喫茶クレイへようこそ   作:あづま

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本日のお客様:セイアさん

「お疲れ様、先生」

 

「うん、お疲れ様。まさか15時過ぎに仕事が一通り終えられるとは思わなかったよ。ありがとう」

 

 シャーレでの当番を終えて帰路に就く。まだまだ日も高い昼下がり。真っ直ぐ帰るのもつまらないな、と思っているといつも連れているシマエナガの姿が見えないことに気付いた。そういえば今日は当番の仕事中にもあまりシマエナガを見かけた記憶が無い。

 

 少し前までの私なら迷子──いや迷鳥だろうか?──、と思ってあちらこちらを探していたが、今の私には居場所の心当たりがある。ちょうどいい時間潰しができそうだ、と思いながら落ち着いた足取りで目的地へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

「やはりここだったか」

 

 しばらく歩いて足を運んだ先はD.U.郊外のとある路地裏。近頃シマエナガが居なくなった時は、この路地裏で白衣を纏った少女と戯れているのがお決まりである。

 

 シマエナガは雪の妖精と呼ばれることもあるが、積もる雪のように純白の白衣と降る雪に霞む空のような銀髪を背に自由気ままに飛び回るその様は、まさに季節外れの雪の妖精と言えるだろう。こちらに背を向けて幻の雪景色を作り出している少女に声を掛けると、少女は振り返り軽く笑みを浮かべて会釈をする。ふわりとしたその笑顔は、あたかもそこにあるかに見えた冬の景色と違い、柔らかな春の暖かさを感じさせた。

 

「いらっしゃいませ、と店の外で言うのも変な感じですね。本日も失礼ながらお相手をさせて頂いております」

 

「あぁ、いや構わないよ。ナエによく懐いているようだからね。私としては少し複雑な気持ちだというのが正直なところだが」

 

「いえいえ、私はただ遊び相手をしているだけですので。さて、立ち話もなんですから店内へどうぞ。シマエナガさんも一緒に」

 

 シマエナガを手元に寄せると、ナエに促されながら店内へ入る。お好きな席へどうぞ、と一言残して裏へ消えたナエは、しばらくすると白衣の代わりに緑のエプロンを掛けて戻ってきた。先程までの光景を思い出しまるで雪が溶けて緑が芽吹いてきたようだな、と考えながら彼女の正面になるカウンター席に腰掛ける。

 

 席について一息ついていると、シマエナガは手元を離れナエのエプロンの胸元についたポケットに納まり、もぞもぞと動いたかと思うとひょこっと頭を出した。今更驚くこともないいつもの光景を眺めつつ口を開く。

 

「しかしどうしてこんなに君に懐いているのかね」

 

「うーん、何故でしょう。初めて会った時からこんな感じですしねぇ」

 

「本当に動物の気持ちというのは分からないものだな。さて、取り敢えずいい時間だからおまかせで何か摘みたいのだが良いだろうか」

 

「はい。それではご用意させて頂きますね」

 

 注文を行うと目を閉じてナエと初めて会った時のことを思い浮かべる。それはシャーレの当番の日のことだった。休憩をしようと執務室を出ようとした時に、シャーレに差し入れを持ってきた彼女と鉢合わせたのがファーストコンタクトである。

 

 私より一足先に扉を出ようとしたシマエナガは止まり切れずに彼女の胸へ飛び込んだ。そのあと驚いたように反射的に私の方に戻ってきては落ち着きなく飛び回っていたが、なんとか落ち着かせて手の上で休ませることにした。

 

 シマエナガが落ち着いたのを確認したナエはおずおずといったようにそっと扉を開けて執務室へ入ってきた。その後、私より先に手の上のシマエナガへ自己紹介して先ほどのことを謝りながら頭を撫で始めたのには驚いたが。シマエナガも最初は恐る恐るといった感じだったが、彼女の優しさが伝わったのかいつの間にかされるがままになっていた。

 

 優しい顔をして手の上のシマエナガを撫で続ける見知らぬ少女の前で直立不動という状況の居心地の悪さに一つわざとらしく咳払いすると、ナエは我に返ったかのようにハッとして私に対しても自己紹介をしてきた。わたわたと慌てながら先ほど聞いたのと同じ自己紹介を繰り返す彼女の姿はどこかおかしく、口元を長い袖の下に隠しながら少し笑ってしまったのはここだけの秘密だ。

 

 その後、ナエの持ってきた差し入れを食べながらお互いのことを話し合った。彼女が喫茶店を営んでいることもその時に知った。その時淹れてもらったコーヒーの味は、なるほど店を出しているというだけはあると思わせる確かなものであった。菓子も美味しかったため、紅茶が淹れられるならトリニティで店を出さないか、と冗談で言ったところ、コーヒー一本で紅茶は門外漢なので、と言われ断られてしまった。

