沢村は今日も走っている。基礎体力を付ける為とはいえ、よくここまで頑張れるよな。
俺は休憩時間を見計らって、飲み物を渡しに行った。
「ゴクゴクプハァ!あ~ムカつく!あのクリスって人、レギュラー取れないからって俺を妬んでんだ!グチグチ言うだけ言って、直ぐ帰っちまうんだからよ!」
沢村は面倒な人が派遣されてしまったらしい。同情する。
俺、一軍に居て良かったぁ!内野陣との連携について注意される事は多いけど、そこまで高圧的に言われたりはしてないしな。
「あーあの人は怪我持ちだからな〜。リハビリ中だろうし、一軍昇格はムリムリ!離れるまで我慢ってトコだな」
俺は何ともない無難に明るい話題を選んだつもりだったが、沢村の顔はみるみる曇っていった。
「あの人、怪我してるのか」
「肩の故障だな。常に庇った様な動きをしてるから、普通に見てりゃ分かるだろ」
「俺……俺!謝ってくる!!」
沢村は駆け出して行った。判断が早過ぎる!俺は、沢村が置いて行った謎の巻物を回収して部屋に戻った。
完全に一軍に定着した頃、俺が練習試合で使われる機会が増えていった。宮内さんから正捕手の立場を奪ったのだ。
こんな強豪校だ。野球に懸ける思いは強い筈だと最初は闇討ちを警戒していたが、話してみると本当に良い人っぽかったから大丈夫そうだった。
油断させる演技だったりしないかは心配だけど……
「丹波さん、クールに行きましょう。落ち着いていれば勝てる相手です」
「おう……任せろ」
任せろって言われてもなぁ、ランナーがいる時の丹波さんは信用ならない。捕手だから絶対に言えないけどさ。
___カキン!
___カキーン!
案の定、初回で二失点。この人がエースの青道って、本当に大丈夫なのか?選ぶ学校間違えたかな。
「すみません、俺のリードが悪かったです」
そうそう、丹波さんに期待し過ぎた俺が悪かった。
調子が悪いなら、調子が悪い事を前提に投げさせなきゃ行けなかったのに。でもそんなリードを続けると、実力を発揮し切れないままになっちゃうと思うんだよね。
「いや、リードは間違っていなかった」
「そっすか?アザス!
ま〜とっとと打って逆転するんで、次もよろしくっス!」
俺の前にランナーがいれば、ほぼ確実に点が入るからな。
一点差位ならひっくり返せるだろ。
___カキン!
___カキーン!
『わあぁ!!』
二番小湊さん四番結城さんがヒットとツーベースを打ち、ツーアウトランナー1・3塁。端的に言ってチャンスだ。
まぁ、ここで打てなかったらと思うとゲンナリするけど。
___カッキーン!
打った瞬間、ホームランだと分かった。
公式戦初打席がホームランとは、幸先が良いな。
『わあああぁぁ!!』
「何だ?!あの一年!!」
「スゲェスイング……青道にまたスゲェ打者が来たぞ!」
観客席あたりが騒いでんな。俺のバッティングは、やっぱり高校野球でも通用するんだろう。
思ったより低レベルな先輩達を見て薄々察してたけど、俺には野球の才能があるらしい。
……もしかして、野球で大学も学費無料に出来るかも?
あー!それなら尚更、もっと強い学校に行っておけば良かった!!いやでも、それだと沢村と友達になれないか。
てか、俺は実績ないから他の強豪校に入れた訳ねーわ。
それに学業が本分であって、部活はオマケだっつの。
はぁ〜。最近、周りの空気に流されつつあってヤバいな。
この頃の俺は知らなかった。まさか特別野球に拘っている訳でもない俺が、プロの世界に飛び込む事になるとは。
ちなみに、試合は投壊したけどギリギリ勝った。
「ハジメン!この巻物の内容!どう思う!」
「えっと、そうだな……素人知識だけど、身体全体が鍛えられる良い筋トレだと思うよ。俺も投手だったら真似させて欲しい位だ」
沢村が悔しげな顔をしながら部屋に帰って来た。せっかく謝りに行ったのに、また嫌な事でもあったんだろうか?
