サトノのグルメ 作:一等星
"このサトノダイヤモンドには夢がある。"
某有名な台詞を真似ては、少女は高く手を掲げる。その手に持つのは、ひとつの雑誌。カラーリングは明るくて、指輪をはめた女性が嬉しそうに微笑んでいる。
「なんで結婚雑誌なんか手に持ってるのさ、ダイヤ」
「決まってるじゃないですか。幸せな結婚は、女の子の夢なんですよ!」
「はぁ……」
今月号の特集は、アイルランドの発表そのもの。どうやら、ファインモーション殿下がウエディングドレスを纏っている。その隣に立つカレンチャンは、最近流行りの黒のドレス。どちらも似合っているのだが、その隣にはファインモーション殿下の一言が。
"私、トレーナーと結婚します!"
「炎上するかと思ったら、みんな受け入れているからな。ファインモーションのトレーナーは先輩だけど、ご愁傷さまとしか言いようがないよ」
「何言ってるんですか、幸せだからいいんですよ。ここまで無敗にて活躍させたトレーナーには、爵位が送られるとか!」
ファインモーションの走りはまさに、強者であることに疑いはない。そこに王族という肩書きがついて、さらにはウエディングドレスが勝負服に加わった。そんな話は聞いていたけど、まさか結婚報告とは。サトノダイヤモンドのトレーナーは、"そんなこともあるんだなぁ"と呟きながらも珈琲を飲む。
「トレーナーさんも、結婚したくないんですか?」
「したいよ。したいけど、しばらく相手はできないさ」
「えっ」
「えっ?」
なにかすれ違った気がしつつ、その違和感は置いておく。トレーナーは、今日もトレーニングを終えたのだからとグルメの雑誌を手に持った。話題からそらすためとも言うが、果たしてそれはどうなる事やら。
「それで、今日は何を食べに行くんだ? ダイヤはこれが食べたいとか、そういうのはあるんだろうか」
「うーん、実は思いつかなくて。何処か気になった店に行こうかとは思うのですが……」
本の中にあるものは、中華に蕎麦にラーメンに。そこでふと目が留まったのは、とある一面に載ったラーメン屋。なんでも、この近辺に人気の店が移転してできたのだとか。今評判の店に行くというのは、食べ歩きの醍醐味のひとつ。さて、本日も腹と舌と心を満たされようかと選択したのはこの店だ。
「ダイヤ、今日はラーメンにしようか」
「あっ、いいですね。行きましょう!」
そうと決まれば、二人は上着を取り出した。共通の趣味は、海溝よりも深い絆を作りだす。さてはて、何が飛び出すのやら。
"今日はどんな食事にありつけるかな?"
そう。このお話は、一人の令嬢が食に興味を持つことで、専属トレーナーを巻き込んで、日本や世界の津々浦々を巡り様々なグルメや調理などを嗜む物語。
"〜 サトノのグルメ 〜"
■【第三話:らーめん道】■
「さてさて。これがウワサのラーメン屋か。佇まいは、それこそ一流なんだけど。しかし異様な人気のなさは、一体全体なんなんだ?」
「確かに。やけに静かですよねえ。人気、なんですよね?」
サトノダイヤモンドとそのトレーナーは、件の店の前に訪れたのだけれども。さてはて、どうしたというものか。予想を超えるどころか大きく下回る静けさに、二人して首を傾げていた。人気店と書かれたそれは、ひっそりとなりを潜めているのだから。これには困惑するしか出来ず、二人して顔を見合わせる。胃を決して扉に手をかけたのは、トレーナーからだった。
「誰の腕が悪いってんだ! 下手くそなのはてめぇだよ!」
「なんだとォ!?」
入ったと同時、聞こえてくるのは罵声と怒声。店主らしき人物たち、が言い合いをしているのだから驚いた。一体なぜ、こうなってしまったのか。
「あ、あのー……」
恐る恐る声をかけるダイヤだが、振り返った店主の表情を見ると思わず笑みが引きつった。二人とも、まぁ怒りに濡れた表情をしているではないか。
「ぁ゛あ!? あ、あぁ。客か、いらっしゃい。みっともねえとこ見せてすまねえな」
「相手を見てからやるべきだったなぁ! そういうとこだよ!」
「んだとォ!?」
