日中。漆黒の砂漠は海岸沿いにて、プロデューサーと杜野隊は全力疾走で行軍する。
杜野凛世と幽谷霧子、芹沢あさひは、広範囲に半球状のシールドを展開。凛世のシールドにプロデューサー、霧子のシールドに甜花が入ることで、一行は突風に紛れる黒い砂から身を守る。
「西海岸から海を渡った1キロ先に二つの島がある。大きな島は姉島、小さな島は妹島と呼ばれている。亡命先に使われるようになってから、亡命者とアンドロの間で紛争が続いていたが、長期の紛争は帳尻が合わないと見てアンドロは撤退。暗黙の了解で、不可侵条約を結んでいるような状況だ。不安定な地帯とも言う。
しかし今回アンドロと遭遇することはないだろう。双子島を支配したい時は海岸沿いに前線基地を作る習性があるが、その兆候が見当たらない。ということは双子島には今、亡命者が潜んでいることになる。亡命者がいなければ、アンドロは双子島を支配するため、海岸近くに布陣しているはずだからな」
「では、二つの島のいずれかに、ヴァリアーとシモンがいると……」
「おそらく姉島の森の奥深くにある古城にいる。最初の亡命者が古城を構えて以降、その亡命者が居なくなった後も、他の亡命者が古城を利用して潜むようになった。といっても新たな亡命者が来るたび砦を増設したりして、それなりの防衛設備は整っている。侵入は楽だが、どの古城や砦に、どの配置で待ち構えているのかは不明だ。どこかで情報を仕入れたいところだな。俺が突っ込んで敵を炙りだす方針が一番手っ取り早いけど」
一行の視界1キロ先に、二つの孤島が大きく映るようになった。不意にプロデューサーは手を挙げて走る速度を落とす。
「手前の島が妹島。奥の島が姉島だ。姉島の方に上陸したいが、そのためには海を渡る方法が欲しい。さて、どうすればいいと思う?」
プロデューサーは訓練の時のように問いかける。杜野凛世は辺りを見渡すが、船のようなものは見当たらない。あたり一面、茶色の砂漠。ところどころ黒い砂が、まだらのように散らばっている。不毛な土地だ。
「泳ぐ、という選択肢も、ありますが……奇襲を警戒するなら、やはり船が欲しいところ……ならば、凛世のエスクードを、小舟のような形として生成する、というのは……? 浮かぶか、漕げるか、それは試してみないことには……わかりませんが……」
「はいはい! アステロイドを分割しないで、キューブの上に乗って、ビューンって飛んでいってみたいっす! 威力には振らないでカバーと射程に割り振れば、きっといけるっす! 途中でカバーが溶けてキューブが空中分解を始めても、また生成して飛び移ればいいだけっすー!」
「二人とも自由な発想で大変よろしい。実際にやってみるといい。ただしほかの連中は、霧子に作らせたトリオン兵に乗って渡るけどな!」
『えっ』
幽谷霧子はぼのぼの汗を流しつつ、トリオン兵トリガーを起動。モールモッドを模した水上用のトリオン兵を生成。攻撃能力は一切ないが、そのぶん最低限の機動力と最大限の装甲にトリオンを割り振った、自走式の亀型トリオン兵が現れる。まだ試作段階だ。仮の名前は“こがめさん”。
こがめさんは四脚が砂を突いて歩くたび、黒い砂によって先端が分解されていく。脚を失う前に波打際に飛び込み、次の指示を待つ。亀型トリオン兵の背中に幽谷霧子が飛び乗り、大崎甜花ははしごを掴んでよじ登る。
「トリオン兵のデータをトリガーチップに埋め込む技術は、俺の国にあったものだ。しかし消費トリオンが大きいため、霧子のトリオン能力でもあまり多くは出せない。凛世とあさひは自分の案で渡ってみろ」
「……では……」
「了解っす! でも帰りはその亀の甲羅にも乗ってみたいっす!」
杜野凛世はエスクードを生成。孤月で底を斬り飛ばし、エスクードの裏側が仰向けに倒れて水面に浮かぶ。押し寄せる波にさらわれて動く中、凛世はピンポイントで飛び乗る。バランス感覚を要求されるが、サーフィンのように乗りこなす。
「さすがだな、凛世。だがそのままだと進まないぞ?」
