日暮れの駅前。杜野隊はテントを畳み、本日のスカウト業務を終了する。
「お疲れ様でした。透さん。セタンタさん」
「おつかれー。おなかすいたー」
「オレも! なんか食おうぜ! 美味い飯屋いくつか知ってんだ。すぐそこだからよ、見て回るか?」
「では……案内を、おねがいします……」
三人は新都を歩いて回り、よさげなレストランに入る。
「よし、ここはオレが奢る! 異論は認めねぇ。ねえちゃんたちは長旅プラス仕事で疲れてんだろ? ここはパァーっと行こうぜ!」
「おー。マジ? サンキュー」
「では……太っ腹なセタンタさんの、お言葉に甘えましょう……」
「おー甘えろ甘えろ! うちの給料しょっぱいから、肉体労働系のバイトとかして、お小遣い稼いでんだよな! でも使い道なくてさー。だけど今、閃いた! やっぱ金の使いどころといえば、仲間と食う釜の飯だよな! むしろそれ以外ねーって!」
「おー。なるほどー」
「命懸けの毎日……故にこそ、日々の刹那を大切に思い、思い出を満喫する……とても、素晴らしい考えだと思います」
「え? いやー。そんな辛気臭い考えじゃなかったんだが……あーでも、そうなるのか? んー、まいっか! いいから食おうぜ! しかも無礼講だ! オレの方が年下で後輩だけどな!」
夕食。豪勢な料理を前に舌鼓を打つ。
「うめー! なんだこの料理!?」
「……あー。名前が思い浮かばない……なんだったかなー……ヒレカツ?」
「フカヒレという料理で、サメを使用しております……」
「そう、それ」浅倉透がうなずく。
「豚ヒレとは違うよな? 魚と肉の違いか? つか、ヒレがつく名前多くねー!? 覚えきれねぇんだけど!」
「ヒレは腰の肉だから」
「脂がなく、しっとりとした柔らかな肉の部位を、ヒレと呼ぶのです……」
「へぇ、そうなんだ! ひとつ賢くなった! あ! じゃ、ロースとかもそうなのか?」
「そうなの?」
「はい……ロースは、脂のあるジューシーな部位のことです……」
「おー。オレはそっちのほうが好きだなー。そうかー、ロースかー! なるほどなー! じゃあ次からロースだなー!」
丁寧にガツガツと食べるセタンタ。笑顔で美味しそうに食べまくる表情から一転────眼光鋭く、窓の向こうに行き交う人々……否、夜景の裏に潜む闇の存在に気づく。
「────敵だ」
『……!』
「気配を消すやつは使うなよ。いきなりトリオンが消えたら気取られる。どうする? オレは追いかけるけど」
「では、凛世たちも……」
セタンタは椅子から飛び降りると、財布から万札を数枚を取り出し、受付に叩きつけて「釣りはいらねぇ!」と店を出る。
「こっちだ! 闇に紛れてやがる……斥候のたぐいだな! 腕が鳴るぜ!」
「セタンタさん……」
「あ? あー。あーそっか! わーってる! わーってるって! 街中の戦闘は極力避ける! 向こうも事を荒立てなくないだろーからな! まぁ、あったとしても瞬殺してやるけどな!」
セタンタは急に大通りを曲がり、暗がりの路地裏に猪突猛進と突っ走る。そのまま何度か道を曲がると、セタンタは「しっ!」と口に人差し指を当てて立ち止まった。
「────いるんだろう。出てこい」
路地裏の曲がり角から、成人した男性の声が響く。
セタンタはわざとらしく振舞って姿を現し、それに凛世たちが続く。
「チッ。まぁさすがにこんだけ近付けばバレるか!」
「どうして俺の存在に気づいた?」
眼前には、白髪褐色の男。赤い外套をまとい、広い背中を向けている。
「……ん? おまえ……なんか見覚えあるぞ。────……あーっ! 思い出したー! て、テメェ! オレが乗ってた遠征艇を落とした奴じゃねぇか!」
「……ふむ。落とした船の数などいちいち数えていない。人違いではないかね?」
「バッカ言え! テメェのツラは死んでも忘れねぇよ! 政争の国ムメイの戦士────アーチャー! テメェの爆撃のせいでオレは……」
「ほう。オレを知るか。だがあいにく、こちらは今もピンと来ない」
「ならば死ぬ覚悟を持って聞くがいい。オレは炎の国アルスターが戦士、セタンタ!」
その名を聞いた赤い男は、興味を示したように顔だけ振り返り、険しい横顔を見せる。
