック》!」

 

 今度こそ、なんの防御策も取れない"魔剣使い"に直撃した。

 胸部に大穴が開いたまま吹き飛んでいく。致命傷だ。

 

 だから、ライザーは驚愕を隠せなかった。

 

「ま、だ……もう一度……!」

 

 吹き飛びながら、地に身を削られながら、"魔剣使い"が剣を振りかぶった。

 もう死亡は確定しているというのに、戦うことを止める気配がまるでない。

 自身の死を度外視した尋常ならざる勝利への執念。

 それはデトネイターにより生まれたものなのか。

 或いは、デトネイターの影響が弱まったからこそ表出した本質なのか。

 

「―――させるかッ!」

 

 飛び込む。だが自身の全力の蹴りで吹き飛んでいる相手だ。

 一瞬気を抜いたライザーでは追いつくまで僅かにかかる。

 

(これで―――)

 

 再びの炎嵐が二人ごと戦場を破壊しようとして、振り下ろさんとする剣の動きが鈍った。

 敵の妨害ではない。カーヴの意思でもない。

 剣自体が抵抗するように震えているのだと、"魔剣使い"は直感した。

 右手の焔剣だけではない。左手の凍剣もまた。

 敵への意識を剣に向けたカーヴの耳に、何かが聞こえた。

 

『そんなふうに振るったら剣が壊れますよ。彼らは貴方がそこまでして殺すべき相手ですか?』

 

『私が贈った剣ごと溶かす気かい? 本当に必要ならそれもいいけど、それ絶対今じゃないだろう』

 

「―――あ」

 

 声が聞こえた気がした。誰かの声。聞き覚えのある声。

 記憶が蘇る。意識が持っていかれる。

 それは酷使され震える剣を見て生み出された幻聴か、デトネイターの精神影響の名残りか、死に近づいたことによる副産物か。

 或いはただの、何の変哲もない奇跡だったのか。

 

 確かなことは、その瞬間に"魔剣使い"の動きが止まったということ。

 

「―――これで終わりだ」

 

 追いついたライザーの蹴りが再び直撃した。

 胸部に刺さった脚先のブースターが爆風を撒き、内部から身体を粉々に砕く。

 

 剣と共に、"魔剣使い"が墜ちていく。

 共に落ちる剣に向け、男の手が優しく伸びる。

 

「……なんだ、そこにいたのか」

 

 

 

 そうして、"魔剣使い"は魔剣と共に戦場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場が加速する。

 "魔剣使い"が墜ち、"流浪金海"の被害は大きい。

 "御守刀"と"強弓"の二人がかりでも白衣の男は崩せず、"永翔響鳴"は姿を消している。

 そして今、"投槍"に対する"弓晴手"と"武装探偵"の戦いも最終局面に達しようとしていた。

 

「基本的には僕が優勢。の割にはどうにも詰みにまでいけないな」

 

 フラーレンは独りごちる。

 手に握るデトネイターは機能を落とした。

 だが"投槍"の力はまるで衰えていない。

 自然魔力の吸収。怨念の変換。

 投槍器(【トナティウ】)に与えられた能力を無理矢理に稼働させ続ける。

 

 "投槍の天才が投槍器を自在に扱えぬわけがない"。

 そんな言説を己のエンブリオの直接調律に適用することができる。

 あり得ぬことだ。"投槍"以外であったのなら。

 

 そんな"投槍"をして勝利に一歩足りない。

 "弓晴手"は強い。だが今この瞬間もデトネイターを介して自身の力を拡張し続けている"投槍"に追随しきれるはずがない。

 だとすればこの均衡を作っているのは、"弓晴手"に比べれば路傍の石に等しい、しかし要所要所で一手差し込んでくる男。

 "投槍"の冷めた目が初めて"弓晴手"から外れ"武装探偵"を射抜いた。

 純色の殺意。頂点の殺気にウェーブが息を呑む。

 

「君から潰すか」

 

 槍の質が変わる。

 "弓晴手"を正面から潰すのではなく、その矢を抜けて隣の男を殺すための攻撃に。

 咄嗟に"弓晴手"がウェーブの前に出る。

 

「後ろに隠れて!少しでも動いたらどうなるかわかりませんよ!」

 

「いや、いい機会だ!」

 

 ウェーブがニャロラインの背後を離れ駆け出した。

 ニャロラインがギョッとする。無謀だ。

 あのライズ・ライムでも第三波までしか耐えられなかった"投槍"の攻撃。

 かつてライザーも逃げるしかなく、ウェーブ達では戦場での合流すら困難として帰りを待つしかなかった相手。

 まして集中的に狙われた今、二波持つかすら怪しい。

 

 そんなことはウェーブが一番よくわかっている。

 この戦場でウェーブが一番弱い。

 それでもこの戦場に来た。

 足手纏いになるためではない。並いる強者達に対する勝算を手にして。

 

 音より遥かに速い槍が迫る。

 圧倒的な格上を前にして、ウェーブは()()()()()をベルトに込めた。

 

「役に立てよ、デトネイター!」

 

 

――――

 

『デトネイターを使う?』

 

 数分前、チェルシーと作戦会議をしていた記憶が蘇る。

 

「ああ。幸いにして俺の【ヤーラ】とデトネイターは相性がいい」

 

「そうなの?メイデンだから?」

 

「いいや。白衣の男の口ぶりからして、メイデンやガードナーでも大差はない。

 まあ当然っちゃ当然だ。あいつらは情報生命体……らしいからな。

 肉体も情報の塊だし魂はない。そうなると感情や記憶という情報の影響をモロに受けちまう。

 ライザーは魂に情報が刻まれてるとか言ってたが、逆に言えば魂がないエンブリオはその分苦労するんだろ」

 

「へー、そんな設定なんだ。じゃあどうするの?

 ウェーブにはウェーブもいないし、呼びかけても引き戻すのは難しそうだけど」

 

「こいつを使う」

 

 ウェーブはいくつかメモリを取り出した。

 モンスターの力を刻んだ、【ヤーラ】を構成する一要素。

 

「これにデトネイターを使う。これは多分、俺にしかできないやり方だぜ」

 

「……なんか変わるの?」

 

「このメモリはエンブリオだ。【ヤーラ】の一部とも言える。

 だが同時に、このメモリと【ヤーラ】に()()()()()()()()

 リンゴの木から切り離されたリンゴをイメージすりゃわかりやすいか?

 【ヤーラ】が木、メモリがリンゴ。両方リンゴだが、熟した時点で別たれてる。

 【ヤーラ】にデトネイター使ってもメモリが一緒に強化されることはないだろうぜ。今回はその逆を行くわけだ」

 

「メモリだけをデトネイターで強化しようってこと?

 でもデトネイターってエンブリオの進化を利用した強化具なんだよね。

 ウェーブの話を聞く限り、そのメモリにいくら情報を注いでも進化しなさそうだけど」

 

 メモリはエンブリオでありながら【ヤーラ】本体とは独立している。

 メモリにデトネイターを使ってもウェーブや【ヤーラ】へのフィードバックはないだろうが、そんなメモリ単体で進化できるとは思えない。

 進化機能があるのはあくまでマスターと繋がっている本体だけのはずだ。

 そう分析するチェルシーに、ウェーブはちっちっちと指を振る。

 

「お前の言うことも間違っちゃいない。

 が、無意味ってわけでもない。このデトネイターにはもう一個機能があるだろ?」

 

「……魔剣化!メモリを魔剣にしようってわけ!?」

 

「正解!それが俺の狙いだ」

 

 魔剣。怨念を取り憑かせることで強化され狂化した強力な武装。

 魔剣化するだけで、怨念をリソースに加えて武装は強化される。

 

「ま、普通にデトネイター使うよりは強化量も幅もしょっぱいだろうな。

 お前らみたいに制限時間が全廃できたり新スキルを生やしたりも難しいだろ。

 だが、単純な効果上昇、規模の向上にはなる。それもお前らと違ってノーリスクでな」

 

 デトネイターは本来極大のリスクを背負って進化に等しい大幅な強化を得る、まさに諸刃の魔剣だ。

 そこからリスクを削って比較的小規模な強化を得る方法を選ぶ。

 ウェーブらしい小市民的な発想だった。

 

「実は実物見た時からずっと考えてたんだが、メモリ一個につきデトネイター一個必要なのは使い勝手悪かったんでな。デトネイター大量に集める寄り道する気もなかったから諦めてたんだが」

 

「あ、そっか。()()()()()()()()()もんね。」

 

 チェルシーが目線を向けた先には、机の上に大量に並べられたデトネイターがあった。

 この家に置いていかれたアイテムボックスにデトネイターは腐るほどあった。

 放置するのも気が引ける、破壊するのも悩ましいそれらを、ウェーブならば有効活用できる。

 

「度肝抜いてやろうぜ。同じこと繰り返して人を暴走させることしかしてなかったあいつに、こんなもんいくらでも使いようがあるってな!」

 

――――

 

 

「《超変身》!」

『《キープドライブ・HEWD(ハイエンドウインドドラゴン)》!』

 

 超加速した体が投槍を躱した。

 それはもはや最上位純竜級。伝説級UBM(【竜王】)に相当する竜の力。

 デトネイターを使っていない頃のライザーより速く、暴風を纏った鎧戦士が縦横無尽に地を駆ける。

 そのHPバーはごっそりと削れていた。

 

