喫茶クレイへようこそ   作:あづま

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本日のお客様:銀行の営業さん

「あの       お上品なキヴォトスジョーク上司、こんなノルマ達成できるわけないことぐらい分かっている上で押しつけてきやがって。私はこれでも天下のカイザーPMCの理事だった男だぞ」

 

 ある日の朝方、小声で悪態をつきながら銀行の通用口を出て営業回りに出る。一昔前は一大企業の理事として大立ち回りを演じていたにも拘らず、今やちんけな金融商品を売り込む営業職として細々とした仕事が続いている。それもこれも計画を無茶苦茶にしたアビドスの連中と先生のせいだ、と内心敵愾心を燃やしながら、端からノルマ達成は諦めつつアポを取った先へと向かう。

 

 まず向かう先はD.U.の中心にあるビル街。数々の企業が軒を連ねているがお目当ての場所はビルとビルに挟まれた路地裏にある。何度見てもこの一等地には相応しくない程にこじんまりとした喫茶店の前に立つと、"CLOSE"の看板の掛かったドアを気にせずに開ける。本来なら非難される行為だろうが店主に話を通していれば別だ。中に入ると店内を一瞥しながら声を掛ける。

 

「失礼する」

 

「おや、いらっしゃいませ。そちらのソファ席でお待ちください」

 

 カウンターの中から応対する店主。ミレニアムサイエンススクールの制服に身を包み、どこかのんびりとした雰囲気を纏っているが、その実何度もこちらの融資提案を袖にしてきた中々の堅物である。当然こちらとしても営業としてのプライドがあるからして、何度も提案内容を変えながら相手が有利なように錯覚させるような説明を繰り返すが、決まって店主は首を横に振るばかり。

 

 強引な営業を行っても良いのだが、以前私のアビドスやリゾート地での事業を悉く吹き飛ばしやがった先生も来店していると知り、下手に介入されると困るのである程度弁えた営業をしている。無論、アビドスの頃のように一応は法に則った営業なだけで、カイザーローン傘下のダミー会社であるオクトパスバンクが提案する商品がまともなわけはないが。

 

 前回までは店の規模を一人でも回せる限界まで大きくする提案や従業員を雇い更に大規模化する提案、全てをすっとばしてチェーン店化する提案などを行ったが、いずれの場合も最終的にただの道楽だから、と断られている。それならば、と今回はそこを突いた提案を纏めてきた。席に着くと鞄から書類を出して商談の用意をする。書類の再確認を行いつつしばらく待っていると、店主がコーヒーと小さなクッキーが数個乗った皿を持ってやってくる。

 

「お待たせ致しました。まずはいつも通りブルーマウンテンとクッキーです。商談に入る前によろしければどうぞ」

 

「あぁ、ありがとう。では熱いうちに」

 

 本当なら商談に来ている私の側が何か手土産に持ってくるのが礼儀だろう。実際初日は私が菓子を持ってきた。しかし、その日の帰りに商談を断った詫びとして持たせてもらった手作りのクッキーが存外美味しかったため下手な手土産は選べないことに気が付き、悩みに悩んだ末に手土産を持っていくことを諦めることと相成った。よってこうして商談を受ける側が菓子を出す、傍から見れば何とも滑稽な光景が時々繰り広げられることになったわけである。

 

 店主に断りを入れるとコーヒーカップに手を伸ばす。漂ってくるのは華麗で気品のある香り。口に含めばまず甘味が口に広がり、僅かに感じる控えめな苦味とフルーティな酸味がややもするとくどくなりがちな強い甘味を抑えてうまく調和している。俗に薄いと言われがちなブルーマウンテンだが、この透明感すら感じる味わいは無二のものだ。

 

 一度カップを置くと今度はクッキーに手を伸ばす。流石に商談中にコーヒーはともかくクッキーを貪り食うわけにもいかないので、話し合いに移る前にこの皿は空にする必要がある。一つ手に取ると一口で口に放り込む。サックリとした口当たりでありながら粉っぽさは感じられず、バターの香ばしい香りが活きている。ブルーマウンテンと合わせれば果実のような香ばしさとバターの香りが混じり合い、それでいて喧嘩をせずに双方の味わいを高める。

