シャイニートリガー -多重星界起動遍歴-   作:形のない者

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冬木市① ヒーローの卵

 

 蝉が鳴くにはまだ少し早い月曜日の天井支部。夕日差し込むリビングのソファにて、重大な会議が日常会話のように始まる。

 

「……スカウト旅……?」

「そうだ。本当はA級隊員が担う任務で、県外に出張して将来有望な防衛隊員をスカウトしてくる旅なんだが……天井支部は特別に、ランクによる権限を一段階下げてもらっているからな。天井支部のB級も、俺の権限でスカウト旅に向かわせることができる」

 

 杜野凛世は興味深そうにプロデューサーの話を聞く。

 

「では……凛世は、いずこへ……?」

「監視も兼ねて冬木市に向かってほしい」

「……監視……?」

「それに関する資料を用意したから目を通してくれ。出立は凛世の休日にするからスケジュールを教えてほしい。俺がすぐに新幹線のチケットを用意する」

 

          †

 

 とある土曜日の新幹線。寝台が二つ並ぶファーストクラスの客室にて、杜野凛世は朝の雲雀を聞いて目を覚ます。

 

 ────迷うな。迷ったら飛び込め。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。

 

 夢を見た。荒唐無稽な絵空事ではなく、過去を思い出す現実である。金曜日の放課後、友人ふたりと道すがら談笑、電車に乗って帰路に就き、いつもの駅に到着するが……凛世のみ下車しない。閉まるドアの向こうに立つ友人に別れを告げ、本当の目的駅にて下車。乗り換えて新幹線に乗車、客室を探すとばったり、浅倉透と出会う。彼女もまた今回のスカウト旅に選抜された訓練生である。杜野凛世と浅倉透は、いざ関東から九州方面へと一直線。

 

「ふわぁ……ねむ……あれ。おはよう、凛世ちゃん。はやいね」

「透さん、おはようございます……透さんも、お早いお目覚めで……」

「あー。ガタンゴトンしてて」

「────たしかに……旅路とは、胸躍るものでございます……」

「そうそう。だから……二度寝します」

 

 浅倉透は大きなあくびをすると、シーツにくるまって二度寝に就く。杜野凛世は眠りの邪魔をしないようボーダーデバイスを取り出し、電子化した資料を再度読み通す。

 

 ────冬木市。その地では時折“英霊”と呼ばれる怪人が現れては人を攫う……という伝説が存在する。最近まで妖怪伝承の一種と見なされていたが、事実は大きく異なる。冬木市に住まう遠坂と間桐の両家は、その英霊がネイバーであることを知っていた。両家は(旧ボーダーのように)、それぞれが対ネイバー組織として活動しており、やがて乱星国家アインツベルンと同盟を結ぶ。三家は親睦を深めつつ、トリガー技術を競うように発展させ、冬木市にて起きる“神隠し”を五百年に渡り防いできた。

 仮に攫われても、冬木市における対ネイバー組織は、個人のトリオン反応を追跡することで、どの国に攫われたのか感知できる技術を有していた。そのため捜索は容易。あとは奪還するだけ。ただしボーダーと異なり記憶封印処理の技術は持っていないため、ネイバーの知識を外部に漏らさせないためにも生きて帰すことはできず、大抵は奪還してもトリガーの人体実験に使っていたと記録にある。余談だが、人体実験がしたいならわざわざ奪還する必要はないはず。と質問したところ、自ら攫うことで警察に嗅ぎつけられることがあり、それを面倒に思っていた。そこで、あえてネイバーが攫った冬木市民を奪い返すことで、誘拐に必要な手間を労せずに済むという利点があるとのこと。

 

 そして、三門市における第一次大規模侵攻と同時期。冬木市に()()()()でも、人知れず大規模な戦争が勃発していた。名を聖杯戦争。冬木市の近くを周回していた七つの惑星国家が“最強の神”を求めて激突し、アインツベルンを含む三つの国が瞬く間に滅ぼされた。今でも残る四国が戦争中らしく、遠坂家の報告によれば、新たに別勢力として二カ国から三カ国が戦争に参加。もはや屍山血河の死屍累々、くだんのネイバーフッド群は暗澹たる有様とのこと。

 

