会議室を出た大崎甜花は小走りして、先行くプロデューサーを追いかける。
「ぷ、プロデューサーさん……!」
「甜花ちゃん、危ないよ……」
「?」
甜花の点滴機械を支える霧子。プロデューサーは振り返り、甜花と相対する。
「プロデューサーさん……わ、ワイヤーの情報、ちょうだい……?」
「ワイヤー? ……あぁ、ヴァリアーのデータが欲しいのか。何に使うんだ?」
「えと……開発室に持って行って、超特急で、作ってもらう……」
「え。でも遠征は三日後だぞ?」
「ま、間に合わなかったら、仕方がない……でも、絶対作ってもらう予定だから……早いうちに、頼みたい……」
「そうか。なら持っていけ。霧子、可能なら協力してやってくれ」
「あ、はい……!」
プロデューサーは、幽谷霧子のボーダー専用デバイスに資料を送信。すぐに大崎甜花は幽谷霧子を連れて開発室の戸を叩いた。
「あ、あのっ……お、お願いが、ありましゅ……! あ……あります……」
甜花はワイヤートリガーの開発を依頼する。突然そんなことを言われてもエンジニアは困る。物事には順序がある。
「だめ……?」
まだ社会を知らない中学生。だからといって話は別。しかし事情は聞いている。大崎甘奈という隊員がネイバーにさらわれた。彼女はその姉。近々遠征に向かう。おそらく遠征に向けて新トリガーの開発を依頼しているのだろう。チーフエンジニアのミカエル・クローニンは、その旨を今さっき、鬼怒田本吉から報告で聞き及んでいた。
「……今、手が空いている人はいる? その人たちで作ってみてくれないかな」
「……あ、あの! 私も、お手伝いしますから……!」
幽谷霧子の志願。休憩中のエンジニアたちは、事情も事情だしと腰を上げて仕事に取り掛かる。
「幽谷さん……ありがと……エンジニアさんたちも、ありがと……。えと、甜花の注文は、トリオンの装備コストと起動コストがものすごく少ない、でもそれなりに頑丈なワイヤーを、三日以内に、作ってほしい、です……」
割と無茶な事を言う。ワイヤーへの物質化だけでなく、諸々のブラッシュアップも含めて、三日で終わらせろと言うのか。
「できなかったら……甜花、丸腰で戦場に出るから……よろしくお願いします……!」
それは新手の脅しか。困り顔のエンジニアたちだが、これから先も似たような状況が起きるかもしれない。それに備えて超特急の開発に取り掛かる練習を積んでおくのも悪くはない。予断を許さない状況というのは、いついかなる時も起きるものだ。
「じゃあ甜花ちゃん。遠征艇の準備が整うまでは、絶対安静だからね?」
「うん……甜花、眠い……病室に戻る、ね……?」
甜花は開発室を出る。だが病室の場所がわからない。適当に廊下を曲がっているとラウンジに出てしまった。点滴姿の病人は人目につく。
「あ、あの……えっと……もしかして病室を探してる?」
「ふぇ?」
甜花に声をかけたのは沢田綱吉だった。彼は病室まで案内すると言って、甜花を連れて行く。その道中で沢田綱吉は暗い顔で切り出した。
「あのさ……なんか、俺たちのせいで、ごめんね……」
「?」
「だってさ。相手はたぶん、ボンゴレのことが嫌いで、ボンゴレに嫌がらせをするために、関係のない人をさらったってことじゃん? だから、その……ごめん!」
「……!」
「リボーンから聞いたけど、相手から“恨むならボンゴレを恨め”って言われたんだよね……? 恨んでも仕方ないことだと思う……だって君たちは、完全に巻き込まれただけなんだから……」
「……?」
甜花は呆ける。静脈麻酔の点滴でウトウトしている眠気もあるにはあるが、なぜ沢田綱吉が謝るのか分からないと言いたげに、甜花は答える。
「えと……なんで、謝る……の?」
