The NEXT for Force Detonator   作:みそしる

13 / 14
Ending -The NEXT

 

 レジェンダリアから遠く離れた大陸の東、黄河地方の都市の一つ。

 運河のそばに作られ安寧を過ごすその街の、どこにでもある一軒家。

 その地下を大規模にぶち抜いて作られた核実験施設染みた深大な空間の中に、スーツ姿の男がいた。

 

 (いびつ)さのある顔にどろりと濁った黒い(まなこ)

 顔にかかった眼鏡が瞳の奥から溢れる悪性を辛うじて直視できる程度に減じている。

 

 汚泥の如き雰囲気を纏った男は卵形の宝石を口元に寄せ、呟く。

 

「レジェンダリアの個体が2体消滅。第零の消費・喪失量は『デトネイター』を除いても89個。

 代償にプラン137-3は60%の進行度と86%の完遂可能性を示した。結果を基に更なる拡充を図るべきだろう」

 

『俺達からも何人か使()()か?』

 

 宝石から声が聞こえる。それは男と全く同じ声をしていた。

 周囲を見れば容姿が全く同じ男達が作業に勤しんでいる。

 非常に不気味な光景だが、この場にも、宝石による通信先にも、それを不気味と思う感性の持ち主はいない。

 

「いや、今はいい。()は必要に応じて増やす。

 久々の成功だ。使える資源も十分に溜め込まれている」

 

 そのスーツを着た男は、彼らを生み出した原初の男と同様に個体名を持たない。

 その男はただ役割から"統括"と呼ばれていた。

 

 全世界に散らばる研究者達(自分達)の持つ情報を共有し、研究に必要なものを用意し、実験に適した状況を構築する。

 そのような役割が必要だった。故に彼は生み出され、以来それだけを続けている。

 彼だけではない。食欲もなく、睡眠欲もなく、性欲もない。ひたすら"役割"を果たし続ける。

 それが彼ら、『提供者(プロヴァイダー)』である。

 

「現状の『デトネイター』の改良と量産。

 またチャリオッツ・キャッスルへの対応。

 純ガードナーにまで適用できるようになるまでは更にかかるだろうが、いずれはテリトリーを除く第六形態マスターのほぼ全てがユーザーとなる日も来るだろう。あの方の求める世界へとまず一歩進―――」

 

 

「―――進まれると困るんだよね」

 

 

 男が眉を顰める。

 

 目の前に、いつの間にやら青年と少年が立っていた。

 前髪で両目を隠した青年が前に立ち、その後ろに兎耳の少年が控える。

 彼らの登場と同時にあらゆる音が止んでいた。

 それが()()()()()()()()からか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全く区別がつかない。

 つけるために何かのスキルを発動しようとすれば即座に殺されるだろう。

 それができる相手であると、統括個体は理解している。

 

 この世界を管理し運営する役割を持つ。

 そしてそれを果たし切るほどには能力を持たず、ただ暴力だけは圧倒的である怪物達。

 マスターは彼らを管理AIと呼び、古を知るティアンは彼らを<化身>と呼ぶ。

 VRMMO、<Infinite Dendrogram>の運営者。

 そのうちの二柱が彼の前に立っていた。

 

 

「何の用だ? 今さら貴様らが我々に干渉する理由はないようにも思えるが」

 

 そんな者達が見せる敵意に恐怖をかけらも見せず、統括個体は小首を傾げてみせる。

 青年、トム・キャットの目に怒りが宿る、そのように見えた。

 

「いくらなんでもやり過ぎたね。

 マスターに対する永続性のある精神干渉。アリスの精神防御を潜り抜けたのはたいしたものだけど、だからこそ見逃せない」

 

「やめておけ。そんな()()()()()理由で動くならもっと早く動いていただろう」

 

「くだらない、だって!?」

 

「当たり前だ。『嫌なものを見て嫌な思いをする』―――そんなことを規制するなら、貴様らはまずゴア描写を規制すべきだ。洗脳も所詮は言葉による会話の延長。同条件なら非ダイブ型のVRでさえ成立する。規制するに足る根拠がない。

 ましてUBM、特にSUBMによるティアンの死とトラウマの発生を率先して行っているお前達がそんな理由でわざわざ我々を殺しにくるわけがない。少しは使える建前かどうかを考えたらどうだ」

 

「……!」

 

 怒りを露わにするトムに対し、後ろの少年、クロノ・クラウンは冷めた目でトムを見やる。

 そして面倒くさそうに前に出た。

 

「そうかもしれないね。加えて僕は第六形態以下のマスター専門のPK役。

 進化の誘発で忙しいんだ。本来君のようなエンブリオ以下の存在相手に仕事をすることはない」

 

「そうだろうな。街中故に石臼などは使えないにしても、貴様を動かすには相応の理由が必要なはずだ」

 

 クロノの声色には悪意も敵意もなく。

 だからこそ躊躇いなく、その言葉は惜しむような響きで告げられた。

 

 

「『デトネイター』が超級進化の阻害となると判断されたよ。

 あれを使っている限り、()()()()()()()()()()()。確実にね」

 

 

「やはり、か」

 

 告げられた言葉を、特に驚くことなく統括個体は受け入れた。

 その可能性を既に把握していたと思しき態度に、トム・キャットが歯噛みする。

 

 他者の悪感情を自分のもののように感じさせ、それによって自ら記憶を改竄させ、怨念を生み出させ力に変えていたのが暴走状態のデトネイターだ。

 デトネイター起動者の誰もが、本来発しないほどに多様で膨大な負の感情を、確かに自分のものとして生んでいた。

 

 一人二人ならともかく、二桁三桁のマスターが心底の悪感情を発するなら、一人ぐらいは特定感情によるトリガーを引けるはずだ。

 だがこの事件の中、誰一人進化の兆候を見せていない。

 それが偶然ではなく必然だとすれば、原因は明らかである。

 

「デトネイターはバグの誘発で超級進化機能を部分的に発動させるんだったね?

 おそらくそれが原因だ。デトネイターを起動している限り、真の意味での進化も発動しない」

 

「そして超級進化のトリガーは過去の感情では成立しないはずだ。

 第六形態となった正常起動中のエンブリオを持つ、その時の感情だけが引き金(トリガー)になる。

 よって貴様らの視点では、デトネイター起動中の感情、起動中の時間が丸ごと無駄になるわけだ」

 

 もし過去の感情によるトリガーの起動が成立するのなら、マスターは人生のどこかで味わったかつての感情でトリガーを引けることになる。

 その場合超級の数は今より数段多く、超級の年齢層は今より高くなるだろう。

 人生経験が多いほどトリガーを引きやすくなるはずだからだ。

 だがそうなってはいない。それがトリガーの起動条件をよく示している。

 

 管理AIごとの最優先事項は様々だが、至上命題は共通している。

 <超級エンブリオ>の増加。

 100の<超級>の誕生。

 それを妨害するというのは、さしもの彼らも見逃せるものではない。

 

「多分、そんなものを作ったのは君達が初めてだろうね。

 個人的には君達に興味があるけど、そんなものを広められたら超級が全く生まれなくなる。

 だからここで君達を()()する」

 

「一応、アリスからは『二度とデトネイターを製造頒布しないなら見逃してあげて』とは頼まれてるよ。そうするかい?」

 

 管理AIの中で、唯一最後まで排除を迷っていたのが彼女(アリス)だった。

 この世界に数多居るマスターを、誰より尊ぶ管理AI。

 マスター至上主義であり、管理AIを含むすべてのアバターを支配する彼女が敵に回れば、いかに強大な力を持つ彼らでも戦うことすらままならない。

 

 無名の男達は模造のエンブリオ。

 本来アリスが守る対象ではないが、彼らの行動は彼らの(マスター)に忠実だ。

 それを阻むことは自由なるマスターの意思を管理AIの手で阻むことに他ならない。

 