杜野凛世はアステロイドを生成、8分割してエスクードの後方に取りつけ、設定は弾体無し・カバーいっぱい・噴進剤それなり、すなわち無威力・長射程・普通弾速にて、射出。杜野凛世が仁王立ちするエスクードがアステロイドに押されることで、モーターボートのように海上を疾駆する。向かい風と波打つ海面によってエスクードが空を飛んだり着水したりを繰り返すが、完璧な体幹と高いフィジカル能力で、凛世はエスクードサーフィンを楽しむ。
「おおー! あれもやりたいー! でも、わたしも負けないっすよー!」
芹沢あさひはアステロイドを生成、分割なし、設定は弾体無し・カバー面舵いっぱい・噴進剤それなりで、キューブの上に飛び乗り、射出。海岸から姉島まで直進。凛世の背中を追いかける。
「わ、二人とも、早い……あの、プロデューサーさんも、早く……」
「ん? あぁ、すまない。霧子たちはそのまま出発してくれ。俺は走るから」
「……え?」
プロデューサーは助走をつけず、前のめりに駆け出す。一歩、波打ち際を踏みつけ、二歩、水上を飛び、三歩、海面を疾走する。それはトリオン体の高度な操作技術が無ければ成し得ないこと。数秒かけて杜野凛世と芹沢あさひを抜き去ったプロデューサーはノンストップで姉島を目指す。
「!? プロデューサーさま……!」
「えぇ!? それどうやったらできるんすかー!?」
「玄界人は生身の動きに囚われすぎている。さすがにトリオン体だけで音速を出す連中は化物だが、高速道路で自動車と併走するくらいのことはできないと、ネイバーとの機動戦ではシンプルに遅れを取るぞ」
現にプロデューサーは深夜の高速道路で忍田真史と共に、林藤匠が運転する自動車と競争したことがある。その後、警察を呼ばれて城戸正宗を困らせた出来事は、また別の話。
その時、幽谷霧子から警告が飛ぶ。
「────! レーダーにトリオン反応あり! 進行方向に注意!」
『!!』
同時、プロデューサーは目視していた。前方から海面走りする人型ネイバーを発見。その外見は異形の一言。
大柄というには度を越した偉丈夫、身長は3mある。黒人というには光沢のある漆が塗られたような漆黒の肌。さらに巌のような石肌は筋骨隆々で、さながら岩石の彫刻で出来たような質感と造形美を誇る。しかして大剣を担ぐ黒い岩のような益荒男は、破顔。頬の筋肉を動かすだけで、岩を砕くような音が響く。
(これはただの交通事故か。それともヴァリアーやシモンの手の者か……)
海面を走っている時は急に曲がれない。それを知るネイバーは、本当にごくまれにだが、海面で鉢合わせして、たまたま軌道上のタイミングが重なった時、激突することがある。止まれば海中に没するため、基本的にどちらも止まることはしない。そして、互いに敵意がない場合、協力して事故を避けるべく────
プロデューサーは孤月を抜刀して受け身を取る。
黒岩人は大剣を取り出すや否や、峰打ちで孤月もろともプロデューサーを薙ぎ払った。
「っ!!」
「プロデューサーさま……!」
衝撃を受けて吹き飛ばされるプロデューサーは、元来た道をとんぼ返りして海岸沿いの砂丘に着弾。茶色い砂に紛れて黒い砂が砂塵として舞い上がる。対する黒岩人は立ち止まることなく疾走。凛世隊を抜き去ると同時、音の衝撃波が波を打ち、強烈なしぶきを上げる。そして黒岩人は海面から跳躍、海岸の砂浜に着地した。黒い砂塵が舞う。
「──総員、旋回してください……!」
「すぐに戻るっすよー!」
杜野凛世は足腰を使ってエスクードを旋回。弾速に全ぶっぱしたアステロイドで噴射。海面を弾いて来た道を戻る。
芹沢あさひもアステロイドを生成して飛び移り、設定で噴射方向を真逆に変更。杜野凛世と併走して海岸に戻る。
幽谷霧子のトリオン兵こがめさんも、スイスイと泳いで海岸に向かう。
一方、固定シールドで黒砂から身を守っていたプロデューサーは、半球状の展開シールドに切り替えて起き上がる。足裏が黒砂に触れて地味に分解されていく。
「おそらく行軍中のところ悪いな。俺はただの旅人だ。敵意はねぇ」