売り言葉に買い言葉。これでは、美味しいラーメンにありつくことは期待できそうにない。ため息ひとつも溢れたら、あとは後ろめたくもなるばかり。さてはて、どうしたものだろう。”引き返そうか?” とアイコンタクトを投げかけてみれば、トレーナーだって頷いた。
「すいませーん。今、やっていますか?」
「開店の札は出ていたから、大丈夫だと思うけど……あれ、サトノダイヤモンドのトレーナー?」
そんな時である。ガラガラと扉が音を立て、新たな客が招かれる。声の主の片割れは、サトノダイヤモンドのトレーナーを知っている。まさかと思って、彼は客の方を見る。そこには、現在渦中のファインモーションとそのトレーナーが立っていた。トレーナーである青年は、やけに小綺麗な装いで。さながら、SPどころか騎士そのもの。ラーメン屋には、華やかな彼の担当少女共々似合わぬ存在にしか見えない。
「ふ、ファインモーション殿下!?」
「よ、ようこそいらっしゃいました!」
これには店主たちもタジタジで、恐れおののきすぐに接客。サトノの至宝のダイヤには、尊敬するべき光景だ。気高き乙女は、荒ぶる心すら落ち着けさせる。ロイヤルの姿を目に焼き付けつつ、"何故ここに"との疑念をぶつけるべきか。
「ねぇ、トレーナー。雑誌に載ってたラーメン屋は此処だよね?」
「間違いないよ。ファインが来てみたいと言っていた店だけど、ちょっと雰囲気が違うみたいだ」
サトノダイヤモンドのトレーナーは、ひくついた笑みが止まらない。想像上では、もっと落ち込んでると思っていたのにそうでもない。いや、それ以上に"ロイヤルがラーメン屋に好んでくるなんて"という驚きの方が強いのだ。
「……なるほど。ファインモーション殿下がラーメン好きってのは、マジの話だったんだな」
「人は見かけによらないってことですね」
噂に聞いたことはあれど、実際見たら誰だって困惑する。ロイヤルという肩書きのイメージとは、それだけで大きな意味を持つから仕方ない。サトノダイヤモンドもそのトレーナーも、さもありなんと言った顔。とはいえ、はっちゃけ度に関しては、サトノダイヤモンドも負けず劣らずなのは言わないお約束である。
「それで、いったいどうして店主さんたちは取っ組み合いをしておられるのですか?」
そしてこの殿下。困ったことに、好奇心が旺盛だ。なんだかどこかで聞いた話だ。トレーナーは、やれやれと隣の担当バを見やる。サトノダイヤモンドと掛け合わせると、とても危険な気がするのだから仕方ない。
「いえ、実はね。我々双子なんですよ。で、今回雑誌で良い賞をとってトレセン近くに移転を決めて来たのですがね。や、これが困ったことに、どっちのおかげで賞を取れただということになりましてですね」
ことのあらましを聞いていけばいくほど、それはそれは難しい問題で。元は軽口だったのだけれども、二人はそれはそれはヒートアップしたのだという。そもそも、どちらのおかげで賞を取れただなんて、目に見えてわかるものじゃないのだが。
「それでまぁ、二人別々に作るようにしてからはこの有様で」
「ああ、なるほど。そりゃ……」
喧嘩してるからだろうか? なんて言えるほど、サトノダイヤモンドのトレーナーも無神経ではないのだ。口の横をきゅっと結んで、そうなんですかと言うくらいに留めて正解だった。事実、二人はまだピリピリしている。
「それなら、いい提案があります!」
でも、空気を読まないウマ娘だっているわけで。ファインモーションそのウマは、ラーメン好きの女傑である。サトノダイヤモンドに目配せすると、彼女も似たようなことを考えていた様子。
「それでは、私たちがそれぞれを食べ比べてみましょう!」
「うんうん。それで原因が分かったら尚良しだもんね!」
"ああ、このふたりは今度から掛け合わせないようにしよう。"サトノダイヤモンドのトレーナーは、固く心に違うことになるのだが、それはさておき。
「そういう事でしたらよろこんで!目にもの見せてくれてやりまさぁ!」
「なにを。お前にろくなものは作れるか!」
そういうと共に、二人はすぐさま二人前を作り出す。その時、滅多に見ないファインモーションの姿ではあるが、雰囲気が変わったことは伝わった。さて、その眼力は厨房を射抜いているようで。さながらレースそのものであることは、トレーナーとしての目線からすれば明らかだ。