 マスター同士の争いについて、これまで管理AIは手を出してこなかった。

 かつて皇国で起こったリスキルによる第六マスター引退事案でもその方針は一貫している。

 ここまで事態が悪化し、マスターの多くが精神負荷を受けても見逃すあたり筋金入りだが、超級進化の妨害に至ってようやく手を出す許可が出た。

 

「ふむ。断れば地上の我々は全滅させられる、といったところか」

 

()()()()()()も、だ」

 

 トム・キャットが冷たく言葉を続ける。

 お前達が潜んでいる場所は知っているぞ、という脅し。

 どこに逃げようと叩き潰すという、管理AIにとってはかなり例外的な対応。

 どれほどの力を持つマスターであっても避けられない滅びを前に、統括個体は鼻で笑った。

 

 

()()()、か?」

 

 

 その言葉を聞き、二人の管理AIの顔色が変わる。

 

「監獄にはマスター以外行けないはずだ!」

 

「おいおい、我々をなんだと思っている。エンブリオに適合するエンブリオだぞ。

 監獄に送られそうなマスターとそのエンブリオに()()すればあとは勝手に貴様らが送り込んでくれる」

 

 それは保険だ。何もかもを壊されそうになった時の、絶対の安全圏に居を構えるための保険。

 

「さてどうする。貴様らの行動は限定されている」

 

 人型アバターを用いた一般のマスターと同じルールでの活動。

 本来の身体を使った、他のマスターには秘匿できる範囲での活動。

 後者は他のマスターがいる環境で使うわけにはいかず、前者では見られてもいいが指名手配を受けていないのに監獄に行くことはできない。

 

「罪を犯すか?国家指名手配されるほどの?

 国と交渉するか?既に成立してしまったデトネイターを超えるメリットを渡して?」

 

「……監獄にも管理AIはいるよ」

 

「いるなぁ。実に職務に忠実な管理AI。四角四面でお行儀のいい管理AIが、他のマスターの支配下にいる我々を直接破壊する行為に手を染められるかな?」

 

「賞金をかけて他のマスターに君達を潰させれば―――」

 

「デトネイターを配り歩く我々を、デトネイター以外にも様々な利益を渡せる我々を、根絶できるほどの利益か。超級進化トリガーの詳細でも教えてやったらいけるかもしれないな。貴様らがそれを理解しているなら、だが」

 

 チッ、と舌打つ音が空虚に響く。

 武力として優位なのは青年達。能力において優位なのも青年達。

 その二人を、その仲間を敵に回して、男には一切の恐れがない。

 恐怖という感情が存在しない。かつて彼ら運営者もそうだった、人ならざる群体生命の強み。

 

「こちらは監獄内のマスター、そして出所する軽犯罪者や自由に監獄を出入りできる国家所属者を通じて外界に配布し続ける。

 国家としても所属を条件にデトネイターを配り無所属のマスターに首輪をつけるいい機会だ。

 特典武具と違って確実に手に入り、数に限りもないも同然。

 戦争前の王国のそれとは桁が違う。

 果たしてどれだけのマスターが手に入れられるのか、楽しみだな?」

 

「お前は……!」

 

 それでも、全てのマスターがデトネイターを使うわけではないだろう。

 第六形態に達してすぐ超級へのトリガーを引くもの。

 超級進化を望むためデトネイターを拒絶するもの。

 それなりにはいるはずだ。進化のペースが極端に遅くなったとしても、いずれは百体を集めることができる。

 だが。

 管理AIの目的を果たすために与えられた時間は、そこまで長くない。

 

(多少脅迫的になってでもいいから国家のトップ達に働きかける……デトネイターが広まるデメリットを説明すれば。いや、確実にカルディナだけはデトネイターの拡散に手を貸す!)

 

(あそこのトップは超級進化を妨害してる疑惑もある。

 そこ以外を説得してあの国だけが独占する結果も好ましくない。

 何より、どの国もそう思うはず。カルディナの一強体制を崩すためなら多少のデメリットぐらい許容する)

 

(それ以前の問題として、現時点でもかなりマスターの自由を阻害してる行動だ。

 これ以上の干渉は原則を大きく逸脱する。管理AI内でさえ意見を統一しきれるか?)

 

 青年と少年の眉間に皺が寄る。

 どうすればいいか。考えても答えが出ない。

 

 これがティアンやモンスターの計画であれば話は早かった。

 一人のマスターの研究であったとしても対処のしようはあったかもしれない。

 だがもはや人の身に縛られぬエンブリオの群れに、果たしてどれだけ抗えるのか。

 

 奇しくも死も疲労も知らぬエンブリオの群れとしての脅威を振るい先々期文明を滅ぼした獣の化身達は、滅ぼされた文明と近しい気分を味わっていた。

 それを因果応報だとなじる者もまた、この場にはいなかったが。

 

 苦悩する二人をひどく冷たい目で見下していた男は、しかし突然打って変わった軽快な口調で喋り出す。

 

「だがそうだな、()()()()()()()()()()

 

 難題を突き付け、突然前提を崩す。思考の隙に入り込む暴力的な話法。

 突然の転身を訝しむ余裕すら与えず主張を捻じ込む。

 

「この俺は貴様らに恨みがあるわけじゃあない。

 超級進化を妨害するというのも主目的ではない。

 デトネイターの頒布を制限してやってもいい」

 

「……何が狙いだ?」

 

「外の環境も捨てがたい。我々の研究が制限されるのは本位じゃない。

 個体も資材も無限ではない。全て失うのに比べれば妥協してもいい、と言ってるんだ。

 ひとまずは『第六形態になって数年経っても超級進化していないマスター』に限る」

 

 超級進化トリガーは特定の感情。

 速やかに進化していないエンブリオは全て、マスターが覚えにくい感情をトリガーとしてしまっているために進化しにくい。

 その後の進化も期待しにくく、コストとして見ても安いものだろう、と男は語る。

 

「『難敵を増やすことで試練を与え進化を誘発する』―――貴様らのプランだ。

 我々のこのプランもその一助となることだろう」

 

 トムとクロノが目配せし言葉に出ぬ通信で検討を始めたのをよそに、男も通信を始めた。

 デトネイタープランの修正指示。新たな計画との配分調整。

 内心で嘆息しながら、決定事項として通達していく。

 

 

(その気になれば()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()

 全てのルールを無視したデトネイターと我々の根絶も、不可能ではない。

 現時点でのデトネイタープランとの心中は合理的ではない)

 

 管理AIに恨みがあるわけではない。

 超級進化を妨害するというのも主目的ではない。

 彼らの大目的はあくまでも技術の蓄積、そして"運営の致命的破綻"にある。

 全ては彼らのマスターの望みのままに。

 

(今回は14%を引いたか。

 だが、最低限の下地は撒いた。我々以外による複製・改造を待とう。

 超級増加速度の抑制にも多少は働くだろう。第六形態アームズ使いの需要にも応えられる。

 完全な失敗ではない。それだけでもよしとすべきだ)

 

 死んだ個体から得た記憶を改めて見返す。

 様々な戦士がいた。力強き者、心強き者。才に溢れた者、無才でも足掻いた者。

 誰にも無限の可能性などなく、有限の可能性の中で戦い続ける者達だった。

 彼らのマスターと同じように。

 

(このゲームは必ず破綻させる。だが、それまでは)

 

 許される全てを行う。

 人々の望みを叶えることも。この世界に足りない要素を満たすことも。

 人々の嘆きを生み出すことも。この世界に存在する要素を消滅させることも。

 考え得る全てを行い、生み出された技術がいずれこの世界を滅ぼすだろう。

 

 

 通信での会議を終え、管理AIの青年は男に交渉の成立を示す。

 去り際、足早に立ち去る青年の後、振り返った少年は一つの質問を残した。

 

 

「次の計画は何をやるんだい?」

 

「そうだな、色々あるが……最も実現が近い派手なプランとしては」

 

 続く言葉を聞き、少年は面白そうに去っていった。

 

 

「―――【聖剣】を創り出す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界において娯楽の優先度は低いが、音楽は数少ない例外だ。

