はじめは小さな村だった。
食べるものに困らない海の近くに人々が集まり、段々とその集団は村と呼称出来るほどの集団となる。そうなれば自然と
村が国になるのはそれほど時間がかからなかった。
人というのは大半が個人で行動するよりも、団体で行動することを選ぶものだ。人が多くなればそれだけ開拓は進む。海から自然の恵みを
そんな、一つの国が出来上がる過程のある日のこと。
元村の長、今となっては国の長が魚を
そんな昔話も――今はもう、知る人はほとんどいない。
『嵐が来るよ』
「……そう、ありがとう」
どこかの島に停まり、再び動き出した船の周囲の海面は穏やかで空も見える限りは晴天。だというのに聞き慣れた声が告げるのは真逆の天候である〝嵐〟。しかしそれを疑うことはしない。なぜならこの声は生まれた時からずっと聞いていた声で、その声が示した内容は外れたことがほとんどないのだから。
甲板で遠くを暫く眺めてから中へ入る。嵐の来る夜は一眠りでもしていようか。
――声の通り船ごと宙に浮かんだのではないかと思うほどの酷い嵐の夜を越えた、翌日。
『なあなあ見ろよ』
『本当! 面白いことをしている子がいるわ』
昨夜とは違う声に従って視線を向ければ僕よりも幾分か幼い少年が籠を片手に歩き回っている。暫く様子を窺うために眺めていると、どうやら彼は船酔いした人々の看病をしているようだった。
「何か手伝えることある?」
邪魔にならないよう隣を歩きながら尋ねると、ぱ、と彼の表情は明るくなり、
「じゃあこれ、持っていってくれる?」
「もちろん。君は一人で大丈夫?」
「うん! ありがとう」
言葉とともに籠に山盛りにされた洗濯物を引き受ける。グロッキーな彼らを介護するために必要だったものだろう。お人好しだなあと思いつつも元気な以上、己も手伝わねばなるまい。切羽詰まった船員たちにやるべきことを尋ねるのも気が引けたので、そういう意味では出来ることが出来て良かった。こちらへ視線を向ける顔見知りたちを手のひらで追い払うようにハンドサインを送る。
頼まれたことを終え、船内も落ち着いてきた頃。少年を探して最終的に甲板へ上がればクケ、ケク、ケ――ウミヅルが騒がしく鳴いている。
「お疲れ様」
「あっ、さっきの!」
「僕はロゼ、君の名前は?」
「オレはゴン!」
その下で静かに海を眺めている彼の背へ声をかけ、隣に並ぶ。嵐の前日のように晴天、穏やかな海を見ながら改めて名乗りを含めた会話をしていると後ろから人が歩いてきた。
「どーしたお前ら」
振り返るといたのは船員のおじさん。頭に乗った帽子から
「……船長、さん? 次はもっと大きい嵐が来るねって話をしてたんだ」
「ほう……なぜそう思う?」
その手にあるのは酒だというのに酔っているようには見えない。……声は酒焼けしている気がするけど。船に長期間で乗ると水が腐るから代わりに酒を飲むと聞くし、噂は本当で飲み慣れているのだろうか。ゴンと顔を見合わせ、
「風が生ぬるくて塩気が多いし、ウミヅルも注意し合ってるから」
「魚たちが騒がしい。本来群れになって行動しない種類もみんな逃げ惑ってる」
続いて口にすると船長は驚いたように瞳を見開いていた。そんな様子も気にせずゴンは海を見ている。それだけ気になるのだろうか。
「小僧! 鳥言語がわかるのか!?」
「全部じゃないけど……」
『鳥にも言語があるんだ』
『私たちと同じね』
『ねえ坊や、私たちの声も分かる?』
普段は僕が誰かと話している時は静かにしている声が珍しく囁いてくる。共通点が嬉しかったのかもしれない。しかしゴンは反応しないので聞こえていないのだろう。実際十数年生きてきて〝彼ら〟の声が僕以外の誰かに聞こえたところを見たことがない。
『あらあら、残念ねえ』
「小僧!! そこの奴も。嵐の規模と到来時間を予想出来るか?」
聞こえる声を宥めるように立てた指を動かしていたら、急にゴンと幾つか会話していた船長に僕のことを呼ばれ驚いて肩が跳ね上がった。僕が猫だったらその場で跳んでいたかもしれない。
「波の高さはさっきの嵐の倍くらいかな」
「えっと……スピードがこのままなら……、三時間くらいでぶつかりそう」
『そうだねロゼ』
『そこの子も凄いわ』
『声が聞こえないのが残念だよ』
一度鼻を触って空気を嗅いでから口にしたゴンの言葉に続いて予想を伝えれば正解だと褒めてくる声たち。どうやらお眼鏡に
「よし二人とも来い!! 操舵のコツを教えてやる」
「うん!!」
「えっ、あっ、……はい!」
な、なんでゴンはそんなに対応力があるの。いつの間に仲良くなってたんだろう、さっき会話してたからその時? とそわそわしながら思いつつ興味はあったので彼らの背を追いかける。船での旅は訓練も含めて今回が初というわけではないけれど、数えられる程度。これだけ大きな船の船長室に入ったことなど当然ない。きょろきょろと辺りを見回す僕に反して落ち着いているゴンに、
