翌日から早速トレーニングを始める。まずは座学からだ。
「いいかパンサラッサ、大逃げというのはスピードもスタミナも並外れたものが要求される。それが事前に準備出来なければ、単なる逃げや先行になると思え。」
「出来なかった場合はどうするッサ?」
「その場合は普通に走れ。見たところ、お前は逃げしか出来ないウマ娘と違い、バ群に飲み込まれても平気なようだからな。兎に角、自分の状況がどうであれ、その時出来る最大限の事をして完走する、これがレースの基本だ。」
「それって当たり前の事じゃないッサ?」
「その通りだが、その当たり前が出来ない者が意外といる。レースを舐めているとか、焦りから無理に追い込んで怪我をするとか、想定外の状況に頭が真っ白になって、終始掛かりっぱなしになるとか。」
「うっ…。」
パンサラッサが答えに詰まる。図星、といった顔だな。
「だから、俺が担当するウマ娘は、まず基本を叩きこむ。その上で、もしこれを蔑ろにしている様なら、いつでも基本に立ち返らせる。いいな。」
「わ、分かったッサ!」
「じゃ、グラウンドに出てトレーニングだ。」
歩いてグラウンドに向かう。トレセン学園はいくつもグラウンドがあるので、これだけでも軽いアップになるウマ娘もいる。
「まずは基本を押さえるということで、トレーナー室でノートを取らせたのはびっくりしたッサけど、納得したッサ。」
「アスリートというのは、脳と体を如何に結合するかが勝負だ。ただやみくもに鍛えても、それが目的外の物であれば効率は下がるし、怪我にも繋がる。」
昔はひたすら走り込むなどの非合理的トレーニングがまかり通っていた。それに比べると大きく進歩したのは間違いない。科学的に研究して、成果を出している研究チームや、そこに資金提供をしている人や組織に感謝だ。
「それは分かるッサけど、このトレーニング、本当にこなすッサか?」
「当然だ。大逃げをするなら、同じ距離でも他人の倍のスタミナがいると思え。プールトレーニングもしっかりやるぞ。」
「ば、倍!?」
「安心しろ、トレーニングの総量は変わらんぞ。」
「な、何を削るッサ?」
「並走トレーニングだ。」
大逃げは競り合いを考えなくて良いので、並走トレーニングはそこまでやらない。代わりに走り込みの量が多くなる。それも最初はストライドを限界まで広げ、それが済んだらその走法を体に染み込ませる必要がある。
改善を実感させるため、10完歩で何m走れて、何秒かかるかの記録を取る。
◇
数日して、改善の効果が出てきた。
「最初に比べて、かなりスピードが乗っていることが分かるッサ。」
「そうだな。もっとも、裏を返せば、これまではそれだけ最適から遠い走りだったともいえるな。」
「勝たなきゃって意識から、スタミナを持たせる為に、無意識に抑えていたってことッサ?」
「まあそういう事だ。だが、それでは上では通用しない。最初から最後までベストの走りをして、それでやっと勝ち負けの土俵に上がれる。」
「でも、この走りを続けたら、きついッサ…。」
「ああ、だから今日から次の段階だ。この走りを何m続けられるかだ。これでスタミナがどれだけあるかが可視化出来る。維持出来なくなったら、そこでそのセットは終わり。スタート地点に戻って、次のセットだ。」
パンサラッサが露骨に嫌な顔をする。
「聞いているだけできつそうッサ。」
「それがこの練習の目的だからな。単調で地味できついスタミナ練習をこなすには、自分の成長の可視化が必須だ。」
「トレーナーの、鬼―!」
「鬼で結構。強いウマ娘を育てるには、これくらいやらないと駄目だ。」
その結果、
「も、もう無理…。」
「よし、今日はこれまで。また明日だ。」
「え、もう終わりッサ?」
「お前が無理というのなら、無理はさせない。俺自身、かなり高強度のトレーニングを課している自覚はあるからな。大逃げは手を抜けないから練習時から高強度にする必要があるとはいえ、若干無理をさせているのは理解している。」
あからさまにほっとするパンサラッサ。これは一言釘を刺す必要がある。