 【歌手】系統等の持つ、音が届く範囲に対する強化効果。

 故に音楽堂は大きな都市ならば必ずと言っていいほど存在する。

 強化の有無による事故を防ぐため、城壁近くに建てられ音を外に向けて放ち、音楽スキルの効果を高めることもある重要建築物。

 

 その都市にある音楽堂もその一つだった。

 地球で言えば屋内ホールではなく野外ステージに分類されるだろう形状。

 各部に硝子と鏡を使い自然光を誘導し、細部まで執拗に施された彫刻と組み合わせステージ上に自然と視線が集まる設計の妙。

 素人目にも感嘆させる美しさがあるが、音の射程と指向性を維持するための開放的な構造に、高位建築物の強化効果を保持できる最小限の壁量と位置を見極めた造形は玄人が見ても絶賛する域にある。

 背景の域を逸脱した存在感を示すステージの中央に、今宵立つのは歌女(うため)が一人。

 陽光の如き金髪(なび)かせ、赤き瞳が目を引くその女を、【絶唱】ライズ・ライムと云う。

 

「聞いていきな、アタシの歌を!」

 

 

 

 

 

 ステージ付近の関係者席にて、仮面の男が腕を組む。

 

「三日で会場の手配、それもこれほどの会場を貸し切ってのライブか」

 

「よくやるなぁと思うけど」

 

 海賊服の少女がステージを見て目を細めた。

 

「どんな特別待遇でも足りないぐらいの歌手と考えれば、妥当なところかもね」

 

 ステージの中央に立つのは<エンブリオ>の紋章を持つマスター。

 そして広大な客席を埋める観客のほとんどもまた、紋章を手に刻んでいる。

 そこに老若男女の別はなく、この手の音楽イベントに来なさそうなチンピラまでいるのはマスターの外見と内面の不相応さが原因ではない。

 

 今宵のステージの目的はただ一つ。

 

「"歌で人の心を救う"、よく聞く話だが、まさか一介のライブでここまで大規模かつ直接的に心を救う歌手もまずいないだろう」

 

 こんな場でも仮面を被る男、"仮面騎兵"マスクド・ライザーはそう呟いた。

 『デトネイター』の悪影響を受け、未だ苦しむ多くのマスター。

 彼らを集めて纏めて救う。ライザー達を助けたウェーブにも、他の誰にもできない偉業だろう。

 歌唱による浄化スキル。そして他者の心に強く響く、尋常ならざる至高の歌。

 ライザー達はその力の偉大さに感嘆し、それ以上に素晴らしい歌唱にしばし聞き惚れた。

 

「勝った甲斐があったね、ライザー」

「ああ。……これ以上ない報酬だ」

 

 

 

 今日のために練りに練ったらしい十曲のセトリが終わった頃には、観客席は号泣と感動に満ち溢れていた。

 二人の耳にも数日前より力を増しているように感じる歌。

 先日の激戦の経験、そして人の心を何度も震わせた経験が彼女の歌を鍛え上げていた。

 人はたった数日で驚くほどの伸びをみせることがある。それが天才であれば尚更に。

 

 感謝。尊敬。歓喜。満足。哀愁。そして希望。

 他者の感情に呑み込まれた人間を強く揺さぶり、本来の感情を引き出すことで連鎖して本来の記憶も取り戻させる神秘の歌声。

 陳腐な表現だ。だが得てして本物とはそのようにしか表現できない。

 

 二人は座ったまま余韻を楽しみ、感極まってステージに殺到する観客達を眺める。

 その波が半ばから割れるのが見えた。観客席の中から流れに逆らい彼らの方に来る男がいる。

 自然体で歩いているように見えるのに、人の群れが自然と避けていく。

 どんなに熱中している人間も目の前に柱があれば避ける。そのような理屈だろうか。

 技術と呼べるかも怪しい、異端にして異常なる在り様。

 

 やがて彼らの前に辿り着いた男は仰々しく片足を引いてお辞儀をする。

 

「正気では初めまして―――と言うべきだね。

 先日は迷惑をかけた。僕が"投槍"のフラーレンだ」

 

 くすんだ金髪に赤銅の瞳。

 その青い服がアニメに出てくる学生服のようなデザインであることにライザーは今更ながら気づいた。

 

「ずいぶん雰囲気変わったね、イメチェン?」

 

「お嬢さん達には見苦しいところをお見せしたからね。そう思われるのも仕方ないけど、こちらの方が()()()の僕だよ。

 今後の付き合いの中で知ってほしい―――と口説きたいところだけれど、お二人はアルターに帰るんだった。

 残念だよ。特に美しい女性に良いところを見せられないのが実に残念だ」

 

(……思った以上に全然違うキャラで来たね)

(普段はこんな感じなのか……)

 

 出会って早々にキザな口調で口説いてくる男にかなり面食らうチェルシーとライザー。

 特にチェルシー視点、こうも堂々と口説かれることは多くないが、それ以上にこの落差への戸惑いが大きい。

 こんな男があんな感じだったことへの驚きを隠せない二人をよそに、フラーレンは二枚の紙を差し出した。

 

「一人一枚、貰ってほしい。先日のお詫びだよ」

 

「え、これ【契約書】!?」

 

「ああ。詳しい条件はそこに書いてあるけど、ざっくり言えば【なんでも一回依頼受ける券】さ。

 公序良俗に反さず、一月以内で解決する依頼について、無料(ただ)で僕をこきつかえる」

 

 二人は再びぎょっとした。

 渡す気軽さにまるで相応しくない、奴隷契約にも近しい権利。

 

「結局、僕が持つ最大の資産とは"僕"であり"強さ"だ。

 今は被害を与えた人たちを渡り歩いてね、被害額の補填とは別にこれを配り歩いているんだよ。

 君達にはそれほど被害を与えたわけではないようだけど、止めてもらった恩がある。

 連絡手段はそのメールアドレスでも内部連絡でもご自由に。場所が王国だろうと気兼ねなく呼んでほしい。

 僕は天才だからね、強さを求められれば損はさせないさ」

 

 飄々とした口調からは彼の感情は読み取れない。

 あらゆる負の感情をまるで見せない自制心。

 それでいて無理が感じられない自然体、少なくともそう見える鷹揚さ。

 ライザーは感心した。

 

(本来は心の強さもかなりのものだと聞いていたが、なるほどな)

 

 暴走したことへの恥辱とかけた迷惑への後悔。

 止めてくれた相手への感謝と帰る前に恩を返そうとする義理堅さ。

 これだけの権利を配り歩くと言うのなら、どれも相当に強い感情のはずだ。

 それをここまで見事に所作と切り離す。尋常ならざるメンタリティと言える。

 

 強者の力だけでない強さを感じ取り、ライザーは一歩前に出た。

 

「なら……そうだな。今度、時間が出来た時でいい。また戦ってくれ」

 

「わかった。三対一でも四対一でも、全力をもってお相手しよう」

 

「侮るなよ。一対一だ」

 

「―――そうか」

 

 その一言で、二人は思わず一歩退いていた。

 "投槍"との間の空気が軋む。

 フラーレンが何かをしたわけではない。態度も一見すれば変わりない。

 むしろ笑みを深め、よりリラックスしているようにすら見える。

 

(そのはずなのに、この"圧"は何!?)

