シャイニートリガー -多重星界起動遍歴-   作:形のない者

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漆黒の砂漠ヴァリアー編


ボンゴレ① 対ネイバー組織

 

 夜空きらめく頃。天井支部の寮を後にした大崎甜花は、ボーダー本部に向かう。秘密経路を使い、最短距離で本部に到着。ラウンジに赴き、待ち合わせしている相手の顔を探す。

 

 その時、騒がしい集団の声が否応なく耳に届いた。

 

「極限にプンスカだぞ! なぜ我ら並盛中のボクシング部がC級への降格処分を受けねばならんのだ!」

「結局それは俺とお前が殴り合ったからだ! 軍隊で暴力沙汰は御法度だと知らんのか、結局バカが!!」

「ふ、ふたりとも落ち着いて……! また喧嘩したら、今度は降格どころか追い出されちゃうよ……!」(あ、でも……オレとしては追い出されてもいいかも……)

「ツナさん❤ ハルはツナさんといっしょなら、どこまで落ちても構いません!」

 

 睨み合う二人の男子を諌めるツナと呼ばれた少年は、腕に抱きついてくるオペレーターの少女に対してドン引きの表情をする。

 

(またこいつはよくわからないことを……)「お、おいリボーン! どうすんだよこれ!」

 

 ツナは呼びかける。その視線の先は、ずっと下の足元。そこには、一歳児か五歳児か分からないスーツ姿の赤ん坊が立っていた。しかも流暢に立って歩き、喋るため、もしかしたら赤ん坊のトリオン体に換装している隊員なのかもしれない。

 

「ゴチャゴチャ抜かすな。自分のファミリーと仲間がしでかしたことは、ボスであるお前が尻を拭え」

「なんだよファミリーって! いきなり俺の前に現れたかと思えば、マフィアの十代目になれだとか、ボーダーに入れだとか、よくわからないこと言って! ……確かにお前のおかげで、京子ちゃんとは友達になれたけど……オレこんなところにいたくないよー!」

「ゴチャゴチャ抜かすなって言ってんだろが」

「ぶげぇっ!?」

「つ、ツナさーん!」

 

 リボーンと呼ばれた赤ん坊の飛び蹴りがツナのあごにヒットする。

 

「いっでー!! ……って、さっそく暴力起こしてるー!?」

「家庭教師の俺がやることは“教育”だから暴力じゃないぞ」

「ガーン! お、横暴だー!」

 

 衆目が集まる。それよりも甜花は妹の顔を探す。

 

「あ、甜花ちゃん!」

「! なーちゃん!」

 

 瓜二つの顔をした姉妹は、三日ぶりの再会を果たす。大崎甜花は天井支部の寮住み。大崎甘奈は本部の個室住み。数日に一回はこうして待ち合わせて、チェインだけでは足りない近況報告や雑談を交わす。

 

「なーちゃん、チームはもう組んだ?」

「うーん。まだー。誘われてはいるんだけどね~……」

 

 大崎甘奈は苦い顔を隠して微笑む。いつもなら気が付かない甜花だが、大規模侵攻を経てから妹の顔色には目ざとくなった。

 

「……ほんと?」

「え?」

「なにか……あった?」

「……! ……もー。甜花ちゃんには全部バレちゃうなー!」

 

 大崎甘奈は思い出す。甜花の天井支部入りが決定したその日のうちにB級に上がった事。その後、甜花とチームを組みたいあまり、チーム入りの誘いを断り続けていたら、とある女性隊員にこんなことを言われてしまったのだ。

 

 ────なんでチーム組まないの?

 ────ボーダーに入ったなら、防衛隊員として働くべきじゃない? いつまでもソロだと防衛任務はできないから、オペを誘ってチーム作るか、どっかのチームに入って、合同訓練(ランク戦)して、防衛任務に就く。……でもあなたは、ひとりでウロウロウロウロ。何がしたいのか分からない。なんのためにボーダーに入ったの?