「その代わり、毎日何時間トレーニングできたかを記録するぞ。」
「そ、それって…。」
「ああ、自分を追い込めないと、いつまで経っても勝てないままだ。」
「それはトレーナーが管理する事じゃないッサ?」
「大逃げというリスクの高い戦術を敢えてしているんだ。トレーナーの見解で無理にやらせることはしない。後、お前の根性を当てにしている。」
「…。」
◇
別の日。
「さあ、今日はプールだ。門限ギリギリまで予約してあるから、目一杯泳ぐぞ。」
「トレーナー、よくそれだけの時間借りれたッサね…。」
「元々予約入れていたが、他のチームに急遽キャンセルが出たので、使わせて貰うことにした。」
パンサラッサは目が死んでいるが、プールトレーニングは足に負荷を掛けずにスタミナを伸ばせる有効なトレーニング方法だ。優先度で言えば一番高い。
「まずは50m、自分のペースで泳いでみろ。そのタイムを基準に、ある程度速度を維持出来るまで続ける。」
プールについては可もなく不可もなくで、最初のペースで最後まで泳ぎ続ける事が出来た。
「慣れたら何とかなりそうッサ。」
「それは良かった。」
◇
また別の日。
「今日は坂路だ。坂路の超特急ミホノブルボンは、この坂路で鍛えた。かなりきついから出来るところまででいいが、これも次第に増やしていくぞ。」
「わ、分かったッサ!」
ダッ
過酷という言葉に偽りはない。野山を駆け回っていたウマ娘でもない限り、こんな急傾斜の斜面をずっと上り続けるなんて経験はない。最初は勢いよく登っていたパンサラッサだったが、どんどん勢いが削がれ、とうとう止まってしまった。
「どうしたー、登れないなら最初からもう一度だー。」
「ま、まだまだッサ!」
「後60秒以内に登らないと、一からやり直しだ。」
そう言ったら、最初からやり直しが嫌なのか、踏ん張ろうとする。だが結局力尽き、最初からのやり直しになった。
「フーム、一日目は途中でダウン3回、完走なしか。まあ仕方ないな。」
「トレーナー、何度も途中で切り上げて、意味あるッサか?」
「何、いずれ登り切れるようになる。それよりも大事なのは、無理に一回に拘って密度を下げるのではなく、駄目ならスパッと諦めて、次の密度を濃くすることだ。」
◇
更に別の日。
「今日は座学だ。どのタイミングでどのような体の使い方をするか、それを学んでいく。」
「やっぱりスリップストリームを仕えないのが一番きついッサかね。」
「そうだな、大逃げだとまず無理だからな。後、後ろを幻惑させる走りも向かない。普通の逃げは以下に後ろを騙して自分が楽をするかだが、大逃げは自分との競り合いだからな。周りに振り回されない代わりに、ライバルとの切磋琢磨もしにくい、難しい戦術だ。」
座学を進めていくうちに、パンサラッサの顔がどんどん青ざめる。
「パンは、こんなに難しいことをやろうとしているッサか…。」
「ハハハ、まあそうだな。でも、それでもやるんだろう?」
「勿論ッサ、大逃げ以外ではやる気が起きないから、即退学を選ぶッサ。」
◇
暫くたったある日。
「トレーナー、自主トレをやる時間がないッサ。」
「自主トレは、トレーナーの課すトレーニングをきっちりこなした上で、余裕があるからやるものだ。これだけ強度の高いトレーニングをしていたら、自主トレをする余裕はない。」
「そうッサけど、皆こなしているのにパンだけやらないのは…。」
「そう思うなら、体力付けて、トレーニングをこなせるようになる事だな。こなせるなら、やっても良いぞ。もっとも、門限より遥か手前の時刻でトレーニングを終えている今の状況ではまだまだ先だが。」
部屋に帰ってくるたびに疲労困憊のパンを見たコントレイルとウシュバテソーロの反応
「だ、大丈夫、パン?」
「パンのトレーナー、スパルタ過ぎない~?」
「そ、そんなことないッサ、無理って言ったらすぐ止めてくれるッサから。でも、タイムだけじゃなくて、練習時間まで記録するから、それで過去の自分と否応なしに比べられて、精神的に…。」
「「あっ(察し