The NEXT for Force Detonator   作:みそしる

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今回はちゃんとバトル回です


Interval - 戦場に調奏でられ

 

「ところでウェーブ。お前から見てあのライズ・ライムは"投槍"に勝利し得る人材なのか?」

 

 戻ってきたチェルシーを連れ移動を再開してしばらくしたところで。

 ライザーがふと問いかけた。

 余計なことを考える余裕が戻ってきたなと内心喜びつつ、ウェーブは酷薄に返す。

 

「全くわからん」

 

「全く!?」

 

「そりゃそうだろ。チェルシーの斧の攻撃を受け止めたからなんだってんだよ」

 

「は?」

 

「今のは俺の言い方が悪かったから水弾を向けるのやめろチェルシー。

 あれが俺やライザーでも大差ねえよ。

 俺達のスキルも使ってない攻撃を無傷で受け止めたとして、それでわかるのは上級カンストレベルの耐久力だけだ。

 槍を合わせて力で拮抗して、反応速度と筋力込みの3ステがカンストレベルだとして何になる?

 その程度で勝てるなら俺たち三人で突っ込んでいってたっての」

 

 暴言に近い否定の言葉にライザーはなにを言おうか迷い、腕を組んだ。

 結局出たのは疑問だ。

 

「……じゃあお前たち、なんで行かせたんだ?」

 

「最低限戦い慣れしてるか見たかったんだよね」

 

 チェルシーが返す。

 こちらも休憩を挟み、いくらか顔から疲労が抜けている。

 

「勝手に突っ込んでいって死ぬ分には本人だけの問題だけどさ。

 素人が迷い込んできちゃったーって思われたら戦ってる人達が助けようとして手傷負うかもしれないじゃん。

 最低限戦えるか、人に殺意を向けられて臆さないかは見ときたかった」

 

「付け加えるなら素人が勘違いしてるんなら止めてやろうってチェルシーの優しさだな。

 できたばかりの友達に対してあれができるのはたいしたものだと思うぜ」

 

「ウェーブ……」

 

「お、今のポイント高かったか?」

 

「人の内心ペラペラ喋るの、デリカシーないからやめた方がいいよ」

 

「評価下がってる!!」

 

 がっくりとウェーブが肩を落とし、チェルシーが作った怒り顔を崩してけらけら笑う。

 いつの間にか割と仲良くなってるな、とライザーは感じた。

 チェルシーがこの手のからかいをするのはそこそこ気に入った相手だ。

 微笑みを仮面の裏に隠しておいて、まじめ腐った口調で話を戻す。

 

「なら彼女の実力もあちらの勝敗も今のところわからないか」

 

「まぁな。勘でいいなら一つ予想はできるが」

 

「勘?興味あるな」

 

「なら一つ。ライズ・ライムはおそらく―――」

 

 

 その戦いの勝敗はこの事件の解決に関与しない。

 "投槍"が如何に強くとも、理性なく暴れ続けるならいずれ相性の悪い誰かに仕留められる時が来る。

 それがこの国、最大の多様性を内包するレジェンダリアの法則(ルール)だ。

 ここで二人の弓手が勝ったとしても定められた結末が前倒しされるだけに過ぎない。

 

 

「―――努力型(俺達)よりも天才型(あいつら)に近い」

 

 

 だが、ここで彼女達が勝つことは、事件の被害の低減という点において非常に大きい。

 勝てるなら、の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草原を女が一人走っている。

 野生の獣のような躍動感を覚えさせる機動は豪快かつ高速で、音を置き去りにしていった。

 彼女の通った場所には歌声が残り、彼女を目に留められなかった観客(動物達)の耳を楽しませている。

 

 走りながら彼女は歌っている。

 一見非合理に見えるそこには、彼女の職業が関わっている。

 【戦奏者(バトル・パフォーマー)】系統。

 この時点ではほぼロストジョブに近い、人知れず存在するその職業を、彼女は既に極めていた。

 

 始まりは彼女がゲームを始めてそう経たない頃のこと。

 どこでも歌う、歩きながらも歌っている彼女はジョブクリスタルの前でも歌っていた。

 その後クリスタルに触れると【戦奏者】の就職条件を満たしたことが明かされる。

 この時点では、彼女は特に隠していなかった。

 

 知り合った人間にこの話をし、興味を持ったマスターが同じく歌うこと数度。

 しかし、誰一人として就くことができなかった。

 

『君が嘘をついているとは思えないが、あまり人に話さない方がいいな』

『隠し条件がありそう。歌いながらの戦闘経験とか?歌のうまさとか?』

『条件隠してると思われたら粘着されるかも。わかるまではジョブごと隠しちゃいな』

 

 アドバイスを受け、彼女はジョブを隠してきた。

 実際のところその条件とは「クリスタルの前で歌い一定以上の歌唱力を示すこと』であったが、それがわかってもやはり隠しただろう。

 歌のうまさに絶対の基準はない。

 時代によって求められる歌と歌唱があり、評価されにくい技法と傾向がある。

 未だ誰も知らない事実としても、【戦奏者】の条件に関して特にバラード系の評価が下がりやすい傾向がある。

 『歌が上手い者が就ける』などと吹聴すれば就けなかった者を否定するようなものだ。

 

 とはいえそうして系統を一人で受け持った結果として。

 彼女は派生超級職、【絶唱(デス・シンガー)】に就いていた。

 