「え? いやだって、ボンゴレのせいで……俺はボンゴレなんて関わりたくないけど、でも、関わっちゃってるから……それに、君の家族が誘拐されたのに、俺たちは何もするなって言われてるし……本当はこの問題は、俺たちが解決しなきゃいけないことなのに……」
「……それなら、たぶん大丈夫」
「?」
「なーちゃんは、甜花が助けるから」
ボンゴレがどうした。シモンがどうした。ヴァリアーがどうした。うらむとか訳が分からない。そんなことを考える暇があるなら、早く甘奈を助けなくては。誰かを恨んでいる暇なんてない。全ては自分の力不足。もし今回の事件で恨むことがあるなら、それは甘奈を守りきれなかった甜花自身を恨むべきだ。
「……じゃあ、甜花……寝たあと、修行するから……案内、ありがと……ばいばい」
「あ……ばいばい……」
病室に入り、寝台に横になった甜花は、気づかぬ間に意識が落ちて眠りについた。
†
三日後。甘奈救出作戦の実行日。天井支部の地下施設には遠征艇が鎮座している。そこに乗り込むプロデューサーと、隊長の杜野凛世、隊員の幽谷霧子、芹沢あさひ、訓練生の大崎甜花。
杜野凛世は最終確認を取る。
「あさひさん。今回はバッグワームが必要となる任務です。トリガーにセットしておられるでしょうか?」
「セットしてるっすー! あ、ところでプロデューサーさん! 透ちゃんと小糸ちゃんは遠征に行かないんすか?」
「あの二人はまだ実力が伴っていないからな。それと遠征については極秘扱いだから、本部の隊員や外部の人に漏らしたらダメだぞ。透と小糸にも言っちゃダメだ」
「了解っす! お口にチャックっすね! あーなんかワクワクしてきたー! ネイバーフッドってどんな感じなんすか!? 船の中にいるあいだは暇だから、プロデューサーさんに話してほしいっす!」
「俺も最低限のことは説明しておくつもりだ。とにかく座ってくれ。最初は揺れるから危ないぞ」
稲光する黒い球体が生成。その中に遠征艇が入っていき、宇宙のような空間に飛び出す。外の景色を見ることができる映像画面を見て、芹沢あさひは目を輝かせる。
「うわー! これ宇宙っすか!? わたしたち宇宙に出た!」
「残念だが宇宙ではないな。俺がいた国々では“暗黒空間”と呼んでいた。よその国も“暗黒が支配する領域”と呼んでいたな」
「あ、なんか見えた! 星……? いやちがう! 大地が浮かんでる! なんで!?」
「地球の書物では“地球平面説”に近い構造と言えるな。あれはトリオンが物質化して出来た世界だ。地球の言葉だと半球惑星とも言える……かも知れない。惑星国家と形容する人もいたな」
「惑星国家……! なんかそっちの方がかっこいいっす!」
芹沢あさひは外の空間を映す映像に夢中。それでもプロデューサーは語り始める。
「ネイバーフッドについて話そう。この暗黒に満ちた空間には、それはもう数え切れないくらいの世界が存在する。呼び方はネイバーフッドによって異なるが、宇宙のような形をしたワールドトリガー、あるいは恒星のような形をしたグランドマザートリガーを中心に、複数の惑星国家が周回する、太陽系のような惑星国家群。それがいくつも集まって、まるで銀河のような形になっているところも存在する。例えば、これは俺の命名だが……今から行く“ラクシア銀河”なんかが、その最たる例だ」
「……ラクシア銀河……! でも、ワールドトリガーやグランドマザートリガーって、なんすか?」
「俺も詳しくは知らない。ただ、どちらもクラウントリガーやマザートリガーの巨大版、とは思っている」
「クラウントリガーやマザートリガーってなんすか?」
「マザートリガーとは、クイーントリガーとも呼ばれる。呼び方は国によって様々だ。しかし能力はほぼ同じ。半球の大地を形成するための巨大なトリガーだ。大抵の国ではトリオン能力の高い人間を生贄として捧げることで、大地自然を維持し、新たに増やす。領土を広げたり、新たな海や森が出来たりする」