「陸風の機嫌が変われば二時間半後にかち合う可能性もある。それまでにある程度船のしくみを覚えときな。一流のハンターを目指すなら何でも出来るようになっとかねぇとな」
船長はそう言うと船内放送をかけ始める。
「これからさっきの倍近い嵐の中を航行する。命が惜しい奴は今すぐ救命ボートで近くの島まで引き返すこった」
暫くは天気の良い、穏やかな波だ。突っ込むのではなく引き返すのであれば安全だろう。船長に断って甲板へ上がり、顔見知りの彼らも乗っているのを見ると手を振った。心配性な彼らと離れてここからは一人。――生まれて初めて、ひとりで旅をする。
「結局客で残ったのはこの三人か。名を聞こう」
「オレはレオリオという者だ」
「オレはゴン!」
「私の名はクラピカ」
「僕はロゼです」
名乗り順はスーツ姿の男性、ゴン――僕より幼い少年、独特の服を着た青年、最後に僕。
二度目の嵐の前触れなのか強い風が吹き、波もそれに合わせて荒れ始めている。そのせいか船にも音が響きギィギィと不吉な音が耳へ届く。
「お前らなぜハンターになりたいんだ?」
「? おい、えらそーに聞くもんじゃねーぜ。面接官でもあるまいし」
「いいから答えろ」
「何だと?」
「オレは親父が魅せられた仕事がどんなものかやってみたくなったんだ」
「はいはい、僕は世界中を旅するため!」
船長とレオリオと名乗った男性が言い争う合間を縫うように手を挙げたゴンに合わせて、僕も胸の辺りに挙手をしてさっさと告げてしまう。二人の会話を待っていたら時間がかかりそうだ、ゴンナイス。
「おい待てガキども!! 勝手に答えるんじゃねーぜ、協調性のねー奴だな」
「いいじゃん理由を話すくらい」
「そもそも初対面の相手に協調性求めるのが変じゃない?」
ねーっ、と顔を見合わせる僕らに彼は不満そうにしている。
「いーや、ダメだね。オレはイヤなことは決闘してでもやらねェ」
「私もレオリオに同感だな」
「おい、お前年いくつだ。人を呼び捨てにしてんじゃねーぞ」
「
「レオリオさんと訂正しろ! ――聞け、コラ」
なんでだろうね、とこっそりゴンと話し合っていたら今度は船長とレオリオではなく、クラピカと名乗った青年とレオリオが言い合いしている。喧嘩っ早いな、この人たち。
レオリオがうるさいのでそっと片耳を塞ぎ、ゴンの耳も塞いだ。
「かといって初対面の人間の前で正直に告白するには私の志望理由は私の内面に深く関わりすぎている。したがってこの場で質問に答えることは出来ない」
「ほーーお、そうかい。それじゃお前らも今すぐこの船から降りな」
「何だと?」
一瞬で騒がしさが収まったので手を離した。なに? と不思議そうに僕を見つめてくるゴンには笑って首を振る。君は耳良さそうだけど平気だったのかな、それとも人が好いから聞かないって選択肢はなかったんだろうか。
「まだわからねーのか? すでにハンター資格試験は始まってるんだよ」
「「!」」
船が揺れる度にランプも同じように揺れる。天気が荒れているだけでなく今は夜だから、この光が消えたらこの場は真っ暗になるだろう。
「知っての通りハンター資格を取りたい奴らは星の数いる。そいつら全部を審査出来るほど試験官に人的余裕も時間もねェ。そこでオレ達みたいなのが雇われてハンター志望者を
――お前らが本試験を受けれるかどうかはオレ様の気分次第ってことだ。細心の注意を払ってオレの質問に答えな」
一年に一回しかない試験。すべての国どころか大陸からこぞって集まる受験者たち。そう考えれば彼の言うことにも説得力はあった。
「私はクルタ族の生き残りだ」
「!!」
暫く迷うような沈黙の後、口火を切ったのはクラピカ。
「四年前私の同胞を皆殺しにした盗賊グループ、幻影旅団を捕まえるためハンターを志望している」
「
「死は全く怖くない。一番恐れるのはこの怒りがやがて風化してしまわないか、ということだ」
――死は全く怖くない、か。それって悲しいなと思っていれば、くるくると踊るように〝彼ら〟が声をかけてくれる。大丈夫だよと会話を邪魔しないよう、指だけを揺らして答えた。
「
「この世で最も愚かな質問の一つだな、レオリオ。ハンターでなければ入れない場所、聞けない情報、出来ない行動というのがキミの脳みそに入りきらない程あるのだよ」
「おいお前は? レオリオ」
クラピカの言葉にムカついている――と分かるほど、彼は表情豊かだ――レオリオへ被せるように船長が問いかける。おそらく話が進まないと思ったのだろう。
「オレか? あんたの顔色をうかがって答えるなんてまっぴらだから正直に言うぜ。金さ!! 金さえありゃ何でも手に入るからな。でかい家!! いい車!! うまい酒!!」
「品性は金で買えないよ、レオリオ」
なんだかもう最初に喧嘩を売ったのはどっちだっけ、ってくらいクラピカもレオリオに突っかかるよね。二人とも喧嘩っ早いというか、短気というか。……あ、これは同じ意味?