 【戦奏者】系統の特徴は、【歌手】系統派生としての『歌い続けるほど効力が上がる自己強化(セルフバフ)』。

 【歌手】系統は本来声が届く場所にいるものに広く届けるバフを得意とする職業。

 それを自分一人に限定することで非常に高い効力を得るのが【戦奏者】系統だ。

 更に歌を続けるほどかかるバフは強力になっていく。

 二重の制限による超強化。超級職ともなればバフ量はエンブリオの効果と誤認されることもあるほど強力だ。

 故にこのジョブに就いた者の戦闘における最適解は単純だ。

 事前に効果上限まで歌い最大強化量に至らせておく。その上で挑む。

 それが時間経過比例強化持ちの戦闘者に共通する最適解。

 

 が。

 ライズ・ライムは待つことなく最速で戦場に介入する。

 

 

 

 その頃、"強弓"シスル、"弓晴手"ニャロライン、"投槍"のフラーレンの三者は森林にいた。

 互いの射線を切るためではない。

 単純な話、"弓晴手"と"投槍"の残弾が切れかけていたからである。

 

「ったく、槍と矢だから残弾数じゃお前が勝ってるんじゃなかったのかよ!」

 

「思ったよりありましたね。前に私にそれで負けたからよほど数量増やしたんでしょうか。成長してますねェ」

 

「敵の成長喜んでる場合か!」

 

 常人が弓を番え放つのに、槍を構え投げるのに、かかるのは数秒。

 その動作を音より遥か早く行う彼らは理論上、数秒あれば数百の投擲をも可能とする。

 であれば数分で数千数万。

 これはアイテムボックスを持つマスターであってもそうそう所有しない数量だ。

 両者共になるべく自動回収付きのものを使っているが、それも壊されたら役に立たない。

 

「近くに良い森があってよかったですね」

 

「勝手に使って後で怒られないか心配だよ!」

 

「まあまあ、フラーレンちゃんが先に使い出しちゃいましたから」

 

 高リソース材木とはいえその場で切り出した枝を代用として使い、精度をまるで落とさない両者の技巧は異常の極みだ。

 流石に最大射程と連射速度は大きく落ちているようだが、一撃の質に衰えはない。

 

 賠償と謝罪覚悟で森林ごと消し飛ばす、という手もなくはなかったが。

 味方の矢も心許ないとなればどっちが先に切れるかの運試しをする気にはならない。

 

「とはい、え!」

 

 シスルがチャージした拡散追尾矢を放つ。

 過度に森を破壊できないフラーレンは一本一本落とす道を選び、手数を消費させられている。

 天才二人に縛りが増えている分、シスルの存在感が増してきた。

 しかし優位を得ているはずのシスルの顔は明るくない。

 

「なんか……フラーレン、妙に強くないか?」

 

「あ、思いました?」

 

 呑気な顔をしている隣の女を見る。

 この女は感情の昂りで己の性能を高め成長する異常性がある。

 本来ありえないレベルの感情による強化は他の天才と比べてなお特異な点だ。

 劣勢なほど興奮して強くなる女。

 "投槍"が同じ天才だとしても、正気を失った状態でこいつと腕を比べていればほどなくして優勢劣勢ぐらいは逆転するはずだった。

 だが、そうなっていない。

 

「ニャロライン。お前はどう見る?」

 

「んー、ワタシもシスルちゃんも攻撃威力と矢の性能は無関係ですよね。彼(・)と(・)違(・)っ(・)て(・)」

 

 ニャロラインは矢に爆破能力を付与する。

 シスルは矢の威力を上げられる。

 どちらも彼女らのエンブリオの能力であり、フラーレンにはそれがない。

 

 "投槍"のフラーレンのエンブリオ、【投槍器 トナティウ】のスキルは一つ。

 《太陽の瞳》という大仰な名前を持つそれは非(・)戦(・)闘(・)時(・)用(・)の(・)観(・)光(・)能(・)力(・)である。

 戦闘用の投槍器(アトラトル)であるというのに戦闘中はまず使えない。

 質実剛健とも言い難い簡素で無駄のある性能。

 マスターが装備強度とステータス補正のみで十分戦えた場合に稀に起こる"失敗進化"だ。

 大抵の場合、そのマスターは準超級にも及ばない領域で終わるが、"投槍"はモノが違う。

 

 音を超える速度で槍を投げれば十二分の威力が出る。

 当たれば防御型の超級職以上の肉体強度がないと死ぬ。あってもその技巧で攻略する。

 紛れもなく失敗型の進化をしているエンブリオがハンデにならない。

 "投槍"のフラーレンとはそういう強者であり、【トナティウ】とはそんなエンブリオだった。

 

 とはいえ、欠点は存在する。

 移動能力の欠如。防御スキル貫通能力の不在。

 そして槍の品質低下によって射程と威力と強度に大きな悪影響が生まれてしまうこと。

 

「確かに、いくら品質がいいっつってもその辺の枝の即興加工だ。

 その割には―――」

 

 "投槍"が放った槍が"弓晴手"の産んだ爆風により軌道を曲げて遠くの樹を消し飛ばす。

 射程は大きく縮まっている。しかしその威力はほとんど落ちていない。

 加え、至近での爆風を超えてくる槍の強度。

 

「戦闘力が衰えてなさすぎる、か。特典武具だと思うか?」

 

「違う気がしますね。

 そうだったら最初からその前提で戦いを組み立てる気がします。

 森林に逃げ込む動きはまあまあ雑でした。

 ごく最近手に入れたばかりで動きが最適化されてないって可能性もないとは言いませんがねぇ」

 

「お前の勘ならたぶん当たりだろ。

 デトネイター(強化装備)とやらの効果、少しは発揮されてんのかね」

 

「どうでしょうねえ。ただ、これは勘ですけど」

 

「ん?」

 