「クラウントリガーは?」
「キングトリガーとも呼ばれることがあるそれは、その惑星国家の方針に関わるトリガーだ。その惑星国家が攻撃的な国だと、クラウントリガーは攻撃的な能力を持つ。美味しい食べ物が欲しいと願うような国なら、農業に優れた能力を持つようになる」
「へー。……あ! だからネイバーは人間をさらうのか! マザートリガーに生贄を捧げるために!」
「……それは半分正解だ」
「? つまり半分は不正解? どういうことっすか?」
プロデューサーは自らの素性を明かす。
「俺は人間だが、同時にネイバーでもある。マザートリガーに人間を捧げるだけなら、人間であるネイバーを捧げたって構わないだろう?」
「…………??????」
「すまない。混乱させるようなことを言ったな。実はボーダーは嘘をついている。ネイバーとトリオン兵は別物だ。ネイバーは、暗黒に満ちた世界の綺羅星に住む人間を指す。トリオン兵は、その人間が作った戦闘機械と思えばいい。ネイバーは外国人。トリオン兵は戦闘機。そういう解釈をお勧めする」
「…………」
芹沢あさひは腕を組んで思案する。大崎甜花は話についていけずぽかんとしていた。
「……ネイバーはトリオン兵っすよね?」
「ネイバーは人間だ。トリオン兵は機械だ。全く違う」
「なんと」
「というわけで話を戻す。基本的に惑星国家の国土は、日本の国土より狭いものが多い。そして日本より人口が、圧倒的に少ない。だからトリオン能力の高い人間が、いつの世も生まれるとは限らない。そうなると生贄に困る。トリオン能力が低い人間を生贄にしたところで、目減りした大地は増えないし、新しい自然も生えてこないから、果物や植物、食べ物や動物が、どんどん減っていく。それは困るよな?」
「困るっす! 美味しいもの食べたいっす!」
「でも地球は、現在80億人いる。もう90億人に届こうとしている。それだけの数の人間がいれば、トリオン能力の高い人間なんて、いくらでもいる。だからネイバーは、主に地球人を狙っているんだ。裏を返せば、自国で生贄を賄えている国は、地球人に興味がない。こういうネイバーの国とは、同盟を結ぶことができるだろう」
「…………」
芹沢あさひは、少し遅れて疑問に思う。
「プロデューサーさんはネイバーなんすよね? でもボーダーに入ってるっす。プロデューサーさん、さっきは“自分がいた国は”って言ってたっす。最初はどういう意味かなって思ったんすけど、もしかしてプロデューサーさんの国はボーダーと仲良しなんすか?」
「やっぱりあさひは、ちゃんと聞くところは聞いているな。で、答えはノーだ。俺の国はもう滅んでる。というより、俺は祖国を持たない。流浪の民の生まれだ」
「国を持たない?」
「俺の話は今度にしよう。ネイバーフッドについて説明したい」
「それなら自分がネイバーって明かなきゃ良かったじゃないっすか。今わたし混乱してるっす!」
「はは。ごめんごめん。でもネイバーフッドには、俺のことを知る奴が多いからな。もしそういうネイバーから『おい! お前らの隣にいるプロデューサーという奴は、実はネイバーだぞ!』ってなったら……みんなびっくりして戦闘どころじゃなくなるだろ? それだけは避けたいと思ってな。国から国へ雇われて転戦した結果、何度も苦い経験をした身としては……こういう保険を掛けるのがもはや癖になっているんだ」
「だからって、それならもっと早く言ってほしかったっすー!」
「経験上、戦う前に真実を告白した方が、色々と利点があると思っている。もちろん告白したことで信頼関係が壊れて戦いどころじゃなくなる時もあるが、そういう
「……」
