家庭教師先の天才少女は俺にだけ心を開いているらしい   作:古野ジョン

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第12話 教師と友達

「……友達になってください」

 

 振り絞るような声ながら、はっきりと聞こえてきた。友達になる……なんて、世の中的にはありふれた行為だと思う。だが夏凛の場合は違う。恐らく、自分から進んで友人を作るなどそうそうなかったことだろう。もしかすれば一度もなかったかもしれない。だから俺は夏凛の勇気を尊重し、優しい声で返事をするのだ――

 

「んー、嫌だ」

「なんで!?」

 

 未だかつてないくらいに目を見開き、勢いよく椅子から立ち上がる夏凛。どうやらオーケーされるものだと思い込んでいたらしい。悪いが簡単に友人になるわけにはいかない。ぼっちなのにはそれなりの理由があるのだ。

 

「ちょっ、ふゆ先生なんでよ!? 絶対に『いいよ』って言う流れじゃん!」

「嫌なもんは嫌なの! ほら、さっさと座りな」

「待って待って待ってください!」

「待たない、用事は済んだんだろ」

「そうだけどそうじゃない! ちゃんと理由を聞かせてくださいよ!」

「えー……」

 

 友達にならないかと申し込み、それを断られた。というだけでは納得してくれないらしい。もちろん夏凛の気持ちは分かっている。今まで誰とも仲良くなれなかったが、俺とは比較的話が合うということなのだろう。だからただの家庭教師ではなく友達になりたい、と言いたいようだ。しかし、人間関係は双方の都合によって変わるもの。夏凛だけに話を進めてもらっては困るのだ。

 

「前に言わなかったか? 俺が友達を作らない理由」

「ろくな目に遭わない……から?」

「そうだ。それ以外の何物でもない」

「夏凛はそんなことしません!」

「分かってるさ。でもそれはそれだ」

「むー……この分からずやー! 石頭ー! 朴念仁ー! ボルボックスー!」

「おうおう、何とでも言え」

 

 さっさと授業に戻ろうと思い、話を切り上げようと参考書に目を落とした。……だが、横上からの視線がどうにも気にかかる。

 

「ほれ、授業するぞ」

「……なんでですか」

「ん?」

「いいじゃないですか。夏凛と友達になるくらい、いいじゃないですか!」

「しつこい女はモテないんだぞ」

「夏凛がしつこいんじゃなくて先生が強情なんです! せめて国民の理解を得られる理由を説明してくださいってば!」

「新聞記者じゃないんだから」

「とにかく理由だけでも!」

「分かった、分かったよ」

 

 ひとまずお怒りの記者様を宥め、椅子に座らせた。なんだかムッとしてそっぽを向いている夏凛。別にコイツのことが嫌いで友達にならないわけじゃないし、むしろ好感度は高い。だがしかし、過去の記憶が友人を増やすことを拒絶しているのだ。

 

「簡単に説明するよ。昔な、一人の友達がいたんだ」

「昔……っていつですか?」

「高校時代だよ。そいつとは仲が良かったというか、馬が合ったんだ」

「ふゆ先生と仲良くできる人、いたんだ」

「夏凛が言うなよ」

 

 友達になりたいと言ったかと思えば唐突にディスってくるのだから我儘である。

 

「で、そのお友達がどうしたんですか?」

「そいつとは親友だった。それ以上だったかもな」

「良いことじゃないですか」

「けどな、ある人間がそいつに向かって言ったんだ。……高梨冬雪と関わるなってな」

「えっ?」

 

 夏凛は戸惑った声を上げる。俺だってあまり思い出したくはない。だけど今は話すべき場面なんだ。人間関係を広くしていくことは必ずしも良い結果を産まない。それを夏凛には分かってほしいのだ。

 

「そいつは泣いた。俺との関係をどうすればいいのか、途方に暮れたんだ」

「……で、どうなったんですか?」

「それ以上、前に進めなかった。本来ならもっと深い関係になれたかもしれない。だけど、俺たちはそこで止まってしまったんだ」

「だから、友達を作らなくなったんですか……?」

「関係が深まれば深まるほど、破綻したときのダメージってのは大きくなる。もともと他人に興味はなかったが、あれ以来その傾向が強くなった」

「……そうですか」

 

 気まずい沈黙が訪れる。流石に理解してくれたようだ。夏凛が勇気を振り絞ってくれたことは重々承知している。だがこれだけは譲れない一線。家庭教師としてではなく、対等な人間同士としての話ならなおさらそうだ。

 

「ふゆ先生、ひとつ質問していいですか?」

「なんだ?」

 

 夏凛が俯いたまま、こちらに問いかけてきた。顔は下に向けて、こちらは見ていない。いったい何を――

 