「……そうか。こちらも気にしていない」
「────と、言って立ち去るつもりだったんだが……さっきの受け太刀を見て気が変わった。……お前、
「……こちらも気にしていないと口にはしたが、相手が“戦士の一族”とあれば……まぁ、こうなるだろうとは思っていた」
互いに孤月と大剣を振りかざし、正眼にも似た構えで対峙する。そこへ杜野隊が駆けつけた。
「ぷ、プロデューサーさま……!」
「戦う前に自己紹介してもいいか? 部下に“戦士の一族”についても教えてやりたい」
「いいぜ。まとめて相手してやる。五分後に襲うから、先手打ちたきゃ掛かってきな」
黒岩人は大剣を下ろす。だが戦意は薄まるどころか増すばかり。般若のような顔つきをした黒岩人の笑顔は、それだけで脅威的な威圧と重圧を周囲に与える。
「俺の名はプロデューサーだ。所属国は、俺の口からは明かせない」
「……! ……なるほど。あんた“伝説の指揮官”だったか……! 俺の国では“虹の傭兵”“極彩色の狂気”と音に聞こえていた。嬉しいぜ、こんなところで、これほどの強者と会えるとは……!」
「そんな異名が付いていたのか……初耳だ。で、あんたの名は?」
「ダクトロ。未だ若輩者で武者修行の道中だ。御身との手合わせを願う」
「是が非でも断りたいが……部下の初戦闘の相手としては、上出来か」
プロデューサーは、杜野隊を一瞥する。
「さて、ネイバーにも色々な奴がいる。善人悪人、軍人市民、戦士武人。中でも黒い岩のような巨人の
「……!! 生身……!? プロデューサーさま……今、生身と……?」
「あぁ。トリオン体はアバターのようなもので、いくらでも外見を書き換えられる。外見を作り変えることで変装し、敵国に潜入してスパイ活動を行い、内部から瓦解する戦術はポピュラーだ」
しかし暗黒の岩石とも言うべき肌色と骨格、筋肉を有する巨人は、その姿が生身だとプロデューサーは断言した。
「暗黒の武人と称される彼らは、平たく言えば
『……っ!!?』
「基本的にネイバーの人体実験でポピュラーなものは、生身の頭脳にトリガーホーンという角のようなものを装着することで、幼い頃からトリオン能力が高い人間を育成する人体実験が存在する。だがそれも、ブラックトリガーを取り込む全身改造と比べれば、生易しいものだ」
『……』
「加えてブラックトリガーは人を選ぶ。適合者でなければ基本的に扱えない。八雲に関しては特殊だから、杜野隊なら使えるが……そういう意味でも、暗黒の武人は異端だ。適合者でなくとも無理やり体内に取り込む。むしろ、あえて不適合の人間とブラックトリガーを合成するのが習わしだ。そのせいで拒絶反応を起こして死ぬ人間、壊れるブラックトリガーがほとんどだが……その手の死者と
『…………』
「つまり一言で言えば、暗黒の武人とは、
プロデューサーは、最悪の状況という説明だけ行い、指揮権を杜野凛世に託す。
そこでダクトロの豪快な笑い声が上がった。
「ガハハハハ! 噂通りの指揮官だ。いかなる状況でも“訓練”として扱う。まさに鬼の教官よな。狂ってる」
「俺は“実戦”はしない主義なんだ。戦えば誰かが死ぬ。だから戦わない。部下を守る指揮官としては当然の役目だ」
「…………その価値観も、貴様のトリオンが雀の涙だった故か……?」
「そうかもしれない。だとしても俺は、自分のやり方を貫くよ」
一方その頃。ダクトロの笑い声から、杜野凛世は内部通話で指示を出していた。
『甜花さんは後方待機です。敵を武人として信じるのであれば、弱者は殺される心配がない。して、切り込みは凛世が担います。プロデューサーさまも近接を。あさひさんは
『りょ、了解……!』
『正直近接は推奨しないが、了解』
『了解っす』
『幽谷、了解……!』
杜野凛世は戦う道を選んだ。見るにダクトロは音速で海面上を走っていた。逃走を選んでも逃げ切れない。遠征艇まで逃げたところで破壊される恐れがある。ならば最悪、戦闘体は破壊されてもいい。全員でベイルアウト後、緊急離脱時のトリオン軌道を読まれて遠征艇の座標は明らかにされるが、ダクトロが追いつく前に遠征艇を発着させれば十二分に逃げ切れる。