 話はこれで終わらない。滅んだ三国の王子王女が、遠坂家と間桐家のツテを辿り亡命を希望した。騎士の国ペンドラゴンからは姫騎士セイバー・リリィ、海の島国ウーデンからは不永久に幼き女神ライダー・リリィ、人造の国アインツベルンからは黄金の聖杯イリヤスフィール。かつ、炎の国アルスターからは少年兵セタンタが不可抗力で転がり込んできた。

 遠坂家は速やかにセイバーの受け入れ準備を整えるが、玄界に移動中だったセイバーは敵国の追撃を受ける。幸運にも“迷い子”になることはなかったが、座標設定が故障して一般家庭に着地。衛宮士郎という少年と遭遇し、ケガの治療を受ける。それから遠坂家と合流するまで、しばらく衛宮家の厄介となることに。

 一方のライダーは間桐家に無事たどり着いたが、ここで由々しき問題が発生。間桐家の前代当主たる間桐臓硯が、洗脳系のサイドエフェクトを使いライダーを傀儡とした上、遠坂家に宣戦布告のち攻撃を仕掛けた。

 冬木市の山中に着地したイリヤスフィールは、遠坂家との通信が途絶えたことに危機感を抱き、偶然その場に居合わせていた“迷い子”セタンタを傭兵として雇用。

 

 ────補足。迷い子とは、近民界の国家同士の戦争で頻繁に起きる行方不明者を指す。遠征艇による暗黒領域の行軍中の最中に攻撃を受けることで、遠征艇が破壊された場合、大抵は暗黒領域の深遠に消えて二度と戻ってくることはない。ただし近辺にネイバーフッドが存在する場合、そこに()()()ことがある。

 今回この事例はセタンタに当てはまる。政争の国ムメイへの遠征中、遠隔爆撃を受けて遠征艇が大破。暗黒領域の落下中、偶然にも玄界に()()した。

 

 かくして遠坂家と間桐家は、未だ行方知れずのイリヤスフィールを巡る夜間の戦争が勃発。

 その頃のボーダーは第一次大規模侵攻の終戦処理で忙しかったが、特命を受けた天井支部と玉狛支部が急遽駆けつけ、冬木市の聖杯戦争に鎮圧目的で介入。武力行使したのち、諸悪の根源たる間桐臓硯を排除。セタンタが守るイリヤスフィールを保護し、遠坂家・間桐家と交渉。

 唐沢克己の渉外の結果、今回の件を踏まえるに遠坂家と間桐家はトリガーやネイバーを管理する能力が低いと判断、捨て置けぬためボーダー傘下に入るよう提案。これを聞けぬとあらば危険分子として排除する、と強く警告。これに遠坂家は横暴だと徹底抗戦の構えを取ろうとするが、衛宮士郎の執り成しがあり、ボーダーとの戦争を避けるべく、遠坂家の現当主・遠坂凛はこれを聞き入れ、間桐臓硯の次々代当主・間桐桜も快諾。ただし遠坂凛は、ボーダーの傘下に入る条件として、冬木支部の設立を提案。これをボーダーが受けたことで交渉は成立。ボーダー九州方面基地・冬木支部が創立された。

 

 以降、参勤交代よろしく、ボーダーは冬木支部に怪しい動きをさせないため、月一で本部のランク戦に参加することを義務付ける。遠坂家と間桐家はトリガー研究の時間がなくなり憤懣やるかたない様子だが、効果は覿面。要注意人物として指定されている遠坂凛・間桐慎二、両名の動向をB級ランク戦と防衛任務に縛り付けることで、冬木市第二次聖杯戦争の勃発を抑制している。

 

(……よもや、あの方々にそのような経緯があったとは……この凛世、つゆほども……)

 

 杜野凛世はB級ランク戦の上位対決において、遠坂隊・衛宮隊・間桐隊とは、よくその腕を競い合っていた。

 遠坂隊の遠坂凛隊長は万能手として多くを参考にさせてもらい、セタンタの冴え渡る武技には目を見張っていた。

 衛宮隊の衛宮士郎隊長は鷹の目を持ち、狙撃手として東晴秋をも唸らせる命中精度を誇る傍ら、孤月やスコーピオンの二刀流も多用し、攻撃手と狙撃手の両役を成り立たせていた。この面は巴マミのスタイルと似る。かつ、セイバー・リリィの剣術は誰しもが目を奪われる。未だ拙い部分もあるが、あの気品に満ち溢れつつ豪胆な剣さばきは、なるほど王女と言われれば合点がいく。イリヤスフィールは体が弱いのかオペレーター業に専念しているようだが、この資料を読むに末恐ろしいほどのトリオン能力を誇るのだろう。