「まあ、無傷とはいかねえか!」

 

 魔剣化の代償だ。

 進化を介していない魔剣化ではデメリットを相殺する力がないために、『使うたびにHPを削る』という形で代償が生じている。

 即座に回復用の通常メモリを入れ回復する。回復力は彼の売りの一つだ。

 500カンスト程度の彼のHPならばメモリを魔剣化するまでもなく回復し切れる。

 

 ごく僅かに槍が止んだ。

 次の瞬間、七本の槍が纏めて迫る。

 ライズ・ライムを一度は追い詰めた、タイミングを合わせた回避不能の同時攻撃。

 

「そう来ると思ってたぜ」

「《フラッシュドライブ・HEWD(ハイエンドウォータードラゴン)》!」

 

 四本を速度で回避し、なお迫る三本の槍の軌道を銃口から放たれる間欠泉の如き放水が捻じ曲げる。

 超級職の奥義、上級エンブリオの必殺スキル。

 ハイエンドドラゴン(伝説級UBM)のブレスであれば、それと同等以上の火力も実現し得る。

 ならばそれを連打できる今の彼は、魔力の尽きぬ超級職にも、全力のブレスを連射できる竜王にも等しい。

 

「どうだよ"投槍"!才能がねえ奴もやる時はやるってな!」

 

「……そういうセリフは、勝ってから言うべきだったね」

 

「負け惜し―――ごぶっ」

 

 言葉の途中で詰まる。

 血を吐き出していた。胸の中央を背後から槍が貫いている。

 咄嗟に槍を抜こうとする。その肩を、膝を、背骨を、降り注ぐ槍が貫いた。

 関節を破壊され身動きが取れなくなる。

 

「てっめ、ごボッ、くそッ!」

 

「"遠距離型を相手にする時に、自身の背後から意識を切ってはならない"。

 正面からしか槍が来ないと思うのは二流だよ。君のように」

 

 逸らした槍の方ではない。

 おそらく躱した方の槍が仕込みだった。

 慣性操作ではない。それができるなら正面から当ててくるはずだ。

 慣性を操作せず地属性等で槍の向きを逆転させれば投擲の勢いは失われる。それではウェーブの鎧は貫けない。

 であれば高位の反射魔法。任意のタイミングで反射魔法を起動するよう仕込んだ先の槍に、適切に反射されるよう槍を投げ込んだのだと、ウェーブは看破した。

 看破した上で、自分でも信じきれない。

 

(槍を正確に投げ込みゃいいってわけじゃない!

 強化された俺がどの槍をどう躱し、どこで足を止めて防ぐのかもう見切ったってのか!?

 いくらなんでも人間性能が違いすぎる!)

 

 崩れるウェーブから視線を外し、"投槍"は改めて"弓晴手"に向き合おうとする。

 その瞬間、ウェーブの鎧からにゅっと腕が生えた。

 メモリを掴みベルトに差し込む。

 

『《キープドライブ・MAS(ミスリルアームズスライム)》』

 

 肉体が液状に崩れる。

 刺さった槍は全て抜け落ち、改めて再構成された肉体は傷ひとつない。

 減ったHPを更に装填したメモリで回復し、ウェーブはにっと笑みを浮かべた。

 

「さんきゅな、【ヤーラ】」

 

『さっきは一緒に【麻痺】したせいで助けられなくて悪かった』

 

「気にすんなって」

 

 【ヤーラ】はメイデンだ。

 それ故に自律し、アームズとしての状態でもいくらか手を出し動かせる。

 一部のメイデンがメイデン体でもアームズやガードナーとしての力を使えるのに近い性質だ。

 致命の連撃を乗り越えて、改めてウェーブはフラーレンに向け銃を構える。

 

「おらおらどうした"投槍"!まだ俺は無傷も同然だぞ!」

 

「無駄にしぶとい……ああわかったよ!そんなに死にたいなら死ぬまで殺してやる!」

 

 こんな手品はそう何度も通じない。

 "投槍"が本気になればすぐに死ぬだろう。それだけの実力差を突きつけられている。

 

(だが、意識は惹けた)

 

 普段の"投槍"なら陥らない意識の過集中。

 デトネイターの影響がある"投槍"に対し、ウェーブのしぶとさがそれを実現した。

 

(あとはお前の仕事だぞ、ニャロライン!)

 

 

(みんな面白い切り札を待ってますねェ。なら私も一つ、出しましょうか)

 

 ウェーブが意地を見せ、最大の敵の隙を作り出してくれた。

 アイテムボックスから普段使わないチョーカーを装備し、ニャロラインは弓を射る。

 飛翔する矢と同速で、ニャロラインの体も"投槍"に向かい飛び出した。

 

(やっぱり"投槍"とワタシは採る戦術が似る傾向にありますねェ)

 

 遠距離武器使いの頂点としての類似。

 これもそうだ。自身の投じた武器に引っ張られる移動法。

 "投槍"が逃走する際見せた魔具の槍による移動を、ニャロラインもまた魔具の矢により実現している。

 加えて自身の浮遊による減速防止。

 音を超える速度で"投槍"に迫る。

 

 ニャロラインに背を向けたまま、"投槍"の口から呟きが漏れる。

 

「君の相手も飽きたよ」

 

 ウェーブに向けて投じられたはずの槍がニャロラインに向け軌道を変えた。

 投げた槍に速度差をつけ、互いにぶつけ反射魔法を起動することで軌道を捻じ曲げた。

 ウェーブを相手にしながらも来るであろうニャロラインに備えた手。

 

 ニャロラインも矢を連射して槍を迎撃しようとする。

 自身が加速している状態での射出は慣性により速度を更に増す。

 そして連射速度は互角。負けるはずがない勝負。

 だが飛槍が悉く矢を躱す。

 

(これは……操作による後出しの回避!)

 

「僕等の欠点は撃った後に軌道を変えられないことだ。

 読みの勝負で互角なら後から出せる迎撃側が勝ち勝負がつかない。

 なら君が撃った後に変えればいい」

 

 高速の矢と槍は僅かに軌道がズレれば戦闘機のようにすれ違い当たらない。

 矢を全て躱し改めてニャロラインに向かうはずの槍が。

 全て外れた。

 

「何……!?」

 

「よそ見してんなよ!」

『《フラッシュドライブ・HELD(ハイエンドライトニングドラゴン)》!』

 

「っ、鬱陶しいッ!」

 

 目を見張る"投槍"の隙をついて豪雷のブレス(銃撃)が放たれる。

 迫る強大な雷を"投槍"は風と地の槍で誘導し防ぐが、その一瞬でニャロラインは更に距離を詰めている。

 

 かつてニャロラインが討伐したUBM、【黒太陰 フェードアウト】。

 妖精郷の空に夜を齎したその怪物の最大の特徴は光の吸収ではなかった。

 広範囲に干渉する持続的なエネルギー吸収。

 飛び道具は到達前に力を失い、飛翔する生命は近づくほどに命を失う。

 奪ったエネルギーのほとんどを吸収力の維持に使うほど特化した怪物であるために、"干渉そのものを媒介に辿り爆破する"能力を持つニャロラインだけが攻略し得る難敵だった。

 

 その特典武具の効能は二つ。

 一つは元のUBMが当然持つ飛行能力の大幅劣化。重力吸収による浮遊。

 もう一つは周囲のごく限られた領域にのみ作用する、遠距離干渉の完全妨害。

 追跡スキル。起爆スキル。置換スキル。そして、()()()()()

 範囲内での自律的なスキル発動、範囲外からの射撃攻撃は全く防げない。

 しかし範囲外からの非実体干渉だけは絶対に防ぐ、アジャストによる特化型特典武具。

 

 これまでの戦いでは使いどころが全くなかった。

 特に"投槍"は全てを放つ前に組み立てる天才肌。槍が発動する機能も時限信管だ。

 本来の"投槍"相手にならほぼ意味のない特典武具。

 それが機能するのではないかと直感した。今の迷走している"投槍"にならば。

 

「らしくない。だから隙ができる」

 

「ニャロラインッ!」

 

 叫ぶ"投槍"を哀れに見る。

 それが"投槍"を更に怒らせるとしても、そうせずにはいられなかった。

 一度放った矢/槍を操る。それ用の矢を用意すればできないことではない。

 だが彼も彼女も、これまで一度として試そうとしたことはない。

 それは己の技への誇りであり、己の扱う技法への敬意だ。

 

 投げた槍が自ずと飛ぶとして、それは"投槍"と呼べるだろうか?

 放った矢を操れたとして、そこに弓術の妙味はあるだろうか?