『プロデューサーさまによれば、ボーダーの遠征艇と異なり、天井支部の高速遠征艇のベイルアウト圏内は7km。黒砂の森と現在地の距離は5km。射程圏内です。甜花さんもベイルアウト機能を組み込んでいるため可能な作戦。最悪ベイルアウトを前提とし、遠征艇での一時離脱を視野に入れて、この強敵からの逃げ切りを図ります』
『え。負け前提の作戦ってことっすか? わたしは勝つつもりで行くっすよ!』
『はい。勝つつもりでなければ、作戦勝ちもありません……すべからく凛世も、殺しに参ります』
「おい。そろそろ五分だぜ。こっちから殴ってもいいのか?」
『プロデューサーさま。ひとつ質問があります。先ほど、戦士の一族はブラックトリガーを取り込んでいるため生身でこの異形の姿、という話でしたが……では、今の彼は生身なのですか? それともトリオン体なのでしょうか』
『トリオン体だ。その上でトリガーを使っている場合、二重にトリオン体に換装していることになる』
『……なるほど。つまり三回は殺す必要があると……。では、凛世の攻撃に合わせて展開してください。いざ、推して参ります』
・杜野隊のトリガー構成
プロデューサー《孤月:旋空:グラスホッパー:バッグワーム》〈────:────:────:────〉【八雲】
杜野凛世《孤月:旋空:シールド:バッグワーム》〈アステロイド────:エスクード:アイビス〉
幽谷霧子《リペア:シールド:トリオン兵:バッグワーム》〈ハウンド:シールド:ニュースボックス:────〉
芹沢あさ《スコーピオン:グラスホッパー:アステロイド:シールド》〈スコーピオン:バッグワーム:バイパー:シールド〉
大崎甜花《ハウンド:スパイダー(試作):────:────》〈────:────:────:────〉
杜野凛世とダクトロの相対距離は15m。旋空の射程設定は10m。踏み込んで5mを稼ぎ────
「────旋空弧月」
拡張斬撃が胴体に迫る。対するダクトロは大剣をかざすだけで拡張斬撃を防いだ。同時、グラスホッパーで跳んだ芹沢あさひがスコーピオンで斬りかかる。プロデューサーは相対距離10mから動かない。幽谷霧子はハウンドを生成分割している間に、滞空する芹沢あさひのスコーピオンとダクトロの大剣が切り結ぶ。追尾弾の対象・誘導力・威力弾速射程の割り振り・方向を瞬時に設定して射出。
「ゴッドフィスト」
ダクトロの胴間声が低く響く。右手が発光。滞空中の芹沢あさひの左腰に向かって張り手するように、あるいは掴みかかるように伸びてくる。
(! グラスホッパー!)
グラスホッパーを左脇腹に生成して跳ね躱そうとした芹沢あさひの首にバッグワームのマントが巻かれる。
(あ、ミスった────)
最近の芹沢あさひは、メインとサブ両方のトリガーにグラスホッパーをセットしている。トリガーの同時起動個数制限を考えると、両方のトリガーにグラスホッパーをセットする意味は薄い。しかしランク戦で毎試合ごと、ガラリとトリガー構成を変える芹沢あさひは、いざという時にミスることがないよう、両方のトリガーの同位置に同種のトリガーチップを装着するよう心がけている。
しかし今回はバッグワームが必要の任務。左右対称の構成を崩したくなかったが、サブトリガーの二番目から四番目のどれと交換するか悩み、結局、
ダクトロの発光する右手が、宙に浮かぶ芹沢あさひの胴体をわしづかむ。
急遽、杜野凛世は救出すべく孤月で斬りかかるが、ダクトロは防御トリガー〈プロテクション〉を起動。それは固定シールドと類似。ダクトロと芹沢あさひが半透明の結界内に残る。プロデューサーの旋空弧月、凛世の孤月、霧子のハウンドが合わさってもヒビさえ入れることができず、そのあまりの硬度に杜野凛世は恐れおののく。
(硬い!! よもや敵のトリオン能力は、平均の二倍を優に超えている……?)