 間桐隊は、トリオンが1を下回る間桐慎二がオペレーター兼隊長を務め、攻撃手として機敏に動くライダー・リリィと、豊富なトリオン量でゴリ押しする射手の間桐桜のコンビが手ごわい。

 

(……冬木支部のあるところで、本部隊員が人員のスカウト……隠す気のない監視体制を、彼らはどのように思うのか……)

 

          †

 

 旅館の一室。荷物を降ろして洗顔と朝食を済ませた杜野凛世と浅倉透は、さっそく冬木支部への挨拶に向かう。旅館の外に出ると、見覚えのある白い顔が快活に手のひらを上げた。

 

「おっ。来たな! おはようさん! 半月ぶりだな! 隊長命令でさ。俺が街中を案内することになってんだ。よろしくな!」

 

 彼の名はセタンタ。野性味あふれる青い髪と、鋭く凛々しい赤い目を持つ少年。外国人であることは見た目から分かるが、ネイバーであるとは見抜けなんだ……と思いつつ、杜野凛世は会釈する。

 

「お久しぶりです、セタンタさん……二日間のスカウト旅、よろしくお願い申し上げます……」

「よろしくー」

「おー! よろしく! あ、ちなみに、遠坂の嬢ちゃんはトリガーの開発にしけこんでるぜ。マトウシンジって奴も、なんかこそこそやってるけど……ま、人畜無害だから問題ないだろ! あいつトリオンなさすぎて換装すら出来ないからな!」

 

 杜野凛世は驚きの目で問う。

 

「それは……凛世たちに教えても、よろしいので……?」

「んあ? まー隊長命令だからなー。『迅悠一のせいで隠し事は無駄だから、知ってることは嘘偽りなく話せ』、なんだとさ」

「……なるほど。理解しました……」

「いやー、あいつのサイドエフェクトはズルだよな! ま、でも、みんなズルみたいなトリガーとかサイドエフェクト持ってるし、いまさらか! ランク戦には、拳からトリオンを放出する裸の男とかいるしな! ほら、ササガワリョウヘイ……だっけ? あいつすげーよな! セイバーと同じサイドエフェクト持ってんだぜ? サイドエフェクト被りとか人生で初めて見た! マジ珍しいって話だったのによ!」

 

 それに浅倉透が答える。

 

「あー。あの人か。パンチライオンニストさん。あれ? パンチニストライオンさん? あれ、ライオンニストパンチさん?」

「ははは! 意味わかんねー! あ、そういや透ねえちゃんも、よくナミモリの連中とつるんでるよな! あいつら面白くていいよな!」

「そうだね。赤ん坊、かわいいし」

「リボーンか! でもあいつこえーぜ? とんでもない達人の気配がする……師匠と同じくらい強いかもしれねーのが油断ならねぇんだ……! そんな赤ん坊と対等に話せる奴らは、マジすげーって思う!」

 

 三人は談笑しつつ新都を歩く。参勤交代を嫌がる遠坂家のせいで、本部に月一しか行けないセタンタからすれば、今日という日は本部の人たちと語り合える貴重な一日なのだ。

 

「おっと。着いたぜ! ここで声がけするんだろ? オレも手伝うぜ!」

 

 いつの間にか駅前に到着。三人の眼前には、パイプで作られた白い三角屋根のテントが建つ。ボーダーのエンブレムが強調されており、テントの下には簡易的な机と二つのパイプ椅子。

 

「では……透さんとセタンタさんに、呼びかけをお願いします。……もし行列ができた場合、セタンタさんには列の整理をお願いします……」

「了解」

「了解!」

 

 杜野凛世はトリガーホルダー取り出して起動、トリオン体に換装。トリオン検出器を生成。スカウトの旨を記した看板も生成し、テント前に立てかける。

 その間、浅倉透とセタンタも換装しており、トリオン検出器を使って駅前を行き交う人々のトリオン能力を測る。そして才能がある人に声をかけ、忙しそうなら名刺を渡し、時間があるようならテントに誘う。