 ────誰か待ってるって言うなら話は別だけど、あなたを見ていると、本気でネイバーと戦う気概が感じられない。まさか遊びで入ったとか? 自分の知り合いが入ったから、自分も入ろうっていう甘い考え? 一応ここ軍事施設で、殺し合いを推奨する場所なんだけど。センスがあっても覚悟がないと、この先キツいだけ。

 ────謝らなくていい。私も似たようなものだから、人のこと言えた義理じゃない。……うん。幼馴染がね。急にボーダー入るとか言い出すから。私はネイバーとかどうでもいいし、市民を守るとかそういう感情もない。まぁ、人として最低限のことはしますけど。

 ────だから安心した。私みたいな人がほかにもいるんだって、あなたを見て気付いたから。もしなにか言われたら、うちのチームに入る予定とか言って逃げればいい。

 ────せんぱーい! そろそろランク戦はじまりますよ~?

 ────じゃ、そういうことだから。あなたに言ったようなことを既に言われた私からの、余計なお節介。そう思って切り捨てといて。

 

 泣きぼくろが可愛い女の子からの忠告。現にその後、何やら嫌味ったらしい一般防衛隊員から、全く同じ小言を言われた。おそらく泣きぼくろの女の子も、この嫌味な隊員から言われたのだろう。しかし言われたことは事実だ。防衛隊員としてやるべきことをやっていない。だから、そう言われても仕方がない。

 

「……でも安心して、甜花ちゃん。甘奈、いつまでも甜花ちゃんにおんぶにだっこじゃないんだよ?」

「……うん。でも、本当に困ったら、言うんだよ……?」

「もっちろんだよ!」

 

 大崎甘奈は、ふと何かを閃いたように思い出す。

 

「あ、そうだ! ねぇねぇ甜花ちゃん。今から街に行って何か食べてこない?」

「え……甜花、今日は幽谷さんとの練習で、もう、クタクタ……」

「そっかぁ……じゃあ、また今度ね!」

「……ううん。行こ? 甜花、なーちゃんといっしょなら……元気、出る……!」

「! 甜花ちゃん……」

 

 大崎甜花の笑顔を見て、むしろ大崎甘奈の方が気力をもらう。

 それから二人は秘密経路を通って三門市の繁華街に出た。

 

「たしかここらへんだったような……あのね、甜花ちゃん。“あは~しあわせ~”が口癖の女の子から、美味しい店を紹介してもらったんだ! お好み焼き屋さんで────あ、見つけた!」

 

 〈お好み焼 かげうら〉の暖簾が下がる店。そこで美味な夕飯を食べて、姉妹団欒のひと時を過ごす。支払いを済ませて退店。大崎姉妹は味の感想を交わしつつ、ネオンが光る夜の街を歩いて帰る。

 

 人通りの多い繁華街。見るに普通の通行人はもちろん、酔っ払いが歩き、不良がたむろする光景も目にする。しかしそのような人間は、まだ優しい部類だ。夜の闇に紛れる者の中には、それよりも次元違いの“殺し屋”が潜んでいる。

 

 ボブカットの金髪が目元を隠している。銀色のナイフを服の中に忍ばせる少年は、趣味の“ご当地殺し屋殺し”を楽しむため、面白そうな人間を探すべくキョロキョロと見回す。しかし日本のことはあまり詳しくない。適当にそこらへんのゴロツキを半殺しにして、殺し屋について知らないか聞き出す。

 

「ぶへっ!? ひ、ひぃい……! た、たすけ……」

「助けてほしかったら、殺し屋がどこにいるか教えてくんない?」

「こ、殺し屋……?」

「そ、殺し屋! 三秒以内に教えないと殺すから」

「な、なんでそんな……」

「なんで? だって俺、王子だもん」

 

 ゴロツキは意味がわからないと混乱するが、金髪の少年は「いーち」と数えながらナイフを指で回す。

 

「あ────こ、答えます!」

「にー」

「さ、さっきボーダーを見ました!」

「……ボーダー?」

「は、はい! そ、そこの女ふたり……」

 

 ゴロツキは指さす。そこには談笑して帰路に就く大崎姉妹。

 

