もうひとつの人魚姫、その後の話   作:香散見

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002 × 試験官と案内人

 

 

 ドーレ港

 

「船長!! 色々ありがとう!! ……元気で」

「船長さんのおかげで船旅楽しかったです」

「うむ、達者でな。最後にわしからアドバイスだ」

「「?」」

 

 ゴンに続いて船長と握手すると、その手を一本指立てた状態に変えここからも見える一際大きく、――否、背の高い? 木を指差した。二人揃って首を傾げる。

 

「あの山の一本杉を目指せ、それが試験会場に辿り着く近道だ」

「わかった、ありがとう!」

「クラピカとレオリオにも伝えに行こうか」

「うん!」

 

 こちらを見ている視線は、……悪意はないし、同じ受験生かな。

 

 

 幸いクラピカとレオリオもまだ移動しておらず、引き留めることに成功した。大きな街にありがちな周囲マップを四人で見つめる。受験生が集まっているからなのか、都会へ集まる人々というのはこういうものなのか、地図を眺めているのは僕らだけではない。

 

「そりゃおかしいぜ。見ろよ、会場があるザバン地区は地図にもちゃんと乗ってるデカイ都市だぜ。わざわざ反対方向の山に行かなくてもザバン直行便のバスが出てる。近道どころかヘタすりゃムダ足だ」

「彼の勘違いではないのか?」

「……まだそんなこと言ってるの? 船長も試験官だって言ってたのに」

「う……」

「……」

 

 レオリオは他人を疑いすぎというか、自分以外全員敵! って思ってるし。クラピカはクラピカで自分以外全員無能だと思ってるよね。少なくとも試験官に選ばれてる時点で彼はハンター協会側に何かしらの能力を買われ、認められている人なのに。例えば――人を見る目、だとか。

 

「とりあえずオレは行ってみる、きっと何か理由があるんだよ」

「これも試されてる……可能性もなくはないけど。あの船長さんは〝アドバイス〟って言ってたし、わざわざ引っ掛けるよりは何も言わないことを選ぶ気がするから、僕もゴンと同じかな。〝ゆっくりと着実な者が競争に勝つ(Slow and steady wins the race.)〟って言うしね」

 

 そうなると僕らに地図は関係ない。

 

「ゴンもロゼも少しは人を疑うことを覚えた方がいいぜ、オレはバスで行くことを(すす)めるね」

「レオリオはその疑い過ぎるせいで船長さんに落とされそうになったじゃん」

「う゛っ」

 

 地図から離れ、彼らがバスへ行くのならここがお別れとなる場所で忠告めいたことを口にする彼へつい苦い笑みが零れてしまう。

 とはいえ年に一度しかない試験。自分が正しいと思う方を選ぶのがお互い後悔はないだろう。じゃあね、と二人に手を振ってゴンと一緒に歩き始めたのにレオリオと何を話したのかクラピカが少し遅れて合流。

 

「また喧嘩したの?」

「またって何だ、一度もしてないさ」

「それは無理があるでしょ……」

 

 ゴンと一緒にクラピカを見つめると多少気まずそうにしている。自覚あるんじゃん。

 

「ねえねえ。クラピカはさ、本をたくさん読んだの?」

「何だ、急に」

 

 ゴンを間に挟んで並んでいるからか自分へ会話が投げられるとは思っていなかったのだろう。鳶色の目を瞬く彼があまり表情が変わらないなりに驚いているように見える。

 

「んー、気になってたけど今まで慌ただしかったから聞けなかっただけだよ。ゴンが色々知ってるのはたぶん自分で試したり周囲の人に教わったからだよね?」

「薬草のこと? そうだよ!」

「クラピカの海流の知識はどこから来たのかなって」

「ああ、そういうことか。そうだな、本を読んだり――」

 

 (たと)え話として昨夜の話を挙げれば納得がいったのか教えてくれた。あの海流で溺れる人魚の話、僕だけでなく〝彼ら〟も気になっているだろう。

 

待て待て待て、待ってくれよ!! お前ら三人じゃ寂しいだろ? しょーがねーなァ、オレも付き合ってやるよ。ワハハハ、ハハ!!