 

「────おあ、マジっすか。じゃ、あちらのテントにどうぞ。──セタンタ~、四名様~」

「うおマジか! 透ねえちゃん呼び子の才能あるな! へいらっしゃーい! ……ってのはちょっとちがうか? まぁいっか! あ、ご家族様か! んじゃ、あと二つ、すぐに椅子を持ってきまーす!」

 

          †

 

 あるところに、ごくごく平凡な家庭があった。

 

「わー! ここが冬木市! テレビで見た街の形と、本当に同じだ……!」

 

 その家庭の長女は、ヒーロー番組が好きだった。元々は兄の趣味だったが、大きくなってからは趣味が別のものに移る。しかし妹だけは、兄の影響でヒーローにドハマり。将来の夢はヒーロー! と、学校の授業で紙に書きそうになるくらい、憧れている職業だ。

 無論、長女はヒーロー番組が虚構の物語であることは理解しており、この現実にはテレビで見るようなヒーローが存在しないことも分かっている。……ただし! 後者に関してはやや反論がある。

 

 実は世の中には、たくさんのヒーローがいるのだ。警察官や消防士はもちろんのこと、お医者さんや看護師さんなど────そう、ヒーローとは、人を笑顔にする存在だ。ならば、弱きを助け、悪しきをくじき、人を笑顔にする彼らを、ヒーローと呼ばずしてなんと呼ぶ。

 

「しっかし、いきなり父さんが“一泊二日だけど家族旅行に行きたい”って言い出した時は、何事かと思ったぜ」

「ははは……急に休暇が取れたからな。せっかくだから家族で出かけようって閃いたんだ」

「ほんといきなりだったから、最初はお仕事なくなっちゃったのかと思ってびっくりしたわ」

「それな! でも蓋を開けてみれば、父さんの専属取引先が、半年前の戦災で休業中。その取引先が復活するまで暇になっただけなんだろ?」

「あぁ。つまりネイバーのせいだな」

「はぁ……不謹慎かもしれないけど、お母さんは安心したわ。だって、もしお父さんが三門市に行っていたら、ネイバーの侵攻に巻き込まれていたかもしれないんだもの……お父さんも実は、そのことでちょっとヒヤッとして、家族と思い出作りに行きたくなった……どうせそんなところでしょう?」

 

 妻に全てを見抜かれた二児の父親は、何とも言えず苦笑い。

 

「……でも急に、どこに旅行に行きたい? って言われてもなー。しかも一泊二日。なんも思いつかねーし、二日じゃ遊べもしない! ……と思っていたら、果穂が大声で────」

 

 ────冬木市に行きたいっ!!!!!!!

 

「だもんなぁ?」

「最近放送が終わったヒーロー番組のロケ地なんだって?」

「そうなのよ。たしか『ジャスティスⅤ外伝‐弁護士ガンマン! エミヤマン!!』だったかしら?」

 

 空手パイロットアルファの数年後を舞台とする、世界観が繋がった正統続編。弁護士ガンマン・エミヤマン。その名前を聞いた長女、もとい小宮果穂は振り返り、満面の笑みで呼びかける。

 

「お母さん!! お兄ちゃん!! 見てあそこ! エミヤマンが戦う場所の、冬木裁判所だよ! そっくりだぁ……!」

「あら、ほんとだわ。立派な建物ね~」

「お父さん知らないなー。話についていきたいなー」

「ネタバレサイトでも読む? 弁護士のエミヤマンが二挺拳銃で、被告人の嘘を千里眼で撃ち抜いていく話なんだけど……」

 

 家族団欒の新都観光。ひと通りの聖地を巡礼すべく街中を歩き回る小宮果穂は、ふと駅前でボーダーのエンブレムを発見した。

 

「あ……あれは! 界境防衛機関(かいきょうぼうえいきかん)の……ボーダーだっ!」

「え? マジ? なんでこんなところに? …………あー、今スマホで調べたんだけど、冬木市にはボーダーの支部があるんだって」

「え……嫌だわ。ということは、まさか冬木市にもネイバーが出るの……?」

「それはどうだろ? たぶん心配ないよ。ネイバーは三門市にしか出てこないんだから」

 