「試すようなことをして悪いと思ったことは一度もないが……いちおう謝罪する。ごめんな?」
「そんなこと言われて謝られても困るっすー」
「ははは」
杜野凛世と幽谷霧子は、この前の遠征で突然正体を明かしてきた理由は、そういうことだったのかと理解し、しかし納得できない感情が渦巻く。まったく意地悪な人である。
その印象を持たれていることをプロデューサーは察しつつ、話を続ける。
「さて、マザーやらクラウンやら言われても、具体例がないことにはピンと来ないだろう。だからこれから行く世界について説明する。さっきも言ったラクシア銀河だ」
「!」
「おそらくワールドトリガーによって起こされた世界、ラクシアは、
「……とりあえず、壮大ってことはわかったっす」
「それでいい。そして今から行く場所は、太陽系ザルツの第三惑星国家ピルクス。しかしそれは昔の名前。今では漆黒の砂漠とだけ呼ばれている。なぜかというと大砂丘の国ピルクスは滅亡しており、そこに住んでいた人間は大昔に絶滅しているからだ」
「え、なんでっすか? 何があったんすか?」
プロデューサーは姿勢を正す。
「大昔、大砂丘の国ピルクスという大都市があった。マザートリガーに選ばれた生贄は、若くして死ぬ悲しみから涙を枯らすまで泣いて生贄にされた結果、生み出された大地が砂漠になったと言い伝えられている。そしてマザートリガーから生まれるクラウントリガーもまた、生贄にはならず自由になりたい、という意思が込められた結果、自立思考用トリオン兵アンドロという、人工知能の雑用機械が生み出された」
「……」
「自立思考用トリオン兵によって、ピルクスの都市は栄えた。しかし何があったか、突然トリオン兵は反乱を起こした。密かに開発していた毒砂というトリガーによって、一夜にして
「……物質の分解?」
「あぁ。風に乗せた毒砂は世界を循環し、あらゆる建造物を破壊し、トリオン体も破壊し、生身の体も穴だらけにされて破壊された。トリオン体によって砂漠という過酷な環境を生き抜いてきたピルクスの人々は、毒砂に触れるだけでトリオン体が崩壊し、生身のまま日照りの砂漠に放り出されて暑さと渇きに飢え、しまいには毒砂が混じる砂漠の風に当てられたことで皮膚から筋肉、筋肉から脂肪、脂肪から骨まで削られて、苦しみの果てに絶滅した」
『…………っ』
「しかし、物質を壊すのが毒砂だと言うなら、自立思考用トリオン兵アンドロもまた、破壊される運命にある。彼らも物質だからな。しかし機械はバックアップを取ることができる。アンドロたちは毒砂が入り込まない地下施設で、マザートリガーからクラウントリガーを起動。アンドロの生産体制に入り、バックアップを活かすことで、アンドロの文明だけは復活した」
「……!」
「毒砂の色は黒。砂漠全土を埋め尽くした黒い砂は、普通の砂漠すらも分解した。大地だって物質だからな。それゆえに、ピルクスが滅んだその地は漆黒の砂漠と呼ばれるようになった。しかしそのままだと半球の大地すらも分解し尽くしてしまう。世界は崩れて暗黒の空間に投げ出されてしまう。当然それを見越していたアンドロたちは、毒砂の効果が一定期間ごとに弱まるよう設定していた。結果、現在では砂漠全土を覆う毒砂の効果は極めて微弱となっている」
「……微弱。完全に効果がなくなったわけじゃ、ないんすよね?」
「そうだ。もし裸足で漆黒の砂漠に踏み入れたら、一時間で足裏の皮膚からつま先が削り取られると思え。激痛でショック死するぞ」
『……!』
「加えて敵も多い。黒ずんだ砂で埋め尽くされた砂漠の各地には、例の地下施設が古代遺跡として埋まっている。そこはアンドロたちの生産工場であり、住処、基地だ。人間の支配から独立した自立思考用トリオン兵アンドロの集団が棲んでいる」
「…………」
