喫茶クレイへようこそ   作:あづま

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本日のお客様:休憩(サボり)にきたヴァルキューレの人

「休日のパトロールはめんどくさいねぇー」

 

 警察の仕事は年中無休。特に生活安全局ともなれば、迷子の案内や交通整理と朝から晩まで仕事が舞い込んでくる。本当なら今日も窓際族の生活を謳歌する予定だったのに、パトロール命令が出てキリノに引きずり出されてしまった。

 

 こうなりゃヤケだ、とマスタードーナツでオールドファッションをいくつか買い込むと、D.U.の郊外に向かって歩みを進める。以前同じように駆り出されたパトロールをサボる時に偶然見つけた店で、今日もサボろうと記憶を頼りにとある路地裏に入る。

 

 しばらく行けば記憶は間違っておらず、見覚えのある喫茶店が目に入る。しかし、目の前に行くと"CLOSE"と絶望の死刑宣告にも近しい看板が掛けられていた。ここでサボる気満々だったところにこの仕打ちはあんまりだ……と思っていると、後ろから声を掛けられた。

 

「おや、確か生活安全局の。パトロールですか? ご苦労様です」

 

 振り返るとそこには待ち望んだ救世主の姿。ミレニアムの制服を身に着け、片手には近くにあるスーパーのレジ袋。どうやら買い物に行くために店を閉めていて、ちょうどいいタイミングで帰ってきてくれたようだ。

 

「ありゃ、マスターちゃん。パトロールしてるんだけど、とある筋からここに危険なモノがあるって情報を入手してね、ちょーっと見せてもらえないかなー?」

 

「ふふっ、そういうことなら仕方ありませんね。どうぞお入りください」

 

 マスターちゃんは私の横を通り抜けると、扉を開けながら中に入るように促す。いやぁさすがミレニアムの人は理解が早いねぇ、と軽口を叩きながら扉をくぐる。そのまま奥へ入っていくマスターちゃんの後を追うように店内へ進むと、カウンター席へ腰掛けてマスタードーナツの箱をカウンターに置く。

 

 しばらくすると、一度奥へ消えたマスターちゃんは緑のエプロンを付けて戻ってきた。私の前に来るとドーナッツ用に小さな皿を差し出しながら口を開く。

 

「さて、善良な市民として警察の取り調べには応じないといけませんね。どのような危険物があるという情報ですか?」

 

「あ、そうだった。えーっとねぇ、このマスタードーナツを食べる手を止められなくなる中毒性の高いコーヒーがあるって聞いたから、それを見せてくれないかな?」

 

「ドーナッツにあうコーヒーですね。ではキリマンジャロのハイ*1かイルガチェフェのシティ*2あたりがおススメですよ。もちろん他のものでも大丈夫ですがどうなさいますか?」

 

「悩ましいねぇ……じゃあキリマンジャロを貰おうかな」

 

「かしこまりました」

 

 マスターちゃんは私の見え見えのサボりの口実にもノリノリで乗ってくる。風の噂ではどうやら2年生らしいから、年下の私を叱ってもおかしくないのににこやかに応対してくれる。思えば最初に出会った時もそうだった。

 

 あの日も休日にパトロールに駆り出されていた。当然真面目にパトロールをするつもりもなく、マスタードーナツのドーナッツを片手にD.U.郊外をあてもなく歩いていた。すると、どこからともなく漂ってくる香ばしいコーヒーの香り。

 

 ふらふらとその香りに引き寄せられるように一つの路地に入れば、こじんまりとした喫茶店。表の"OPEN"の表示を一瞥するとそのまま流れるように入店した。それがマスターちゃんとの最初の出会い。警察の私を見たマスターちゃんは驚きもせず応対してくれた。

 

 その時はキリノも近場に居たから、バレないようにテイクアウトでコーヒーを頼んで店を後にした。その時飲んだコーヒーの味は衝撃的だった。ドーナッツには美味しいコーヒーと相場が決まっている。パトロール経験により数多の店のドーナッツとコーヒーを調べ上げた私にとっても、上位五本の指に入る出来だと思えた。

 

 それ以来また飲みたいなぁと思いつつも、窓際族の性か外に出ること自体億劫で中々再訪する機会がなかったけど、パトロールにかこつけて今日ようやく再訪が叶った。

 

 そんなことを回想していれば目の前にどうぞとコーヒーが差し出される。ふわりと漂う甘酸っぱい香りに刺激され、我慢できずにマスタードーナツの箱を開くとドーナッツを食べ始める。

 

 まず手に取ったのはストロベリーチョコのコーティングされたオールドファッション。歯を立てると表面がサクッと小気味よい音を立てて崩れ、中のほろっとした感触が伝わってくる。生地をただ揚げただけの素朴な味わいの中に、コーティングされたストロベリーチョコが甘酸っぱいアクセントを付け加える。