 それは誤った認識である。ネイバーもといトリオン兵は、世界中のいたるところに出現している。そして密かにトリオン能力が並以上の人間を攫っているのだ。

 この誤解は、そのことをボーダーが公表していない点と、ボーダーが公表している“ネイバーゲートの誘導装置”にある。

 もしネイバーが世界中に出現することを明らかにすれば、間違いなく世界はパニックに陥る。国家首脳部は対応に追われて、玄界と近民界の全面戦争にまで発展するかもしれない。そうならないにしても、要らぬ波乱はボーダーの望むところではない。

 そして、三門市全域に出現するネイバーゲートは、ボーダーが開発した誘導装置によって警戒区域の範囲内に吸い寄せられている。

 以上、二つの無知と既知の複合により、世界中の一般人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。場所によっては、もはやその思い込みが常識ということにまでなっている。

 

「ボーダー……こんなところで、なにしてるんだろう?」小宮果穂は純粋な疑問を覚えて首をかしげる。

「隊員を募集してるんじゃね? 俺の学校の同級生が、ボーダーの人にスカウトされたって話、聞いたことがある」

「そうなの? ……ねぇ果穂。そろそろ次の場所に行かない? ほかにも行きたいところ、あるんでしょ?」

 

 小宮果穂の母親は、それとなくボーダーから遠ざけようとする。無理もない。ボーダーは若者に限定して隊員を募集している。その理由は、ネイバーと戦うために必要な“年齢”と“才能”が関係している、というのがボーダーの言い分だが、その詳しい理由までは公表されていない。

 つまり情報が秘匿されている世の父母にとって、ボーダーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として、どうしても映る。つまり、あとは“才能”とやらがあれば、スカウトされてしまうのだ。といっても大抵の子供は軍隊に入ることに抵抗がある子が多い。だが、世の中には遊び感覚で入隊しようとする者も多いとの噂を聞く。しかし小宮果穂は、きちんと軍隊とは何かを知っている。ボーダー創設をニュースで見たとき、その意味を既に教育してある。

 

 故に、問題は、“その子供が正しく軍隊というものを理解した上で()()()()()”と思った場合だ。

 

 小宮果穂は正義感が強い。ヒーローに憧れている。それに関して漠然とした不安を抱く。今までボーダーとは無縁の日常を送ってきた果穂の母親は、すぐにその不安の意味を理解したわけではない。しかし不思議と直感が働き、娘をこの場から遠ざけなければと判断した。その理由を、母親は後になって理解するだろう。

 

「うん……でも、今はあっちに行きたい!」

 

 好奇心旺盛な小宮果穂は、人混みの向こうに走っていく。

 

「果穂……!」

「おーい走るなー」

「ははっ。果穂にとっては、ボーダーの人もヒーローみたいなものだからな。どうしても気になるんだろう」

 

 兄と父親は悠長に笑うが、母親だけはオロオロとしている。

 そして小宮果穂は、とてもキレイなお姉さんに声をかける。謎の器械を人に向けてキョロキョロしているのは端的に言って怪しい。いったい何をしているのか。兄によればスカウトをしているようだが、ならば知りたいことがある。はたして小宮果穂(じぶん)という少女は、ボーダーに入る“才能”があるのかどうか。

 

「……あのっ!」

「──ん?」

「ボーダーの人ですよね? 何をしているんですかっ?」

「……あぁ、これ? 計測器で、さがしてる」

「けいそくき……あの、何を……?」

「あー。えっとねー。……才能を調べるやつ?」

「! あの、それって、私もできますか?」

「できるよ。やってみる?」

「わぁ……! はいっ! おねがいします!」

 

 小宮果穂のもとに家族が揃う。

 

「おい果穂、何するつもりだ?」

「あのね、お兄ちゃん! けいそくきで、あたしの才能をはかるんだって!」

「……! へ、へぇ~……」

「果穂……もし才能があったら、どうするんだ?」

「へ? どうもしないよ?」

 

 どうやら小宮果穂は才能を測りたいだけで、ボーダーに入る意思はないようだ。えも言えぬ不安をようやく感じてきた兄と父親は安堵する。しかし母親は、どこか緊張した面持ちで果穂を見守っていた。

