喫茶クレイへようこそ   作:あづま

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幕間:十楠ナエのシャーレ当番

「ふぁ……」

 

 眠い目を擦りながらベットから起き上がる。カーテンを開ければ爽やかな朝の陽ざし……は入らない。それもそのはず、時計の針はまだ街も眠っている午前3時を指している。目に入る明かりと言えば、遠くにぼんやりと見えるシャーレの明かりだけ。

 

 軽く伸びをするとペタペタと軽やかな足音を立てながら洗面台へ向かう。世の中には朝風呂界隈なるものがあるらしいが、生憎と自分は夜だけ派閥。洗面台で軽く身嗜みを整えると、制服に身を包み店舗スペースへと足を向ける。

 

 パチリ、とボタンを押す音が響くと揺らめくように淡い照明が店内を照らす。普段なら開店準備を始めるところだが、今日はシャーレの当番の日。朝の営業は行わないので軽い掃除だけ済ませてからミルの前に立つ。

 

 先生からは9時頃に出てきてくれたら良いよ、と連絡を受けているが普段の癖で早起きをしてしまった。このまま待ち続けるのもなんだかなぁ、と思い差し入れにコーヒーと何か軽くつまめるものを持っていくことにした。

 

 きっと休憩もそこそこに仕事をしているだろうから安眠効果のあるカフェラテか、いや香りでリラックスできるグァテマラやブルーマウンテンあたりが良いか……。人を喜ばせるために頭を悩ませる時間は、短くとも幸福に思えた。

 


 

時間の経過を感じなくなってからどれだけの時間が経っただろうか。ある程度書類の山に片が付いてぐっと伸びをした時にふと時計を見るともう午前4時前であった。今日も日が昇ると同時に仮眠コースかな……と半ば諦めながら残りを片付けようとデスクに向かうと同時に部屋に鳴り響くインターホン。こんな時間に誰だろうと思いながら入口のドアを開けるとそこには見知った少女の姿。

 

「おはようございます、先生。十楠ナエ、当番に参りました」

 

「え!? まだ約束の時間の5時間も前だよ!? もっとゆっくりしてて良かったのに……」

 

「いえ、自然と目が覚めただけですので。それよりも先生、お休みになられていないでしょう。コーヒーを持ってきたので一服されてはいかがです?」

 

 いつも店で見せるほんわかとした笑顔を覗かせながら、ドアを押さえる私の隣をするりと通り抜ける彼女。隣を通った時にふわりと漂ってきたコーヒーの香りはどこか花のような上品な香り。ナエは書類の山を見るなり少し困ったような表情を浮かべながら手に持ったコーヒータンブラーを差し出してくる。

 

 ありがとう、と一言お礼を言うとタンブラーを受け取り自分の席に戻る。ナエは私が受け取ったのを確認するとそのまま給湯室へと消えていった。自分用のコーヒーでも淹れるのかな、と思いながら手元のタンブラーに目を落とす。黒い外見に白い猫の柄が入った少し可愛らしいデザイン。ナエの好みなのだろうか、と考えながらコーヒーに口を付ける。

 

 先程も感じた華やかな香りは激務に疲れた身体をリラックスさせてくれる。中身はブラックだが苦味は控えめで、ココアのような甘味さえ感じる。それでいてココアのようにしっかりとしたコクではなく、むしろ滑らかなシルクが舌の上で踊っているかのような心地よいコク。品種こそ分からないが、ナエが吟味に吟味を重ねて選んだ豆であろうことだけはよく分かった。

 

 コク、コク、と。果たしてこの音がコーヒーが喉を通る音からうつらうつらと舟を漕ぐ擬音に変わったのはいつだっただろうか。気が付けば私は微睡みの中に落ちていった。最後に感じたのはふわりと身体を包んだコーヒーの香りと背中に感じる仄かな暖かさだった。

 

 

 

 

 

「今何時!?」

 

「おや、おはようございます。11時過ぎですよ」

 

 ガヤガヤとした外の喧騒に刺激されて目が覚める。意識が覚醒すると同時にかなり長時間眠りこけていたのではないかと思って咄嗟に時計を探す。時計に焦点が合う前に離れた場所から声が掛かった。見ると離れたデスクの書類の山のてっぺんから、ひょこっと顔を覗かせているナエが目に入る。

 

 自分の分の仕事までやってくれているのでは、と慌てて立ち上がるとはらりと肩から何かが落ちる感覚がする。目を落とすと見慣れたミレニアムサイエンススクールの白衣が床に落ちていた。白衣を拾い上げて再度ナエの方を見ると丁度向こうも立ち上がっており、先程は書類に遮られて見えなかったが白衣を脱いでいるのが分かった。

 

「あ、白衣かけてくれてたんだ。ありがとう。それとその仕事、もしかしなくても今日の分だよね。進捗はどう?」

 

「こちらは取り敢えず先生の判や検討が必要な物は除いて進めています。それよりも何名か先生への面会をご希望の生徒の方が来られていますよ。お時間の無い方は要望書という形で相談を承っています。お時間のある方は応接室でお待ち頂いていますので、出来ればそちらから片付けて頂けると」