 

 そうこう話しているうちに、ふと気が付くとシマエナガがナエの肩に乗っていた。落ち着いたように寛ぎ始めたシマエナガを見て、あたふたと、しかしシマエナガを刺激しないように肩だけ動かさないように慌てる彼女の姿を見て、今度こそ隠せずに笑ってしまった。

 

 それからというもの、何度かナエと会う機会があったがその度にシマエナガは彼女と触れ合うようになった。飼い主である私としては何とも複雑な気分だが、まぁ悪いことではないからもう気にしないようにしている。

 

 

 思い出に浸っていると、カチャカチャという食器の音に現実へ引き戻される。目を開けて見れば、彼女が用意しているのはコーヒーカップではなくティーカップであった。しかもカップの傍らには3段のケーキスタンドも置かれている。それはまさにアフタヌーンティーの用意をしている最中そのものであった。

 

「おや、コーヒーではなく紅茶かい? それにカトラリーまでしっかりと揃えられているようだが」

 

「えぇ。これまでコーヒー専門でしたが、貴女と話してから紅茶もいずれ出せるようにと思い必要なものは一通り揃えまして。とはいえまだまだ勉強中、しかも独学ですから味の保証は致しかねますが……」

 

 慣れない手つきでお見苦しいかも知れませんが御目溢し下さい、と苦笑しながらナエは早速熱湯を沸かし始める。湯が沸くのを待つ間、ポットにそれなりの温度のお湯を注いではくるくると回してポットを温める。コーヒーを淹れる時よりはどこか緊張した様子を見せるその所作をほぅ、と感心しながら鑑賞する。どうやらしっかりと基本は押さえているようだ。

 

 ポットが温まると湯を捨て茶葉を入れる。ナエが取り出したのは茶褐色でコロコロと丸まったCTC製法の茶葉。多少大雑把でも構わないのだが、しっかりと入れる量を0.1g単位で細かく量っている。初めのうちは細かくなるものだな、と思いながら微笑ましく眺める。適量になったのか小さな声でよし、と溢した彼女は茶葉をポットに入れる。

 

 それに前後して沸かしていた湯が沸騰を始めようとしていた。茶葉の計量に夢中になっていたナエは慌てて火を止めると、その勢いのままやかんを取ろうと手を伸ばしたが一旦手を引っ込め、ポットをやかんの元へ持っていってから改めてその場で沸騰しかけの湯をポットへ注いで蓋をした。蒸らす時間もきっちりとタイマーで計りながら、空いた時間でケーキスタンドに予め用意していたのであろうサンドイッチやスコーン、タルトを盛り付けていく。

 

 そうこうしているうちにタイマーが時間を告げる。ポットの蓋を取り二三度スプーンでかき混ぜると、再度蓋をしてカップに静かに注ぎ始める。傍から見てもゆっくりと慎重に注いでいるのが分かる。そしてどうやらナギサとは違いミルクは後入れのようだ。

 

「お待たせいたしました。本日限りのアフタヌーンティーセットです。紅茶はアッサムになります。ミルクと砂糖はお好みでどうぞ」

 

 差し出されたカップを覗き見る。水色は赤褐色でしっかりと抽出できているのが分かる。見た目には一先ず合格といったところだろう。ミルクの入ったカップを手に取るとほんのりと温かい。どうやらミルクも少し温めてあるようだ。静かに紅茶にミルクを注ぐと、赤褐色の水面にマーブル状の白い靄がかかる。適量を注ぎ終えるとスプーンで軽くかき混ぜ、ソーサーを手に取りナエにいただくよ、と一言かけてからカップに口を付ける。

 

 ふわりと香る甘く柔らかい特徴的な香りを感じながら紅茶を味わう。しっかりとしたコクがありながら渋みが少ないのがアッサムの特徴で、舌の上を転がるこの紅茶の味はまさにお手本通りのようにも感じる。が、しかしよく味わってみるとどうも渋みが少しながら強い気がする。恐らく蒸らす時間が適正より少々長かったのだろう。じっくりと味覚に集中してようやく感じる程度の微細な感覚なので気になるというほどではないが、それでも気付いた以上は正直に伝えるべきだろう。

 

 それはさておきケーキスタンドにも目を向ける。下段には小さなサンドイッチ、中段にはスコーン、上段には一口サイズのタルトが乗っている。まずは下段のサンドイッチに手を伸ばす。ごく軽く指で摘まんだが、それでも潰れそうになるほどに柔らかい触感のパン。断面から覗くのは鮮やかな緑とピンク色。どうやら中身はキュウリとハムのようだ。

 