 

 飲食店を経営する人間は、得てして料理を褒めると話に食いついてきやすい。特に個人経営である場合は金融面に疎く、事業の拡大話には実によく乗ってくるからして売り込みの容易さは群を抜いている。このため提供されたものが全く旨くなかろうが、如何に旨そうに食えるかが営業マンに試される技量である。しかし、この店で提供されるものは本心から旨いと言える。それでいて褒めても中々食いついてこないのだから一筋縄ではいかない。

 

 しばらく無言でクッキーを味わい、気が付けばカップも皿も空になっていた。コーヒーのおかわりを貰うと、商談に入るために店主へ書類を差し出す。落丁が無いかの相互確認を行うと早速本題に入った。

 

「さて、今回は雑居ビルへの建て替えとそれに付帯する融資を提案させてもらう。まずは具体的な内容だが──」

 

 

 

 

 

「──さて、このような内容なのだがどうだろうか。そちらにとって悪い条件ではないと思うが」

 

「うーん、何度も申し上げた通りやはり道楽ですから。あまり大きくするつもりもないので」

 

「道楽なのは承知している。しかし、道楽だけでは成り立たんのも事実だろう。仮に雑居ビルに建て替えて物件全体の権利を持てば、余った部屋を貸し出して安定した賃貸収入を得ることができるぞ。喫茶店は一階に今と同じこじんまりとしたものを入居させれば良い」

 

「ふむ、確かにそれは一理ありますね。しかし──」

 

 互いにコーヒーを飲んでは書類を散らかしここはどうだのそっちの条件はどうなっているだのと重箱の隅をつつくようなやりとりが続く。どうもあまり受ける気がないのを煙に巻かれているような気がしないでもない。質問攻めも終わり一通り説明を終えると一息つく。店主の方を見ると向こうも一息ついてからこちらを見据える。

 

「やはり融資の提案は受けないことにします。申し訳ありません」

 

 暖簾に腕押しであった前回までと違って少々手応えはあったので今回こそは、と期待していたが返ってきた返事は否であった。やはり今回も駄目だったか、と天井を仰ぐ。そうこうしているうちに散らかった書類は店主が綺麗に纏めていた。

 

 しかし、毎回毎回提案を拒否する割にはアポを取り付けるまでは行けているのは不思議である。元々あまり乗り気でないのであれば、アポの時点で拒否するのがごく一般的な対応だ。こちらとしては営業ノルマもさることながらアポのノルマもあるわけだから非常に助かっているので文句は言えないのだが。訊いて良いやら悪いやら。まぁ悪いことにはならないだろう。

 

「ところで何故毎回アポを受けるのだ? 毎度律義にアポを取るこっちもこっちだが別に提案を受けないなら断っても良いだろうに」

 

「そうですね……別に貴方のことを嫌ってはいないからでしょうか。なんのかんの言っても受ける提案の内容自体は法に準拠した真っ当なものですし、強引に押し切るわけでもないのに断られても毎度アポを入れるということは恐らくアポのノルマもあるのでしょう。そこまで悪い人でもなさそうですからその手助けをと思いまして」

 

「ほー、なかなかの洞察力だな。ノルマがあるのは正解だ。確かに助かっているが……いやちょっと待て。さっき『内容"自体"は法に則っている』と言ったな。お前もしかしてこの融資の本当のスキームに気付いているのか?」

 

「おっとこれはとんだ失言を……まぁ、流石に全容は分かりませんがある程度なら。しかし、それを上手くひた隠しにして、それでいて何一つ違法な手順を踏まずに後々のリスクを低減するその手腕。何故一介の営業マンなのか不思議なくらいえらく頭の切れる人だなと思いますね」

 