「アンドロは独自のトリガー技術を持つ。元々が機械だから個体の認識も薄い。アリのような超個体の性質を持つ。つまり死の概念が薄い。自爆特攻もあるから気を付けろ。さらに敵はアンドロだけじゃない。ピルクスの人々もただで死んだわけじゃないんだ」
「どういうことっすか?」
プロデューサーは、もうひとつの歴史を語る。
「ピルクスに存在する極一部の陰謀家は、以前から『自立思考するトリオン兵は人間に対して反乱を起こす危険性がある。今すぐクラウントリガーの変更を検討すべきだ』という主張を述べていた。が、その主張は一笑に付された。しかし中には陰謀家の持論に共感する者達がいて、彼らは秘密結社を作った。長期間の諜報活動の末、アンドロが毒砂というトリガーを密造している事実を掴むが、それを阻止するには時間が足りないことに気付いた。猶予もなく、戦力差も桁違い。いまさら掴んだ証拠を公表したところで、その日のうちに毒砂を撒かれて滅ぼされるだけだと諦観した」
「……」
「しかし彼らは、自分たちが死ぬとわかってなお、最後の抵抗を試みたと言われる。秘密結社は少しでも長生きするため、世界の果てに拠点を移し、毒砂に耐えるトリガーや対アンドロのトリオン兵を開発。しかし完成前に毒砂が吹かれて、秘密結社も絶滅した。彼らは地下に潜んでいたが、アンドロの方が一枚上手でな。さっき言った通り、トリオンでバックアップは取っているから、地下のすみずみまで毒砂を充満させても良かったんだ。どうせ時間が経てば毒砂の効果は弱まるから、生産はそのあとにすればいいし」
「…………」
「だからこそ、なのかな。秘密結社は皮肉にも、対毒砂用トリオン兵に、自立思考機能を付加した。自分たちが死んだ後も、アンドロを倒すべく戦ってもらうよう、アンドロと同じ効果をつけたんだ。結果、ピルクスの人々がいなくなった後も、対毒砂用トリオン兵の試作型は、細々と活動を続け、同族の生産を続けた。秘密結社から与えられた命令は《同族の生産》と《アンドロの淘汰》だったからな。そして生みの親である秘密結社から名前を与えられなかった彼らは、やがて自らを
「……なんか、SF小説のあらすじを聞いた気分っす。人間が滅んだあとも機械が戦争してるとか、まんまじゃないっすか」
「そうだな。俺もそう思うよ。……というわけで、漆黒の砂漠には、この二種類のトリオン兵が存在する。アンドロは奇怪な姿をしていて、毒砂トリガーはもちろん、槍や光線銃のトリガーを使う。ブラックサンドワイトは人型で、毒砂を吸収するトリガーを持つようだ。それ以上のことは不明」
そこで大崎甜花が聞く。
「あの……プロデューサーさん」
「なんだ?」
「その……もしかして、プロデューサーの国って……ピルクス? だ、だって、プロデューサーの国は、もうないって、さっき、言ってた、から……」
「……心配してくれてありがとう。だが俺の祖国はピルクスではない。俺の故郷は翼の国シャニカラという。他国と戦争ばかりしていた小国でな。……まぁ、この話はまた今度でいいだろう」
プロデューサーは、目的地に到着したことを知らせる。遠征航路の途上にネイバーフッドが近い場合、感知されて襲撃される展開を避けるため、遠回りすることに時間を費やすのだが……今回はまっすぐと目的地まで直進できた。惑星国家は無数に存在するが、暗黒の空間も無限に広がっている。さながら宇宙のような存在規模であるため、一度もぶつからず直進するということも、まれによくあるのだ。
「到着だ。全員、あらかじめ渡しておいたゴーグルと全身防護服には着替えているよな? ではトリオン体に換装しろ。大崎甘奈を救出するまで、生身になることは許されないと思え。そしてトリオン体でも、黒いものには気を付けろ。毒砂に当たれば削られるぞ。一粒でも目に当たったら失明すると思え」