 口に入れるとパンが柔らかく歯を押し返してくる。グッと力を入れて噛むと少し抵抗を受けた後に歯が入り、柔らかなパンの中から出てきたキュウリのしゃっきりとした触感が歯を刺激する。キュウリを噛み切ると瑞々しいエキスが口に広がり、パンに塗られたマヨネーズやハムに負けない爽やかな味わいが感じられる。キュウリとハムだけのシンプルなサンドイッチだがその味わいは極上。一口で食べられる大きさなこともあり次から次へと手が出て止まらない。気が付けば下段は空になっていた。

 

 紅茶を飲んで一息つくと、次はプレーンのスコーンが二つとジャムとクロテッドクリームが並んでいる中段へと飛び込む。スコーンを手に取り半分に割ろうとすると、ホロっとした感触を感じさせながら簡単に半分に割れたが、それでいて表面が崩れることはなく綺麗な状態を保っている。

 

 最初の一口は何も付けずに食べる。口に入れて歯を立てるとサクリと小気味良い音を立てながら表面はあっさりと崩れ、中身のしっとりとした触感との対比で口内を楽しませてくれる。続けて今度はジャムとクロテッドクリームを付けて食べる。バターの香ばしさに甘酸っぱいイチゴのジャム、クリーミーなミルクの味わいが加わって、まるで口内がパーティーのような華やかさに包まれる。

 

 もう一つのスコーンも食べ終えるといよいよ上段へと向かう。一口サイズのタルト生地の上には色とりどりのフルーツがちりばめられ、その周囲を囲むように生クリームの装飾が付いている。見た目にも楽しく、近頃生徒たちがカフェなどで口々に言う"映え"というのはこういうものなのだろうか、と考える。

 

 そんなことを考えながら一つ手に取ると、そのままの勢いで口に放り込む。サクサクとしたタルト生地が少し口内をパサつかせ、生地の中に納まっているカスタードクリームの濃い味わいと、上飾りの生クリームのクリーミーなコクによりべったりとした甘さに支配される。しかし、フルーツの瑞々しい味わいが口内に潤いを取り戻させ、パインの酸味、イチゴやミカンの甘酸っぱさ、キウイやブドウの爽やかな甘味といった様々な味わいが重い甘味一辺倒の口内を塗り替えていく。

 

 美味しいものを食べる時間というのは、時が過ぎるのも忘れて気が付けば終わっているもの。軽食を全て食べ終えると、紅茶を飲み干して一息つく。落ち着いた頃合いを見計らって、おずおずといった様子でナエが声を掛けてきた。

 

「それで……いかがでしたでしょうか」

 

「そうだな、紅茶は少し渋みが出ていたが及第点と言ったところだろうか。軽食に関しては相変わらずの腕前だから言うことはないがね」

 

「そうですか……。褒めて頂ける出来でないのは承知の上でしたが、やはり慣れないことはしないものですねぇ」

 

「いや、専門外なのだから仕方ないだろう。それに独学でここまでの出来に仕上げられるのは中々筋が良い証拠だよ」

 

 本来なら気にすることもない渋みだが、ナエには下手に褒めるのではなく忌憚のない意見を伝える。正直なところ独学でここまで出来るなら、突き詰めればもっと完璧に紅茶を淹れることができるようになるだろう。その向上心を潰したくなくて敢えて厳しく言ってみたが、彼女なら仮に褒めてももっと上を目指しただろうな、と今になって思う。

 

 しかし、独学でやるにも限界はある。腕は良いのだから誰かに教えてもらえば短期間でかなりの上達が見込めるだろう。誰か紹介出来れば良いのだが……と考えたところでちょうど適任な人物の顔が頭に浮かんだ。

 

「あぁ、そうだ。機会があればトリニティに来ると良い。うちのナギサが紅茶にこだわっているから教えてもらえるよう取り計らっておこう」

 

「よろしいのですか? それではお言葉に甘えてまたいずれお伺いさせて頂きますね。ナギサさん……でしたか、その方にもよろしくお伝えください」

 

 その後も軽く世間話をしてから支払いを済ませ、店を出ると表通りへと歩き始める。シマエナガを置いたまま出てきたことに気付いたのは、店を出てから5分程経ってからだった。

 


 

「砲手、支援を!」

 

「な、それは汚いですよ!」

 

「何をやっても許されるのが特権階級ですので!」

 

 

「学園のトップの立場でありながら、些細なことで他校の一般生徒と銃撃戦を繰り広げないで欲しいんだがね……」

 

 後日、ナエが紅茶の淹れ方を学びにトリニティにやって来たが、ミルクインアフター派のナエとミルクインファースト派のナギサが対立して一悶着起きるのはまた別のお話。




シマエナガ、可愛いですよね。

筆者はあまり紅茶を飲まないので描写に多少の誤りがあるかもしれませんがお許しください。
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