「いつの間にか一番前に来ちゃったね」
「うん、だってペース遅いんだもん。こんなんじゃ逆に疲れちゃうよなーーーー」
足を止める人や、最初の頃の勢いを失った人たちを追い抜いて僕の前にいるのはゴンとキルアと、試験官であるサトツだけ。
少し息が乱れているゴンに比べてキルアはまったく乱れていない。その状態でわざと口にしたのはゴンへのマウントだろう。ちょっとだけ微笑ましい、と思うのは性格が悪いかな。だってゴンにそのマウントたぶん効かないだろうし。レオリオならともかく。……あれでいてクラピカもちょっとは効くかも。
「結構ハンター試験も楽勝かもな、つまんねーーの」
「キルアは何でハンターになりたいの?」
「オレ? 別にハンターになんかなりたくないよ。ものすごい難関だって言われてるから面白そうだと思っただけさ、でも拍子抜けだな」
キルアのようにゲーム感覚で来る人もゼロではないだろうな。ハンターライセンスっていうのは最上級のトロフィーで、例えば子どもが持っていたとすれば親は周囲に永遠に自慢出来るものだ。……まあそもそも、こんな危険なハンター試験にそんな理由で喜んで送り出す親がいるなら、その子どもの親はそれこそ――レオリオの言う〝クソ〟なのだろうが。
「ゴンは?」
「オレの親父がハンターをやってるんだ、親父みたいなハンターになるのが目標だよ」
「どんなハンター? 親父って」
「わからない!」
「……お前それ変じゃん!」
「そお?」
あまりにもきっぱりと言うゴンに驚いたのか、キルアが間を置いて面白そうに笑い出す。ゴンとしてはウケるようなことを言ったつもりはないので困惑しているのが声だけで分かった。
「オレ、生まれてすぐおばさんの家で育てられたから親父は写真でしか知らないんだ。でも何年か前、カイトっていう人と出会って親父のこと色々教えてもらえた」
「ああ、それがミトさん?」
「そうだよ!」
〝その人を知りたければその人が何に対して怒りを感じるかを知れ〟とゴンに教えてくれたらしい人。彼の好きな言葉のひとつ。
――「ルルカ文明遺跡の発見、
「それって凄いことなのか?」
「ううん、わからない」
「……それぞれの功績については専門家じゃないから分からないけど、
「! ……そうなんだ! カイトは自分のことみたく自慢気に、とても嬉しそうに話してくれた。それを見て思ったんだ、――オレも親父みたいなハンターになりたいって」
ゴンのお父さんはハンターの職業について詳しくない人間でも凄いことが分かるくらいには凄い人、ということだ。詳しい人なら尚更より深く分かるのだろうから、カイトっていうプロハンターにとってはあまりにも偉大すぎる人なのだろう。
「……、ふーん。ロゼは?」
「僕?」
ゴンの後に話すのは少し気が引けるなあ。でも逆に対比としては良いのかもしれない。
「……うーん……。僕は色んな国に行きたいんだよね。行ったことのない場所に行って、見たことのない景色を見て、美味しいものを食べたい! って。だからゴンのお父さんみたいにたくさんのところに行きたいな、偉業にはあんまり自信ないけどね」
「……なんだ、別に大層な理由なくてもいいんだな」
「そりゃそうでしょ。ハンター試験だけでなく、大方の試験っていうのはそういうものだよ」
こういうことがしたい、そのために必要だから取る。大いに結構、素晴らしい! でも、いつか必要そうだから取っておくでも良いと思うんだ。その軽い気持ちで受けるには危険で、難度が高いっていうだけで。
「人は理由なんかなくても産まれてきて生きることを強制されるのに、何かに挑戦する時だけ必ずしもちゃんとした理由が必要な世界っておかしいじゃん。試験で向いてないって思ったら生きてる限りは違う方を向いてやり直せばいい。ま、これはあくまでも僕の考え方だけどさー」
そういう意味ではキルアってそう簡単には死なない自信ありそうだし、受けに来たこと自体は正解そう。合否問わずやりたいことが見つけられたらいいよね。そして、願わくばこれから受ける試験がそういうものであればいい。
「見ろ、出口だ!!」
ちょうど話のキリが良いタイミングで暗かった道に光が差し込む。同時に僕らの後ろで走っていた人たちの声に喜色が滲んだ。ずっと暗いところを走ってたんだから気が滅入るし飽きるよねえ……僕は飽きてる。
「!? な……」
「ここは……」
――とはいっても、地上上がってすぐの景色は彼らの期待通りの
ここに比べたらむしろ定食屋はそれらしいとさえ言えた、それっぽくない建物に地下があるのとかいかにもって感じだし。
「ヌメーレ湿原、通称〝詐欺師の