 

 気圧される。それは或いは真の強者の持つ存在感。

 彼らのよく知る決闘上位二人に挑む時に感じるような、怪物の前に竦む只人のような。

 

「君達は三人がかりで"あの"僕に勝った。

 あの時のことは概ね覚えているよ。文句のつけようもない敗北だ」

 

 褒められているはずなのに一時も気が抜けない。

 敵愾心ではない。悪意でもない。

 それに気づけること自体が、彼らが一皮向け強者に近づいた結果なのか。

 

「だとしても―――勘違いしないでくれ。

 ()()()()()()()。"この"僕が仮に"あの"僕より一面的には弱いとしても、君たちが一対一で勝てるほど弱くはない。

 その上で君が僕に挑むと言うのなら、もちろん歓迎するよ。

 いくらでもお相手しよう。天賦の才の天たる所以をお見せするさ」

 

 

「勘違いするなよ、"投槍"」

 

 

 言葉の終わり際にライザーの声が割り込んだ。

 "投槍"の圧を正面から受け止めたとしても、ライザーが屈することはない。

 心の強さに限るのなら、彼の心は"投槍"をも超えている。

 英雄を演じることについても、また。

 

「俺は本来のお前の力を知らない。

 戦って勝てるか、勝ち目がないほどの差か、そんなものは戦うまでわからないもので、戦えば自ずとわかることだ。

 仮にお前が言うほど力の差が離れていたとしても、『そんなに強いとは思わなかった』なんて言うつもりもない。

 その予防線自体が俺への侮りだと知れ、フラーレン」

 

「…………、おっと」

 

 フラーレンはしばし瞠目し、やがて我に帰ったように目を瞬かせた。

 そしてわざとらしく肩をすくめる。纏っていた圧も霧散していた。

 

「我ながら、どうもまだ本調子ではないらしい。無礼をしたね。

 三日で錆を取り削り直す。その後また会おう。勝負はその時に」

 

「ああ。楽しみにしている」

 

 背を向けたフラーレンはライズ・ライムの方に歩いて行く。

 やがて人混みの中に姿を消した。

 止めたという点では少なからぬ貢献をした彼女とも、同じようなやり取りをするのだろう。

 

 

 チェルシーは気の抜けた顔でライザーに声をかける。

 

「暴走してた時も大概だったけど、なんか独特な人だったね」

 

「だが、間違いなく安定して強い。挑む価値のある相手だ」

 

「ポジティブだねぇ。確かに不安定ってほどでもなかったけど」

 

「安定はしていますよ。ただ少し()()()()()()()()んでしょう」

 

 頬が触れそうなほどの距離から聞こえてきた声に、チェルシーは思わず跳びずさった。

 

 揺れる紫髪に青紫のシスター服。一見無邪気に見えるアルカイックスマイル。

 見覚えのある姿にライザーがむうと声を漏らした。

 チェルシーも、話してこそいないがその存在は戦場で見かけている。

 

「"弓晴手"ニャロライン・ニャレッジ、だっけ?引きずられてるってのは?」

 

「この歌のおかげで本来の記憶を取り戻しても、その本来の記憶が良いものとは限らない、ということですよ。

 悪い記憶を思い出せば言動にも悪い影響が出るものです。

 とはいえ一過性のもの、ライザーさんが指摘しましたし、本人の言葉通り三日もあれば戻るでしょう」

 

 わけ知り顔で語るニャロラインから心なしか距離をとりつつ、ライザーは問いかけた。

 

「で、お前自身は何の用だ?」

 

「いやですね、主催に招かれただけですよ。彼女のライブも見てみたかったんです」

 

『高確率で頃合いを見て片端から爆破する気だから気をつけろ』

『この状況で!?流石に何人か倒したら詰むと思うけど、最初の数人にだけはなりたくないね……』

 

「ところで」

 

 ここで来るか……!?と場が緊張感に満ちる。

 非戦闘時とはいえこの二人にまるで気配を感じさせないほどの達人だ。

 全員死なずに勝てるかは未知数。一挙手一頭足を注視する二人に訪れたのは予想外の質問だった。

 

「アックスと、あとウェーブはどこです?てっきり彼女たちも一緒だと思いましたが」

 

「……ああ、そのことか」

 

 ライザーが口ごもる。

 このライブに向かう前、デスペナ明けのアックスを交えて少しだけ話をしていた。

 その内容をこの女に話していいかどうか迷い、これぐらいなら大丈夫か、と判断する。

 

(一応、この女も共に戦った戦友だ。意味もなく隠そうとするのも義理に反する)

 

「『やるべきことがある』そうだ」

 

 

 

 

 

 

 

「よかったのか?」

 

 流線型のバイクが街道を駆ける。

 後部座席から聞こえる高い声に、ウェーブはヘルメットの下で苦笑した。

 

「今更か?」

 

「私の要件は果たした。今から戻ってもいい」

 

「流石にもう終わってんだろ。一人で戻るってんなら止めねえけどよ」

 

「君に付き合うと言った」

 

「ならとっとと行くぜ。仕事の時間だ」

 

『《フラッシュドライブ・HLW(ハイルナウルフ)》!』

 

 重力の軽減と操作により()()()()()移動能力を持つ月狼(ルナウルフ)。その力を解放する。

 風も噴炎も周囲への被害が大きい。舗装された街道を走れるならこれが最速だ。

 

 彼にもライブの誘いは来ていた。

 アックスと共に参加するつもりで開催地まで足を運んだ彼だったが、ギルド経由で彼宛てに来ていた依頼を見て参加を取りやめ、依頼の地に向かった。

 

(悪いな皆。俺への依頼、無碍にはできねえ)

 

 予想外だったのは、アックスが彼に帯同して参加をやめたことだろうか。

 道すがら大手クランに寄って何かのアイテムを受け取り、ライザーの仕事に同行することを選んだ。

 戦力が増えるのは嬉しいことだ。

 ウェーブは快く受け入れたものの、『いいのだろうか』という気持ちがあった。

 

――――――

 

『そりゃ嬉しいが、あんだけの歌を聞ける機会、逃すもんじゃねえと思うぜ。俺はもう聞いてるけど、あんたはまだだろ?』

 

『無用の気遣い』

 

――――――

 

 そう思って出した心遣いは一言で否定されてしまったのだが。

 

(前回途中で死んだ(デスペナした)の、気にしてんのかねえ)

 

 "斧改"を探し止めることが交換条件の事件協力。

 ウェーブは交換条件を見事に果たし、アックスは道半ばで敗北した。

 

 これについて、依頼した側のウェーブは特に気にしていない。

 アックスは事実として死ぬまで協力し、死に際でも"投槍"の不意打ちで全滅しかねなかった状況を自分だけの死に抑えたと聞いている。

 そこで生き残った三人が決戦で果たした貢献を考えれば、アックスは十分な仕事を果たしている。

 

 だがそれはあくまでウェーブの視点だ。

 自分より弱かった三人に後を任せることになってしまったこと。

 最後の戦いに関わることもできなかったこと。

 弱かったウェーブ達とは違う、最初から武器種最強格の戦いに割り込めた強者としての責任感。

 そのようなものが彼女を動かしているのだろうか、と推測するも、実際のところはわからない。

 

(んー、()()使うか?)

 

 人の心はどう頑張っても想像しかできない。

 その前提を覆せる(読心)が彼にはある。

 同時に、人の心を覗くのは無礼の極みであり、使用のリスクも大きい。

 それでも探っておく必要があるかないか、懐でメモリを弄びながら考えるウェーブの思考をアックスの問いかけが止めた。

 

「それで、今回の依頼は?」

 

「っと、おお。モンスターを操るタイプの盗賊団が暴れてるらしくてな。

 <冥帝群>とかなんとかデカい名前を名乗ってるここ一月で台頭した新参だが、既に被害額は億超え。

 村や行商の襲撃回数も二桁を超え、ランカーも返り討ちにしてるって奴らだ。

 周囲の村からさらった人質も何人かいるらしい」

 

「大ごとだ。それを一人で?」

 

「いや、俺に頼まれたのは状況の確認、あわよくば人質の救出だけだ。

 ティアン相手ならどうにでもなるし、マスターも生活周期で隙ができる。

 内部を確認するぐらいなら俺一人でもできると思ってたんだが、あんたが手伝ってくれるならあわよくば討伐も狙っていくつもりだ」

 

「悠長では?」

 

「身代金の支払い期限が三日後なんだとよ。

 三日もありゃ強いマスターも集めやすいし、これまでも金を払えば無傷で帰ってきてるらしい。

 人質の解放だけを考えるなら俺を呼ぶまでもねえが、今回は領主が討伐のために動いてる」

 