 

 三人並んで明らかに人が歩くためではなく何か乗り物に乗って進むために作られたであろう道路を、山に向かって話しながら歩いていると後ろから聞こえる声が段々と近づいてくる。

 

「寂しいのはレオリオの方だったんじゃない?」

「いや、どこかで自分が行こうとしていた道は外れだと聞いたんだろうな。意外とあの男は耳聡い。……、何をにやにやしているんだ、ロゼ」

 

 思わず呟くとこの絶妙な時間の差とレオリオの性格からあり得そうな推測がクラピカの口から出て、つい緩んだ表情を指摘されてしまった。

 

「仲悪いと見せかけてよく見てるなあと思って」

「そ、そういう意味では……」

「いいじゃん、仲良きことは美しき哉(How beautiful it is to have good friends.)、だよ」

「二人は仲良いってオレも思ってるよ?」

 

 僕がそう言うと珍しく僅かに耳を赤くして咳払いしていた。ゴンの言葉で更に(とど)めである。最初から二人の相性は良いだろうって気付いていた、先見の明の持ち主だものね。

 

 

「うすっ気味悪いところだな、人っ子一人見当たらねーぜ」

 

 無事レオリオも合流し、四人揃って道路以外草原しかない不思議な道を山に向かって歩けば今度は荒廃した町へ辿り着いた。不思議と視界は遮られず、一本杉はここからでもよく見える。

 

「でも……いっぱい人いるよね」

「うむ、油断するな」

「!! な、何でわかんだよそんなこと」

 

 レオリオは気付いてなかったんだ。ここに入ってからたくさんの視線を感じ始めただけじゃなくて、町へ辿り着く前から追いかけられてもいるんだよね。どれも敵意がないから、クラピカが言うほど警戒する必要はない――と僕は思うけど、全員が油断するのもそれはそれで良くないので口にはしない。

 

「息遣いがそこら中から聞こえてくるじゃないか」

「うん、衣擦れの音もするし……隠れてるつもりかな」

「……? ?? ふ、ふん。あいにくオレは普通の人間なんでな」

 

 レオリオは自分がうるさいから気付けてないだけな気がする。

 

「しっ」

 

 きょろきょろと辺りを見回したり、耳を澄ませたりしていたレオリオを制止するかのようにクラピカが手を挙げた。瞬間、ぞろぞろと人が出てくる。正面だけでなく、建物や裏、影からも。――それでも全員じゃない。

 

ドキドキ……ドキドキ二択クイ~~~~ズ!!」

 

 唯一素顔を出しているおばあさんが急に叫んだ。他の人はみんなガスマスクのような仮面のようなものを顔につけていて、そのせいで呼吸が独特の音に聞こえる。(まば)らに聞こえる拍手からどうやら彼らは仲間らしい。……それにしても、なんで言い直したんだろう?

 

「お前たち……あの一本杉を目指してんだろ? あそこにはこの町を抜けないと絶対に行けないよ。他からの山道は迷路みたいになっている上に狂暴な魔獣のナワバリだからね」

「何よりおばあさんが試験官の一人だから、でしょ?」

「……これから一問だけクイズを出題する。考える時間は五秒間だけ。もし間違えたら即、失格。今年のハンター資格取得は諦めな」

「「む」」

「なるほど、これもハンター試験の関門のひとつか」

 

 スルーされてしまった。答えるのは不都合なのかな? まあクラピカと同じ結果に至ったなら考え自体は間違ってないんだろう。

 

「①か②で答えること!! それ以外の曖昧な返事は全て間違いとみなす」

「おい、ちょっと待てよ。この四人で一問ってことか? もしこいつが間違えたらオレまで失格ってことだろ!?」

「あり得ないね。むしろ逆の可能性があまりに高くて泣きたくなるよ」

 

 自分から突っかかりにいったくせに言い返されるとムカついたのか、クラピカに掴みかかるレオリオ。

 

「でも四人のうち一人が答えを知ってればいいんだから楽だよ。オレクイズ苦手だし」

「む、確かにそーだけどよ」

「そんな美味しいクイズあるかなあ……、納得したならレオリオは早くクラピカ離しなよ」

 

 もはや喧嘩コミュニケーションって奴だよね、この二人の場合。じゃれ合い?