 ない。少なくとも彼らはそう思っていた。

 魔法を組み合わせるとしても、魔矢を用いるとしても、放つ前には全てを定める。

 後出しはしない。それが己の才能と、学んだ技法への敬意の表し方だ。

 

 それを短絡的な強さのために曲げる。

 技への敬意を、あそこまで体に染みついた技を得た過去を忘れていなければやらないことだ。

 それが哀しい。彼を愛する生徒達のことも、今の彼の記憶にはまるでない。

 

「この悪夢、これで終わりにしましょう」

 

 弓を引き絞る。

 先に彼女を殺す前提で撃ち落とさなかった無数の矢が"投槍"に迫る。

 更に"武装探偵"の死力。身を捨てて放たれる竜王級の連続必殺。

 全てを撃ち落とすことでリソースを使い切る彼にこの矢は止められない。

 

 "投槍"が土埃を舞い上げる。

 ごく単純な"弓晴手"対策。当然読んでいる。

 彼女が放った矢の一部が風を纏い鏃に触れそうな砂を吹き飛ばし進む。

 一部の矢は爆発し爆風が他の矢を加速させ、また"投槍"の逃げ場を塞ぐ。

 "武装探偵"の攻撃も土埃などに影響されず突き進む。

 

(くそ、僕はこんなところで……!)

 

 詰みだ。

 本来の"投槍"より強くなっているはずの彼が、本来の"投槍"ではしないことをして敗北する。

 敵の強さもあるだろう。だがそれだけではない。今の彼は心が弱い。

 

(いや、そもそも僕はなぜこんな……)

 

 戦う動機を見失っている。

 揺らがぬ意志を失っている。

 怒りと攻撃衝動を喚起し続けていたデトネイターも動きを潜めている。

 迫る攻撃に目を瞑った。

 敗北に迫る心が過去に向かう。

 己の記憶。失敗と絶望を走馬灯のように回帰する―――

 

 その直前に目を見開いた。

 その瞳に揺らぎ一つない。

 

「鬱陶しいッ!負けたくない理由なんて考えるまでもないだろうッ‼︎」

 

 刹那、迫る全ての攻撃が消滅した。

 

「は?」

 

 投槍器を右手に。

 槍を左手に。

 一対の槍を投げることなく振るい全ての攻撃を切り払った。

 

 ウェーブが呻く。

 

「あり、えねえ」

 

 ニャロラインの脳裏にかつての自分の言葉がよぎる。

 

『あの人、投槍の才能がありすぎて槍の扱いも神域ですから』

(―――いや、それでもあり得ない)

 

 今の攻撃は本来の彼が対処しきれる限界を超えていた。

 ニャロラインは彼を観る。肉体に黒い線が走っているのが見えた。

 一瞥で見抜く。

 

(自身の肉体強化への特化!)

 

 デトネイターの特性の一つ、装備補正、装備性能の強化。

 異能による攻略が間に合わないと見るや、その一点に力を注ぎ直させた。

 そして槍を投げるのではなく振るった。

 射程の有利がなく、槍を操作できないのなら、一斬で複数の矢を切り落とせる斬撃の方が迎撃に向く。

 

「らしくない方向にばかり強くなりますねェ!」

 

「なんであろうと、勝つのは僕だッ!」

 

 "弓晴手"の体が槍の間合いに届く。

 再びの刹那。

 その刹那に神速の攻防があった。

 

 "投槍"の擬似二槍に対し、"弓晴手"は七本の矢を番えた。

 如何な妙技か、一度に放たれた五本の矢がバラバラの向きに飛ぶ。

 頭部。胸部。胴部。脚部。そして腕の軌道を邪魔する一矢。

 "投槍"は二槍を無造作に振るったように見えた。

 その実槍は三本の矢を突風のように叩き落とし、二本の矢を流水のように受け流す。

 

 生まれた隙に、"弓晴手"は残り二本の矢の片方を番え、スキルを載せて撃ち放つ。

 分裂も幻惑もなく、その矢はただひたすらに最速で放たれる。

 その時"投槍"の手に得物はなかった。

 素手。

 槍と投槍器を捨て身軽さを増した拳が矢を掴みへし折った。

 どこまでも、"投槍"は己の誇り(投槍術)を捨て力を増す。

 

 宙に投げた二槍を再び掴む。

 否、右手を掴まぬまま戻した。

 身を低く構えた直後、爆発する。

 

「ケヒャッヒャッヒャッヒャ!」

 

「手癖が悪いッ!」

 

 手首のスナップだけで放たれた矢が投槍器を直撃していた。

 最速の矢を囮にしても、本人を狙えば防がれてしまう。

 本体を狙い続け意識が薄れた投槍器の方を狙う狡猾な一撃。

 

 だが"投槍"の手には未だ槍がある。

 超音速で寄りながら、"弓晴手"もまた取り出した矢を短剣のように構えた。

 

 交錯する。

 

 

 

「―――惜しい」

 

「負けて死ね、輝きの盲信者」

 

 槍が"弓晴手"の五体を微塵に裂き、矢と弓が空を切った。

 

 

 

 

 

「おいおいおいおいマジかよ……!」

 

 ウェーブの口から呻きが漏れた。

 

 "弓晴手"は無為に死んではいない。

 "投槍"は投槍器を破壊され、デトネイターという最大の力をほとんど手放している。

 それがなんの慰めにもならない。

 槍一本の"投槍"から感じる威圧が全く減じていない。

 

(あの槍もそれなりの特典武具なんだろうが、そういう問題じゃねえ!)

 

 槍より圧倒的に本体からの威圧感が強い。

 神域の槍使い。先ほどの連撃を一瞬で処理した槍術は一槍になっても恐ろしい。

 

 投槍器はない。新たな槍を作れない今、ストックはほぼないだろう。

 遠距離攻撃はほぼ封じられている。射程(リーチ)の優位はウェーブにある。

 何よりウェーブには大量のメモリがある。

 射程外から連射し続ければ或いはがある。なんて、希望的観測が過ぎる。

 

(いつもと同じこと……と言いてえが、勝率は多分0だな)

 

 現実逃避めいた理論を自分で切って捨てる。

 机上なら勝ち目があると言える。

 それを異常な人間性能でひっくり返し続けてきたのが目の前の男だ。

 ウェーブやニャロラインに限界を超え奇跡を起こす力があるとして、間違いなく目の前の男もその力を持っている。

 

 だとしても、逃げるわけにはいかない。

 必死の戦いに挑もうとしたウェーブの横に、降りてくる気配があった。

 緊張と焦燥でがちがちに固まっていた肩の力が抜ける。

 

「あんなこと言っておいて、まさか来るとは思わなかった」

 

「俺もだよ。でもお前が同じ立場なら、来れるんなら来るだろ?」

 

「ああ。心強い」

 

 "仮面騎兵"と"武装探偵"。

 二つの黒鎧が並び立つ。

 一人が二人に増える。それだけなのに、不思議と勝てる気がした。

 

「リベンジマッチだ、付き合ってくれ!」

 

「ああ!……俺達で勝つぞ‼︎」

 

 

 

 方針は一つ、短期決戦。

 戦いの中で手札を増す何をするかわからない相手に、悠長に構えてはいられない。

 ライザーの力を見切られていないうちに勝負をかける。

 打ち合わせるまでもなく、二人の意思は一致する。

 

 "投槍"もまた、短期での決着を考えていた。

 ライザーは見るからにバランス型の前衛。

 そしてウェーブの鬱陶しさは人としては埒外の回復性能にある。

 捨て身のライザーと斬り合いダメージ比が1:1000だったとしても、即死させなければ即座に回復され"投槍"にだけダメージが残る。

 それを一万回も繰り返されれば流石の"投槍"も負けるだろう。

 

(ま、一万回もやってたらどっかでミスして死にそうなもんだけど)

 

 天才ならざる常人の集中力だ。限界はある。

 だとしても、そこに賭けるのは弱者の思考だ。

 問題なく勝てるはずの相手にそんな後ろ向きの戦い方はしない。

 

 

 三者が同時に踏み出す。

 前に出るのはライザーが最も速い。

 その動きを追い抜くように、ウェーブの銃から雷撃が飛んだ。

 

『《フラッシュドライブ・HELD(ハイエンドライトニングドラゴン)》!』

 

 ライザーの横を抜けた稲妻は一気に拡散し、"投槍"の視界を閃光で潰しながら殺到する。

 拡散して迫る雷を全て凌ぐのは容易ではない。

 喰らえば麻痺では済まず、槍を避雷針として使えば得物を失う。

 どちらでも構わない。必殺に繋がる布石としての一撃。

 

 "投槍"はただ、一度、槍を振るった。

 

 それで終わりだった。その先に辿り着くことなく紫電が掻き消える。

 

(稲妻を―――)

(―――斬った、のか)

 

 目を疑う。

 "投槍"の技の無法さはよくよく見せつけられてきたが、今回は極めつけだ。

 槍の軌道上の大気を操り雷電を誘導して無力化した、だとか。

 非物質を破壊するスキルに目覚め雷電を打ち砕いた、だとか。

 そんな超抜の理屈すら存在しない。

 ただ当然のように雷を斬った。

 

 

 時は天文17年。

 武将、のちの立花道雪は大木の下で昼寝をしていたところ、夕立に会い雷が降った。

 道雪は飛び起き様に剣を抜き放ち、我が身に振った雷電を切り裂いたという。

 真偽定かならぬ逸話である。

 果たして人に稲妻を切り捨てることができるだろうか?