「……殺し屋じゃねぇじゃん」

「ひぃ!?」

「でもま、ちょうどいいや。これで任務達成! やっぱ王子は運もいいんだよね~。まさか本部の外でボーダー隊員を見つけるとか、ラッキー」

 

 ゴロツキの頚動脈を切った少年は、ダッシュで人ごみを蹴散らして大崎姉妹に突進する。「キャア!」「なんだ!」少年に突き飛ばされた人々の悲鳴。その騒ぎに驚いた大崎姉妹が何事かと振り返った瞬間、金髪の少年は標的を見定める。

 

(お、顔めっちゃ似てる。双子か? どっち殺そっかなー。明るそうな方か暗そうな方か。右か左か。んー。明るそうな方が生意気そうだから、そっち殺そっと!)

 

 大崎甘奈めがけてナイフを振りかざす。

 

「キャアアアアア────!!」

 

 赤い血が地べたに降りかかり、そばにいた通行人が金切り声を上げる。

 

「て、甜花ちゃん……‼? 血、血が……‼」

「ッ……! トリガー・起動(オン)っ!!」

 

 大崎甜花の左腕の衣服が裂けて大量の血が滴る。咄嗟に甘奈の前に手を出して庇っていた甜花はトリオン体に換装。甘奈の手を引いてその場を離脱する。

 

「────げっ。王子が斬る相手を間違えるとかありえねー。……よし、殺すのはテメェの方だ」

「なーちゃん! トリガー起動(オン)して!」

「……っ!! と、トリガー、起動(オン)……!」

 

 大崎甘奈もトリオン体に換装。トリオン体は生身の時と比べて身体能力を大幅に上げる。しかし運動神経を持たない甜花は、自転車ほどのスピードしか出せない。本来なら自動車ほどのスピードを出せるはずだ。甜花は一瞬後方を確認。甜花の返り血を浴びて笑っている金髪の少年が、甜花たちより早いスピードで追いかけてくる。

 

(相手もトリオン体……! まさか、ネイバー……!?)

 

 いきなり人を殺しにかかる防衛隊員はいないはず。人型ネイバーなんて見たこともないが、トリオン体の速度に追いつける人間も存在しない。ならば、未知の敵────ネイバーと判断するのは無理からぬこと。

 

(もしネイバーじゃなくても、ボーダーのトリガーは生身に対して殺傷力がないって、福丸さんが言ってた……!)

 

 知識は荷物にならない。

 

(C級隊員のトリガー使用は禁止されてるけど……そんなの、今は無理!)

 

 甜花は人混みを抜けて交差点に出る。アステロイドを起動。生成・極小分割・低速設定・射出。低速散弾地帯を作成。

 

「!」

 

 金髪の少年は低速散弾地帯の一歩手前で足を止める。そのまま甜花は全力疾走、甘奈を引っ張って警戒区域に向かう。

 

「て、甜花ちゃん……どこに……」

「警戒区域に行けば、防衛任務中の部隊がいる……! なーちゃん、内部通話で本部に報告して……! 人型ネイバーが襲ってきたって……!」

「う、うん……!」

 

 二人は警戒区域に到着。

 

「よーやく追いついた」

『!?』

 

 ふと大崎姉妹の周囲に数十本のナイフが回転。一斉に射出されてトリオン体の端々を切り刻む。四肢と胴体に浅い切り傷。そこで甜花の脳内にシステムボイスが響く。

 

『警告 トリオン漏出甚大』

(……っ!!)

 

 数個の切り傷からトリオンが放出し、空気に触れるなりトリオンは分解を始め、霧状となって消失していく。少しのかすり傷でベイルアウト寸前。おそらくあと一回、弾トリガーを起動すれば、換装が解かれてしまうだろう。

 

「なーちゃん! このまま本部まで走って!」

「え────」

「ハウンド!!」

 

 追尾弾による低速散弾地帯を作成。ただし低速の度合いは徒歩程度。しかも標的は大崎甘奈に設定した。敵の狙いは甘奈だ。甘奈が本部に直進すれば、追尾弾も甘奈を追いかける。甘奈を殺そうと追いかけても散布した追尾弾が邪魔をする。回り込もうとしても、その間に準備が整う(トリガーを起動できる)