だだっ広い視界の中に広がるのは試験官が言うように湿原が広がるのみ。建物は
「二次試験会場へはここを通って行かねばなりません。この湿原にしかいない
あっ! そうだ、湿原! ということは、砂漠ほど乾いてはいないが水とは遠かった場所から随分と近づいた。生き物がいるのなら水場*1もあるかもしれない。改めて耳を澄ませなくとも〝彼ら〟の声もより大きく聞こえるようになり、歓声や解放感に染まった声が聞こえる。やはり水分が多い方が元気が出るようだ。
それにしても、珍奇な動物ねえ。
「ゴンなら仲良くなれたりする?」
「う、うーん……」
好奇心で聞いてみたら微妙な反応。わかんない、というように頬を掻くゴンと突拍子のないことを言い出した僕をキルアが〝何言ってんだ、こいつ〟と言いたげな目で見ている。顔に出てるよ、キルアくん。
「ゴンってウミヅルと会話出来るんだよ。鳥言語分かるんだって」
「はあ? マジ?」
慌てて言い訳するように〝どうしてそう思ったのか〟の理由を教えてあげると信じられない、に期待が混じった顔になった。
「だ、だから~……全部じゃないってば」
「この湿原の生き物はありとあらゆる方法で獲物を欺き、捕食しようとします。標的を騙して食い物にする生物達の生態系……詐欺師の塒と呼ばれる
ここで一次試験は一時的にタイムアップ。これ以上遅く着いても追いかけられないだろうという判断なのか、シャッターが
レオリオとクラピカはどこに――きょろきょろと辺りを見回しながら〝彼ら〟に教えて貰おうと指を動かしていると、
「
糾弾する叫び声が辺りに響く。
「そいつは
「……はあ?」
試験官ともあろう者が傷だらけで歩行すらも満足に出来ていない状態で登場して、汗も掻いてないどころか走っていて乱れた髪を手で直していたレベルで走る前と後の様子が変わらない
「こいつ結構性格キツい?」
「アハハ……オレたちには優しいよ」
聞こえてるよ。ゴン、キルア。
視線を送れば顔を反らすキルアに、気まずそうに頬を掻くゴン。
「偽者!? どういうことだ!?」
「じゃ、こいつは一体……!?」
なんで騙されてる奴がいるんだよ、おかしいだろ。
サトツは様子を窺っているのかじっと発言者を眺めている。
「これを見ろ!!」
信じてくれる者がいたことが嬉しいのか、男は干からびた猿のような生き物を受験者へ見せびらかす。
「ヌメーレ湿原に生息する人面猿!! 人面猿は新鮮な人肉を好む、しかし手足が細長く非常に力が弱い。そこで自ら人に扮し言葉巧みに人間を湿原に連れ込み、他の生き物と連携して獲物を生け捕りにするんだ!!
そいつはハンター試験に集まった受験生を一網打尽にする気だぞ!!」
……感情的な意見はさておき、冷静に考えてみよう。
階段を
騙されている一部の人間がざわついてるのを見ながらどう対処するんだろうなと思っていると、一瞬で騒いでいた男の顔面がトランプで刻まれた。振り返ればサトツはきちんと手で捕まえている。
「くっく♤ なるほど、なるほど♧」
「悔しい……ナイスって思っちゃった」
「ロゼ……」
「だってうるさかったから。……まあその時間休憩出来たって意味では、他の受験者にはいいのかな?」
疑問から解決までの行動力と素早さはどんな状況でも生きていけそうな人だ。沸点があまりにも低いだけでなく解決方法として真っ先に猟奇的な手段を選ぶところは
試験官を
「あの猿、死んだふりを……!?」
「これで決定♢ そっちが本物だね♡ 試験官というのは審査委員会から依頼されたハンターが無償で任務につくもの♤ 我々が目指すハンターの端くれともあろう者があの程度の攻撃を防げないわけがないからね♧」
大変そうなのに無償なんだ。
にしても自分がどうしてこの行動に出たのかを説明する親切さは受験者に対してなのか、試験官に対してなのか。
「褒め言葉と受け取っておきましょう。しかし、次からはいかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆行為と見做
「はいはい♢」
試験官への言い訳、かな? やっぱりどうしても受かりたい理由があるのかも。
「あれが敗者の姿です」
どこからともなく現れた鳥たちが新鮮な死体を啄んでいる。
「うっ」
「……自然の掟とはいえ、えぐいもんだぜ」
この時ばかりは受験者たち全員が静かにその光景を見守っていた。海も陸も弱肉強食。ここでの強さはいかに
「私を偽者扱いして受験者を混乱させ何人か連れ去ろうとしたんでしょうな。こうした命がけの騙し合いが日夜行われているわけです。何人かは騙されかけて私を疑ったんじゃありませんか?