 

 

(―――可能だ)

 

 

 例えそれが現実の人間だとしても、一握りの天才であるならば不可能ではない。

 まして職業と装備による強化肉体性能を所持する自分が、鋼で出来た刀より明確に強い槍を用いるのであれば、できないはずがない。

 少なくともフラーレンはそう考えていたし、実現()()

 

 異常な技巧。圧倒的な槍術。

 問題は布石の稲妻が容易く処理されたことそのものではなく、稲妻を容易に切り伏せるほどの力を"投槍"が持っているということ。

 即ち、迅雷より遅いライザーもまた容易に切り伏せられるということ。

 

 ライザーと"投槍"の間合いが接するまでもう五歩もない。

 両者躊躇わずに踏み込む。

 "投槍"は負ける気がしないから。

 "仮面騎兵"はここで退くわけにはいかないから。

 

 【ヘルモーズ】が轟いた。

 全身の噴進口が唸りを上げる。

 全速の直進からの急上昇。

 上昇と下降、空を蹴って更に加速と曲折を繰り返す。

 間合いに入る直前で噴進を逆に回し急減速。一拍も空けずに再加速。

 極端な加減速に緩急を混ぜたフェイント。

 槍を空振りさせ、或いは手控えさせようとする"仮面騎兵"全力の戦闘機動。

 

 "投槍"はその全てに一切動じず、ただ間合いに入ってきたライザーに向け槍を振るう。

 徒手空拳のライザーと槍を持つ"投槍"。

 意表を突けなければリーチの長い槍が先に届く。

 ライザーに向け最後の一歩を踏み込んだ。

 その足が噴水に押し留められる。

 

「……!?」

 

「《天地逆転大瀑布》……ってね」

 

 視界の端に、立つこともできず這いずって、それでも確かにこちらを見据えるチェルシーの姿があった。

 手に握られた斧は修復が間に合わず、斧頭が砕けたまま地に突き立てられている。

 それでもいい。"流浪金海"のスキルは全て中距離型だ。

 射程圏内に近づけたのなら、サポートをするには十二分。

 

 間欠泉の如く噴き出る水流により"投槍"の動きが鈍る。

 水が足を掬う。液体が動作を妨げる。予想外の異常が"投槍"の力を削ぐ。

 

「―――それがどうした?」

 

 間合いに入るまでの一瞬で、"投槍"は水流を攻略する。

 消し飛ばすことはできない。受け流し受け入れる。

 水の流れに逆らわずむしろ力に変えて、踏み込みから得られる力の代替とする。

 チェルシーの妨害は確かに"投槍"の一瞬を奪った。

 だとしても、ライザーが自身の間合いに進むにはまだ足りていない。

 

「そこを補うのが俺だろッ」

『《キープドライブ・CI(コーラスインセクト)》!』

「『―――"わっ!!!!"』」

 

「ぐ、っ!?」

 

 脳裏に直接響く声が"投槍"の脳を揺さぶる。

 最適の迎撃が僅かに機を逃した。

 ライザーが間合いに入る。槍の内側、拳の間合い。

 

「これで―――」

 

(たいした連携だ。タイミングも良い。必死に努力してきたんだろうな)

 

 その拳より一瞬早く、フラーレンは槍の石突を地面に押し当て水流を()()()

 手足の力、水の噴流も利用し跳躍。ライザーを一息に飛び越える。

 すれ違いざまに鎧を掴んで引っ張り浮いた体を地に降ろす。

 瞬きの間に背後を取った。

 

 距離が近い。槍を捨て、拳を壊れんばかりに握りしめる。

 

「君達のような凡人の努力も苦悩も工夫も連携も、飽きるほど壊してきたんだ、僕は」

 

 専門でないとは思えないほど流麗な拳術。

 己の拳と腕が壊れるほど強く、頭蓋をしたたかに殴りつける。

 メットに拳がめり込む。腕が埋もれるほど深く。

 

(待て、深すぎる!)

 

 およそ人を殴った手応えではない。

 金属質ではある。だが金や水銀のように柔らかい。

 

()()()()()()()か!?」

 

「俺達の力を組み合わせりゃあ、このぐらいのこともできるんだよ!」

「お前は確かにずっと勝ってきたのだろう。

 ならば俺達が今日、初めての勝者となるだけの話!」

 

 ここまで一切見せなかった、【ヤーラ】による他者へのスキル付与。

 脳を破壊したはずだったライザーが背中からぶつかってくる。

 逃げようとしても逃げられない。取り込まれた腕が、噴出を再開した水流が、技巧で速度を誤魔化している"投槍"の動きを妨げる。

 スライムの如き軟体が"投槍"を取り込み、やがて背後で肉体が再形成された。

 "投槍"が振り向くより早く背後から組み動きを封じる。

 

「っ、離せ!」

 

「いいや、離さない!」

 

 強化された互いの筋力に大差はない。

 そして的確に動きを抑える形が作れれば、決まった関節技はまず解けない。

 関節技への対処は経験と知識がものを言う分野だ。

 尋常ならざる槍術と拳術を見せた"投槍"であっても、戦友(ビシュマル)から教わったライザーの技は外せない。

 

「ライザー、決めるぞ!」

「おお!」

 

 上空に二つの影が差した。

 一人はウェーブ。一人は"投槍"を羽交い絞めにしているはずのライザー。

 

(背後に回ったついでに分身と入れ替えたか―――まずい、これは)

 

「《フルブースト》だ、【ヘルモーズ】!」

「【ヤーラ】、出し惜しむなよ!」

『《キープドライブ・HEWD(ハイエンドウインドドラゴン)》《フラッシュドライブ・HEFD(ハイエンドフレイムドラゴン)》』

 

 "武装探偵"が暴風を纏い、その足先に灼熱が灯った。

 "仮面騎兵"が全身の噴進器を全開にし、肩を組んだ"武装探偵"と共に飛び出した。

 音を超えて加速する。五倍、十倍、その先にまで。

 

「僕がっ、こんなところで負けるわけには……!」

 

「たとえお前がどれほどの天才だろうと!」

「道を過ったお前はここで俺達が倒す!」

 

 流星のように二人が降ってくる。

 ロクに身動きも取れない状態で、"投槍"は足先に全ての力を込め、地を踏みしめた。

 震脚。地が揺れ動き、背後の分身の拘束がごく僅かに緩む。

 振りほどくには堅く、躱すには時間がない。

 震脚の勢いも力に変え、蹴りを放つ。全強化を集約させ直した足先が二人の蹴りと衝突した。

 

「僕が負ければ、これまで僕に負けてきた彼らは才能以外で負けたってことになる!

 そんなこと認められるか!僕が、僕の才能が、何もかもをねじ伏せて勝つ‼」

 

 あろうことか、拮抗する。

 

 【ヘルモーズ】の獲得した推進力。【ヤーラ】の発揮する必殺の暴風と灼熱。

 デトネイターをほぼ失い、【トナティウ】を奪われた"投槍"が拮抗できるはずがない。

 そんな当然の理屈を覆す、理屈では考えられない力。

 ゲームのシステムとしてはあってはならない異常(バグ)

 

 強い感情、()から湧き出る力としか言えないような。

 何かがある。何かが両者を拮抗させている。

 

 異常極まりない現象を前にして、二人の騎兵(ライダー)は怯まない。

 

「そうだろうな、俺達は才能に欠けている!

 どんなに努力しても勝てなかった敵がいる!負けてはならない戦いで負けたこともある!」

「でも勘違いすんなよ、勝敗ってのはそんなに簡単なものじゃない!

 才能だけで決まる戦いも、強さだけで決まる戦いすら存在しない!

 ここで俺達が勝ったとして、それは俺達の努力と工夫と苦悩と連携だけが原因じゃない!」

 

「だったらなんだって言うんだ!」

 

()()()()()()()()()()

 

 定まっていた"投槍"の目が揺らぐ。

 その言葉はフラーレンの心のどこかを強く刺激した。

 

「たとえ何度負けても!勝ち目がなくても!」

「戦っていたからだ!だから今日、お前に勝てる時が来た!」

「バッターボックスに立たなければ球を打つ日は来ない。

 どんなに確率が低くても、戦い続ければ勝てる日が来ることもある!」

「それでも一人で頑張ったわけじゃねえ。

 応援してくれる人が、共に戦ってくれる友が、俺達の歩みを支えてくれた。

 お前にもいたはずだろ、そういう誰かがよ!」

 

「―――っ」

 

 記憶が。

 誰かと交わした約束が、誰かのかけてくれた声が、脳裏をよぎる。

 

「俺達が勝てた理由があるとすれば、それは俺達が一人じゃなかったからだ!」

「自分が歩んできた理由を見失っているお前に、俺達が負けてたまるかよ!」

 

「それでも、僕は―――」

 

 その瞬間、半端ながら背後から"投槍"を抑えていた分身が消えた。

 元々長持ちする分身ではない。拮抗を続けられたことで限界を迎えてしまった。

 羽交締めに対抗していた力が不要になったことで、改めてフラーレンは正面の敵に向けた蹴りの圧力を増し。

 

 ふと。

 足元から湧き続けていた水流がかき消えた。

 前後の力配分を変えた直後の足場の変化に、"投槍"の体勢が明確に崩れる。

 

「しまっ、」

 

 倒れたままの海賊少女が口角を上げているのがかすかに見えた。

 優勢になった瞬間に生まれる意識の隙を、"流浪金海"は見逃さない。

 加え、殺気のない、ましてスキルの起動ではなく停止ならば。

 如何に"投槍"であったとしても、察知できるはずもない―――。

 

「《ライザーフルブースト―――」

「《ライダーファイアストーム―――」

 