 加えて、甘奈が“甜花を見捨てて逃げろ”という指示を聞くとは思えない。まず敵と戦おうとするはず。だから甘奈のトリオン体を追跡するよう設定した。もし甘奈が戦おうとすれば、ハウンドのせいでまともに戦えず、敵の攻撃を受けるなり、ハウンドに当たるなりして、トリオン体を破壊できる。そしてB級隊員にはベイルアウト機能が搭載されている。甘奈がベイルアウトすれば、甜花の()()()()()()()()()

 

『トリオン漏出過多 戦闘体活動限界 戦闘体解除』

 

 甜花自身、ボーダーに入ってから、もしもの時に備えて考えていた作戦の一つを、こうも早く使うことになるとは思わなかった。甜花のトリオン体が解除されて、生身の制服があらわとなる。

 

(ん? この程度でトリオン切れか? 少なすぎね?)

 

 甜花は即座に低速散弾地帯の“抜け道”に身を潜ませる。ボーダー製の弾トリガーは、生身に当たれば気絶するほどの衝撃となる。しかしその場に棒立ちで留まっていても金髪の少年に殺される。死地に残るか、九死に一生の散弾地帯に飛び込むか。無論、選ぶのは後者以外ありえない。

 

「甜花ちゃんっ!!」

 

 甘奈は追尾弾を起動する。敵に真っ直ぐ当てようにも低速散弾地帯に邪魔されて狙えない。そのため頭上に射出。放物線を描いて金髪の少年を狙う。対する金髪の少年は、散弾地帯の“抜け道”を目ざとく発見。それも当然だ。人ひとりの体が通れる隙間が空いているのはおかしい。加えて甜花は、抜け道に出口を作らなかった。甘奈のもとにたどり着かせないためだろう。

 

(自分から袋の鼠になってやんの!)

 

 金髪の少年は抜け道に飛び込み、甜花めがけてナイフを振りかざす。

 

「トリガー・起動(オン)!!」

『!?』

 

 甜花は右手に持ったトリガーホルダーを守りに当てながら、戦闘体が解除された三秒後に戦闘体を起動した。普通なら換装はされない……だが────トリオンの回復速度は、人間ならば何人たりとも一定である。まだ本格的に実証されていない仮説のため例えばの話になるが、トリオン1と5の人間が二人いたとする。福丸小糸の理論を借りれば、これはトリオン100と500にコンバートできる。そして二人が同時にトリオン切れを起こした時、一秒につきトリオンが1回復し、一分経てば60回復し、二分経てば120回復するため、トリオン1の人間は二分弱で全回復することになる。

 

(一秒で1回復────三秒で3回復────そして換装に使うトリオン消費量は10から50程度……)

 

 つまり足らない。圧倒的に足りない。あと二秒待てば殺される状況。使うしかなかった。

 

(ヤベッ。トリオン切れでの解除はブラフか?)

 

 金髪の少年は一瞬迷う。トリオン切れで戦闘体が解除されたのは事実だが、自ら低速散弾地帯に飛び込んで誘うような行動をしたことは、トリオン切れと思わせて、罠に誘ったような行動にしか見えなかった。甜花は無意識だが、相手を迷わせるような行動を取った形となる。

 

(ま、別にいいか。どうにかなるっしょ。だって俺、王子だもん!)

 

 しかし金髪の少年は、一瞬の逡巡後、踏み込んで斬撃。甜花の右手首が切り落とされる。

 

「────やぁ!!」

「ぶっ!!」

 

 次の瞬間、甜花の左パンチが、金髪の少年の顔面右側にヒットした。金髪の少年は突然の衝撃にたたらを踏み、低速散弾地帯にトリオン体を通過させてしまう。胴体と四肢にヒョロヒョロ弾が多段ヒットする。だがトリオン体に感覚はあっても痛みはない。

 

「────」

「…………」

 

 金髪の少年と大崎甜花の目と目が合う。金髪の少年は訝しむ。甜花の右手は切り落としたはずだ。しかし甜花の右手は、きちんと()()()()()()()()

 

