曖昧な意識の中、遠くから声が聞こえる。誰かに話しかけているそれはとても親し気なのだが、声は一人しか聞こえない。そんな状態が暫く続いたが、会話が進むにつれて私の意識がはっきりとしてきた。同時にぼんやりとしていた視界や体の感覚もまるで輪郭を帯びる様に明確になり始めた。
「そっか」
自分の体を見下ろしながら私は自分が誰なのか、何者なのかを思い出した。
「私は…えと」
齢400を超え神霊の領域に踏み込んだ“神護えと”の分霊にして、彼女に代わり異なる世界を旅する存在。自らが定まると同時に私の視界は一気に色を持ち始めた。
「ふむふむ、今回はこんな感じね」
木漏れ日に目を細めながらそう呟く。これまでも私は彼女の代理として他の世界を旅している。その経験からすれば、比較的マシな世界の様だと考えた。尤も背中から伝わってくる重さから、平和とは縁遠い旅になることは確定だろうけど。
――えと…えと…わたしの声が、きこえますか?
直接魂へ干渉してくる声に私は思わず内心で頭を抱えた。
(そっち系かぁ)
異なる世界に紛れ込むにはそれなりの作法がある。その大前提として、入り込む世界の理に従う必要があるのだが、世界によっては極端に“えと”の力が抑えられてしまう場合がある。そしてどうやらこの世界は、かなり制限されてしまうようだ。周囲をしっかりと確認しながら森を抜けると、その先は断崖になっていた。息を呑む様な雄大な景色の中、太陽とは異なる光が私に語り掛けてくる。
――えと…えと…わたしの声が、きこえますね…。
見上げて視線を合わせれば、その光は自己紹介を始める。なんでもアレはすべてをつかさどる者で、私はいずれ真の勇者としてアレの前にあらわれるらしい。けどその前にもっと私の事を教えろとか言い出した。胡散臭さを感じるけれど、こちらに干渉出来るような存在だ。私は諦めて頷くが、どうやら光様は不服だったらしい。
――あなたはなかなか用心深いようですね。それともただのひねくれ者なのか…。
なんだとこのやろう。
――とにかく私はまつことにしましょう。
そう言って光は沈黙する。なら用事は済んだと判断した私はこの場から去ろうとしたのだが、出口が無い。…これはあれだな?待つけれど、お前の意志が変わらん限りここから出さんと言う事だな?一通り見て回り、そう結論を出した私は再び光へ視線を向ける。すると再び先程と同じ問いかけが発せられ、同じ様に私は再度頷いて見せる。しかし光様は何かが気に入らないらしい、同じ言葉を繰り返して再び沈黙してしまう。途方に暮れていると、光とは別の声が頭に響く。
“あ、間違えてた…”
本体の乾いた笑いが響いた後、三度光に視線を向ける。どうやら向こうで話し合いが済んだのか、光は漸く話を進めだした。本名、年齢と続いた後は、あれこれと質問を投げてくる。素直に答えていると満足したのか光は厳かに告げてくる。
――ではこれが最後の質問です。
その言葉と共に視界が歪み、気が付けば私は洞窟の中にいた。
「ふーむ」
いつの間にか手にしていたランタンを掲げつつ周囲を見回す。自然に出来た洞窟のようだけれど、地面はそこそこ均されている。多分人の手が入っているのだろう。近くには天井から水が滴っていて、床に水たまりが出来ている。近づいて確認してみるが、何かがそれを利用した形跡は見当たらなかった。周囲を再び確認し、唯一通路となっている北へ進む。すると大して歩かないうちに道が分かれ、その真ん中に立札が置かれていた。
“西にすすむべし”
簡潔に書かれた文字を読み、私は一度東へ視線を向けた後西へと進む。暫く進むとまた道が分かれていて、そこには立札がたっていた。
“キケン!北にはすすむな!”
辺りを見回し、私は東に延びている通路を進む。誰が何のために立てたのかは解らないけれど、態々危険と書かれている方向に進む程私は無謀じゃない。更に立札の指示通りに進んでいくと、それまでとは毛色の違う警告が書かれた立札を見つける。
“なんじなに事があろうと、ただひたすら一直線に北にすすむべし!”