 嵐炎を纏う二人の黒い鎧戦士。

 その姿が、フラーレンには光っているように見えた。

 闇を切り裂く、二条の流星。

 

『―――ダブルキック》‼︎』

 

 咄嗟の防御も強化も粉砕して、一対の蹴撃が"投槍"の体を直撃した。

 炎熱が溶かし、暴風が削り、蹴りが粉砕し、吹き飛ぶ。

 

 

 "仮面騎兵"、"武装探偵"、"流浪金海"。そして"弓晴手"、"永翔響鳴"、"強弓"。……"凍斧"。

 暴走しながらに実に七人もの強力なマスターとの戦いを潜り抜けた強大なる戦士。

 最強の槍使いに対する、決着の一撃だった。

 

 

 

 

 

「あー、負けた、負けたか……」

 

 身動き一つ取れない様子で、"投槍"は仰向けに転がっていた。

 その全身はいたるところが焦げ、また刻まれ、胴体は粉々に砕けている。

 誰がどう見ても致命傷だ。

 デトネイターによる強化でかろうじて即死していないが、確実に数分と立たずに死ぬ。

 

 半ば破けている鼓膜から、駆け寄る三つの足音が聞こえた。

 

「師匠!大丈夫ですか!」

「ラキエちゃんラキエちゃん、どう見ても大丈夫じゃなさそうだよぉ!」

「二人とも落ち着きなさい!アタシも落ち着いてないけど!」

 

 声を聴くだけで蘇る記憶があった。

 

 

――――

 

『師匠のおかげです!……また、教えてもらえますか?』

 

『こんなふうになにかをできたの、はじめてだぁ』

 

『ふん、できて当然よ!先生に習ってるんだから、もっとできるようになってやるわ!』

 

――――

 

 

 フラーレンはうっすら目を開く。

 瞼を上げるだけでも億劫でも、見たい顔があった。

 そんな彼を三人が囲み顔を寄せてくる。

 その全員の眼が涙に潤んでいるのを見て、フラーレンは眉を顰めた。

 

「師匠、今回は本当に申し訳ありません!」

「私が余計なことしたせいでぇ~~!」

「ご……ごめんなさい!」

 

「……気にしなくていいって……ほら、僕天才だから。

 天才が他人の尻拭いするのなんてたいしたことじゃないし……天才以外は間違えるのなんて当たり前なんだからそんな気にしなくていい、って。

 ……どうせなら……こう、僕の暴走が止まったことで花のような笑顔を見せてくれれば……」

 

「うわあぁあん、天才天才うるさくて傲慢すぎるいつものせんせぇだぁぁ!」

「この凄惨な死体寸前の姿を見せつけられて笑えと言われましても……」

「いくらアンタでも無理よ無理、この状況でかっこつけようとするのは無理」

 

 絞り出すように出てくる全く慰めの言葉になっていない言葉に、三人の少女は揃って微妙な顔をした。

 滅茶苦茶強く、はちゃめちゃに傲慢で、徹底的に責任感に溢れている。

 死にかけでも少女達が泣いていたら笑わせようとする優しさとプライド。

 そして絶対に笑わせられない女心のわからなさ。

 どれも普段の(フラーレン)の姿だ。

 申し訳なさと喜びと呆れが入り混じり、いつも以上に複雑な表情になる。

 

 かすむ視界でそれを感じ取り、フラーレンは困り顔になる。

 

「師匠を暴走させてしまった挙句、どうすることもできませんでした。

 眼をかけていただいている弟子としてこの失態、恥じ入る限りです」

 

「……終わるまではともかく、終わったことは、気にしなくていいよ。

 結局僕は、あそこの彼らに止められて、どうやらマスター以外は殺さずに済んだようだし……マスターは……まぁ、取り返しがつくさ。

 過去にこだわらず、前を向いて……」

 

「……決めた!決めたわ!先生!」

 

(全然話聞かれてないなこれ……)

 

 顔に出さないままフラーレンは嘆いた。

 顔だけは鷹揚に構えている。形から入るタイプだ。

 

 三人の少女の一人、ピンクの髪の少女は尊敬する先生(フラーレン)の話を聞き流し、決意の宿るまなざしでフラーレンの顔を見つめる。

 

「こんなことになって、声もかけられなくて、ごめんなさい」

 

「……いやぁ、射程(声が聞こえる距離)に入られてたら僕も殺さずに済んだかわからないし、無理をしない方が―――」

 

 

「だから!絶対……次は絶対、()()()3()()()()()()()()!それぐらい強くなるから!」

 

 

「…………君達が、かい?」

 

 フラーレンは戸惑う。

 

 "投槍"は最強の槍使いだ。

 準<超級>以上の使い手が三人以上集まって、ようやく討伐がかなったほどに。

 ティアンが同じことをするならやはり超級職が三人以上、それもただの超級職ではなく、伝説級UBMを一人で討伐できるほどの実力者が三人以上必要になる。

 それだけの実力を持つティアンは大国でも一国に五人といない。

 

 "投槍"は技巧と才能の怪物だ。

 今回はデトネイターの影響があったとはいえ、その力に<エンブリオ>はほとんど絡んでいない。つまり通常時の彼に匹敵することは、ティアンであっても技巧次第で不可能ではない。

 そして同時に不可能に近い。

 職業適性と<エンブリオ>の有無と同様に、天賦の才覚は生まれつきのものだ。

 彼視点、彼女たちは光るものがあるが、間違いなく彼に比べれば才能がない。

 

 それを勿論、彼女達三人もよく知っている。

 物心ついた時から槍を握ってきた自分達の努力を一月足らずで飛び越えた天才。

 達人(マスター)の域に踏み込み始めたばかりの少女達と違い、容易く教える側に立った神域の武芸者。

 三人どころか三十人が束になっても遠く及ばない頂きの存在。

 憧れ。尊敬。嫉妬することもできない雲の上の存在として彼を見ていたはずだ。

 

「……天才(ぼく)を目標にしても、あんまりいいことないと思うけどなぁ」

 

「そんなことはありません。師匠に教わって、我々は強くなりました」

 

 黒髪の少女はピンクの少女の言葉に驚いたが、否定することなく彼女に続いた。

 もう一人、おどおどしている金髪の少女もそれに続く。

 

「私達、ずっとせんせぇに恩返しがしたかったんです。

 それが強くなることで叶うなら、がんばります。次なんて言って、何年かかるか……何十年かかるかわからないけど」

 

 かすむ視界の中、少女達の瞳が、そこに宿る強い意思だけが、輝いて見えて。

 

「多分めっちゃ大変で……できない可能性の方が高くて……本気でやればやるほど絶望することになるだろうけど……それでも?」

 

「やるわ、絶対」

 

 フラーレンに人の心を見透かす直感はない。

 女心も男心も、子供の心も大人の心も、その奥底は全く読めない。

 戦いなら数手先を見切る直感は、彼女らの人生の結末を保証してくれない。

 彼がその言葉を信用する理由は何もない。

 

 

「だって先生、アタシたちがそうなったら、すっごく嬉しいでしょ?」

 

 

 息を呑む。

 そう彼に告げた彼女の晴れやかな顔が。

 強い瞳が、あまりにも美しく見えて。

 

「え、先生泣いてる!?ごめんなんか変なこと言っちゃった!?」

 

「……いや」

 

 涙をぬぐうこともできない体で、星を見るように少女達を見上げる。

 無性に嬉しかった。叫び出したくなる気持ちを抑えて穏やかに微笑む。

 

「じゃあ……しょうがないか……。

 僕は天才だから……手伝うよ、君達がそうなれるまで。

 どっかの鎧曰く、諦めずにやってれば、そんな日も来ることもあるらしいからさ」

 

 姦しい少女達に囲まれて、ずっとフラーレンは微笑んでいた。

 命が尽き、体が光の粒として消えるまで、ずっと。

 微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不、覚」

 

 そう呟いた"御守刀"の前には、首と心臓を裂かれた白衣の男の姿があった。

 過去形だ。その傷跡が初めからなかったように消失している。

 攻撃をした側の"御守刀"が血に塗れ崩れ落ちた。その首と心臓には裂かれた傷がある。

 

「【転置回腹 レコンキスタ】」

 

 白衣の男の手が懐を探り、崩れた宝石の残骸を取り出した。

 内包された力を使い切った石を捨てる。

 その口調には珍しく、惜しいという感情が込められていた。

 

「自身の受けた状態異常を攻撃してきた他者に押し付ける。傷痍系まで含めてな。

 貴重な力だ。ここで切るつもりはなかったんだが」

 

「こいつ……!」

 

 切るつもりはなかった、というのは本当なのだろう。

 使えば致命傷から回復し、さらに問答無用で一人脱落させられる能力。

 それを運用する気で意図的に隙を作っていたなら気づけた可能性はある。

 先んじて腕や足を落とし、致命傷にならない範囲で使用回数を消費させることもできただろう。

 だが白衣の男が全力で行った十重二十重の防御の中、自然発生した僅かな隙を攻めた二人の思考に、致命傷を狙わない選択肢はなかった。

 優秀な二人の戦士だからこそここで切り札を使わせられた、とも言える。

 ただし、その代償は大きい。

 

「殺し損ねました。業腹ですがあの人の分まで後を任せます、弓使い」

 