「三度目だぜ。表へ出な、クラピカ。薄汚ねェクルタ族とかの血を絶やしてやるぜ」
「取り消せ、レオリオ」
「〝レオリオさん〟だ、来な」
「望むところだ」
二人は船内の壁に手をつきながらこの場から出ていこうとする。船の中ですらこんな状態なのに、甲板で人は立っていられるんだろうか。
「おいこらお前らまだオレの話が終わってねーぞ。オレの試験を受けねー気か、コラ」
「放っておこうよ」
「な」
堪らず背中へ声をかける船長を止めたのは、意外にもゴンだった。船酔いしている人を看病したのといい、真っ先に止めそうなのに。
「〝その人を知りたければその人が何に対して怒りを感じるかを知れ〟――ミトおばさんが教えてくれたオレの好きな言葉なんだ。オレには二人が怒ってる理由はとても大切なことだと思えるんだ。止めない方がいいよ」
「う……む」
「いい言葉だね。……でも嵐、どんどん酷くなってそうだよ」
音もだけど、揺れが足の踏ん張りだけではどうにもならなくなるくらい――強くなっている気がする。
「船長!! 予想以上に風が巻いてます!!」
やっぱり。
三人で甲板へ上がると、既に船員たちが集まってなんとか無事に嵐を乗り切ろうと手を尽くしているところだった。
「こりゃやべぇな!! 海に落ちたら浮かんでこれねェぞ」
「船長オレも何か手伝う!!」
「僕にも出来ることがあるなら」
「よし来い」
その瞬間、
しかしその意味もなく、同じように走って向かっていたレオリオとクラピカが左右それぞれの足を掴んだ。
「大丈夫かロープをこっちに!!」
「カッツォの足にも巻け! 引っ張れ、よし!!」
「先にケガ人を早く!!」
僕が伸ばした紐だけでなく、ある程度引っ張ってから男の足にもロープを巻いてその場にいる全員で引っ張る。
「よくやったボウズ」
「ボウズ!! 礼を言うぞ」
「あいてーー、鼻うっちった」
「大丈夫? 見せて」
全員の協力もあり落ちたカッツォという人も、ゴンも、船にしがみついて二人の重みに耐えたレオリオとクラピカも、無事船の上に上がった。
巻いた紐はそのままにゴンの顔を見る。青くなってたりはしないし、鼻血も出てないし、……素人判断だけど大丈夫そう、かな。
「痛みが酷くなったら冷やすんだよ」
「うん、ありがとう!」
「何という無謀な!! 下は
「オレ達が足を掴まえなかったらオメェまで海のモクズだぞこのボゲ!!」
『失礼ね、そんなのドジな人魚だけよ』
『まあまあ、彼らは知らないんだよ』
巻いた紐を外しているとようやく状況へ思考が追いついたらしい二人がゴンの考えなしの行動へ怒鳴る。人魚について触れられたためか〝彼ら〟が怒るが、当然その声は僕にしか聞こえていない。
「でも、掴んでくれたじゃん。ロゼも!」
「うーん、今考えると僕も一緒に吹っ飛んだかも……」
ゴンだけならともかく、成人男性の体重を支えなしに自分一人で支えきる自信はない。本来船のどこかへ僕も繋がれて初めて紐を伸ばせる状況だったのだ。結果オーライ、と言えるかもしれないが。
「……非礼を詫びよう。すまなかった、レオリオ
「何だよ水くせえな、レオリオでいいよクラピカ。オレの方もさっきの言葉は全面的に撤回する」
ゴンのあっけらかんとした物言いにか、二人してゴンを助けようとした行動にか。雨が止んでいくのと同時に、彼らの
「くっくっくっ、はははは、お前ら気に入ったぜ。今日のオレ様はすごく気分がいい!! お前ら四人はオレ様が責任もって審査会場最寄りの港まで連れて行ってやらぁ!!」
「あれ、でも……試験は?」
「嬉しくて忘れちまったよ、それより舵取りの続きを教えてやる!!」
「うん!!」
「待ってゴン、せめて上着は乾かさないと風邪引くよ……! 船長も!」
試験の合格へ喜ぶ暇もなく船長へ着いて行こうとするゴンを引き留める。ゴンだけでなく、船長だって甲板に上がっていたのだから濡れているはずだ。いくら晴れているからといって気温が高い日でも湿度が低い日でもないのだ、自然乾燥はさすがに無理がある。
原作2話から開始。
原作通りの漢字変換が読みにくかったので適宜修正してます。