ブラックトリガー自体が人の命を消費したのならば、ブラックトリガー自体にもトリオン供給機関があっても不思議ではない。おそらくダクトロは、持ち前のトリオン量は平均的だが、そこにブラックトリガーを取り込んだことで、恐るべきトリオン量を誇るようになったのだろう。
芹沢あさひは両攻撃スコーピオンで、ダクトロの顔面を狙う。
「イクソシズム」
刹那、芹沢あさひの脳内にシステムボイスが多重に響く。
『トリガー臨時接続 トリオン漏出甚
(!?)
伸びるスコーピオンは、ダクトロの眼前でボロボロと崩れ去り、戦闘体にヒビが入った芹沢あさひはベイルアウト。プロテクションの結界をすり抜けて、黒砂の森にある遠征艇に向かい、空に弧を描いて瞬間移動するように緊急離脱を完了した。
『……!?』
ダクトロは訝しむ。
「ん? なんで生身が残らない。逃げられたのか? いや……転移系トリガーか。それでも違和感があるが……ともあれ、それを使う暇がないくらい、もっと早く吸い取ってやる。とりあえず俺のプロテクションを破ってみろ。それまで何が起きたか説明してやるよ。わけわからんまま死ぬのもつまらんだろ」
『っ……!』
「イクソシズムトリガーは、対象の戦闘体と強制的に接続する。その上で自他のトリオンを大量消費し、戦闘体の解除を促すトリガーだ」
杜野隊は驚愕する。ならば先ほどの“なぜ生身が残らない”“次は早く吸い取る”という発言につながる。直後、芹沢あさひが遠征艇から通信を送ってきた。
『凛世ちゃん! あの光る手には絶対に掴まれちゃダメっすよ! 一瞬でわたしのトリオンが枯渇したっす! もう戦闘体になれないっすよー!! 何度もトリガーを起動しても換装できないっす!』
『……了解。あさひさんは、そのままトリオンの回復に努めてください。ほかに気付いたことがあれば都度報告を』
『了解っす!』
「つまりトリオン量の多い方が有利ってわけだな。今の白い奴のトリオン量は……600くらいか? 平均的だな。つまり俺も同じ量のトリオンを消費したわけだが……まだまだ俺のトリオンはあるぜ。残り九割から八割ってところか」
『……!! …………敵の現在トリオン量は、ボーダー本部の計測器準拠で30から35と推測。留意を』
『了解……!』
杜野凛世と幽谷霧子は下手に動かない。どうせ叩いてもプロテクションは割れない。生成している間トリオンが消費されるかどうか分からないが、それならそれで良し。そうでなくても観察に時間を費やせる。そして杜野凛世は発見した。ダクトロの足元には黒砂が溜まっている。戦闘体の足裏が徐々に分解していっているが、同時に
「……!」(霧子さんのリペアと同じ……)「修復系のトリガー……」
「ほう。よく見ている。歴然たるトリオンの差を見せ付けられると、大抵の奴はビビって逃げ出すことしか考えなくなるんだが……無知ゆえの蛮勇というわけでもなさそうだ。気に入った! また次があれば戦いたいから、トドメは刺さないでおいてやるよ。当たりどころが悪かった場合は知らんがな」
ダクトロはプロテクションを解除する。杜野隊は一斉に警戒レベルを引き上げる。極限まで神経を研ぎ澄まして集中。敵の出方を伺いつつ、隙のないダクトロの姿勢に、わずかでも間隙があればいつでもそこを突けるよう、徹底した間合いと構えを保つ。
「……慎重だな。なら次は、これを見せてやるよ」
ダクトロの全身に紫色の瘴気が立ち昇る。プロデューサーは目を見開いてバックステップ。
「避けろ!!」
「────
ダクトロは大剣を振り抜き、刀身を地面に叩きつける。次の瞬間、着弾点から爆発、爆風が砂漠を薙ぎ払って砂塵が視界を覆う。杜野隊は後退しつつレーダーを確認。ダクトロが杜野凛世に急接近。幽谷霧子はニュースボックスを起動して視覚支援を使おうとする。視野数センチの視界の中、突として杜野凛世の眼前にダクトロが躍り出る。二合交わして鍔迫り合い。圧倒的な筋力で押し切られ、黒い砂を踏みしめる凛世の足裏が勢いよく削れていく。幽谷霧子の視覚支援が起動。砂塵の中で十分な視界が保たれる。
「ゴッドフィスト」(+ワードブレイク)
「っ!」(エスクード!)