 枝を切り捨て、それらしい形に加工し、放つ。

 二手余計にかかっている手間により両者の速度は拮抗していた。

 二人で役割分担できるが枝を弓に番えられるサイズに細かく加工するのが手間な"弓晴手"陣営。

 切断用の槍で枝を加工し、持ち替えて撃つ必要のある"投槍"。

 どうにもならない手間がお互いを拮抗させている。

 

 ふと。

 "投槍"が加工用の槍を手放した。

 

「あ(・)の(・)人(・)、ち(・)ょ(・)っ(・)と(・)ず(・)つ(・)強(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)ま(・)す(・)よ(・)」

 

 変化はごく僅かで、しかし劇的だった。

 "弓晴手"の矢群が押し負けている。

 "投槍"の連射速度の明確な向上。

 

(ついにアイテムボックス内の残りに手を出したか!?)

 

 膠着する状況にしびれを切らしたのなら、想定以上に向こうの状況が悪かったのかもしれない、

 確認するためシスルは知覚強化系装備を最大限に使い観測に成功する。

 

 手に持つ投槍器で枝を切り、瞬く間に木槍を切り出す"投槍"の姿を。

 

 思わずシスルの口があんぐりと開く。

 

「……いつからアレは刃物になったってんだ?」

 

 如何な天才でも丸い棒でものを斬れるわけがない。

 "投槍"は投槍と槍における神域の天才だが、棒で斬るのは【棒神】か【斬神】の領分だろう。

 まして投槍器を斬撃に使うのはあまりにもら(・)し(・)く(・)な(・)い(・)。

 シスルの思考は驚きを通り越して呆れに至るが、どれだけおかしくてもその脅威は洒落にならない。

 一方的な加工速度の向上は互いの拮抗を一瞬で崩した。

 

 瞬く間に矢を落とし切った"投槍"の槍が二人を襲う。

 "弓晴手"は残り少ないアイテムボックス内の矢に手をかける。

 どちらが先に残弾を使い切るかのチキンレースを開始する。そうするしかないと判断していた。

 

 飛来する槍に向けて矢を番える。

 

「ケヒャ―――」

 

 狙う槍が、横から飛来した槍に撃ち落とされた。

 

「横槍!?」

 

 一本二本ではない。

 "投槍"の放つ槍群を上回る量の槍が、側方より襲来していた。

 槍と槍がぶつかる轟音の中、槍の飛んできた方からよく通る声が戦場に響く。

 

「いいや、援軍さ」

 

 二人の弓手を襲う槍群を横から飛来する槍の群れが呑み込んでいく。

 一発一発を丁寧に落とすのではなく、生み出された槍が幕のように広がり押し流していく。

 神速の槍に速度で対抗することなく、正面から撃ち落とすよりは威力も少なくて済む。

 しかしそれでも割り込めるだけの速度、威力、そして盾にして矛たる槍の強度が必要な技だ。

 いる。この戦いに割って入れるレベルの強者が。

 

 姿が見えるより先に歌が聴こえてくる。

 戦場に奏でられる調べは不思議と戦いに馴染む旋律を響かせていた。

 その歌に他者への強化(バフ)効果はない。

 鳴り渡る歌声だけを聞いているだけなのに疲労が抜けていくように感じる。

 どんな世界にも存在する、異能など不要な音楽の力だ。

 戸惑っていたシスルたちの顔色も明るくなる。

 

「ハッ、いい歌じゃねえか!」

 

「ケヒヒ……いやこれちょっとまずいですね」

 

「……?、あ」

 

 ニャロラインが先んじて気付く。

 この状況、横槍のせいでニャロラインも"投槍"を狙えない。

 つまり"投槍"はニャロラインと打ち合う必要がなく、乱入者を狩ることができる。

 

「おいそっちの歌うま女!早くこっちに―――」

 

 投槍の一発目が森を吹き飛ばした。

 

 

 

 森が拓ける。

 視界が開く。

 ニャロライン達の視線を阻む木々が消え、一人の女の姿が見えた。

 "投槍"の槍を受けて立つ。超級職の近接手であっても困難な対応。

 それを為した女は槍を構え、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「これが"投槍"か。噂通り、並じゃないな」

 

 次の一射が飛来する。

 その瞬間の攻防を、ニャロラインだけが捉えられた。

 

「でもアタシも並じゃないんでね!」

 

 飛来する槍の速度より遅く音より速い速度で、女が握った槍先が僅かに動く。

 投槍の先端に女の橙に光る槍先が柔らかく絡む。

 次の瞬間、投槍の軌道が捻じ曲がった。

 

「なんだ、操作系のスキルか!?」

 

「いえ、これは―――ワタシ達と同じ(神域の技巧)」

 

 二度。三度。飛槍を大槍が受け流す。その度に長い金髪が風に靡く。

 彼我に十倍近い速度差があるとしても。軌道を読み、適切な角度で適切に力を加えれば。

 その衝撃を受け流し、伝説的柔術家の逸話のように、敵の攻撃を確かに受け流すことができる。

 本当だろうか。冗談にしか聞こえない話だ。それでも。

 少なくとも、この女にはそれができた。

 陽光を思わせる金髪と炎のような赤き瞳の女、ライズ・ライムの槍が夕闇に煌々と輝いている。

 その瞳がわずかに揺れた。

 

「おっと、なるほどね」

 

 視線の先にはほどなくして着弾する五(・)本(・)の投槍があった。

 速度と軌道を調整し、着弾のタイミングを狙い通りに合わせる。

 二本の腕で武器を振るうしかない近接型を殺す飽和攻撃を予兆も苦もなく行うことができる。

 迫る死を前に、ライズ・ライムの血潮が滾る。

 