 その理由を甜花は知っている。むしろ、右手が切り落とされることを狙っていた。

 

(戦闘体に換装される部位は、トリガーホルダーの周囲から……そして甜花は、右手にトリガーホルダーを持っていた……! 全身換装に必要なトリオンが足りなかったから、右手の肘手前あたりまでしか換装されなかったけど……敵の攻撃を一瞬、それも一回だけ防ぐ分には使えると思ったから、()()()()()……でも、ちょっとヒヤッとした……なんで敵は一瞬、攻撃を迷ったんだろ……? 右手の換装時間は一秒も無いから、あとちょっと攻撃されるのが遅れていたら、換装が解かれて本物の右手が切り落とされていた……)

 

 その事実について、金髪の少年は自ら考察して辿り着く。

 

「……なに? おまえ、頭イカれてんの?」

「…………」

 

 言葉を返して少しでも時間を稼ぐべきだ。既に五秒経過。まだまだ全身換装には足りない。

 そこで甘奈の追尾弾が降り注ぐ。焦って滞空時間を多めに設定してしまったのか、今さらの攻撃。だがそれは甜花の撒いた低速散弾地帯に打ち消されてしまった。

 

「なーちゃん! 甜花、逃げてって言った……!」

「で、でも……!」

 

 甘奈は後ずさりする。甜花のハウンドによる低速散弾地帯が、じわじわと甘奈に詰め寄っているためだ。甘奈は被弾を避けるため、甜花と金髪の少年から離れるしかない。横から回り込みたいが、そんな暇はない。誰かが一歩でも動けば、金髪の少年は動き出す。そんな気配を感じる。

 

「……このまま王子は待っててもいーわけ。テメェのヒョロ弾がどこまで持続するか指折り数えてみる?」

「……」

 

 十秒から十五秒。低速散弾地帯の持続時間はそのくらい。そして残り二、三秒で切れる。その次が甜花の終わりだ。

 

 キューブのカバーが空気に触れて消失。低速散弾地帯が消え去る。

 

「ヒヒッ!」

 

 金髪の少年がナイフを持って突進。対する甜花は、右手でトリガーホルダーを首下に当てて起動。右手と頭部と首と心臓を守る。この際、右手以外の四肢と胴体は捨てる。銀色に切り裂かれる右手首、頚動脈、脳天、左胸。ご丁寧に全ての換装部位を刺した金髪の少年は、甜花の左腕から迸る鮮血を見て興奮し、トドメとばかりに叫ぶ。

 

「終わりだ! ──なんてな!」

「!?」

 

 金髪の少年は、なぜか後退。ベロを出して降参するように両手を挙げる。しかし彼の体の前には、複数のナイフが浮いていた。ふざけたように嘲笑う金髪の少年は、何もしない。ただ宙に浮かぶナイフがひとりでに、甜花を刺し殺そうと一斉に突撃を始めた。

 

「っ────!!」

「甜花ちゃんッ!!」

 

 刹那、満月のように弧を描く斬撃が、全てのナイフと金髪の少年の胴体を薙ぎ払った。

 

「……あ?」

(来た……! 暗くて見えないけど、あの紺色の着物姿は……!!)

「────旋空弧月」

 

 本部の緊急報告を受けて、いの一番に馳せ参じた隊員は杜野凛世だった。天井支部の寮と距離が近いということもあったが、現在の主力隊員の中でトップ争いをするレベルの機動力を誇るのも起因しているだろう。

 

 金髪の少年はトリオン伝達脳を破壊されて戦闘体が解除。生身となり青ざめる。

 対する甜花は安堵のためか、左腕の激痛を思い出して尻餅を搗いた。

 

「やっば……」

()ぅ……」

 

 杜野凛世は怖い顔で、甜花の後方を睨んでいる。甜花は痛みに耐えながら杜野凛世を見やり、その視線の先に甘奈がいることを思い出して振り返る。

 

「あ、なーちゃん!」

 

 そして甜花は言葉を失う。

 