「……なるほど。合点が行ったよ。時期的に一年から半年前……玄界の軌道上に近かったのは、たしかにアルスターの国だ。迷い子として玄界に落ちていたとはな。可能性としては低くなかったが……それで? なぜ無事でいる。後ろの女たちは玄界の戦士だな。宗旨替えでもしたか?」
「ざけんな。テメェみたいな傭兵野郎と一緒にすんな! ……で、何しに玄界に来た。返答次第じゃ殺し合いだぜ? 誰かを攫いに来たとか、殺しに来たとか。だが……偵察程度なら、オレは大目に見てやる」
「ほう。なにやら含みのある言い方だが……ならば後ろの二人は、大目に見てくれないということかな?」
「あぁ。あー、あれだ。管轄が違うってやつだ」
「玄界も一枚岩ではない、ということか。こちらも衝突は避けたい。目的を言おう」
赤い男は、初めて三人の方を見た。長身だが屈強な肉体。鍛え抜かれた筋肉と研ぎ澄まされた風貌は、歴戦の戦士であることを悠然毅然と物語っている。
「────
「……金の……雛鳥……?」
知らぬ名称だ。杜野凛世は思わず聞き返す。それにセタンタが答えた。そして彼の声は尖りを増す。
「“神”のことだ。天井支部のB級なら知ってんだろ。ネイバーフッドの資源を増やすために、トリオン能力の高い人間を生贄にする。────だが……テメェ……生贄にされる奴のことを“金の雛鳥”と言ったな? なぜアフトクラトルの言葉を使う。まさかとは思うが……今度はアフトクラトル側に着いたのか? 節操がねぇな……そっちのほうが宗旨替えにご執心のようじゃねぇか。あ?」
「私は、より勝算の高い方に就いているだけだよ」
セタンタは剣の柄に手を置く。それを杜野凛世が言葉で制した。
「セタンタさん」
「……チッ。わーったよ。今はあんたが隊長だ」
「……もし、ネイバーよ。金の雛鳥、すなわち神、もとい生贄を求めて玄界に訪れたということは……こちら側の住人に危害を加える意図があっての到来とお見受けします。ならば……ここで退きなさい」
「……ふぅ。わかったよ。しかしひとついいか? なぜ俺が現れた場所がわかった」
セタンタが自慢げに答える。
「へへっ。こーゆーのは鼻が利くんでね」
「何かのトリガーかサイドエフェクト……あるいは、ただの野生の勘か。いずれにしろ末恐ろしいガキだ。音に聞こえし神童。短命に終わる代わり、ブラックトリガー級の力を得た、流星の英雄……」
「あ? よく知ってんじゃねーの」
「それほどの奴が、遠征艇を落とされて死んだとは到底思えなかったのでね」
そう言って赤い男は、おもむろに光球のようなトリガーを手のひらの上に生成した。
『!!』
「安心したまえ。危害を加えるものではない。────だが、私がこの場から去るためのゲートでもない」
突として光球から光が広がり、建物や地面を伝って急速的に広がる。それは瞬く間に三人の体を通過し、全方位を半球状に包み込んだ。
「これは……いったい……!」
「街中での戦闘を厭うなら、おとなしく結界の中に居たほうが身のためだ」
次の瞬間、結界に取り込まれた全員の視界が一変する。一面の赤空と荒野。互いに丘の頂に立ち尽くす。
「まずい……結界系トリガーだ! 本部にある仮想訓練室のようなものと思えばいい! あるいはランク戦のバトルステージみたいなもんを生成するトリガーだ! 空間の位相も現実から外れてる! だが確かに、ここなら街の被害を気にせず思いっきりやれるぜ!」
「なんと……ならば、敵はそれほどのトリオン量を……!」
「あ。いちおう計測器を持ってたんだけど。敵の値、30は超えてるよ。ブラックトリガー級だ」
「ねーちゃんたちは下がってろ。一番槍はオレがもらう!」
セタンタは短剣トリガーを生成。右手に持って疾走。
対する赤い男……アーチャーは、ノーマルトリガーを起動する。ブラックトリガーは有していない。
「トリガー起動────《
それは対象トリガーの大量複製を繰り返す代物。セタンタの短剣と杜野凛世・浅倉透の孤月を目にしたアーチャーは、すかさず同様のトリガーを複製。複製孤月を抜刀し、セタンタの短剣と切り結ぶ。
「《
刹那、セタンタは短剣トリガーの内蔵機能を起動。刀身が淡い光を発し、斬撃の軌道に合わせて七色の拡張斬撃を繰り出す。赤の軌跡がアーチャーの頭部を縦に両断し、金から藍の軌跡が胴体を八つ裂きにする。
「……!」
あまりにも呆気なさすぎる終わり方にセタンタは訝しむ。
対するアーチャーは切り刻まれたトリオン体で笑っていた。