俺もクリスって人、どよんとした暗さが嫌いなんだよな。
てか……ハジメンって何?俺のニックネーム??
何と言うか、若干微妙にダサくね?
「じゃあ、本当に役に立つって事か」
「ああ、俺の素人指導よりはな。まぁ俺の指導とクリスさんの指導は鍛える所が違うから、出来れば両方やった方が良いかもしれないけど」
まぁいっか、別に貶されてる訳でもなければ実害が出る訳でも無いんだし。それに、その内飽きるっしょ。
沢村への指導は、俺はピッチングの体勢についてで、クリスさんは正しい筋力を付ける感じ。やってる事は全く違うからセーフだろ。まぁクリスさんなら、ピッチングについても上手く教えられるのかもしれねぇけど……
「それなら不肖沢村!全力で鍛え上げてやりますよ!!」
「頑張れ〜」
この時の俺は適当に応援していたが、沢村は何と卒業するまでの三年間、本当に毎日指導に従い続けていた。
俺も、そしてクリスさんも多分、彼の期待に応える為に練習改善に頭を悩ませる事になっていた。
「それとハジメン!一軍スタメンおめでとう!俺もすぐそっちに行くからな!!」
「……ありがと!期待して待ってるからな!!」
一瞬、呆然とした。沢村はレギュラーメンバーになりたい筈なのに、先に行った俺を応援してくれたからだ。
それが俺にとっては、正捕手昇格よりも嬉しい。
食堂で普段通り飯を食おうとしていたら、沢村が変な事を言い出した。
「俺、食堂のおばちゃんの手伝いしてくるわ!」
「はぁ?」
自分の分をよそいもせず、あいつは爽快と去っていった。
何を企んでいるのだろうか……無自覚なトラブルメーカーは、変な事をしないでくれると有り難いんだけどな。
「栄純くん、何を企んでるんだろうね」
「全然分かんねぇ、かなり不安だ」
最近沢村を挟んで少し仲良くなって来た小湊弟と、しょーもない雑談しながら飯を食っている。
もちろん、あいつの方をチラチラと確認しながらだ。
そうしておかないと、沢村がどんなトラブルを起こしたのか把握出来ないからな。
暫くして、沢村は米を超大盛りに盛り付けた。
誰かに嫌がらせをしているのだろうか。あいつ、そういう陰険な事もするんだな。
でもそれだとバレやすいから、もう少し上手くやった方が良いと思うけど。後で手伝うか聞いてやろう。
「何だ、これは」
「怪我の療養の為!沢山食べるべきだと思いまして!!」
標的はクリスさんか、妥当な相手だな。ってマジかよ。
アレは多分、本気でクリスさんの為にやってるつもりだ。
普段でさえ量が多いのに、勝手に増やしたら明らかに嫌がらせに近いだろ!気付けよ!
「要らん事するな、ウザい」
「なっ、ウザい?!」
「まぁ食べるけど」
「食べるんかい!」
なんかコントみたいな事やってんな。あのクリスさんにこんなしょーもない茶番をさせるとか、やっぱり沢村やるなぁ。俺には絶対ムリ。
学校内でも、沢村はエンジン全開だった。
「俺、クリス先輩の所に行ってくる!」
「ちょっ、待てよ。はぁ……俺も行く!」
駆け足で最上級生の教室前に行くと、沢村はクリスさんの前で正座をした。こいつ奇行で、周囲からの視線が痛い。
「おつかれさんです!クリス先輩!そろそろ、第三弾を頂きたく」
「なに、クリスくんの弟子?」
「ここ三年のフロアだぞ」
俺は三年俺は三年と脳内暗示を掛けて、態度で目立たない様にしながら、沢村を見届けていた。
また変な発言をしたら、弁明してやろうと思ったのだ。
「片方、随分と汚れているな。投げ捨てたのか」
「ギクッ!いやいやそんなバカな!大切にしておりますよ!フーフー」
沢村が巻物をぶん投げたくなっても仕方ないだろ、アンタの態度がかなり酷いんだよ!