 甘奈は隊服ではなく制服姿だった。つまり換装が解かれている。そして甘奈は何者かに両手と口を塞がれて捕まっていた。甘奈を人質に取る敵の姿は、黒髪ポニーテールの少女。凛々しい顔立ち。しかしその目は、底知れぬ怒りか憎悪か、なんらかの激情で満ちていた。

 

「人質を殺されたくなければ動かないで。ベルフェゴールも、早く私の方へ来なさい。離脱するわよ」

「……な、なーちゃん……」

「お、アーデルハイトじゃん。やっぱ俺、王子だから運がいい! 助かったぜ!」

 

 ベルフェゴールと呼ばれた金髪の少年は、アーデルハイトと呼ばれた黒髪の少女のそばに駆け寄る。

 

「ボーダーの人たち。恨むならボンゴレを恨みなさい」

「……ボンゴレ?」

 

 杜野凛世が名称の意味を問うと、アーデルハイトは有無を言わさず、その背中に稲光する黒い球体を出現させた。それには誰もが見覚えがある。ネイバーが出入りする時のポータルである。

 

『……!!』

「人質を取り返したければ漆黒の砂漠に来い。ヴァリアーとシモンが、その地でボンゴレを()つ」

 

 甘奈を縛るアーデルハイトと、その傍らで笑うベルフェゴールは、黒い穴の中に向かって後ろ跳び。黒いポータルの中に姿を消し、目に涙を溜める甘奈までも吸い込まれていく。

 

「ンー!! ンンー!!」

 

 ────甜花ちゃん!

 

 そんな声が聞こえたような気がした刹那、黒い球体は電撃を放って消失した。

 

「────…………なー、ちゃん……」

「────はい。緊急事態です……ボーダーの主力隊員が一名、人質として人型ネイバーにさらわれました……いえ、はい。訓練生の大崎甜花は左腕を負傷。至急、医療担当者を……」

 

 杜野凛世は周囲を警戒しつつ、放心状態の大崎甜花のそばに近寄る。肩に手をかけて揺さぶり声をかけるが、甜花は現実を受け入れられないのか何も言わない。

 

「……甜花さん。聞いてください」

「…………」

「甘奈さんは、凛世たちが連れ戻します」

 

 ────甘奈を助ける。

 

 初めて甜花が、凛世の声に応じる。振り向いた顔は極めて張り詰めており、藁にもすがるような涙をたたえていた。

 

「ですから、今は……とにかく、応急処置を施します」

 

 杜野凛世は、甜花の左腕の切り傷を止血する。その間、甜花は茫然自失としていた。不意に傷口から上をキツく縛られたことで激痛が走り、身じろぎ。甜花の膝が、なぜかピカピカと光る。

 

(……?)

 

 それは繊維のような何かだった。月の光を反射する糸のようなもの。

 

(……ひも? 硬い……ワイヤー?)

 

 なぜ甜花の体にワイヤーが巻かれているのか。月光と触感を頼りにワイヤーを辿ると、甜花の右手首・頚動脈・脳天・左胸に張り付いていることが分かる。

 

(……これは……敵が切りつけてきた場所……? そういえば最後、なぜか後退したかと思ったら、ナイフがひとりでに飛んできた……つまり、どゆこと?)

 

 甜花は首をひねる。そして応急処置を施す凛世に聞いてみた。

 

「あの、杜野さん……これ……」

「……? ……それは……トリオンがワイヤーとして物質化したトリガーと思われます。おそらく甜花さんの体にくっつけて、ワイヤーの軌道上にナイフを走らせていたのでしょう……曲芸のたぐいですが、その遊びがあったからこそ、間に合った……無論、使いようによっては極めて危険なトリガーです」

 

 杜野凛世はひと目で見抜く。甜花はなるほどそういうことだったのかと悟り、物質化したトリガーという点に着目する。

 

(……このワイヤー……欲しい……低速散弾地帯の代わりになるかも……でも、もう、意味、ない……なーちゃん……なーちゃんが……)

「! 甜花さん……!」

 

 突如、甜花は気を失う。倒れる体を凛世が庇う。

 

「霧子さん! 甜花さんが倒れました。おそらく失った血の量が多く……。止血は完了しました。走った方が早いため、背負って本部に駆け込みます」

 

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