 

「ご家族ですか?」

「はいっ!」

「おー。じゃあみなさん、御一緒に測ります?」

「! ねぇねぇ、やってみようよ!」

 

 目を輝かせる果穂に手を引っ張られて、兄と父親は互いに目を見合わせてうなずく。

 

「────おあ、マジっすか。じゃ、あちらのテントにどうぞ。──セタンタ~、四名様~」

「うおマジか! 透ねえちゃん呼び子の才能あるな! へいらっしゃーい! ……ってのはちょっとちがうか? まぁいっか! あ、ご家族様か! んじゃ、あと二つ、すぐに椅子を持ってきまーす!」

 

 セタンタが四席分用意。しかし母親は座らず、果穂の背後に立って両肩に手を置く。

 

「おはようございます。お名前をお聞きしても?」

「えっと、小宮果穂ですっ! おねえさんは?」

「杜野凛世と、申します……」

「りんぜさん……! あのっ、何歳か聞いてもいいですか?」

「はい……12歳です……果穂さんは?」

「えへへっ。8歳ですっ!」

「……! てっきり凛世と同い年かと……背が高いのですね」

「はいっ! だから友達から、早く見つけてもらえます!」

「なるほど……果穂さんは、友を導く灯台であるのですね……」

「……! とものとうだい……なんかカッコイイですー!」

「────さて、計測が終わりました」

「えっ! いつの間に……!?」

 

 杜野凛世は計測器のデータを反映したパソコンを見て、つい、まぶたを限界まで開ける。

 

「……!! ……これは……マジっすか、です……」

「??」

 

 先ほど浅倉透が何に驚いていたのか。その理由が今に分かった。

 

「……果穂さん。説明が遅れました。ボーダーは常に才能ある若人を求めています。しかし誰でも良いというわけではないのです。ネイバーから地球を守る防衛隊員になるためには、ただひとつ、生まれついての“才能”が必要となるのです」

「ヒーローの宿命、ってやつですね!」

「……宿命……はい、左様でございます……その才能を、我々は“トリオン”と呼んでおります」

「トリオン……」

「少々乱暴な言い方ですが、これが高い者ほど、防衛隊員として強く、そして有利に戦えるのです」

「……それで、あたしのトリオンは……!?」

 

 果穂は興味深々、ワクワクと胸を躍らせて聞く。自分にヒーローの才能があるとわかれば、これに喜ばないヒーロー志望の子供はいない。しかし、まだまだ子供の自分に、軍人のようなお仕事ができるとは思っていない。そのためボーダーに入る気はないが、やはりヒーローに憧れるものとしては、それになれる才能があるかは知りたいところだろう。

 

「────才能があります。それも絶大の才能が……計測器の数値が天井を突き抜けるのは初めてです……凛世も7の数値から徐々に上がる程度なのですが……もしかしたら故障かもしれません。少しお待ちください」

 

 杜野凛世は自らのトリオンを測る。データは「7」と出た。

 

「……故障ではない? 申し訳ございません。次は、果穂さんのお兄様の方から……」

「あ、はい……はは、なんか緊張するな……!」

 

 果穂の兄のトリオン能力は「5」と出た。

 

「お兄様は、平均的な能力です。充分才能が有ると言えるでしょう。数年も経てば、より高い能力へと成長します」

「……成長? え、才能って、なんか……年齢に合わせて成長していくものなんですか?」

「はい。その通りです。故にボーダーは若者を求めているのです。若い頃から平均的な才能があるということは、成人する頃には優秀な才能へと成長している、ということですから……」

「な、なるほど……」

「では……次は、お父様やお母様も、お試しにやられてみますか?」

「えー。どうしようかな? おい、お前はどう思う?」

「…………お父さんの好きにどうぞ」

 

 なにやら果穂の母親の表情が暗い。その緊張した後ろ姿をちらりと見たセタンタは、なんとなく娘の母親が思っていることを察する。セタンタの国でも、多くの子供がトリオン能力を計測される時、大抵の母親は低すぎず、しかし並以下であるように願っていた。が、親の心子知らず。大抵の子供は高いことを願う。国のため戦い、英雄となるべく強くなる事を望む。その夢を叶えるためには、トリオンが高いに越したことはない。