 

「おいおい早くしてくれよ、何ならオレが先に答えるぜ。……へへへ、悪いなボウズたち。港でちょいと立ち聞きしちまってな」

「何を?」

「謝らなくていいよ、僕も船長も気付いてたし。それも試験のやり方のひとつでしょ」

 

 ――むしろ、脅してでもヒントを得ようとする人間がいたっておかしくはない。その中で彼は盗み聞きっていう比較的平和な手段を選んだのだから僕からすれば責める理由はなかった。今まで放っておいたのも僕らに敵意がなかったからだし。

 

「どうするかね?」

「……譲ろうぜ……それで問題の傾向も分かるしな」

「レオリオってそういうところは慎重なのになんで突発的に喧嘩売っちゃうのかな」

「ロゼ?」

「褒めてるんだよ」

 

 危ない、声に出てた。レオリオの選択にゴンはともかくクラピカも異論はないようで特に制止はない。

 

「お先に」

 

 ただクラピカがよく彼を見ていたので、本当は嫌だったけど言わなかったのかな、と窺っていたら僕の考えはお見通しだったようで首を振ることで否定された。なら良かった。ここらへんの考えはレオリオとクラピカ、似てるっぽいよね。

 

「それでは問題。お前の母親と恋人が悪党に捕まり一人しか助けられない。①母親、②恋人。どちらを助ける?」

「「!?」」

 

 ――「もし間違えたら即、失格」――

 

 ……正解を答えたら合格というわけではない、なるほどね。これは彼に譲って聞いておいて良かったかもしれない。

 

「……①!!」

「なぜそう思う」

 

 ……ん? 理由も聞かれる、ということは問答無用で〝間違い〟と判断されるわけではなさそうだ。選ぶ理由に意味があれば――回答者がこの質問の意図さえ汲み取れていれば、それで良いのかもしれない。

 

「そりゃあ~~、母親はこの世にたった一人だぜ。恋人はまた見つけりゃいい」

「うっわクズ」

「ロゼ……」

「ごめん、つい」

 

 うっかり感想が漏れてしまった僕をクラピカが呆れている気がする。でもクズじゃない? 僕が出題者ならこんな答え絶対聞きたくないんだけど。そんな僕の反応を他所におばあさんは顔を隠している彼らと話し合いをしている。

 

「通りな」

「……」

 

 言葉にはしてないけど先に行くぜ、みたいな顔してる。或いは譲ってくれてありがとな、かな。このクズと会場まで一緒に行くの嫌だなあ……。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「ふざけんじゃねェッ!! こんなクイズがあるかボケェ!! こんな問題人によって答えは違うし〝正解〟なんていう言葉で(くく)れるもんでもねー!! ここの審査員も合格者も全部クソの山だぜ!! オレは認めねーぞ、オレは引き返す!! 別のルートから行くぜ!!」

「ふん、もう遅い。クイズを辞退するなら即失格とする」

「…………!!」

「ハンターになる資格はないね」

 

 ――――!

 

「!! レオリオ!!」

「何だよ!! まさかこんなふざけたクイズ続けろってのか、」

「待ちな!」

 

 ――聞こえた男の叫び声。間違いなく先程通った男のものだろう。この様子だとレオリオは聞こえていない。

 

「これ以上のおしゃべりは許さないよ。ここからは余計な発言をしたら即失格とする!! さぁ答えな。①クイズを受ける、②受けない」

「①だ!!」

「……」

 

 気付けレオリオ!! 簡単なトリックだ!! 不満そうに見つめてくるこの男にこれ以上伝える手段はない。頭に血が上っている状態ではなぜ私が名を呼び制止をしたのか、考えるタイプでもないだろう。しかし私たちの答えは四人で一つ。誰か一人でも間違えれば即失格!