 本命の討伐前に盗賊を逃さないように。

 その上で討伐時に人質が巻き込まれないようにするために、小器用で実績のあるウェーブに声がかかったというわけだ。

 重要なのは逃さないこと。本来であれば容易でないが、アックスがいるなら不可能でもない。

 

「あんたの氷を溶かせるやつはそういねえからな。

 バレる前に壁面と出入り口塞げば完封も狙える。

 ま、それもアジトの調査次第だ。まずは探索、護衛は頼んだぜ」

 

「了解」

 

 ウェーブはメモリとジョブスキルで感覚を強化し、移動跡を追跡していく。

 嗅覚強化。足跡追尾。痕跡発見。動物会話。

 足取りの一部がわかっている者を探すことについて、ウェーブより長ける者はそういない。

 

 平原から続く穴に潜り、鬱蒼とした山森の中に出る。

 鉱山跡だろうか、いくつかの洞窟がある。定番といえば定番のアジトだ。

 

「こりゃマッピングからだな。出入り口の網羅、隠し部屋の有無、人質と盗賊の部屋の把握。

 全部塞いで壁を凍らせるまでかかる時間を割り出して可能かどうかの検討。

 内部に常駐してるモンスターの種類と数も把握する必要あるな。

 可能なら地質分析して掘削型魔獣による最短脱出時間も割り出してーーー」

 

 膨大な必要作業を慣れた手つきで取り出したメモ帳にリストアップしているウェーブを守るように、アックスが斧を構えた。

 

「ん、どうしたアックス。なんかいるのか?

 近くには何もいねえよ。俺でも感知できないような隠密型がいるなら厄介だが、その場合は一回撤退を」

 

「いや、この気配は」

 

 爆音がした。

 付近ではない。洞窟の奥から聞こえてくる。

 一様ではない。大小様々な爆発音。強化した聴覚では一つとして同じものがないとわかる。

 この個性的な爆発音に、ウェーブ達は覚えがあった。

 

「……おいアックス、なんでこうなってると思う?」

 

「高い金を払って純移動型に依頼すれば先回りすることは可能。

 高い金を払って情報屋に聞けば私達が受けた依頼を把握することは可能。

 あの超絶の勘と狩人の腕があればアジトを発見することも可能、として。

 なぜそこまでしてこっちに来てるのかについては……」

 

 

「ケヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 

 ウェーブとアックスの顔がとてつもなく嫌そうに歪む。

 料理屋で適当に頼んだら昆虫の姿煮が出てきたらこんな顔になるだろうか。

 一般的な感性における虫料理ぐらいの存在感が、その声の持ち主の立ち位置だった。

 

 シスター服姿の女が上品な笑顔で下品な笑い声を垂れ流しながら姿を現す。

 弓使い最強、"弓晴手"ニャロライン・ニャレッジ。

 指名手配されていないだけの殺戮者の姿を確認し、眉間に皺を寄せてアックスが尋ねる。

 

「中にいた奴らはどうした?」

 

「戦闘員は全員爆破させました。モンスターも目についたものは一通り」

 

 その言葉はごく当たり前のことを言うような調子で響いた。

 弓使い。爆発使い。

 狭所では不利な戦闘スタイル。

 まともな使い手ならこんな洞窟内で多数に押されれば格下相手でも敗北するが、この女が無傷で勝利したことに今更驚くこともない。

 驚くのはこんなところで出てきたこと、それだけだ。

 

「なぜここにいる?」

 

「あのライブに参加した者を片端から狙うつもりだったけれど、気が変わったの。

 アックス。今、一番輝けるのはアナタだとワタシの勘が言っている」

 

 自分との戦いに全霊を賭すアックスを爆破する。

 そのためだけに急ぎ探り、急ぎ移動し、新鋭の盗賊団を壊滅させるまで、おそらく半日とかかっていない。

 可能な実力があるとしても、勘一つでそこまでするのがあまりに異常だ。

 

(あいも変わらず、どんな熱意(モチベーション)をしているんだこの女は)

 

 ライザーやシスル、フラーレンともまた違う、強固にして異様なる精神性能。

 その矛先を向けられて、アックスは珍しく口角を吊り上げた。

 

「ウェーブ、先に行け。()()()()()()()()()

 

「……できるのか?」

 

「任せて」

 

 洞窟の入り口に立つニャロラインが笑顔のまま一歩横にどく。

 ウェーブは迷いながらその隣をすり抜け、洞窟の中に駆けていった。

 人質の救出。残敵の確認と掃討。

 盗賊団が壊滅したとしても、ウェーブが為すべき仕事はまだ残っている。

 

 

(隙がない)

 

 アックスはニャロラインをそう評した。

 すり抜けたウェーブも隙を見つけられれば攻撃を叩き込む気だったろう。

 弓を構えていない隣を通る時でさえ、抜き撃つこともできなかった。

 加えてアックスとニャロラインの距離は弓の間合いだ。

 中距離から遠距離の中間。近接型にはやや不利な間合い。

 ニャロラインの最大射程、先の戦いに比べればマシにしても、アックスの不利は揺るがない。

 

 だからこそ、アックスは笑った。

 先日敗北した直後、この世界に舞い戻るより先に知り合い経由で依頼し先程獲得したばかりの力を、試すに相応しい状況だと。

 

 斧を持たない片手を軽く振る。

 袖口から出てきた円盤を掌に握り込んだ。

 

 それは奇妙な、時を十分割する時計。

 長針はなく、短針代わりに美麗な意匠の羽を備えた、黒白二色の懐中時計。

 竜頭を親指で擦るように回すと、針が一つ、時を進める。

 

「【エバーランド】―――《再始動(リスタート・ワン)》」

 

 瞬間、光芒たる魔法陣が少女を中心に展開された。

 眩き輝きがニャロラインの視界を潰し、番えていた矢が心眼にて狙いを定められ放たれる。

 その矢が両者の中間にて爆散した。

 

「……!」

 

「さて」

 

 光が収まり、やがてニャロラインの視界が回復する。

 爆発で待った土煙の先、見える姿があった。

 

 白い肌、茶色の髪と瞳はそのままに。

 すらりと伸びた手足と長身が、サイズと意匠を増した真白きブラウスと灰色のズボンに包まれている。

 切れ長の目つきから幼さは失われ、力強き意思を鋭く示す。

 

 もはや身に余るとは言えなくなった水色の斧を軽く担ぎ、アックスは首をこきりと鳴らした。

 

「二十代半ばってところか。十代の体よりはマシだな」

 

「その体、年齢操作、いや、()()

 ならその時計は"児童機会(チャイルドプレイ)"の作の呪具!」

 

「相変わらず、ぞっとしない直感だな」

 

 つまらなさそうにアックスが呟く。

 

 "児童機会"、【呪術王】LS・エルゴ・ズム。

 レジェンダリアクランランキング一位<YLNT>のトップにして、人生をやり直させる幼児化と、人生を終わらせる老化の力を持つ<超級>。

 呪具に自身のエンブリオの力を込められるあの男ならば、人体を老化させる呪具も作れるだろう。

 

(本来即死スキルとして運用される老化をバフとして使う発想は見事、でも!)

 

「彼のスキルにステータスへのバフ効果はないわよ」

 

「そうだな。これはただ手足を伸ばしただけだ」

 

 老化により回復スキルすら機能しない死を与える。それが彼の最終スキル。

 老化を二十代程度で留めればデバフ効果は受けないだろう。

 だがバフ効果も全くない。

 普段リーチの不足、感覚の違和感があるとしても、普通はステータスを倍加するバフ一つの方が効能は大きいだろう。

 

 理性的に考えれば脅威ではないはずの強化。

 そんな今の彼女を前に、ニャロラインの直感による警鐘は鳴り止まない。

 ニャロラインの歪みのない笑顔に一筋の冷や汗が流れた。

 

「ケヒヒヒ……」

 

「と、そう長くはかけないと言ったんだった。行くぞ」

 

(じょう)と―――」

 

 ニャロラインは目を疑った。

 アックスから目を離していない。瞬きもしていない。

 なのに、()()()()()()()()()()()()()()

 

(疾い―――ッ!)