「ふぅん、なるほど……」
ファインモーションは、まず麺を打つところから見定めた。調理前の麺を捌くふたりだが、明らかに弟の方が手際が良いのだ。しかし、その次。お湯の温度の管理では、兄の方がとても良い。では、トッピングの具材の方は如何程か? 注視すれば、切り口の見た目などは弟に軍配があがるだろう。かといえば、昆布などの扱いからして、出汁取り方は兄の方が優れているように見えるのだ。なるほど、なるほど。
「私はもうわかっちゃったかも」
「……え?」
ファインモーションの一言は、サトノダイヤモンドにとっては鮮烈なる衝撃。この短時間、調理の仕方を見ただけで何を把握したのだろうか。二人の前に、それぞれのラーメンが運ばれるまではもう数分たりともかからない。
スープの色合いでいえば弟の方がバランスはいい。おそらく、スープに塩気を与える醤油やみみりん等を合わせたもの。つまり、カエシとの量がちょうどいいのだろう。しかし、兄の方は薄い代わりに透明度が高い。余程丁寧な仕事でなければ、こうはならないと言えるはず。
「さて、それじゃあひとくち。……うん、うん」
お国柄の影響か、あるいは。ズルズルと音を立てることもなく、ファインモーションはラーメンをすする。二つを比べるように咀嚼する姿は、まるでワインのテイスティングのよう。
「わ、私もいきますっ」
サトノダイヤモンドもいざ行かん。兄の方は麺の感触はぼそりとしたものではあるものの、茹で具合は完璧。出汁もエグ味や雑味がなくて、まさに淡麗その一言。しかし、明らかにカエシの塩気が負けている。具材の切り口は綺麗とは言えないが、味に関してはこちらの方が邪魔もせずちょうどいい主張をしているだろう。しかし、しかし。
「……あれ」
何か一つ足りていない。口の中で与える情報は、確かに一流店のそれに届かない。ファインモーションは、既に予想していた通りだと言うように箸を置く。対象的な二人を観察するは、サトノダイヤモンドのトレーナーと、ファインモーションのトレーナー。両名は、二人の反応を見るだけで”そういうことか。”だったり、”ああ、そうなるよね。”と呟いた。察することは、余りあるほどにあるのだ。
「ではこちらも」
ずる、ずる。と麺をすすってみるは、今度は弟作のラーメンだ。こちらは出汁とカエシのバランスはいい。しかし、出汁に雑味とエグ味が残る。切り口などの見た目は良いが、トッピングの味付けは主張が強い。ああ、そうか。全体的に濃いのだ。旨みも濃さがすぎてはならないとは言うけれど、これは典型的なもの。それぞれ一つずつならいいけれど、合わせると喧嘩をしてしまうのだ。ただ、麺は目を見張るものがある。茹ですぎなければ、完璧な麺であるというのがよく分かるのだ。
「でも、これって」
「ふふ、気づいちゃった?」
違和感はあった。あったけど、それらのパズルを組み合わせた時に現れて。そういうことでいいのだろうかと悩むけど、答えはどうやらすぐにでない。それでも、ファインモーションは先達として、サトノダイヤモンドにこれでもかと微笑みかけるのだ。
「その答えはね、きっとあってるよ。口に出してみてごらん?」
「わ、わかりました。その、二人とも……基準に満たないんです」
「うん。その通りだね」
「な、なに!?」
「どういうことだ!?」
「ふふ。そうだよね。説明のためにも話をひとつ聞いて欲しいな」
もちろん、店主の兄弟たちは顔を見合わせるし。二人のウマ娘のことを、問い詰めたい気持ちは抑え切れるわけがない。そんなことは百も承知。ファインモーションは、瞳を閉じて場を制する。そして、静かにまた目を開くその時。大きな覇気が、ありありと背後に現れた。
「二人とも、苦手なところと得意なところが対象的なのには気づいていましたか?」
「そ、それは……」
「い、いや。しかし」
双子ならでは。お互いの良くない所など、二人は勝手知ったるほどに分かるだろう。常に仕事を見てきたはずだし、補うことは出来たはず。
「二人のどちらかが良いとか悪いとか。そういうわけではなくて、二人で作ることに意味があるのです」
「二人で作ることに、意味が?」
「俺たち、二人で」
