予想していたイメージと合っていたでしょうか?
【沢村視点】
「伊川始……野球の雑誌買おうとしたけど、やっぱ乗ってねぇみたいだな。青道に行ったら、あんな選手達と野球が出来んのか」
青道高校から帰って来た後もずっと、あのミットの音が忘れられなかった。
大きなミットが俺の方を向いて、実力の全てを出し切らせてくれるあの感覚。
悔しいけど、今までじゃ思い付いた事もない野球だった。
アイツは「俺さ、色々あって公式戦一回も出れてなくて、試合の楽しさなんて知らなかったんだけどお前と戦ったのは楽しかった」なんて言ってたから、雑誌に載っている訳がない。
そう知ってはいても、つい探してしまいたくなる様な存在感を放っていたんだ。
「沢村が青道に来たら一緒に頑張ろうな、か……ダメダメ!俺は皆と野球をやるって決めてただろ!!」
俺はそれでも、悶々とした気持ちが抑えられなかった。
「自分の力を試して来い、嫌になったら帰ってくれば良いんだ!絶対に誰にも笑わせねぇ!」
「俺達の代表として、甲子園で活躍して来てよ!」
俺は結局、青道高校で己の力を試す事にした。
あいつらの代表として、甲子園でいっぱい活躍しなきゃ行けねぇんだ。
そして、あのキャッチャー以上の選手になって、皆を喜ばせてやりてぇ!!
そう思いながら、俺は青道高校に入学した。
漠然とした憧れの様な物を抱いていた奴は、かなり良い奴だった!
初日から寝ぼけている俺を頑張って揺さぶり起こしてくれたし、宿題を見せながら教えてくれたし、ホントはやんなくても良いパシリまで手伝ってくれる。
それにまだ実力が足りない俺の練習にまで付き合ってくれる、優しい奴なんだ。
なのにアイツは……俺が居ない時は、いつも一人で行動していた。別に一人が好きな奴でもなさそうなのに、何でだろう。
不思議に思って、最近仲良くなった小湊に聞いてみた。
「伊川さぁ、いつも一人だよな。何で?」
「やっぱり極亜久出身って事が大きいんじゃないかな、何するか分かんない感じがするし」
「ごくあく出身?って何だ?」
俺がそう言うと、小湊は驚いた顔をした。
そんな有名な話だったのか、全然知らねぇんだけど。
「知らないの?!極亜久中学校って言えば、日本一治安が悪い学校って有名だよ。昔、潜入したアナウンサーも骨折したって」
「えええええ?!そんな学校があるのか??……でもだからって、アイツが悪い奴って訳じゃねぇ!!」
俺が叫んだら、小湊はため息をついた。
「そうなんだけどね。まぁ悪い奴じゃないなら、時間が解決するんじゃない?その内みんなも慣れるでしょ」
でもそれだと、どれだけの時間が掛かるか分からない。
暫くの間一人だと、アイツも寂しいだろ。ただでさえ一年生で一人だけ一軍で、同級生が近くに居ないのに。
「ってそうだ!それなら親しみやすさを出してやろう!!あしたからアイツの名前はハジメンだ!!」
「ダッサ。えっ、ホントにそれで行くの?」
良いニックネームだろ!ハジメン!ゆるキャラみたいで。
【丹波視点】
宮内からスタメンマスクを奪い、一年生から正捕手を任されたのは掴みどころの無い奴だった。
俺のミスで打たれようが、コントロールが甘くてフォアボールが出ようが、一見爽やかに見える笑みを崩さない。
顔を見ればいつも楽しげに笑っているが、本当に喜んでいるのかは分からない。
何と言うか、まるで冷静でいないと生きていけない奴みたいに見えた。
「すみません、俺のリードが悪かったです」
試合で勝手に大崩れし後輩の努力を無に返したにも関わらず、コイツは鉄壁の仮面を崩さない。
今ですら、申し訳なさそうな顔を浮かべるだけなのだ。
「いや、リードは間違っていなかった」
本当に、全くこいつは悪くない。
ストレートもカーブも入らない、入れようとすれば甘く入って打たれるなんて、キャッチャーにはどうしようも無いのだから。
ここでもし肯定したら、コイツはどんな反応をするのか。
本当に反省してしまうのか、馬鹿な投手だと嘲笑うのか、心の中を見てやりたいとすら思った。
試合にはあまり関係がない筈なのだが、実際の所バッテリーには人間関係が重要だ。
不気味な程に感情の揺れを見せないコイツが、何を感じているのかを見てやりたいと思う。
「そっすか?アザス!