 ゴン!! お前にも聞こえたはず。ならばこのクイズのからくりに気付くんだ!!

 ロゼは――、……笑っている……?

 

「それじゃ問題だ。息子と娘が誘拐された、一人しか取り戻せない。①娘、②息子。どちらを取り戻す?」

 

 全神経を集中させているとレオリオが近くの廃材から何かを取る音がする。直情的なこの男が取る行動は手に取るように分かる、……このまま誰も何も告げなければ――それを止めるだけでいい!

 

「ぶーー、終~~了~~」

 

 私の木刀とレオリオが掴んで振るった廃材がぶつかり、廃材が割れる。

 

「なぜ止める」

「落ち着けレオリオ!!」

「いーーや、激昂するね。手土産にこのババァの素っ首持って会場へ乗り込むぜ。スカした審査員共を全員ぶっとばして説教してやる。ハンター!? くそくらえだ、こんな腐れた商売はなくしちまった方が世のためだ」

「せっかくの合格を棒にふる気か?」

「!? 何?」

 

 レオリオの力が緩んだタイミングでこちらから力を込め、その腕を、木材を振り払う。

 

「ふう! 我々は正解したんだよ、レオリオ。――沈黙!! それが正しい答えなんだ。いみじくもキミが言っただろう、〝正解なんて言葉では(くく)れない〟と。その通り、このクイズに正解なんてない!! しかし解答は①か②でしか言えないルールだ。つまり、答えられない。沈黙しかないんだ」

 

 先程までの本人も口にしていた激昂している様子はもうない。この状態ならもう大丈夫だろう。静かなゴンとロゼが気になるが――

 

「しかしさっきの野郎は……」

「正解とは言ってない、通れと言っただけだ」

「レオリオが怒ってる時に叫び声が聞こえたから、おばあさんが最初に言っていた通り魔獣に襲われたんじゃない?」

「ああ、彼が通った道は正しい道じゃないんだろう」

 

 状況の目まぐるしさに追い付いていないのか尚も尋ねるレオリオへの説明にロゼが補足。無事彼もあの叫び声が聞こえていたようだ。

 

「その通り。本当の道はこっちだよ、一本道だ。二時間も歩けば頂上に着く」

「……、……。バアサン……すまなかったな……」

「何を謝ることがある、お前みたいな奴に会いたくてやってる仕事さ。頑張っていいハンターになりな」

「ああ……」

 

 魂の抜けたような、阿呆面をしているレオリオが試験官の案内に謝罪をし慰められている。……少なくとも彼が初対面の時の印象通りの内面でないことは、私ももう分かっている。

 

「ふう~~ダメだ!! どうしても答えがでないや」

 

 それまで一言も発さなかったゴンが突然そんな風に声を上げた。

 

「……ふ」

「ははは、何だよまだ考えてたのかよ。もういいんだぜ」

 

 思わず一拍の間を置いて私もレオリオも笑ってしまう。

 

「え? 何で?」

「何でって、もうクイズは終わったんだぜ」

「それは分かってるよ。――でも。もし本当に大切な二人の内一人しか助けられない場面に出会ったら……どうする? どちらを選んでも本当の正解じゃないけど、どちらか必ず選ばなくちゃならない時……いつか来るかも知れないんだ」

 

 驚いた。私たちがクイズの正解について考えている時、ゴンは自分の立場に置き換えて――未来のことを考えていたのか。

 

「ま、おばあさんのおかげで心構えが出来たじゃん。今すぐ答えを出さなくてもいいんだよ。僕らが目指してるプロハンターはそういう仕事なんだって教えてくれた、優しい試験官に出会えて良かったね~ってことで今は悩むより先に進めばいい。だよね、おばあさん」

「……調子の良い子だね」

 

 ……あの時。レオリオは怒っていてクイズが終われば殴ろうと決めていたから何も言わなかった。ゴンは今の今まで答えをどうするか考えていた。私は、沈黙こそが答えだと信じていたから誰も何も言わないことを願っていた。

 ならば、ロゼは何を考えていたんだ? ――私が見た、あの笑みの意味は?