ダクトロの足元からエスクードが勢いよく生成。凛世は、そのまま股間を突き上げて宙を舞った無防備な姿を旋空しようと思案していたが────なぜかエスクードが消失する。
「っ!?」
ダクトロの光る左手が、杜野凛世の胴体を掴まんと突き出される。凛世は自らの体が左斜め後ろに流れていたことから横っ跳びしつつ後退。ダクトロは前のめりに進んでいたため急な横移動に対応できない。
(これなら……!)
(中堅程度の動きだな……)
突としてダクトロの左腕が伸び続ける。
「!?」
拡張斬撃ならぬ、拡張腕部。漆黒の左手は発光しつつ巨大化し、凛世の腹部を鷲掴む。刹那、凛世のシステムボイスが多重に響いた。
『トリオン漏出過多 戦闘体活動限界
ブツン、とボイスが途切れる。杜野凛世の戦闘体がその場で解除。ベイルアウト用のトリオンすら一瞬で吸い尽くされた。生身となり孤月が消失。慌てて起動したシールドはその場に残り続けるが、もはや凛世の意思では動かすことも変形させることもできない。ダクトロの足元に倒れて背中を打った凛世は、背中の衣服の繊維が黒い砂に触れてジャリジャリと音を立てて分解されていく感覚を得る。
「俺の勝ちだな。この青い奴を殺されたくなければ動くな。ひとつ質問に答えてもらおう」
ダクトロは魔衝を起動。大剣の素振りで突風を巻き起こし、砂塵を払う。
「……り、凛世ちゃん……」
「凛世、動くな。すぐ助ける」
幽谷霧子の震え声。対するプロデューサーは冷静に指示する。
「よぉ指揮官さま。なんで俺の勝ちか分かるか?」
「……さっき俺が、
「その通りだ。このまま青い奴をほっといて戦うのもいいが……色々と考えて、ちょっと閃いた」
ダクトロは強者との死闘を望む。特に暗黒武人族は、強者の心臓を捕食する風習が存在する。だがそれは他国の偏見。イメージダウンのプロパガンダ。本当のところは、強者にブラックトリガーになるよう促し、そのブラックトリガーを体内に取り込む風習が存在する、というものが正しい。いずれにせよ物騒なことに変わりはない。
「おっと安心しろ。何も指揮官さまにブラックトリガーになれと言うつもりはねぇ。さっきも言ったように殺すつもりはない。だが……返答次第では青い奴の首を刎ねる」
「さっさと用件を言え。毒砂が凛世の体を蝕む」
「そうだな。さて、近隣諸国で強い奴を知らねぇか? 各地を転戦してきたあんただ。色々と情報には事欠かねぇだろ」
「……カシュカーンには“鋼鉄の騎士”ハウル・バルクマンと、“冒涜者”セス・スサロという腕の立つネイバーがいる」
「あぁ、あいつらか……そいつらは、もう屠った。また戦いてぇから命までは獲ってねぇがな。さて、その情報では俺の要求に答えたとは言えねぇ。ほかに知ってる強ぇ奴はいねえのか?」
ダクトロは、あくまで戦闘狂。強者を求めて旅をしている。最強の頂きを目指すため、武者修行の旅を続けている。だからこそ強者の在り処を問いかける。将来性のある弱者も、むやみに殺すことはない。次に再会した時、面白い戦いができるかもしれないのだから。
「……ふぅ。一人だけ知っている。確実にお前より強い奴だ」
「ほう?」
「
「……!」
「決闘なら乗ってやるから、その代わり凛世を解放しろ」
「……いや、俺に勝てたら解放してやる。お前ら転移系のトリガーを持ってるだろ。それで逃げられるのは御免こうむる」
ダクトロは大剣を背中に提げる。巨大な怪腕で杜野凛世の胴体をつかみあげると、後ろ髪や背中にこびりついた毒砂を手で払い落とす。直後、杜野凛世を放り投げてプロテクションを起動。球体結界の中に閉じ込められた杜野凛世は、黒砂に触れることはないが、生身のまま閉じ込められてしまう。
「凛世ちゃん……!」
「弱者は黙ってろ。水を差したら殺すぞ」
「っ……!!」
ダクトロの殺気が、幽谷霧子の全身を萎縮させる。
対するプロデューサーは冷徹に孤月を抜刀した。
「霧子、手を出すな。最悪、甜花とベイルアウトしろ。凛世は俺が何とかする」
「……プロデューサー、さま……」
ダクトロは顎をさする。
「かの伝説の指揮官の腕も落ちたもんだな。新兵で、まだ育成途中だったか? それとも敢えて、この状況になることを見越していたか」
「それは穿ちすぎだ。どこまでやれるか試してはいたが、十分データは取れた。さっさと任務に戻りたい。一撃で決めさせてもらうぞ」
「ほう……? いいだろう────やってみろ……!!」
相対距離30m。ダクトロは一歩踏みしめ、大地を抉り音の壁を斬り潰して轟然と突貫。対するプロデューサーは黒いトリガーを取り出した。
(ブラックトリガー!)