「陽動は成功した。既に金の雛鳥は手に入れた」
「────! テメェ、それはどういう────」
固有結界が解かれる。暗がりの路地裏にアーチャーの上半身と四肢が転がる。
「分からないか? 同じネイバーのよしみだろう。玄界に対するやり方は、君も熟知しているはずだが」
「……っ!」
セタンタは絶句し、言いにくそうにしている。
杜野凛世は悟った。故にセタンタが悪気に思う必要はない。なにせネイバーの“そういった文化”は、おそらく何千年も前から続いているのだから。
「委細承知しました。地球……玄界の対ネイバー組織は、常に少数精鋭。故に、その半数でも釣ることができれば、別の場所で仲間やトリオン兵が人を攫う……」
「ご名答。そこが玄界の弱さだ。ボーダーなるものが創立したそうだが、まだまだ人手は足りない。ネイバーフッドより広い世界を持つようだが、その全てを管理しきれないのであれば、我々にとって玄界は宝の山だ。このように、一度に救える命の数には限りがある。……正義の味方など笑わせる。無力を無力と言わない綺麗事に憧れを抱くようなら、そんな理想、神に取り込まれて溺死するがいい」
次の瞬間、黒い球体が稲光のち現れ、アーチャーのトリオン体を取り込んで消失した。
「これは……まさかベイルアウト……!」
その時、杜野凛世のスマホに着信が入る。宛名は電話番号のみ。咄嗟に出てみる。
「た、たすけ────くだ────か、果穂が────」
ノイズがひどい。しかし、その声には聞き覚えがある。小宮果穂の母親だ。
「透さん!」
「オーケー。ニュースボックス起動、凛世ちゃんのレーダー精度を上げて……」
「……正義の味方……あっ! まさか狙われたのは、あの赤い髪の女の子か!? ってことは、ずっと前から見られてたってことじゃねぇか! たぶんオレたちより前にツバつけてたんだ……! しかも決行場所まで考え抜かれてやがる! 冬木市は三門市と比べて、たくさんのネイバーフッドと境界を接しているから陽動作戦には持って来いだ! このままじゃどの国に連れ去られたのかも分かんなくなる……!」
杜野凛世とセタンタは駆け出す。大通りに出て人混みの中を見渡す。視界端のレーダーには、大量のトリオン反応を示す光点が行き交う。その中で一瞬、巨大な光点が映って消えた。
(これだけの人混みの中で、どうやって人ひとりを攫ったと……!?)
場所は隣のブロックの路地裏。杜野凛世は跳躍して壁を蹴り、四階建てのビルの屋上に着地、全力疾走、セタンタと共に消滅地点の真上から降下、着地。背後には果穂の母親。眼前には黒く稲光し、今にも消え入ろうと縮小するゲート。
(────)
それを目にした杜野凛世は、月曜日の夜、帰り道で偶然コンビニの中で遭遇した迅悠一の言葉を思い返していた。
────迷うな。迷ったら飛び込め。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。
杜野凛世は、消えかかる黒いゲートに飛び込んだ。
「えっ!?」
セタンタの絶句と狼狽。そう、これは隊務規定違反だ。同時に自殺行為でもある。普通なら絶対しない行動だ。迅悠一の人柄と未来視は信頼しているが、だからといってこの賭けは無謀に等しい。頭では分かっていても、心では抑えがきいていても、気付けば考えるより先に体が動いていた。自らの実力を過信していたか? 飛び込んだところで、この先どうするというのか。無論、より良き未来のために奔走する。
《────雪、山、きょじ────》
ゲートの消滅とともに、杜野凛世との内部通話が断絶される。
「……おいおい、マジかよ……やっぱ凛世隊長って、控えめに見えて実はめっちゃノリノリの戦士じゃん……」
そういうセタンタは、どこか嬉しいそうに、半ば楽しそうに笑っていた。
《────あー。浅倉隊員。報告がある。杜野隊長がゲートの中に突っ込んだ。行方不明ってやつだ。すぐ本部に連絡してくれ。緊急事態だ。あとこれ、どう考えてもジンのせいだろ。凛世の姉ちゃんがこんな大博打、打つはずねぇからな! だからオレも遠坂隊長に報告する。んじゃ、よろしくな! オレは腰抜かしてる
†
着地。暗闇。足元の感触が深い雪。傾斜とシンとした空気が山のそれ。夜目を凝らして周りを見る。静寂に包まれた雪山だが、木より高く右から左へ移動する頭を目撃する。