クッソ偉そうに、一時期一軍にいたってだけの癖に!
「週に二回。お前はまだ、その身体を十分に使い切れていない。そのメニューを週に二回ずつ、交互にやっておけ。
やり過ぎても効果は無いぞ。ガムシャラにやるだけが練習では無い。身体を休める事も覚えるんだ」
「ハイッ!」
圧に負けたか?意外と沢村の面倒をちゃんと見てるな。
俺は面倒だから要らないけど、この人に教えて貰ったら伸びそうな感じがしてる気がする。
「それと、俺にもう付きまとうな」
「えっ?!」
沢村がクリス先輩に付き纏っている間、俺は自主勉強をしていた。もちろん野球の方ではない。
普通に受験で大学を目指すつもりだから、プレーの向上なんて考えなくて良い筈なんだ。最近は学びに手応えがあって、勉強してて良かったとまた思った。
まあ、沢村と野球がやれないのは少し寂しいけどな。
そう思っていたら練習試合がまた決まり、ベンチに沢村が選ばれた。
「いつも通り、良いピッチング頼むぜ!」
「ワーッハッハッハ!任せとけ!クリス先輩直伝のコントロールで完璧に抑えてみせっからよ!」
「マジか!そりゃ楽しみだ!」
クリスさんから教わったコントロールを駆使して、沢村は戦うらしい。こいつは過度な緊張なんてしないだろうし、良い結果を出しそうだ。楽しみだな!
___カキン!
___カキン!
___カキン!
残念ながら打たれまくる展開になってしまっていた。
クリスさん、こいつに変な事を教えないでくださいよ。
「タイム!」
監督か誰かが試合を中断させた。
残念ながら、掛けたのはキャッチャーの俺じゃない。
まぁ、沢村がコントロール試したいなら良いかと思っていたからだ。悪い事だと分かってるのに止めなかったんだ。
前園さんが、沢村の胸ぐらに掴み掛かった。
集まってきた選手達も、眉間にシワを寄せている。
「テメェ!何やその腑抜けたピッチングは!!あんな棒球打たれるに決まっとるやろ!!今すぐこのユニフォーム脱げや!!テメェ以外にもピッチャーはおるんや!!」
「このユニフォームには、先輩達の誇りが詰まってるんだな。二軍の試合でも、腑抜けた試合は出来ないんだな」
「中田先輩の言う通りだよ。今日の栄純くんの後ろ、守ってても楽しくない。ベンチで頭冷やした方が良いよ」
内野陣が沢村を攻め立てる展開になり、腹が立った。
別に良いじゃん、たかが練習試合だぞ?試したい事を試すのが練習の醍醐味だろうが!
「ちょっと待てよ!俺は自分なりに真剣に考えて!」
「試合前、コントロールが課題って言ってたしな。
まぁここから先は、普段通りのピッチングを頼むわ」
俺はそう言って、強引に話を締めた。
どうせ他にマトモな投手はいないんだ。細かいミスがあったって、結局沢村が使われるに決まってる。
もう一人位、使える投手がいたら話は違ったかもしれないけどな。
「ちゅーか伊川!お前も分かってたなら止めろや!キャッチャーやろ!!」
「ピッチャーがやりたい事をさせるのがキャッチャーだと思っています。なので止めるつもりはありませんでした」
『はああああ?!!』
やっぱり俺にも言及が来たか。当然の事だよな、実際マトモに勝とうとすらしてないんだから。
仕方ねぇじゃん、確かに勝ちたいっちゃ勝ちたいけど、それよりも沢村との友情の方が大事なんだからさ。
「ご機嫌取りするのがキャッチャーやない、試合を勝たせるのが仕事や!そんな事も分かっとらんのか!!」
「すみません!」
表面上はしっかりと謝ったので追及はされずに試合は再開したが、予想通り序盤の失点が命取りになって負けた。
まぁ別に、たかが練習試合だし良いんじゃね?
降谷がいない為、調子を崩している沢村が続投しました。