ぼっちに七人組はむずかしい! 作:カンサ
なんでこうなったんだろう。
揺れる薄暗くて汚い車の中で思う。手足の腱を切られ、体のあちこちに切りつけた跡や打撲やタバコの跡が残る体。もう動けない体だというのに、ご丁寧に手足をダクトテープまで巻まかれている。
これを行った人は私がこんな状況でも逃げ出そうとするガッツのある人物に見えたのだろうか。
その備えが無駄なことを思うと、少しばかりざまあみろと思えて乾いた笑いが出る。だけれどそれもまた無駄なことだった。
なんでこうなったんだろう。
初めはいつからなんだろう。
どうしようもない現実に、脳は防衛反応のように逃避を始めていた。
中学から上がると知っている人の誰もいない高校へ入学した。特別誰かと一緒に行くこともなく、高校デビューしようとしていたところもある。四月の浮ついた空気に見事にあてられていた。
そして、安直か考えでよくかまってくれた人たちのグループに属した。その人たちはタバコや酒を嗜んで授業とかサボっちゃうような人たちで私は今更離れることもできず、ただ後ろをついて行った。本当にバカなことだけれど、誰かと一緒にいたくて一人でいることをバカにされたくなかった。最近の言葉で表すなら、キョロ充というやつ。
うん。みじめ。
あるとき、お金を貸すように頼まれた。
頼られたっぽくて嬉しくなってかした。ほんとうにバカ。
貸して、返ってこないことすら忘れるくらいには楽しくて、また貸して、貸して、貸して、いつか貸せなくなって、そのことをその子たちに知られたら、良い方法があると言われて、借金をした。
初めはすぐに返せるくらい。
でも貸すために借りてるんだから、どんどん膨れて返せるわけなくて。返せないことを見越していたのか、その人たちにある方法があると唆されて、その頃に私は学校からいなくなった。親の元からもいなくなった。友達だと思ってたその子たちもいなくなった。私は一人になっていた。
そんな虚しい現実に気づきたくなくて、体を売って、返して、売って返して返して売って、打たれて、借りて、売って売って売って貰って、買って飲んで、売って飲んで売って売って返して売って売って借りて借りて買って買って飲んで飲んで売って売って借りて返して借りて飲んで買って借りて借りて借りて借りて借りて
そうして、今。
思い返していると久しく流れなかった涙が流れた。何を今さら。
今、なぜ車に乗せられているのか、他人事のように理解できた。
私は薬に溺れていた。
溺れながらも足掻きながらお金は返し続けていたので、良いカモとして使われていたが、とうとう私が薬を買うためにお金を借り続けるだけの薬物中毒者になったと知るやいなや、家に押しかけ殴り奪い詰り、蹴って犯して遊んで、飽きてからこうして車に詰め込まれた。
薬で頭がパーになっていたはずなのに、今になって奇跡的に意識がしっかりと戻ってきている。いやな奇跡だ。
意識があっても、体は動かないのだからこうしてゆられている。もう随分と見えなくなった目で外を見れば、黒々とした平原のようなものが見えた。耳も随分ときこえないので、このような状況の定番で考えるのなら、海だろうか。朝日は出ていない様子で寒そうだ。
車が止まる。
港のような、寂れた船の停泊場につくと、運転席の男が忙しなく何かの準備をする。ぼやけた視界では何もわからず、ただそれが終わることを待った。
やがて終わったのか、後ろの座席でイモムシになっている私に自慢げに顔を向ける。腹立たしい顔だ。
男はニヤニヤとして何かを説明して、満足したのかゲラゲラと笑った。それをただ見つめている私を見ると、腹立ったのか舌打ち一つ置いて、私の視界がブレた。いたい。
ただ思ったような反応が得られなかったことに腹立ったのだろう。ブレブレの視界から男が消えると同時に、車がひとりでに動き出す。
おそらく、私は車ごと海にダイブ。そのまま海水が流れ込み、この安っぽい軽自動車が私の棺桶になるらしい。ごきげんなことだ。
ゆったりと走り出した車は、前輪が地面から離れた。車内はガコンと一瞬浮かび上がり、動けない私は座席から転げてシートの下に落ちる。車の底面を地面が擦る音がよく聞こえてきた。車外からは何がおかしいのかケラケラと笑う声がよく聞こえた。耳は聞こえづらくなっているはずなのに、嫌なことばかりはよく聞こえてくる。