 

 ロゼを見ると不思議そうに瞳を瞬かせた後、微笑んで首を傾げていた。どうしたの、と私へ尋ねるように。帽子(キャップ)から覗くその明るく鮮やかな赤紫(マゼンタ)の瞳には驚いた顔をしている私が映っているように見えた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「すっかり暗くなっちまったな。歩いて二時間だァ~~~~? 二時間なんて二時間前に過ぎちまったぞ、くそ」

「平均二時間ってことじゃない? 歩くのが速い人もいるだろうし」

 

 ドーレ港へ辿り着いたのは昼頃。おばあさんに問いを投げかけられたのが夕方、空が茜色になる頃だったと考えれば確かに二時間は過ぎている。実際にどれくらいの時間がかかっているのか確認するのはなんとなくうんざりしそうで、首からかけて服の下に隠している時計を見る気にはなれない。

 一本道を歩いているだけ――というより登ったり下ったりしているだけだから迷うことはないけれど。

 

「また魔獣注意の看板だぜ、こんな調子で本当にオレ達会場に着けるのかなァ」

「レオリオおいてくよーー」

「おいてくよーーーー」

「! 見えたぞ」

 

 お腹空いた、トイレに行きたいと看板があったところで立ち止まり両手を振りながら叫んでいる彼へゴンに乗じて呼びかけているとクラピカが歩みを緩めた。

 

 ――「一本杉の下の一軒家に住んでいる夫婦は道案内をやってるんだ。彼らの眼鏡に(かな)えば会場まで案内してくれるよ」――

 

 思い出すのは試験官の一人であるおばあさんの言葉。一本道の先は大きな木と、それに比べたら随分と小さい一階建ての一軒家。そこが行き止まりであり、港から見えたということは頂上でもあるのだろう。

 

「や~~っと着いたぜ」

「静かだな。我々以外に受験者は来ていないのか?」

 

 レオリオがノックをしても応答なし。外も暗いが中も暗く、四人で顔を見合わせてから代表してレオリオがドアを開け――

 

「う!!?」

 

 キルキルキルキル、キール……

 体毛は黄土色、独特の鳴き声を響かせる二本足で立つ異形――魔獣が女性を抱き、その後ろで男性が彼女を救おうと手を伸ばしている。状況を把握し判断まで一瞬。

 

「魔獣!!!」

 

 警戒体勢になった人間側を他所に驚愕な跳躍力で飛び、窓を割って抜け出ていく魔獣。当然、女性も一緒に連れていかれてしまった。

 

「助けなきゃ」

「レオリオ、ロゼ、ケガ人を頼む!!」

「任せとけ!!」

「はーい」

 

 真っ先に追ったのはゴン、それを見てクラピカも。僕とレオリオよりも自分が追うべきだろうと考えたクラピカの判断力はさすがだ。レオリオではゴンに追い付けず、僕では彼女を連れて戻っては来れないから。

 妻を助けてと苦しそうに告げる男性をレオリオが抱きかかえ、仰向けに寝かせた。

 

「レオリオ、水いる?」

「ああ、頼む。あんた、布借りるぜ」

 

 山の上だというのに川から水を通しているのか、台所に蛇口がある。魔獣に襲われたにしてはさほど荒れていない家の中から探した比較的綺麗な布へ含ませレオリオへ渡した。臭いからしてそれほど出血は酷くないようで、患部を彼が拭っても鉄臭さは濃くならない。この時点で僕だけでなく、おそらくクラピカがこの場にいたら首を傾げていただろう。

 そもそも魔獣はどこからこの家へ入ったのか。窓は逃げる時に割れた、だとすれば入り口から? 一見して違和感がないほど外壁やガラスに傷をつけず丁寧に開け、人を襲った?