《────雪、山、巨人────》
おそらく巨人。間違いない。遠く見える樹木より、さらに高く見える巨人の横顔は、奥へ奥へと移動していく。これからは一挙手一投足すべてに気を遣う。一瞬の判断ミスが命取りとなる。迅悠一のむちゃぶりに乗っかった形となるが、未来視があったとしても、おそらくそれは万事うまく行けばの話。予測はあくまで予測。杜野凛世の実力を発揮すれば乗り越えられる試練ということだが、常に完璧な人間は存在しない。
(コンディションは、あまりよろしくない……土壇場の修羅場……自ら虎口に飛び込んだ事実を、何度も内心で反芻してしまう……緊張、悪寒、武者震い……下手に動けば空回りする。バッグワームは────使うか否か。普通は使う。しかし────)
セタンタの言葉を思い出す。突然トリオン反応が消えれば、敵は違和感を抱く。
(ならば、バッグワームは使わない……動物も生き物ならトリオンを持つ。しかし雪山なら、おそらく冬眠中の動物が多い……あまり派手に動くと、そのトリオン反応が“人間のような動き”と気取られる。動物のような動きを意識する必要がある……しかし、凛世はそのような動き、とんと────)
ならば見て学ぶしかない。最寄りの木陰に身を潜め、レーダー上の光点を凝視。遠目でも目指。おそらく野生の鹿のような生き物が、うっすらと闇の奥に見える。光点の移動の仕方を頭の中に叩き込む。その間に巨人は地面を揺らして小規模の雪崩を起こしながら、一方向に向かっていった。
(……巨人が去った方向を“北”と仮定。西は山頂に続き、東は麓に続く。南は不明で、北はおそらく巨人のアジト。そこに果穂さんがさらわれている可能性が高い……)
しかし、本当に小宮果穂を誘拐したのは、さきほど見た巨人なのか。
(あれほどの巨体、街中に現れれば、まず間違いなく高層ビルの八階は越す……トリオン兵を使って攫ったと見るのが妥当でしょうか……)
杜野凛世は鹿の動きをトレースして北上。そこで考える。
(……ネイバーフッドに、鹿? いえ、似ているだけでしょう。……加えて、巨人。ダクトロさんの時は人体改造の結果だという認識でしたが、今回の巨人は背丈から桁が違う。単に戦闘体のデザイン・構造を巨大化させているだけなのか、何らかの人体改造の結果なのか……前者の場合、戦闘体の構造を巨大化させるとなると、それなりのトリオンがコストに費やされる。そこまでして巨大化するメリットとデメリットを考えるに……やはり、なんらかの人体改造の成果なのか……)
潜伏したまま北上を続け、十二時間が経過。夜空が白み始める。周囲の景色が先々まで見えるようになる。そして、山岳の傾斜にかかる巨大な城砦を発見。次いで気付く。こちらから見えるということは、あちらからも見える。素早く身を隠し、再び日が落ちるまで待機。だが一歩も動かないと不審に思われる。目指されない距離まで後退し、鹿の動きを真似て、隠れつつ動き回る。一見矛盾する行動だが、考えてみればおかしいことは何もない。
ボーダー本部の訓練やランク戦の常識は、あくまで戦うための常識。ステルスミッションとなれば、全く異なる思考回路と行動原理で、目的を遂行せねばならない。
(これは……長い戦いに、なりそうです……)
援軍は見込めない。杜野凛世は目標を設定する。単騎で巨人城砦に潜入。情報を集め、小宮果穂を捜索。見つけ次第、救出プランを作成。小宮果穂を救出して脱出。安全圏まで避難して応援を待つ。では、その安全圏とはどこか。
(甘奈さんが攫われた際、プロデューサーさまはこう仰っていた……トリオンの高い者は貴重ゆえ丁重に扱われる……ならば果穂さんの安全は保証されていると期待していい。ならば救出を急ぐ必要はない。ですが、今すぐ生贄にされるというのであれば危険……ならば、まずはそれを調べ、果穂さんがいるとわかり時間に余裕があるならば、南下して安全圏を作る。再びここに戻り、見張りの配置や持ちまわり、間隙を見つけ、潜入経路を作成……もし見つかって戦闘になった場合は────)
杜野凛世は、改めて思う。
(────死。ベイルアウトは存在しない。ミスは一度も許されない。ならば一年以上かけてでも、完璧なプランを練って、巨人どもを蹂躙しに参りましょう……)