ま〜とっとと打って逆転するんで、次もよろしくっス!」
辛うじて分かっている本人の性格と不協和音を奏でる、ふわふわと軽い口調で宣言された。
初の公式戦、初の劣勢。それでもコイツは、感じているであろう緊張感を完璧に隠せている。
頼もしいと言うか、俺が頼りないと言うべきか。
試合でも支えに成れないエースで、不甲斐なかった。
そして伊川は、宣言通りに逆転スリーランホームランを放っていた。本当に、頼りになり過ぎる後輩だと思う。
「おつかれ様っス!勝てましたね!市大三高!」
「ああ」
試合が終わった後、親しげに話しかけて来た伊川。
両チームが二桁得点になり、最後は結城の逆転ホームランで決まった試合。
俺はエースとして不甲斐ないとしか言いようが無かった。
「市大三高と稲城実業、やっぱこの二チームがライバルっすよね!勝てて嬉しいッス!」
当たり障りのない、俺の感情を揺さぶらない様に徹底されている会話。
話している奴の非を感じさせる事は、徹底して言わない様にしているのだろう。
その場に応じた会話をしながらも、自分の本音を徹底的に言わない様子はどこか気味が悪かった。
「ああ、そうだな」
俺は、こいつを理解するのを諦めた。
【クリス視点】
伊川始と言う選手は、実力だけを見れば完成され尽くしたプレイヤーだった。
「ミート力」「長打力」「走力」「守備力」「送球力」と言う、野球に必要な能力を全て持っていて疲れる事すら無いという、子供の理想を詰め込んだ様な捕手なのだ。
但し、投げてくれている投手に全く心を開かない上に、ある種無関心とも言える態度を貫く事は本当に辞めた方が良いと思うが。
何をしても笑っている事という事は、優しい訳ではない。
悪い事をしたら止めると言う、本当の優しさを与えていない事になるのだ。
投手の調子を、実力を、冷徹な目で観察して無感動に妥協点でリードをする姿は多くの投手達から恐れられていた。
「ワーッハッハッハ!こうすか?!こうすか!!」
「違う、右足がブレている」
「なるほど!お師匠、もう一回!!」
それでもアイツは、沢村にだけは違う顔を見せていた。
まるで幼い子供を守るかの様に、献身的な態度。彼は一体、何を思って行動しているのだろうか。
酔狂で助けていると言うには、いささか度を越した献身であった。
「さっすがクリス先輩!ありがとーございやした!!」
「毎日、練習後の柔軟は欠かさない様に」
「ハイッ!!」
裏のない、快活な笑顔を見せた沢村。
調子付かせる訳には行かないから言わないが、こいつの真っ直ぐさには俺も本当に助けられている。
故障してしまってから暗かった世界が、沢村のお陰で色付いた様に感じているのだ。
もしかして、彼も同じ事を考えていたのだろうか。
暗闇の様な世界に差し込んだ、一筋の光。
それが沢村だったのかもしない。
コントロールを意識しろと話した、次の日の練習試合。
沢村は大きく調子を崩しながらも投げ続け、点差を付けられて負けた。
炎上したにも関わらず大差が付かなかったのは、伊川がホームランを二回も放ったからだ。
「コントロールを気にするあまり、球威を失ったな。ただでさえMAX130kmに届かないお前のストレート。
これじゃ打ち込まれていて当然だ。言っただろう、お前は丹波と違うと」
沢村に話している最中、伊川がズカズカと歩いて来た。
そして、強い口調で断言した。
「違います。沢村は、丹波さん以上の選手になります!!