『……!』
「全員、外に出たら周囲の警戒と索敵。遠征艇はステルス迷彩で自動追尾する設定にした。降下地点は“黒砂の森”だ。南下すれば漆黒の砂漠の北端に出るが、今回は南西の海岸を沿っていく。その先に双子島というものがあるはずだ。おそらくそこにヴァリアーとシモンが待っている。なぜなら、そこ以外に毒砂の影響から逃れる場所はないからな」
「ないんすか? じゃあピルクスの人たちは、そこに逃げればよかったのに……」
「それは無理な話だ。双子島はピルクスが滅んでから出来た。アンドロが他国から生贄を調達してマザートリガーに捧げて作った安全地帯なんだ。しかしアンドロ自体は大した脅威じゃない。周辺の惑星国家で政争に敗れた王子の亡命先として、その双子島がよく使われると聞いたことがある。ヴァリアーも地球から亡命してきたようなものだ。おそらくアンドロを掃討して、双子島に居を構えている可能性が高いと踏んでいる」
「じゃあ、もしそこにいなければ?」
「今から降りる森に居を構えているか、海岸付近にいるか、漆黒の砂漠のどこかにいるかだ。後者に行くほど可能性は薄いけどな」
亡国領域は漆黒の砂漠の北端、黒砂の森の中に、遠征艇が着地する。プロデューサーと杜野隊は外へ飛び出し、周辺を警戒。幽谷霧子がニュースボックスを開いてレーダーを見るも、特に反応はない。
「安全確認、取れました!」
「海がある方向を確かめてくれ」
プロデューサーの一言に答えて、凛世は木の幹を蹴って三角飛びを繰り返し、木の頂きに到着。遠望。東西南北を知るための目印が存在しないため、海のある方向を向いて着地する。
「あちらです」
「全員、配った傘を開け。直進するぞ」
凛世が木々を蹴ったことで、木ノ葉からパラパラと黒い砂が落ちてくる。一行はビニール傘を開いて身を守るが、瞬く間にビニール傘が穴だらけになってしまった。
「わ、ほんとに物質が分解したっす!」
「シールドはトリオンだから分解しない。だがトリオンの無駄遣いだから砂漠に出るまでは傘を使え。海岸沿いを歩いている間は、常に毒砂入りの潮風に吹かれることになる。つまり常時シールドを薄く展開して全身を覆う必要がある。トリオンが切れた者から、エスクードを使って掘っ立て小屋を作り、食事を取って仮眠を取る。これは昨日説明した通りだ」
「それについて思ってたんすけど。遠征艇の中で休めばいいんじゃないんすか?」
「遠征艇はこの森に置いていく」
凛世が問いかける。
「プロデューサーさま……遠征艇を奪われる危険性などは……?」
「奪取された場合は遠征艇が自爆するよう設定されている。帰還手段を失った場合はアンドロの基地を襲撃して遠征艇を奪えばいい。仮にそれが無理でも、俺のトリガーがあれば帰ることができる。……安心しろ。遠征艇だけがネイバーフッドを渡る手段じゃない。各国を徒歩で移動してきた俺が言うんだ。とにかく何かあれば、俺のブラックトリガーを使え。それだけで何をどうすればいいのか全て分かる」
「……?」
ふと杜野凛世は立ち止まる。それに気づいたプロデューサーも足を止めた。
「プロデューサーさま」
「どうした」
「凛世は……隊員を守る責務があります。一から十まで説明するいとまは、確かに今ないかもしれません……しかし、何らかの理由でプロデューサーさまが居なく、且つプロデューサーさまのブラックトリガーがない場合、凛世たちは途方に暮れることになります」
「……そうだな。俺には説明責任がある。では目的地に向かいながら話そう」
森を歩く一行に対して、プロデューサーは語る。
「まずブラックトリガーとは何かを知っているか」
「いえ」