「悪かった。―――噂以上だ」

 

 完全に同時ではない。故に瞬間防御スキルがあっても防げない。

 その誤差にライズ・ライムは死力を尽くした。

 

 一発目を逸らす。間髪入れずに迫る二本目が迎撃したライズ・ライムの体勢を大きく歪めた。

 三発目の槍を、左手に生み出した槍でギリギリ曲げる。

 ライズ・ライムのエンブリオ、【賛歌熱装 サラスヴァティ】が固有スキル。

 《超昂装層(オーバーラッピング)》は自身が纏う強化(バフ)を装備品に変換できる。

 強化量が多いほど強くなる。更に彼女は【戦奏者】系統。

 歌唱のバフは歌う限り付与され続けるために、一度変換してもすぐにバフを貼り直せる。

 これにより強力な装備を多数身につける。それが"永翔響鳴(アンリミテッド・ビート)"ライズ・ライムのスタイルだ。

 

 四発目。装備に与えた加速スキルを発動したライズ・ライムは体勢を立て直し、飛槍を絡め取る。

 寸前、暴風が吹いた。

 

 これまで技術(テクニック)か技能(スキル)か、空気抵抗を無視して飛んでいた槍。

 それがこの瞬間、空気抵抗を取り戻していた。

 音の壁を越える衝撃波。空気と擦れる断熱圧縮。

 面で迫る熱持つ暴風が槍先の力場を吹き飛ばし、ライズ・ライムの体勢を崩し切る。

 

「これが―――」

 

 同じように加速しても回避しきれないライズ・ライムに向け、五発目が迫る。

 否。その後ろに六発目がいる。

 ライズ・ライムから見えない位置に隠していたトドメの一撃が、【ブローチ】で防いでも無駄だと暗に告げていた。

 

「―――槍使い最強か!」

 

 ライズ・ライムは感嘆する。

 マスターの特徴たる異能(固有スキル)を使わず、技巧一つで呆れるほど強い。

 神域に手をかけているライズの槍術を歯牙にもかけず僅かな工夫で攻略する。

 地力の桁が違う。才能だけで勝てる相手ではない。

 

 シスルが焦り、隣の相棒に声をかける。

 

「ニャロライン!」

 

「ケヒッ、残念ながら今は無理です!」

 

 ニャロラインは自分達に降り注ぐ槍群を打ち落としながら叫ぶ。

 先程までニャロライン達への飛槍を槍群で遮断していたライズ・ライムは今、自分自身に向かう槍を処理している。

 ニャロラインへの射線は空き、"投槍"は同時に二方向を攻めていた。

 

 "投槍"の連射速度は上がったまま。

 二方向に分かれたことでニャロラインも問題なく対応できるようになっているが、ライズ・ライムに飛ぶ槍までは相手できない。

 なにより射線が問題だ。

 

 自分の方向に直線で来るなら矢を軌道上に置いておける。

 鏃が掠めればそれだけで爆散させられる。それがニャロラインのエンブリオの力だ。

 

 だが側方に向け飛ぶ槍を墜とすなら、ニャロラインは鏃を槍の側面に正確に当てなければならない。

 森林の中だ。出も見えず軌道もわかりにくい。

 自分の矢より遥かに早い槍を相手に、今以上の精度で当てる。

 並の敵相手なら可能かもしれない。"弓晴手"の直感は時として条理を超える。

 

 しかし相手が同格の天才であるならば。

 "投槍"を相手に、その槍に対処しながら遠方に届く槍にも対処する。

 それができると思うほど、"弓晴手"は自らの実力を測れない女ではない。

 

 

 五発目の着弾を前に、ライズ・ライムは目を逸らさなかった。

 ただ、歌った。

 

「――――――!」

 

 それまでの歌とは違う新たな歌。

 残酷な現実に立ち向かう者の歌。

 傷つき倒れても新たな力に手を伸ばす闘争の歌。

 その歌に聞き惚れることなく、シスルは焦燥に叫んだ。 

 

「何を―――」

 

 【(・)歌(・)手(・)】(・)系(・)統(・)の(・)歌(バフ)は(・)歌(・)い(・)始(・)め(・)で(・)は(・)効(・)果(・)が(・)低(・)い(・)。

 槍が届くまで一節を歌い終える時間もない。

 

 歌を力に、力を装備に。

 強化が強いほど強く、弱いほど弱い装備を生むスキル。

 新たな強化を基に生み出された盾は。

 超(・)々(・)音(・)速(・)の(・)槍(・)を(・)防(・)い(・)で(・)み(・)せ(・)た(・)。

 

「嘘だろ!?」

 

「おやおや」

 

 "強弓"シスルが驚嘆し、"弓晴手"ニャロラインがニタニタ笑う。

 続く六本目の槍にガリガリと削られながらも、盾は健在。

 二本の槍を半ば受け流す形で防ぎ切った。

 

「とっとっと、流石にここまでか!」

 

 次の瞬間、槍が地を抉るように飛んできた。

 ライズ・ライムは飛ぶように跳ねて左に動く。

 

(森林被害の許容範囲を広げたのか。そんだけアタシを評価してるのは嬉しいが、これ以上は一人じゃ対応しきれない)

 

 盾を使うなら小さな盾で庇えないように足場から崩す。

 淀みがない。迷いがない。相当に手慣れた対応。

 防御型の殺し方が体に染み付いている。

 

「悪い、助けてくれ!」

 

「構いませんよ。いい輝きでした」

 