――それでは参りましょうか、二次試験会場へ」
だいぶ親切な試験官に当たったな。ご丁寧にここまで説明してくれるのはなるべく死者は出したくないんだろうか。単純に試験官としてやるべきことはやる、という
湿原を再び走り出す。地下道と違い舗装されていない道は走りにくく、長い道を走ってきた受験者にこれは
――霧まで出てきた。湿原らしい、といえばらしいけれど。
「ゴン、ロゼ、もっと前に行こう」
「うん、試験官を見失うといけないもんね」
「そんなことよりヒソカから離れた方がいい、あいつ殺しをしたくてウズウズしてるから――霧に乗じてかなり
ああ、一回猿を殺したからこれまで我慢していた
「なんでそんなことわかるのって顔してるね。なぜならオレも同類だから、臭いでわかるのさ」
「同類……? あいつと? そんな風には見えないよ。ねえ?」
「うん。これからたくさん人を殺すならヒソカは血を浴びないと生きられない生き物で人間じゃないよ、吸血鬼とか。キルアは人でしょ?」
くん、と実際に臭いを嗅いで確かめるゴンとは別に僕はくるりと指を動かす。〝彼ら〟はヒソカには好んで近づかない。ある一定の距離を
まあ人魚がいるなら吸血鬼がいてもおかしくはない気がするけどね。会ったことはないけど、それは吸血鬼側だって同じだろう。いや、長生きだとまた違うかも。
「そりゃ人だけど。……それはオレが猫かぶってるからだよ、そのうちわかるさ」
「ふーん。レオリオーーーー!! クラピカーーーー!! キルアが前に来た方がいいってさーーーー!!」
「ドアホー、行けるならとっくに行っとるわい!!」
「そこを何とか頑張って来なよーーーー」
「ムリだっちゅーの」
「っぷ、あはは、レオリオー!その元気を足に使いなー!」
「うるせー!!」
納得したのかしてないのか相槌を打ったゴンが突然大きな声で後方へ話しかけ、それに対してレオリオまでちゃんと返事をするものだから安心したのと面白さでお腹を抱えてしまう。隣にクラピカがいたらまた全力で離れられちゃうよ。
「緊張感のない奴らだな、もーー」
「っふ、ふふ、でも面白いでしょ?」
「……」
否定出来ないらしい。
うわぁあーー
ひいぃぃぃ
「なんであんな離れた方向から悲鳴が!?」
「騙されたんだろ」
「見たことない生き物を見たい気持ちもあるなあ……後でレオリオとクラピカに聞こうかな。試験官さんの道は安全な道っぽいから、出会わなさそうだし」
「ロゼも呑気だな……」
何事もなければサトツを見失うこともないだろうし、見失ったとしても〝彼ら〟に聞けばいい。湿度の高いこの場所でならそう苦労はないだろうと思っての油断なんだけど、キルアには呆れられてしまった。
「ゴン、ゴン!!」
「え? 何?」
「ボヤッとすんなよ、人の心配してる場合じゃないだろ」
「うん……」
先程まで会話していたレオリオの声はだいぶ後方から聞こえた。そのせいで巻き込まれてるんじゃないかと心配したゴンが後ろを振り返っていたため、キルアに叱られている。
不思議だな、ゴンよりキルアの方が真面目に試験受けてる。
「見ろよ、この霧。前を走る奴が
うわぁぁーーーー……
ひいぃぃーーーーっ
キルアからのお説教の間も遠くから悲鳴が聞こえてくる。
「ってえーーーーーーー!!!」
「ロゼ!」
「うん、レオリオだね。……行くならこれ持ってって、ゴン」
随分と遠くから聞こえた叫び声。しかしゴンも、当然僕も聞き間違えたりはしない。ゴンの呼びかけにポケットから投げ渡したのは手のひらに収まるくらいの機械。
「これなに?」
「クラピカかレオリオに聞けば分かるよ」
「分かった、行ってくるね!」
「ゴン!! ……、アンタは行かなくていいの?」