 

 ニャロラインの思考より速く体が動く。

 一呼吸のうちに十二発。連射銃(ガトリングガン)以上の連打。

 それがアックスまでの距離半ばほどで全て爆散した。

 ニャロラインが目を剥く。

 

「らッ!」

 

 アックスの行動は瞬く間に三アクション。

 速度を緩め斧で地を削り小規模に氷を生み出す。

 そして即座に全身から力を抜き、またすぐに力を入れ直す。

 踏み込む足先から斧を握り振る指先まで、脱力からの連動瞬打。

 それはどこか拳法における寸勁にも似ていた。脱力の後、最小限の動きによる力の連動で大きな力を生み出す打撃法。

 砕かれた氷の礫は爆矢と変わらぬ速度で飛翔し、全く同時に矢に直撃し爆散せしめた。

 

(これほど―――)

 

 小さな氷だ。近くで爆風を受ければまとめて吹き飛んでしまう。

 故に全く同時に当てたなど、言うだけでも簡単ではない。

 斧をたった一振りし、砕いた氷を繊細に運び、狙い澄まして直撃させる。

 果たしてどれだけの技量があればそんなことが可能なのか。

 それだけではない。特化型の上級エンブリオにより強力凍結された氷。

 それをこともなげに砕く。

 総身の力を集約する技か、地の底から力を引き揚げる技か、それとも"弓晴手"をして想像もつかない何かの技か。

 あり得ぬ事象を実現させる、人を超えた技。

 神域の技巧。その極点。

 

「これほどまでか! "斧凍"―――アックス!」

 

 放たれる矢の尽くが砕かれる。

 ここまでの力も技も、それまでのアックスにはなかった。

 強力な凍結スキルとその細やかな扱い、神域に至った斧の振り。

 それらにより斧使いの頂点に立った存在は、しかし"投槍"ほどの埒外さはなく、"弓晴手"ほどの成長力もない。

 言うなれば"平均的な【神】"。そう思われていた。

 

(これほど磨いた武を、あの程度しか発揮できない状態で過ごしていたとは。

 お遊びにしたってストレスもあるでしょうに)

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 矢を軽々と砕き続けながら、アックスは緩やかに歩みを続ける。

 その口からは珍しく、長く独白が紡がれていた。

 

「どこまで行ってもこの世界はゲームだ。

 ティアン(NPC)に思い入れがある者は彼らが死ねば悲しむだろうが、それも一つの経験(思い出)でしかない。

 人生は長い。(みな)もいずれは悲しみを乗り越え前に進める。

 ……そう、思っていた」

 

 技巧を凝らしたニャロラインの矢がアックスによる技巧の粋に砕かれ続ける。

 それはどこか先の戦いの、暴走したフラーレンとの戦いにも似ていた。

 ニャロライン一人では勝てなかった強敵と比較されるほどの強さに今のアックスは達している。

 

「だがどうやら、そうでないものもあるらしい」

 

 その時初めて、アックスの瞳に怒りが灯る。

 悪に対する正義の怒りが、己の弱さを許容していたアックスに火をつけた。

 

マスター()の精神に干渉し捻じ曲げ、下手をすれば人生を破壊するような魔具がこの世界にはある。

 なら私も遊んでばかりはいられない。

 今度こそ、正しき戦いの中で脱落しないために!

 本気を、全霊を、真価を!発揮できるようにしておく必要がある!」

 

 振るわれた斧が空を裂き、宙を走った衝撃が一矢を砕きニャロラインの体を震わせた。

 魂を揺さぶられるような感覚。

 人斧一体を成すアックスの姿に、ニャロラインは一つの完成形を見た。

 

(これは―――言うなれば、『貫禄』)

 

 二十年と生きておらず、数年しか武器を使っていない彼女らに対し。

 物心ついた時には斧を握り、()()()()()振るい続けてきた天才の武。

 八十近い老境にて、二十代の肉体を使い、全盛期より強大な身体能力(ステータス)を以て、彼女の斧術は完成に達する。

 

 

「よくもまあ……あちらの世界には怪物もいないでしょうに」

 

「あちらでの私は人並みの身体能力なんでね。

 熊も狼も密猟者も、何より巨木も十分強大な敵だった」

 

「アナタこの現代にまだ斧で樹を倒してるの?」

 

「コスパ良いだろ。素手で樹を折る人間に比べれば斧が要る分一歩落ちるが」

 

「そんな現代人がいるわけないでしょ」

 

「いたんだがなぁ」

 

 胡乱なことを呟きながら、アックスが斧を二、三度振った。

 ニャロラインの目にも理想形に見えるそれを、不満そうに眉を寄せる。

 

「まだ万全とはいかないな。もう少し磨く必要がある。

 迷惑料だ。付き合えよニャロライン。死ぬまでな」

 

「いいでしょう。付き合ってあげますよ…………アナタが死ぬまでねェーーー!!」

 

 一振りごとに鋭さを増す斧術と一矢ごとにキレを増す弓術。

 成長し続ける強者達の闘いは今日も今日とて繰り広げられる。

 

 

 

 

 

 

 爆音を背に、ウェーブは洞窟の中を走る。

 

「まったく、どいつもこいつもすーぐ強くなりやがんな」

 

 わざとらしく嘆息する。

 

 戦いのたびに強くなる"弓晴手"。

 肉体年齢を上げただけでありえないほど強さを増した"斧凍"。

 暴走時でもあっという間に自分を攻略し、おそらくまた鍛え直しているであろう"投槍"も。

 元から強かった連中は些細なきっかけで簡単に強さを増す。

 デトネイターで強化した自分の立つ背がない。

 

「ま、今に始まったことじゃねえけどよ」

 

 特典武具。強いUBMを倒すほど強い力となるそれは、時として超級エンブリオにも匹敵しうる力となる。

 だが、延数で見ればそれを得ている者の多くは<超級>だ。

 偶然出会った敵を、或いは意図的に探した敵を確実に仕留められる強者。

 元々強い者が強さを増し続ける。そのような仕組みになっている。

 ゲームとしても世界としても望ましくないシステムだ。

 弱者の誰もが、そして強者の一部さえ、その構造に不満を持っている。

 

 同時に。

 それでもなお戦い続ける男が今更のそんな事実で惑うことはない。

 

「なるべく気は使ってくれそうだが、盛り上がっちまったら流れ弾で洞窟埋まるのが怖えな」

 

『地中を抜ける? 地属性の魔物の力なら可能だけど』

 

「いや、やめとこう。穴の開け方によっちゃそれが原因で崩れかねねえ。

 構造計算始めるよりはこのまま駆け抜けた方が早い」

 

『そう。なら―――』

 

 会話の途中で【ヤーラ】の言葉が不自然に止む。

 ウェーブは右手で銃を抜き左手を懐に差し込んだ。

 

『5メートル下、3メートル右、4メートル前』

 

「了解」

 

 懐から抜いたメモリの一つをバイクに装填する。

 

『《フラッシュドライブ・HSS(ハイストーカースネーク)》』

 

「指向性強めの熱源等感知スキル。これでどうだ?」

 

『うん、間違いない。生存者だ。

 音響探知によれば檻に入ってる。彼らが人質かな』

 

「見張らしき奴らは?」

 

『いない。全員"弓晴手"に殺されたんじゃない?』

 

「ありそうな話、か」

 

 バイクを更に加速させる。

 ほどなくして人質部屋の前まで来て、いつも通りにバイクを鎧に変化させる。

 

『ウェーブ?』

 

「ま、念のためだ」

 

 メモリをスロットに装填してから中に入る。

 

「―――助けてください!」

 

 足音が聞こえていたのか、ウェーブの到来を待っていたように檻の中の一人が助けを求める。

 爆音が響くこの状況、誰であっても助けを求めたくなるだろう。

 その女は見慣れぬ全身鎧のウェーブを見て驚きながらも檻際に寄る。

 

「あんな爆発音、いつこの部屋が壊れてもおかしくありません!