 慈愛に満ちた声と共に飛んだ矢がライズ・ライムに迫る槍を次々に爆破した。

 ニャロラインの方に近づいたことで彼女が庇える範囲に入っている。

 シスルも準備(チャージ)した強化矢を放ち、一時的にフラーレンの手数を押し留める。

 

「この本数は少し難儀ですね。矢も作れます?」

 

「アタシの歌唱装束(ソングドレス)は特別性でね。アタシにしか使えない。

 けどそうだな、工夫すればこの通り」

 

 再び歌を切り替える。生み出した槍を振るうと斬られた樹木が矢の形にバラけた。

 加工スキル持ちの槍、ということだろう。

 これなら作った矢は誰でも使える。

 ニャロラインの連射速度が再び加速しフラーレンと拮抗し始める。

 

 一息ついたライズ・ライムにシズルが問いかけた。

 

「お前、多分歌手系だよな? なんで歌い始めであそこまでの強度出せた?」

 

「気軽に聞くじゃねえか、お嬢ちゃん」

 

「共闘相手のスキルも知らずに戦えるかよ」

 

「そりゃそうかだ。

 ジョブスキルだよ。アタシは【絶唱】。

 血(・)を(・)注(・)ぐ(・)こ(・)と(・)で(・)最(・)初(・)か(・)ら(・)強(・)い(・)歌(・)を(・)歌(・)え(・)る(・)ってのがアタシの特性だ」

 

「……なるほど、HPを対価にした強化段階上昇か」

 

「風情がないねぇ。"血が流れている歌"とでも呼んでくれ」

 

 【絶唱(デス・シンガー)】。

 【戦奏者】系統派生超級職であるこのジョブは、低HPでの戦闘勝利・一定以上のバフ効果値等の条件を満たすことで就職可能となる。

 固有スキル名は《ブラッディ・ソング》。

 HPを消費することでバフ効果を底上げできる。単純ながら強力なスキルだ。

 

 事前に体力強化・持続回復系の歌を歌い、HPの増強回復装備にして継戦力を増す。

 その後は状況に応じて強化内容と武器を組み替え戦う。

 本来【戦奏者】が待てない即時戦闘力と対応力を保有するのが【絶唱】の強みだ。

 

(なるほど、【歌手】系統の派生超級職か。

 自己バフにしてるのはエンブリオの効果だろうな。

 他者広範囲バフを自己に集約し、自分の強化装備に変える。

 かなり好戦的なエンブリオじゃねーか。あたし好みだ)

 

 シスルは【戦奏者】系統を知らないなりにライズの能力を解釈し、この後のことを考える。

 警戒を完全に解いている態度を見て、逆にライズ・ライムが訝しんだ。

 

「初対面の割にアタシに気を許し過ぎじゃねーか?」

 

「お前のことはウェーブから聞いた。お前が来る前に通信でな。

 あいつの推薦ならそこそこ信頼できる」

 

「なるほどね。意外と抜け目ないな、あの兄ちゃん」

 

「天才じゃねーし戦闘力もそこそこだけど、地味と地道が得意なおっさんだよ」

 

「そんなに歳とってるかぁ?」

 

「20超えてたらおっさんでいいだろ」

 

 軽口を叩きながらライズ・ライムは立ち上がる。

 大木を丸ごと使っただけあって矢の量はまだまだあったが、守られてばかりいるのも趣味じゃない。

 

「手伝ってもらってもいいか、アンタら」

 

 何より、姿がかすかに見えるあの男("投槍")が。

 

「あいつにアタシの歌を届かせたい」

 

 どこか辛そうで、孤独な佇まいが寂しそうで。

 

「そのためにはもっと近づかないといけないんでね」

 

 そんな奴を放っておけないと、ライズ・ライムの魂が叫んでいる。

 

 

 

「付き合ってやるのは一回こっきりだ。

 失敗したらこっちの確殺プランに付き合えよ」

 

「オーライ、サンキュな」

 

 そうしたい理由を話すと"強弓"シスルは深く深くため息をつき、一度の手助けを約束してくれた。

 

(なんやかんや優しくて甘い。いちごのケーキみたいな奴だ。なんかケーキ食いたくなってきたな)

 

「おい、なんか変なこと考えてるんじゃねえよな」

 

「悪い悪い、なんでもないって。紅白の衣装がよく似合ってると思っただけだ」

 

「なんだ急に褒めるな!?あたしのファッションは今いいんだよ!」

 

「悪い悪い」

 

(心配になるぐらいちょろいな)

 

 手伝ってくれる相手に内心でひどいことを言いつつ、もう一人を見る。

 "弓晴手"ニャロライン・ニャレッジ。

 弓の最強にして最狂についてライズ・ライムは詳しくない。

 強さと迷惑さでこの国上位に君臨するその女は、話を全て聞き、悟りを得た高僧の如き静謐な顔をしていた。

 

「アンタも手伝ってくれるってことでいいか?」

 

「ええ。アナタは今その魂を輝かせようとしている。

 その横にワタシが立つのも運命というものでしょう。

 この全力でアナタを手伝います。アナタも振り絞りなさい」

 

「上等!よろしく頼むぜ」

 

 二心無きニャロラインの応援にライズが呼応する。

 彼女の眼にはニャロラインが頼もしい先達に見えていた。

 そのやりとりをシスルは胡乱な目で見ている。

 

(まぁ……いいか)

 

 少なくともその言葉は本心であり、今この瞬間は裏切らない。

 ならとりあえずよしとしとくか、とシスルは諦めた。

 そのあとで裏切るかもしれないしいつか絶対ライズ・ライムを爆破しようとすることまで含めて、シスルはニャロラインのことをよく理解している。

 