 むべなるかな。栄光を願う少年の思いと、子の無事を願う親の思いは、おそらくそうやってすれ違う運命なのだろう。

 

 果穂の父親のトリオン能力は「4」だった。成人済みの壮年のため、これ以上成長することはない。

 果穂の母親のトリオン能力は「3」だった。

 

 そして、もう一度、小宮果穂のトリオン能力を再計測する。結果は「38」をオーバフローしていた。

 そのデータを見せられた小宮家のうち、兄がびっくりする。

 

「うお、高っ! 母さんと父さんは平均以下なのに……遺伝とかじゃないのかな」

「トリオンとは、未だ謎に包まれているエネルギー……遺伝かどうかも、今後の研究に期待です……」

「……! それじゃあ、あたしって……ヒーローとして、すっごい才能を持っている、ってことですかぁ……!?」

 

 小宮果穂は嬉しそうにはしゃぐ。

 対する杜野凛世は、厳しい内心を抑え込みつつ、平静を保って問いかける。

 

「果穂さん……ボーダーに入りませんか?」

「……え?」

「果穂さんは、このデータのように防衛隊員として高い素養を持っています。おそらく本部は、喉から手が出るほどの逸材として、果穂さんを欲しがり、お声を掛け続けることでしょう。……ですが、凛世は……それとは別の理由から、果穂さんがボーダーに入ることを勧めます」

「……? それって、どういうことですか?」

「それは、才能の高さは転じて……」

 

 凛世はハッとする。トリオンの名称自体は、A級権限(天井支部の場合はB級でも可)で口に出しても構わないが、それ以上の情報は口外禁止だ。

 

「? 凛世さん?」

「……いえ……なんと申せば……いいえ、そもそも言うべきでは……しかし……」

 

 杜野凛世は考える。要らぬ不安を与える必要はない。むしろ逆効果だ。小宮果穂の安全を考えるなら、ボーダーに興味を持ってもらう方向に持っていこう。

 

「果穂さんは、ボーダーに興味ありますか?」 

「……あります!」

「それは、具体的にどのような……」

「えっと……ボーダーの皆さんは、ヒーローみたいでカッコイイからです!」

「ヒーロー……」

「あのっ。あたし、日曜朝にやっているヒーロー番組が大好きなんですっ! だから、おまわりさんとか、おいしゃさんとか、人を笑顔にする仕事をしている人は、ヒーローと同じだって思うんですっ! だから、地球を襲うネイバーから三門市の人たちを守るボーダーは、ヒーローみたいだなって!」

「……! それは……すなおに嬉しいお言葉でございます……そのように思っていただけて、光栄です。ありがとうございます……」

「い、いえっ! ……それと、みなさん、あたしより歳上なんですけど……それでも、あたしと同じ子供なのに……ボーダーに入って、活躍しているの、すごいなぁって……ニュースを見て、いつも思ってます!」

「そうですか……広報担当は、嵐山さんと柿崎さんですね……」

「はいっ! 嵐山さんは覚悟が決まっていてかっこよくて、柿崎さんはみんなを守るために戦う優しくて強い人です!」

「ふふっ……その言葉、ご本人たちに伝えておきますね……きっと喜ばれると思います」

「わぁ、ほ、ほんとですか!?」

 

「────……果穂、そろそろ」

 

 果穂の母親が肩を叩く。浅倉透とセタンタが声をかけたことで、徐々に人が列に並び始めた。

 

「……では、こちらの名刺を……もし何かあれば、ボーダーに連絡を……」

「ありがとうございます。ほら、行くわよ」

「凛世さん、ありがとうございましたっ! えへへっ……ねぇお兄ちゃん! あたし、ヒーローの才能あるって!」

「おう! よかったな! でもオレも負けてねぇ。オレも将来有望らしいからな! ……でも数値がオーバーフローしてんのはすげぇな? 果穂のヒーロー好きが、才能を覚醒させたのかもしれねぇ!」

「お兄ちゃん。果穂に適当なこと言わないの」

 

 四人の家族は談笑し、日常の雑踏に戻っていく。

 その後ろ姿を見つめる杜野凛世は、列に並ぶ人を捌き、トリオン能力の高い者を勧誘していった。

 

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