この流れなら、差し切ることはできるだろう。サトノダイヤモンドもこれに続く。脳内でまとめた情報は、アウトプットは可能だろう。賢さトレーニングでも、そういうことはしてきたのだから。
「兄の方は出汁は綺麗なのに塩気が足りず、弟の方はどれも個が強すぎるんです。麺の茹で具合は兄の方がいいけれど、製麺は弟の方がとてもいい。これも対照的ですね」
「そうそう! 二人で力を合わせていたから、美味しいものが出来ていたんだよね〜」
「確かに、そうかもしれません。二人の苦手なところを補っていけば、最高の一杯にたどり着けるはず!」
二人のウマ娘は食通であり、ラーメンの道にも通じている。あれやこれやと言う間にも、意見はすぐに出揃うもので。なるほど、これが共鳴というものなのか。と、サトノダイヤモンドのトレーナーは天を仰いだ。この二人を掛け合わせたならば、危険な香りがするのだから。
そんな彼を置き去りにして、結へと話はたどり着く。ファインモーションも、サトノダイヤモンドも。最後のひと押しを欠かさない。
「だから、これから二人で頑張れば。とっても良いものになるはずだよ!」
「お二人の全力を掛け合わせた、最高に美味しいラーメンが食べたいです!」
「……ったく、そうだよな。いつまで意地を張ってんだか」
「もう一度、やろう。そうして、皆に美味しいものを食べさせるんだ!」
ファインモーションがこの場全ての空気を制したあとに、サトノダイヤモンドが背を押す頃には、店主たちの顔も晴れやか。なればこそ、二人で一つの器を作りはじめる。兄弟たちの、新たな門出を見つめては。ファインモーションとそのトレーナーは、優しく微笑むのであった。
そして、サトノダイヤモンドのトレーナー。ある意味色々先輩である、ファインモーションのトレーナーのその姿を見遠巻きに見て、先程自分が天を仰いだことを疑問にすら感じていた。
「……そう、あるべきなのかな」
二人の自然体な姿は、まるでなるべくしてなったようにも見えてくる。ラーメンを作る二人もそうだ。自分はどこか、壁を作っていたのだろうか。ああ、でも。そうだとしたら、何か少し見えてきた気がして──────。
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「ふふ、美味しかったです」
「たしかに。二人が息を合わせたラーメンは、たしかに評判通りのものだった」
サトノダイヤモンドとそのトレーナーの両名は、トレセン学園の一室へと帰還。のんべんだらりと過ごしながら、感想をここにひとつまみ。
あのあと食べた、本気の一杯。それはとても見事なもので、その場の四人全員が、舌鼓をうったほど。
「やっぱり、二人力を合わせることって大事なんですね。トレーナーさんも、そう思いませんか?」
「うん、そうだとは思うよ。ある意味、トレーナーとウマ娘の関係にも似ているね」
兄弟たるもの、力を合わせてことに挑めば何とかなるというもの。それをまざまざと見せつけられては、改めて意識せざるを得ない。ワガママ振り回し系なサトノダイヤモンドも、ある程度自由にさせるべきか。自分が受け止めるべきなのか。トレーナーが、意識改革をしようか悩むその中で。サトノダイヤモンドは、改めて彼の瞳を見つめることにした。
「そんな訳ですから、絶対離しませんからね」
どうやら、改革する前からでも振り回されることは確定したらしい。トレーナーは、苦笑いを浮かべたけれども。それでも、今度自分からも伝えようと決めた。
"それが、自分の目指すべきトレーナーだと理解できたから。"
一杯のラーメンが、今後の二人の運命を変える。そんな気がする一日だった。
・サトノダイヤモンド
ラーメンも好き。最近トレーナーのことがとても好き。
・サトノダイヤモンドのトレーナー
ダイヤに振り回されまくったので、どうするか悩んでいる。自分が目指すトレーナーは、一体どの方向なのか。
・ファインモーション
婚約しました。ラーメンもトレーナーと一緒に食べるよ!
・ファインモーションのトレーナー
一度は離れ離れになりそうになった、ファインと婚約。日本でファインと公務をしつつ、二国を繋ぐ架け橋になることを望んでいる。