一瞬西に続く通路を見て、更に先程まで歩いてきた南の通度へ振り返る。注意喚起でない文章に迷いが生まれたからだ。もしかしてあれは警告ではなく誘導だった?しかし考えた所で答えは無い。私は暫し迷った後、北へ向かって歩き出した。ここまで従って来たのだ、今更疑うのも違う気がしたからだ。そう覚悟を決めて歩き出して直ぐ、それは現れた。
「!?」
視界の端に映った僅かな輝き、不規則な周囲とはミスマッチな均整の取れたその姿。それがあ、何かを脳が理解したと同時に、私の体はそれへ向かって駆け出していた。
「宝箱だー♪」
先程読んだ警告などすっぱり忘れて私は宝箱へと近づいていく。ふふ、やはり人の善意には従っておくものね、これは良い子にしていた私に対するご褒美に違いない。そんな確信と共に足を更に踏み出した瞬間、私の耳に聞こえてはいけない音が飛び込んでくる。
「へ?」
信じたくない気持ちが口から漏れるが、現実は非情である。轟音と共に踏みしめていたはずの床が崩れ去り、私は虚空へと投げ出される。
「た、たからばこぉぉぉ!?」
真っ暗な穴に吸い込まれると同時に視界が歪み、次の瞬間にはあの断崖に立っていた。
――私はすべてをつかさどる者。いまあなたがどういう人なのかわかったような気がします。
羞恥で頬を赤くしていると、光がそんな事を言ってきた。
――えと、あなたはかなりPON…もといおっちょこちょいのようですね。
おいマテ今なんと言おうとした?そして言い換えてもそれかなりディスっているよ?そう抗議を入れようと口を開きかけたのだが、なんだろう?何故か言い返せない空気を感じる。
――いろんなことに興味をしめして、思いついたらすぐに行動。まわりが見えなくなることがあります。
容赦ない口撃が続くが、言い訳のしようがない行動をとった私は乾いた笑いを返すしかない。そうしているうちに有難いお説教は終わりを告げる。
――さあそろそろ夜が明ける頃。あなたもこの眠りから目ざめることでしょう。
え?なにそれ夢オチ?
――私はすべてをつかさどる者。いつの日かあなたに会えることを楽しみにまっています…。
光が言いたい事を言い終えたのだろう。再び視界が歪み始め、同時に意識が沈み込む感覚を覚える。おそらく肉体の覚醒が近いのだ。
「ちょっと待って弁明させて。え?本当にこんな感じで始めるの!?」
私の渾身の訴えは、けれど届くことなく消えたのだった。
「おきなさい、おきなさい。私のかわいいえとや」
そんな声が耳朶を打ち、私はゆっくりと瞼を開ける。使い慣れた寝具の感触を味わいながら視線を横へ向ければ、そこには優しい笑顔を浮かべたお母さんが立っていた。そう、私はえと。このアリアハンで暮らす勇者の卵だ。
「今日はとても大切な日。えとが王様に旅立ちのゆるしをいただく日だったでしょ?」
…そうだ。私のお父さん、オルテガは勇者として旅立って、そして二度と帰らなかった。そして未だ世界は魔物に溢れている。だから私は決めたんだ、成人とみなされる16になったら、お父さんの後を継いで旅に出ようって。
「この日の為に、お前を勇敢な子に育てあげたつもりです。さ、母さんについてらっしゃい」
そう言ってお母さんは部屋から出ていく。私はベッドから出ると、すぐ横に用意してあった服と装備を手早く身に着けた。
「おっと。いけないいけない」
本棚の隣に置いてあるサイドボードの引き出しを開け、中を探る。そうして目当てのものを見つけると、私は躊躇なくそれを口へと放り込んだ。
「うーん、力が1上がった!かな?」
偶然見つけて取っておいた力の種を飲み込んで、更に部屋の中を確認する。と言っても昨日のうちにある程度整理はしてしまったから特に重要なものや旅に役立つものは無い。最後に深呼吸をして部屋を出ると、待っていたお母さんと共に家を出る。空は晴れ渡っていて、太陽は明るく輝いている。魔王が世界を滅ぼそうとしているなんて、まるで嘘みたいだ。けれど、日に日に魔物の被害は広がっているらしい。黙々と歩くお母さんの背を追っていくと、城門の前でお母さんが立ち止まった。
「ここから真っ直ぐいくとアリアハンのお城です。王様にちゃんと挨拶をするのですよ。さあ、いってらっしゃい」
お母さんの言葉に背を押され、私は旅立つための一歩を踏み出すのだった。
本作の10倍は面白い配信を皆で見よう!(ダイマ