 

 そこにキリマンジャロを流し込めばほんのりとした苦味とその中に広がる微かな酸味と甘味のハーモニー。その深いコクがストロベリーオールドファッションの甘酸っぱい味わいをくどくすることなく、むしろ新たな味わいが口いっぱいに広がっていく。

 

 気が付けば手元のドーナッツが消えていた。これは本当に危険物かもしれないと思いつつ、まだまだあるドーナッツを箱から取り出す。次はチョコレートのコーティングされたオールドファッション。ストロベリーチョコと違って酸味のないチョコの甘い味わいが広がる。

 

 チョコレートには苦味の強いフルシティ*3やフレンチ*4がチョコの甘味とよくあう。だけど、チョコ単体ではなくオールドファッションと一緒なおかげでチョコの甘味が抑えられているから、淡い苦味のシティのキリマンジャロもあう。

 

 遂にはドーナッツと共にコーヒーもカップから消えてしまった。おかわりを頼むとすぐに新しいカップが差し出される。最後のドーナッツはコーティングのないオーソドックスなオールドファッション。口に頬張れば広がる余分な甘味のないしっとりとした素朴な味わい。

 

 その味わいがキリマンジャロの爽やかな香りと微かな酸味を引き立てる。これは本当に中毒になる……と思いながら夢中で食べ続ける。どれだけの時間が経っただろうか。ふと我に返った時には目の前に空のマスタードーナツの箱と空のカップが並んでいた。

 

 手持ち無沙汰になった私は、少し気になることをマスターちゃんに訊く。

 

「ねぇ、ところで私がサボりだってことは薄々気付いてるよね? こんなにあっさりと受け入れてくれてるのか不思議なんだけど、どうしてなの?」

 

「人間誰しもサボりたい欲求は持っているものです。もちろん熱心に仕事に取り組む人は立派だと思いますが、仕事中に適度に息を抜くのも一種のスキルだと思います。ですのでこんなこじんまりとした店でよろしければ、ゆっくりとくつろいでいってください」

 

「いやぁよく分かってるねぇ。マスターちゃんみたいな人が上司だったら良かったのに」

 

 マスターちゃんはあまりにも当然かのようにサボりを受け入れてくれる。最後の言葉は8割くらい本心だ。こんな理解のある人が上司ならどれほど天国なのか、少し妄想するだけで幸せな窓際族の暮らしがありありと脳裏に浮かぶ。

 

 実際にはそうはなっていないわけだけど、それでも今こうしてここでサボれているだけマシなのかなと思う。公安局や警備局なんかに配属された日には地獄のような日々が待っていることだけは考えずとも分かる。

 

 そんなささやかな幸せを噛みしめながら、特にすることもないのでぶらぶらと足を揺らしながらくつろぐ。しばらくそうしていると、外の路地からたったったっと誰かが走るような音が聞こえてきた。

 

 その音がこの店の前に差し掛かると同時にチリンチリンと入口の扉のベルが鳴る。新しいお客さんが来たのかと思って振り返ってみればそこには見知った顔。

 

「フブキ! こんなところに居たんですね!」

 

「キリノ!? なんでここが……あー……とりあえず、コーヒー飲む?」

 

「そろそろD.U.中央へ戻る時間なのにフブキが見当たらないので聞いて回っていたら、この路地に入っていったという情報を得たんです。そんなことより早くパトロールに戻りますよ!」

 

 そうキリノに言われて壁に掛けられた古ぼけた時計に目を移す。確かにいつの間にかかなりの時間が経っていたようで、もう移動の時間になっていた。あちゃーと小さく口から零すと、目線をキリノに戻して懐柔しようと試みる。

 

「キリノは真面目すぎるんだよ。たまにはこうやって息を抜かなきゃ」

 

「うぐっ、確かに言ってることは正しいのですが……でも今は仕事中ですからパトロールに戻りますよ!」

 

 この後もドーナッツのように甘い言葉をかけ続けたけど、結局懐柔は失敗に終わった。これ以上はもう無理だと諦め、観念して席から立ち上がると一度大きく伸びをしてからキリノのそばに行く。

 

「仕方ない。ドーナッツもなくなったし買いに……いや、パトロールに戻ろうかな。それじゃあマスターちゃんまたねー」

 

 マスターちゃんに別れを告げるとキリノと一緒に店を出る。まさかキリノに見つかるとは……と思いながら、また来れるのはいつになるかなぁと考えを巡らせる。まさかすぐにまた店に訪れることになるとは、路地から出る寸前に後ろから響いた声を聞くまでは思いもしていなかった。

 

 

 

「お客様! お会計!」

*1
ハイロースト、中浅煎り

*2
シティロースト、中煎り

*3
フルシティロースト、中深煎り

*4
フレンチロースト、深煎り

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