 どうか私達を助けて―――」

 

「お前以外はそうするよ」

 

 紫電一閃。

 銃口から飛び出した文字通りの紫電が檻の隙間を抜けて女を射抜いた。

 電熱が肉を焼き、電流が神経を麻痺させる。

 女は驚愕のまま痺れる口を僅かに動かす。

 

「ど、どぅして……」

 

「お前マスターだろ」

 

 その女の手の甲にマスターの証である紋章はない。

 だが女は顔に出た驚愕を一段と深めた。その顔が何より図星だと示している。

 

「マスターがログアウトした時、体外に排出された体液等もまとめて消滅する。

 そしてログインしなおしたとき、肉体(アバター)は掃除された状態で登場する。

 お前が残した痕跡もお前に残る痕跡も、普通の人間(ティアン)が檻に入れられて過ごしたそれじゃねえんだよ」

 

 つまらなさそうに吐き捨てながらウェーブは他の檻を解体していく。

 人質を怖がらせないために一度変身を解き、生身の顔で人質の様子を見た。

 それでも怯えを見せる十数人の人質はそのほとんどが痩せこけていた。

 身代金の期限を迎えるまでは殺されないとしても、十分な食事を与えられるわけではない。

 加えて攫われ檻に閉じ込められた状況ではかかる精神的負担も小さくあるまい。

 対して女の肉体は多少汚れてこそいるものの健康そのものだ。

 ウェーブはスキルにより確実な分析を行ったが、そうでなくても目端のきくものなら怪しんだだろう。

 

「いざって時に紛れ込ませてもらいたいなら、せめて相応の待遇をするべきだったな」

 

 全員が毎日風呂に入れられ、豪勢な食事でも与えられていたなら痕跡も少しは誤魔化せただろうに。

 

「俺は"武装探偵"ウェーブだ。領主の依頼であんたらを助けに来た。

 ちょっと想定外のこともあったが、取り敢えず脱出しよう。ここ以外に取り残されてそうな人はいるか?」

 

「い、いえ、ここにいる者達で全員です」

 

「そうか、なら早く出よう。崩落の危険がある。

 盗賊が奪った品物はあんたらを近くの村まで送った後取りに来る。崩れてても掘り起こすから安心しな」

 

「てめえ"武装探偵"か……!ティアンの使いっ走りでくだらねえ雑用ばっかやってる二流がでしゃばりやがって!」

 

「お前は黙って自分の罪を数えてろ」

 

「ガッ……!」

 

 体の弱ったティアン達の体を回復させながら、合間に盗賊の女に行動妨害スキルを重ねていく。

 《瞬間装備》で強力な防具を着け出した女を殺すのは難しい。

 周囲の被害を考えなければ可能だが、洞窟の崩落を危惧するならやめた方がいいだろう。

 耐性のない状態異常、耐性を超えられる状態異常、物理的な妨害。

 上位純竜であろうと問答無用で動きを止められるレベルまで重ねきった。

 

 この状態ではログアウトするなら<自害>システムを使うしかない。

 そうすれば問答無用で監獄行き、そうしなくても後で戻ってきて殺す。

 人質の救出を最優先するウェーブの思考は、当然のようにその女の処理を二の次にした。

 

「ふざけんな、てめえみたいな二流が、この私をッ!」

 

「ったく、どいつもこいつもすーぐ凡人だの二流だの、自分でもよくよくわかってることを言うんだからよっ!」

 

「んぎゃろばッ!?」

 

 スキルで生み出した花粉を女の鼻と口から叩き込み物理的に黙らせながら、ウェーブは肩をすくめ嘆息し天を仰いだ。

 わざとらしい青年の態度を見て、素直で心優しい村人の一人がおそるおそる声をかける。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

「っと、安心してくれ。

 俺は確かに二流で凡人だが、頼まれた依頼は必ずやり遂げる。

 ―――あんたたちは必ず帰るべき場所に帰す。俺の探偵としての誇り(プライド)に賭けてな」

 

 鼻水と涙に悶える女を無視して、ウェーブは人々に笑いかけた。

 その笑みは英雄のそれではない。どこから見ても完璧で、絶対に間違えないと信じられる、光り輝く英雄の笑顔ではなかったが。

 優しさと真剣さ、善性と本気が伝わる、青空のようなヒーローの笑顔だった。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

 

 人質たちが精神的にも肉体的にもいくらか回復したのを見て、注意を払いながら歩き出す。

 彼らの負担。洞窟の状況。敵の有無。

 一人では注意を払い切れないそれらを、ヤーラと二人で見守り進む。

 ずっとそうやって戦ってきた。人を助けるために、人を喜ばせるために。

 

(俺は探偵としても戦士としても、一流にも天才にも程遠い)

 

『でも一流でも天才でもなくても、やりたいことは変わらない。

 なら、今の自分にできることを、できる限りやればいい、よね?』

 

(人のセリフ取るなよ、まったく)

 

 無二の相棒にツッコミを入れつつ、ウェーブは列の先頭を堂々と歩き続ける。

 そんなウェーブに人質の少年が駆け寄った。

 

 背後から近寄る少年に気づいた青年は一度足を止め、膝をかがめて視線を合わせる。

 少年の顔には命を救われた喜びより大きい、必死さと悲痛さが宿っていた。

 

「なあ、強いにいちゃん!」

 

「どうかしたか?」

 

「俺も……にいちゃんみたいに強くなれるかなぁ?」

 

 ウェーブは僅かに目を細めた。

 

 ティアンとマスターは何もかもが違う。

 エンブリオがない。ジョブの就職可能範囲が狭い。アバター復元による蘇生がない。

 類稀な努力と才能で超級職を手に入れたとしても、本質的に弱者であることに変わりはない。

 ここで『なれる』と言う人間がいれば、それは現実を見ていない馬鹿か嘘つきの謗りを免れないだろう。

 

「なれるぜ。そうだな、相棒を探せ」

 

 それでも、ウェーブは確かにそう言い切った。

 

「あいぼう?」

 

「ああ。一緒に強くなれる、互いに互いを信頼し合える、同じ目的に向かって相乗りできる、そんな相棒(W)だ。

 そうすりゃあ必ず、お前は強さを手に入れられる。俺みたいにな」

 

(そうだ。一人でできないことがあるなら、二人以上でやればいい)

 

 弱いことも、才能がないことも、何も恥じることではない。

 完璧な人間などいない("Nobody's Perfect")

 絶対などないこの世界で負けられない戦いがあるなら、信じられる仲間と立ち向かえばいい。

 彼の知る限り最も強い力とは、結ばれた絆に宿るものである。

 

(そうだろ、仮面ライダー)

 

 ずっとそうやって戦ってきた。

 彼らも、自分も。

 

(だから俺も、そうしていくさ)

 

 洞窟を抜けた先、青空の下に吹く風が彼の背を押すように流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、あたしの勝ち!」

 

「ま、負けた……ダーリンも見てるのに……」

 

 いえい、とチェルシーがポーズを決める。

 観客席からの喝采が勝利した少女を包みこんだ。

 

 今日はギデオン闘技場開催のエキシビションマッチの日だ。

 目玉の一つ、上位ランカー参加のトーナメントにて、決闘八位であるチェルシーはオッズをひっくり返す格上殺しを成し遂げていた。

 

 敗北した決闘五位、狼桜が恨めしそうにチェルシーをみやる。

 

「やってくれたね! その力、噂には聞いてたけど王国じゃあ全然力を発揮できないって話だったのに。それも全部今回のための布石かい?」

 

「まぁね。盛り上がったでしょ?」

 

「次は絶対泣かす」

 

 怒り心頭に歩き去る狼桜に笑顔で小さく手を振りながら、チェルシーは顔に出さぬまま張り裂けそうな鼓動を必死で落ち着けていた。

 

(思ってた以上にギリギリだった……!この力、決闘で使うにはピーキーすぎる!)

