家庭教師先の天才少女は俺にだけ心を開いているらしい   作:古野ジョン

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第9話 メイさんからの電話

 チョコとはとても言い難い塊を分け合って食べた後、私はふゆ先生を見送り、例の鍋をこっそり始末した。そして逃げ帰るように自室へと向かい、ベッドに横たわって天井を眺めている。さっき先生に言われたことを反芻して、なんだかこそばゆい気持ちになっていた。

 

「はあ……」

 

 夏凛にあんなことを言ってくる人、初めてだ。「勉強しか取り柄がない」なんて悩み、他人に打ち明けたところで嫌味にしかならない。でも先生は、不快になるどころか「強みを磨くことだけに集中すればいい」とまで言ってくれた。本当に私のことをよく理解している。……怖いくらいに。

 

 まだ会ったのは二回目。それなのに、ふゆ先生の前では素をさらけ出してしまう自分がいる。無理やり心を覗かれている気分はせず、むしろ優しく受け止めてくれる感じだ。あの人に友人がいないなんて、とても信じられない。

 

 私の悩みを聞いてくれた人がいなかったわけではない。けど大抵は「あなたには勉強以外にも強みがあるわ」とか「そんなこと言わないで」とか、毒にも薬にもならないようなフレーズばかり。相談した立場で言うのは変だけど、正直役に立たなかった。

 

「~♪」

 

 枕元に置いてあったスマホが鳴りだした。慌てて画面を見ると、そこに表示されていたのは「及川メイ」の文字。メイさんが電話をかけてきたことなんてほとんどない。何の用事があるのだろう。私は通話ボタンを押し、スマホを耳に押し当てる。

 

『やあやあ、ボクだよ。夏凛ちゃん、夏休みだからって寝てばっかりじゃないかい?』

「メイさん……」

 

 メイさんは三つ年上で、親同士が知り合いという関係だ。小さいころから会っていたから、親戚のお姉さんという感覚に近い。でも特別仲が良いわけでもないから、電話が来たことはちょっと意外だった。

 

「あの、何の用ですか?」

『用がないと電話しちゃいけないのかい?』

「そ、そんなことはないですけど」

『あはは、冗談だよ。用事はちゃんとあるさ』

 

 昔からだけど、なかなか掴みどころのない人だなあ。苦手というわけじゃないけど。

 

「で、用事って?」

『今度の家庭教師はどうだい?』

「え……」

 

 意外にもタイムリーな話題。……そうか、メイさんも青葉大医学部の三年生。もしかしてふゆ先生とは知り合いなのかな?

 

『実は夏凛ちゃんのお母さんから頼まれてね。ボクが冬雪を紹介したんだ』

「ふゆ先生を?」

『ふ、ふゆ先生? あはは! 冬雪もなかなか可愛いあだ名で呼ばれてるんだな』

 

 ちょっと小馬鹿にされたような気がしてムッとする。元々こういう人だと言えばそうだけどさ。というか、メイさんは先生のことを呼び捨てにしているんだ。よく考えれば高校も同じだし、付き合いが長いんだろうな。……ちょっとモヤモヤする。

 

『あれ、聞こえているかい?』

「あ、はい! ちょっと考えていただけです」

『そうかそうか。なに、夏凛ちゃんがいろいろな先生をノックアウトしたと聞いていたものでね』

「そんなことはしてません!」

『おっ、元気が出てきたな。いつも空元気で周囲を振り回しているキミらしくなってきたじゃないか』

「そこまで言わないでください!」

 

 メイさんも私のことはそれなりに分かっているみたいだ。ふゆ先生に理解されるのは嫌な気分じゃないのに、この人だとちょっと複雑だ。……なぜだろう。

 

『それで、冬雪はどうなんだい?』

「あの、ふゆ先生は……」

 