(この距離なら最悪相打ちは取れるだろ、多分)

 

 そんなシスルの覚悟を誰も知らぬまま、"投槍"のフラーレン攻略戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 攻防の鐘を鳴らすのはニャロラインでもライズでもなく。

 紅白衣装の"強弓"が虹の光を鮮烈に放つ弓矢を構えた。

 

「さあって、ぶちかますぞ!」

 

 "強弓"シスルには弱点がある。

 同時強化数上限が二種であるために、射撃攻撃の基本要素である威力と手数と速度のうち、どれかを諦めなければならない。

 それを補うために搭載したのが【強弓武者】の《五月雨弓矢》。

 が、ここにも落とし穴があった。

 "速度"を上げた場合、矢が増(・)殖(・)す(・)る(・)前(・)に(・)敵(・)に(・)到(・)達(・)し(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)。

 追尾や射程と組み合わせることで強力な手札にはなったが、当初の目的は果たせていない。

 

 故に"強弓"シスルの最大火力は回避しやすく。

 しかし面制圧を行う広(・)域(・)殲(・)滅(・)型(・)としての強力さは極めて優秀である。

 

「《威力強化》×《拡散》―――"津波"」

 

 放たれた矢は数えきれないほど増殖し、直射軌道で"投槍"を襲った。

 地上の敵を襲うならここから《五月雨弓矢》を加えた"大津波"もあるが、一帯の地形どころか国を支える土地地盤(プレート)にも影響を与えかねない技だ。

 そうそう使えない。というか使ったら指名手配間違いなしである。

 

 それでも面制圧としては十二分。

 

「―――!」

 

 "投槍"が逃げる。十分に威力を上げた矢は"投槍"では打倒困難なのをよく知っている。

 それでも高位金属の槍を使い潰せば攻略できたかもしれないが、今は違う。

 保有する槍が切れかけている。この状況では逃げるしかない。

 

「もっと近けりゃ仕留める余地もあるんだが、流石に遠いか」

 

 亜音速の矢。この距離では到達までに数秒かかる。

 超音速だとしてもやはり秒はかかるだろう。

 それだけあればAGIがさほど高くない"投槍"でも安全圏に逃れることは可能だ。

 飛んでくる矢と矢の隙間、衝撃波も届かない位置に動き。

 

「ニャロライン!」

 

「ええ」

 

 その姿が矢の爆風をくらって傾いだ。

 シスルが鼻を鳴らす。

 

「あたしの矢を消費させたんだ、この貸しは高くつくぜ」

 

 強化を施した高リソースの矢。

 つまり"弓晴手"の爆破対象として最適である。

 "強弓"の矢も"弓晴手"であれば撃ち落とせる。既に語られていることだ。

 

「ま、これじゃ致命には程遠いが」

 

 あわよくば爆風で他の矢の被害範囲に吹き飛ばすつもりだったが、視線の先で留まっている"投槍"を見て目を細めた。

 地に槍を突き立て固定している。STRの高さを考えれば引き剥がすのは困難だろう。

 少しの時間手と足を止めた。それだけに過ぎない。

 そしてそれで十分だ。

 

「億万の矢たぁいかねえが、陽動なら針千本で十分だろ」

 

 今回の本命は彼女達弓手ではない。

 

 

 

 フラーレンが動きを止めていた間にニャロラインが放っていた矢。

 次々に落とされていくその矢の後ろに、追うように人影が走っている。

 

「―――♪」

 

 音より早く飛ぶ矢と同じ速度で走る。

 風の意匠が施された装甲服で軽やかに。

 脳裏に直前の会話がよぎる。

 

『アタシが前を走ると援護しにくいよな、多分。どうすりゃいい?』

 

『あたしがまず動きを止める。その隙にこいつが間の空間に矢を溜める。

 お前はその後ろを走れ。そうすりゃ矢を落としきるまで時間稼いで近づける』

『そのあとはどうします?』

『あたしらにできるのはそこまでだろ。自力でなんとかしろ』

 

『っ、くく』

 

『なんだ、あたし今面白いこと言ったか?』

 

『いや、なんでもない。わかったよ、ありがとな』

 

 冷淡さを気取った言葉に思わず笑ってしまった。

 そこで倒れると思うなら協力する意味がない。

 ならこれは信頼の言葉か、無償の協力が前提の言葉か。

 どちらにしても冷たさを装うには優しすぎる。

 

 

 あと500m。200m。100を目前にして、目の前の矢が全て落とされた。

 瞬間、更に加速する。刹那にかけてより疾く。ごく短距離を神速で駆ける縮地の如く。

 戦友の思いも背負ってライズ・ライムが地を走る。

 

(アタシは独りじゃない。アンタはどうだ!?)

 

 槍が飛ぶ。

 それは"投槍"の槍でなく、ラ(・)イ(・)ズ(・)・(・)ラ(・)イ(・)ム(・)の(・)投(・)槍(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 槍は一人でに飛び、七色七本に分裂して"投槍"の行動を妨げ足場を崩そうとする。

 敵対する"投槍"から学んだ、敵とも関係を紡ごうとするような一撃にして七撃。

 

「―――」

 

 対し、"投槍"の挙動はごくシンプルだった。

 ライズ・ライムに向け持っていた槍を投げる。

 そして新たな槍を取り出し、その槍で全ての飛槍を打ち払った。

 

「―――流石だなぁ!」

 