「八雲────“波”」
八雲の形状は、見るにシンプルなトリガーホルダーだが、その色合いは真っ黒。八雲を振るった軌跡に合わせて、大量のトリオンが津波のように生成される。白く泡ぶく
(水の奔流? 水圧で押し潰すタイプか。その程度で俺は殺せねぇぞ!)「ハッハァー!!」
戦闘開始から一秒経過。トリオンの津波に切り込んだダクトロは直後、白い泡によって全身が細切れにされた。
『……!!?』
サイコロステーキより細かくみじん切りにされたダクトロは、戦闘体を維持できず解除。生身の姿に戻る。プロデューサーの宣言通り一撃で決着がついた。青い水の奔流は周辺の黒い砂を洗い流し、30mほど進んだところで消失する。
「俺の勝ちだ。凛世は返してもらう」
「…………グワハハハ! 道理だ。さぁ殺せ!」
ダクトロは大剣を砂漠に突き刺し、あぐらをかいて胸を張る。天を見上げて爽やかに微笑む。
「命は取らない。その代わり協力しろ。双子島に強力なネイバーがいる。ヴァリアーとシモンという連中だ。どちらも玄界人。こちらはヴァリアーを倒しに行く任務中だった。シモンに関しては情報が一切ないため戦闘は避けたい。あとは分かるな?」
「…………なるほど。
「交渉成立か?」
「あぁ。弱者は強者の言う事を聞く。当たり前のことだ。約束は守る」
それからダクトロはあぐらをかいて頬杖をつく。何やらブツブツと言っているが、聞き耳を立てると、どうやら今の戦闘で負けた理由について反省会を開いている様子。
「──……カァー! 一見して水だが、まさか斬撃性能を持っていたとは……完全に能力を履き違えた。先入観で殺られるとは精進が足りん」
「おいダクトロ。プロテクションを解除しろ」
「……あ? おう、そうだったな」
プロテクションが解除される。杜野凛世は漆黒の砂漠に両足で立ち、靴底からジャリジャリと音が鳴る。プロデューサーはシールドを展開し、その上に乗るよう促す。
「凛世。ケガはないか?」
「……はい……」
「背中は? どこか痛みは」
「……痛みは、ございません……多少、後ろ髪や服の繊維を削られましたが……どうか心配なさらず……」
「そうか。良かった。霧子、念のため凛世の衣服についた毒砂を払ってくれ」
「……それより、申し訳ございません……凛世が、至らぬばかりに……」
「何を言っている。普通は俺を責めるところだ。近接を任されていたのに、俺は十全な働きをしなかったんだからな」
「しかし、それもすべて、凛世たちの実力を図るため……」
「……それはそうなんだが、肯定するのは違うと思うぞ? ……ただ、負けて悔しいという気持ちがあるということなら、それでいい。もっと強くなれ」
「はい……」
プロデューサーは指示を出す。
「では、今日はここで野営する。杜野隊は自分で考えて、毒砂から身を守る休息地を作れ。遠征艇に戻るのは無しだ。あさひは遠征艇でひと晩過ごし、トリオンが完全に回復してから合流するように。また、野営組は夜間の見張り役も交代制で立てておくこと」
『了解』
杜野凛世の下に、幽谷霧子と大崎甜花が駆けつける。
「り、凛世ちゃん……ほ、本当に無事で、よかった……」
「し、死んじゃうかと、思った……甜花、つい、駆け出すところだった……」
「お二人共……ご心配をおかけしました……しかし凛世は、この通り無事でございます。プロデューサーさまが、再び助けてくれました……。して、休息地の件ですが、エスクードで掘っ立て小屋を作るというのはどうでしょう?」