とうとう車はバランスが耐えきれず、ドボンと前方が海に浸かった。どんどんと沈み、なぜだか張り切り出した耳は海水の入る音をよく拾った。
シートの下に転げた私を、冷たい海水が包むように全身を濡らす。
さむい
全身にある切り傷や打撲や火傷に、冷たい塩水がよく染みる。
いたい。さむい。つめたい。
狂人のような笑い声が聞こえる。
なんで私が。なんでわたしが。なンでワタしが。
口元までみずか水が迫り、口に入り込む。生理的な抵抗で体が跳ねた。水を出そうと咳がよく出る。狭いシートの下ではそれも苦しさを増やすだけだった。
嫌だ。いや。いや いや なんで まだ
とうとう取り返しのつかない程に沈み込み、先ほどからの苦しさで肺の空気が全て抜けて行った。
しにたくない しにたくない
走馬灯のように記憶が流れ出る。未だ閉じることのできない目はチカチカとして痛かった。
まだいきたい いきたい いやだ やだ
流れ出る記憶が、ここに辿り着く原因をいくつも流す。
なんで わたしが あいつら くそ くそ
車の全てが水面から消えたのか、今度は浮遊感が訪れる。このまま水底へ行くのだろう。
あったかい ねむい いきたい
さびしいよ
いつの間にか、日の出の海を眺めていた。
随分と綺麗な景色に、惚けそうになったけれど。
何かが引っ掛かる。
何も思い出せない。
何か、大事なことを忘れててしまったような気がして
何を忘れてしまったんだっけ。
ああ、でも海がすごく綺麗。なんだかすっきりするなぁ。
「おはよう」
「ひゃぁああああ!!!!」
「ごきげんな返事だな」
誰っ!? え誰!?
声のした方に目を向けると、修行僧のような、袈裟って言うんだっけ。そんな黒い格好に、三角錐のようなわらで雑に編まれた帽子を被り、あの地面をつくとシャンシャンと音がしそうな杖を持った男の人らしい陰の人が立っていた。顔が雑な網目から覗かれたけど、黒塗りでのっぺらぼうのようだった。
「新しいミサキを迎えにきたんだぜ? あんた、随分と悲惨な死に方したんだな」
「な、ななななななな」
なにを言ってるんだあなたは!
やばい口が動かない! 人と話すなんて久しぶりすぎるよ!
同じ音を出し続けている私に、頭に手を当ててなんがか痛そうに首を振った。こう、これからが思いやられるぜみたいなジェスチャーだ。失礼じゃない?
「…これからは退屈しなそうだなぁ」
「ななななななな」
いい加減治ってくれ私のお口!!
四苦八苦しながら喋ろうとする私を、その人は胡座をかいて待っていた。あ、もうちょっと待とう。心が準備できてないから。
日の出が沈み出した頃に、声をかける。
「…あ、あのお名前ってなんてつかまつるんですか」
「名前はねぇよ。あるとしちゃ…首に木板が下がってるだろ。俺は一番。お前は七番。適当に番号でよべや。
てか遅えよ! 陽が沈んでるだろうが!」
「すっすいません!」
「すみませんだ!」
言葉狩りやめてっ!
ビクビクして見ていなかったけれど、首から下げた木板には赤黒く漢数字が達筆にかいてある。随分と、古ぼけた板に見えた。
そんなところに、再び別の方向から声がかかる。今度の声は、えらく女性的な声だった。
「新しい子はこの子? こんなに小さいのに死んじゃったの?」
首から下げた木板は三の字が。
ひ、人を増やさないで! 覚えられないから!
心の中で大騒ぎなのをよそに、どんどんと人が集まってくる。
耐えきれずに私は地面に丸まった。
私は何もしませんよの意である。ある意味土下座とも言う。
「退屈しなそうなやつだろ?」
「んあ。苦労しそうの間違い」
「でもいいじゃない〜」
「悲喜交交、歓迎」
「はぁつかれそう」
「え〜、楽しそうな子やん」
あわわわ、私の頭上に六人分の声がする!?
側から見れば土下座している姿の僧を、これまた六人の僧が囲っている変な景色だが、それも一般人には見えないのであまり関係がない。
「説明だけはしてやるよ。」
俺たちは七人ミサキ。
海で悲惨に死んじまった人間の残りカス。成仏すりゃあいいところを、いろんなところを適当に歩き回って僧侶さんの真似事をする、妖怪だ。
「ようこそ。遊び人の肥溜めへ」
別に近々人数減るんで、七人全員覚えなくていいです。