 思わず見惚れる流麗なる武。

 才能と独学だけの槍ではない。そこにはどこかの流派を学んだと思われる型があった。

 技を磨き、弟子に教え、弟子はそれを磨いて更に繋ぐ。

 何世代も伝わった技はいずれ一人の天才では届かない域に届く。

 それが武の本質だ。

 "投槍"もその輪の中にいる。それがわかった。

 

 ライズ・ライムは投槍の直撃を受けながら、そんなことを考える。

 

「―――歌うま女!!」

 

 シスルの声が遠く聞こえる。名前聞いてるだろそれで呼べよ、とうっすら思った。

 

「気張りなさい」

 

 ニャロラインの声が染み込むように聞こえる。へいへい、と内心肩をすくめる。

 

「こ、れ、でぇ―――!」

 

 直撃を【ブローチ】で受け切り衝撃を消し、近づくことを優先して。

 ようやく、ライズ・ライムは狙っていた距離に来た。

 この距離ならば。

 

「歌声をかき消しきれねえだろ!」

 

 

 なんとしても近づく必要があった。

 槍で生む爆音で歌唱音の伝達を妨げられることがない距離にまで。

 

 彼女は天才的な槍使いであるが、槍では"投槍"に勝てない。

 槍使いというジャンルにおいて"投槍"は最上位(ハイエンド)に類する。

 この点において、彼女の立場は"弓晴手"に対する"強弓"に近い。

 

 だが、歌でなら?

 

 

「―――♪!!」

 

 それは絶望の歌だった。

 それは祈りの歌だった。

 それは不屈の歌だった。

 希望を奪われた世界の中で、それでも未来を見る歌だった。

 

 悲嘆を知らない者には歌えない。

 苦痛を味わったことのない者には刺さらない。

 絶望に屈してもやがて立ち上がる者の歌が、フラーレンの魂を揺さぶる。

 

「青空の下で嘆いて!悲しみに留まってるのがやりたいことか!?」

 

 槍が飛んでくる。

 極まった投擲技法は投擲の前兆を掴みにくく、近づくほどに対処困難。

 受け流し損ねた槍にヒビが入る。掠めた鎧が抉られる。衝撃波で内臓が悲鳴をあげる。

 今の歌は自己強化(セルフバフ)スキルではない。事前に仕込んだ既存の強化を消費して武装を固め直す。

 強化武装は貼り直せない。壊されるほど弱ってしまう。

 それでも、歌だけは弱めない。

 

「アンタの槍には絆がある。手の中の記憶を思い出せ!」

 

 歌が揺さぶる。届かないように見えても何度でも。

 

 骨が軋む。だからどうした。傷口が痛む。それがどうした。

 痛みと苦しみさえ歌の糧と変えて、譲れない想いを心にぶつける。

 それがライズ・ライムの歌だ。

 

「過去に迷うな!現在(いま)から逃げるな!望む未来に舞い上がれ!

 アンタの槍はアンタの光(・)の象徴だろうが!」

 

 槍が終わる。

 ライズ・ライムの最後の槍が今、砕け散った。

 

 

 支えになる槍を失い、片膝をつく。

 

「ぐっ、ゲボッ、ゴボッ。くそッ、時限式ではここまでかよッ」

 

 歌も終わる。同時に血と内臓片を吐き散らす。

 一曲歌い終えるまで込み上げる血反吐を堪えられたのはライズ・ライムの根性と経験だ。

 吐血を堪えながら歌った経験豊富な者など、世界広しといえど彼女ぐらいのものだろう。

 だが持続回復の装備も壊れ、武器も防具もない今、これ以上の戦闘続行は困難だ。

 

(切り札を使えばもう一撃はいける。ただし使ったらアタシは死ぬ)

 

 【絶唱】は命を削り力を出す職業。

 当然存在する。究極としての最終奥義が。

 使えば必ず死ぬわけではないが、回復役もなくここまで傷ついた状態で使えばまず死ぬ。

 

(手応えはある。あと一押し。これでいけるか確証はない)

 

 弱り続けるライズ・ライムが凌ぎ切れたことがその証拠だ。

 意思など感じられない暴走状態の"投槍"が暴走を僅かに緩めている。

 苛烈さが落ちる。動きに迷いが見える。技巧に淀みがある。

 今、八割がた無力化したライズ・ライムを前にしてすぐにトドメを刺さずにいる。

 何かを変えられている。彼女にはその確信があった。

 あと一曲。もう一曲歌う時間があれば。確実に何かを起こせそうなのに。

 余力は消えた。彼女にはもう切り札以外残っていない。

 

「だとしても―――諦められるか!」

 

 最後の一撃をかまそうと。

 折れた足で無理矢理に立ちあがろうとして。

 

 

『―――頭が痛い』

 

 

 "投槍"が喋った。

 

 ライズが、遠くで介入しようか悩んでいたシスル達が、驚愕に手を止める。

 これまで暴走者は一人として一言も話さなかった。

 喜怒哀楽の全てを己のうちに封じ込め、人らしい意志をまるで見せなかった彼らの一人が、片手で頭を抱えて苦痛を漏らしている。

 ありえないだろう変化。間違いなく、ライズ・ライムの歌の力だ。

 

「おい、ゴホッ、聞こえるか!"投槍"……フラーレン!