 返事を返す間もなく"御守刀"が光と散った。

 戦士の死に様だ。応えなければ戦士ではない。

 

「任せろ―――必ずぶち殺す!」

 

 今日一番の輝きを放った虹弓の矢を、展開された壁が押さえ込む。

 

「その程度で壊れる壁ではないが―――」

 

「この程度ではどうだ?」

 

 咄嗟に男が残り三方向に壁を展開した。

 それぞれに三人の黒鎧戦士の蹴りが激突する。

 ライザーとその分身、そしてウェーブの攻撃。

 一つ一つが必殺に等しい、或いはそれ以上の四方からの攻撃。

 耐える壁が軋みを上げ、しかし皹一つ入らず耐える。

 壁越しに二人を視認し、男は嘆息する。

 

「一人消えて、二人増えたか」

 

「消えてなんかいねえよ、背負った想いがここにあるんだからな!」

 

「お前の敵が俺達だけで収まると思うなッ!」

 

「ふむ。想いがいくらあろうとここで攻撃を仕掛けてくる数の問題でしかないが―――」

 

 男が下を向く。足元から水が噴き出た。

 《天地逆転大瀑布》。動きを妨げ打ち上げようとする噴流。

 壁を展開したまま懐を漁り宙を移動するための石を砕こうとして、動きが止まる。

 影が差していた。

 

「あ、気づいた?」

 

 上空から降る()()

 

「三人目……四人目と言うべきか」

 

 追加で壁を出して斧を防ごうとして、止める。

 全ての壁を破棄して姿を消した。そこに斧と、金の海が降る。

 斧を壁で止めようとしていたら隙間から金海が吞み込んでいた。必殺の一手を凌がれたことにチェルシーが内心舌を打つ。

 

「"流浪金海"チェルシー。"仮面探偵"マスクド・ライザー。"武装探偵"ウェーブ。"強弓"シスル」

 

 消えた白衣の男が包囲から離れた地に出現している。

 瞬間移動。何度かシスル達の攻撃を凌いだ力だ。

 数に限りはあるはずだが、その底は未だ見えない。

 

「暴走者、未使用者が全員退場し、独特な使い方をしているそこの探偵も含めて正常起動者が全員残った、か。

 サンプル数10程度で十分な検証がなされたとは言い難いが、少なくともこの実験における優劣ははっきりしたな」

 

「いけしゃあしゃあと舐めたことを……!」

 

 場に満ちる怒りが一段と増す。

 ウェーブやシスルは勿論のこと、あまり怒りを顔に出さないチェルシーの顔にすらイラつきが現れていた。

 口を開けば人の神経を逆撫でする。悪意がないのが信じられない根っからの悪質さだ。

 

「しかし君達、まだやるのか?

 もう実験は終わったんだ。我々が争う理由はないように思えるが」

 

「本気でそんなことを―――いや、本気であろうとなかろうとこちらの回答は一つだ」

「あんたみたいな迷惑な奴、監獄送りに決まってるでしょ」

 

「……ふむ。まぁ()()()が死ぬのも勿体無いからな。

 付き合う義理は……いや、そういえば……それもありか。データは取れる時に取るに越したことはない、か」

 

 話の途中で独り言を始めた白衣の男の雰囲気の変化に、その場の全員が悪寒を覚える。

 この男がこの手の思いつきをした時にロクなことが起こったためしがないことを、もはや誰もが知っている。

 言葉が終わる前に全員が動いた。

 虹の弓が極光の矢を放つ。鎧騎兵が最速で飛び込む。鎧探偵が銃撃を撃ち込む。海賊が何度目かの噴流を巻き起こす。

 白衣の男はもはや対応すらしなかった。

 全ての攻撃が直撃する。命を三度奪って余りある攻撃を受けた肉体が爆裂する。

 衝撃で全員が吹き飛ばされる。金海を操りチェルシーが受け止めた。

 敢えて衝撃に任せ距離を取ったライザーがいち早く敵を睨む。

 

(自爆―――)

「ではないな、これはッ!」

 

 四人の目の前で破裂した男の肉が膨張する。

 血色の肉は人の形を失い、塔の如く太く高く屹立する。

 10mも伸びたところで伸長を辞め、今度は各所から触手を伸ばし始めた。

 

「うえぇ、気持ち悪っ」

「言ってる場合じゃねえだろ、こりゃ明らかに―――」

「―――第二形態、か」

 

 嫌悪感を隠そうともせず、ウェーブは銃にメモリを込めた。

 横ではシスルが矢を番えている。高まる光の勢いが先ほどまでより弱い。

 

「ん、どうした?負荷かけすぎたか?」

「あー、かもな。元々よくわかんねえ代物だしそういうこともあるか。力の溜まり具合は普段よりちょっとプラスぐらい……溜まる前にそっち先撃っていいぞ」

「了解」

 

 直視すれば目を焼く熱と光が銃口から放たれた。

 火竜王の息吹(ブレス)が塔を火に包む。

 塔が炭化しボロボロと崩れ落ちていく。

 

「うん……?」

 

 ウェーブが鎧仮面の下で目を細めた。

 火と炭のしたから現れるものがある。黒ずんだ緑と茶褐色。

 肉の塔と触手のかたちを残したまま、燃える気配もなく悠然と立ちはだかる巨体がある。

 太く長い円筒の本体と、そこから伸びる幾条もの腕。

 狩人でもある"強弓"がその正体に初めに気づいた。

 

「"樹"か、こいつはッ!」

 

 炎に焼かれた肉を炎ごと落として、その異様が晒される。

 根は地に埋もれることなく巨体を支え、暗色の葉と枝は風に頼らず揺れ動く。

 その体が再び形を変えていく。

 

「肉の塔、大樹、そして―――」

 

 太い根と枝は各々捻れ絡まり力強い二本の腕と足、そして太い尾と首を形作る。

 首の先に出来た頭の形状は、実にその男を象徴する姿をしていた。

 邪悪さ、強靭さ、欲深さ。

 この世界の生態系の頂点に立つ怪物。

 

「―――竜、か」

 

 くぐもった声が大樹の内から聞こえてくる。

 

『【邪竜樹戒 ユグドラシル】』

 

 それは世界樹の名。

 一つの世界観の中心に立つ大樹の力をこの局面で振るう奇縁を白衣の男は感じていた。

 【妖精女王】と並ぶレジェンダリアの象徴、偉大なる大樹【アムニール】。

 それに比べれば遥かに小さい体躯なれど、人を圧するには十二分。

 

 だが今更巨体程度に竦む者などこの場にいない。

 

「死―――ねッ!」

 

 シスルの虹弓が威力と速度に拡散力を加えた矢を放つ。

 もはや矢と言うより光線(ビーム)の如き矢の群れは神話の獣も屠る殲滅性能を誇る。

 

 光を前に、樹竜は顎門を開いた。

 過程を省略して膨大な熱量が集まり、矢が放たれるよりも早くに解き放たれる。

 

「―――ッ、《金牛大海嘯(ポセイドン)》!」

 

 絶望を物理的に煮詰めればこうなるのではないか、と思わせる汚濁の黒。

 孕む熱量の高さだけが炎だと証明する濁炎が虹の光線と一瞬だけ拮抗する。

 一瞬だ。その威力に息を呑むより速く炎が光線を飲み込み迫る。

 その僅かな時間でチェルシーは金海を壁として滑り込ませた。

 "魔剣使い"の"日輪"さえ耐え抜いた究極の盾。それすら一方的に侵蝕される。

 樹竜の息吹(ブレス)が強大なのも間違いない。だがそれ以上に。

 

(まさか、あたし(【ポセイドン】)が弱くなってる……?)

 

 放出し続けられるはずの金海の追加が少なすぎる。

 反射的に不調の原因を探るチェルシーが巡らせた瞳にシスルの姿が映った。

 そして、虹の輝きが鈍っている彼女の【インドラダヌシュ】。

 

(まさか―――)

 

 チェルシーが解答に至ると同時、四人を濁炎が呑み込んだ。

 土も石も金属も、全て一緒くたに溶かし尽くす致命の炎。

 一息でまともな生命が生存できない灼熱地獄を作り出した樹竜はブレスの跡地を見やる。

 

「おや、なるほど、君か」

 

『《キープドライブ・HHS(ハイ・ヒート・スライム)》』

 

 熱量無効のスライムの力。

 その力を宿し、自ら最前列で盾となったウェーブの姿が崩れ落ちる。

 高熱を一切無力化するはずのその鎧の各所が溶け、末端に至っては炭化していた。

 メモリを入れようとした手が開閉機能を壊されたスロットに気づいて止まる。

 

「ふ、ざけんな、熱量無効だぞ、それを……!」

 

「どれだけ優秀なスキルでも、その(リソース)を十分に供給されなければ機能不全になるものだ。

 もっともこの力はそれがメインではない。耐性の効果を完全に消去するほどではなかったな」

 

「この力、ってのは―――」

 

「自然魔力と怨念の大規模吸収。そうだね?」

 

 チェルシーの言葉が白衣の男の眉をぴくりと動かした。

 僅かに火傷を負った程度のチェルシー、そしてライザーとシスルも立ち上がった。

 ウェーブが一番前で盾になったことで、背後の彼等への影響はそれなりに少なく済んでいる。

 白衣の男の声には子供に『よくできました』と言う程度の感心が滲んだ。

 