 

「分かった。本当に助かるよ。ありがとう」

 

 ナエに促されて応接室に入る。何人かの生徒がコーヒーと手作りと思しきお菓子を摘みながら待っていた。恐らくナエが気を利かせて出してくれたのだろう。待たせたにも拘らず、むしろこんな良いお菓子を貰えたから今度来た時も待ち時間を作って欲しいなどと軽口を言われる。本当にナエには頭が上がらないな、と思いながら一人ずつ話を聞いていく。

 

 そんなこんなで対応を終えた頃には12時を回っていた。そう言えば昨日の夜から何も食べてないな、と考えると同時に思い出したかのように強烈な空腹感が襲ってきた。取り敢えずエンジェル24で買ったカップ麺でも食べようと執務室へ戻ると、漂ってくるのは和風出汁の匂い。

 

「面談お疲れ様でした。お腹も空いている頃だろうと思いましたので、僭越ながら軽食をご用意致しました」

 

 見ればデスクの上には小さな茶碗。空腹を刺激する出汁の香りに逆らえず、逸る気持ちを抑えて座席に着く。茶碗の中身を覗き込むと、淡い色合いの玉子の黄身の漂う海に溺れる少し蕩けた白米。アクセントとしてネギの緑と海苔の黒が彩りを添えるたまご粥だった。

 

 喫茶店をやっているナエが作る料理と聞くとどうしても洋風なものを存在してしまうため、意外な料理に面食らってしまう。茶碗を覗き込んだまま固まってしまった私を見たナエは、少し慌てながらお嫌いでしたか?と尋ねてくる。あまり見せないその慌てた表情を微笑ましく思いつつ、大丈夫、いただきます、と返してスプーンを取る。

 

 スプーンを入れると、なんとなくじんわりと身体が暖かくなった。実際は因果関係など無いのだろうが、本当にそう感じられるのだから不思議だ。一口分掬い取ると少し冷ましてから口に含む。和風出汁の優しい味わいと少し薄いがはっきりと感じられる塩味が口の中に広がり、飲み込むと喉に、胸に、お腹に、ほんのりとした暖かさが伝わっていく。

 

 そこからは無我夢中だった。気が付けば茶碗は空になっていて、少しお腹を落ち着ける。おかわりもありますし、何かお腹に溜まる別のものを作りましょうか?とナエが茶碗を片付けながら尋ねてくる。言葉に甘えて別の料理も作って貰いたくなったが、我慢しておかわりに留める。それでも三杯は流石に食べ過ぎたかな、と思いながら一息つくと、疑問に思ったことをナエに問い掛ける。

 

「ところでどうしてたまご粥を?」

 

「恐らく半日近く何も食べてないだろうから胃に優しいものを、と思いまして」

 

「なるほどね。確かにその通り、ほとんど何も食べてなかったよ。それからおかわりで貰った粥は少し食べ応えがあるように感じたんだけど気のせいかな」

 

「おや、よくお気付きになられましたね。最初にお出ししたのは七分粥、おかわりは全粥にして少し食べ応えを出しました。塩加減も後の方が濃くなるように少し調整していますよ」

 

 これだ。この気遣い。伊達に喫茶店のマスターをやってない。それにおかわりはすぐに出てきた。つまりそれは予め二つの粥を作っていたということに他ならない。激務に疲れ果てた身体に休息と、暖かい食事と、そして優しさが染み渡り、少し涙が出そうになったのを必死に堪えた。

 

 

 

 その後はしっかりと休息が取れた(当社比)からか、かなり早いペースで仕事を片付けることができた。書類を所定の位置へ片付けると椅子に深く腰掛けて伸びをする。窓の外を見るとまだ宵の口と言ったところで、街は多くの人出で賑わっている。ナエは手際良く帰宅の用意を終え、忘れ物が無いかのチェックを済ませると扉の前でこちらへ向き直った。

 

「お疲れ様でした。本日はこれで失礼致します」

 

「お疲れ様。今日は本当に助かったよ。毎日でも手伝って欲しいくらいだね」

 

「おや、毎日自分の元に通わせようとは中々大胆な告白ですね。生憎とお受けは出来ませんが、足繁く店に通って頂ければ揺らぐ、かも知れませんよ?」

 

 ナエは悪戯っぽく笑うと、今後とも御贔屓に、と言いながら執務室を出ていく。先程の自分の発言の危うさに気付くまで、さほど時間は掛からなかった。




シャーレの間取りについては深く考えないものとする。



多忙にて一度筆を折りましたが、何とか落ち着いてきたので筆を取りました。
ブルアカからも「Code: BOX ミレニアムに迫る影」以降離れていたので、キャラの造詣を再度深めつつボチボチ更新できたらなぁと思います。

というわけで復帰作はキャラ大崩壊の恐れのない先生とナエ以外出ない幕間と相成りました。
幕間が連続しているのはご愛嬌ということで一つ。
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