いや、しかしどうだろう?挨拶に行くは良いけれど、王族相手の礼儀作法なんて知らない。失礼があってやっぱ旅立ち禁止!なんて言われては目も当てられないのではなかろうか?そんな考えが思い浮かび、とっさにお母さんの方を向く。するとお母さんは不思議そうに首をかしげて口を開いた。
「えとやどこへ行くつもり?あんなに楽しみにしていたのに、王様に会わなくていいの?」
いや、会いたい気持ちはあるのですお母さま。けれど相手は一国の王様、最高権力者でございます。粗相の結果断頭台の露などにされてはたまったものではございません。ここは今一度態勢を整えるべきではないでしょーか?
「けれど今日会わないと、もう王様はえとに会ってくれないかも」
それは困る。困るけれどそんな気分屋さんな王様が、おおらかな気持ちで庶民に接してくれるものだろうか?やはりここは一度撤退するべきでは。
「そう…。そこまで言うなら母さんはもう何も言わないわ」
そう言って踵を返すお母さん。けれど私が動くより先に振り返って口を開く。
「…じゃあおうちに戻るけれど、最後にもう一度だけ聞くわ。本当に王様に会わないのね?」
その顔は普段の温和なお母さんからは想像も出来ない真剣な表情だった。あ、これ日和ってるのを見透かされてますね。
「…行ってきます」
「そうでしょう、だったら王様にちゃんと挨拶をしてくるのですよ」
今度こそ私は城に向かって歩き出す…が、このえとが思い通りに動くなどと思わぬことだ!足早に城門へ近づくと見せかけて素早く方向転換。壁伝いに先ずは左側を確認する。様々な異世界を経験した者達の鉄則その1、歩ける場所は隈なく歩けだ。残念ながら左側は空振りだったが、右側には奥へと続く通路があった。迷わず進んでいけば、そこには若い女性が立っている。ふむ、ヘイそこのお嬢さん、こんな所でなにをしているのかな?話しかけてみれば旅の扉がどーたらこーたら、外の世界がうんたらかんたらと話しだした。それって見知らぬ人間に話していい事なの?なんて考えが脳裏を過るが、私はアリアハン王に旅立ちの許可を貰う勇者(予定)なので問題ないだろう。無いよね?その後怪しい樽から入手した守りの種を齧りつつ、城門前へと戻る。そして周囲を再度見回すが特に変化は見られない。…飛び上がって二階から侵入出来ないかとも思ったけれど、どうもそういう事は出来ない仕様のようだ。意外と制限の強い世界らしい。
「…行くか」
覚悟を決めて城門を潜るとその先は煌びやかな城内だった、金属製の装備を身に纏った兵士が穏やかな表情で挨拶をしてくれる。
「アリアハンのお城へようこそ!」
壁沿いに抜け道が無いか調べながら歩く私を見てこの反応。国民を信頼していると見るか職業意識が欠落していると判断するか微妙なラインだ。取り敢えず笑顔で会釈を返しつつ先へと進と、見るからに王様が待っていそうな階段が見えてきた。当然華麗にスルーして城内の探索を続ける。一瞬私の中の天使が誉れある行動をしなきゃダメでしょ!と話し掛けてきた気がしたが、こちらも無視しておく。
「というか、あれでしょ?この世界に泥棒とかないでしょ。私勇者だし」
だからお城どころか民家だって入り放題って寸法よ、勇者バンザイ。
「広いなー」
周囲を見回しながら見かけた人達に声を掛ける。皆大変気さくな人柄で、帯剣しているにも関わらず咎められることは無い。それどころか何やら重要っぽい話までしてくれる。
「バコタの作った鍵は簡単な扉なら全て開けてしまうそうじゃ。…そんな鍵があったら、あんなとことかそんなとこに入れてしまうのうっ!」
ハッスルするご老体につい冷たい視線を投げてしまう。何処に入るつもりだこのエロジジイ。そしてこんなん雇っていて大丈夫なのかアリアハン王家。
「こっちは厨房かな?」
扉の先から漂ってくる美味しそうな匂いに少し気を引かれるけれど私は更に足を進める。ご飯は大事だけれど、流石に冒険に持っていける様な物はないだろうから後回しだ。そんな事を考えながら角を曲がった瞬間、心臓が強く鼓動を打った。
「はっはっはっ」
浅くなる呼吸を鎮める様に何度も繰り返し、足早にその部屋へ近づく。そして据えられている格子戸から中を見て、私のテンションは最高潮に達する。
「宝箱っ!…たくさんっ!!」
フラフラと入り口の扉へ向かい、そのドアノブに手を掛けて私は愕然とした。鍵がかかっている!?
「なんてこと!」
私勇者、目の前宝箱、部屋鍵掛かってる。宝箱、開けらんない!!??
…これは由々しき事態だ。私はこれから魔王を倒すために旅に出る。つまり世界の命運は私に掛かっていると言っていい。だというのにあの宝箱が開けられないのである!!もしやこれは私の旅立ちを妨害する陰謀?つまりアリアハンのお城には既に魔王の手先が入り込んでいるのでは!?