「"流浪金海"。やはりこの中では比較的お前の察しがいいか。

 正解だ。自然魔力、怨念、その他のリソースの支配と吸収。

 所有者のいないリソースを収奪する時、重要なのは干渉範囲と深度。

 そのどちらも、今のお前達のデトネイターより遥かに優れている。デトネイターは奪い合いでの強度にリソースを割いていないからな。

 【ユグドラシル】も所有権のあるリソースの収奪力は高くない。今回のように、僅かに機能を揺らがせるのが精々だ」

 

(あれで僅かかよ、どんだけの熱量出してやがったんだ)

 

「デトネイターの機能確認はだいたい終えたが、お前達がまだ戦いたいようだからな。

 折角だ、レジェンダリアの外での性能を試験的に測るのも悪くない」

 

「俺達はお前の玩具じゃあない……!」

 

「そうだな。今のところ優秀な実験対象だ。感謝しているよ」

 

 どこまでも傲慢で身勝手。

 だが問題は性格の悪さではなく、彼がそれを通せるだけの力と我を持っていることにある。

 強さの負の面を体現し切っている悪性の強者。

 彼を言葉で説得することは不可能に近い。故に四人は会話を打ち切り全力の連携で男を仕留めようとした。

 

 だが誰よりも早く、邪竜は動く。

 過程を省略した熱量の収束。

 

「うっ、そだろ!早過ぎる!」

 

 デトネイター八機以上を問題なく機能させていた以上の自然魔力と怨念を、たった一体で使用する。

 複数の強化エンブリオで強化した、エンブリオ一個に留まらない強大な力が、膨大なパワーソースにより手のつけられない次元に達している。

 虹弓のチャージが間に合わない。ライザーが全員を抱えて逃げようとして、噴進機能が応えずたたらを踏んだ。

 

(【ヘルモーズ】)も―――)

 

 回避範囲を埋め尽くす放射が開始される。

 間に合わない。何もかも。

 

「まず―――」

「くそっ、すまねえ―――」

「こんなもんどうすりゃ―――」

 

「―――まだだ‼︎ 絶対に諦めるな!」

 

 諦めが滲む戦場に、ライザーの声が響いた。

 策もなにもなく、前に踏み出すライザーの背に視線が集まる。

 この戦場に立つものも。遠隔視にて見ていたものも。或いは、視界が届かぬまま意識を吸い寄せられたものさえ。

 英雄。ただ一人立つ、罪なき万人の代表者。

 

 最も間近で背を見つめた三人の視線が交わり、頷きを交わし合う。

 一つの決断を下すには、たったそれだけで十分だった。

 

 

 先ほど放ったものと全く同等の濁炎が、金海を消し飛ばされた彼等を焼く。

 デトネイターの力を十全に発揮できる環境下なら対応可能だった攻撃。

 それをこの環境下で対応できるか、その試験のための一手だった。

 そして彼の予想通り、彼らは対応できなかった。

 そのことに全く罪悪感を覚えず、白衣の男は顎をかく。

 

「ふむ。やはり無理か。正常稼働したデトネイターは怨念の発生力がなくなるのも難点だ。

 次は魔力と怨念の発生増幅器でも作るか?

 負の感情と魔力を生み出しやすい生物の作成……怨念に関しては意図的に使用者の精神に負荷を与えるという手もある。そうだな、この際記憶を読み取るモンスターにセーブ&ロードさせる手法を確立させるか。

 使用者に正常な意識と暴走状態を行き来させれば双方の長所を獲得することが……うん?」

 

 炎が生んだ蒸気の中に人影が見える。

 焼き尽くされ倒れることもできなかった成れの果て、と男は思わない。

 デトネイターと関係なく完全なる耐性を獲得し、使い切りの魔剣化メモリにより身体を強化していたウェーブでも、虹矢と金海を経て減衰した濁炎に蹂躙された。

 減衰していない火を浴びればまともな生命であれば残骸すら残らないはずだ。

 つまり、それを超えるだけの何かがある。

 

「ならば更にもう一発」

 

 全く同じ攻撃を躊躇いなく放つ。

 回数限定の身代わり。時間制限付きの無敵。

 その手の安易な防御能力ならこれで足りる。

 そうでないなら耐えるだろう。試金石としての小手調べ。

 

 だが、その時起こったことはそんな予想を超越した。

 

「―――!?」

 

 邪竜が悲鳴を上げる。

 予備動作なき濁炎の吐息が、放つ前に口ごと両断された。

 痛みに身を捩る樹竜は次の瞬間に胸を強打され、仰向けに倒れた巨体が地響きを立てた。

 どちらも強化を重ねた樹竜でなければ一撃で死んでもおかしくない攻撃だ。

 

 速度。威力。そして予兆のなさ。

 どれ一つとっても尋常ではない。

 ライザーであれば威力が足りず、チェルシーであれば速度が足りず、シスルであれば時間が足りない。

 

 それを成し遂げた存在は天に浮かび、鋭い眼光で邪竜を見下ろした。

 

『名無しの男。お前は何もかもやりすぎた』

 

 その色は邪竜とは対照的な、混じり気も邪性もない純黒。

 右腕には弓が据え付けられ、右拳が銃を構える。

 左拳は大斧を握り、厚みと装飾を増した鎧が全身を覆っていた。

 

『貴様の自由は―――ここで終わりだ』

 

 四つの力を一つに合わせた、あり得ざる絆の化身。

 天に座すライザーの姿を、力を託した三人が見上げていた。

 

 

 

 ライザーが斧を振り上げようとする。

 その動きに、邪竜は機敏に反応した。

 過敏とさえ言える反応は思考ではなく反射だ。

 中で操る白衣の男の思考より早く、ガードナーとしての本能が体を動かす。

 それは圧倒的な強者に対する生存本能。まともな生命でない樹竜が恐怖を感じていた。

 

 立ち上がった樹竜は右腕に濁炎を纏い、空のライザーに叩きつけようとする。

 範囲を絞り収束させることで先のブレスより強力な炎攻撃。

 熱量への完全耐性を持っていてもお構いなしに焼き焦がす熱爪が音を遥かに超える速度で薙ぎ払われる。

 

 ライザーは躱そうともしなかった。

 

『借りるぞ、ウェーブ、チェルシー』

 

 銃を腰に下げ、スロットに預かったメモリを挿入する。

 両手で強く斧を握った。金の海が虚空から流出し、掲げられた斧と鎧を覆い尽くす。

 

『《フラッシュドライブ・HELD(ハイエンドランプドラゴン)》!』

 

 金海鎧が一段と輝きを強める。

 鉱物を身に纏い強化する塊竜(ランプドラゴン)のメモリ。

 【ポセイドン】の金海との相性は最高に近い。

 

 ライザーに斧の心得はない。

 幾度となく拳を交えた戦友(チェルシー)の動きをなぞるように振るう。

 

『セイ―――アァ‼』

 

 裂帛の叫びがこだまする。

 未熟な技量が思い出と圧倒的な力に支えられ、技巧の欠如を補ってあまりある豪快な斧撃が樹竜の炎爪を右手ごと吹き飛ばした。

 

 白衣の男が目を見開く。

 バランス型と言えど基本的には速度型だったライザーが、巨竜の神撃を退けたたらを踏ませたその事実。

 知覚用能力を発動させた瞳には、ライザーに宿った()()のエンブリオを繋ぐ力の経路が見えた。

 

(強化型第六エンブリオの異能を複数併用―――()()()()()()

 デトネイターを介した経路の作成、スキル発動時に互いのリソースを再分配することでの強化!

 デトネイターによる追加の変化、だけで起きた現象ではない。

 デフォルトで備わる怨念と魔力をリソースとして変換する機構を、逆向きに使えば備わるリソースを共通規格を通じて共有する接続にも使用できるとすれば)

 

「我ながら……そこまでいけるのか、『デトネイター』は!?」

 

 白衣の男の言葉を否定するように、鎧の噴進器が唸りを上げる。

 

『違う!これが俺たちの、絆の力だッ‼︎』

 

 

 

 ウェーブは仰向けに天を見る。

 鎧を解除した彼は力の入らない手で帽子を頭に載せる。

 

「はは、すっげ」

 

 空を翔ける鎧戦士が地を動く樹竜とぶつかりあろうことか吹き飛ばす。

 彼の見ていた特撮の世界を思わせる大迫力の戦いだ。

 それを成しているのが友であることに、ウェーブは笑みをこぼす。

 

 四つのエンブリオを一つに繋ぐ。一人の戦士が三人の(エンブリオ)を託される。

 そんなこと、想像もしていなかった。

 

(いや、やっぱしてたかもな)

 

 苦しみながらも何度となく立ち上がり、人のために戦い続けた男。

 マスクド・ライザーを切り札(エース)と呼んでいたのは、まさにこんな活躍を期待したからではないか―――なんてことを考えて、流石にないなと肩をすくめた。

 

(ないない。あの天才どもならともかく、俺はそこまですげえ直感持ってねえわ)

 

 天才の直感を見過ぎて感覚が狂ったか、と自嘲する。

 その自認がどの程度適正かはともかくとして、ウェーブは気を取り直して応援する。

 今の彼には応援しかできないが、そこに不安は一切ない。

 地に倒れている今ですら、『ともに闘っている』と思える。

 

「やっちまえ、ライザー」

 

 今のウェーブでは激突音にかき消される小さい声しか出さないが。

 天に舞うライザーの纏う黒鎧が応えるように輝いた。

 

 

 

 

 

『ああ、やるぞ!』

 

 急に言葉を発したライザーに、白衣の男は小首をかしげる。

 

「なんだ、誰かと会話中か?