「それは人間の命を消費して作るトリガーだ。製作の成功率は、トリオン能力の高い人間ほど高くなるが確実ではない。そしてブラックトリガーの能力は製作者によってまちまちだ」
「……人の……命を……」
「トリガーはトリオンを元に作られている。なら、人間の体の中にもトリオンが流れているんだ。当然、人間自身がトリガーになることも可能だろう。論理的な話だ」
「……では、プロデューサーさまが持つ、ブラックトリガーは……だれかの……」
「あぁ。これの製作者は、天井社長の教え子だったらしい。彼女の名前から取って“八雲”と名付けられた。波の特性を持つトリガーだ。
「……ミデン」
「凛世たちの世界のことだ。地球。宇宙。トリオンによって
「……委細、承知しました」
「あぁ。疑問に思うことは大事だ。それは上司でも例外ではない」
凛世は悟る。おそらくプロデューサーは、自分が怪しまれるように振舞っていた。凛世が説明責任を求めることを待っていた節がある。なぜそのようなやり方をするのか。この際、問いただしてみる。
「プロデューサーさま……凛世は……その……」
「言いたいことは分かっている。不快な思いをさせているよな。どんな過去があろうと免罪符にはならないが、あえて語ろう。俺は、味方同士で足の引っ張り合いをして、自分が生き残るため上司や部下を裏切り、仲間を蹴落すことが当たり前の世界で生きてきた。俺とは違い、みんな誰かを裏切ることに抵抗がなかったように見えた。おそらく俺の方が異端だったんだろう。
しかし、疑心暗鬼の世界で生き抜いてきたとはいえ、これが悪い教育の仕方であることは自覚している。だが、このやり方でなければ、俺は多くの少年兵を率いて、今日まで生き残ることはできなかった成功体験がある。気に入らないだろうが、そう思った時は遠慮なく言ってくれ。かつて俺が率いた少年兵たちも、俺のやり方には不平不満タラタラだった。けど、
「……プロデューサーさま……」
「だから玄界に来た時は驚いたよ。みんな比較的、良い人たちでさ。だから、この骨の髄まで染み付いた悪い癖は、もう治したいと常々思っているんだ。まぁ林藤さんからは、毎回“おまえ治す気ないだろ”って笑われてるけどな!」
「……そうでございますね。凛世も、林藤さんと同意見でございます」
「ははは。これは参ったな」
プロデューサーの乾いた笑いが、黒い森に吸い込まれていく。その話を聞いていた芹沢あさひ、幽谷霧子、大崎甜花は、プロデューサーに対する見方が少し変わった。地球人ではなくネイバー。つまり異世界の人間。絶望的な環境で生き抜いてきた戦士。つまり平和な現代日本では考えられない気質。しかし彼が悪人かと問われると、それは断じて否だと言える。彼は大規模侵攻の折、三門市の人々を助けた。たとえ、それはあくまで
「わたしはプロデューサーさんのこと好きっすよ? 変なこと遠まわしにやるのは意味わかんないっすけど」
「わ、私も……プロデューサーさんには、感謝しています……プロデューサーさんじゃなかったら、防衛隊員とエンジニアを両立するなんて、できなかったから……」
「……甜花も……甜花を拾ってくれて、ありがとって、思ってるよ……? プロデューサーさんがいなかったら、こうしてなーちゃん、助けに行けなかったし……」
プロデューサーは何も言わない。その感謝も、いつか裏切りに変わるという恐怖があるのだろうか。その本心は誰にもわからない。
「着いたぞ。砂漠と海岸が見えたな。黒砂の森に生息する捕食動物と遭遇しなかったのは運がいい。【ディアバロット】と呼ばれる走る鳥のような巨獣は四頭ほどの群れをなして襲ってくる。強さ自体は大したことないが。────では掩蔽訓練を思い出せ。遠征艇が見つからないよう、森に紛れさせて覆い隠す」
『了解!』
……あれ? プロデューサーの、この性格……アルファと似てるくねー?