 

 十分な自然魔力や怨念がなければデトネイターは真価を発揮できない。

 その欠点を埋めるため、チェルシーは試合開始から怨念武器や先込め式の魔力武装を使い魔力と怨念を撒き散らし、どうにか条件を整えていた。

 

 格上の狼桜を相手に命からがら時間を稼ぐこと数分。

 そこまでやって、起動時間は稼いだ時間の半分にも満たない短さであり、出力もレジェンダリアにいた頃と比べて劣る。

 致命的だったのが畳みかけようとしたチェルシーに向けられた狼桜の()()()()()だ。

 

(アンデッド特攻にもなる武器、そりゃ持ってるだろうけどさ!

 せっかく撒いた怨念が一気に消されて制限時間も出力も絞られて、そこからの攻勢が一手でもズレてたら負けてたよ)

 

 レジェンダリアで戦っていたのならチェルシーの圧勝になっただろう勝負。

 今回の戦いも一見すればチェルシーの完勝に見える試合運びだったが、実際のところは細い勝ち筋を渡り切った辛勝もいいところだったようだ。

 それでも勝ち切ったあたりに勝負強さが現れているが、本人はそれどころではない。

 

(顔には出さなかったけど、勘がいい人にはバレたかなー。

 さてさて、ここからどう勝ち抜いて行こうか)

 

 それでも、手に入れた力はチェルシーの戦いの選択肢を大いに増やした。

 彼女はまだまだ栄冠の獲得を諦めていない。

 差し当たっては次の勝負、因縁の少女への勝ち筋を考えながら、選手控えへの移動を始めた。

 

「ライザーはどうなるかな?」

 

 立ち去るチェルシーは、自分より圧倒的に厳しい敵を相手にする、短い間の相棒役を心配しながら。

 それでも、つまらない試合にはしないだろうと確信していた。

 

 

 

「と、そんなところだ」

 

「それほどの戦いを潜り抜けてきたわけか。

 存在感がひと回りもふた回りも大きくなっていたのも頷ける」

 

 当のライザーは選手控えにて、親友にして上位ランカーであるビシュマルに先の事件の話をしていた。

 ビシュマルは想像以上の戦いに感嘆し、少しばかり悔しそうな顔をする。

 

「デトネイター、いずれは俺も手に入れたいところだ」

 

「そうだな。記憶侵食への対策開発も進んでいるらしい。

 安全性に問題がなくなれば、いずれ複製と量産が実現する日もくるかもしれん」

 

「その日が楽しみだぜ。圧縮を鍛えつつ気長に待つかね」

 

 忘れられがちだがアームズ複合のテリトリー系列であるビシュマルは未来に期待することにした。

 テリトリーの圧縮。そしてデトネイターによるアームズの進化。

 上位ランカーとしては下位の彼も、伸び代という点ではライザー達以上の可能性がある。

 デトネイターによって追いつかれる可能性はデトネイターを手に入れたライザー達にも存在するのだ。

 

 だとすれば、或いはライザーが頂点に立てる可能性は、今この時にしかないのかもしれない。

 チェルシー以外の誰も"このライザー"の限界を知らない、この時にしか。

 

 

「行ってくる」

 

「おう。かましてやれ」

 

 ライザーが闘技場の中央に歩みを進める。

 

 観客席の光景も、響く歓声も、次第に見えず聞こえなくなっていく。

 『不要なもの』を除外し処理能力を高める集中の極限。

 未だかつてないほど最高のコンディションにて、ライザーは決闘場に立っていた。

 その真剣な顔に恐れはなく、しかし余裕の欠片もない。

 

(調子は最高だ。そしてそれだけで勝てる相手ではない)

 

 闘技場の中央にて彼を待つ男。

 統一感のまるでない様相の男から放たれる威圧感は、レジェンダリアで感じた誰より勝る。

 

 

 最強の一角。

 アルター王国決闘ランキング不動の第一位。

 <超級エンブリオ>の持つ三つのスキルのうち、使用しないスキルと向いていないスキルを一つずつ持ちながら強力な<超級>を下してきた天の才持つ絶対王者。

 <三巨頭>が一人。"無限連鎖"、【超闘士】フィガロ。

 ライザーが頂点に立つためには必ず勝たなければいけない最強の敵の一人が、威風堂々と挑戦者を待っていた。

 

 

(手の内を知られる前に戦えてよかった、と言える相手でもないな)

 

 今のライザーの速度・攻撃力・防御力は全て事件前より数段上だ。

 だが高位特典武具の火力をエンブリオのスキルで大幅に高めるフィガロの攻撃力はライザーのそれより遥かに高い。

 大技を一撃喰らえば死ぬ。その力関係は変わっていない。

 そしてフィガロの反応速度も行動速度も、事件前のライザーに匹敵するかそれ以上。

 今のライザーと比べても、一方的に勝負を決められるほどの差はない。

 それ故に、ライザーの勝率は情報格差を勘定に入れてもごく低い。

 

 だからこそ、ライザーの魂は熱く昂る。

 

「お前に挑むのはいつぶりだろうな、フィガロ」

 

「君達と鎬を削った頃は昨日のことのように思い出せるよ、ライザー」

 

「……そうか。俺は年月相応に古い過去だと感じている」

 

 フィガロが頂点に立ってから、王国一位は聖域になった。

 元々上位三人は一つ下の挑戦しか受けられない。

 二位になったトムが敗北を受け入れ、下に対して長く無敗を続けたことで、フィガロに挑める者はいなかった。

 それは決闘を愛するフィガロにとって、どれだけ退屈な日々だっただろうか。

 

 他国を旅することもなく、戦争に参加することもなく。

 国内のUBMを巡ることすらなく、同じダンジョン探索を繰り返す日々。

 時折興行めいた変則ルールの決闘に参加し、当然のように勝利を収める。

 

 或いは、それなりには楽しかったのかもしれない。

 <墓標迷宮>。世界屈指のダンジョンに挑むことで命を燃やす戦いを行えていたかもしれない。

 お遊びのような決闘であっても、遊びとして楽しかったかもしれない。

 だとしても。いや、だからこそ。

 

(王国の決闘ランカーとして、こいつに誇って欲しい。

 ダンジョン攻略者としての実績なんかよりずっと。

 俺たちの王者であることを。俺達と戦ってきたことを!)

 

「今日からまたお前と鎬を削ろう、フィガロ!」

 

「―――ああ!」

 

 フィガロは古い友の到来を悠然と待ち構えた。

 試合開始の合図とともに、ライザーは全力で翔ける。

 

 後に、ある記者はこう語る。

 その日、その試合こそが。

 古豪、元王国決闘序列三位、"仮面騎兵"ライザーの、捲土重来の始まり(The NEXT for Force Detonator)だったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、我々への依頼はそのアイテムの解析と複製ですか?」

 

『いいえ。これは効果を発揮できるのが第六形態のマスターの一部に限られる半端な代物。

 貴方方の手を煩わせるほどの価値はありません。

 いつぞや話していただいた、捕らえたマスターに精神干渉する手法の参考になればと思いまして』

 

「ふうん。なるほど。ありがたく受け取っておきましょう。

 対価もないのに結構なことです」

 

『貴方方の手を借していただけていること。それに勝る対価などありませんよ』

 

「……いくらおだてても、()()を完成させるための時間は短縮できませんよ」

 

『大丈夫。その日が来るまで、私は待ちます』

 

「その前に世界が滅ぶとしても?」

 

『私はそこには関われませんから、それは誰かが防ぐことを祈っていますよ。

 私が担当するのは防衛でも復讐でも選抜でも勝利でもなく、()()です』

 

「……救世、ねえ」

 

 

 

『"S(Superior)S(Squadron)計画"。

 貴方方が最後の一ピースを完成させる日が、この世界を真に救う始まりの日になることでしょう』

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。