 興味があるな。まさか自分のエンブリオと会話可能になっているのか?」

 

『貴様に答える義理はないッ!』

 

 【ヘルモーズ】を覆う【ヤーラ】のスロットにメモリを装填する。

 ウェーブから託されたメモリの種類は数多い。

 少ない武器を磨いてきたライザーでは最適効率の運用を行うことは困難だったが、幸いにして彼には頼りになる助言者がついていた。

 

『ようやくこの戦いかたにも慣れた。それに合った戦術も。

 ―――《キープドライブ・HETD(ハイエンドトルネードドラゴン)》』

 

 逆巻く旋風が金海を巻き込み金の竜巻となって荒れ狂う。

 邪竜が無差別に放つ紫電、赤熱、冷気、爆風。その全てを金の海竜が飲み込んでいく。

 そのまま邪竜をも渦の中に取り込んだ。

 金の重量、風の流動、そして海が取り込んだ邪竜の攻撃。その全てが樹竜の身を削る。

 じわじわと削られていく竜の中の男はその力の強大さを考察する。

 

(複数接続しようと自然魔力と怨念の欠如は持久力に致命的な欠点をもたらすはずだが……一向に出力が落ちる気配がない)

 

 白衣の男の瞳が一度も使われていない弓を見る。

 変形した鎧の滑車によって弦が引き絞られ、うっすらとした虹の輝きを湛えている。

 

(リソース)の源は時間か。"強弓"のチャージ時間に比例して力を高める(【インドラダヌシュ】)

 弓が生んだ力を変換して他のエンブリオ、特に"流浪金海"の必殺に分け与えている)

 

 一時期に比べれば増大量は少量だが、消えた端から次の金海が生み出され続けている。

 ライザーの噴進器も控えめながら要所で十分な稼働をしている。

 ウェーブのメモリは先込め式なので除くが、汎用性の高い運用方式だ。

 

(エンブリオ同士の連結。以前考えたことはあるが頓挫している。

 当時は一つ一つ違うエンブリオにチューニングを施す汎用仕様の構築が不可能だった。

 主人(マスター)の意志を反映してエンブリオ自身に自己改造させるデトネイターの特性故か。

 だとしても、"自分のための力"を"丸ごと他者に託し使わせる"方向に向けるのは容易ではないはずだ。それを複数人が成す。……彼の人望か。やはり彼を選んだ"あの私"の判断は正しかったな)

 

 それが必要な状況。集まる人望と、他者の力を素直に受け入れられる器。

 そう起こることではない。だからこそ興味深い。

 

「意思を同じくする仲間にしかできない結合による力の爆発的上昇(フォース・デトネイト)、か。

 その底を見るためにも……もう少し足掻かせてもらうぞ!」

 

 宝石を砕く。樹竜の背から巨大な翼が生えた。

 捻れ曲がった歪な翼は雄々しき竜のそれではない。

 男の悪性を体現したような醜悪さ。世に憚ることのない邪悪さの化身。

 

『まるで……悪魔(メビュート)

 

 竜の動きを警戒するライザーはその行動を見て驚愕する。

 竜はあろうことか、竜巻に逆らうのではなく、翼と手脚で()()出した。

 

(万象への後出しの適性付与。加え金海の質量に負けない筋力と耐久はあの【獣王】に匹敵しかねん。

 純粋な肉体性能では【獣王】に軍配が上がるが、樹竜にはスキルがある。使い手が研究者であるために即応性こそ低いが、分析を終えればどんな力も()()なる、とすれば)

 

『マスクド・ライザー。あれを相手に後手に回るのは危険だ』

 

『わかっている、ここでケリをつける!』

 

 

 外に出るため竜巻を泳ぐ樹竜が、金海の中に奇妙な光沢の円盤を見つけた。

 

(これは……"武装探偵"のメモリか?)

 

 無数に漂うそれに視点を合わせた直後、それらのメモリが爆発する。

 否、(リソース)を見る瞳がそう見せただけだ。

 それぞれのメモリが崩れ去ると同時、幻影の生命が顔を出す。

 

「っ、これがあの探偵の切り札か!」

 

 炎の吐息を放つ天竜。金海ごと竜を凍らせる海竜。

 雷の網を投げかける蜘蛛。強烈な鎌鼬を放つ鎧鬼。

 力を削る闇で視界を封じる精霊に、聖なる光で怨念を焼く虎。

 鱗粉をばら撒く巨大な蛾を見たところで視界が歪んだ。

 

(鱗粉による感知能力への妨害!よくもここまで揃えたものだ!)

 

 視界の端に映った生物の数は二桁をゆうに超えていた。

 それも長くは持たない。おそらくはメモリを代償に一行動(ワンアクション)のみスロットを介さず力を使用するスキル。

 この一瞬のためだけに大量のメモリを犠牲にさせた探偵の判断が邪竜の動きを確かに止める。

 

(あの竜は外付けの鎧。砕いてもすぐに再生するよ。

 狙うべきは内部に潜んでいるあの男。攻撃に使っている手じゃない。掬われやすい足じゃない。頭部はブレスの誘爆が怖い。

 胸には攻撃を与えてる。なら胴体の下半分。脱出のことを考えれば―――)

 

『なるほど、()()か』

 

 ライザーは金塊の中の邪竜を見据え構えていた。

 噴進を完全に止め地上に屈む。クラウチングスタートに似た、しかし明確に異なる構え。

 構えながら適度に力を抜く。千載一遇の好機を前に、精神は止水に達し揺らぎ一つない。

 鳥の一匹も止まりそうな見事な脱力を見せる体に、まともな生命なら全く近づきたくない膨大な力が注ぎ込まれる。

 四つの武装(アームズ)が全ての力を一つの機能に注いでいた。

 

 "強弓"がライザーの腕で引き絞られる弓を見つめる。

 

「派手にやれ、【インドラダヌシュ】!」

 

 強まり続ける虹の光が遂に装甲の隙間から漏れ出ずる。

 シスルの扱う本来の【インドラダヌシュ】は矢を強化する力だった。

 ではライザーが扱うならばどうなるのか。

 弓は全ての力を蓄積し続け、明かされる()()()を待つ。

 

『ありがとう、シスル』

 

 ライザーにとってシスルはすれ違っただけの他人だ。

 この戦いですらほとんど共闘の形にはならなかった。

 それでも他の二人と同じように自分に全てを賭けてくれた。

 勝つために。守るために。その事実が何より心強い。

 

 

『チェルシー。ウェーブ。シスル。……【ポセイドン】。【ヤーラ】。【インドラダヌシュ】。それに、【ヘルモーズ】』

 

 ライザーの手が腰から一つのメモリを引き抜き、滑らかにスロットに装填する。

 起動したスロットが音を奏でるより早く、金海を割り樹竜の腕が這い出てくる。

 数秒も経たず邪竜は解放され、大質量の縛りから逃れた体は更なる力を発揮する。

 その姿を見つめるライザーに一切の焦りはない。

 

『やるぞ、一緒に』

 

『《フラッシュドライブ・HEMD(ハイエンドメイルドラゴン)》!』

 

 黒の強化外装(ヤーラ)剥離(パージ)される。

 一部の鎧装系竜種が持つ、鎧を脱ぎ捨てることで速度を増す強化スキル。

 それを強化外装を脱ぐことで再現する。

 

 黒き外装の中から現れるのは極虹。

 七色を超えた極彩色の虹。限りなき可能性の具現。

 己自身を弾丸とした鎧戦士はその瞬間神速を超えた。

 

「――――――は」

 

 知覚能力と思考能力を極限まで高めた白衣の男がライザーの姿を見失う。

 視点が勝手に動き、そよぐ風に頬を撫でられて、ようやく竜の胴に大穴が空いていることに気づいた。

 そして、同時に自身の下半身が消し飛ばされたことにも。

 

『―――《ライザー閃光キック》』

 

 音より速い、どころではなく。

 音の十倍より速い、程度ですらなく。

 光と見紛うことすら許されない異次元の速度で、ライザーの蹴撃は邪竜の尾骶骨付近の胴体に大穴を開け、潜んでいた白衣の男を穿っていた。

 

「はは、凄まじい……これが"アームズの先"か」

 

 頭部への直撃を免れ、幸運にも即死を避けた白衣の男は逃走用の石を砕こうとする。

 その腕に矢が突き立つ。強烈な一矢が肉と骨を砕いた。

 

「お、っと」

 

 取り落とした宝石を諦め、顔を上げる。

 予備の斧を構えた海賊服の女の姿があった。

 

「あ―――」

 

「じゃあね」

 

 振り下ろされる、アームズでもなんでもない量産品の斧。

 それが誰より強い武装(アームズ)を追い求めた白衣の男の視界に映る、最後にして決着の光景だった。

 

 

 

 




クライマックス終了、残るはエンディングと、あとちょっとしたあとがきと設定集を書く予定です
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