「……必ず受かると思って大学受験をする人間はいると思いますか?」

「へっ?」

 

 予想外の質問に、素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「答えてください。いると思いますか?」

「まあ、よっぽどの自信家じゃなきゃそうは思わないだろうな」

「ですよね。……だったら、ふゆ先生はおかしいですよ」

「えっ?」

「必ず仲良しになると思って友達を作る人間なんていないじゃないですかあっ!!」

 

 次の瞬間、部屋中に絶叫が轟いた。夏凛は下を向いたままだが、それでもその声は俺の耳にしっかりと突き刺さっていたのだ。

 

「な、何が言いたいんだ?」

「ふゆ先生はチキンです!」

「チキン!?」

「一回失敗したからって! 次も失敗するなんて分かんないじゃん!」

「夏凛……」

「その人はその人! 夏凛は夏凛で友達になればいいじゃないですか!」

「……!」

 

 一気呵成に言ってのけた夏凛はぜいぜいと息を切らしていた。運動が苦手というだけあって、肺活量もそこまで大きくないようだ。……ということはどうでもいい。俺は夏凛の言葉によって、布団に引きこもっていた体を無理やり引き起こされたような気分だった。

 

「だ、だめですか……?」

 

 不安そうに首をかしげ、こちらを見る夏凛。ポニーテールがかすかに揺れ、椅子がきしんで不協和音を奏でた。それはまるで、夏凛の心情を映し出すかのようで――思わず耳を塞ぎたくなる。……だけど。

 

「ありがとな」

「え?」

「夏凛の言う通りだよ。互いに傷つくんじゃないかって思って、ずっと友人関係から逃げてたんだ。でもさ、よく考えれば毎回そうなるわけじゃないよな」

「じゃ、じゃあ……?」

 

 期待感で明るい表情を見せる夏凛。俺と夏凛、両方にとって友達という言葉の持つ意味は重い。だけど夏凛に言われた言葉が、自分の中で何かを変えたような気がした。友人というものが怖かったわけじゃない。単に――失敗が怖かったんだ。俺は夏凛の両肩を引っ掴み、顔をこちらに向かせた。

 

「ひゃあっ!?」

「夏凛、今日から俺たちは友達だ! よろしく頼むな!」

 

 夏凛は驚いて目を見開いたあと、照れたように頬を赤く染めた。普段、コイツがひょうきんな人格で覆い隠している素の性格。それが体内を巡る血流となって、少しだけ頬っぺたに現れているような気がした。

 

「……本当に、友達になってくれるんですか?」

「そうだぞ! お前がそう言ったんじゃないか!」

「あっ! またまた『お前』って言ったー!」

「悪い、つい癖で」

「あはは! もー、友達ならちゃんと夏凛って呼んでくださいよー!」

 

 けらけらと笑う夏凛を見て、ほっと安心する自分がいた。友達を作りたくないというポリシーと、夏凛を傷つけたくないという心配。その二つの葛藤で後者が勝ったわけだが、直感的にこちらの方が良かったという気がしたのだ。……それより、友達になったのならするべきことがあるな。俺は肩を掴んでいた両腕に力をこめる。

 

「ん? 先生、どうしたんですか?」

「なあ夏凛、友達の忠告は聞くもんだよな?」

「えっ? もちろんそうですけど」

「せーのっ」

「ちょっ、何するんですかああ!!?」

 

 次の瞬間、俺は両肩を持ってゆさゆさと大きく揺さぶった。夏凛のポケットというポケットから落ちてくるのは、いかにも甘そうなキャンディーの数々。……チョコの次はこれかよ!

 

「夏凛! 甘いもんは控えろって言っただろ!」

「だってえ! チョコはやめろって先生が言うからあ!」

「うっせえ! 俺の言うことが聞けないなら絶交だぞ!」

「ぐっ……ズルい! それはズルいよふゆ先生!」

「これは没収だ! お母さんに返しておく!」

「やだやだ!」

「やだじゃない!」

「先生のバカ! 鬼畜! 魔神! ぼっち!!」

「だからぼっちはお前もだろ!?」

「もうふゆ先生がいるからぼっちじゃありませーん!」

「屁理屈ばっか言うんじゃねええええ!!」

 

 やかましく騒ぐ夏凛の身体を抑えながら、床に落ちたキャンディーを拾い集める。ああ、友達ってのは大変だな。だけど不思議と嫌な気持ちはしない。やっぱり、失敗を恐れていたら何も始まらないんだな――

 

「キャンディーお化けー!!」

「少しは大人しくしろ!」

 

 キャンディーお化けはお前だろ、と言いたい気持ちを抑えた俺であった。

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