「……何故そこまで分かった上で先生へ垂れ込まない? 生徒であるお前が言えば恐らく二つ返事で動くだろう」

 

「先ほども言いましたが別に嫌っているわけではありませんので。スキームに気付けたのも貴方が強引に提案を呑ませずに時間をくれたからですし、あくまでもこうではないかと言う仮定の話ですから一応遵法行為である以上は確たる証拠もない現状非難はできませんので。貴方が少し追い詰めれば重大な証拠をポロっと出すような脇の甘いお人だと言うのならば話は別ですが」

 

 参った。降参だ。無欲で飄々としているから取り付く島もない状態だと思っていたが、まさか見抜かれた上で断られていたとは。悪戯っぽい笑みを浮かべながら重そうに見えて饒舌な口を開いて目の前の大人を翻弄するその姿はもはや学生のそれとは思えない。降参の意を示すように両の手を顔の横へ上げると、店主はクスリと笑ってコーヒーのおかわりを淹れましょうかと言いながら席を立つ。

 

「いや、そろそろ良い時間だから遠慮しておこう。それより今日も土産用の菓子を頼む」

 

「分かりました。それで、今日はどちらへ商談に?」

 

「今日はだな、まず────」

 

 カウンターの中へ向かう店主の背を目で追いながら、今日も恐らくノルマ未達で不機嫌になるであろう上司の機嫌取り用と、これから商談に行く先で出す手土産用の菓子を注文する。一度行ったことのある商談先の社名を言えば、以前伝えた商談担当者の好きな菓子を見繕って詰めてくれる。その際にメモを取ったり確認するような素振りは見せていないので全て記憶しているのだろう。

 

 なんだかんだで上司の怒りも和らぐし、商談先もここの菓子を持っていくとすんなり話を聞いてくれるのでこの店は重宝している。怒りが完全に静まるわけでは無いし、アポが取りやすいだけで商品を必ず売り込めるわけでは無いのだが。それでも助かることには違いが無い。あまり強引なことをして先生に目を付けられ、出禁になるようなことにはなりたくない理由がここにもある。

 

 作り置きの菓子もあるが、いくつかの商談先へ送る分はその場で作るためしばらく待つよう言われる。無論承知の上だが、手持ち無沙汰となるのでやはりおかわりを頼んでおけばよかったか、と少し後悔する。少し表情に出ていたのかその様子をチラリと見た店主は、こういう時におかわりを出しに行けるようにもう一人店員を雇って店を拡大しても良いかもしれませんね、と少し笑いながら言う。

 

 ならば早速この契約書にサインを、と冗談めかして言えば今は手が塞がっていますので、とつれない返答が返ってくる。いつかはこの堅物に首を縦に振らせてみせると思いながら次の商談先の書類を確認していると、菓子が出来上がったようで確認するように声を掛けられる。

 

「お待たせ致しました。このくらいでよろしいでしょうか」

 

「あぁ、十分だ。融資の件はともかくまた頼む」

 

「はい、ありがとうございました。いつかお世話になれる日が来ることを祈っていますよ。今後とも御贔屓に」

 

 店を出ると、この後の商談のことを考えて少し気が滅入る。商談相手がこちらの提案を必ず呑むようになる菓子でも開発してくれないものか、開発してくれたら裏のない普通の融資をしてやるのに、とありもしないことを思いながら、いつものように融資提案拒否の詫びと言う体で持たせてくれた小袋に入ったクッキーを一つ齧りつつ表通りへと出ていった。




一応作中でロボ系のキャラが飲食している描写があるのでここの営業も飲食してます。

カイザーPMC理事カイザー営業職員は、雷ちゃん&アテナ3号推しの機械狂いな筆者としてはビジュも内面もだいぶ刺さったキャラなので、また登場してくれないかなと密かに期待しています。
アバンギャルド君は……まぁ……うん……。

リハビリで前回に引き続き生徒以外との絡みになりました。次回からはまた生徒との交流に戻る予定です。
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