「ふー、落ち着け私。クールにいこう」
先ずは情報収集だ。城にやって来た目的をすっぱり放り出して聞き込みを始める。姫様を探すメイド、飾られた甲胄と同化を試みている兵士、あんまり考えて生きていなそうな青年、それぞれ気になっている事を口にするけれど、どうやら私の求める犯人については知らない様だ。
「ん?ここは入れるや」
鍵の掛かっていない扉を開けると、そこには色々な道具が置かれていた。どうやら倉庫のようだ。
「取り敢えず調べなきゃね」
そう口にして私は手当たり次第に物色を始める。けれど木箱や殆どの壺は厳重に封がされていて開けられない、唯一入り口付近にあった蓋の開いた壺を覗き込むと中にキラリと光るものがある。
「6ゴールドと…ちっちゃいメダル?」
それを見た瞬間、頭の中に知らない記憶が流れ込んでくる。…どうやらこれは小さなメダルなるもので、これを集めている怪しいおじさんに渡すことで景品が貰えるらしい。情報の端々にツッコミどころが満載だった気がするが、多分これは気にしたら負けなやつなので気にせずに道具袋へしまい込む。一瞬誰かがお城の物を勝手に持ち出してええんか?と囁いた気がするが大丈夫だ、何故なら私は勇者だから!
「そもそも壺や樽の中の残りものとか、誰も気にしてないでしょ」
勇者としてその思考はどうなんだって?ふっ、青いな。
「26ゴールドゲット~♪」
だってこれから私は魔王を倒して世界を救うのだ、それを思えば安いものではないだろうか!
「宝箱!…じゃないか」
粗方の聞き込みを終えた私は地下へと続く階段を降りる。鍵の掛かった扉、地下牢に捕まったバコタ、そして彼の作った鍵。…この情報から一つの答えが導き出される。つまりバコタに会って鍵を手に入れれば、あの宝箱は私の物だ!
「こんにちは~♪」
「囚人と話すなら牢屋越しに話なさい」
牢番の兵士に笑顔で話し掛けると、そんな注意を受ける。…話していいんだ?
並んだ牢屋の片側、痩躯で如何にも盗賊ですという風体の男に声を掛けると、男は聞いてもいないのにペラペラと状況を話し始めた。話相手が居なくて寂しかったのかな?曰くナジミの塔に居る老人に騙されて捕まった上に鍵も盗られてしまったらしい。
「これは取りに行けって言ってるな?」
やれやれ、どうやらいい加減王様に旅立ちの許可を貰いに行かなきゃいけないらしい。地下室を出て足早に王様の元へと向かう。多少待たせたかもしれないけれど、まあ王様だし他の人と謁見とかしてるでしょ…とか思っていた時期が私にもありました。
「…やっと来おったか」
謁見の間に入って跪くと、小さく王様が呟いた。横に居る頭頂部が眩しいおじさんもチベットスナギツネみたいな表情で私を見ていた。
「よくぞ来た、勇敢なるオルテガの子、えとよ!」
その声に過去の記憶が蘇る。数年前、お父さんの悲報を私はお母さんとここで聞いたのだ。多分あれが私の運命を決めた瞬間だったのだと思う。
「すでに母から聞いておろう…」
あの時幼かった事を配慮してくれたのか、王様はお父さんの最後を語る。そして私のお父さんの後を継ぎたいという願いを快く認めてくれた。
「敵は魔王バラモスじゃ!世界の殆どの人々は未だ魔王バラモスの名前すら知らぬ。だが、このままではやがて世界は魔王バラモスの手に…。それだけは、なんとしても食い止めねばならぬ!若き勇者よ、魔王バラモスを倒してまいれ!」
王様の熱弁は続く。
「しかし、一人では其方の父オルテガの不運を再び辿るやもしれぬ。町の酒場で仲間を見つけ、これで仲間達の装備を調えるが良かろう」
そう言って王様が私の近くに控えていた兵士に視線を送ると、彼は手にしていた袋を私に手渡してきた。
「どうぞ、ご活用下さい」
中に入っていたのは50ゴールドと棍棒とひのきの棒、それから旅人の服だった。え?これだけ!?
「……」
思わず無言で渡してきた兵士を見ると、素早く目を逸らされた。因みに彼は鉄の防具に身を包み、その手にはやはり鉄で出来た槍を持っている。えぇ…。
「王様…ケチなんですけどー…」
「んっ、んんっ!!」
思わず呟いてしまうと、王様の横に居た大臣が派手な咳払いをする。見れば王様がちょっと傷付いた顔をしていた。やば。
「はい!頑張って行ってきます!」
元気に返事をすると凍りかけていた部屋の空気が少しだけ緩くなる。それに安堵したように大臣がアドバイスをしてきた。
「勇者殿、旅を続けてゆくにはいずれ盗賊の鍵が必要になりましょう。王の仰る通り――」
繰り返すように仲間を連れて行けと大臣も言う。あれか、流石に16の子供一人に全部背負わせるのは気が引けるのか。ならもっと支度金を寄こせと小一時間…。
「――北西にあるレーベの村へ行ってみて下され。場所を書き込んだ地図をお渡ししましょう」
大臣の言葉に合わせて今度は別の兵隊さんが大きな巻物をもってくる。広げてみればアリアハン大陸の地図だった。
「本来は自分で城や村の位置は書き込む必要があります、ご注意を」
「其方の働きに期待しているぞ、えとよ!」
王様がそう締めて、謁見は終わる。私はもう一度頭を下げると謁見の間から辞する。そして階段を降りながら小さく溜息を吐いた。この旅立ちは私が望んだもの、望んだものなんだけど、
「これは思ったより手強い旅になりそう…」
そう思わずにはいられないのだった。
勇者が旅立たない