 

 いつでも武器である折り畳み式の(ロッド)を太腿のホルスターから取り出せるようにしつつ、治療はレオリオへ任せて見守る。

 

「何か出来ることはある?」

「いや。ケガは大したことねえ!」

「妻を……妻は……」

「大丈夫だ。追いかけた二人は必ずアンタの奥さんを連れて帰ってくる! な、ロゼ」

「うん。あの二人なら大丈夫」

 

 

 レオリオと一緒に彼を励ましながら待っていると、暫くして二人とともに、魔獣――凶狸狐(キリコ)ふたりも戻ってきて詳細を聞かされた。これも仕組まれた、試験のひとつなのだと。

 

「ふーむ。何年振りかねェ、うちら夫婦を見分けた人間は……」

「うれしいねェ」

 

 二匹? ふたり? の凶狸狐は嬉しそうにゴンを見つめている。

 

「声と顔の違い……わかるか?」

「いや……全く」

「ちなみにオレとクラピカに殴られた方がダンナさんだよ」

 

 だからそれはどっちだ、という顔をしている二人を他所にピンと来て。

 

「なるほど、声が高い方が奥さん?」

「そう! ロゼは耳が良いんだね」

「ゴンに言われるとちょっと恥ずかしいな……」

 

 ゴンと比べればたいていの人間は五感が鈍いので。

 

「さて……もう君らも察しのとおり」

「我々夫婦がナビゲーターだ」

「娘です」

「息子です」

 

 ふつうの顔をしていると完全に人間だが、娘も息子も顔を変えれば両親の面影がある。

 

「この刺青(イレズミ)は古代スミ族の女性が神の妻となり、生涯独身を通すことを誓って彫るもの。古代史に長けていないとまず判断不可能。博学をもってヒントを見逃さず、見事私達二人が夫婦でないことを見破ったクラピカ殿」

 

 女性が手の甲から腕の刺青をこちらへ見せ、もう片方の手のひらで擦って消して見せてくれた。本物の刺青ではなく模して染料か何かで描いている証明だ。

 

「レオリオ殿は結局最後まで私の正体に気付かなかった。しかしキズの応急処置は医者以上に早くて的確。そしてなにより――妻の身を案じる演技(ふり)をしていた私に対しずっと力強い励ましの言葉をかけてくれた」

 

 それを隣で聞いていた僕もつい緩む頬を手のひらで隠しながら彼を見ていれば、照れたレオリオからぐいぐいと腕で身体を押された。どうやら抗議らしい。いいじゃん、格好良かったんだから。

 

「ロゼ殿は家の状態、傷の度合いからしてこの状況が〝つくられたもの〟だと気付いた観察眼、そしてそのうえで治療に徹しているレオリオ殿を必ず守れる間合いで見つめていた判断力」

 

 そうなのか? と視線で問われて、ふふんと胸を張ればぐしゃぐしゃと乱雑に髪を乱される。照れ屋な彼による精一杯のお礼なのかもしれない。

 

「そしてとてつもなく人間離れした運動能力、観察力を持つゴン殿。――合格だ、会場まで君達三人を案内しよう」

 

 四人でやったね、のグータッチ。

 どうやってこの山から向かうのかと考えていたら、彼らに捕まって空の旅で会場まで向かうことが判明した。

 連日の濃い日々を洗い流すような冷たい風は頬に触れても心地好い。

 

「良かったねー! 四人一緒に合格出来てー!」

「ね! みんなと一緒に行けて良かったよ」

「喜ぶのは早い! あくまでも受験資格を手にしただけだ」

 

 空の上だからかいつもより声を張るゴンへ同じように声を張って同意する。するとその喜びを諌めるように告げるクラピカ。

 

「いいじゃねーか! 前進したことに変わりはないだろ!」

「まったく……能天気な奴らだ」

「てっめ! いちいち生意気なんだよ!」

「暴れるなって~! 落ちても知らないよー!」

 

 クラピカとレオリオが相変わらず言い合いしているのをゴンと笑いながら聞いている。しかし彼らを――というより暴れているのはレオリオだけなので、レオリオを――掴んでいる凶狸狐としては堪ったものじゃないとでもいうように注意していた。

 

 

 

 

 




原作3~4話。原作とは違った部分があります。
主人公の設定は旧アニメ軍艦島を元に考えたものなので、知っている方はもしかしたら「ああ」となる部分があるかもしれません。


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