 そこまで伝えたところで、言葉に詰まってしまう。なんて言えばいい。私とふゆ先生の関係をどうやったら言語化出来る? ……会って二日目なのに、もう名状しがたい関係性だなんて。あの先生は本当に末恐ろしい。

 

『おーい、夏凛ちゃん?』

「は、はいっ?」

『冬雪が何だって?』

「えっと、その……」

 

 こうなったら思っていることを素直に言うしかない。ふゆ先生にどんな印象を抱き、どんな気持ちであの人と接しているのか。拙いかもしれないけど、はっきりと伝えたい。

 

「ふゆ先生は……手品を使うんです」

『て、手品?』

 

 電話越しにメイさんの戸惑う声が聞こえてきた。それを意に介さず、私はさらに話を続ける。

 

「本当に手品みたいなんです。ぶっきらぼうですけど、いつの間にか本音を引き出されているというか。不思議な人です」

『ほお……』

 

 メイさんは何か納得したような声色をしていた。手品、とは我ながら言い得て妙だと思う。実際そうだもの。

 

『どうやら冬雪のことを気に入ったようだね。ボクとしても安心したよ』

「は、はあ……」

『これでも夏凛ちゃんのことは心配していたんだ。冬雪の奴、なかなかやるな』

 

 私、そんなに周りに気を遣わせていたのかな。だけどふゆ先生がいればもう大丈夫。……そんな気がする。

 

「あの、そろそろいいですか?」

『えー? せっかくなら冬雪との話を聞かせてくれよ。どんなことを言われたんだい?』

「その……今日言われたことなんですけど」

『おっ、なんだいなんだい!?』

「や、やっぱり恥ずかしくなったので言いません!」

『えーっ、気になるじゃないか!』

 

 言えない! 「惚れ込んだ」なんて言われたなんてとてもじゃないけど無理! 思い出して恥ずかしくなってきたもん!

 

『ほら、言いたまえよ!』

「だから無理ですって!」

『いいから! 冬雪を紹介したボクにも聞く権利はあるはずなのだよ!』

「~~! そのっ! 『惚れ込んだ』って言われました!」

『ええーっ!?』

 

 絶叫のあと、つかの間の沈黙。……あれ? もしかして私、とんでもないこと言った?

 

「ち、違いますっ! 『夏凛の志に惚れ込んだ』って言われたんです!」

『きききキミ、もう呼び捨てにされているのかい!?』

「メイさんに言われたくないです!」

『あっはっは、そうかそうか! 冬雪がそんなことをねえ!』

 

 メイさんはおかしくて仕方ないといった感じだ。ふゆ先生の言葉はこの人にとっても想像以上のものだったらしい。そりゃそうか、女子高生に「惚れ込んだ」なんて誤解しか生まないもんね。

 

「そ、そんなにおかしいですか?」

『夏凛ちゃん、キミにも相当な才能があるみたいだな』

「へっ?」

『あの冬雪がそんなことを言うなんてよっぽどなのだよ。ああ、愉快だ』

「は、はあ……」

 

 どうやらメイさんは満足してくれたらしい。私はただただ恥ずかしい思いをしただけなんだけど!

 

『とにかく、冬雪とはうまくやれそうだな。じゃあ、勉強頑張りたまえよ』

「あ、はい。ありがとうございます」

『……全く、羨ましい。じゃ、失礼する』

 

 そんな言葉を残し、メイさんは電話を切ってしまった。私は携帯を置いて、再び天井を見上げる。

 

「ふゆ先生……」

 

 ぽつりとつぶやく。ああ、不思議な人だなあ。ただの家庭教師のはずなのに、どうしてここまでの気持ちにさせられるんだろう。私はそっと目を閉じ、暗黒の世界に入る。まるで誰も友達のいない自分の心を反映しているかのようだ。もしかして、あの人はこの暗闇を共に歩いてくれるのかもしれない。……なんて、オーバーかな。やたらと詩的な自分を嘲笑しつつ、深い深い眠りへと落ちていった――

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