キルアはゴンと一緒に行きたかったんだろうけど、悲鳴が聞こえなかったならともかく聞こえた以上ゴンは二人を見捨てられない。
「……まあ、大丈夫じゃないかな。叫ぶ元気があるってことは」
冷たいと言われそうだけど、〝彼ら〟で近況は教えて貰える。そして残念ながら僕はゴンが全力で走ったなら追いつけないから、ゴンも僕を気にして走らなきゃいけない。それだと間に合わない――可能性がある。
対ヒソカか。大丈夫かな、三人とも。
「……渡してたのは?」
「発信器の
「…………アンタ結構食えないな」
「酷いなあ、そんなことないよ」
キルアに先程まで受信計を握っていた手でピースして見せる。なんで持ってるのかって? 発信器自体はリュックの中に入れているから、荷物の回収に使えるようにだ。治安があんまり良くないところを通ってきたもので。
発信器がなくともゴンが合流すること自体は然程心配していない。問題はヒソカがどういう目的でクラピカかレオリオを襲い、集団と離れることを選んだのか――だ。合流手段が彼にもあるんだろうが、……まさか。合格よりも優先すべきことがあるのか?
ヒソカはどう考えても念能力者だ。しかも、一般人にすら不審に思われない程度に手品として見せかけられるほどの熟練者。
真っ向から挑んだら彼らでは不利。――とはいえ、ゴンならどうにかしてしまいそうな気もする。
それよりもゴンがいなくなったことで分かりにくくも寂しそうなキルアの気分転換に、ここまでの旅の話でもしようか。
――変な奴、だと思う。
隣を見れば髪を
じゃあ他の、ヒソカのように同類の臭いがするかと言われればそんなこともない。足音は聞こえるし、呑気さはゴンとそう変わらないように見える。
「なあに、キルア。ゴンがいなくなって寂しい? 僕で我慢してよ~」
「んなわけないだろバカ!」
ゴンと違って二人を見捨てたのかと思いきやどんな事態を想定しているんだってくらいの準備を見せてきた。なんで発信器持ってるって思うくらいなのに、受信計まで持ってるんだよ。普通両方一緒には所持しないもんじゃねーの。
「そんなに心配しなくても、ゴンは追いついてくるよ」
「……なんで分かるんだよ」
「ん~? 今のところ不可能を可能にしてるのがゴンだから! せっかくだしここまでの話聞いてよ。とんでも面白話だからさ」
「ロゼっていくつ?」
「? 次の誕生日で十四だけど……」
「ふーん……」
ならだいたい一つ上か。*2そう考えればそんなに遠い気がしない。
それからロゼはゴンと出会って試験会場までどうやって来たのかをオレに話した。悔しいことに話し上手だったのかそれなりに面白い。ゴンがとんでもねえのと、オッサンが意外とおもしれー奴だったってのもあるけど。
それでいて違和感がないように
そうして話を聞いているうちに分かってしまった。こいつがゴンを追いかけるのではなくオレの隣を走ることを選んだ理由。発信器の有無なんか関係ない、こいつ――オレを心配してる!
一瞬イラッと来たが、それにしてはおかしい部分もある。
ゴンのように素直にオレの言葉を受け入れたというよりは、ロゼは話し半分に聞いたわけでもなくそのまま信じたように見えた。つまりこいつはオレと戦って自分が勝てないこと自体は悟ってるように見える。なのに……? 自分より年下だからって理由で……?
ゴンといいこいつといい変な奴しかいねーのかよ、ハンター試験。……まあ、面白い分にはいいか。
現状出ている主人公設定まとめ。
名前/ロゼ
性別/男
年齢/14
身長/推定160前後
格好/帽子、髪は隠している。ゴンより着込んでいる服。
リュック(紐→レオリオのカバン、水筒、タオル)、ベルト、太腿にホルスター(武器/杖)、懐中時計。
容姿/赤紫の瞳、一見して穏やかそう。
他/〝彼ら〟と呼んでいる存在の声が聞こえる。