「……でも、エスクードを持ってるのは凛世ちゃんだけで……あ、そっか! リペアでトリオンを供給すれば……でも、それはトリガーの臨時接続時にできることだから……生身の人にトリオンを分け与える機能は、作ってない……」
「……でも、換装すれば、分けられるんでしょ……? なら、杜野さんのトリオンが少し回復するまで、待てばいい、と思う……」
「その間、黒い風から守ってくれますか? 霧子さん」
「うん! 〈シールド〉!」
幽谷霧子はシールドを生成。杜野凛世を毒砂の風から守る。それから杜野凛世は非常食を食べて休憩。小一時間が経過し、少量のトリオンが回復したところで換装。リペアトリガーを使い、幽谷霧子からトリオンを分けてもらって、適当な岩場の側面にエスクードを起動、設定は生成速度低め・全長5m・防御力それなりで、生成。エスクードは物質から生やすことができるため、物質化したトリオンであるエスクードから、さらにエスクードを生やすことで、床に六枚、四方の壁に十一枚、天井に六枚を、連結するように生成。きちんと出入り口を用意する。しかし開けっ放しだと風が入る。適当な地面に一枚のエスクードを生成し、孤月を使って削り、工作。空気穴の役割を果たしつつ、嵌め込み窓のような構造の加工済みエスクードを作成。エスクードによる掘っ立て小屋の中に入ってからはめ込む。
それを見たプロデューサーは一言。
「うん。いいんじゃないか。これなら砂漠に嵐が来ても一時間は持つだろう」
「……!」
嵐。一時間では休息もできない。逃げ場もなく、黒い嵐が全身を削って、すぐに死んでしまう。杜野凛世はしばし考え、ダクトロに願い出る。
「……ダクトロさん」
「なんだ」
「嵐の時は、プロテクションで……お願いできますでしょうか」
「そうだな。俺も嵐で死ぬのは御免だ。全員を覆うにはちと狭いが、勘弁しろ」
ダクトロは掘っ立て小屋の手前で、球体のプロテクションを起動。指の打突で結界の障壁に空気穴を開ける。
そこでプロデューサーが言った。
「トリオンは、よく食べてよく寝ることで、速やかに回復する。生身のままでもトリオン体のままでも変わらない。だが全員部屋の中にいたら、不意の奇襲に対応できない。見張り役は誰にする?」
「それでは……霧子さん」
「うん。私が適任だね」
「凛世のトリオンが回復次第、交代します」
「でも凛世のトリオンが回復する頃は夜間だ。敵地に潜入する際、闇夜は便利だぞ」
「……! …………いえ、朝まで待ちます。甜花さん。それでよろしいですね?」
「え……あ、うん! 甜花、何もできないから……杜野さんの考えで、いいです……」
エスクード小屋の中で、杜野凛世と大崎甜花は休眠を取る。プロデューサーはあぐらをかいて瞑想。幽谷霧子は外に出て見張り番を努め、ダクトロは保存食を食べたあと、大きないびきを立てて眠っていた。
ダクトロ《大剣:魔衝:ゴッドフィスト》〈イクソシズム:クライトリオン:ワードブレイク(改)〉
大剣。攻撃用トリガー。
魔衝。大剣専用オプショントリガー。
ゴッドフィストとは、パンチ系射撃トリガー。
イクソシズムとは、元は自爆トリガー。トリガー強制接続による自他強制トリオン消費。
プロテクションとは、範囲防御用トリガー。ボーダーの固定シールドと類似。
クライトリオンとは、戦闘体自動修復トリガー。
ワードブレイクとは、特殊効果洗浄用トリガー。
ワードブレイク(改)とは、トリガー解除用トリガー。周囲で起動したトリガーを強制的に解除する。大量のトリオンを使うことで強引に成立させている荒業。