今はクセ球しか投げられませんが、握りを変えれば変化球を投げ分けられるようになります。身体が柔らかい沢村だからこそ、凄いボールが投げられる様になるんです!」
「ハジメン……!」
沢村は感動しているが、伊川は今それを言ってはならなかった。
不甲斐ないピッチングで試合を壊した、今の沢村に言ってはならなかったのだ。
これで沢村は、反省する事なく次の試合に臨めてしまう。
それでは、精神的な成長が出来なくなってしまうのだ。
「とにかく、今日の試合は反省する事だ。
野球は、投手だけが戦っている訳では無いのだから」
「オスッ!」
沢村は元気よく返事をした。
残念ながら、やはり本気で反省はしていない様だ。
他に投手が居ないから仕方ないとはいえ、これだけ無様な投球を見せて降板させなかった事も悪かったのだろう。
これで、失敗して変えられる恐怖を味わわないままになってしまったのだから。
それと……ボールの握りがおかしいせいで、実質変化球の様になっていたとは気付いていなかったな。
もし本当にそうなら、夏の大会までに身に着けさせる事が出来るかもしれない。
俺が気付いてやらなければならなかったのだ。
自分の事ばかり考えて、またチームに不利益を与える所だったのかもしれない。反省しなくてはな。
それにしても「ピッチャーがやりたい事をさせるのがキャッチャーだと思っています。なので止めるつもりはありませんでした」か。
それは捕手というポジションの価値を、軽視しているのではないだろうか。
投手を輝かせるも鈍らせるも、捕手の責任。
難しいがやりがいがあるのが俺達のポジションなんだが。
アイツの考えは、いずれ矯正するべきだろうな。
俺の後を継ぐ……と言うには入部時期が違う後輩に、そう思った。
【片岡視点】
高島さんが見つけ出した特大の原石、それが伊川だった。
俺が就任してから、投手が弱いと言われ続けて来た青道。
俺が不甲斐ないせいで、大切な選手達の力を引き出せなかったのだ。
そしてクリスの怪我に気付けなかった事によって、絶対的な正捕手も失ってしまった。
宮内も良い選手だ。それでも、歴代の正捕手達と比べてしまうと未熟な点が多かった。
俺の信念として、悪事を働く様な奴は入部させない事にしている。
そういう生徒達も導ければ良いとは思うが、現実問題として甲子園優勝以外の事を考える時間が無いからだ。
だから伊川始と言う選手に才能があるという事は分かっていながらも、推薦入学させるかは暫し悩んでいたのだ。
俺は久々の休養日に、極亜久中学校に向かっていた。
入部させるかは俺の目で判断しよう。そう思ったからだ。
「やんのかオ゙ラ゙ァ゙!!」
「ひ、ひいいぃぃ!!」
極亜久中学校へ向かう道で、俺は偶然伊川を発見した。
屯っている不良達の中で、後方に位置している。
絡まれているのは、一般的な成人男性。俺は彼を助け出そうと、コンビニの入り口まで向かっていった。
「あ!あっちの不良、俺達を睨み付けてやがるぜ!」
「なにおぅ?!行くぞお前ら!!」
『おうっ!!』
あわやリンチと言う場面で、伊川は大人数の不良を指さして言い放った。そんな彼の目は、腐り切っていない。
恐らく、一般男性を助ける為に言ったのだろう。
俺はそれを見て、伊川始と言う選手の善性を確信した。
あのグラサンと戦ったら、死ぬ!俺はそう確信していたから、逃げた自覚はある。
入学してから、伊川は真面目に練習に取り組んでいる。
大分積極性に欠けてはいるが、練習量だけを言えば最上級生達と遜色が無い程だった。
エースになると見込んだ男、沢村栄純に付き添いハードワークを重ねているのだ。
全員に提出させている日記も、全て紙を埋めている。
初対面では分かり辛いが、全て真面目に取り組める奴なのだろう。授業も真剣に聞いていて、他の教師からも好評であった。
「___正捕手を任せたのは、正しかったか」
沢村以外の投手とは打ち解けられていないが、彼には歴代でも最高クラスの打撃力がある。
素行も問題なく、甲子園優勝を目指すチームとして使わない訳には行かない選手であった。
青道高校の正捕手と言う重荷は、入部したての一年坊に任せるべきものでは無いだろう。
それでも、彼なら乗り越えてくれると信じている。
まだ沢村が「春っち」と呼んでいない。