 アンタは―――」

 

 ライズ・ライムの血泡に濁った問いかけに、しかしフラーレンは反応を返さない。

 ただ無造作に槍を投げた。

 

「なっ―――」

 

 それもライズ・ライムとは逆方向に。

 槍に引っ張られるようにフラーレンが消えていく。

 

「待て!ぐ、アタシはまだ―――!」

 

 紐か何かで自分を槍に縛ったのか、或いは類似の効果をもたらす槍装備のスキル効果か。

 高速の逃走。ライズ・ライムが瀕死の今、この場に追える者はいない。

 シスルとニャロラインの矢もフラーレンの急な逃走に間に合わず、姿は地平線の向こうに消えていった。

 

 置いていかれたライズ・ライムは消えた姿を睨み続け、やがて力尽き崩れ落ちた。

 そして彼女の意識が落ちる。それがこの戦いの終わりだった。

 

 

「待ってろよ、アタシが必ず―――」

 

 

 

 

 

「逃したと言うべきか、見逃されたと言うべきか。

 どう思うよ、ニャロライン」

 

「追い詰めた、でいいのでは?」

 

 ニャロライン達は倒れたライズ・ライムに駆け寄りその無事を確かめ、しこたま回復薬をぶっかけた後雑談に興じていた。

 矢も数少ない。あのフラーレンが全霊を発揮してくるなら、あまり戦いたくない状況だ。

 シスルは懐から取り出した板状の魔道具をいじり、やがて不満そうに鼻を鳴らした。

 

「ふん、通信魔具にも出ねえ。

 あんま正気戻ってなさそうだな」

 

「でしょうね。歌を聞くだけで正気に戻るわけがない……とは言えない良い歌でしたが。

 正気ならあの"投槍"が美人と強敵を前に口説かないわけがない。

 ただ、言葉を喋るようになったのは気になります。

 ずっと"正気を失っているから会話しない"のだと思っていましたが、厳密には"狂気の中にいる"ことと"会話できないこと"の二段階と見るべきかもしれません」

 

「メンタルダメージとフィジカルコントロールってわけか。

 【恐怖】の状態異常も恐怖心と動けなくなることは厳密には別の仕組みだったりするし、なくはなさそうだな」

 

 しばし"投槍"の精神状態に思いを馳せる。

 狂気の中で体を動かさないのはどれだけストレスがたまるだろうか。

 或いは、狂気の中にいる間はそんなストレスも感じないのだろうか。

 

「思う存分暴れ回ってるんだからもっといい顔しろってんだ」

 

 別れ際の顔を思い出す。

 苦痛と不満がありったけ溢れている顔だった。

 こちらと違ってほぼ無傷なくせに、心から辛そうな顔をしている。

 フラーレンのそんな顔を見たことがなかった。

 鼻を鳴らし、ことさらにしかめっ面を作る。

 

「いっつも『才能に溢れていて人生楽しいです』って顔してんのになぁ?」

 

「『天才すぎて凡人の苦労をわかってやれなくてすまないね』と言った時より情けない顔してるのは初めて見ました」

 

「"無双"や"水面"に負けても、顔色一つ変えず鍛錬量10倍にする奴が、今やあ(・)れ(・)だぜ」

 

 強い男だった。

 技巧の才能だけでなく、心も当然のように強い。

 恥や怒りや不満や嫉妬を感じても『天才としてかっこ悪い』と表に出さない気取り屋が、無表情どころか無様な面を晒している。

 

 腹が立つ。

 その苦痛と不満がフラーレン自身のものであったとしても。

 それを外に晒させる権利など誰にもないと。

 煮え滾るマグマの如き熱が腹の底に渦巻いている。

 

「アタシはあいつを追うぜ。あんたらはどうする?」

 

 それは二人の足元から聞こえてきた。

 いつのまにか目を覚ましたライズ・ライムが立ち上がるより早く闘志を示した。

 

 鼻を鳴らす。シスルは『愚問だ』と言わんばかりの顔をしていた。

 

「調査はもうウェーブとライザー達に任せた。

 どうせ暴走者狩りをする気だったんだ。弱ってる怪物を追撃しないわけねえだろ。

 ニャロライン!お前もいいな?」

 

「ええ、ええ。いい輝きが見られそうです」

 

 ずっと満面の笑みを浮かべているニャロラインが首肯したのを聞いて、シスルはこっそり胸を撫で下ろす。

 ライズ・ライムの起床を待ったのは対フラーレン半分、対ニャロラインがもう半分。

 後半が不要になるのは今この時だけはありがたい。

 あの"投槍"を追うならば、しばらくは余計なこともしないだろう。

 

 

「決まりだな。これからあたし達―――あ、呼び名ないな。臨時のパーティ名とか作るか?」

 

「そうですね。何かいい案あります?」

 

 シスルの思いつきを聞いてニャロラインがライズに投げる。

 顔に浮かぶニヤニヤ笑いが、変な名前つけたらネタにされそうだなと感じさせる。

 どーすっかなと考え、適当でいいか、とライズ・ライムは思考をやめた。

 

「確かニャロライン・ニャレッジとシスルだったか。

 んでアタシがライズ・ライム。

 シスルのS、ニャロラインニャレッジのNとG、アタシのI取って、<SING>でいいだろ」

 

「我田引水!」

 

「いいですねぇ、傲慢で」

 

 やんややんやと騒ぎながら彼女達は往く。

 女三人。三人寄れば姦しい。

 一人じゃないが故の騒がしさをもって、彼女達は更なる戦いに旅立った。

 

 




デンドロでシンフォギアをやるの、めちゃくちゃ気持ちいい〜!となったのでおすすめです。最初プロットにいなかったキャラが暴れましたね
先生はあんなこと言ってましたが、デンドロでウルトラマンやるのとかもかなり面白くできそうな気がするんですよね。北の山脈付近の街に住む、マスターであることを隠しているマスター。時折襲来する地竜や他のマスター(外星人)達に立ち向かい、その中で何かを見出していく〜とか。ラスボスは界獣にするとか。誰かやらねえかな(或いはもう誰かやってるか)
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